ぷかぷか日記

「共生」とは、言うものではなく、やるもの

 なにかにつけ「共生社会」という言葉が出てきますが、その具体的な中身になるとさっぱり見えません。それを口にすれば、何かいいことやってるイメージというか、ただ言葉をもてあそんでいるだけ。相模原市がオリンピック聖火をやまゆり園事件の現場で採取するなどといったとんでもない企画を出してきたのも、多分そのあたり。

 

 今朝の神奈川新聞成田さんのFB

【やまゆり園事件と五輪聖火52】共生とは、啓発するものでも願うものでもない。共生の方に向かってなされる日々の実践の中から立ち現れるものだと思う。打ち上げ花火のような一過性のパフォーマンスからは共生は生まれない。絶えることのない実践の中からしか生まれない。

 

 「共生」とは、言うものではなく、やるもの。ぷかぷかがやっているのは、まさにそれ。私が昔やっていた「あそぼう会」は30年も前にその実践をやっていました。

 『とがった心が丸くなる』にはその実践記録である元気物語が満載。

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 今ぷかぷかでやっている演劇ワークショップは、この本を書いた1985年に始めました。あれができないこれができない、とマイナス評価ばかりの養護学校の生徒たちでしたが、彼らと一緒にやれば、なんかとんでもなくおもしろいものが生まれるのではないか、という予感があったのです。

 予感は見事に当たりました。芝居を作る手がかりとして大きなぬいぐるみを模造紙と新聞紙で作ったことがあります。その時養護学校の生徒の一人が

「俺、海のぬいぐるみ、作るから」

といいました。

 え? 海のぬいぐるみ? 海の、どこを、どう切り取って海を作るの?と思いました。

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 こういうとんでもないことをさらっと思いつく彼らと一緒にやるから、楽しさが10倍くらいになり、でき上がる芝居の幅がぐんと広がります。楽しさと幅の広がりは、そのまま彼らといっしょに生きる意味を語っています。

 そんな中で彼らに向かって

「あなたにいて欲しい」「あなたが必要」

としみじみ思うようになりました。

 「共生社会を作ろう」とか言葉遊びをするのではなく、

「あなたにいて欲しい」「あなたが必要」

とリアルに思える関係を30年も前に作ったのです。

 

 下に貼り付けた当時の写真からはワークショップの場が作り出すエネルギーがビリビリ伝わって来ます。彼らと一緒に芝居を作ることで生まれた小さな「共生社会」が作り出すダイナミックなエネルギーです。

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 「共生社会」が何を作り出すのか、それをわかりやすく語る写真だと思います。

 

 『とがった心が丸くなる』はアマゾンで販売中

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 読まれた方は、ぜひカスタマーレビュー書いてください。

こういった日々を作っていく先に、お互い生きやすい社会が実現するように思う。

一ヶ月ほど前、聖火リレーの火をやまゆり園の事件現場で採取することが報道され、すぐに相模原市のホームページから質問状を送りました。

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 聖火リレーの火を津久井やまゆり園で採取するそうですね。「共生社会の実現を目指すパラリンピックの理念に沿ってあらゆる差別をなくしていくという強い決意を世界に向けて発信したい考えです。」とNHKの報道がありました。「あらゆる差別をなくしていくという強い決意を世界に向けて発信」するそうですが、今まで差別をなくしていくためにどんなことをされましたか?これからどんなことをされますか?やまゆり園事件を超える社会を作るためにどんなことをされましたか?これからどんなことをされますか?具体的に教えて下さい。

●●●

 で、一週間ほど前、相模原市から回答が来ました。

●●●

 本市では、平成14年3月に、本市が実施すべき人権施策についての基本理念を明らかにし、主要な人権分野における具体的施策の方向性を示した「相模原市人権施策推進指針」を策定し、人権施策の総合的・体系的な推進に取り組んでまいりました。
 平成31年1月には、新たな人権課題などへの対応等のため、同指針を改定し、あらゆる施策への人権尊重の理念の反映、人権教育・人権啓発の推進、人権擁護に向けた相談・支援体制の充実を基本姿勢として示すとともに、それを踏まえ主要な人権分野における具体的施策の方向性を定め、人権施策の推進に取り組んでいます。
 また、障害の有無に関わらず、誰もが安全で安心して暮らすことのできる共生社会の実現に向けて、「共にささえあい、生きる社会」をキャッチフレーズに掲げ、様々な周知啓発活動を行うほか、パラスポーツの体験イベントや障害者週間のつどいの開催等に取り組んでいるところです。
 今後も、津久井やまゆり園事件のような悲惨な事件が二度と起こらないよう、事件を風化させることなく、障害等の理解促進などの取組を推進してまいります。

