ぷかぷか日記

相模原障害者殺傷事件を超えるために

  • 創英大学 詩のワークショップ
    2021年1月14日、創英大学の統合保育の授業、詩のワークショップで9月からの振り返りをやりました。  どうして統合保育なのか、子どもの保育の前に、自分自身が障がいのある人たちといっしょに生きていくことの意味をきちんと押さえておくことが大事です。言葉だけでなく、いっしょに生きていく方がいい、と実感すること。そういう意味でぷかぷかさん達と一緒にワークショップをやったり、ぷかぷかで体験実習をしたことは、それぞれの中にあった障がいのある人へのイメージをひっくり返すほどの意味があったと思います。      授業でやったことは、映画『Secret of Pukapuka』とEテレの共生社会に関する映像の鑑賞、ぷかぷかさん達と一緒にすごろくワークショップ、簡単な演劇ワークショップ、やまゆり園事件をテーマにした上映会では演劇ワークショップの記録映画の鑑賞、討論会の参加、それぞれ二日ずつぷかぷかで体験実習、毎日新聞で『やまゆり園事件は終わったのか』の特集を書き続けている上東記者も参加してのやまゆり園事件についての話し合い等。そういった活動の振り返りをただ感想言うだけではほとんど意味がないので、それぞれの気づきを自分の中でしっかり記憶にとどめることと、お互いの気づきを共有するために「詩のワークショップ」をやりました。以下がその記録です。 活動の中での気づきをそれぞれ短い詩にまとめます。  それぞれ書いた詩をグループの中で発表します。  それぞれが書いた詩を一行ずつ切り離し、グループの中でシャッフルします。言葉たちを並べ直し、グループとしての詩を作ります。どの言葉をどの場所に持ってくるかの話し合いの中で、お互いの気づき、思いを共有していきます。その作業が、グループとしての詩を作っていきます。  できあがった詩を壁に貼りだし、それを読みます。  黙って詩を読むのではなく、誰かに向かって声を出して読む。言葉に、丁寧にふれていきます。自分の思いを言葉にふれながら、丁寧に伝えるのです。それが「朗読」。  一度しか練習していないので、決してうまいとは言えない朗読ですが、それでもこうして自分たちの気持ちを言葉にして、友人達の前で朗読したことは素晴らしい体験だったと思います。学生さんにとってはとても新鮮な体験であり、意味のあるいい振り返りになったと思います。ぷかぷかさんとの出会いが、学生さん達のこれからの人生の中で、どんな風に生きてくるんだろう、と思います。なんか、考えただけでわくわくします。ぷかぷかさんといっしょに生きる素晴らしい未来をみなさんの手で作って下さい。 www.youtube.com ★学生さん達の感想、すごくいいです。ぜひお読み下さい。 ●個人で書いた詩をグループで発表し、それぞれの感じたことや感想を組み合わせて詩をつくることで、より深くて伝わりやすいと思った。それぞれの詩に個性があり「こんなことを思っているんだな」と自分とは違う部分を見つけることができた。もう1つのグループの詩を聞いて、自分のグループとは全然違うと思った。伝えたい部分も違って面白い経験だった。 ●個人個人が詩で書いた思いや感情を1つにまとめるとまた変わった一面をみることができた。まとめた詩の1つひとつの言葉を見ると優しそうであったり、強いようであったりを感じ、その詩を読むことで言葉に力がでてくるようであった。 ●グループで5つの詩を1つにまとめることは初めての試みでとても難しかったが、終わってみると自分では表現できなかったことが表現できて新しい発見があって面白かった。詩の中に美帆ちゃんへの気持ちを伝えることができてよかった。 ●一人ひとりが書いた詩をグループで組み合わせてみたら思ったよりもきれいにまとまってよかった。一人ひとり思っていること、考えていることが違うのにまとめてみると、みんなで1つの考えを持っているような詩ができて面白かった。さらにその詩を声に出して読むことで言葉1つひとつにしっかり意味があるように感じられた。 ●それぞれの意見を1つにまとめてみんなで作品をつくりあげるのは、とても難しかったけれどもその分、達成感があった。詩という表現方法をこの授業で体験できてよかった。 ●一人ひとり詩の表現方法が違っておもしろかったです。1つまとめると大きな詩になって驚きました。みんなそれぞれ感じたことは違うけれども思っていることは似ているのだと感じました。 ●一人ひとりの詩を合わせることで自分だけでは気がつけなかった感情をみつけることができた。詩をつくり言葉を丁寧に伝える活動を他にもに活かしていきたい。 ●一人ひとりの詩を1行ずつバラバラに分けて、グループ全員の詩を編集し、くっつけてみると、まとまった詩になるんだなぁと思いました。詩を書くだけではなく、みんなで作った詩を声に出して読むことで言葉1つ1つの重みや意味が他の人にも自分にもより伝わると思いました。 ●人それぞれの考えが1つにまとまると言葉の重みが変わる。似たような表現も違った表現もいろいろあった。魂の重さが21グラムなのを初めて知った。
  • 相模原事件 裁判傍聴記
