ぷかぷか日記

セノーさんと出会って、その大事なものを思い出したのかも

 今日は健康診断でみんなでみどりの家診療所に行きました。

 全部終わって帰りがけ、セノーさんは三宅先生にお願いをしました。

 

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 全部言うのに5分近くかかりました。それを三宅先生は根気よく待っていてくれました。

 三宅先生はこういう人とのおつきあいは日常的にあるので、待つのも慣れています。ぷかぷかの近くの郵便局のお姉さん達は、はじめてセノーさんと行った頃はまだまだ慣れていませんでした。ですから、セノーさんの言葉が出てくるまでの時間は、本当に長く感じたのだろうと思います。私がそばにいたとは言え、

「この人何するんだろう」

とドキドキしながら待つ時間は、すごく大変だったと思います。

 でも、この大変さこそが郵便局を耕したのだと思います。あの時私が

「この人は言葉が出てくるまで時間がかかるので、待ってあげてください」

なんて事前に説明していたら、待っている間の大変な思いはありません。

 大変な思いをして待ったあと、ようやく

「ああ、スタンプ台かして下さい」

といい、それを聞いたときのお姉さん達の笑顔には

「ああ、こういう人だったんだ」

ってセノーさんと出会ったうれしさがそのままでているようでした。思ってもみないセノーさんとの出会いです。 

 

 「早く言いなさい」とか「早くやりなさい」と、つい私たちは言ってしまいます。でも、私たちはそんなとき、何に向かって、どうしてそんなに急いでいるのだろうと、セノーさんとおつきあいしながら思います。

 緑区役所の人権研修会ではセノーさんのしゃべり出すのをみんなじっと待っていました。感想にこんな言葉がありました。

 「言葉が出てくるのを待つ時間のおだやかさに、今の社会が忘れているものを感じました。」

 

 郵便局のお姉さん達も、セノーさんと出会って、その大事なものを思い出したのかも知れません。

 

ぷかぷかが生みだしたものが光って見えます

 8月28日(火)午後6時10分からNHK首都圏ネットワークという番組でぷかぷかの取り組みが紹介される関係で、今日追加取材がありました。

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 NHKの記者に

 「どうしてこんなに情報発信するのですか」

と何度も聞かれました。

 「ぷかぷか」は養護学校教員時代、障がいのある子ども達に惚れ込み、彼らと一緒に生きていきたいと思って始めました。街の中に作ったのは、街の人たちに素敵な彼らに出会って欲しいと思ったからです。ただ待っているだけでは、出会う人は限られてしまうので、外販に出かけたり、パン教室をやったり、演劇ワークショップをやったりして、街の人たちと出会うきっかけをたくさん作ってきました。

 情報発信もその流れから出発しています。

 「見て見て、こんなすてきな人たちがここにいるよ」

というメッセージです。この情報発信のおかげで、ぷかぷかさんのファンはお店に来る人たちだけでなく、九州から北海道まで広がっています。

 ホームページのアクセス数は現在33万、ブログのアクセス数は32万です。これだけのアクセス数があったのも、ほとんど毎日のように更新したおかげです。

 

 情報発信によってできた関係は、「障がいのある人たちに何かやってあげる」とか「支援する」といった関係ではなく、「一緒に生きていくといいよね」って思える関係です。「ぷかぷかさん、好き!」「ぷかぷかさん 素敵!」って思える関係です。

 「障害者はなんとなくいや」「近寄りたくない」「怖い」などと考える人の多い社会にあって「ぷかぷかさん、好き!」とか「ぷかぷかさん 素敵!」って思える関係ができたことは画期的だったと思います。

 社会はこういうところから変わっていくのだろうと思います。障がいのある人たちを排除するのではなく、「一緒に生きていきていってもいいな」と思う人がここから生まれているのですから。ここから社会が豊かになっていくのだと思います。

