ぷかぷか日記

相模原障害者殺傷事件を超えるために

  • やまゆり園事件から10年がたちますが…
    やまゆり園事件から10年がたちますが、あの事件を超える物語を私たちはどれだけ作ってきたのかと思います。事件の犯人は「障害者はいないほうがいい」といいました。それを超えるのは、「障がいのある人たちとはいっしょに生きていった方がいい」というだけではなく、いっしょに生きていくことで何が生まれるのか、社会がどうなるのかを語り、作り、それを持続させていくことが必要ではないかと思います。 事件を受けて作った映画『Secret of Pukapuka』です。 www.youtube.com   ぷかぷかのお店です。 みんな元気に働いています。 刺繍を作る人もいます。 こんな絵を描く人もいます。 こんな作品を作る人もいます。 いっしょに芝居を作るとこんな舞台ができあがります。  こういう活動は社会を豊かにします。障がいのある人たちといっしょに生きていくことで社会が豊かになるのです。だからいっしょに生きていった方がトク!なのです。
  • やまゆり園事件を超える社会を作っていく最初の一歩
    昨日の東京新聞 www.tokyo-np.co.jp  結局のところ彼も福祉施設での「支援」という上から目線でしか障がいのある人達を見てなかったということではないかと思います。フラットな関係、相手と人として出会っていれば、相手を殺すなどといったことはできません。人として出会うことの大切さを改めて思います。    いっしょに生きていった方がトク!というのは、相手と人として出会うことが前提としてあります。「いい一日だったね」って、お互いニッと笑うような、そんな関係があの忌まわしい事件を超える社会を作っていくのだと思います。事件直後にあちこちで語られたアーダコーダのコムツカシイ話ではなく、「今日楽しかったね」って、笑顔で言えるおつきあいを障がいのある人達と作ること、それが事件を超える社会を作っていく最初の一歩ではないかと思います。  ぷかぷかさんの中には亡くなった美帆さんの今を想像し、 「いろんなとこに旅をしてね、ぴょんぴょんとんでね」 と語る方もいました、と先日取材に来た方がおっしゃってました。私たちにはない発想を持ったこういう人こそが、これからの新しい社会を作っていくのだと思います。  彼等は支援される人ではなく、新しい社会を作っていく人達なんだと思います。そんな風に思えるかどうかが、今問われている気がします。  こんなステキな笑顔の人達が新しい未来を作っていきます。
  • あの忌まわしい事件を超える
     やまゆり園事件から10年です。あの悲惨な事件を、なんとか忘れないようにしたいと思うのです。  やまゆり園事件という抽象的なことではなく、美帆ちゃんをはじめ、19名もの人たちが「障害者はいないほうがいい」などという理不尽極まりない理由によって命を奪われてしまったことです。それを忘れない。  何よりも彼らがいないという現実にこの10年向き合ってきた遺族の方達がいるということ、そのやりきれない悲しみを想像すること。  大事なことは、あの事件は私たちにとってなんだったのか、どうしてあんな悲惨な事件がこの社会で起こってしまったのか、私たちに責任はないのか、を問い続けること。  そうして私たちは今、何をするのか、どうやってあの忌まわしい事件を超える物語を作っていくのか。ここがいちばん大事だと思います。なにもしなければ、あの悲惨極まりない事件を起こした社会は何も変わりません。社会が変わらなければ、また似たような事件が起きます。現にいくつかの福祉事業所で虐待が起こっています。相手を人として見ない、という点で、やまゆり園事件と虐待は地続きなのだと思います。    障がいのある人達と人ととして出会い、人としておつきあいしていく。支援などという上から目線で相手を見ない。どこまでもフラットにつきあう。そうやってはじめて、あの忌まわしい事件を超え、豊かなものを創り出せるのだと思います。  何よりも  「いい一日だったね」 って、お互い笑顔で言い合えるような日々を作っていくこと。それが事件を超える物語になります。  ぷかぷかの日々は、その物語を作り続ける日々といっていいのかも知れません。あのような悲惨極まりない事件を二度と起こさないために。 いっしょに生きていくことで、こんなステキな舞台が生まれます。 これがあの忌まわしい事件を超える、ということです。
