ぷかぷか日記

なんだかがっかりした話

  今朝の朝日新聞の「社説余滴」。事故で亡くなった障がいのある人の命をどのように価値づけるかの話です。

 聴覚障害を持つ11才の女性がショベルカーにはねられ死亡した事故の賠償を求める訴訟。被告側は事故がなければ生徒が得られたであろう逸失利益を障害を理由に4割低く算定した。遺族側は障がい者が働く環境が整備されつつあり、減額すべきでないと主張。

 「逸失利益は、死亡した存在に金銭的な値を付ける方法として便宜的に用いられてきた。しかし本来、生命はそれぞれ等しく価値があるものだ。とくにあらゆる可能性が開けていた子どもについて、平均賃金をもとに性別、障害の有無などで差をつける方法が最善なのか。問い直されるべきときだ。」と書いている。

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 30年前の1992年発行の小さな雑誌に、障がいのある子どもが亡くなった時の逸失利益について書いています。

  『一生働いて稼ぐお金が120万円!』というタイトルです。

 5年前、神奈川県の養護学校で水泳の授業中に自閉症の生徒が水死した。担当教諭の指導に過失があったとして両親が県などを相手に損害賠償請求の訴訟を起こし、その判決が先日下った。賠償額については一般の高校生と同じ逸失利益を算定すべきだとして約7000万円を原告は求めていたが、横浜地裁での判決は養護学校の卒業生の進路としては地域作業所に入るケースが最も多いので、水死した生徒についてもその蓋然性が最も高いと判断、地域作業所入所者の平均収入を元に生涯で約120万円を算定したと新聞に載っていた。

 一人の人間が一生の間に得るであろう利益の算定がわずかに120万円とはずいぶんひどい話だと思う。思いつつ、これはしかし私たちの社会が養護学校の卒業生達を追い込んでいる現状ではないかと、あらためて愕然とする。

 一人の人間が死んだ時、たとえその人が地域作業所に入る可能性が一番高いにせよ、一生かかって稼ぐ金が120万円だと算定するのはなんとも悲しい話ではないか。全く働けない、言い換えれば生産活動におよそ関与できない人の場合はゼロということになるのだろうか。

 たとえ働けなくても、その人がいないと困るという人間関係はたくさんあるはず。その関係は働いている人達をしっかりと支えてもいるだろう。そういう関係を含みながらこの社会は成り立っているのではなかったか。そういう関係を含んでいるからこそ、社会のあちこちにホッとできるようなゆるやかさがあるのだと思う。

 そういったことを考えていく時、先の120万円という算定は、その人のまわりに広がっている人間関係と、それが生み出す豊かなものの価値をどう判断するかがすっぽりと抜け落ちているのではないか。

 そういった算定がまかり通る社会は、お互いがますます生きづらくなるだろうと思う。

 

 これを書いてから30年。社会はずいぶん進んだに違いないと思っていましたが、

「平均賃金をもとに性別、障害の有無などで差をつける方法が最善なのか。問い直されるべきときだ」

などと書いてあったりして、

「ああ、まだこんなこという時代なんだ」

とあらためてがっかりしました。

 

 あゆちゃんはいわゆる生産活動はむつかしい方です。

ayuchan.jp

 でもたくさんの人達があゆちゃんのまわりに集まり、あゆちゃんから元気をもらっています。人を元気にするというのは、とても大事な、価値ある仕事です。私たちにはなかなかできない仕事です。そういう仕事の価値をきちんと評価できるかどうか、私たちの社会が、今問われているように思うのです。

第7回表現の市場をやります。

 11月27日(日)横浜線長津田駅前のみどりアートパークホールで第7回表現の市場をやります。

 

 

 みんなの表現が舞台で爆発します。「私たちはここにいるぞ!」「ここでこうやって生きているぞ!」という力強いメッセ−ジ。そのエネルギーは社会を変えるチカラを持っています。

 彼らのエネルギーはもっともっと社会に生かした方がいい。生かさないともったいない。生かすことで、社会は変わっていく。障がいのある人もない人もみんながもっと生きやすい社会に。

 

 あの忌まわしいやまゆり園事件から2年目。表現の市場を見に来た人がこんなことをおっしゃってました。

 

 《 事件のあと、みんな障害者を「守る 」と言っているけど、結局は「囲い込む」わけで、彼らを「生かす」なんてことは全く考えていない。それを考えると、表現の市場でやっていることは彼らを全面的に生かすというか、積極的な「攻め」ですよね。それがいいと思っています 》

 

 攻め、というか、彼らと一緒に新しい物語を作ること、一緒に舞台に立つこと。そして、何よりもこういったことを続けること。

 そのことが、あのような忌まわしい事件が二度と起こらない社会を作ることにつながると思っています。

 ああだこうだ批判するだけでなく、彼らと一緒に本気で新しい社会を作っていく。そのことが大事だと思っています。

 

 今回参加するのは「あらじん」「はっぱオールスターズ」「シーホース工房」「みんなでワークショップ」です。

 

あらじん

和太鼓あらじんは横浜市鶴見区知的障害児者親の会「ひよこ会」の余暇グループとして2003年に活動を開始しました。まもなく20年目を迎えます。メンバーは大好きな太鼓を大好きな仲間と演奏するのが大好きです。
 

はっぱオールスターズ

 第1回より参加させていただいております。グループのモットー、「なんでもOK!」 の通り、様々なジャンルのパフォーマンスにチャレンジしています。今回は、この世 の全てのものに感謝の気持ちを捧げるあの南国のダンスを披露いたします。衣装にも ご注目を!