 もちろん最初からそのことを考えて情報発信してきたわけではありません。ただ彼らに惚れ込み、

「見て見て、こんなすてきな人たちがここにいるよ」

「こんな人たちとは一緒に生きていった方がトクだよ」

という思いを日々いろんな形で発信してきただけです。

 結果、「ぷかぷかさん、好き!」とか「ぷかぷかさん 素敵!」というたくさんのファンができ、ここから社会が変わり始めているな、と気がついたのです。

 ですから、彼らの魅力というのは、こんなふうに社会を少しずつ変えていくチカラがあるのではないかと思います。

 

 小さい頃から障がいのある人とない人はずっと分けられています。障がいのある人たちと一緒に生きて行くにはどうしたらいいのか、と考える機会を奪われてきた、といってもいいと思います。あるいは一緒に生きていくことで生まれる豊かさ、といったものも経験する機会がなかったと思います。

 そういう中で、ぷかぷかの発信する情報にふれ、障がいのある人たちと出会う人が増えたことは、ものすごく意味のあることだと思います。

 「障がいのある人たちと一緒に生きていくって、こういうことだよ」

 「障がいのある人と一緒に生きていくと、こんなに楽しいよ」

 「障がいのある人と一緒に生きていくと、こんな豊かなものが生まれるよ」

を具体的に示しているのがぷかぷかのメッセージです。「共に生きる社会を目指そう」とか「共生社会を目指そう」といった抽象的なメッセージではなく、皮膚感覚で伝わるようなあたたかみのあるメッセージです。

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 こんな写真見たら、誰だって、

「なんか友達になってもいいかな」

って思います。障がいのある人たちを、そんなふうに肯定的に受け止める人をたくさん作ってきたのが、ぷかぷかの情報発信です。

 あれができない、これができない、といったマイナスイメージの多かった障がいのある人たちですが、そうじゃないよ、というイメージで置き換えたのがぷかぷかの情報発信です。

 彼らを排除するような文化に対して、一緒に生きていった方がいい、という新しい文化を発信したと思います。社会を豊かにする文化といってもいいと思います。 

 

 

 障害者雇用の現場で障がいのある人への虐待が多くなっている、と先日朝日新聞が報道していました。

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 本当に悲しくなるような記事です。障害者法定雇用率を義務づけ、無理矢理障がいのある人たちを雇用させた結果だろうと思います。

 厚生労働省のホームページには、どうして障がいのある人を雇用するのか、そうすることでどんないいことがあるのか、といった話は一切ありません。そういう話抜きで、いきなり、障害者法定雇用率だけを義務づけています。

 そういう無理矢理の結果を、全部現場の障害者が引き受けているのです。記事にそういう突っ込んだ考察がないのはなんとも残念です。厚労省担当者の事態を招いた責任を全く感じていない分析などはそれこそ無責任の極みであり、啓蒙活動によって虐待防止を図るなんて、事態の受け止め方が甘すぎます。

 

 いずれにしても、文化の貧しさのようなものを感じます。

 寒々しい風景の中、ぷかぷかが生みだしたものが光って見えます。

 

 

 

 

ぷかぷか栃木の旅

 ぷかぷか栃木の旅にいってきました。リアルタイムでFacebookに投稿しているので、ここではアップできなかった写真で旅の様子をお知らせします。

 私(タカサキ)は鉄道チームだったので、鉄道博物館の旅が大きなイベントです。大宮からのニューシャトルはコンクリートの軌道上に敷かれたゴムの道上をゴムタイヤの列車が走ります。一駅だけの旅ですが、もうこれに乗るだけで、なんかわくわくします。

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 鉄道博物館のすごいところはかつての人気車両の実物が展示されていることです。その展示スペースは上から見るだけでわくわくします。その中心はかつてその優雅な姿が貴婦人とも呼ばれたC57蒸気機関車です。12時に汽笛が鳴り響きます。

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大きな動輪には圧倒されます。

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古い電気機関車の運転席

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古い通勤電車の中

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寝台特急「あさかぜ」

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「あさかぜ」の3段寝台列車

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新幹線開業当初の0系

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 そのほかのぷかぷかさん達もそれぞれ鉄道博物館を楽しんだようでしたが、みんなばらばらだったため、様子がわかりません。わかり次第またお知らせします。

