ぷかぷか日記

ゆるっと持続可能

「これなんですか?」

「キリンです」

「え?これ、キリン?」

「そうです。キリンです」

 

以前、下のような絵を描いた人がいて、やっぱりキリンだと言ってました。

 

 いずれも私たちが持っているキリンのイメージとは大きくかけ離れています。発想がすばらしく自由なんだと思います。

 こういうキリンもありか、と思えれば、そういう人たちのいる社会の方が、持続可能な社会のように思います。キリンはこれだ!と決めつけ、イメージの広がりのない社会は、窮屈で、息苦しい。こんなガチガチの社会はどこかで行き詰まってしまいます。

 ぷかぷかさん達といっしょに生きることで社会はゆるっと持続可能になる、ということです。効率優先で彼等を排除してきた社会が、彼等によって救われるのです。

 こんな素敵な笑顔の人たちといっしょに生きていくこと、それが持続可能な社会を作っていきます。

 

思いを壮真さんにぶつけるところがとてもよかったです

『僕とオトウト』の上映会がありました。

 

       

 

その感想です。

 

●弟を支援する目線でなく、兄弟として伝わる伝わらないではなく、思いを壮真さんにぶつけるところがとてもよかったです。こんな丁寧な対話がとても大事ですよね。

 

●障害児の保護者として壮真くんのお母さんに共感しましたし、兄弟児のセルフドキュメンタリーでしか表現できない家族のストーリーに感動しました。
 印象的だったのは、壮真くんと2人並んでどうしたいか?を尋ねるシーンです。髙木監督が真摯に弟に話しかける姿に、私自身がどうしても息子にわからないだろうと本人に無意識に話さないことが多いのですが、本気で相手を思って話せば通じるところがあるんだなと新ためて向き合う大切さを確認しました。
 また家族のぶつかりあいなどキレイ事だけではないありのままを映画化された事に親としての覚悟のようなものを感じました。
 映画上映後の監督とのフリートークは、ぷかぷかさんが耕すんだよと高崎さんのお話しされていた事を初めて体験させて頂きました。
 自由に舞台の上を歩くお二人(そらくんとたからくん)に監督も一緒に歩きだし、ぷかぷかさんの上映会でしか感じられない会場のあたたかさを感じました。
 親なき後の事、インクルーシブ、兄弟児、就労など気になっているテーマの話題ばかりでした。また色々な立場の方のお話しを聞けて私も新たな気づきが沢山ありました。
 監督のお父さんがチラシを配った話しや、結婚後の帰省など、家族として向き合う姿に勇気をもらいました。
 高崎さんの壁があるからあきらめるの?のお話しは私自身にかけられた言葉のようで
はっとしました。
 とりとめのない感想になってしまいましたが、息子の進路や将来で色々考えていたタイミングにまさに話し合いなさいと教えて頂いたような気持ちでいます。
 どうもありがとうございました。

 

●「今日行ってよかったね〜」と帰りの車の中で夫と話しました。夫は、障害を持つ人たちの家庭の様子を知ることが出来て、すごく自分自身の為にもなった、と。
 私は、ゆうとさんの「ただ弟のことをもっと知りたいだけ」という素直な気持ちと
映画を創ってみたいという流れが自然でいいなぁと思いました。
 お母さんのさっぱりした姿や家族への愛の深さも伝わってきました。お父さんもああいう形でしか表現できない方なのでしょうね。
 私は自宅で子どもたちの造形教室をやっていて、いろんな障害を持った子どもたちと日々関わっています。そうまさんに絵を描かせてみたいなぁ、どんな表現をするんでしょうね〜
 全てに正直な動物的反応をするそうまさん、きっと動物的な激しい絵を描くのではないでしょうか。絵の具も食べちゃうかな。
 ひとつ気になったのは、映画の最後にゆうとさんの顔が数秒アップになったのですが、それに続いてそうまさんの顔も出てくるのだろうと思ったら、あれ?違いました。無言のゆうとさんの顔で終わってしまいました。『僕とオトウト』という題名からも、
私が感じた全体が物語っているものからも、最後にそうたさんの顔のアップも出たらいいのに、と少し思いました。会場での質問で手を挙げる勇気がありませんでしたが、
ゆうとさん一人のアップの映像で終わったのにはどんな意味(メッセージ)が込められていたのでしょうか。