 

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シーホース工房

シーホース工房はSeahorse Covoとも表記します。Covoとはイタリア語で「隠れ家」意味します。竹林を整備し、間伐した竹で楽器や道具を作り、それを使って紙芝居ミュージカルという独自の表現活動を展開する。障がいのある人もない人も共に集うみんなの隠れ家であり、居場所なのです。自然再生、ものづくり、表現活動を三本柱に活動しています。NPO法人2年生のフレッシュな団体です。

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 みんなでワークショップ

 NPO法人ぷかぷかが毎年企画し、ぷかぷかで働くぷかぷかさんと地域の人達が一緒に芝居作りをしています。月一回集まり、6ヶ月かけて作った芝居を舞台で発表します。今年は『銀河鉄道の夜ーぷかぷか版』です。

 

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声を出すと、それだけで心がふくらむーー瀬谷区役所人権研修会「詩のワークショップ」

瀬谷区役所で人権研修会をやりました。人権に関する抽象的な話をしてもおもしろくないので、『Secret of Pukapuka』を見たあと、映画を見ての気づきを元に詩を書く「詩のワークショップ」をやりました。

 それぞれ気づきを5,6行の詩にまとめ、まずはグループ(7〜8人)の中で発表し、お互いの気づきを共有。そのあと言葉を一行ずつ切り離し、グループの中でシャッフルし、バラバラになった言葉をグループの中で再編集、グループとしての新しい詩を作ります。それをほかのグループの前で朗読。詩の朗読なんて、ほとんどの人はやったことがないので、とても新鮮な体験だったかと思います。

 みんなで同じ映画を見ていながら、それぞれの思いの違いに気づきます。思いの違う言葉を、それでもいろいろ並べ替え、グループとしての詩にまとめます。苦労してまとめた分、詩にはチカラがあります。人に向かってその詩を声を出して読みます。声に出すことで、詩の言葉に丁寧にふれていきます。

 読む方も、聞く方も、詩のチカラを、ちょっとゾクゾクするような感じで受け止めます。それぞれの気づきを元にして作った詩が、みんなの心を動かすのです。

 映画を見て、ただ感想を言い合うだけでは、こんなことは生まれません。これが詩のワークショップです。それぞれの気づきが、更に深まったことと思います。

 

 映画を見たあと、四つのグループに分かれて作業開始。

 

言葉を切り離して並べていきます。

 

切り離された言葉をグループで再編集。ここがいちばん大変。でも楽しい。

 

 

そして詩の発表(朗読)

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『Secret of Pukapuka』を見て

・障害のある方と関わる機会があるものの、障害のある方がこんなにも楽しそうに笑顔で過ごしていることに驚いた。

・ぷかぷかさんがまわりの人たちを笑顔にしている。

・映画を見てあたたかい気持ちになりました。

・いつも購入しているぷかぷかのお弁当をどういう人達が作っているのか知ることができてよかった。

・「ぷかぷかさんが街を耕している」という言葉が印象的でした。社会に役に立つ、役に立たない、という価値観の中で、障がいのある人達は役に立たないと思われてしまっている側面があると思います。そんな中で、こんな風に人の心を耕している、そういう役割を担っている、という見方を知り、勉強になりました。

・障害のある方との関わりはむつかしいと思っていたが、そんなに気を張らないでいいことがわかった。

・ぷかぷかさん達に親しみを感じ、彼らのこともっと知りたいと思った。

 

 

・ぷかぷかのパン、お弁当の販売のある木曜日を毎週楽しみにしています。ほんの短い時間ですが、元気な声と顔を見られると、なんともほっこりするので、私も少しずつ耕されているのだと思います。映画で彼らのホームグラウンドでのきらきらした笑顔をみせてもらえてよかったです。

・外販では見られないぷかぷかさん達の姿が見られてよかった。

・差別は彼らのことを知らないことから始まるんだなと思った。

・ひとりひとりの個性をとても大事にされていることに感動しました。身近に障がいを持った子がいるのですが、このような人達と出会えたら幸せだろうなと心から思いました。

・誰もがどこでも笑顔で過ごせる世の中になればいいなと思いました。そのためには、誰もが違い、個性を当たり前に認め合えるようになれば、と思います。みんな違ってみんないい。簡単そうでなかなかむつかしいのが現実なんだろうなと思います。だからこそ、ぷかぷかさんのように地域に根ざすのがよいことなんだろうなと思いました。笑顔が笑顔を呼びますね。

