ぷかぷか日記

いろんな人と出会える場があれば

  養護学校の教員になって3年目頃(今から40年ほど前です)、「電車の中で障がいのある生徒が赤ちゃんの髪の毛を引っ張り、とても怖い思いをした」という投書が新聞に載り、それを巡っていろんな話をしました。

 

 「静かにするのよ、と毎日いって通学するより仕方がないのです」

 「私一人で買い物に行ったとき、友裕君は?って聞いてくれる関係に」

 「どうして電車の中でみんな黙っているんだい?」

 「だめよ、そんなことしたら、赤ちゃんいたいでしょ」

 「教師たちの反応はさっぱり」

 「お母さんたちの話を聞いて、心が耕されるみたいだった」

 

 昔書いた『街角のパフォーマンス』という本にそのときの記録を書いていますので(下の方にコピーを貼り付けました)、興味をある方はぜひ読んでみて下さい。ここに出てくる「遊ぼう会」の仲間が、生活クラブのお店の駐車場で開かれていた「青空市」に養護学校の生徒たちと手打ちうどんのお店を出したり、そのつながりで演劇ワークショップを始めたりしました。『街角のパフォーマンス』は絶版になっていますが、内容的には今の社会に十分通用する話、というか、未だにあそこに書いたことを社会は超えていないんじゃないかと思います。ですので、少部数プリントオンデマンドを注文してみようかと思っています。

 40年前の話なのに、その40年で社会はよくなったのか、というと、あの頃よりも社会はもっとばらばらになっているように思います。

 福祉の制度は充実してきたと思いますが、福祉事業所の職員が「障害者はいない方がいい」などといって19名もの重度障害のある人たちを殺す、という信じがたい事件が起き、それを様々な形で支える社会があります。

 NHK「19のいのち」のサイトにあった、犠牲になった方のお母さんが寄せた手記に

《 事件後、長年つきあいがあり兄のことも知っている近所の人に「事件があったことは悲しいけど、でもよかったんじゃない?」と言われたことが悔しくて…》

というのがありましたが、このなかにある

「でもよかったんじゃない?」

の言葉、いった本人は悪気はなかったと思うのですが、いわれた側はひどく傷つき、自覚のないまま、事件を支える側、障がいのある人たちを社会から排除する側に立ってしまっているのです。

 それを間違っている、と言葉で指摘しても、多分なかなか伝わりません。やはりどこかで障がいのある人たちといい出会いをすることだろうと思います。

 ぷかぷかは、まさにそういう場として始まり、たくさんの出会いを作ってきました。新聞に投書が載った頃を思えば、はるかに確かな形でまわりが変わりつつあります。

 ぷかぷかで働く障がいのある人たちが好き!というファンがたくさんできたり、自分の地域にもぷかぷかみたいな場所を作りたいという人が何人も現れたり、これは相模原障害者殺傷事件がおきるような社会にあって、大きな希望だろうと思います。

 

コピーした文字が小さくて読みにくいのですが…

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全然、不幸なんかじゃなかったのです。娘が私のもとにうまれてくれて本当に幸せでした。

  人には番号ではなく、名前があります。名前があるから、その人を思い浮かべることができます。逆に、名前がなければ、その人を思い浮かべることができません。

 津久井やまゆり園障害者殺傷事件では、殺された19名の方の名前が匿名で報道され、誰が亡くなったのか一切わかりません。

 誰かの死を悲しむ、というのは、その人の人生を思い浮かべることだと思います。人生を思い浮かべることができなければ、その人の死を悲しむこともできません。

 社会が、死に及んでなおも名前さえ言えないところまで障がいのある人たちを追い込んでいること、死を悲しむことも許さないこと、その残酷さに社会の側がどの程度気がついているのでしょう。

 

 NHKの「19のいのち」というサイトは、その問題に応えるサイトだったと思います。19人、一人一人のエピソードを匿名のままですが載せています。

 「19歳の女性」のエピソードにはサイトを開いた当初、こんなことが書いてありました。

 《 短期で施設を利用していたころから、かわいらしい笑顔で人気者でした。》

 施設関係者から寄せられた情報だったようですが、一人の人間が、わずか一行で語られていることがどうしようもなく悲しくなったことを覚えています。

 ほかの方も多少言葉は増えても、似たり寄ったりで、読むのが辛いほどでした。

 それは当時の取材状況をそのまま語っていたのだと思います。その後サイトは少しずつ充実し(最前線の記者ががんばったのだと思います)、何人かの家族の方が手記を寄せ、一名ですが、写真を載せている方もいます。施設の職員の方が寄せるエピソードもずいぶん充実してきました。

 最近は19歳の女性の母親が手記を寄せています。辛い思いで書いたのだと思います。読みながら涙がこぼれてしまいました。 

www.nhk.or.jp

 

 サイトにはこんな投稿もありました。

 

 名前が出せない中で、娘さんの姿を一生懸命描いたのだと思います。「娘は一生懸命生きていました」と。

 