 

●『僕とオトウト』を見た直後、昨年自死した兄にとても会いたくなりました。亡くなる前に精神の不調が見られていた兄とどれだけ向き合えたのかと反省と後悔と、後渡し自身が当時どのように兄のことを考えていたのか振り返るよい機会でした。

 また映画のテーマとして、「障がい」「兄弟」のほかに「家族」という点も含まれていたことも興味深く感じました。

 「母」「父」「兄」とそれぞれで壮真さんとの向き合い方、壮真さんのやりとりの仕方が違っていて、とても興味深かったです。その違いはどのような要因があるのだろうと色々考えました。壮真さんと過ごす時間なのか、社会的な立場なのか、ここの障害観なのか…

 本や言葉だけでなく、映画という形だからこそ、見る人によってこうやっていろいろな観点で解釈できて、その後の豊かな対話が開けるんだなぁ、と思いました。社会をLIVEで変化するきっかけを作るチカラが「映画+対話」のこの企画にあると思い、素敵な場に参加できてよかったと感謝します。本当にありがとうございました。

 

●私は「そらくんとたからくん」の映画がきっかけで障がいのある人達のことを考えるようになりました。いろいろな考え方があり、いろんな人がいるのが当たり前のはずなのに、なかなか知らない、出会えていないことで、お互いにつながり合えていないような気がします。映画もですが、交流タイムがとてもよかったです。

 

 

 

●中1自閉症スペクトラム男子を育てています。お母様、素敵です。今現在の家族関係も素敵ですね。第2弾も期待しています。

 うちは「姉とオトウト」です。姉弟仲はとてもいいです。高校3年の姉の本音がよくわからなくて、今日来させてもらったのですが、わからなくてもいいのかなと思いました。

 

●お兄さんはオトウトさんにじっくり話を聞いていたので感心した。オトウトさんもお兄ちゃんに一目置いて、大好きなんですね。

 

●上映後にトークタイムもあってとても勉強になりました。高校の教育現場で頑張ります。

 

●『僕とオトウト』を見て、兄弟の仲がとっても伝わりました。自分の障害者で、今回の映画はとってもよかったです。監督、高崎さんの話を聞いて、とてもいい勉強になりました。

 

●親の思いと兄弟の思いの違いは、やはり同世代であることでの併走の重みかと思います。私は親ですが、障害のある子どもとその兄弟双方がいかにそれぞれ独立して幸せになってくれるか、と同時に、障がいのある子どもにとって兄が一番の味方であってもらえないか、という思いが交差しています。それを両立させる家庭や社会、兄弟の支援や障がいのある子どもの居場所(通所や住まい)であってほしいと思っています。

 映画についてはリアルで飾り気がなく、愛に満ちていて、監督のおっしゃる『切なさ』がとてもよく伝わってきました。感動しました。

 一点、自分が関東生まれなのでしょうが、大阪弁で早口な会話がなかなか聞き取れず、字幕があればなぁと思いました。

 

●おもしろかったです。消化できていませんが、しみます。

 

●多角的に考えさせられた映画でした。

 

●火事になってしまって、その後、お父さんが「また、火事になったらもうお金が残っていないからこの子を売るしかない」といったのでびっくりしました。孫の小3女児お風呂に入って、入浴剤をなめてしまって驚いたけれど、面白かった。孫の小6女児性欲の場面にハッとしましたが、理解しなければと思いました。孫たちも飼い犬が布に押し付けて腰を振っているのを見かけて、面白いと自然に受け止めています。

 21歳の障害を持った男の孫と同居していますが、家族のだれもが性欲に無頓着でした。彼もなんだかわからずに勝手に処理していたのですが、おねしょ状態になり、家族から非難され、隠れてユーチューブで女性のトイレ場面を見たりしていました。ある人から、それは性の処理の仕方をきちんと教えないからだと言われて、やっと気が付いた次第です。その辺は父親の役割にしてからは、問題行動は無くなりました。意外と落とし穴があるもので、今後も戸惑いながらゆくのでしょうが、映画を拝見して「わからなさ」と付き合う気持ちを持ち続けて行こうと思いました。

最後に、蛇足ですが、最首悟氏の「星子がいる」をお読みになっておられなかったら、ぜひおすすめします。私は最首塾のおしかけ塾生になって1年経過しましたが、最首ご夫妻の4番目のお子さん、重度心身障害を持って生まれた星子さんへの考えに触れて、孫との関係の在りようが変わりました。77歳の祖母

 

●ステージ上には高崎さん、髙木監督、そして自閉症の兄弟そらくんとたからくんが! そらくんとたからくんは自由にステージをぐるぐる歩き回ります。ときどき飛び跳ねたり、ステージの袖に座り込んだり、フロアに降りて駆け回ったり。これが全く自然に、会場風景になっていました!