・ぷかぷかさんと会うことがより楽しみになりました。

・「ちゃんとやらなければいけない」という肩の力が抜けた気がします。

・今まで障害者の散歩など見かけていた時は遠い存在と思っていました。今日の映像を見て、話しても大丈夫だと思えるくらいになりました。

・理解しているつもりでも、列車内で大声を出される障害のある方にドキッとしてしまうことがありました。その人がどんな気持ちで声を出したか考えてみようと思いました。

 

 

 

「詩のワークショップ」を終えて

・おもしろい研修でした。優しい気持ちになれた。ふわふわ言葉のシャワーで、心地よかった。

・声を出すこと、音楽にのせること、それだけで心がふくらむこと。あらためて実感。忘れていたことです。

・従来の研修と違って「人権」の本質に気づかせてくれるすばらしい時間でした。「人権」なんて、大きく振りかぶっていても、実は自分の心の養いなのかなと思いました。

・研修というより、ワークショップのような雰囲気で、固くなっていた頭がほぐれた気がします。たくさんお礼の言葉を講師の方に伝えたいところです。朗読のチカラを知ったので、帰宅したら6才と4才の息子に絵本を読んでやりたいと思います。

・一つのビデオで、受け取る側に様々な詩が生まれ、話し合うことで一つの文章になる。とても勉強になりました。

・新しい気持ち、感情、言葉では表現しにくい、そんなものに出会えた。

・穏やかな優しい気持ちになった。新しい自分の感情に出会えた気がする。

・楽しく学べました。来年もよろしくお願いします。

・ちょっとドキドキする楽しい研修でした。

・グループ詩の中に「話しかけてみようかな」というのがありました。作った詩を実際に声を出して読んでみて、「できる、やってみよう」と思いました。

・他の人が障がいのある方に対してどのような思いがあるのか知ることができてよかった。また障がいのある方の見方が変わり、この気づきを大切にしながら関わっていきたいと感じた。

 

 

・詩のワークショップはやったことはありませんでしたが、みなさんと作業するのが楽しかった。それぞれのグループの詩に個性が出ていると感じた。

・書いたことのない詩も楽しめて、よい学びになりました。

・詩を書くことで、自分の内なる気持ちに気づけた。

・「障害は個性」ととらえていたが、あまり接する機会もなく、どこか他人事でした。これからは積極的に関わって、知らない世界をもっと知ってみたいと思いました。

・毎週木曜日、ぷかぷかさんの声がお昼に聞こえてくると、元気をもらえています。パンもとってもおいしいです。今回の研修でもっとぷかぷかさん達とお話しできればいいなと思いました。

・いろんな人がいる中で、違いを認めることが、世界平和につながると思いました。

・実践的な研修で、とてもよかった。

・詩を作る作業は楽しかったです。

・「知らなくてはいけない」から「知りたい」に心境が変化しました。

・ぷかぷかさんの存在を初めて知りました。とてもよい経験ができました。

・わかっていることではあるが、他の個性を認めることってむつかしいです。

・知らない不安、やらない不安は今すぐなくすことができるのだと背中を押してもらった気がします。

・詩を作る作業で、他者と関わり合う楽しさや、それによって生まれる化学変化、戸惑い、受容があって、きっとぷかぷかさんと接する時の感覚と似てるのだろうと思いました。ぷかぷかさん達のあたたかさをより知れたと思いました。

・私もぷかぷかさんのパンやお弁当のファンです。自由な彼らをみていると、自分も許されたような気持ちになり、ホッとします。

・日常ではなかなか関わることのないテーマであり、学びが多かった。研修の形式もよいと思いました。

 

 

・詩を作ると聞いて、非常にハードルが高いと感じたが、みんなで力を合わせればなんとかできるということを実感した。

・講師のお話をもっと時間をかけて聞きたいと思った。

・近所の豆腐屋さんに障がいのある息子さんが(成人)いることに最近気がつきました。私たちは線を引かれているのか、混じり合って生活していないと感じました。でもこの社会に放り出し(?)ても、うまく混じり合えないよなぁ、とずっと思っていたので、「社会に合わせない」のお話で腑に落ちた気がしました。

・自分自身の言葉を届けることの大切さに気がつきました。

・声に出すことで詩(ことば)が生きる!言葉を届けることの大切さを説く講師の言葉が印象的でした。

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 『Secret of Pukapuka』の鑑賞と、詩のワークショップによる人権研修会。朗読をする時、音楽をかけました。