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 もっともらしいことを書いていますが、それでいて、あの悲惨極まりない事件現場からお祭り騒ぎのための聖火の火を採取するというのです。何という感覚かと思います。

 事件で犠牲になった人たちの悲しみ、痛みといったものが、全くわからないのだと思います。だからこんなとんでもない企画が出てくる。

 毎日新聞の報道に寄れば、この相模原市の企画を神奈川県、オリンピック組織委員会、津久井やまゆり園がそろって「了承」しているというのですから、あきれました。

mainichi.jp

 

 これが彼らのいう「共生社会」です。人の痛み、悲しみはすべて他人事。自分が人であることを忘れています。空っぽの「共生社会」。

 なんか相手をするのも時間の無駄、というか、ひたすらむなしい感じがします。

 そういうことに時間を割くより〔もちろん抗議することは必要です〕、ぷかぷかさんと一緒に今日も明日もいい一日を作り続けることに力を入れる方が、ずっといい。こういった日々を作っていく先に、お互い生きやすい社会が実現するように思うから。

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気がついたら、けんいち君がバットを持ってかまえていた。

 30年前に書いた『街角のパフォーマンス』という本がタイトルを変えて電子本になりました。新しいタイトルは『とがった心が丸くなる』です。サブタイトルは「障がいのある子どもたちとの出会いから生まれた元気物語」

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 一般的には、何するにしても手助けが必要で、社会の負担と思われがちな障がいのある子どもたちですが、そんな子どもたちとの出会いが、どうして元気物語を生み出すことになったのか。そのヒミツを何回かに渡って書きたいと思います。

 

 始まりは養護学校で働き始め、そこで障がいのある子どもたちと出会ってしまったことです。いろいろ手がかかったり、日々大変なことをやってしまう子どもたちでしたが、それでも彼と過ごす毎日がすごく楽しくて、こんな素敵な人たちを養護学校に閉じ込めておくのはもったいないと、日曜日に公園に連れ出して、一緒に遊ぼうよ、って呼びかけていました。なんとかして彼らの魅力を伝えたいと思ったのです。基本的には近くの公園でしたが、時々武蔵野にある広い原っぱに出かけました。

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 子どもたちが野球をやっていて、そこへ養護学校から連れて行った重度障がいの子どもが入っていきました。私がそんな風に仕向けたのではなく、勝手に入っていった、という感じです。6年生のみさえがその時のことを書いています。

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 私たちが野球をしていると、気がついたときにいたというか、あとから考えても、いつ来たのかわかんないけど、けんいち君が入っていて、バットを持ってかまえているので、お兄さんのあきら君や大久保君にゆっくり軽い球を投げてもらい、いっしょに野球をやることにしたんです。

 けんいち君は、最初のうちは球が来ると、じーっと球を見て、打たなかったんです。球の行く方をじっと見ていて、キャッチャーが球をとってからバットを振るのです。

 でもだんだんタイミングが合うようになり、ピッチャーゴロや、しまいにはホームランまで打つのでびっくりしちゃった。

 それから、打ってもホームから動かないで、バットをもったまま、まだ打とうとかまえている。走らないの。

 お兄さんのあきら君や大久保君や私たちで手を引いていっしょに一塁に走っても、三塁に行ってしまったりして、なかなか一塁に行かないんだもん。どうも一塁には行きたくないらしいんです。

 でも、誰かと何回もいっしょに走るうちに、一塁まではなんとか行くようにはなったんだけど、それ以上は2,3塁打を打っても、一塁から先は走らないで、ホームに帰ってしまって、バットをかまえるのです。

 「かして」っていってバットを返してもらおうとしたけど、返してくれないの。誰かがとろうとしてもかしてくれないんです。でも、どういうわけか不思議なことに、私が「かして」というと、かしてくれるのでうれしかったです。

  だから、けんいち君が打ったら、バット持って行っちゃうから、私がけんいち君を追いかけていって、バットをかしてもらい、みんなに渡して順番に打ちました。終わったらまたけんいち君という風に繰り返しました。