●メデイアでは障害者の才能のある部分が取り上げられることが多いですが、それと同時に、周りを困らせてしまう理由、本人の中の困り感、そして障がいのある人のもっと深くの表出できない部分(たくさんの愛なんですよね)も多くの人に知って欲しいと常々思っています。 
それをこの映画はきょうだいの辛さや葛藤や気付きによって観ている人に訴えていました。

観ていて様々な思いが巡りましたが最後はやはり、本当の多様性を受け入れられる社会なら、きょうだいがこんなせつない思いなどせずにいられるのに…でした。

また、時を経て思いも重なり変化して来た監督のアフタートークもとてもよかったです。
舞台を歩き回る二人の若者とその中でトークを進める監督と高崎さんが、とても新鮮でとても楽しくて、、この場でこれがありなのか、とちょっと驚きましたが、それがとにかく良かった(^ ^)

それと、高崎さんがトークの中で仰っていたと思うのですが、「社会を変える次の仕掛け」はどんな事なのでしょう。気になって仕方ありません。

 
●率直な感想を申し上げると、序章を見たという思いです。

初めて、正面からオトウトくんに向き合い、オトウトくんのことをひとつずつ知る監督さんの
心境の変化が興味深かったです。また、オトウトくんを取り巻く環境(家庭内、社会)
への気付き、そして、父母への思い、共感と反発など、オトウトくんを知れば知るほど
監督さんが新しい発見をされることがとても多いことも伝わってきました。

この監督さんの変化は障害児者を家族に持つご家庭ではよくあることなのではないかと

思います。日々、教員として感じることは、児童生徒の対応は母親がほぼワンオペで
されているということ。父親の存在が見えないことです。
問題なのは、その母親たちのワンオペの解消が父親やきょうだいなどご家族ではなく、
放課後等デイサービスなどに「預かってもらう」というレスパイトになっている気がします。
それぞれのご家庭の事情があると思いますが、結局は他の家族が本人を知ることなく、
対応に当たっている母親が苦しい思いをされていると感じます。
この根本的な要因は、障害児者をご家族に持つご家庭がまだまだ障害を持った人たちは、
周囲に迷惑をかけてしまうから出せないという閉鎖的な風潮があるからだと思います。
これは、そのご家族が悪いのではなく、社会そのもののが変わっていないからなのでしょう。
そのためにも、障害児者が社会に出ていき、社会の中での存在が当たり前になること、
そして、今回のような映画を多くの方に見ていただくこと・・・その継続的な働きかけが
社会を変える大きな一歩になると思います。
改めて、監督さんには第2部を期待します。監督さんがおっしゃった、次の段階ではなく、
次は「父とオトウト」などを期待してしまいます。これにはお父様のご承諾が必要でしょうけど。

最後になりますが、実は、監督さんが話されていた「ちづる」、私は当時、鶴見養護学校
時代の彼女の担任でした。当時、自由奔放な、そして、不思議な感覚を持っている彼女
からたくさんのことを学ばせてもらいました。支援学校での児童生徒との関わり方を教わった
生徒の一人です。今でも細々とではありますが、ご本人、お母様との交流が続いています。

 
 
★上映後のお客さんとの対話の時間が2時間もあり、こんなに長い対話の時間は初めてです、と監督はおっしゃっていました。映画と対話でたくさんの気づきがあったかと思います。その気づきをぜひこれからの暮らし、あるいは現場で生かして下さい。(高崎)

こういう自由さっていいな

壮真くんて自由だなと思います。正直うらやましいくらい。

 実習に行ったところでは勝手に畑のトマトを囓っていました。これがいいとは思いませんが、でも、こういう自由さっていいなと思うのです。

 

 