「音楽を聴きながら朗読を始めるタイミングを自分で見つけて下さい」

といったのですが、そのちょっとした集中が「心がふくらむ」ような体験をもたらしたようです。人権研修会で、そんな体験ができたこと、それが今回の研修会の一番の収穫だったのではないかと思いました。

 

 瀬谷区役所には毎週木曜日、パンやお弁当の販売に行っています。

「毎週木曜日、ぷかぷかさんの声がお昼に聞こえてくると、元気をもらえています。」

という感想がありましたが、うれしいですね。障害者は嫌だ、近寄りたくない、という人も多い世の中で、「声が聞こえると元気がもらえる」関係ができているって、なんかすごいことじゃないかと思いました。そういった関係を作ってきたのはぷかぷかさん自身です。そこがすごいなと思うのです。「ともに生きる社会を作ろう」なんていってる私たちのはるか先を行ってる気がします。

ぼくはたくちゃんのおかげで少し心が広くなったような気がしています。

中学生のお兄さんが障がいのある弟について書いた作文です。 

 

 ぼくの弟「たくちゃん」は、今、小学校6年生です。本人が「たくちゃん」以外の呼び方で呼ぶと嫌がるので、ずっとそう呼んでいます。

 ぼくとたくちゃんは兄弟なのに、今まで一度もけんかしたことがありません。一緒に交わって遊ぶというのも正直むつかしいです。同じ場所で同じことをしていても、たくちゃんの見ている世界、感じていることは違うような気がします。どうやらたくちゃんの頭の中には、僕たちの知らない何かがあるようです。

 たくちゃんは毎日ほぼ同じペースで生活しています。時間を守り、規則正しく、たくちゃん自身が決めたルールに従って行動することで、心の安定を保つようです。たまにそのペースが乱れると、精神的に不安定になり、落ち着かなくなって、僕らを困らせたりします。

 だからぼくの家族はみな、無意識のうちにたくちゃんのペースを乱さないように気をつけながら生活していると思います。

 たくちゃんの朝はとても早く、毎朝4時に起きて、計算プリントを必ず2枚します。そこには毎日母が付き添っています。お気に入りの絵本を読んでもらい、数字を書き、母といつものセリフの掛け合いをして、それで朝のルーチンは終了。

 1年365日のうち、きっと360日くらいはやっていると思います。ぼくがその場面に出くわすことはほとんどありませんが、たくちゃん専用の棚には、何千枚ものプリントがちゃんと積み重ねられています。これはちょっと他の人にはできない、たくちゃんの能力だと感心しています。

 たくちゃんは時間にとても正確です。いつも10分前行動。出かける時も予定時間より10分早く家を飛び出して、外で僕たちが来るのを今か今かと待ち構えています。おかげで僕たちはいつも時間に追われています。

 たくちゃんはとても几帳面です。汚れた手はたくさん石鹸をつけてきれいに洗うし、毎食後必ずすぐに歯を磨きます。帰宅するとすぐに明日の予定をホワイトボードに書き、時間割を確認し、準備をしています。これもぼくよりずっとよくできています。

 こんなにしっかりいろんなことができるのに、普通の子とは何か違う。

 ぼくの弟は自閉症です。

 ぼくにはたくちゃんの障害名なんて全くどうでもいいことだけど、やっぱり他の人には説明が必要なのかなと思います。

 自閉症は生まれつき脳に何らかの障害があり、人とのコミュニケーションや、他人の気持ちを読み取るのが苦手という特性を持っていると言われます。だから会話がうまくできないし、話しかけられてもうまく応えられないので、誤解もされやすいと思います。

 ある日ぼくが学校から帰ると、母が泣いていました。「どうしたの?」と聞くと、「たくちゃんが友達何人かに囲まれて、つねられたりいたずらされて、あざをたくさん作ってきたの。先生がその子達に「どうしてそういうことをしたの?」と聞くと、「たくちゃんの反応が見たかった」って…。

 ぼくは怒りの混じった悲しい気持ちになると同時に、なんとなくそういうこともあるかなと思ったりしました。

 たくちゃんはうれしかったり、感情が高ぶったりすると、顔の前で両手をひらひらさせたり、ぴょんぴょん跳びはねたり、アニメなどのセリフをペラペラしゃべったりします。なんでそうするのかわかりませんが、これもたくちゃんが自分の気持ちを表すための表現なのかなと思います。ぼくは慣れているから別に何も思わないけれど、全く知らない人が見たら、不思議な感じがするだろうなと思います。だから説明が必要だろうなと。

 ある脳科学者が「ひとりひとりの人間の脳は、それぞれ与えられた条件の下で挑戦する能力、情熱を持っている。自閉症の子には自閉症なりの挑戦の仕方があるし、普通の子には普通なりの挑戦の仕方がある。お互い、それぞれの挑戦を助け合うことが大事だ」といっていました。

 ぼくも本当にそうだと思います。たくちゃんはこれまで、たくさんの人達のサポートやあたたかい気持ちの中で育ち、今、ものすごい勢いで成長しています。たくちゃんといると大変なことも多いけれど、たくさんのことに気づかされます。