 けんいち君はすごく楽しそうに見えたよ。最初はうれしいのか楽しいのかわからない顔だったけど、ホームランを打ち始めてから、いつもニコニコしていた。

 一緒に野球をしたのは7人。敵、味方なし、チームなしの変な野球。アウトなし、打てるまでバット振れる。ほんとうはね、けんいち君が入るまでスコアつけていたんだけど、けんいち君が入ってからは三振なし、敵味方なし、チームなしになったの。一年生のちびっ子たちには都合がよかったみたい。負けてたからね。

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 気がついたら、

「けんいち君がバットを持ってかまえていた」

というところから、いきなり新しい物語が始まります。大人が間に入っていたら、いろいろ配慮したりして、多分つまらない展開になっていたと思います。

 初対面にもかかわらず、子どもたちの柔軟な対応が素晴らしいですね。障がいがあって、なんだかよくわからないから排除してしまうのではなく、わからないながらもいろいろ工夫して、一緒に野球を楽しんでしまうところがすごいと思います。

 これが、子どもたちと重度障がいのけんいち君との出会いが生み出した元気物語です。

 後日1年生のくんくんからお手紙が来ました。

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 『とがった心が丸くなる』電子本はアマゾンで発売中です。

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 すでにお読みの方は、このサイトの下の方にある「カスタマーレビュー」にぜひ感想を書いてください。

『街角のパフォーマンス』が電子本に

『街角のパフォーマンス』が『とがった心が丸くなる』にタイトルを変えて電子本になりました。  

        f:id:pukapuka-pan:20210415234701j:plain

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 30年前に書いた本です。でも、中身は古くありません。古いどころか、30年前でありながら、そこで作り出したものは、時代のはるか先へ行っていた気がします。

 「共生社会を作ろう」とか「ともに生きる社会を作ろう」といった言葉も、今ほど社会に広がっていない時代でした。障がいのある人たちに惚れ込み、一緒におもしろいことやろう!と、ただそれだけの思いでいろいろやっていたのですが、気がつくと、いっしょに生きる社会が小さいけれど自分のまわりにできていました。未来を先取りしていた、といってもいいかもしれません。

 支援とか指導ではなく、ただ一緒におもしろいことをやる。そんなフラットな関係で障がいのある人たちとつきあってきました。彼らとのそんなおつきあいのおかげで、今までにない新しいものが生み出せたように思います。新しい文化、といっていいほどのものです。障がいのある人たちがいることで生まれる文化です。障がいのある人たちを排除しない文化です。障がいのある人もない人もお互い気持ちよく暮らせる文化です。社会が豊かになる文化です。この本は障がいのある人たちと一緒に作り出した元気物語です。

 

 30年前に比べ、福祉の制度は格段に進化しました。その一方で、2016年7月津久井やまゆり園で19名もの重度障害の人たちが殺されるという悲惨な事件がありました。「障害者はいない方がいい」「障害者は不幸しか生まない」という勝手極まりない理由で何の罪もない人たちが19名も殺されたのです。

 ところが、あれだけの事件でありながら、事件から4年たった今、社会は何も変わりませんでした。福祉施設での障がいのある人たちへの虐待は相変わらずです。障害のある人たちのグループホームを建てようとすると、多くの地域で反対運動が起こります。「自分の住む地域に障害者はいない方がいい」と多くの人が思っています。「障害者はいない方がいい」は犯人だけでなく、社会の意思でもあったのだろうと思います。

 

 障がいのある人たちを排除する社会は、許容できる人間の幅が狭くなります。みんなの心がとがってきます。お互いがどんどん窮屈になり、息苦しさが増すばかりです。

 そんな社会は、どうやったら変えられるのでしょう。それは私たちが障がいのある人たちといっしょに楽しく生きていくことだと思います。彼らとおつきあいすると、私たちのとがった心が丸くなります。社会が、ゆるっと緩やかになります。この本にはそのためのヒントがいっぱいあります。それを一つでもいい、自分の地域でやってみて下さい。まわりの社会が少しずつ変わってきます。

 

★文中「知恵おくれの子どもたち」とか「精薄」といった言葉が使われています。今は「知的障害」といわれていますが、当時の彼らに対する社会の視線が感じられるので、あえてそのままにしてあります。

 