 寄せられた家族の方の手記の中にこんな言葉があります。

《それでも一日も早く裁判が始まってほしいと願うのは、犯人がどうしてこういう事件を起こしたのか、なぜ息子が死ななければならなかったのかを知りたいからです。》

「なぜ息子が死ななければならなかったのか」。この問いは、犯人だけでなく、私たち自身が受け止めなければならない重い問いだと思います。

 

 家族の方に対し、近所の方がいわれたという言葉、

《事件後、長年つきあいがあり兄のことも知っている近所の人に「事件があったことは悲しいけど、でもよかったんじゃない?」と言われた》

「でもよかったんじゃない」は、とても残酷な言葉です。でも、多くの方がふっと思ってしまう言葉だと思います。どうしてこんな言葉が出てしまうのか、私たち自身が考えなくてはならない問題だろうと思います。

 

 家族の言葉は、障がいのある人たちはどんな風に社会の中で受け止められているのか、を鋭く突いています。その問いに私たちはどのように応えていくのか、「19のいのち」のサイト見ながら思いました。その問いを考えつづけることが、事件を超える社会を作っていくことにつながるのだと思います。

 

 こういった作業は、本来なら事件を起こした津久井やまゆり園がやるべきことだと思います。なぜ福祉の現場の職員がこのような事件を起こしたのか、という検証も含めて。

 津久井やまゆり園は、相変わらず事件については一切語りません。どうして語らないのか、ここにこそ事件の核心があるように思います。

 マスコミはここにこそ切り込んでいってほしいと思います。

彼らに任せた方が、社会はうまく回る。

 つるみに「ぷかぷか」を作っちゃおう、 のFacebook。初めてぷかぷかに来たときの印象をこんなふうに書いています。

 

 初めてぷかぷかにお邪魔したときはそれまで見た福祉事業所と大違いでびっくりしました。そこで働く人たちがみんなが生き生きと働き、やたら楽しそう!ごはん処に入ると「いらっしゃいませ」ではなく「こんにちは」と言われました。びっくりしながらも友人のおうちにお邪魔したような嬉しい気持ちになりました。席に着くとお料理を運びながらもいろいろ声をかけてくれます。スマホを貸してと言われ渡すとあっという間にFacebookでつながってくれたテラちゃん。テラちゃんには、たくさんのお友達を紹介してもらいました。テラちゃんと出会わなければ決してつながることのできなかった人たちとお友達になることができました。これはもう人生観がひっくり返るくらいの衝撃的な出来事でした。
障がいを持つ人たちとこんなに近い距離でお付き合いできる事業所を私は他には知りません。

 

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  普通だとこの間にスタッフが割り込み、障がいのある人たちとお客さんのおつきあいはなかなかむつかしいそうです。

 こんなにいい顔しておつきあいできる関係を、どうして自由にやらせないのかと思います。こんなすてきな、楽しい人たちがいっぱいいるのに、自由におつきあいさせない、なんてもったいない話です。

 

 私は養護学校の教員をやっているときに、彼らに惚れ込み、町の人たちにステキな彼らに出会ってほしいと思って、町の中に彼らの働くお店を開きました。

 たくさんの人たちが彼らに出会い、たくさんの人たちが彼らのファンになりました。

 「障害者はなんとなくいや」「近寄りたくない」「怖い」と思っている人たちの多い世の中で、彼らのことが好き!という人が現れた、というのは考えてみればすごいことです。「共生社会を作ろう」とか「ともに生きる社会を作ろう」なんてひとことも言ってないのに、彼らのファンがどんどんできたのです。ファンができたヒミツはどこにあったか。

 「接客を彼らに任せた」

 そこに、ファンができたヒミツがあります。ただそれだけで、彼らのことが好き!というファンがどんどん増えてきたのです。

 

 「敬語が使えない人は接客はだめ!」という福祉事業所があるそうです。ぷかぷかさんは敬語なんて使いません。敬語なんてよく知らない、という人もいます。でもちゃんとお客さんとおつきあいしています。お互い笑顔でお話しし、楽しい時間を過ごしています。

 彼らとの楽しい時間は、お客さんの心を開き、豊かな気持ちにさせます。障がいのある人たちが、社会を豊かにしているのです。

 「敬語が使えない人は接客はだめ!」という福祉事業所の「支援」は、お客さんとのこんなすてきな関係をつぶしてしまうのです。「支援」が、お客さんが豊かな気持ちになれる、すばらしいチャンスをつぶしているのです。もったいない話だと思います。

 

 彼らに任せた方が、社会はうまく回る。上の写真見ながらつくづく思います。

 「支援」をしない方が、社会はうまく回るなんて、なんとも皮肉な話です。

 

どういう表現になるかは、ぷかぷかさんに任すことにした

 つるみに「ぷかぷか」を作っちゃおう、の浅川さん、先日の上映会で自分のやろうとしているものの形が見えてきたそうです。

 演劇ワークショップの記録映画の中で、芝居作りがうまくいかなくで、進行役サイドで、あーでもないこーでもない、と話し合ってるところが、何か新しいものを生み出す予感がした、と書いていますが、その気づきがすばらしいですね。