 

 ホテルでバス組と合流

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上野さんご夫妻とも合流

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温泉に入ったあとの宴会では上野長一さん68歳の誕生日のお祝いをしました。

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すごいごちそうでした。

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次の日に予定しているカカシ作りの頭の紹介がありました。上野礼子さんがモデルです。

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このあと楽しいカラオケタイムがあったのですが、そのときの様子はすでにFacebookにアップしましたので、カカシ作りワークショップに行きます。

 

 カカシの衣装がたくさん並んでいます。

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 カカシにつける飾りを作ります。

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お腹をふくらませる工夫をします。

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からだに絵を描きます。

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カカシのモデルになった上野さんちのねこKAIくん

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上野さんのカカシにズボンをはかせます。

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ギターを持たせます。

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カカシを田んぼに運びます。

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楽しいカカシが田んぼの中に立ちました。

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カカシのあとはスイカ割り

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皮は田んぼへ投げます

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そして上野さんとお別れ

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上野さんとぷかぷかさん達がどんなおつきあいをしたか、とてもよく見えます。

こういうおつきあいを旅先で作ってくること、それがぷかぷかの旅です。

 

 

バス組、電車組に別れて横浜へ。

電車組の人たちのホームでのたたずまいがいいです。

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 帰りの電車の中、ずっとおしゃべりの続いていたツジさんに

「きちがいじゃないか」

などと失礼なことをいったおじさんがいました。

 幸いトラブルになることもなく終わったのですが、いまだにこういうことを言う人がいる社会であることは忘れないようにしたいものです。そしてそんな社会に対して私たちは何をしていけばいいのか、ということです。

   黙っていれば、この社会、つまりは相模原障害者殺傷事件を起こすような社会は、いつまでたっても変わりません。ぷかぷかさん達の社会的生き辛さはずっと続きます。彼らの生き辛さは私たちの生き辛さにつながります。

 「それはおかしい」と社会に対して言い続けること、障がいのある人たちと「あなたと出会えてよかった」といえるような出会いをあちこちで作り続けること、彼らと一緒に「いい一日だったね」って言える日々を積み重ねること、それをこれからもやり続けていきたいと思っています。

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自分のように悩んでいる子がいたら「大丈夫だよ」と抱きしめてあげたい

 先日ワークショップに参加した高校生のタイガくんは小学生の頃、吃音でいじめられたそうです。中学1年生の時に書いた作文をお母さんが見せてくれました。

 

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 「そのしゃべり方、いらいらするからやめてくれる?」

小学校3年生の時、突然そういわれて、吃音のある僕は何も言い返すことができなかった……。僕の場合は、最初の語句がつっかえたり、「…っ、…っ」と言葉が出てこなくなったりしてしまう…。どもると、笑われたり、まねをされたり、「どもり星人」とからかわれたりした。そんな時、僕は一緒にふざけて笑っていたけれど、本当は体の中の水分が全部涙になってしまうような気がしていた。自分の伝えたいことがうまく伝えられないもどかしさ…。心の中は劣等感の塊で、僕は何度も自分が嫌いになった。

 そんな僕が吃音と少しずつ向き合うことができるようになった。そのひとつはA君の存在だ。5年生になって、僕は特別支援級のA君と仲良くなった。ある時、A君と話をしていると、言葉が詰まって出てこなくなった。出そうとすればするほど、顔はゆがみ、肩に力が入る。その時A君は

「はいー。深呼吸100万回ー。落ち着いて。落ち着いて。」

と、僕の背中をさすってくれた。今まで笑われてばかりいた僕はびっくりした。そして自分のことをわかってもらえたことに、心が喜びでいっぱいになった。そしてA君は、自分は大きな音が苦手であることを話してくれ、「お互い、いろいろあるけれど、がんばろう!」と励ましてくれたのだ。A君の優しくて力強い手のひらのぬくもりが伝わった。