★電子本はなんと900円。安いです。900円で元気物語を読んで、元気になれたら、これはすごくトク!です。

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彼らといっしょに生きていくと、みんなが生きやすくなる。

 4月17日(土)午後2時から第6期演劇ワークショップをめぐって「ぷかぷか作り隊」のトークセッション〔Facebookで)があります。『第6期演劇ワークショップ記録映画』のYouTube上映は4月14日〜17日。映画の鑑賞についてはnoteの記事の最後の方に書いてあります。

note.com

 

 演劇ワークショップについては、こちらの記事がその意義について語っています。まさに記事のタイトルがそれです。

www.pukapuka.or.jp

 

 彼らといっしょに生きていくと、障がいのある人たちが加わる分、社会の幅が広がり、みんなが生きやすくなるのです。社会が豊かになるのです。

 演劇ワークショップ記録映画は、その豊かさを具体的に見せてくれます。ぜひ見て下さい。

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「私たち、ここが違って、ここが同じだね」なんて話がしたくなる集まりをします。

友達大作戦進行中です。

www.pukapuka.or.jp

 

 かずやさんのことを伝える「かずやしんぶん」は、第1号が大体でき上がりましたが、ページ数が多すぎて、読む人にとってちょっと負担かなと思いました。せめて「ぷかぷかしんぶん」なみに6ページくらいに収めてくれるように要請しました。小さなしんぶんですから、さらっと読めるぐらいがいいです。  

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 もっと詳しいことを伝えるために、「かずやさんとその仲間たち」という名前のサイトを立ち上げた方がいい、という提案もしました。今日、こんなおもしろいことがあった、こんなおいしいものを食べた、といった日々の出来事、お茶会やりますとか、みんなで街の掃除します、といったイベントのお知らせも発信しましょう。一矢さんの自立生活のリアルが伝わるサイトです。

 

 一矢さんの似顔絵をラベルに使った「かずやクッキー」を作ろうという話もあります。「いつも大声出してごめんなさい」のひと言も入れておきましょう。苦情をよこしている二階の人に、手作りのコーヒーカップと一緒に持っていけば、多分印象がずいぶん変わります。

 

 というわけで、昨日はそのコーヒーカップを作りました。

      まずは粘土を伸ばします。

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      コーヒーカップの側面に当たる部分を切り抜きます。

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     それをジュースの缶に巻き付け、コーヒーカップの形を作ります。

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      ジュースの缶とそれに巻き付けた新聞紙を取ります。

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     ソーサーを作るための粘土を伸ばします。

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    完成!

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 7月31日(土) 桜木町駅前の横浜市健康福祉総合センターホールで上映会とやまゆり園事件に関するトークセッションをおこないます。上映する映画は『いろとりどりの親子』と『Secret of Pukapuka』です。

 『いろとりどりの親子』の映画の情報はこちら

longride.jp

 映画のレビューにこんなのがありました。

●「違うこと」を受け入れることで、輝きに溢れる「幸せ」を前に、「普通」という言葉があきれるほどに意味を失いモノトーンであるリアルをこの映画が教えてくれる。

●たとえば人よりも目立ちやすい側面があったとしても、人と自分は全く違うわけではないし、全く同じわけでもありません。すごく当たり前のことです。   なのに社会の中にいると簡単に「違う」とか「同じ」とかくくってしまいそうになることが多くあります。 それに待った!をかけて、「私たち、ここが違って、ここが同じだね」なんて話がしたくなる作品でした。

 

 『Secret of Pukapuka』は、社会から排除されることの多い障がいのある人たちが、ぷかぷかにあっては、なんと「ぷかぷかさんが好き!というファンがたくさんいます。なぜなのか、そのヒミツに迫る映画です。

www.youtube.com

 

 ぷかぷかができて1年くらいたった頃、「ぷかぷかしんぶん」を広い団地の中で配っていて、迷子になった方がいました。地域の方から電話がありました。

「ぷかぷかさんが迷子になってますよ。私が見ててあげるから迎えに来て下さい」

 地域の人たちはこんな風に見ててくれてたんだ、ってうれしくなりました。「ともに生きる社会を作ろう」とか言ったわけではなく、ただ日々の活動をコツコツ続けていく中で、こんな風に見てくれる関係が自然にできていたのです。

 