 

 宮澤賢治の『ほら熊学校を卒業した三人』の原作は、相手をかじって食べてしまう、という結構残酷な場面がいくつかあります。そこのところをぷかぷかさんたちがどんな風に受け止めるのか、すごく心配しました。「こんな話、もういやだ!」って、投げ出してしまうかもしれません。どうしようか、ずいぶん悩みました。そこを全く外すことも考えたのですが、そうするとなんか間の抜けた別のお話になってしまいます。

 「いや、ぷかぷかさんがやれば、原作にある残酷な感じは、多分別の表現になるんじゃないですか」

とぷかぷかの若いスタッフがいいました。いろいろ揺れながらも、結局そこに賭けることにしました。原作のままぶっつけ、どういう表現になるかは、ぷかぷかさんに任すことにしたのです。

 5年間、いっしょに芝居作りをやってきたぷかぷかさんたちへの信頼です。多分私たちとは全く違うイメージで表現してくれる。そういう信頼です。

 「支援」などという上から目線の関係では絶対に出てこない、ぷかぷかさんたちへの信頼。この信頼があるから、彼らとの関係から新しいものが生まれます。

 そうやって作ったのが本番の舞台です。あちこちで笑い声も上がり、本当にあれは『ほら熊学校を卒業した三人ーぷかぷか版』でした。ここにしかない、オリジナルな舞台です。

 ぷかぷかさんと出会い、そこから生まれた、今までにない『ほら熊学校を卒業した三人』でした。「本当に新しいものは、人と人との出会いから生まれる」。宮原さんの言ったとおりのことが演劇ワークショップでは生まれてるのです。ぷかぷかさんの生み出すものを1,私たちが生み出すものを1とすると、1+1が5になるくらいの新しい価値を生み出しているのです。

 ぷかぷかさんたちがいることで、社会が豊かになっているのです。そのことを演劇ワークショップの舞台はしっかり見せてくれます。

 

 つるみの「ぷかぷか」でも、そういうものが生まれてくるといいなと思います。

ameblo.jp

つるみに「ぷかぷか」を作っちゃおう!

 つるみに「ぷかぷか」を作っちゃおう!という人たちが現れました。障がいのある人だけでなく、誰にとっても居心地のいい場所「ぷかぷか」を、つるみに作っちゃおう、というわけです。

 生きづらさを抱えている人が多いのだと思います。自分らしく生きたい、と思っている人が多いのだと思います。だから「ぷかぷか」のように、みんながホッとできるような居場所を作ろう、ということで動き出したようです。

 

 どんな風にして、そんな場所を作っていくのか。

 ぷかぷかは、「居心地のいい場所を作ろう」ということでスタートしたわけではありません。障がいのある人たちといっしょに生きていこう!って、それだけを考えてスタートしました。

 彼らといっしょに生きていこうって、それだけを考えてやってきたのですが、いつの間にか、来るとホッとするような、誰にとっても居心地のいい場所になっていました。

 どうしてそんな風になったのか。

 

 大きなきっかけは、接客の講習会を受けたときです。講師の人が言った「接客マニュアル」通りにぷかぷかさんがやると、なんだか気色悪かったのです。マニュアルに合わせようと一生懸命やればやるほど、気色悪い、というか、自分を押し殺す姿が痛々しかったのです。それで「接客マニュアル」に合わせるのはやめにしました。お客さんに不愉快な思いをさせない、という一点だけ守ってもらって、あとは自分の思うようにやってもらいました。

 接客マニュアルに合わせる、というのは、言い換えれば、社会に合わせる、ということです。障がいのある人は社会に合わせないとだめ、とかいわれますが、ぷかぷかは社会に合わせることをやめたのです。

 社会に合わせると気色悪い、そのままのあなたが一番魅力的!と、そのとき、しみじみ思いました。

 そのままの自分でいいので、ぷかぷかさんにとってはとても居心地のいい場所になりました。みんなが自由であるとき、お店の雰囲気、空気感が開放感にあふれたものになります。やってくるお客さんにとっても、ホッとできる居心地のいい場所になりました。

 

 つるみで「ぷかぷか」を作っちゃおう!というとき、ここが一番のポイントになると思います。そこに集まるぷかぷかさんたちがどれだけ自由に振る舞えるか、ということです。それと、何よりも私たち自身が、ぷかぷかさんたちといっしょに生きていった方がトク!と思うこと。間違っても「支援」などという上から目線の関係は作らないことです。

 その二つが合わさって、誰にとっても居心地のいい場所を作るのです。

 

 あちこちにこうやって「ぷかぷか」ができれば、社会はもっと居心地のいいものになりますね。

 あなたの町でも、ぜひ! ぷかぷかの映画抱えて応援に行きますよ。

 

 

