昨年11月の神奈川新聞にやまゆり園事件について考える集まりの記事がありました。
《あるべき共生社会について「障害のある人が学校の同じ学級、職場、隣近所にいるのが当たり前になることが大前提。今はそのスタートラインにも立てていない」》
とあって、まぁ、その通りではあるのですが、こういう大きな話ではなく、ごく身近なところ(近所とか、職場とか)にいる障がいのある人たちとどうおつきあいしていくのか、といったことこそ大事じゃないかと思うのです。そこから社会は少しずつ変わって行くのではないでしょうか。
ぷかぷかさん達はお客さん達と直接ふれあっています。多くの福祉事業所ではお客さんと利用者さんの間にスタッフが入ってトラブルが起きないようにしているようですが、、私は彼等の魅力に直接ふれてほしいと思っていたし、何かトラブルがあっても、そこでお互いどうすればいいのかを考えればいいと思っていました。そういうトラブルこそが社会を豊かにすると考えるからです。
最初のトラブルは、始めて間もない頃、軽食のとれるカフェで起こりました(当初は小さなカフェをやっていました)。そこでお客さんに
「よく食べますねぇ」
といったぷかぷかさんがいて(ま、正直に言っただけなのですが)、それを不愉快に思った女性のお客さんが
「失礼じゃないか」
とクレームをつけたことです。一応丁寧に謝って事なきを得たのですが、ほんとうは
「そうよ、わたしよくたべるんよ」
くらい言ってくれれば、ぷかぷかさんといい関係になれたんじゃないかと思います。そういう返しがないまま、「不愉快に思った」ことで終わってしまったことがとても残念でした。
問題が起こったのはその時だけで、あとはぷかぷかさんと直接おつきあいすることで、なんと
「ぷかぷかさんが好き!」
というファンが現れました。これは全く想定外でした。「障害者はなんとなく嫌」とか「障害者は怖い」と思っている人の多いこの社会にあって、「ぷかぷかさん」つまりは「障がいのある人」が好き!という人が現れたことは、やっぱりすごいことじゃないかと思うのです。これこそが共生社会の一歩じゃないかと。
そういったことも、私たちがリードしたわけではなく、どこまでもぷかぷかさん達の魅力が引き起こしたことです。彼等は社会を変えるチカラを持っているのではないか。ぷかぷかさん達のチカラが社会を変えている。これって、なんかステキじゃないですか。
彼等と「支援」という関係で結ばれていれば、こんなチカラは出てきません。彼等を信用し、ま、なんとかなるだろう、といわば「野放し」にしておいたのがよかったのだと思います。そのままの彼等に直に接することができるからです。だからトラブルも含め、いろんなことが起こります。
「支援」という関係では、そういった問題はほとんど起きません。問題が起きないように「支援」という関係で、いわば彼等のまわりに「バリヤ−」を張っているように思います。だからおもしろいことは何も起こりません。せっかく魅力ある彼らがいるのにもったいないと思います。
今、ぷかぷかを支えているのは、そのぷかぷかさん達のチカラです。彼等に私たちは支えられているといっていいと思います。支援しているのではなく、支援されているのです。