 ふたつめは「言友会」のみなさんとの出会いだ。言友会は、吃音の人たちが集まっていろいろな思いを語り合うセルフヘルプグループ…

 交流会で一番驚いたのは、吃音で言葉がつまっても、話すことをやめないで、誠実に最後まできちんと話していることだ。決して流ちょうとは言えないが、優しく相手に考えや思いを伝えている。ただ慰め合うだけの会ではなく、自分としっかり向き合って努力しているんだなと感動した。それに比べて、僕はどもりそうになると、話すのを途中でやめてしまうことが多かった…。「どもるのが悪い」と吃音のせいにしてきたが、本当は自分のせいだったのだと気づかされた。

 この春、僕は中学生になった…。新しいクラス、新しい友だちに今まで伝えられずにいた自分の素直な気持ちを伝えてみた。

「なぜこんな話し方になるのかよくわからないんだけれど、吃音だから、こんなふうにどもっちゃうんだ。でも、みんなわかって欲しい。笑わないで欲しい。」

と。友だちは「そっか…」といって黙って聞いてくれた。「わかる、わかる、しんどいよね」と共感してくれる友だちもいて、僕は自分の気持ちを伝えてよかったと思った。自分の思いを受け止めてくれる友だちがいる。まるでA君が隣にいて、背中をさすってくれるように僕の体温があたたかくなった…

  人は人によって傷つけられてしまうけれど、一方で、人によって救われることもある。「大丈夫だよ」「そのままでいいんだよ」とたった一言、いってもらうだけで気持ちが楽になり、明日もがんばろうと勇気が湧いてくる。

 僕は、これから少しずつ大人になっていくけれど、吃音への理解がもっと深まり、吃音のある人が吃音のままでも大丈夫な社会になったらいいと思う。将来僕は小学校の先生になって、自分のように悩んでいる子がいたら「大丈夫だよ」と抱きしめてあげたい。相手の心の痛みがわかる人になりたい。僕がA君にしてもらったように。

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 人は傷つき、悩むことで、こんなにも成長するんだとあらためて思いました。中1とは思えないくらい深い言葉があちこちにあります。

 最初にタイガ君を救ったのが支援級の子どもだった、というところも意味深いものがあります。普通級の子どもがタイガ君を傷つけ、支援級の子どもがそれを救った、というのは何を物語っているのでしょう。

 こんなすばらしい作文を書いたタイガ君も今、高校1年生。今回のワークショップにはなんと栃木県からお母さんと一緒にやってきました。朝5時に起き、なんと新幹線で来たそうです。タイガ君はとてもおとなしい方で、ワークショップ楽しんでるかなってちょっと心配するほどでした。

 一方地元から参加したツカサ君もすごくおとなしくて、大丈夫かなと思っていました。

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 ところがこの二人がワークショップの中で出会い、今度タイガ君がツカサ君の家に泊まりがけで遊びに来るそうです。お互い傷ついた者同士で、通じ合うものがあったのだと思います。これからがすごく楽しみです。

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私たちは、相手の心にまで届く言葉を一体どれくらい持っているのだろう

 ぷかぷかに久しぶりに来たお客さんにユースケさんは

「なんでこないんだよぉ」

といつものぶっきらぼうな言葉を投げつけたそうです。

 お客さんは

「ごめんね」

っていいながら、そんなふうに自分が待たれていたことに、そのお客さんはちょっと涙ぐんだそうです。

 ぷかぷかさんとお客さんの、そんなおつきあいがいいなと思います。

 接客マニュアルには絶対にない言葉です。でも、お客さんの心にまっすぐに届いたのだと思います。ちょっと涙ぐむほどに。

 ふつうなら

「なんでこないんだよぉ」

なんていい方はさせません。そういうことをさせない私たちの「規範」は、お互いの関係を貧しくしているなぁ、とユースケさんの話を聞きながら思いました。

 ユースケさんよりも優れているはずの健常者の私たちは、相手の心にまで届く言葉を一体どれくらい持っているのだろう、と思います。そこを謙虚に反省するところから、彼らとの新しい関係も、また始まるのだと思います。

 