 つるみで「ぷかぷか」を作っちゃおう!のFacebook

www.facebook.com

 

テラちゃんから突然プレゼントをもらってしまって、すごくキュンとしました。

 メッセンジャーで、上映会の感想が来ました。

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 わたし、テラちゃんから突然プレゼントをもらってしまって、すごくキュンとしました。 そういう、ぷかぷかさんたちにときめくポイントがたくさんある会だったと思います。

 ツジさんが突然歌ったりとか(笑)。 相模原関連のイベント(とは銘打っていなかったですが)のなかで、知的や精神障害のある方と実際に触れ合って、「ああ楽しいな」と思えるものって、ないですよね。(『道草』のような優れた映像作品にも同じくらいの力がありますが、やはり生のインパクトってすごいです)

 もちろん、事件にまつわる深刻な話、現状を省みることも絶対に必要なのですが、 「一緒にいると楽しいんだ」と実際に思わせるイベントのほうが、ポスト相模原時代を変えるうえでは「手っ取り早い」のでは!?と感じました。

 宮原さんが「クリエイティビティって、人と人が出会って、これまで見たことがないものを生むことでしょう」とおっしゃっていましたが、まさにぷかぷかさんの活動を言い表していたと思います。

 ぷかぷかさんのもつ自由な空間が、もっともっと広がっていったらいいですね。

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 相模原障害者殺傷事件を超える社会は、あーだこーだとむつかしい議論の先に生まれるのではなく、どこまでも障がいのある人たちといっしょに生きていく先にあるものだと思います。

 ですから先日の上映会もぷかぷかさんといっしょでした。ぷかぷかさんといっしょにいると、会場全体が、とても自由な雰囲気になります。私がマイクで「ここは自由にしていいです」なんていっても、ああいう雰囲気は生まれません。

 あの自由な、みんながのびのびした雰囲気がよかった、という感想がいくつもありましたが、ぷかぷかさんといっしょにいることの意味を実感すること、それが事件を超える社会を作っていくはじめの一歩になると思っています。

 むつかしい議論をいくら重ねても、あのやわらかい雰囲気は作れません。あのやわらかい雰囲気の中でこそ、「障害者はいない方がいい」「障害者は不幸しか生まない」といった言葉は間違っている、と実感できます。その実感が、事件を超える社会を作り出すのだと思います。

 感想にある「手っ取り早い」というのではなく、ぷかぷかさんと出会うことで、人が変わり、社会が変わるのです。

 宮原さんもいってましたが、ぷかぷかさんとの出会いこそが、今までにない新しいものを生み出すのだと思います。ぷかぷかさんが生み出すものを1,私たちが生み出すものを1,ぷかぷかさんと私たちが出会うと1+1が5になるのです。

 

 「すごくキュンとしました」という感覚をみんなで共有していきたいと思っています。

 

 (テラちゃん!)

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この町にぷかぷかのパン屋があることが、この町の価値を何倍にも上げています。

先ほど上映会の感想をアップしましたが、その中にほかの感想とは全く違うものがありました。

 

 4年前に霧ヶ丘に引っ越してきました。毎朝、ぷかぷかのパンを食べています。娘は保育園でもぷかぷかのパンを食べています。この町にぷかぷかのパン屋があることが、この町の価値を何倍にも上げています。映画を見て、それをますます感じました。霧ヶ丘の町が、ぷかぷかが、ますます好きになりました。

 

 ぷかぷかが町の価値を何倍も上げている、という指摘、すばらしいですね。

 つい先日は、大阪大学の都市デザインをやっている先生が見学に来られました。都市計画をする段階で福祉事業所を入れ込んだ方がいい、と考えている先生でした。街に緩やかな流れがそこから生まれると考えているようでした。

 そういう緩やかな流れ、雰囲気を実際に町に作り出しているぷかぷかは、町の価値を何倍にもしている、という指摘を、この町に住んでいる人がした、ということが本当にうれしいです。

 

 引っ越してきて4年目なので、新鮮な目で霧ヶ丘の町を見ているのだと思います。おいしいパン屋がある、ということは簡単に見つかります。何度かパンを買いに来ているうちに、そのお店は妙に居心地がいいことに気がつきます。しかも毎日楽しい雰囲気。笑顔、笑い声がたくさんあって、お客さんも楽しくなります。元気になります。

 障がいのある人が働いていますが、社会に合わせるのではなく、その人らしさをそのまま出して働いています。彼らの自由な姿は、自由な雰囲気、空気感を作り出します。来る人をホッとした気分にします。

 そんなお店があることは、この町の価値そのものではないか、という気づき。

 そういったお店で見えてくる価値の何倍もの価値をぷかぷかは生み出していることが映画からは見えてきます。

 だから映画を見て、ますますそれを感じました、と書いています。

 

 そういうものは私たちがどうこうして作れるものではありません。やはりぷかぷかさんたちがこの町にいて、自由な、楽しい雰囲気で働いていること。それがこの町の価値を作り出しているのだと思います。