 こういうときはこうしなきゃイカンとか、ああしなきゃイカンとか、こういうときはこれやっちゃぁだめとか、あれやっちゃぁだめとか、とにかくあらゆるところで様々な規範に私たちは縛られています。

 壮真くんには、そういった規範に縛られるところがありません。ですから自分の思うままに生きてる。なんていい人生なんだろう、と思います。

 壮真くんの生き方を見て、「いいね」って、素直に思える人生をせめて送りたいと思ったりするのです。「あれ、ちょっとまずいんじゃないの」なんて思うようなら、要注意です。ほんとうに自分らしく、自分に素直に生きているのか、チェックしましょう。

 

boku-to-otouto.com

8月31日午後1時半から『僕とオトウト』の上映会やります。緑公会堂です。横浜線中山駅から徒歩5分

www.midori-ph.jp

 

★参加希望の方はチラシ下部にあるQRコード、もしくは下記サイトから申し込んでください。

docs.google.com

 

★上映後、監督の講演、トークセッションなどもあります。

壮真くんが社会にいること、そのことがすばらしいこと

『僕とオトウト』に登場する壮真くんはいわゆる重度障害者。映画にチラッと出てくる養護学校を卒業したあとはどうしてるのだろうと思います。それは彼を受け入れた事業所だけの問題ではなく、私たちの作った社会が壮真くんをどんな風に受け入れたのだろう、という視点こそが大事な気がしています。つまり重度障がいの人たちを社会が、言い換えれば私たちがどんな風に受け入れているのか、ということ。どこまでも「私たち」にこだわります。そうすることで、「私たち」の責任がはっきりするからです。

 色々できないことはあります。コミュニケーションもうまくとれません。だからといって「役に立たない人間」だとは思いません。映画の中ではお兄さんをしっかり支えています。

 

 

 

何よりも『僕とオトウト』というすばらしい映画ができたのは壮真くんのおかげです。「役に立たない人間」どころか、私たちにはできないかけがえのない仕事をやっているのです。

 

 壮真くんが社会にいること、そのことがすばらしいことなんだと、私たちが素直に思えるかどうか。映画を見て、そんなことをみんなで話し合えたら、と思うのです。

 

 こういう壮真くん、私は大好きです。

 

 

8月31日午後1時半から上映会やります。緑公会堂です。横浜線中山駅から徒歩5分

www.midori-ph.jp

 

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★上映後、監督の講演、トークセッションなどもあります。

『僕とオトウト』上映会まであと1週間

映画『大好き』の伊勢監督が「カントクのつぶやき」に

 

 奈緒ちゃんは

「優生保護法」がいうように

「不良な子孫」だろうか…

「相模原事件の犯人」が言うように

「役に立たない人間」だろうか…

 

とつぶやいています。障がいのある人達の置かれている状況の核心を突くつぶやきだと思いました。

 

 

 『僕とオトウト』の壮真くんは重度の障がいを持っています。私は映画見てるので、彼のことを「不良な子孫」だとか「役に立たない人間」とは思いません。でも映画見ていないと、「重度障害者」というだけで、「役に立たない人間」と思う人は結構いるかもしれません。そういう人たちにどんな言葉を届ければいいんだろうと思います。それが上映会のテーマのひとつ。

 

 ほんとうは壮真くんを連れてきて、会場を走り回ってもらうとおもしろいなと思います。「きゃ〜、そーまく〜ん」なんて声で埋まればいいのですが、どうしていいかわからない人が結構続出するような気がします。

 「どうしていいかわからない」という緊張感あふれる場面こそ、新しい気づきがあります。そうか、壮真くんてこういう人だったんだ、という大切な気づき。

 

 昔養護学校の教員になった頃、毎日のように「どうしていいかわからない」場面に直面し、

「ヒャ〜、どうしよう、どうしよう」

と、オロオロするばかりでした。オロオロ、というのは人間がむき出しになる状態で、そういった状態だったからこそ、人として彼等と出会えた気がしています。オロオロしたからこそ、重度障がいの子どもたちに出会えた。

 

 壮真くんは残念ながら上映会には来ません、でも映画にはいっぱい登場します。壮真くんが自分に迫ってきた感じで映画を見ましょう。さぁ、どうする?って。

 

 