 ぷかぷかには、ぷかぷかさんとお客さんのこんなすてきな関係がいっぱい転がっています。彼らはこうやって街を耕し、豊かにしているのだと思います。

 

 

こんな顔で「なんでこないんだよぉ」っていわれたら、やっぱりちょっとキュンとなります。

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「障害者雇用」の意味、価値を本気で考えると、すべての人が今よりももう少し幸福に

 中央官庁で「障害者雇用」の数を水増しした、という情けない事件がありました。「障害者雇用」を本気で考えていない証拠ですね。ま、役人なんてこの程度だとは思っていましたが…

 

 「障害者雇用率制度は障害者への差別を禁じ、就労機会を広げるのが目的」

と書かれていますが、

 「障害者を雇用することの意味」

といったものは書かれていません。

 ですから、現場の人間にとっては

 「法律で何%以上雇用しなければならない」(国が2.5%、企業が2.2%)

からやっているだけで、単なる数あわせでしかないのだと思います。

 だから今回のような水増し事件が起こる。

 その人にいて欲しいから雇用したのではなく、法律で無理矢理雇用させられたのであれば、雇用した側も雇用された側も、お互い辛いものがあると思います。

 

 昔から思っていることですが、「障害者雇用」というのは、企業を豊かにするものだと思います。障がいのある人がいることは、ただそれだけで豊かなものを生み出すからです。

 障がいのある人たちを雇用することで、結果的には企業の業績が上がった、という話もありますが、もう少しちがう評価、つまり「彼らの雇用は企業を豊かにする」という評価こそ、現場で共有すべきものだと思います。

 

 養護学校の教員になって最初に受け持ったのは、障がいの重い子ども達でした。おしゃべりすることも、字を書くことも、一人で着替えをしたり、トイレの始末をすることもできませんでした。そんな子ども達でしたが、そばにいるだけで気持ちがなごみ、心がほっこりあたたかくなるのでした。

 人が存在することの意味を、そんなふうに重い障がいのある子ども達が教えてくれたのです。

 彼らが安心していられる社会こそ、豊かな社会です。

 生産性が優先し、生産できない彼らが排除される社会は、豊かさを失い、だんだんやせこけていきます。私たち自身が生きにくくなります。

 

 障がいのある人がいること、そのこと自体に「価値」がある、ということをぷかぷかは見つけてきたと思います。ぷかぷかさん達がありのままに振る舞うことで、ファンができ、ぷかぷかの売り上げを生んでいます。ぷかぷかさんがいること自体に「価値」があるのです。

 写真の二人は何をやっているのかよくわからないのですが、でも、こういったことがぷかぷかのやわらかでほっこりした空気感を生み出しています。

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 ぷかぷかさんがいることの意味を一生懸命考えて考えて考えたあげくに、ぷかぷかさんがいること自体に「価値」があることに気づくことができたと思っています。

  

 これを企業目線で考えるとどうなるでしょう。ぷかぷかは就労支援の事業所だからそんなことができた、ではなく、そういう事業所にできたことが企業にできないことはない、というふうに考えてみたらどうでしょう。企業の中で障がいのある人がいること、そのこと自体に「価値」を見いだすにはどうしたらいいか、を考えるのです。

 生産性ではない、別の価値基準を持ってこないと、この問題は解決しません。たとえば、彼らがいることで生まれるほっこりしたあたたかさに価値を見いだせるかどうか、といったことです。

 企業でそんなことやるのは無理、といってしまえば、そこでおしまいです。でも、どうしたらいいのか、を必死になって考えれば、そこには新しい可能性を持った未来が生まれます。

 障がいのある人たちが企業にいることの意味、それを必死に考えるところにこそ、企業の豊かさが生まれるように思うのです。「障害者雇用」が生み出す豊かさとは、まさにここにあります。

 生産性ではない別の価値基準が見つかれば、障がいのある人たちだけでなく、すべての人にとっても、生きることがもう少し楽になるはずです。

 「障害者雇用」の意味、価値を本気で考えると、すべての人が今よりももう少し幸福になると思います。

 

 