 障がいのある人が町で働いていることの意味を、「この町の価値」という形でぷかぷかは提案しているのだと思います。

 そしてその価値を私たちが大事にするとき、お互いがもっと生きやすい社会がそこから生まれるのだと思います。

 あらためて、彼らに感謝!です。

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さわがしくて、にぎやかな社会を、みんなで楽しんでいけたら

8月3日の上映会に来た人たちの感想です。ぷかぷかさんたちの映画がこれだけの言葉を引き出したこと、そのことがすごいなと思います。

 

・「耕す」これまでどれくらい自分が価値観を変える場面をもらってきたか、あらためてこれまでの出会いに感謝したい気持ちになりました。自由な雰囲気の上映会で、子どものびのび、お母さんものびのびしていて、ステキでした。ダウン症1歳の子のお母さんの言葉に、子どもを持つ母として涙が出ました。

・4年前に霧ヶ丘に引っ越してきました。毎朝、ぷかぷかのパンを食べています。娘は保育園でもぷかぷかのパンを食べています。この町にぷかぷかのパン屋があることが、この町の価値を何倍にも上げています。映画を見て、それをますます感じました。霧ヶ丘の町が、ぷかぷかが、ますます好きになりました。

・イキイキとしたぷかぷかさんの映像を見て、元気をもらいました。あらためて幅広い活動をされて、すごいなぁ、と感じました。このまま自由で楽しいぷかぷかさんで、いろんな世界にチャレンジしてほしいです。

・私も現在ハンディを持った方の支援の仕事をしているので、明日からも私の周りにいるぷかぷかさんたちと楽しく自由にいろいろな経験をしていこうと思いました。もっともっとぷかぷかさんを笑顔にしていきたいな。

・ぷかぷかさんたちが、とても魅力的に描かれていて(元々に魅力が、そのまま表現されている)見れば見るほど、ぷかぷかさんのファンになりました。ご家族も出演されていて、親としての同じ立場を映像の中で見て、ご家族の表情がすてきで、涙が出そうになりました。

・みなさんが自由にのびのびとしていらっしゃる姿が、とてもステキでした。障がいを持った人たちと「一緒に生きていきたいんだ」という高崎さんの思いにとても励まされます。

・ぷかぷかさんみたいに日々を楽しみたいです。息子との日々を楽しみたいです。

・ステキな作品が会場にあり、テンションが上がりました。帰りにはお土産のクッキー買って帰りたいです。

・そのままでいいんだよ、というメッセージを発信しつづけること、自由に楽々生きる心地よさを発信しつづけることが、生きづらい社会を少しずつ変えていく力になるんだと、あらためて感じる上映会でした。

・カナダの記録映画、大ちゃんのピザ屋に行ったシーン、プラス思考の大切さが実感できました。(行方不明!とみんな騒いでいたけれど、大ちゃんからすれば、ピザ屋でみんなを見つけたんだよね、という会話がありました)

・海外に行っても「いつものぷかぷかさん」で、まわりを巻き込んでいく不思議な力はユニバーサルなのだなと思いました。

・『ぷかぷかさん カナダをゆく』楽しかったです。短いけれど、たっぷりな映画を一本見た気がします。セノーさんのスーツ姿、カッコよかったですね!

・「インクルージョン」とか「共生社会」とか、最近よく耳にしますが、言葉が現実に生かされてないと日々感じています。相模原障害者殺傷事件から見えてきたのは、犯人は幸せな人ではなかった、ということ。幸せな出会いもなかったのかな、とも。「一緒にいる幸せ」「出会い」知識だけでない体感。あらためて「これだ!」と思いました。

・衣料品大量販売店に努めている教え子が仕事の悩みを抱えていて、「障害者雇用」、本人の努力、雇用する側の配慮、ジョブコーチの支援、親の思いのはざまでどうしたらいいのか悩んでいましたが、映画を見て、少し道筋が見えてきました。

・ワークショップ みんなでがんばって作り上げた様子、懐かしく、とても楽しく拝見できました。櫻井君と二人で盛り上がって見れて更に楽しかったです。上から目線が抜けなくて参加したワークショップ、今ではぷかぷかさんたちは友人でもあり、もはや人生の師匠です。

・カナダの映画、感動しました。

・ワークショップの映画、ミツバチがかわいかったです。

・演劇ワークショップ、すごろくワークショップの映画を見て感じたのは、障がいのある人を知ろうとすること、この人だったらどうするだろう?どう思うだろう?と考えることが、今の見て見ぬふりをする社会と真逆の発想の中で、みんな(障害を持つ人、持たない人)が笑顔になったり、ホッとできる場所が作れることが、本当にすごいと思いました。社会全体で、今、空気は読むもの、と思われていますが、ぷかぷかに行くと、空気を吸ってはけて、生きていることを実感できます。

・もっともっとたくさんの人がぷかぷかさんに会って、いろんな人がいてもいいっていう世の中になってほしいと思いました。支援をするという上から目線ではなく、ともに育っていける世の中になってほしいです。