 一矢さんも、こんな風に見てくれる関係が、地域に自然に広がっていくといいな、と思っています。それが「友達大作戦」の思いです。

 いろんな人がいること、それが地域社会の豊かさです。一矢さんの話を手がかりに、そんなことを考える集まりにしたいと思っています。

 上映会、トークセッションの詳しいことが決まりましたら、またお知らせします。とりあえず7月31日〔土〕あけておいて下さい。冒頭、多分ツジさんが勝手に歌を歌います。お楽しみに。

「あ、やった!伝わった!受け取ってもらえた!」と嬉しくなりました。

北海道から来たウエムラさんの日記です。ぷかぷかさんとのおつきあいが、とても丁寧です。

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【ドライカレーをどうやって食べる?】

 4月7日、でんぱた見学日。この日のお弁当メニューの主食はドライカレーでした。

 昼食時、私はモリさんの隣に座ってお弁当を食べることになりました。「特に介助とか必要ないと思うんで」と、スタッフさんから言われていたのですが、隣でお弁当を食べながら、モリさんがご飯ばかり食べ続けているのが気になり始めてしまいました(お弁当箱の中には、ご飯とカレールーが別々に盛り付けられていました)。まずはご飯から食べきってしまうのがモリさんのいつものルールなのか、単純にご飯が好きだから最初に食べているのか、もしくはおかず(おかずというか、この日の場合はカレールー)を残しておきたいからご飯を先に食べているのか、ご飯とルーとが別盛りの状態になっているカレーを食べたことがないから食べ方がわからないのか、本当の正解がどれなのかはわかりませんでしたが、ごにょごにょ頭の中で考えた結果、「いや、やっぱり、私がモリさんの立場だったとしても、しょっぱいルーだけあとから食べるより、ご飯と一緒に食べたほうが美味しいんじゃないか」と思い、私は「モリさん。ご飯とルー、一緒に食べたほうが美味しいかもしれないですよ」と、言葉で指差ししながら伝えてみました。しかし、言葉で伝えただけでは上手く伝わらなかったようで、モリさんはお箸でご飯だけを食べ続けています。うーん…。今度は、モリさんの肩をトントンして注意を引いてから、私のスプーンを見せて、ご飯をすくって、ルーをすくって、自分の口に運んで食べる、という流れをゆっくりやってみました。すると、モリさんはお箸を置いて、スプーンを手に取って、私と同じように、ご飯をすくって、ルーをすくって、という順で食べ始めました。

 実際のところ、モリさんはご飯とルーを別々に食べたかったのかもしれないですし、私がご飯とルーを一緒に食べるように勧めたのが正しいことだったのかはわかりません。余計なことだったのかもしれません。でも、モリさんがご飯とルーを一緒に食べ始めたとき、なんとなく私は、ただ単純に「あ、やった!伝わった!受け取ってもらえた!」と嬉しくなりました(モリさんがどう思っていたのかわからないので自己満足に過ぎませんが…)。

 慣れているスタッフさんにとっては何も珍しくないことなのだと思いますが、言葉だけでやりとりするのが少し難しい人とかかわる機会があまりなかった私にとっては、自分があたりまえだと思っていたやり方では上手くいかないという戸惑いや、どうしたらいいのか頭を巡らして失敗する経験、そして、伝えようとしたことを受け取ってもらえたときの嬉しい感覚など、その一つひとつが新鮮な出会いでした。

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 やまゆり園事件の裁判で、食事を流し込むようにして食べさせているやまゆり園の実態が明らかになりました。

 ウエムラさんの対応と何という違いかと思いました。相手と人としてつきあうのかどうか、ということだと思います。

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関係性に出会っている

『ぷかぷかな物語』読んで、北海道からやってきたウエムラさんの日記です。

 ぷかぷかではメンバーさんとスタッフの関係は、「支援」する、される、という関係ではありません。いっしょに生きていく、一緒にぷかぷかを作っていく、という関係です。それをウエムラさんはビジターの新鮮な言葉でうまく表現しています。

 

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【「ぷかぷかさんとの出会い」を支えるスタッフさんたちの存在】

 

 昨日、施設長の魚住さんが「ぷかぷかのメンバーさんとスタッフさんって一体なんですよね」とおっしゃっていました。たった1週間の見学では、その言葉に込められた真意をわかることは到底できませんでしたが、ぷかぷかに来てから、メンバーさんとスタッフさんのかかわりあいを見ていて私なりに感じたことを少しまとめておきたいと思います(「メンバーさん」と「スタッフさん」というふうに二分してしまっていいのか、少ししっくり来ない部分もあるのですが、ここではとりあえず「メンバーさん」と「スタッフさん」と書きます)。

