ぷかぷか日記

相模原障害者殺傷事件を超えるために

  • 様々な形で彼らと出会う機会を作ること、それが社会を豊かにしていきます。
    8月5日の東京新聞 www.tokyo-np.co.jp  「もうすぐ10歳になる子どもと障害者や差別について話したことはない。いつか事件について話すこともあるかもしれない。そのとき「障害者を差別してはいけない」と言うのはたやすい。ただ、自分の子どもにどんな言葉を選べばうまく伝わるのだろう。」  言葉で伝えるのではなく、障がいのある人と直接接すること、それが大事だと思います。もちろんひとめ会っただけで、ああ、もういや!って思う人もいるでしょう。でも時間かけて何度も会ってるうちに、ふっと心が開いて、相手と出会えるかも知れません。あるいはクリエイティブな活動を一緒にすることで、障がいのある人達の想像力の豊かさに驚かされたりします。  ぷかぷかの近くの大学の授業で毎年のように簡単な演劇ワークショップをやっています。その時の学生さん達の感想です。 ●発想力が豊かでパッとお題を出されたらすぐに行動や言葉を考えていて、私にはない個性 を持っていてビックリしました。 ●ぷかぷかさんの自分じゃ考えつかないような自由な発想や表現に触れた。 ●私は”これと言えばこれ”という固定概念があり、それを踏まえ色々考えていたが、ぷか ぷかさんはそんな固定概念を壊してき想像力がとても豊かだと感じた。関わっていてと ても新鮮で楽しかった。 ●ぷかぷかさんの人たちと実際に演劇を行ってみて、「そんな表現の仕方があるんだ」とび っくりさせられたことがたくさんありました。 ●ぷかぷかさんたちの想像力は、私たちには ない発想でおもしろい劇が完成しました。 ●自分たちにはない考えをぷか ぷかさんたちは持っていてすごく色々なことに気付かされました。 ●自分たちが想像できないような内容の演技をしていてすごいなと思いました。自分たちで は絶対に思い付かないような内容が多く、想像力の豊かさや発想の違いを感じました。 ●喜怒哀楽を皆の前で動きや声にするのは凄く勇気が必要で、最初は恥ずかしかった。けれ ど、ぷかぷかさんが率先して大きく堂々と活動に取り組んでいる姿を見て、私も頑張ろう と思えました。初めの 1 歩を踏み出す勇気をくれてありがとうと言いたいです。  ●私は今日の様なワークショップは恥ずかしさが勝ってしまいあまり全力でできないタイ プなのですが、ぷかぷかさんは私と違って全力で表現していてとても尊敬しました。しか も想像力が豊かで発想がとてもおもしろいなと感じました。 ●ぷかぷかさんたちはた だライオンというだけでも様々な形や動きで色々なライオンを提案してくれ私たちの何 倍も想像力があると感じた。 ●「こぼん」などの音を体で表現することをやりましたが、一般的に考えそうな案ではないものが次々と出てきてとても驚きました。 ●ぷかぷかさ んの想像力が豊かすぎてライオンの鬣(たてがみ)役やベンチの背もたれ役などこんなの も演じるんだとすごく楽しく取り組めました。  様々な形で彼らと出会う機会を作ること、それが社会を豊かにしていきます。
  • 人として出会う
    ぷかぷかには『Secret of Pukapuka』という映画があります。映画を作った発端は やまゆり園事件です。あの時犯人は 「障害者はいないほうがいい」 などといい、そうだそうだ、よく言った、と共感する声がたくさんありました。  それは違う、障がいのある人たちとはいっしょに生きていった方がいい、そういった趣旨の映画の製作をpvプロボノに依頼。事件の翌年にできあがった映画が『Secret of Pukapuka』です。  障がいのある人たちと「いっしょにいると心ぷかぷか」のメッセージがあふれている映画です。障がいのある人達と、いっしょにいると心ぷかぷかになるような関係を作ること、それが事件を超える社会を作っていくのだと思います。 『Secret of Pukapuka』の予告編 www.youtube.com  ぜひこの映画の上映会をあなたの地域でやってみて下さい。そしてたくさんの人に「いっしょにいると心ぷかぷか」に共感していただけたら、社会はほんの少し変わります。とがった心が丸くなります。  やってみようかな、と思われたら、ぜひ高崎まで連絡ください。takasaki@pukapuka.or.jp.  映画の本編(約26分)お送りします。  ●●●  やまゆり園事件から10年。障がいのある人たちが生きやすい社会になったのでしょうか。  