    図書館でこの本見つけました。重い内容の本ですが、一気に読めます。                  裁判で明らかになったことを忠実にたどり、相模原事件の核心に迫ろうとした素晴らしい本です。植松被告のわからなさに戸惑いながらも、それでもきちんとそのわからなさに向き合い、これは何なんだと思い悩み、格闘しながら書いていて、著者雨宮さんのやさしさがよく伝わってきます。  雨宮さんの植松被告への丁寧な向き合い方を見ながら、あらためてやまゆり園は、スタッフだった植松とどこまで真剣に向き合ったのだろうかと思いました。  《軽い調子で障害者に対して「やばいですよね」「いらないですよね」というようになった時期、もしかしたら彼は深い葛藤の中にいたのではないだろうか。重度障害者を目の当たりにして、自分では処理できないほどの戸惑いの中にいたのではないだろうか》  《「この人は幸せなのか」「生きる意味はあるのか」といった根源的な問いについて、誰かと語りたかったのではないか。「やばいですよね」とあえて軽い感じで同僚に言ったのは、「目の前の現実をどう受け止めればいいかわからない」というSOSではなかったか》  という指摘は、植松被告のわからなさと格闘したが故に見えてきたすごく大事な視点だと思います。  経験の不足した若い職員の、そんな葛藤に、やまゆり園は本気で向き合ったのだろうか。  事件の1年後再開されたやまゆり園のホームページにあった言葉。 《昨年7月26日、津久井やまゆり園で起きました事件から一年になります。今まで多くの皆様にご迷惑やご心配をおかけしてきたところでございます。この一年の間、様々なところでご配慮いただき、厚く御礼申し上げます。》  事件を他人事のように書くこの挨拶文。事件のこと、何も考えていないことがよくわかります。こんな感覚では、植松被告の葛藤にも、多分気がつきもしなかったのだろうと思います。  重度障害者を前に《「この人は幸せなのか」「生きる意味はあるのか」といった根源的な問い》について、植松被告と深い話ができるような雰囲気がやまゆり園にあれば、多分事件は起きなかったと思うのです。  植松被告が小学校2,3年生の時に 「戦争をするなら障害者に爆弾をつけて突っ込ませればいい」 と作文に書いたといいます。  ひどいなと思いましたが、 《この国では70数年前「特攻隊」という形で人間を「自爆攻撃」に使ってきた歴史があるのだった》 という指摘は、そういう歴史の上に生きている私たちを問います。 《植松被告の「おかしさ」を否定しようと思えば思うほど、「実は国を挙げてやっていた」みたいなことが出てくるのもこの事件の特徴である。ナチスの障害者虐殺はいうまでもないが、この国は90年代まで障害者に対して強制不妊手術をしたいたという歴史も持っている。》  その恥ずかしい歴史とどう向き合うのか。だからやまゆり園事件を問うことは、私たち自身を問うことになります。  事件から新たに見えてくるものがたくさんありました。ぜひ読んでみて下さい。図書館では借り手がいないせいか、予約するとすぐに手に入りました。
  • 人権研修会を受講する人たちへのメッセージ
     今月末に予定されていた緑区役所の人権研修会ではぷかぷかさんの話を聞き、映画『Secret of Pukapuka』を見て、いろんな気づきを元に『詩のワークショップ』をする予定でしたが、コロナ禍で人が接触するような形になるのはまずいと中止になりました。受講予定の人たち(約40名)は各自の机のパソコンで『Secret of Pukapuka』を見て感想を書くことになりました。その前に映画『Secret of Pukapuka』への思い、高崎明のプロフィールとぷかぷかの活動について書いて欲しいと研修担当者から要望があったので、こんなことを書きました。 映画『Secret of Pukapuka』について  人権の問題は抽象的な話ではなく、たとえば自分の家のすぐそばに障がいのある人たちのグループホームが建つことになったらどうするのか、という具体的な問題の中で出てきます。そういう問題を前に、自分はどうするのか、言い換えれば自分の生き方が問われるのです。他人事にしない、自分のこととして考える。だから人権研修は、人権に関する小難しい話を聞いておしまいにしていてはだめなのです。どこまでも自分の生き方として考えていく、引き受けていく、それが人権研修だと思います。  障害者グループホーム建設に反対する、というのは「障害者はここに住むな」ということです。これはやまゆり園事件の犯人が言った「障害者はいない方がいい」と同じ発想です。   障害者を地域から排除すれば、快適な地域が実現するのかどうかを考えてみて下さい。彼らを地域から排除するというのは、地域で受け入れる人間の幅がその分狭くなるということです。そうするとお互いとても窮屈になります。お互い息苦しくなります。地域社会から彼らを排除する、というのはそういうことです。誰にとっても暮らしやすい地域社会が失われるのです。  では、どうすればいいのか。ともに生きる社会を作ろうとか、共生社会を作ろう、という抽象的な話では人は動きません。一番簡単な方法は、障がいのある人たちといい出会いをすることです。「彼らといっしょにいると、心ぷかぷか」になることを体験するのです。  映画『Secret of Pukapuka』を通して、ぷかぷかさんに出会ってみて下さい。