 当たり前のことが当たり前にできる幸せ、世の中にはいろいろな人がいて、それぞれを認め合って生きているということ。ぼくはたくちゃんのおかげで少し心が広くなったような気がしています。

 ぼくにこのようなことを教えてくれるたくちゃんは、とても大切な存在です。そして何よりもたくちゃんの笑顔は最高です。この先僕たちには様々な困難があるかも知れませんが、たくちゃんと共に生きていくことは、これからぼくの挑戦だと思っています。

 一緒に挑戦していこう!たくちゃん。

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 たくちゃんの毎日の様子を読んでいると、たくちゃんて、いい人生生きているなぁ、としみじみ思ったりするのです。何千枚のプリントが積み重なるような人生を私は生きてないなぁ、とちょっと寂しい思いをしたり。自分の生きた軌跡がこんな風に残るなんて、すごいことです。私は何を残しているんだろう、とふと思いました。

 

 たくちゃんと一緒にいると大変なことも多いけど、たくさんのことに気づかされます、と書く中学生のお兄さん。すばらしいですね。

 たくちゃんと一緒に暮らすことは、大変なことも多いけれど、たくさんの気づきを生み、それは人間の幅を広げ、人生を豊かにしてくれます。

 障害のある人との暮らしが人生を豊かにしてくれる。

 何かにつけ、マイナスの評価の多い障害のある人達ですが、このお兄ちゃんのような姿勢で暮らせば、彼らとの暮らしが人生を豊かにしてくれます。やっぱりいっしょに生きていった方がトク!なんだと思います。

 

「ぼくはたくちゃんのおかげで少し心が広くなったような気がしています。」

という言葉も出てきます。

 障害児教育の世界も、福祉の世界も、こんな言葉がなかなか見当たりません。どうしてなんだろうと思います。

 要は彼らとフラットな関係でおつきあいできるかどうかなんだと思います。その関係こそが豊かなものを創り出す。そんな気がしています。

 「指導」とか「支援」といった上から目線の関係が、どれだけ豊かなものを創り出したでしょうか。彼らと過ごす時間がもったいないです。

SDGs岩佐賞、落選しましたが、再度チャレンジ

土曜日、新聞朝刊でSDGs岩佐賞の発表がありました。

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 賞金1000万円を夢見て応募しましたが、残念ながら落選。

www.pukapuka.or.jp

 

 障がいのある人達を排除するような社会は。持続可能な社会ではありません。なので、再度チャレンジします。第2回SDGs岩佐賞にまたエントリーします。

 前回とは全く違う角度からこの問題を書いていきたいとは思うのですが、前回、かなり書き切った感があるので、新しい切り口が見つかるかどうか甚だ心許ない。それでもこの問題を考え続けることが大事だと思っています。どうして障がいのある人達を排除すると、持続可能な社会でなくなるのか。考え続けることでこの問題についての思考が深まります。

 演劇ワークショップを続けるのも、彼らといっしょに生きていくことで社会が豊かになり、それが持続可能な社会につながると考えるからです。

第7期演劇ワークショップ第5回目

第7期演劇ワークショップ第5回目です。

 いつものように一人ずつのname & actionから始まります。みなさん慣れた感じで自分のアクションをやりながら名前をいいます。

 

 続いて体で文字を表すゲーム

 「オオタ ♡」オオタさんはそのままの自分でオオタ。田の字が入り、最後は♡

 

「わたナベ」 子どもは「べ」の濁点

 

 一人で自分の名前を表現した人もいました。これ「フタミイクミ」と読むんだそうです。どんなポーズをとっても「フタミイクミ」。

 

 「35億年のサーカス」と「ケンタウルス祭りの歌」を歌いました。

   「ケンタウルス祭りの歌」は長いので、覚えるのが大変。

   

 

  歌詞を見ながら聞いてみてください。いい歌です。

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歌詞を見ながら聞いてみてください

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 自分にとっての「幸せ」を絵や文字にする。

          

                          

                   

                 

                   

                     

 なんだか読んでるだけでこちらも幸せになります。いい世界生きてるなぁ、と思いました。

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「プリオシンの海辺」を歌いました。

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「ブルッキーのひつじ」をうたいました。歌の原本です。

                        

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『プリオシンの海辺』

「さざなみ」「くちぶえ」「しおかぜ」「ためいき」「なみだ」「やくそく」のキーワードを表現しながら歌いました。最後はみんな化石に。

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5チームに分かれ、恐竜の一日を作りました。

恐竜の上に恐竜がまたがって、一日が始まる。

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腹が減った恐竜がほかの恐竜を食べる。

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  恐竜の骨をもって鏡を見る

 恐竜の骨をもって歩き回る

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「ピタゴラスイッチ」をやる。「こんなのでできるのかとハラハラしましたが、なんとかなってしまうのがぷかぷかのワークショップですね」と日大芸術部で芝居を学んだ人。