  • やまゆり園事件から10年
     やまゆり園事件から10年になります。あれだけ衝撃的な事件があったにもかかわらず、障がいのある人たちを取り巻く状況はそれほど変わったとは思えません。  神奈川県では「共に生きるかながわ憲章」を定めていますが、当たり前のことが書いてあるだけで(優等生の作文のよう)、これで社会が変わるとはとても思えません。  https://www.pen-kanagawa.ed.jp/kanazawa-sh/documents/message3.pdf  「障がいのある人とは一緒に生きていった方がトク!」 といった感じの、泥臭いおつきあいこそが、今必要なんじゃないかと思います。いっしょに笑うとか、いっしょに怒るとか、腹を立てるとか、いっしょに寝っ転がるとか、そういったふだんの暮らしの中でのふつうのおつきあいをコツコツ作っていく。  そのおつきあいをちょっとずつ広げていく。広げていくことで社会は少しずつ変わっていきます。    「共に生きる社会を作ろう」といった大きな話ではなく、身近にいる障がいのある人達と小さな物語を日々作っていく。「今日いっしょに笑ったよ」とか、「けんかしちゃった」とか、「一緒にお出かけして楽しかったよ」といった日々の小さな物語こそが大事。  「支援」という上から目線ではなく、どこまでもフラットな関係で彼等とつきあっていく。それがいっしょに生きるということ、共に生きるということです。  事件があったからって、社会はすぐに変わるわけではありません。何よりも多くの人は、私には関係のないこと、と思っています。それが社会です。そんな社会をどうやって変えていくのか、なんて大それたことは考えず、とにかく彼等と過ごす日々を丁寧に作っていく。そして 「いい一日だったね」 って、お互いが笑顔で話せるような、そんな関係を大事にしたいと考えています。  長い目で見たとき、そういったことの積み重ねが、あの事件を超える社会を作っていくのだと思います。希望を持ちましょう。
  • やまゆり園事件から9年
     あの忌まわしいやまゆり園事件から9年です。  「どうしてあのような事件が起こってしまったのか」 犯人の植松だけのせいにせず、この社会を形成する私たち自身の問題として、それを考え続けることが大事だと思います。  事件以来「共に生きる社会を作ろう」という言葉が広がってきましたが、私自身は養護学校の教員をやっていた頃、障がいのある子どもたちに惚れ込み、彼らとずっといっしょに生きていきたいと思い、定年退職を機に彼らといっしょに生きる場として「ぷかぷか」を立ち上げました。  障がいのある人達とはいっしょに生きていった方がトク!と言い続けてきました。  トク? え?どうして? と、障がいのある人達のことをあまり知らない多くの人は思います。  彼らと過ごす日々は楽しいです。色々困ることは多いですが、それでも尚、いっしょに生きる日々は楽しいと私は思います。                                       彼らといっしょに生きる日々は楽しい、と言い続けて15年。「ぷかぷかさんが好き!」というファンが地域社会の中でずいぶん増えました。障がいのある人達はなんとなくいや、という人達が多い中で、彼らのことが好き!という人が現れたことは画期的だと思います。ぷかぷかがやってきたことへの社会の反応といっていいと思います。共に生きる社会は、こんな風にしてできていくのだと思います。  9年続けてきた演劇ワークショップは、いっしょに生きると社会が豊かになるということを目に見える形で舞台で表現してきました。                 やまゆり園事件について、あーだこーだ小難しいことを言うのではなく、彼らと過ごす楽しい日々を具体的に作り出すこと、それを社会に開かれた場で実践すること、いい一日だったねってみんなで言い合えること、そんなことが大事だと思っています。
  • 美帆ちゃんのこと忘れないよ