気がつくと、心ぷかぷかになっています。いっしょに生きていった方がいいよね、って自然に思えるようになります。人権について学ぶ、というのはそういうことです。                         高崎明のプロフィールとぷかぷかの活動  ●ぷかぷかを始める前、養護学校の教員をやっていました。その時に障がいのある子どもたちに惚れ込み(あれができないこれができない子どもたちでしたが、いっしょにいるとなぜか心あたたまることが多く、毎日がすごく楽しかったのです。いつしかずっと彼らのそばにいたいなと思うようになりました)、定年退職後、彼らといっしょに生きる場としてぷかぷかを始めました。                    ●福祉事業所とかではなく、どこまでも障がいのある人たちといっしょに生きていく場としてぷかぷかを始めました。ですから彼らとは「支援」という上から目線の関係ではなく、どこまでもフラットな関係でぷかぷかの毎日を作っています。       ●結果、どういうことに気がついたのか。彼らは「あれができないこれができない、効率が悪い、社会の重荷といった人たち」ではなく、「社会を耕し、豊かにする人たち」であるということです。  たくさんの人たちが彼らと出会い、ほっと一息ついたり、心あたたまる思いをしたり、自由であることの大切さに気がついたりしました。この社会の中で、あるいは生きる上で何が大事なのかを彼らとの出会いの中で気づいたのです。彼らはこんなふうにして社会を耕し、豊かにするという働きをしていたのです。    ●緑区役所、瀬谷区役所、青葉区役所、旭区役所でパン、お弁当の販売をしています。ただパンやお弁当を売るだけでなく、たくさんの人たちがそこで彼らと出会います。出会えるような雰囲気を大事にしています。ぷかぷかのメッセージでもある「ぷかぷかしんぶん」も配布しています。これはスタッフとぷかぷかさんがいっしょに作っています。心がほっこりあたたまるようなしんぶんです。        ●緑区役所、青葉区役所、瀬谷区役所、保土ケ谷区役所では人権研修会もやりました。人権の小難しい話をするのではなく、障がいのある人たちとの出会いの機会を作り、彼らとはいっしょに生きていった方がいいよ、というメッセージを共有できるような研修です。 www.pukapuka.or.jp  ●創英大学、東洋英和女学院大学、桜美林大学、早稲田大学、立教大学ではぷかぷかさん達と一緒にワークショップをやり、障がいのある人たちといっしょに生きていくことの意味を学生さん達にリアルに伝えてきました。    ●6年前から始めたぷかぷかさんと地域の人たちによる演劇ワークショップでは、半年かけて一緒に芝居を作り、舞台で発表しています。いっしょに生きていった方がいい、ということが一目で伝わる舞台です。4年前の津久井やまゆり事件では「障害者はいない方がいい」というメッセージをまき散らしましたが、「そればちがう」という体を張ったメッセージを演劇ワークショップの舞台は作り続けています。    ●ぷかぷかができて10年。障がいのある人たちの生きにくさという社会的な課題に向き合う中でたくさんのステキな物語が生まれました。それを『ぷかぷかな物語』という本にまとめました。ぜひ読んでみて下さい。なんだか気持ちがふわっと楽になります。 ぷかぷかな物語 アマゾンカスタマーレビュー       ★ぷかぷかの人権研修会をやってみたい方、お問い合わせ下さい。担当は高崎です。 www.pukapuka.or.jp
  • 美帆ちゃんへの手紙
     創英大学では昨年9月から「統合保育」の時間に、障がいのある人たちと一緒に生きる社会についての授業をやってきました。「Secret of Pukapuka」とEテレの共生社会に関する映像の上映とタカサキの話、ぷかぷかさんとすごろくワークショップ、演劇ワークショップ、やまゆり園事件をテーマにした上映会の参加、2日間にわたるぷかぷかでの体験実習、やまゆり園事件を巡っての話し合い、などを体験し、今週の木曜日、その振り返りの授業をします。  ただ感想を言い合うだけではつまらないので、詩のワークショップをやる予定です。それも漠然と詩を書くのではなく、やまゆり園事件で犠牲になった美帆ちゃんへの手紙というタイトルで詩を書いてもらおうかと思っています。  美帆ちゃんは19歳でした。学生さんとほぼ同年代です。学生さんと同じく、人生が一番生き生きとしていたその時に、「障害者はいない方がいい」「障がい者は不幸しか生まない」などという全く理不尽な理由で命を絶たれました。  こんなことがあっていいのだろうかと、今、あらためて思います。美帆ちゃんは「どうして私死ななければならないの?」って思いながら死んでいったと思います。美帆ちゃんのその思いに答えねば、と思うのです。  事件は、犯人だけを罰すればすむ話なのか。「障害者はいない方がいい」「障がい者は不幸しか生まない」と考えたのは犯人だけだったのか。「障がい者はなんとなくいや」という思いは私たちの中になかっただろうか。  多かれ少なかれ、そういった思いは、やっぱり私たちの中にあると思います。そこをどう超えていくのか、ということです。それが事件を超える社会を作っていくことにつながります。  