・みんなを笑顔にするぷかぷかさん、いいですね。ぷかぷかさんとはきっと、ずっと仲良くおつきあいできると思う。

・息子(32歳)が知的障害があり、両親が介護しています。ぷかぷかのお店は時々息子と利用しています。相模原障害者殺傷事件、被害者の介護の大変さの一面しか見ていないように思います。映画で見られるように、彼らも周りの人たちを楽しくさせ、やさしくしているように思います。息子の可能性を見直そうと思っています。案外大きな可能性を持っているかもしれません。ただ気がつかないだけのような気がします。

・SDGs(持続可能な開発目標)を紹介する子ども向けの動画の中でも You are the differennce という言葉が出てきた意味がよくわかった気がした。

・ぷかぷかさんたちがのびのびとしておられる様子が、とてもよかったです。周りに何人かのぷかぷかさんがいるので、もう少し積極的に関わっていけるかなと思います。

・この映画を見て、ぷかぷかの存在を知って本当にうれしい。しあわせになった。このことを若い友達に話し、ぷかぷかを訪問しようと思う。

・生きづらい世の中ですが、一人一人の存在を大切にすること、そういう社会に作りかえていくこと、が大事ですね。

・カナダでの様子を見せていただき、国が違ってもしっかり伝わるのだなということがよくわかりました。様々な形でどんどん海外に進出していってほしいなと思います。

 

 

・「支援は一瞬で支配に変わる」という言葉にどきっとしました。

・ワークショップの映画は、セリフが決まっている学校などで行う劇よりも、一人一人の顔がキラキラしていました。

・就労支援施設というと堅いイメージがありましたが、ぷかぷかさんでは一人一人が楽しそうに仕事をしていて、イメージが変わりました。

・相模原障害者殺傷事件についてのタカサキさんの発信は、恐れていた「風化」という事態が起こりつつある今、本当に重みがあると感じます。

・演劇ワークショップもすごろくワークショップも体温を感じる関わりで、障がいのある人たちを見るだけ、聞くだけではではわからないおつきあいのすばらしさを感じました。健常と呼ばれる人が障害を持つ人を知らない恐れをほぐして、耕しているのを映像から感じ、安心感を覚えました。

・ぷかぷかさんやその周りの人たちの明るさに刺激を受けて、自分の型にはまった考え方などに気がついて、やわらかく生きたいなと思いました。

・私は神奈川県の障害児・者施設や福祉事業所で36年働いていた者です。新採の頃はグループホームや地域作業所もほとんどなかった時代でしたが、施設という枠組みの限界を感じておりました。津久井やまゆり園は実際に勤めたところではありませんが、解体された建物の基本構想に関わったこともあり、衝撃的な事件でした。  学校のあり方も含め、地域でふだん、自然に出会い、ともに過ごす機会がありふれるようにならないと、偏見や差別はなくならないと思います。

・映画の中のダウン症のお母様の気持ち、胸が詰まります。私自身も気持ちを開放していくことが必要ですね。

・カナダの映画、ドキドキの映画でした。制することなく(だめといわないで)旅ができていることに感動しました。

・元気になりました。ぷかぷかさんたちのことが少しわかりました。まわりにもっといてくれるとよいと思います。

・ぷかぷかさんたちの自由さ、優しさ、周囲をあたたかくする力を、あらためて感じました。難しいことは考えず、自分に素直になることが大事ですね。

・カナダに行ってしまうって、すごい!自分も久しぶりにドラムスをたたきたくなりました。

・ぷかぷかさんたちを見習って生きていこう!

・みなさんが本当に楽しそうで、幸せに生きていることを満喫しているように感じました。なぜ、こんなに楽しく、幸せなんだろう、と思うと、もっとぷかぷかのこと深く知りたくなりました。 自由に楽しく生きていいんだよ!って自分に言い聞かせます。

・福祉というものが「かわいそうな人を助ける」ものではない、と痛感しました。当たり前にいっしょに楽しいことをする、が一番!

・ぷかぷかさんたちが明るく楽しそうに生活しているのを見て、本当に心があたたかくなりました。私たちももっと、自分自身を愛して、自由に、豊かに、クリエイティブに生きていっていいのだと思いました。

・もっと自由に楽に生きていい。それが自分のためにも、まわりのためにもなる。人生がもっと楽しくなるよ!