 

4月8日、おひさまの台所の前で、おひさまスタッフの石神さんと話していたときのことでした。石神さんが、おひさまの店前を歩くヨッシーさんの姿を見つけて、「あ、ヨッシーさん」と呼び掛けました。

「あ、ヨッシーさん、今日のおすすめは何にしますか?」。おひさまの今日のおすすめメニューを決めるのは、ヨッシーさんの毎日の仕事の一つだそうです。

彼は、おひさまの台所の店頭に並ぶお弁当や総菜を見回して一瞬逡巡したのち、「鮭と菜花弁当」を今日のおすすめメニューに選びました。

 2人のやりとりを傍らで見ていた私に、石神さんがこんな話をしてくれました。「彼はね、すごいんですよ。彼はいつもね、わかってくれるんです。私がいつも『今日これ多いから売りたいんだよねー』とかって何気なく言ってたからか、きちんとわかってくれて、たくさん残ってるのとか、数が多いのとかをおすすめメニューに選んでくれるんですよ」。

 チョークとミニ黒板を持って、アート屋わんどの入口前に置かれた椅子に移動し、今日のおすすめを黒板に書きはじめるヨッシーさん。おすすめを書き終えると、今度は大きい立て黒板を持って来て、今日のメニュー表を書き始めました。ときどき手を止め腕組みをして、じーっと遠くを見つめながら、何か考えています。どうやら一つひとつのメニューを何色で書くかを考えているみたいです。石神さんによると、ヨッシーさんは色使いがとても細やかで、コロッケの色が揚げ油の中でだんだんと変化していく様子を見るのとかも好きなのだそうです。「自分で厨房で作ってるからわかるんですよね。そういうの(色の変化を見るのとか)もすごく好きみたいで」。

 石神さんの話を聞いたあと、ヨッシーさんが今日のおすすめやメニュー表を少しずつ描きあげていく様子を見ながら、うまく言葉で表現できないのですが、おひさまの「今日のおすすめ」の看板は、ヨッシーさんと石神さんが相互にかかわりあうなかで生まれている協働作業の結果でもあり、ある意味では、2人が一緒に描いているものでもあるのかもしれないな、と思いました。実際に黒板に字を綴っているのはヨッシーさんですが、ヨッシーさんが“ヨッシーさんだけの力”で描いていると言うのもどこか違うような気がしたのです。また一方で、ヨッシーさんがスタッフさんの言う通りに“描かされている”のともまったく違います。「今日のおすすめメニュー」の看板を描くという行為は、2人のあいだの不思議なバランスのもとで成り立っている営みであるように私は感じたのだと思います。

 おひさまの今日のおすすめメニューの話だけではなく、私がぷかぷかに来て、それぞれのメンバーさんのこんな一面やあんな一面に出会うことができるのは、そこにスタッフさんが一緒に居て、「私とぷかぷかさんが出会うこと」をさりげなく支えてくれているからだと思います。たとえば、私のように外から来たお客さんは、ヨッシーさんが描いたメニュー看板や、ミズキさんが描いたお惣菜の品札を見たとき、その看板や品札を通して、それを描いてくれたヨッシーさんやミズキさんに出会うことができます。でもその出会いは、ぷかぷかという場があって、ぷかぷかさんが居て、そしてそこに一緒にスタッフさんが居てくれるから成り立つものです。店先で突然歌を歌い出したセノーさんに遭遇したとき、私はセノーさんその人だけに出会っているのではなく、セノーさんの歌に合いの手を入れるスタッフさんと彼との“関係性に出会っている”のだと思います。セノーさんとかかわるスタッフさんが楽しそうだから、2人のやりとりがなんだか愉快だから、その関係性に出会った外部の人たちは、セノーさんとの出会いを「楽しかったなぁ」と思い返すことができるのではないかと思います。楽しい場面、心地よい場面だけではありません。メンバーさんがイライラしていたり、何か理由があってワーッとなっている場面に出会ったときは、私ひとりでは何が何だかわけがわからず、きっと私も一緒にパニックになってしまうでしょう。でもそこに、いつも一緒に過ごしているスタッフさんがいることで、ワーッとなっていたメンバーさんは落ち着きを取り戻すことができます。そして、私はその2人のやりとりを見ることで、楽しい場面に出会ったときとは違う意味で、心を揺さぶられる体験をすることになります。ぷかぷかのメンバーさんと話していて、私が言葉に詰まってしまったり、反応に困ってしまったとき、メンバーさんの隣にいたスタッフさんが何か一言投げかけてくれることで、私とぷかぷかさんとの新たな出会いが生まれます。その潤滑油がなかったら、私はぷかぷかさんと1次的な意味で出会うことすらできないかもしれません。ぷかぷかという場があることで、外部の人たちとの1次的な出会いが生まれ、そこにスタッフさんがいてくれることで、外部の人たちとぷかぷかさんとの2次的な出会いがより深いものになっていくのではないかと思います。