学生さん達は9月からの授業でぷかぷかさん達ととてもいい出会いをしました。授業の感想にこんな言葉がありました。  「私はぷかぷかさんと関わり、とても幸せな気持ちになった」  それぞれがいろんな感想を持ったと思います。その感想を土台に、これからどんな風に生きていこうとしているのか。それを美帆ちゃんに伝えて欲しいと思うのです。 詩のワークショップはこんな風に進みます。 ・自分の思いを5,6行の短い詩で書いてみます。 ・グループの中でそれぞれの詩を発表します。人がどんな風に考えているのかを知ります。 ・詩を一行ずつハサミで切り離し、言葉をグループの中でシャッフルします。 ・シャッフルした言葉たちを並べ替えていきます。グループとしての詩を作っていくのです。はじめの方に来る言葉、あとの方に来る言葉、中程に来る言葉をみんなで話し合って決めていきます。 ・話し合う中でたくさんの新しい気づきがあります。 「あっ、人はこんな風に考えてたんだ」 「ここは同じ思いだよね」  思いの共有があります。       ・できあがったグループとしての詩を、ほかのグループの人たちに向かって声を出して朗読します。言葉=思いに丁寧にふれながら、それを相手に届けます。 ・エリックサティの曲をBGMで流します。朗読と音楽が重なって、奥行きのある別世界が出現します。 ・グループとグループの間で、思いを伝える詩がムクムクと生き物のように立ち上がります。  時間にすれば、わずか1時間半。学生さんにとっては、障がいのある人たちといっしょに生きていくことを巡って、ものすごく密度の濃い時間を体験することになると思います。思いもよらない気づきがいっぱいあると思います。それをこれからの生き方に生かして欲しいと思うのです。
  • 「ったく、もう、しょーがねーなぁ」とかブツブツ言いながら
    あけましておめでとうございます。 今年もどうぞよろしくお願いします。 年末の大掃除の日、 「今年最後の写真ですから」 とヒカリさんに頼まれ、 「寒いからいやだな」 と思いながらも、 「ま、最後だし」 と結局は引き受けたのでした。 「寒いから一回で決めてよ」 と念は押したものの、撮った写真をチェックし、「カメラが傾いています」だの、「もう半歩前で」だの、「もう少し左で」だの、いつものようにダメ出しの連発。       ダメ出しのリクエストに応えてカメラをかまえるものの、いつものように靴下を直し、セーターの裾を直し、髪を直し、の一連の準備を繰り返します。  寒い中、それをじっと待っているのはなかなか辛いものです。  「髪なんか直さなくても、美人なんだから、そのままでいいよ」  「毛玉をとっているので、少し待って下さい」   毛玉をとってる?寒い中、人を待たせてそんなことするの?なんて話は通用しません。しかもその毛玉取りを、撮り直しのたびにするのです。  もうイライラしながら  「さっきやったんだからもういいじゃん」  なんて言っても黙々と毛玉取りが続きます。  ヒカリさんらしいな、と妙なところで感心してしまいます。  感心したところで、寒さが和らぐわけでもなく、ひらすら「う〜」と耐えるしかありません。  どうして寒さに耐えてまでここまでやるのかと自分でも思うのです。  「支援」とか「福祉サービス」とか「ともに生きる社会」とか「共生社会」とかでは語りきれない関係がここにはあります。  「ったく、もう、しょーがねーなぁ」とかブツブツ言いながら…でも結局はつきあってしまう、どうしようもなく人間くさい、あたたかな関係です。  ヒカリさんに限らず、「ったく、もう、しょーがねーなぁ」とか思いながらつきあってしまう関係がぷかぷかにはいっぱいあります。  「支援」ではない、人と人とのおつきあいです。だからぷかぷかにはあたたかな雰囲気が満ちているのだと思います。  何度も書いていますが、津久井やまゆり園事件は、優生思想云々の大きな話以前に、この人と人のおつきあいがなかったところで起こったものだと思います。その当たり前のおつきあいがどうして支援の現場でなかったのかと思います。相手と人としておつきあいする、というのは、何を差し置いても一番の基本だと思うのですが、支援の現場では必要なかったのでしょうか?障がいのある人たちを前に、人のあたたかさみたいなものは全く感じなかったのでしょうか。  寒さに震え「もう、いいかげんにしてよ」とか思いながらも、でもおつきあいしてしまうような、そんなおつきあいを今年も広げていきたいと思っています。
  • そこにいる当事者と人として出会えるかどうか