     先日ある新聞社の記者から、その後やまゆり園事件について何かやってますか?という質問が来ました。特にやっていません、と回答しました。以前は事件を考えるためのイベントを色々やっていましたが、イベントをやっても社会が変わるわけでもなく、最近は何もやっていません。  イベントはやっていませんが、「障がいのある人たちといっしょに生きていく」ということを、就労支援事業所、生活介護事業所を運営するという形でやっています。  「障害者はいない方がいい」という事件のメッセージに対する私たちの応えです。 www.pukapuka.or.jp  障がいのある人達と日々一緒に過ごすことを楽しい、と思えること。そう思う人が増えること、それが日々の暮らしの中で自然にできること、それが事件を超えることだと思います。  ぷかぷかのメンバーさんの中に、事件で犠牲になった美帆ちゃんの誕生日に、毎年のように誕生日カードを描く人がいます。丁寧に丁寧にカードを描きます。できあがったカードは私の方で美帆ちゃんのお母さんに送るようにしています。 美帆ちゃんは唐揚げが好きでした。なので、美帆ちゃんの誕生日には給食が唐揚げになったりします。  こういうことが事件を忘れない、ということだと思います。コムツカシイ話をするイベントではなく、給食の唐揚げ食べながら、「そういえば美帆ちゃん、唐揚げが好きだったんだよね」って思い出したりする方が、長く続けられる気がします。    障がいのある人達と楽しい毎日を過ごすこと、それがあの忌まわしい事件を超えることです。「支援」という上から目線ではなく、どこまでもフラットな関係でおつきあいすること。そこがすごく大事だと思います。        
  • ぷかぷかさんのいる町
     相模原事件の起こった翌年だったか、上智大学の学生さんから事件を超えるための手がかりになるような映像をつくりたい、と連絡があり、何回かぷかぷかに取材に来てつくったのがこの映画『ぷかぷかさんのいる町』 www.youtube.com  10分ほどの短い映画ですが、ぷかぷかさん達がこの町で何をやり、どんな風に耕しているかが、ほんの少しですが見えてきます。  すぐ近くの郵便局の局長さんの話がいいです。地域を耕すってどういうことか、耕される側の言葉です。こうやって地域社会が少しずつ豊かになっていくのだろうと思います。  近くの大学を耕しに行く。  やまゆり園事件に衝撃を受け、なんとかそれを超える手がかりをつかみたいと学生さんはカメラを提げてぷかぷかにやってきたのですが、できあがった映像は特に事件にふれるわけでもなく、それでいてぷかぷかさん達が毎日元気に働くことで、町を耕している、豊かにしていることがなんとなく見えてきます。そういったことをみんなで共有することが事件を超えていくことにつながるのではないかと思いました。  大学で映像の勉強をしている方がいましたら、ぜひ腕試しのつもりでぷかぷかを撮りに来て下さい。いろんな人がいろんな角度からぷかぷかを語ることが大事だと思います。
  • 美帆ちゃんの誕生日メニュー
     12月5日はやまゆり園障害者殺傷事件で亡くなった美帆ちゃんの誕生日でした。その日の給食メニューは「美帆さんの誕生日メニュー」。美帆ちゃんは唐揚げ、ハンバーグが大好きだったとお母さんがおっしゃっていました。  特に事件について話し合ったりするわけではありませんが、こうやってスタッフが美帆ちゃんのこと忘れないで「美帆さんの誕生日メニュー」を作ってくれることはとてもうれしいことです。お母さんにもちゃんと声をかけたそうです。体調不良で食べに来られなかったのは残念でしたが。  お母さんにとっても、こうやって娘のことをぷかぷかさんもスタッフも忘れないでいてくれることはとてもうれしいことだと思います。忘れられることがいちばん悲しいです。事件についてアーダコーダのむつかしい話ではなく、美帆ちゃんというひとりの人間を忘れないでいること。そのことが大事だと思うのです。  機会があれば事件のこともみんなで話し合えたら、と思っています。重い話ではなく、みんなで前を向けるような話です。 「やっぱりいっしょに生きていった方が絶対いいよね」 ってみんなが思えるような話です。  近くの創英大学の保育学科障害児保育の授業にぷかぷかさんが参加。こうやって一緒に何かやることが大事。ぷかぷかさんといると楽しいよね、って学生さん達は思ってくれてるみたいです。学生さん達は大学を卒業後、多くは保育の仕事に就きます。現場で障害児に何かやってあげるのではなく、いっしょに生きていく関係を作ってくれたら、と思っています。
  • ひろ兄ちゃんはダウン症