・カナダの旅も、すごろくワークショップも演劇ワークショップも、感じたのはぷかぷかにはたくさんの音があるな、ということ、ぷかぷかは音楽的だな、ということです。カナダの感想でテラちゃんはサンリオピューロランドの話をし、その間辻さんの声が重なり、セノーさんはアキハバラと劇中で何度もつぶやき、ヒカリさんはたくさん質問し、マイマイさんは静かに描きつづけている。一人一人の発するものが、それぞれの質量を持ってそこにあるので、ばらばらのようで、Abstractな(抽象的な)ハーモニーを生んでいるなと。さわがしくて、にぎやかな社会を楽しんでいけたら。

・今日、自分の働いている福祉現場の先輩と一緒に参加できてよかったです。先輩が「今までの価値観と変わった」といって下さったから。障がいのある方にふだん接している人でも、仕事として関わっていると、なかなか感じられない一面を見ていただくことができたのでうれしかったです。一人ずつでもぷかぷかウィルスに感染させたいです。

・メンバーさんとおつきあいすることで地域の人が変わっていく様子が伝わってきました。

・学校を卒業したあと、地域とともに生きていく姿をイメージすることができました。

生産性ではなく、彼らがいること、そのことがすばらしい、と映画は伝えてくれたと思います。

岩坂さんがFacebookに

「高崎さんの提案はいたってシンプル。共生社会を難しく議論せず日々の実践で。」

と書かれていましたが、昨日の上映会は、まさにそのことの映像による報告会でした。

 相模原障害者殺傷事件の「障害者はいない方がいい」「障害者は不幸しか生まない」の言葉に対して、あーだこーだむつかしい議論も、まぁ大事ですが、それ以上に、障がいのある人たちとお互い「いい一日だったね」って言える日々を黙々と積み重ねることこそ大事だと思います。そのことを映像を通してしっかり報告できたと思います。

 

 カナダの旅はいろいろ大変なことがありましたが、でも、ふだんの暮らしでは体験できないようないい一日をみんなで過ごせたなぁ、としみじみ思います。

 エンディングの歌が流れる数分の映像がすばらしかったですね。ぷかぷかさんたちと一緒に過ごした「いい一日」が映像を通してびりびり伝わってきました。ぷかぷかのお店の前でみんなが歌っている映像も重なり、試写会の時は、ぷかぷかさんたちがいることの幸せ感がわ〜っと押し寄せてきて、私は涙が止まりませんでした。

 

 生産性ではなく、彼らがいること、そのことがすばらしい、と映画は伝えてくれたと思います。映画を見たみなさんはいかがでしたか?ぜひ感想をお寄せ下さい。

 

 第5期演劇ワークショップの記録映画『ほら熊学校を卒業した三人ーぷかぷか版』は7月30日(火)の夕方の試写会で見ていたのですが、そのときは音楽が入っていませんでした。藤木さんができあがった音楽を監督の齋藤さんのところに届けたのが多分それ以降で、映像とのミックス作業が終わったのが上映会前日7月2日(火)の夜。その後私に映像データ送るためにギガファイル便でアップロードしたのが8月2日(金)の22時58分。さっそく私もデータをダウンロード。3日の上映会直前の映像テストにはブルーレイディスク、映像データの入った外付けハードディスク、それにわたしのPCの三つを用意する、という万全の体制で臨みました。映像テストに三つも用意する、というのは齋藤さんの緊張感そのもの。

 寝不足になりながらも齋藤さんのこの映画にかける意気込みがびりびり伝わってきて、うれしかったですね。本当にありがとうございました。

 藤木さんのセンスのいい音楽もすばらしかったですね。音楽が入ることで、映画から伝わってくるものが何倍にもなったと思います。

 特に舞台の背景を作っていくところがよかったです。わんどで作った背景そのものもすばらしかったのですが、それをどう見せるか、何よりもその背景をバックに、ぷかぷかさんたちをどう見せるかで苦労した舞台監督の成沢さんたちの思いがよく見える映像でした。背景画をつるした舞台を客席から見つめる成沢さんの顔がすばらしかったです。そしてそれを際立たせるバックの音楽。

 映画の最後、参加した三人が思いを語る場面では涙がこぼれてしまいました。三人の言葉聞きながら、ワークショップやって、ほんとによかったと思いました。ぷかぷかさんと過ごした六ヶ月がほんとに輝いていたのだと思います。栃木から新幹線に乗って参加した人は、去年の8月の上映会が参加するきっかけになったんですね。最後のふり返りでは号泣していました。

 ぷかぷかさんと過ごした日々が号泣するほどのものであったこと。それほどの日々をみんなで作り出せたことが何よりもよかったと思います。

 

 

 ぷかぷかさんといっしょにすごろくワークショップをやった青葉区役所の人たちは、短い時間でしたが、ふだんの仕事の時間では体験できないような密度の濃い「いい時間」を過ごしたのではないかと思います。ぷかぷかさんとおつきあいすることで生まれた「いい時間」です。

 彼らに対して「何かやってあげる」とか「支援する」という関係では、あのとき生まれた「いい時間」は生まれません。どうしてなのか、ということです。彼らがそばにいながら、「いい時間」を作り出せないのは、なんだかもったいない気がします。

 

 

 「ぷかぷかさんのいる町」を作った上智大の石井さんは相模原障害者殺傷事件に憤りお覚え、新聞で見つけたぷかぷかにやってきました。2ヶ月くらいぷかぷかに通い、そこで見つけたことを映画にしたのですが、最後に語られる石井さんの言葉が光っています。