 4月8日の夜、アート屋わんどにスタッフさんたち何人かが集まっている場に同席させてもらう機会がありました。途中で、話の詳細はよくわかりませんでしたが、外販に行くメンバーについての話が出て、スタッフさんたちは、ここの外販場所はこういう状況だからこのメンバーで行くのがいいのではないか、この人はこの人と一緒のほうがいいのではないかといったことを話し合っていました。外販場所へ買い物に行ったとき、お客さんはぷかぷかさんに出会うことができます。その出会いの中には、ぷかぷかさんとお客さんが直接対峙することで思いがけず生まれる出会いもたくさんあるはずです。でも、その「思いがけない出会い」が生まれる環境をつくることを日々支えてくれているのが、ぷかぷかのスタッフさんたちなのだと思います。

私は、代表の高崎さんの本『ぷかぷかな物語』を読んで、ぷかぷかに行ってみたいなぁと思った(そして実際に来てしまった)一人ですが、高崎さんの本からだけでは、ぷかぷかさんと一緒に生きているスタッフさんの姿はあまり見えてきませんでした。実際にぷかぷかに来てみて、「そんなところまで考えてるんだ…」と思ってしまうようなことを日々考えながら、ぷかぷかのメンバーさん一人ひとりがその人らしく過ごすことを支えているスタッフさんの姿に、ほんの少しでしたが触れることができて、本当に勉強になりました。ありがとうございました。

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【 店先で突然歌を歌い出したセノーさんに遭遇したとき、私はセノーさんその人だけに出会っているのではなく、セノーさんの歌に合いの手を入れるスタッフさんと彼との“関係性に出会っている”のだと思います。】

 “関係性に出会っている” いい言葉だなと思いました。ぷかぷかさんたちとどんな思いでつきあっているのか、それがお客さんには全部見えるんですね。ハッピーな気持ちでつきあっていれば、お客さんもハッピーにします。

 ウエムラさん、いい言葉をありがとう!

彼らといっしょに生きる理由、いっしょに生きる意味を語っている

 演劇ワークショップ、今年も中止にします。コロナ禍にあっては、みんなで思いっきり歌が歌えません。みんなでべちゃくちゃと芝居作りの話し合いができません。なので、去年に引き続き、今年もやめることにしました。

 とても残念に思っています。

 演劇ワークショップはみんなで芝居を作ります。演出家が書いた台本を元に芝居をするのではなく、みんなであーだこーだ言いながら芝居をつくっていきます。ぷかぷかさんたち、つまりは障がいのある人たちといっしょに新しいものを創り出すクリエイティブな関係にあるのです。

 彼らがいるからこそできるものが、ここから生まれます。彼らといっしょに生きると何が生まれるかが具体的に見えてきます。それはいっしょに生きる理由を明確に語っています。あーだこーだ理屈っぽい話ではなく、誰にでもわかる芝居という形で、彼らといっしょに生きる理由、いっしょに生きる意味を語っているのです。

 

 演劇ワークショップをやっていると、障がいのある人に向かって「あなたにいて欲しい」「あなたが必要」とごく自然に思えます。そう思える関係が自然にできるところが、演劇ワ−クショップという場の素晴らしいところです。ですから、でき上がった芝居にはそういった関係がいっぱい詰まっていて、見る人にもそれが伝わります。

 「あなたにいて欲しい」「あなたが必要」というメッセ−ジです。

 

 津久井やまゆり園事件で「障害者はいない方がいい」というメッセージが拡散されました。「あなたにいて欲しい」「あなたが必要」と思える関係と真逆の関係です。にもかかわらず、事件のメッセ−ジに共感する人がたくさんいました。社会の実情が見えた思いがしました。