    5年ほど前に書いたブログですが、やまゆり園事件を超える社会をどうやって作っていくのかに関して中学3年生がすばらしい提案をしているので、再度アップします。 www.pukapuka.or.jp  「ひろ兄ちゃん」と呼べる関係があったことが、やまゆり園事件を深く考えるきっかけになったのだと思います。ひろ兄ちゃんの優しい人柄が目に浮かびます。ひろ兄ちゃんはアーダコーダ小難しいこと言わずに、事件を超える社会を作るにはどうしたらいいかを姪っ子に伝えていたのだと思います。ひろ兄ちゃんのような人こそ、社会のみんなで大事にしたいですね。「支援」といった上から目線の関係ではなく、どこまでもフラットな関係で大事にする、いっしょに生きる。  その関係の中で、こうやって若い人達が思いを語ってくれるといいなと思います。それが新しい社会を作ってくれます。
  • バスの中で楽しそうに独り言いってるそらくんに「うるせー」「おりろ」と怒鳴りつけたおじさんがいた
    ぷかぷかに時々遊びに来るそらくんがバスの中で怒鳴りつけられた話を先日お母さんがブログに書いていました。そらくんはバスが大好きで、乗っていると嬉しくて嬉しくてつい声が出てしまいます。そのそらくんに向かって 「うるせー」「おりろ」と怒鳴りつけたおじさんがいました。  お母さんは「すみません」と謝って「静かにしようね」とそらに声をかけているのに「うるせーからおりろ」とさらにまくし立てられました。  その時ヒーローが現れます。 「バスはいろんな人がいるのが当たり前で、そんなにいやなら自分がタクシーに乗ればいいんじゃないですか」  そらくんと同じくらいの年だったというので高校生くらいでしょうか。すばらしい青年です。  おじさんは「おお、そうか。」とそれからは黙ってくれたそうですが、ずっとお母さんをにらんでいたそうです。  そらくんは電車やバスの中で静かにする、といったことができません。そんなそらくんといっしょに生きて行くにはどうしたらいいんだろう、という問題が私たちに問いかけられていると思います。  そらくんの声を気にしない人もいれば、迷惑だと感じる人もいます。そらくんのような人を社会から排除すれば、社会はすっきり気持ちよくなるのかどうか、むしろ、社会が許容できる幅が狭まり、お互いが息苦しくなるのではないか、といった問題がここから見えてきます。  お母さんがブログに書いています。  あなたは知らない その言葉に私がどれほど傷ついたのかを  あなたは知らない 「うるせー」「おりろ」という以外に解決方法はいくらでもあることを  あなたは知らない 「降りろ」と怒鳴りつけている自分がどれほど恐ろしい顔をしているのかを  あなたは知らない 障害を持つ人を排除すれば自分がどれほど生きづらくなるのかを  あなたは知らない そらがあなたに気を使ってそらなりに声を抑えようと頑張っていたことを  あなたは知らない ずっとあなたを気にかけて優しく見つめていたそらを  あなたは知らない あなたのその言動の先に「やまゆり園の事件」があることを  あなたは知らない そう、あなたがあの事件に加担していた一人だということを  あなたは知らない 私も息子たちもあなたに排除されていい人間ではないということを  あなたは知らない 優しさを知らないあなたを私はとても不憫に感じていたことを  お母さんがブログで提起した問題を知らんぷりすると、また同じような問題が起き、辛い思いをする人が出てきます。社会の許容範囲が狭まり、私たち自身が生きづらくなります。なによりもこのおじさんの言動の先に『やまゆり園事件』があります。なのでみんなでこの問題について話し合う機会を作ります。話し合ったからって、すぐに解決策が見つかるわけではありません。でも、話し合うことで、少なくとも一歩前に進めます。何事もまず一歩からです。  9月24日(日)9時30分から〜12時 みどりアートパークリハーサル室にて、今回の問題についてどうしたらいいんだろうってみんなで話し合います。『そらくんとたからくん』の映画を見て、お母さん、そらくん、たからくんに来てもらい、わいわい楽しく話をする予定です。お問い合わせ、参加希望者は高崎まで(takasaki@pukapuka.or.jp) 写真はにじメディア作品「そらくんとたからくん」オンライン無料配信のページより。左がそらくん。
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