    毎日新聞「やまゆり園事件は終わったか?~福祉を問う」の、現時点でのまとめです。 mainichi.jp  トップにある一輪のしらゆりの花の写真が素晴らしくいいなと思いました。このしらゆりの花は「津久井やまゆり園」を見ながら何を思っているのでしょう。そういう想像を働かせることこそ、大事な気がします。  事件からちょうど1年後に津久井やまゆり園のホームページが再開されました。当然事件についていろいろ書いてあるものと思っていたのですが、びっくりするほど何も書いてありませんでした。ホームページにあった「あいさつ」をそのまま載せます。 ごあいさつ  昨年7月26日、津久井やまゆり園で起きました事件から一年になります。今まで多くの皆様にご迷惑やご心配をおかけしてきたところでございます。この一年の間、様々なところでご配慮いただき、厚く御礼申し上げます。  今年度に入り、仮移転先であります「津久井やまゆり園芹が谷園舎」での生活がスタートいたしました。去る7月22日には、芹が谷園舎の体育館で家族会・後援会のお力もいただき「追悼のつどい」をしめやかに行なったところでございます。  まだまだ利用者の皆様・ご家族の皆様、そして職員、それぞれ不安な気持ちが拭えない日々ではありますが、津久井やまゆり園本来の動きを取り戻すべく、この時期にホームページの再開に踏み切ることにいたしました。  今後の津久井やまゆり園再生への道のりは、長く険しいものと覚悟しております。今後とも皆々様からのご教示をよろしくお願いいたします。 平成29年7月26日   社会福祉法人かながわ共同会津久井やまゆり園園長    あれだけの事件があったにもかかわらず、たったこれだけです。事件はまるで他人事、といった感じです。  事件の犯人は元ここの職員です。どんな組織でも、その組織の人間が不祥事を起こせば、たとえ過去の人間であっても、まずは謝罪します。その謝罪のことばがひとこともありません。あれだけの事件を起こしながら、謝罪のことばがひとこともない。この組織は一体どういう感覚なのかと思いました。  福祉施設を四つも運営する社会福祉法人です。社会的信用の高い社会福祉法人が、一体何を考えているのかと思います。  どうしてこのような事件が起こったのかについての検証の跡も全く見えません。事件の現場となった施設を運営する法人が、そういった検証をしないというのはいったいどういうことかと思いました。  この無責任極まる法人の体質は、毎日新聞の記事で何度も指摘していますが、何も変わりません。神奈川県の検証委員会でも虐待の指摘をしていますが、法人の体質が変わるところまでいきません。どうしたらそこが変わるのだろうと思います。  そんなむなしさを抱えながらも、それでも尚しつこく事件を問い続ける毎日新聞の記者の姿勢には頭が下がります。エールを送りたいです。  記事の最後の方にあった 《「障害者が殺されるのは問題だが、普通の人以下の暮らしをするのは仕方ない」という二重基準が、ひょっとして私たちの中にないだろうか。事件が起きた時、多くのメディアは「障害者も同じ人権がある」と言ったはずだ。自戒を込めて、その言葉に忠実でありたい。》  というメディアへの批判は極めてまっとうな批判だと思います。ただこういう批判をしても、多分メディアはそう簡単には変わりません。  やっぱり大事なことは、こういった理屈っぽい話ではなく、障がいのある人とどこかでほんとうに人として出会うかどうかだと思います。  ぷかぷかが5月から始めた「でんぱた」には言葉のない方もいます。でもその方は会うたびにとてもいい笑顔であいさつしてくれます。あるテレビ局の取材があった時も、そんな素敵な笑顔で記者の方にあいさつしていました。  言葉はなくても、気持ちがその笑顔を通して通じ合うのです。言葉を介さない、人と人との出会いです。多分、そんな出会いが元になって、その人の働きぶりを短い映像で放送してくれたのだと思います。  ただ取材するのではなく、そこにいる当事者と人として出会えるかどうか、そのことが人権問題をリアルに感じるかどうかにつながってくるのではないかと思います。そしてそういう視点でやまゆり園事件をもういっぺん見直してみる、検証してみる、といった作業が必要なのではないかと思います。
  • 私はぷかぷかさんと関わり、とても幸せな気持ちになった
     先日創英大学で今年最後の授業があり、いろいろ体験したことの振り返りを少ししました。また、毎日新聞の上東さんにも来てもらい「命の選別」の問題について少し話をしてもらいました。  担当した教員のコメントがよかったです。  「感想を読むと学生にとって障害のある方と関わる機会は、今までほとんどないように感じます。経験は大事とどの学生も言っておりますが、一方で経験によって相模原事件のようなことも起きてることを考えると、経験というより、お互いにとって良い出会いが大切なのかもしれないです。」  やまゆり園事件について、とてもいい気づきだと思います。結局は障がいのある人たちとどういうおつきあいをするのか、ということにつきると思います。  「支援」という上から目線の関係の行き着く果てにやまゆり園事件はあったと思います。そういったやまゆり園の支援の質が問われないまま、事件の裁判は終わり、支援の現場での虐待は止みそうにありません。  神奈川県の検証委員会の検証は続くようですが、現場を検証して、問題を指摘しても、多分虐待はなくなりません。  問題は、障がいのある人たちとどういうおつきあいをするか、ということであって、検証することで、そこが変わるとは思えないからです。  今まで障がいのある人たちとおつきあいのなかった学生さん達が少しずつ変わり始めたのは、やはりぷかぷかさん達といいおつきあいをしたからだと思います。  (すごろくワークショップでぷかぷかさん達といろいろ楽しい話をしました)  (ぷかぷかさんと一緒に簡単な演劇ワークショップをしました)  学生さん達はぷかぷかさんとこの写真のようなおつきあいをし、先日はそれぞれ2日ずつぷかぷかに来てぷかぷかさんと一緒に働くという体験をしました。