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最後は「35億年のサーカス」を元気に歌っておしまい。

 

参加した人の感想

●ワークショップ楽しく参加させていただきました。今回は今までよりみんなとの距離が短く感じました。お互いに慣れてきたのか?
 フタミさんに肩揉んでいただきました( *´艸`)いい手してました。忙しくしすぎて少し疲れて肩が痛かったところにベストなタイミングでした!!!
 幸の定義の発表でpukapukaさんたちの”人に感謝されること”が多くみられ、こちらも幸せになりました。どの人にも当てはまりますが、人の喜びが自分の喜びに、そしてこれからはより、自分の喜びが人の喜びになっていくのが極まってくるので、みんな自分を満たして、もっともっとpukapukaなエネルギーを社会に振りまいてほしいなと思いました。
あと、今日はみんなで化石になったり歌ったりの一連の動作として動いたのが一体感を感じられてとても心が満たされました。身体は、疲労困憊ですが^^;
次回までに、歌詞が覚えられるように頑張ります。
 
●自分の幸せと感じる時と、他人にとっての幸せとは何かを考える際に、私はマツイさんと2人でグループを組みました。幸せとは何かを考える私に対し、マツイさんは迷わずに(ぷかぷかで仲間達と仕事ができること)と紙に書いていていました。それが1番に出てくるマツイさんは、なんて素敵な人なんだろうと思いました!ぷかぷかさん達と一緒にいると、日頃の身近なところに、幸せや大切なものがあるんだなと改めて気づかされることがよくあります。
 また、ワタナベさんの「幸せは一言で表せるものじゃないと思います、僕はずっとぐるぐるしています」という言葉もとても心に残りました。あまりに深すぎることだと思うので、自分でも考え直してみて、幸せとは何か深めてみようと思いました。
                       

 

 

★今作っている芝居は11月27日(日)午後2時から長津田駅前のみどりアートパークのホールで行う「表現の市場」で発表します。

 この写真は背景画の一部。

たまこ焼ぎ

 おひさまの台所のショーウインドウでこんなラベルを見つけました。

 

 

 なんだか楽しくなるようなラベルです。ぷかぷかでは、こういうの見つけると

「あっ、おもしろい!」「いいねぇ、すごくいい」

と、そのまま店頭に並べます。ラベルを見た時の楽しさをお客さんと共有したいからです。そういうことが、彼らといっしょに生きていく社会を作っていくことにつながります。

このラベル見て、

 「それまちがってるじゃん」

と指摘するのは正しいことではあるのですが、その正しさを押しつけるよりも、このラベルをみた時の、なんかこう心がゆるっとするような楽しさを大事にした方が、お互い生きることが楽になるように思うのです。

 このラベルは私たちのガチガチになった心をほぐしてくれます。彼らは私たちの社会に必要な人達なんだと、このラベルを見ながらしみじみ思うのです。

 

 買い物に来て、こんな楽しいラベルに出会い、なんかホッとした気持ちになって、こういうことって大事だよね、って思う人が少しずつ増えていってくれるといいなと思っています。

演劇ワークショップを続ける理由

 いつも元気で楽しい舞台を作り続けている演劇ワークショップですが、経済的には運営がかなり厳しいところに立たされています。

 演劇ワークショップをやるには、講師料とか、会場費とか、大道具や小道具を作ったり、いろいろお金がかかります。お金はかかるのに、収益は生まないので、どこかでお金を調達する必要があります。それで助成金を申請しているのですが、すべての経費をまかなえるわけではありません。なので、赤字が出ます。今まではぷかぷかにその穴埋めをしていただいていましたが、ぷかぷかも資金が潤沢にあるわけではないので、今年はもう自分でその赤字分を穴埋めするしかないなと思っています。

 赤字分を自分で穴埋めしてでも演劇ワークショップをやるのはどうしてなのか。

 いちばんの理由は、ぷかぷかさん達と一緒にやる演劇ワークショップは、とにかく半端なく楽しいからです。演劇ワークショップの場は、日常生活の場より、もう少しお互いが自由になれます。この、みんなが自由になれる、というのが演劇ワークショップの場のいいところです。

 みんなが自由になれるので、私たちとは少し違う、彼らのものの考え方、ひらめき、想像力などが、ふだんの暮らし以上に楽しめます。違いをそのまま作品に生かすことができます。だから今までにないおもしろいものが生まれます。

 

 下の写真、この場面はお祓い棒を掲げているぷかぷかさんが場の雰囲気を一人で作っています。「お許しを!」を謝っているのは地域の人。こんな場面が自然にできてしまうのが演劇ワークショップのおもしろいところ。こんな場面に出くわしてしまうと、もうやみつきになってしまうのです。

 