度々話題になった福祉施設での虐待事件。これは何を意味するのでしょう。  障がいのある人達のいちばん身近にいる人間が、どうして虐待をするのでしょう。何人もの人が逮捕されていますが、逮捕することでこの問題は解決できません。もう少し問題の本質に迫る対応を考えないと根本的な解決にはならない気がします。  では、何が問題なのか。今まで何度も言及していますが、やはり相手と人としておつきあいしていない、というところだと思います。福祉事業所が行っている「支援」という関係は、相手と人しておつきあいする、ということをやりにくくしているのではないかと思います。  「支援」は相手に何かやってあげるという上から目線の関係です。人としておつきあいするというフラットな関係ではありません。そこをどうやれば関係がフラットになるのでしょう。  ここはやはり、理屈ではなく、  「相手と人として出会う」 という人間の持っている感性というかチカラだろうと思います。「相手と人として出会う」チカラを私たちは持っています。そのチカラを「支援」の現場でも発揮できれば、障がいのある人達との関係は一気に変わります。  相手といっしょに笑う、悩む、悲しむ。そういった当たり前のことを日々やっていく。そのことを繰り返した先に、やまゆり園事件を超える社会ができてくるのではないかと思います。  この方大好きです。こういう方は社会の宝です。大事に大事にしたいです。
  • 西作のいもの
    昔書いたブログですが 障がいのある人たちといっしょに生きていくと、社会が豊かになります。どうしてでしょう。 「酢のもの」と書くところを写真のように書いた人がいました。  「ん?西作のいもの?」って最初は思いました。でも商品を見て、「あっ、酢のものね」と納得、「あっ、いい!いい!」「すごくいい!」ってつい言っちゃいます。この、ついいっちゃう、という感覚がとても大事。  こういう字は楽しいし、社会をゆるっとしたものにしてくれます。「まちがってるじゃん」なんて否定してしまうのはもったいないです。正しいことは、時に社会をつまらないものにします。  なので、ぷかぷかでは「西作のいもの」をそのまま商品といっしょに並べます。「もったいない」という感覚が共有できているのです。  お客さんもよくわかっていて、「ああ、今日はこれね」って笑いながら買っていきます。ぷかぷかさんの書く字の楽しさを共有できているのです。こういう関係のあるところを「ともに生きる社会」というのだと思います。こういう字を書く人こそ大切な仲間として受け入れる社会こそ、みんなが心地よく生きられる豊かな社会といえます。  やまゆり園事件から10年。いまこそ「西作のいもの」を楽しみたいと思うのです。そういう社会こそが事件を超えます。
  • 障がいのある人達は社会を豊かにしている
     やまゆり園事件の犯人植松は「障害者はいないほうがいい」といいました。でも、実際に障がいのある人達がいなくなったらどうなるのでしょう。障がいのある人達の分だけ、社会の幅が狭くなります。その分なにかと息苦しい社会になります。  障がいのある人達とあまりおつきあいがない人は、色々面倒な人がいなくなるのはいいんじゃない、という意見に多分なるのではないかと思います。でも、面倒な人とのおつきあいは、どうしたらいいんだろうと日々悩み、それは自分を鍛えます。人間の幅を広げてくれます。自分を豊かにしてくれます。  障がいのある人達は、ですから、私たちを、社会を豊かにしているのです。だからこそ大事にしたい。  区民祭りではこんな楽しいお店が彼等のおかげでできました。  私たちだけではこんな楽しいお店はできません。そのことを謙虚に認めるところから、彼等との豊かなおつきあいが始まります。「支援」という上から目線のおつきあいではなく、どこまでもフラットなおつきあい。 名刺もこんな楽しいのができます。 こんな楽しい舞台ができます。
  • いっしょにいると心ぷかぷか