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素敵になりつつある未来が、ほんの少しですが見えてきた気がします

 先日、おつきあいのある印刷会社の社長さんから

 

 都道府県の工業組合の連合会組織である全日本印刷工業組合連合会が発行しているCSR情報誌「shin」というのがあるのですが、次号の特集で障害者雇用について取り上げます。

その記事の中で、ぷかぷかさんと、ぷかぷかしんぶん8月号の終面のコラムについて取り上げ、転載させていただきたいのですが、お許しいただけますか。

 

 という問合せが入りました。最終面のコラムというのはこれです。

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もちろんOKしました。その情報誌にはこんなことが書かれていました。

 

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特集 戦略的障害者雇用

横浜市緑区で、カフェベーカリー、総菜店、アートスタジオなどの障害者施設を運営するNP O法人ぷかぷかが発行している『ぷかぷかしんぶん』8月号に載ったコラム。タイトルは「生 産性のない人が社会に必要な理由」。ぷかぷかに通い、毎日郵便局に売上金の入金に行く仕事を している「セノーさん」が地域で果たしている役割について書かれている。産業革命以来、ひ たすら生産効率の向上を求めてきた近代社会。そのような価値観のもとで経済社会から排除さ れてきた障害者。しかし今、その障害者への差別を禁止し、雇用を促す方向に社会は進んでいる。 経済発展と障害者との共生。一見矛盾する命題への挑戦が始まっている

 ………

障害者 雇用はもはや福祉の文脈で語るのではなく、 企業の「戦力」として活用できるか、その人 材活用のノウハウを持つことができるかどう かという人材戦略の文脈で語るべきであろう。

「生産性」だけの議論に陥ることなく、視野を 広げ、多様な人材がそれぞれの個性を活かし て活躍できる場を創造していくことは、日本 が世界をリードする真の先進国として発展し ていくことにもつながっていくだろう。

ぷかぷかしんぶんのコラム「生産性のない 人が社会に必要な理由」は、経済社会におけ る障害者との共生への具体的道筋を教えてくれているようだ

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 昔養護学校で働いていた頃、一般企業の就職できる人はほんの一握りの、いわゆる優秀な、ふつうの人と同じくらい働ける、つまり生産性のある人たちでした。そういう人たちばかり雇って「障害者雇用」やってます、といわれてもなぁ、と思っていました。

 学校にもよりますが、私のいた学校では、一般企業に就職できるのはせいぜい1割くらい、残り9割の人は福祉的就労、といわれる事業所に行きました。

 その9割の人たちが一般企業で働くには、企業側の発想が変わらないと難しいと思っていました。つまり障がいのある人たちを雇用する理由を、ふつうの人と同じように働けるかどうか、つまり生産性があるかどうかの評価軸ではなく、その人がいることで生まれる職場の豊かさをきちんと見ていくような、そんなふうに発想を変えないと、障がいのある人たちの働く場はいつまでたっても福祉の世界だけにとどまるだろうと思っていました。

 企業側にとってはもったいない話だと思います。豊かになるチャンスを逃しているわけですから。

 

 それを考えると、今回の情報誌に載っている考え方にはとても共感を覚えます。

 【「生産性」だけの議論に陥ることなく、視野を 広げ、多様な人材がそれぞれの個性を活かし て活躍できる場を創造していく 】

 という言葉が、企業の側から出てきたことはすばらしいことだと思います。社会が確実に変わってきているのだと思います。

 そういった発想の中で

【ぷかぷかしんぶんのコラム「生産性のない 人が社会に必要な理由」は、経済社会におけ る障害者との共生への具体的道筋を教えてくれているようだ】

と、ぷかぷかがやっていることが評価され、うれしい限りです。

 

 「未来はもっと素敵だと思い」あるいは「自分の手で、未来をもっと素敵にできると思い」ひたすら突き進んできたのが「ぷかぷか」ですが、今ようやくその素敵になりつつある未来が、ほんの少しですが見えてきた気がします。

 