 「それは違う」とはっきり言っていかないと社会がだめになると思いました。「障がいのある人たちとはいっしょに生きていった方がいい」と、今まで以上に言っていく必要があると思いました。

 それまで以上に演劇ワークショップには力が入りました。助成金申請書にも思いを目一杯込め、事件以降、100万円の満額回答を3年連続で勝ち取りました。

 にもかかわらず、それを諦めざるを得ない状況に追い込まれました。本当に悲しいです。

 来年になれば、新型コロナウィルスの感染状況が収まっているのかどうか全くわかりません。人と人のおつきあいがふつうにできない、というのは大きな社会的な損失を生むのだと思います。

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好きだなぁ、この人たち

 何するわけでもなく、ただ一緒にひなたぼっこする時間が、もう抱きしめたいくらい愛おしい。北海道から来たウエムラさん、今日はそんなひなたぼっこをぷかぷかさんと一緒にしました。

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【今日、3人でひなたぼっこしたねー。楽しかったねー。】

 ぽつぽつとメンバーさんが帰路に着き始める時頃のアート屋わんど。机の一角で、アサノさんが日記を書いていました。「アサノさん、毎日日記書いてるんですか?」と私が尋ねると、答えの代わりに、「今日3人でひなたぼっこしたねー。楽しかったねー。またやろうねー」という言葉と、何ともいえない幸せそうな顔が返ってきました。昼食後の休憩時間に、わんどの前の階段付近でアサノさんとオブカタさんと一緒にひなたぼっこをしていたのですが、それを思い出して日記に書いてくれていたようです。

 私は、アサノさんの言葉を聞いて、もう一回ひなたぼっこをしたような気持ちになりながら、私も今日のひなたぼっこのことを日記に書こうと思ったのでした。

 特別何かをしたわけでもなく、特別何かについて語り合ったわけでもなく、ただ一緒に、ぼんやりとひなたぼっこをしただけでしたが、そんな何気ない時間にこそ、大切なことがいっぱい詰まっているような気がします。

 

【名前知らなくても、まずはみなさん「こんにちは!」】

 アサノさんとオブカタさんと一緒に、アート屋わんど前の階段付近で昼食後のひなたぼっこをしていたときのことでした。わんどに向かって左手の団地出入口から、3~4歳くらいの小さな女の子とお母さんが出てきました。女の子が、私たちの目の前を横切ってターッと駆けて行きます。ちょうどそのとき、おかし工房にじいろの厨房から、黄色いエプロンを付けた男の子がチョロッと顔を覗かせて、「こんにちは!」と女の子に向かって親しげに手を挙げました。私は、その様子を見て、女の子とお母さんはぷかぷかの常連さん親子なのかなぁと思ったのですが、次の瞬間、黄色いエプロンの男の子の口から出てきた言葉に思わず笑ってしまいました。

「・・・あ、誰?誰だっけ!?」。「誰だっけ?」と首を傾げながら、男の子はまた「こんにちは!」を繰り返しています。私と一緒にひなたぼっこをしていたアサノさんも、「こんにちはー! 名前はー?」と言いながら、女の子とお母さんのほうへ駆け寄っていきます。

 女の子とお母さんが買い物を終えて帰る時には、アサノさんと黄色いエプロンの男の子は、「○○ちゃん、ばいばい。また来てねー」と、団地の出入り口までお見送りしていました。

 見知らぬ人と人とのあいだにある壁をひょいと飛び越えてしまう2人を見ていて、「好きだなぁ、この人たち」と思ってしまう人は、きっとたくさんいるんじゃないかなぁと思います。

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 日々おつきあいしてると、つい忘れてしまっている大切な時間を思い出させてくれました。ウエムラさん、ありがとう。

 晴れた日にはぷかぷかさんと一緒にひなたぼっこしよう。まったりした時間の中で、ひょっとしたら忘れていた大切なものを思い出すかも。いや、思い出さなくてもいい。おひさまのあたたかさの中で、何もかも忘れよう。ああ、いい気持ちって思うだけでいい。そばにはぷかぷかさん。幸せなひととき。

 

 知らない人との間にある垣根から全く自由なぷかぷかさん。どうして私たちにはあの自由さがないんだろう。あの自由さがあれば、世界はもっと平和になる気がする。

 

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