    やまゆり園事件の犯人植松は 「障害者はいないほうがいい」 と主張し、 「そうだ」「そうだ」「よく言った」 という共感のメッセージが社会にあふれ、なんとも嫌な思いをしたことを覚えています。  そんな中で「障がいのある人たちとはいっしょに生きていったほうがいい」というメッセージを込めた映画を事件の翌年作りました。『Secret of Pukapuka』がそれです。  その予告編 www.youtube.com  本編は約26分です。    やまゆり園事件から10年がたった今、「いっしょにいると心ぷかぷか」というメッセージを伝える『Secret of Pukapuka』の上映はとても意味があると思います。  英文のタイトルの日本語訳は『ぷかぷかのヒミツ』です。  そのヒミツとは 「障がいのある人たちといっしょにいると心ぷかぷか」 になるよ、というメッセージです。たくさんの人達が障がいのある人達とのおつきあいで「心ぷかぷか」になったとき、社会は事件を超えるのだと思います。  ぜひあなたの住んでいる街で心ぷかぷかになるような上映会を企画してください。  問い合わせは ぷかぷかの高崎まで    takasaki@pukapuka.or.jp        
  • やまゆり園事件から10年がたちますが…
    やまゆり園事件から10年がたちますが、あの事件を超える物語を私たちはどれだけ作ってきたのかと思います。事件の犯人は「障害者はいないほうがいい」といいました。それを超えるのは、「障がいのある人たちとはいっしょに生きていった方がいい」というだけではなく、いっしょに生きていくことで何が生まれるのか、社会がどうなるのかを語り、作り、それを持続させていくことが必要ではないかと思います。 事件を受けて作った映画『Secret of Pukapuka』です。 www.youtube.com   ぷかぷかのお店です。 みんな元気に働いています。 刺繍を作る人もいます。 こんな絵を描く人もいます。 こんな作品を作る人もいます。 いっしょに芝居を作るとこんな舞台ができあがります。  こういう活動は社会を豊かにします。障がいのある人たちといっしょに生きていくことで社会が豊かになるのです。だからいっしょに生きていった方がトク!なのです。
  • やまゆり園事件を超える社会を作っていく最初の一歩
    昨日の東京新聞 www.tokyo-np.co.jp  結局のところ彼も福祉施設での「支援」という上から目線でしか障がいのある人達を見てなかったということではないかと思います。フラットな関係、相手と人として出会っていれば、相手を殺すなどといったことはできません。人として出会うことの大切さを改めて思います。    いっしょに生きていった方がトク!というのは、相手と人として出会うことが前提としてあります。「いい一日だったね」って、お互いニッと笑うような、そんな関係があの忌まわしい事件を超える社会を作っていくのだと思います。事件直後にあちこちで語られたアーダコーダのコムツカシイ話ではなく、「今日楽しかったね」って、笑顔で言えるおつきあいを障がいのある人達と作ること、それが事件を超える社会を作っていく最初の一歩ではないかと思います。  ぷかぷかさんの中には亡くなった美帆さんの今を想像し、 「いろんなとこに旅をしてね、ぴょんぴょんとんでね」 と語る方もいました、と先日取材に来た方がおっしゃってました。私たちにはない発想を持ったこういう人こそが、これからの新しい社会を作っていくのだと思います。  彼等は支援される人ではなく、新しい社会を作っていく人達なんだと思います。そんな風に思えるかどうかが、今問われている気がします。  こんなステキな笑顔の人達が新しい未来を作っていきます。
  • あの忌まわしい事件を超える
     やまゆり園事件から10年です。あの悲惨な事件を、なんとか忘れないようにしたいと思うのです。  やまゆり園事件という抽象的なことではなく、美帆ちゃんをはじめ、19名もの人たちが「障害者はいないほうがいい」などという理不尽極まりない理由によって命を奪われてしまったことです。それを忘れない。  何よりも彼らがいないという現実にこの10年向き合ってきた遺族の方達がいるということ、そのやりきれない悲しみを想像すること。  大事なことは、あの事件は私たちにとってなんだったのか、どうしてあんな悲惨な事件がこの社会で起こってしまったのか、私たちに責任はないのか、を問い続けること。  そうして私たちは今、何をするのか、どうやってあの忌まわしい事件を超える物語を作っていくのか。ここがいちばん大事だと思います。なにもしなければ、あの悲惨極まりない事件を起こした社会は何も変わりません。社会が変わらなければ、また似たような事件が起きます。現にいくつかの福祉事業所で虐待が起こっています。相手を人として見ない、という点で、やまゆり園事件と虐待は地続きなのだと思います。    障がいのある人達と人として出会い、人としておつきあいしていく。支援などという上から目線で相手を見ない。どこまでもフラットにつきあう。そうやってはじめて、あの忌まわしい事件を超え、豊かなものを創り出せるのだと思います。  何よりも  「いい一日だったね」 って、お互い笑顔で言い合えるような日々を作っていくこと。それが事件を超える物語になります。  ぷかぷかの日々は、その物語を作り続ける日々といっていいのかも知れません。あのような悲惨極まりない事件を二度と起こさないために。 いっしょに生きていくことで、こんなステキな舞台が生まれます。 これがあの忌まわしい事件を超える、ということです。