8月31日午後1時半から上映会やります。緑公会堂です。横浜線中山駅から徒歩5分

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★上映後、監督の講演、トークセッションなどもあります。

障がいのある人達を理解する、ということ。

『僕とオトウト』の上映会に

「孫の小学6年と3年の子が一緒に見てもよろしいでしょうか。従兄弟に障害のあるお兄さんがいるので、理解が深まると良いと思い、誘ってみました。」

という問い合わせがありました。

 気持ちはわかりますが、人と人のおつきあいは、理解をした上でするものではありません。ただふつうにいいなと思ったらつきあうし、そうでなかったらつきあわない、ただそれだけです。

 相手が障がいのある人であっても同じです。

 養護学校の教員になった頃、障害児教育についての知識がまるでなかったので、夏休みは毎年のように研修に行かされました。横浜国大の先生の障害児教育に関する講義を聴くのです。子どもたちを理解する上で色々勉強にはなりましたが、それで子どもたちとのつきあいがうまくいったかというと、どうもそんな感じではありません。ま、理解というのはその程度のものです。気分的な安心、という程度。

 最終的には、私自身が障がいのある子ども達をどう受け止めるか、というところだと思います。色々できないことはいっぱいありましたが、それでも彼等と過ごす日々はめっちゃ楽しく、何よりも彼等のそばにいると妙に心が安らいで、私は彼らに惚れ込んでしまったのです。この人たちとずっといっしょに生きていきたいな、と思うようになりました。そんな思いがぷかぷかを作りました。

 

 理解はないよりあった方がいい。でもそれがなければ障がいのある人とおつきあいできないというものではなく、あくまでその人の感性の問題です。

 子どもに理解させよう、なんて思わず、子どもにまかす。色々戸惑ったり、困ってしまったり、けんかになったり、どうにもならなくて泣き出してしまったり、色々あると思います。それでも子どもにまかす。そういった経験が子どもを豊かにするからです。子ども自身がそこから大事なものを学ぶからです。

 

 『僕とオトウト』の監督も、オトウトの壮真くんといろんなことがあって、この映画ができあがったのだと思います。上映会に監督も来ますので、ぜひそのあたりのこと聞いてみて下さい。

 

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★上映後、監督の講演、トークセッションなどもあります。

お互い居心地のいい場所を作るには

 障がいのある人たちはこの社会の中でどのくらい居心地よく暮らしているのだろう。そこに社会の「成熟度」が表れるように思います。障がいのある人達のための制度的なことも社会の仕組みにはありますが、それ以上に人と人との関係があります。

 障がいのある人たちは社会の中でどういうふうに受け止められているか。多くは何かやってあげる、支援する、という関係です。いずれも上から目線の関係。フラットな関係ではありません。

 見下される障がいのある人達にとっては居心地がいいとは言えません。自分が見下される側にいたらどんな気持ちになるか、ちょっと想像すればわかる話です。そのことにどこまで私たちが気づいているか。

 見下す側は、それが当たり前だと思っているので、見下される人達がどんな想いでいるか、なんて想像すらできないのだと思います。想像すらできない人達が社会の大半を占めているという現実。

 どうしたらいいか。それは普段の暮らしの中で障がいのある人達とおつきあいするのです。おつきあいすれば彼等のいろんなことがわかります。私たちにはないいろんないいいもの、すばらしいものを彼等は持っています。

 

    

 

 「彼等って、こんなすばらしい作品を作るんだ」という気づきをたくさんの人達で共有できれば、社会はもう少し彼等のことを想像できるようになります。 彼等にとって居心地のいい社会を作るにはどうしたらいいのかも。

 

 

8月31日映画『僕とオトウト』上映会やります。誰にとっても居心地のいい社会はどうやったらできるのか、そんなことをみんなで考えたいです。

 

 

お互いこんな笑顔になれる社会を作りたい。そんな風に思うのです。

 

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★上映後、監督の講演、トークセッションなどもあります。

第9期演劇ワークショップ第1回目8月17日(土)

第9期演劇ワークショップ第1回目がありました。今季のワークショップはヨッシーの作品からお話を作ります。

 このなんとも賑やかな作品を眺め、おもしろいなと思ったところ、気色悪いと思ったところ、何これ?って思ったところ、等々からお話を作ります。

 

9:15 受付・テープに自分のあだ名記入など

 

9:30 スタート。高崎挨拶・進行役自己紹介

今回が最後のワークショップになることが伝えられる。第9期のワークショップも楽しみましょう!!