こういうおつきあいの質が学生さん達の感想によく表れていると思います。  中に 「私はぷかぷかさんと関わり、とても幸せな気持ちになった」 という感想がありましたが、もし学生さん達がやまゆり園で実習をやっていたら、こんな感想が出てきただろうかと思うのです。こんな感想が出てくるようなおつきあいがやまゆり園でもあったなら、あの忌まわしい事件は絶対に起きなかっただろうと思うのです。どうしてそういうおつきあいがなかったのか、そここそ問うべきだと思います。 (学生さん達の感想) 半年ほど前に読んでいた小説の中で「優生保護法」の言葉が出てきて、全く知らない言葉であったので調べていた事が今回の授業で取り上げられておりいろいろと考えさせられました。法律が本当に正しいものか?世間の大きい声や考えだけで物事を考えることなく、自分の中にある思いや意思を大事にして伝えている高崎さんと上東さんの言葉に重みを感じました。 人には長所と短所がありそれは全員一緒のことで、それが健常者と障害者と名前がつけられただけで本人に大きな違いはないと思います。障害者という名前からあまり良いイメージを持てないだけで、実際にその人と関わることで少しでも考え方が変わるのではないかと思いました。 ぷかぷかの方々と実際に関わったり明るい話をたくさん聞く中で、障害について少しだけですが学ぶことができました。だけど社会の仕組みが変わらないとこうした楽しく、幸せに過ごす障害のある方はほんの一部で、残りの大多数はいじめられたり悲しい思いを持っているんじゃないかと思ってしまいます。これから保育園で働く身としてあたり前に障害のある子もいて、一人の友達として子ども同士が関われたり、近くの施設とも連携して大人の障害のある方たちとも、一緒に楽しんで互いに得になる経験がたくさんできる機会をもちたいと思いました。 ぷかぷかで活動した振り返りの中で、自分と他の人の意見が同じようなものがあれば違う意見もあり「なるほどな」と考えさせることもありました。障がいのある方と関わる前までは“どうしたら良いか”や“怖いな”と感じることがありました。私の気持ちでどうしたら良いかわからないという気持ちがあるので、社会との考えは同じようなものになってしまっているのかなと思いました。社会を変えることは難しいけど、まずは自分の経験や体験、学びを大事にしていきたいと思います。 今日の授業で、ぷかぷかでの体験活動で感じたみんなの質問や疑問の回答をきいて、より理解を深めることができました。やまゆり園事件を振り返ってあらためて悲しい事件だと感じました。障害者に偏見をもつ世の中がこの先、なくなっていくために、関わることで良いことがあるし学べることがたくさんあると思います。私たちだけではなく、もっと多くの人が関われる環境づくりが大切だと思いました。 今回、やまゆり園事件の話を聞いてニュースの時はあまり関心が無かったのですが、授業でぷかぷかさんたちと関わることで障害のある人たちのことが身近に感じることができ、やまゆり園の事件を改めて考える機会となりました。私はぷかぷかさんと関わりとても幸せな気持ちになったので、もっと多く人が障害のある人たちと良いかかわりを持ってもらいたいと思いました。
  • 彼らは、いることで社会を豊かにします。
    ルポ『命の選別』を読みました。  「命の選別」という気の滅入るような内容を扱った本ですが、それでもぐいぐい引きつけるものがあって、一気に読んでしまいました。この本を読んであらためて気づいたことがあります。どんなに困難な状況にあっても、人は生きていきます。人が生きていく時、そこには希望が生まれます。  医療先端技術の重い問題を扱った章は 「この春、絵瑠ちゃんは小学生になった」 の言葉で終わります。いっしょにお祝いしたいようなあたたかい気持ちになりました。  丁寧な取材によって生まれた希望を感じさせる本です。希望があれば、気の滅入るような現実であっても、私たちは明日に向かって生きていけます。 第1章 妊婦相手「不安ビジネス」ー新型出生前診断拡大の裏側 第2章 障がい者拒み「地価下がる」ー施設反対を叫ぶ地域住民 第3章 見捨てられる命ー社会的入院、治療拒否される子どもたち 第4章 構図重なる先端技術ーゲノム編集の遺伝子改変どこまで 第5章 「命の線引き」基準を決める議論ー受精卵診断の対象拡大 第6章 誰が相模原殺傷事件を生んだのかー人里離れた入所施設 第7章 「優生社会」化の先にー誰もが新たな差別の対象 終章 なぜ「優生社会」化が進むのかー他人事ではない時代に  恐ろしいほどの現実がここにあります。こんなにもひどい社会になっていたのかとあらためて思いました。放ったままにしておくと、もっとひどい社会になります。  どうしたらいいのか。私たちに何ができるのか。ここがすごく大事です。  ぷかぷかさん達は選別される側にいます。ですから彼らの働く福祉事業所としては他人事ではないし、放っておけないのです。  私はどこまでも彼らの側に立とうと思っています。崇高な理念ではありません。ただただ彼らのことが好きなのです。いっしょに生きていく。その方がいい、その方がトク!だと思っています。彼らと出会う場、出会う機会があれば、人は変われます。