  こんな楽しさの中で、彼らに対し

 「あなたがこの場に必要」「あなたにここにいて欲しい」

と、素直に思えるようになります。そう思える関係が自然にできます。障がいのある人達を排除することの多いこの社会にあって、そんな風に思える場があることはとても大事です。ここから彼らを排除しない社会が始まります。

 「あなたにいて欲しい」と思える関係の中で作り上げた芝居には、彼らと一緒に過ごすことで生まれる楽しさ、面白さがてんこ盛りです。なので、その芝居を見ると

 「彼らとはいっしょに生きていった方がいいね」

と、理屈抜きに思えます。

 何よりも彼らといっしょに生きると何が生まれるかを、目に見える形で表現します。「ともに生きる社会」を作ろう、というかけ声だけはたくさんありますが、ともに生きると何が生まれるのかまで示しているところはなかなかありません。ともに生きる場、ともに生きる関係を作り切れていないからだと思います。

 演劇ワークショップは舞台の上で、彼らといっしょに生きると何が生まれるのか、その豊かな世界を目に見える形で示します。小さな「ともに生きる社会」が舞台の上で実現しているのです。いや、舞台の上だけではなく、演劇ワークショップの場そのものが「ともに生きる社会」をすでに実現しています。

 

 

 演劇ワークショップに参加するために毎回栃木から新幹線に乗ってやってきた方がいました。その方の感想

「みんなすごく素直で、思ったことをストレートに表現するから、リアルで人間味があってとても魅力的に思えて、私はぷかぷかさんの大ファンになっていました。私にとってそこは自然と笑顔になれる場所で、優しい空間でした。そんな彼女、彼たちと一緒に立った舞台。やり切った感、ハンパなかった。ぷかぷかさんたち一人ひとりとふれあった思い出が頭の中で駆け巡り、みんなで頑張った喜びと終わってしまった寂しさとが複雑にからみあって、舞台が終わってからの反省会、涙がこぼれ落ちてしまいました。」

 涙がこぼれ落ちたどころか、号泣でした。ぷかぷかさんとおつきあいしたことが、号泣するほどの気持ちを生んだのです。そんな関係ができてしまうのが演劇ワークショップという場のすごいところです。

 

 栃木から新幹線に乗ってやってきて、舞台に立つ。

 

 「障害者はいない方がいい」と暴力的に障害者を排除したやまゆり園事件から6年。障害者のグループホームを建てようとすると反対運動が起こったり、施設での虐待が止まらない社会は、事件と地続きにあります。

 障がいのある人達を排除する社会は、社会の幅が狭くなり、お互いが息苦しくなります。彼らがいることの豊かさが失われ、社会は痩せこけていきます。

 

 そんな社会にあって、私たちに何ができるのか。

 やっぱり、

「障がいのある人たちとはいっしょに生きていった方がいい」

と言い続け、彼らと一緒に生きる豊かさを様々な形で作り続けようと思うのです。

 やまゆり園事件というとんでもないものを生み出してしまった社会。そんな社会を作ってしまった責任を、やはり感じるのです。こんなことが起こるまで社会に対して何もしてこなかった責任です。

 だからこそ、赤字分を自分で穴埋めしてでも、演劇ワークショップは続けていこうと思うのです。私なりの責任の取り方、というか…

 

 

 

「いっしょにいると心ぷかぷか」の幸せ感を味わう

 企業のメセナ活動のついて卒論を書く、という学生さんがきました。メセナ活動というのは、文化・芸術活動を支援することです。その支援の対象になるぷかぷかの活動を調べに来ました。

 ぷかぷかの活動をいろいろ聞いたあと、そういった活動を企業が支えるとき、企業には何が生まれますか?どういうメリットがありますか?という質問が来ました。

  企業は収益を生みます。収益は従業員の給料に回したり、企業を存続させるための投資に回したりします。その収益の一部を、たとえばぷかぷかの活動を支援する費用に回したらどうなるでしょう。

 

 ぷかぷかの演劇ワークショップは、障がいのある人たちといっしょに作り上げる文化・芸術活動です。文化・芸術活動は社会を豊かにします。そこに障がいのある人達が加わっていれば、今までにない豊かさが生まれます。どうしてそんな豊かさが生まれるのでしょう。

 演劇ワークショップは、障がいのある人達の魅力、発想の自由さ、面白さを存分に引き出し、それを一緒に作り上げる芝居に生かせるからです。私たちだけで作るよりも、彼らの魅力、彼らの発想の自由さが加わった分、幅の広がった作品ができます。そこには今までにない豊かさがあります。この豊かさこそが、障がいのある人たちといっしょに生きていく理由です。

 

写真はぷかぷかさん達と一緒に作った舞台。背景画も一緒に描いたものです。

 

 パン屋とかお惣菜屋の活動はどうでしょう。

 下の写真は栃木の上野さんの作ったライ麦の入ったパンです。ラベルにぷかぷかさんの描いた上野さんの似顔絵が入っています。この絵があることで、ライ麦パンの価値がグンと上がります。