 

9:40 ネームウィズアクション せつ

いつもおなじみのネームウィズアクションでWSスタート。

 

9:50 じゃんけん列車(10分)  しおりん

「ポッポーポッポー・じゃんけん列車♪」と歌いながら歩き、歌い終わったらじゃんけん!勝った人が前、負けた人は後ろに列車のように繋がっていく。本日はひかりさんの勝ち!

 

10:00 早並び(あだ名順、誕生日順) 小針

全員で「あだ名のあいうえお順」や「誕生日順」に円になるように並びました。意外と難しかったけど、どうにかみんなで並ぶことができました。いろんな人と喋るゲームなので、みんなの顔と名前がなんとなくわかってきたかも。

 

10:10 ロンゲストライン(長並び)せつ

4チームに分かれて、どのチームが一番長い距離で並べるかを競争しました。体のどこか一部は前後の人に触れていなくてはいけないので、工夫をしながら、腕を伸ばしたり、足を延ばしたりして、長さを出しました。

 

2回戦目では、物を使ってもいいというルールが追加!タオルを使ったり、ベルトを使って、1回戦目よりも長く並ぶことができました!

 

10:20 休憩

 

10:30 うた『テトのパンはあ』(20分)あみちゃん

『テトのパンはあ』を歌いました。歌詞が気持ちよくて、歌っていて楽しい気持ちになります。

 

            

  こんな歌です。

  www.youtube.com

 

10:50 よっしーの作品をみんなでゆっくり鑑賞しました。

チームに分かれて、自分の見つけたものをみんなにシェアしました。建物の中をスマホのライトで照らしてみると、中の様子を少し見ることもできました。人によって気になるものがそれぞれなので、たくさんの発見がありました。

てっぺんの人形はかぐや姫だそうです。

 

12:10 昼休憩

 

13:10 よっしーの作品から何かチョイスしてシェイプ(20分)しおりん

よっしーの作品に登場するものの形を身体で作りました。どんぐり・クラゲ・かがみもち・かんらんしゃ

 

同じお題でも、人によってたくさんの形が作り出されるところが、シェイプの面白いところです。

 

 

13:20 うたパート2(20分) あみちゃん

「ねむり」という曲を練習しました。お昼ご飯の後、すごくリラックスした気持ちで歌うことができました。

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午前中に練習した「テトのパンはあ」も、もう一度歌いました。午前よりも、すごくうまくなってる!

 

 

13:40 

グループに分かれて、よっしーの作品の中から好きな場所と登場人物を選んで、「その場所の朝」というお題でシーンを作りました。魔女が出てくるチーム、悪い人が閉じ込められた牢屋のチーム、松ぼっくりのネズミが出てくるチーム、ガイコツやゴミ拾いの人が出てくるチーム、トイレにお化けが出てくるチームなど、色々なシーンが生まれました。

 

一度発表をした後に、進行役のせつさんから「出てくる順番を整理するとわかりやすいシーンになるよ」というアドバイスをもらい、シーンづくりに再チャレンジしました。さらに、「朝の曲がり角を曲がったら何が起きるかな」というお題も追加されました!

 

作り直すと、さっきとはまた違った面白いシーンができました。曲がり角を曲がった先に、ユニコーンや悪い魔女が登場したり、仕事に行って帰ってきたり、椅子取りゲームが始まっていたりなど、思いもよらない事件がたくさん起こりました。

 

 

16:00 感想

      みんなで今日の感想を話しました。

 

 

参加した方の感想

 

●主催してくださったみなさまの、歌の選曲と、題材(アート作品)とを、演劇へとつなげる、その構成がすごいなあと感動しました。

 そもそもあの日本大学警察学校という作品がおもしろすぎでした。埃が被ってるところがちょこちょこあったので、埃取りをしてあげたくなるくらい、魅了されました。
 
日本大学警察学校

 

 そこに、ぷかぷかさんのえもいえぬ楽しさが加わり、想像を遥かに越えていて、最初は息子たちのためにと思って参加してみたんですが、結局私がたぶん息子たち以上に楽しみました。息子たちも、年の近いお友達や、年の離れたお友達ができたようですし、楽しかったと言っていました。
 