人が変われば、社会が変わります。そのことにつきると思います。  選別される側がかわいそう、というのではありません。選別される側の人たちは、実は魅力溢れる人たちだからです。彼らは、いることで社会を豊かにします。こんな人たちを選別し、排除することは、すごくもったいないことであり、社会がどんどん貧しくなります。  彼らといっしょに生きていくことは、社会を救います。  目次を見て下さい。たとえば第2章にある障がい者グループホームの建設に反対する人たちの問題は、もしそこに障害のある人たちと日々おつきあいしている人がいて「いや、障がいのある人たちも楽しいよ。いっぺん会ってみようよ」って提案し、反対している人達が実際に会うことになれば、反対運動は多分その根拠を失います。反対運動の根拠は、ただ彼らを知らないことから生まれているからです。  こんな人たちと一度でも会ったら、もう反対なんかできません。とがった心がいつの間にか丸くなります。  その章で紹介されている青葉メゾンの話。ここが立つ時も建設反対運動があり、それに対して施設側が機動隊を導入し、泥沼状態でした。私は友人と間に入ってなんとか話し合いで解決しようとしたのですが、反対する側も、施設を建てる側も、リーダーがひどすぎました。こじれた原因はこのリーダーの資質が大きかったと思います。  あれから20年。今地域の人たちと施設の人たちはとても仲良くやっているそうです。運営する人たちの努力が見えます。それでも、その一番の功労者は施設を利用する障がいのある人たちだったと思います。彼らの日々の姿が地域の人たちの心を少しずつほぐしていったのだと思います。  彼らは、いることで社会を豊かにします。それは今、ぷかぷかを運営していて、いちばん思うことです。              この本、ぷかぷかに何冊かおいておきます。手に取ってご覧下さい。ああ、これは他人事ではないな、と思ったらぜひ買って下さい。
  • そういった関係は、スキルや専門知識ではなく、人と人のあたたかなおつきあいから生まれます。
     津久井やまゆり園事件について考える集まりに行ってきました。  いろいろいいお話が聞けたいい集まりだったと思います。  講師の佐藤さんは大学の先生らしく、話が論理的で若干堅い感じがしましたが、障がいのある息子さんがいらっしゃるようで、その息子さんの話をする時はとても柔らかい感じになって、佐藤さんの人柄を感じました。息子さんを連れて銭湯に行った時のほかのお客さんの目線の話は、とてもリアルで、今まで息子さんを巡っていろいろ辛いことがあったんだろうなと思いました。  毎日新聞の上東さんは社会の無関心が一番の敵、という指摘をされていましたが、多分上東さんが書かれている「やまゆり園事件は終わったか」のシリーズも、読む人が限られているんだろうなと思いました。そこをどう広げていくかは私たちみんなの問題です。  先日ぷかぷかの演劇ワークショップの記録映画の上映を手がかりにやまゆり園事件を考える集まりをやったのですが、その時に参加した学生さんがこんな感想を書いてくれました。 「この事件が起きた当時、私は「なんて悲惨な事件なんだろう」とただただ悲しい気持ちになることしかできませんでした。障がいをもつ19人もの命を奪っただけでなく、重傷を負った方がいたり、その家族や大切な人を傷つけたり、凄惨な事件であることの認識はできたものの、その事件を越えるために自分に何ができるのか、考えたことはありませんでした。自分から遠い出来事なのだと考えてしまっていたのです。  しかし、今日のトークイベントに参加して、全くもってそうではなかったのだと、今までの自分が情けなく感じました。事件は、容疑者だけの問題ではなく、そのような考えを生んでしまった社会全体でとらえていかなくてはならないのだと強く感じました。」  漠然と事件を考えるのではなく、自分にとって何だったのか、を考えるきっかけになった、という感想、上映会やってよかったと思っています。そういう気づきが生まれるようなことをこれからもやっていきたいと思っています。  虐待についての話で一点だけ気になるところがありました。  虐待をする現場の人間に強度行動障害の人に対応するスキルがなかった、専門知識がなかった、という話が何度か出ました。確かにその部分はあるにしても、その前に、利用者さんと人として出会ってなかった、ということがあるのではないかと思います。  利用者さんと人として出会っていれば、虐待なんて起こりようがありません。相手を人として見ることができていれば、虐待なんてできません。それが人としての感覚です。相手と人として出会っていないと、この、人としての感覚を失います。  施設の大きな問題は、利用者さんと人として出会える環境、人としてつきあう環境がない、ということではないかと思います。スキルとか専門知識の前に、そういった環境を考えることこそ大事な気がします。  スキルや専門知識をバッチリ身につけると、それを通してしか相手を見ることができなくなり、それは人として出会う機会をむしろ阻害します。スキルや専門知識で対応できるのは利用者さんの限られた部分です。利用者さんも人間ですから、よくわからない部分が多いのです。そこは謙虚に向き合っていくしかないのだと思います。  