 おいしいライ麦パンを焼く職人さんがいて、上野さんの似顔絵を描くぷかぷかさんがいます。その二つがコラボした商品が上の写真です。障がいのある人たちといっしょに生きる、「ともに生きる」ことで生まれた商品です。「ともに生きる」ことで何が生まれるか、一目でわかります。「ともに生きる」ことで生まれた新しい価値といっていいと思います。ここにしかない価値ある商品です。

 

 お惣菜屋にはこんなラベルがあります。

 ぷかぷかさんの書く味のある字をここで使えばおもしろいんじゃない、という提案で生まれたラベルです。心がゆるっとするような魅力ある字です。この字は「ひじき煮」という商品を伝えるだけでなく、ふっとあたたかい気持ちになるものを伝えてくれます。思わず買ってみようかなという気になります。これも「ともに生きる」ことで生まれた新しい価値といっていいと思います。

 

  週一回老人ホームに配達するお弁当には、ぷかぷかさんの描いた帯をつけます。この帯の絵を毎週楽しみにしているお年寄りの方達がいます。ぷかぷかさんはお年寄りの方達の人生を、こんな風に支える仕事をしています。彼らにしかできない仕事です。

 

 こういう文字や絵は生活を豊かにする「文化」であり、「芸術」といってもいいと思います。パン屋もお惣菜屋も新しい「文化」「芸術」を生み出していることになります。

 

 企業の利益をこういった活動の支援に回すとどうなるでしょう。そこで働いている人にとってのメリットってなんでしょう。おそらく大部分の人は障がいのある人達とのおつきあいがないので、ぷかぷかの試みは新鮮な気づきになります。障がいのある人達のイメージが、大幅に変わります。

 彼らはあれができないこれができない人達ではなく、社会を耕し、豊かにする人達であることがわかります。「いっしょにいると心ぷかぷか」になる人達です。障害者はいや!と拒否してしまうより、「いっしょにいると心ぷかぷか」って思える方が、心豊かに過ごすことができます。

 メセナ活動は文化、芸術活動を支援します。ぷかぷかの文化・芸術活動を支援する時、障がいのある人達の活動も支援することになるので、その成果はもっと幅の広いものになります。障がいのある人達が作り出す今までにない豊かさを、社会にもっともっと広げていくことができます。そんなことを企業が応援することになれば、「共生社会」がしきりと叫ばれる今、企業の評価はグンと上がります。

 ぷかぷかさん達の生み出す豊かさは、生産性の論理では語れない豊かさです。生産性の論理で動く企業が、そういった豊かさを応援することになれば、企業が生み出すものの質が変わってきます。

 生産性の論理とは異なる価値観との出会いで、何よりも、社内の雰囲気が変わります。社員の人達にとっては、働くことが楽になります。

 更に、ぷかぷかさん達と出会う機会があれば、「いっしょにいると心ぷかぷか」の幸せ感を味わうことができます。これは、すごいメリットだと思います。

ぷかぷかさん達が授業を豊かにする

 近くの創英大学の「障がい児保育」の授業の中で、ぷかぷかさんが出かけていって何度か授業をすることになりました。一緒に絵を描くワークショップや、お互いのことを知り合うすごろくワークショップ、ぷかぷかさんの作品を鑑賞するワークショップ、簡単な芝居を一緒に作る演劇ワークショップなどをやる予定です。

 「障がい児保育」という必須科目は保育科のある大学はどこでもやっている授業です。でも、障がいのある当事者と一緒に授業をやるのは多分創英大学だけです。

 以前ほかの大学で福祉に関する授業の中でぷかぷかさんを連れて行って授業をやったことがあるのですが、みなさん、福祉を勉強しながら、障がいのある人とおつきあいするのは初めてでした。言葉だけの勉強では、やはり大事なものが抜け落ちてしまいます。特に障がいのある人への対応は、実際に当事者の方とおつきあいしてみないとわからないことがたくさんあります。

 そういう意味で今回の一連の授業は、「障がい児保育」を勉強する学生さんにとっては、とても意味のある授業になります。下手すると抽象的な言葉で終わってしまう「障がい児保育」の授業を、ぷかぷかさん達は、人と人とが出会い、その出会いを通して障がいのある人について大事な気づきがたくさん生まれるような、とてもあたたかで豊かな授業にしてくれます。何よりも障がいのある人たちといっしょに生きるってどういうことか、がよくわかります。「ともに生きる社会」のリアルがここにあります。そういう意味では「障がい児保育」の授業が目指すものを遙かに超えたものがここから生まれます。

 あらためて障がいのある人達の、社会を豊かにするチカラを思うのです。大学に行って勉強したくても、そんなことは夢のまた夢の彼らが大学の授業を豊かにするなんて、なんだか素敵じゃないですか。

 

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