 印象的だったのが、最後のチーム発表ではみんな疲れきっていた中、更なるお題の「朝の曲がり角」に、わたしの居たチーム3では、ユニコーンとなった横山さんが「大吉」「吉」とか、みんなに運勢を言ってくれて、まさかこんなおちになるとはと本当に爆笑でした。
 
 それにぷかぷかさんたちが全員終始なんとも楽しそうで、すごく近くて、オープンで、空気を「読みすぎる気配」が微塵もなくて、とても心地よかったです。
 
 ダウン症のある長男を産んでから、障がいのある人に対しての、今の私の周りの地域社会において、多少なりとのモヤモヤと共に生きてきましたが、こういうぷかぷかさんの世界があるということを知れて、良かったです。
 
 こんな素敵な場所に出会えてラッキーだなあと感じています。
 
 

●WSはたくさんの個性に出会えて楽しかったのですが、シーン作りは意見をまとめることが難しいなと思うことがありました。特にはるちゃんについてです。はるちゃんは、笑顔で積極的で、とても面白い方だと思うのですが、自分の思った通りにいかないと拗ねてしまって話し合いに参加しない傾向でした。「それはわがままだよ」と言う意見も出て、私はよくわからなくなりました。

 障害のある方はそのままでいい、そのままの存在が面白い。もちろんそうですが、イコール100%意見が通る、ということなのでしょうか。それこそ特別扱いになってしまうのではないでしょうか。チームでやる以上、妥協する点や譲り合う点が出ることは必要だと思うのですが、そこがうまく伝わらないままでした。
 こういうときは、はるちゃんのように主張が強い方の意見を最大限尊重した方がうまくいくものなのでしょうか。チームプレイはみんなの意見を100%汲むことは難しいと思います。しかしながら、そのなかでも譲り合いながら、チームのみんなの意見が少しづつでも反映されて、みんなで創ったねと思えるものにすることが重要だと感じます。
(もちろんメンバーとの信頼関係も関わってくると思いますが(気心許した相手の意見なら許せる、など))
回数を重ねることでつかめてくるものもあると思いますが、実際に障害者福祉現場などで演劇WSをやろうと思った時少なからず直面することだと思うので、なにかコツがあれば、アドバイスいただけたらありがたいです。
 
 
●色々悩みながらみんなでひとつの芝居にまとめていくのが演劇ワークショップ。悩むことは新しいものを生み出す過程です。悩むことがなければ、新しいものは生まれません。それをみんなでやるところがワークショップのおもしろいところ。さて、これからどうなりますか…。ドキドキ、わくわくしながら前に進みます。
 
 
●今回演劇ワークショップ3度目の参加です。 半年空けてまた嬉しい再開。 グループでの短いシーンの発表では、同じグループの春野さんとコマネッチさんのアドリブがとても新鮮でした。 他のグループの方々も1回目より2回目とより輝いて見えました。 無い頭を絞って考えるのはとても大変なのですが、あの場所にいると心が喜んでいるのが分かり、ありがたく皆さんの発表を見ていました。
 5歳になった娘も3回目、2歳から参加させていただいております。 今回は、親と別々でも発表できていて、娘の成長と、グループの方に感謝でした。 演劇ワークショップはぷかぷかさんと関われる貴重な時間です。 前回までの演劇ワークショップでの体験のおかげ様で、娘は、公園や子ども食堂、小学生の学習支援ボランティアなど普段の子どもたちとの出会いの場でも、自閉症や発達障害、ダウンなど特性を持ったお友達と自然に仲良くなり、一緒に遊んでいます。 こうやって成長していく人間は、ぷかぷかさんと共に、当たり前にみんな溶け込める社会が作れるのだろうなとと思います。
 
 
★今回歌った「ねむり」について、作曲したオペラシアターこんにゃく座の萩京子さんは
萩京子・作曲ノート

ねむり
詩:まど・みちお、曲:萩京子

この歌は、国際的なボランティア団体である「Make A Wish」の活動に共鳴して作曲したという経緯があります。
2005年に作曲しました。
「Make A Wish」は、難病と闘う子どもたちの夢を叶えるお手伝いをする、という活動をしています。
こんにゃく座が2002年に初演したオペラ『どんぐりと山猫』にどんぐり役で出演してくれたMYちゃんは難病にかかり、病院生活を余儀なくされていました。
彼女のために私が作曲して歌をプレゼントする。MYちゃんがそれを「夢」として望んでくれました。