「彼らと過ごすこと、生きることで、私たちは元気や、新たな発見や、心の安らぎをもらうことができます」

「障がいのある人たちとの出会いは、とても素敵なことだということを、ぷかぷかさんたちはこの町で日々体現しています」

という言葉がぷかぷかさんの作業風景やセノーさんが寝ている姿と重ね合わせて語られます。

 若い人のこういった気づきには未来への希望を感じます。

 声高にあーだこーだと議論ばかりしている大人たちは、若い石井さんのこの静かな語りにこそ耳を傾けてほしいと思います。

 

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希望が持てる未来を作り出せるんだよ、っていう映画、明日やります。

ぷかぷかの活動は、ひとことで言うと、ぷかぷかさんと一緒に新しい未来を作っているのだと思います。希望の持てる未来です。

 どんな未来か、というと…障がいのある人たちを排除しない未来、障がいのある人たちが社会に合わせることなく、そのままの自分でいられる未来、そのままのあなたが一番素敵って言える未来、障がいのある人たちを見下さない未来、お互いがフラットにつきあえる未来、障がいのある人もない人も、お互いが気持ちよく暮らせる未来、生産性で人を評価しない未来、その人がいること、そのことに価値があるとする未来、…そんな未来をぷかぷかさんたちと一緒に作っているのです。

 あれができないこれができない、社会のお荷物、生産性が悪い、といったマイナスイメージの多い障がいのある人たちですが、ぷかぷかは、そんな人たちとは、でも、一緒に生きていった方がいいよ、その方がトク!と言い続け、彼らと一緒に働き、そこから、今までにない新しいものをたくさん生み出しました。

 マイナスイメージの多い障がいのある人たちと一緒に、希望の持てる未来を作り出すなんて、なんだか、それだけでおもしろいと思います。それはすごく大変なことではなく、何かやってあげる、とか、支援する、といった上から目線の関係ではなく、ただ、一緒に生きていくというフラットな関係を作るだけのことです。ただそれだけで希望の持てる未来を作り出すことができるのです。その気になれば、誰にでもできることです。

 「障害者はいない方がいい」「障害者は不幸しか生まない」は、相模原障害者殺傷事件を象徴する言葉ですが、なんとなくそう思う人がものすごく多い今の社会にあって、でも、その障がいのある人たちと一緒に生きていくと、希望が持てる未来を作り出せるんだよ、っていうことが言えるなら、これはすばらしいことだと思います。

 明日、みどりアートパークホールで上映するのは、まさにそういう映画。一緒に生きると希望が持てる未来を作り出せるんだよ、っていう映画です。

 午前中に上映する『ぷかぷかさん カナダをゆく』は、ぷかぷかさんたちのおかげで海外まで飛び出して珍道中を繰り広げた物語。『Secret of Pukapuka』は、ぷかぷかさんと一緒に生きることで、たくさんのファンが生まれたヒミツに迫る映画。

 午後に上映する『ほら熊学校を卒業した三人ーぷかぷか版』は、ぷかぷかさんたちと一緒に演劇ワークショップをやることで、とんでもなくおもしろい芝居ができあがったお話。『ぷかぷかさんとすごろくワークショップ』は、ぷかぷかさんと一緒にすごろくワークショップやることで、今までにない充実した人権研修会のできた青葉区役所の話。『ぷかぷかさんがいる町』は、ああ、彼らは町にいた方がいいよね、って素直に思える映画。

 午後3時頃から始まるトークセッションは、ぷかぷかさんと出会ってすごくいい思いをした学生さんたちと、神奈川新聞「時代の正体」で相模原障害者殺傷事件を深く掘り下げた成田記者とのトークセッション。これはもうずばり、一緒に生きていくことで生まれる未来についての話になります。

 

 

相模原障害者殺傷事件なんて関係ない、と思っている人にこそ来てほしいので、入場料は無料にしています。人数を把握するために、無料の入場券をpeatixでお求めください。ポチッと押すだけです。

https://peatix.com/event/876796

 

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会場費、映画制作費は実際に経費が発生しますので、当日会場でカンパを集めます。よろしくお願いします。

こんな大きな箱を用意しています。

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また明日はいけないけど、上映会の趣旨には賛同!という方は、ぜひ下記の口座にカンパを振り込んで下さい。カンパされた方にはお礼状を送りますので、メールで、「カンパしました」とお伝えください。

info@pukapuka.or.jp

●郵便振替口座 口座記号 00260-4  口座番号 97844

        加入者名 NPO法人ぷかぷか

●ゆうちょ銀行 NPO法人ぷかぷか 記号:10230  番号:19645501 

●横浜銀行 NPO法人ぷかぷか 理事長高崎明  

      支店名 中山   口座番号 1866298

 

 

上映会に関するブログをまとめたサイト

http://pukapuka-pan.xsrv.jp/index.php?相模原障害者殺傷事件を超える社会を作る上映会

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