養護学校の教員をやっている時、シノちゃんという生徒がいました。シノちゃんは強度行動障害の生徒でした。毎日のように殴られ、蹴られしていました。顔面を思いっきり殴られ、鼻血が止まらなくなって病院に担ぎ込まれたこともあります。私には専門のスキルも知識もありませんでした。ただシノちゃんが時折遠くを眺めながらニッと笑うその笑顔がとても素敵でした。殴られたり蹴られたりした痛みがいっぺんに吹き飛んでしまうくらい素敵な笑顔でした。私にできたのは、その笑顔を見ながら、ただそばに行って黙って寄り添うことだけでした。そんな日々を繰り返す中で、シノちゃんはいつしかどこかへ出かける時は私の手を握ってくるようになりました。殴る、蹴るは相変わらずでしたが、それでも素直に手を出してくるのです。たったそれだけのことですが、シノちゃんの気持ちが伝わってきました。定年前の2年間担任しましたが、30年の教員生活で一番印象に残っている生徒です。  もう一つ、スキルや専門知識が必要となると、ふつうの人にとっては、それがないと重度障害の人には付き合えないのか、ということになります。そんなのなくてもふつうに付き合えばいいですよって言えるような関係こそ広げていきたいと思うのです。もちろんいろんなトラブルもあるでしょう。それもお互いを磨くいい機会だと思って前に進んだ方がいいと思います。トラブルは相手と出会ういい機会です。  かつては強度行動障害と言われ、やまゆり園に入っていた尾野一矢さんが、自立生活を始め、最近ぷかぷかに来るようになりました。陶芸をやるようになって、とても穏やかな表情を見せるようになりました。  特別なスキルや専門知識がなくても、ふつうにつきあっていれば、こんな表情が出てくるのです。「一矢さんて、優しいおじさんだったんだ」って、私は一矢さんとあらためて出会った気がしました。   一矢さん、ぷかぷかがだんだん楽しくなって、こんなにいい顔をします。  利用者さんとは、お互いこんな顔して「いい一日だったね」って言い合えるような関係でありたいと思っています。  施設に、そういった関係があれば、虐待なんて起こりません。そういった関係は、スキルや専門知識ではなく、人と人のあたたかなおつきあいから生まれます。
  • お互いハッピーな気持ちで一緒に生きていきたいと思う。
     障がいのある人への虐待について考える集まりが二つも続けてあります。それだけ虐待が多いのだろうと思います。なんとも気の滅入る話ですが、二つとも行く予定でいます。虐待をなくすための何か手がかりがつかめるかと思って。   「支援」をする現場で、どうしてこんなにも虐待が多いのだろうと思う。「支援」て、いろいろできないことの多い相手を手助けすることじゃなかったのか。それがどうして虐待になってしまうのか。  虐待は、相手を人として見ていない。相手をとことん見下している。だから何やっても許されると思っている。そういった関係を「支援」というものが作り出したのなら、それはどうしてなんだろう。「支援」という関係性について、その関係性が生み出すものについて、きちんと検証する必要があるのではないか。そういったことを福祉の現場がいったいどれだけやってきたのだろう。  ぷかぷかには虐待などといったものはあり得ない。いっしょに生きていこう、という関係だから。同じように障がいのある人たちを相手にしていながら、どうしてこうもちがう反応が出てくるのだろう、とあらためて思う。  ぷかぷかは今まで何度も書いたように、障がいのある人たちとはいっしょに生きていった方がいいと思い、お互いがハッピーに思えるものをたくさん創り出してきた。ぷかぷかの外の人たちも彼らととてもいいおつきあいをしている。  つい先日も近くの大学にぷかぷかさん達と行って、すごろくワークショップと簡単な演劇ワークショップをやってきた。その時の学生さん達の感想を見ると、短い時間ながらも、あたたかな、とてもいいおつきあいをしたことがよくわかる。 ・いっぱいいっぱい笑えたよ。 ・じぶんの好きなこと、好きなものを笑顔いっぱいで話してくれて、キラキラしていて素敵。 ・たくさんの笑顔を見ることができて、とても心があたたかくなった。 ・いっしょにいるだけで心がぽかぽか     一緒に「ムンクの叫び」をやってみた。        瀬谷区役所の人権研修会でぷかぷかの映画を見たあとの気づきにはこんな言葉があった。  ・私の心もほっこり  ・みんなが素直になれる。  ・みんなで笑えるって素敵  ・心が洗われる笑顔  障がいのある人を前に、こういう言葉が自然に出てくる関係と、虐待が出てくる関係。あまりの落差にめまいがしそうだが、この差はいったいどこから出てくるのだろう。  学生さんたちも区役所の人たちも障がいのある人たちと接するのは初めてという人が多かった。にもかかわらず、こんなにあたたかな言葉が出てきた。一方で福祉事業所で介護のプロ達が虐待をやっている。いったいどういうことなのかと思う。  障がいのある彼らとは、今、この時代にたまたま行き合った仲だ。お互いハッピーな気持ちで一緒に生きていきたいと思う。虐待は、誰もハッピーにならない。なのに、どうして虐待がなくならないのか。
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