病気と闘っている彼女の心に届く歌。病気を克服しておとなになってからも、口ずさんでもらえるような歌……。
そんな歌をプレゼントしたいと思いました。
そして見つけたのが、まど・みちおの「ねむり」という詩です。

わたしの からだの
ちいさな ふたつの まどに
しずかに
ブラインドが おりる よる

夜、寝床に横たわる自分のからだについて、まぶたについて、こんな風に感じることができるとは。
「夢」についても語られます。

どんなに ちいさな
ひとつの ゆめも
ほかの ゆめと
ごちゃごちゃに ならないように

眠りのなかで見るのも「夢」。希望として心に描くものも「夢」。
その2種類の夢が、「ねむり」というキーワード(タイトル)に引き寄せられて、毎日やってくる「夜」も怖いものとしてではなく、「夢」を育む時間として感じられるような詩。
この「ねむり」を歌にしてプレゼントしようと思い、作曲しました。
MYちゃんは、「Make A Wish」が主催するコンサートでこの歌をすてきに歌ってくれました。
そして今はすてきな大人の女性になっています。

みんなでわいわいがやがや楽しく

 8月31日『僕とオトウト』上映会やります。

 

 

 『僕とオトウト』は家の中での話です、そのオトウトくんは、映画の後、今は社会人。社会に出て、『僕とオトウト』の関係はどうなっていくんだろうと思います。

 オトウトくんは社会という未知なる世界で翻弄されます。家の中みたいに思うようにならなくて、イライラしたり、腹が立ったり、悲しくなったり、とにかくいろんなことが起こります。そういうことにお兄さんは向き合っていくことになります。一つ一つ丁寧に向き合いながら、そこで何が問題なのか、どうすればいいのか、ぜひ映像の記録をとってほしいと思います。

 オトウト君は福祉事業所なので給料は安いです。どうして障がいのある人は給料が安いのか、映像を見る人がそこまで考えるような作りにしてほしいと思います。給料が安いこと、これが福祉の世界で一番大事な問題だろうと思います。

 障害者は給料が安くて当たり前、と多くの人は思っています。みんなと同じように働けないんだからしょうがないじゃん、て多くの人は思っています。要するに生産性で人の価値を計っています。

 こんな風に人の価値を計るっていいんだろうか、という根本的な問題があります。

 人並みは無理にしても、オトウトくんなりに一生懸命働きます。その一生懸命さに私たちはどのように応えればいいのか。生産性ではない新しい評価軸が必要なんじゃないかと思います。そもそも評価が必要なのか、といったこともここで考えてもいいのではないか。

 そういったことを考えると、上映会ではいろいろ大事な問題がテーマになるかなともいます。みんなでわいわいがやがや楽しく話し合えれば、と思っています。

 

★参加希望の方はチラシ下部にあるQRコード、もしくは下記サイトから申し込んでください。

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★上映後、監督の講演、トークセッションなどもあります。

 

pukapuka-pan.hatenablog.com

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お互いがもっと生きやすくなるために

映画『僕とオトウト』に出てくる一場面。お兄さんとオトウト君の幸せ感がにじみ出ていますね。

 

 

 障がいのある人とこんなおつきあいが、家族にとどまらず社会全体に広がっていけば、社会はお互いがもっと生きやすくなるように思うのです。

 こういうおつきあいを作るにはどうしたらいいのか。それは彼らとふつうにつきあうことです。支援などという上から目線ではなく、ふつうにつきあう。これが結構むつかしい。つい何かやってあげたくなる。

 障がいのある人たちは、いろいろできないこともあります。でも、おつきあいしていると、私たちよりもずっとできることもあります。こんな楽しいぬいぐるみは彼らにしかできません。

 

 

 何かができるできないではなく、それぞれがかけがえのないいいものを持っています。だから、やっぱりお互い一緒に生きていった方がトク!だと私は思うのです。

 

 冒頭に掲げた写真のような関係をもっともっと社会に広げていきたい。そのためにはどうしたらいいのか、その手がかりをみんなで探したくて『僕とオトウト』の上映会をやります。

 

 

★参加希望の方はチラシ下部にあるQRコード、もしくは下記サイトから申し込んでください。

docs.google.com

 

★上映後、監督の講演、トークセッションなどもあります。

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