  • やまゆり園事件から10年
     やまゆり園事件から10年になります。あれだけ衝撃的な事件があったにもかかわらず、障がいのある人たちを取り巻く状況はそれほど変わったとは思えません。  神奈川県では「共に生きるかながわ憲章」を定めていますが、当たり前のことが書いてあるだけで(優等生の作文のよう)、これで社会が変わるとはとても思えません。  https://www.pen-kanagawa.ed.jp/kanazawa-sh/documents/message3.pdf  「障がいのある人とは一緒に生きていった方がトク!」 といった感じの、泥臭いおつきあいこそが、今必要なんじゃないかと思います。いっしょに笑うとか、いっしょに怒るとか、腹を立てるとか、いっしょに寝っ転がるとか、そういったふだんの暮らしの中でのふつうのおつきあいをコツコツ作っていく。  そのおつきあいをちょっとずつ広げていく。広げていくことで社会は少しずつ変わっていきます。    「共に生きる社会を作ろう」といった大きな話ではなく、身近にいる障がいのある人達と小さな物語を日々作っていく。「今日いっしょに笑ったよ」とか、「けんかしちゃった」とか、「一緒にお出かけして楽しかったよ」といった日々の小さな物語こそが大事。  「支援」という上から目線ではなく、どこまでもフラットな関係で彼等とつきあっていく。それがいっしょに生きるということ、共に生きるということです。  事件があったからって、社会はすぐに変わるわけではありません。何よりも多くの人は、私には関係のないこと、と思っています。それが社会です。そんな社会をどうやって変えていくのか、なんて大それたことは考えず、とにかく彼等と過ごす日々を丁寧に作っていく。そして 「いい一日だったね」 って、お互いが笑顔で話せるような、そんな関係を大事にしたいと考えています。  長い目で見たとき、そういったことの積み重ねが、あの事件を超える社会を作っていくのだと思います。希望を持ちましょう。
  • やまゆり園事件から9年
     あの忌まわしいやまゆり園事件から9年です。  「どうしてあのような事件が起こってしまったのか」 犯人の植松だけのせいにせず、この社会を形成する私たち自身の問題として、それを考え続けることが大事だと思います。  事件以来「共に生きる社会を作ろう」という言葉が広がってきましたが、私自身は養護学校の教員をやっていた頃、障がいのある子どもたちに惚れ込み、彼らとずっといっしょに生きていきたいと思い、定年退職を機に彼らといっしょに生きる場として「ぷかぷか」を立ち上げました。  障がいのある人達とはいっしょに生きていった方がトク!と言い続けてきました。  トク? え?どうして? と、障がいのある人達のことをあまり知らない多くの人は思います。  彼らと過ごす日々は楽しいです。色々困ることは多いですが、それでも尚、いっしょに生きる日々は楽しいと私は思います。                                       彼らといっしょに生きる日々は楽しい、と言い続けて15年。「ぷかぷかさんが好き!」というファンが地域社会の中でずいぶん増えました。障がいのある人達はなんとなくいや、という人達が多い中で、彼らのことが好き!という人が現れたことは画期的だと思います。ぷかぷかがやってきたことへの社会の反応といっていいと思います。共に生きる社会は、こんな風にしてできていくのだと思います。  9年続けてきた演劇ワークショップは、いっしょに生きると社会が豊かになるということを目に見える形で舞台で表現してきました。                 やまゆり園事件について、あーだこーだ小難しいことを言うのではなく、彼らと過ごす楽しい日々を具体的に作り出すこと、それを社会に開かれた場で実践すること、いい一日だったねってみんなで言い合えること、そんなことが大事だと思っています。
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