この人たちが、こんな笑顔で働ける社会こそ、素敵です。

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タヌキの得意技はスカートめくり

  第五期の演劇ワークショップが始まりました。新しいひともたくさん加わり、にぎやかなワークショップになりました。

 自分の名前をいいながらパフォーマンスをするのも、全員がやるとけっこうな時間がかかりました。

 人間じゃんけんはグループに分かれ、体全部でじゃんけんをします。今回は単純に「グー、チョキ、パー」でやりましたが、次回は「サムソンとデライラ」という怪しげなじゃんけんをやります。

 久しぶりにタカサキによるギブ・ミー・シェイプをやりました。場を熱くすること、お互いの関係を作ること、その場でお話を作って演じること、などを大事に、気合いを入れてやりました。

 4グループに分かれ、体を使って舟を作ります。その舟を動かします。はじめは凪ぎ。風が吹いてきて、だんだん強くなり、嵐になり、木の葉のようにもみくちゃにされた舟はついに沈みます。それを体を使って表現します。

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 次はライオンを表現します。昼寝をしているライオンの前をナメクジがやってきます。ものすごく臭いおならをするナメクジとか、ちょっと色っぽい這い方をするナメクジとか、ナメクジの特徴を考えながら作ります。

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 ナメクジの特徴がはっきりしませんでしたが、みんなすごく楽しそうにやっていました。こういう盛り上がりがいいですね。こういうことを繰り返して、お話作りに慣れてもらえたら、と思っています。

 30年ほど前、ワークショップの仲間で、街頭で台所のスポンジを使った人形で芝居を作ったことがあります。地域の子ども達と養護学校の生徒達でやったのですが、みんなワークショップで芝居作りに慣れていたせいか、あっという間に作ってしまいました。

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今のワークショップ集団が、これくらい力をつけてくれるといいなと思っています。

 

 『ほらクマ学校を卒業した三人』のイメージをますむらひろしさんのマンガで伝えました。「赤い手長のクモ」「銀色のナメクジ」「顔を洗ったことのないタヌキ」がどういうものなのかだけを伝え、そこを手がかりに三人のイメージを作っていこう、というわけです。

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 この絵の三人に

「なんでもいいから 一番にな〜れ」

と教えたほらクマ学校の教育理念そのものがおかしいのですが、そのおかしさをどう表現するか、というところが今回の勝負所です。

 

 安見ちゃんのピアノで歌を歌いました。谷川俊太郎の詩『うんこ』にこんにゃく座の萩京子さんが曲をつけたものと、ほらクマ学校の校歌です。

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はじめて歌ったので、まだまだという感じですが…

www.youtube.com

 

お昼を食べたあと、午後にやったデフパペットシアターひとみの善岡さんは「ほらクマ学校を卒業した三人」の特徴をみんなで考えるワークショップをやりました。

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こんな特徴が出てきました。

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  得意技にスカートめくりが出てきたり、ナメクジはビールが好きなんじゃないか、といった意見が出たり、弱点は女の子、が出てきたり、楽しい特徴がたくさん出てきました。

 これを元に、なんでもいいから一番になるために何をやったらいいか、をテーマに簡単なお芝居を作りました。

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 あるグループは、便秘を治す薬を売る、という提案をしました。1セット1万もする高価な薬でしたが、これでぼろもうけして一番になったとしても、あんまり豊かな気持ちにはなれないなぁ、という気がしました。

 一番になって、なおかつ豊かな気持ちになれるものってなんなんだろう。

 生産性の高さで競うのではなく、もっとちがう価値で競う。

 ぷかぷかさんの一人がエアロビで一番を目指します、といってましたが、これは生産性とはちがう価値です。あるいは参加者の一人が、今まで一番になろう、なんて思ったことがなかったけれど、今度は一番になれるものを探したい、と発言された方がいました。今までそういった競争から外れてきた人もいたんですね。

 「なんでもいいから 一番になーれ」

は、ちょっと角度を変えて考えてみると奥が深い言葉のように感じました。

 今後の展開が楽しみです。

 芝居の発表会は来年1月27日(日)です。

私の話を聞いて、一歩前に出た人がいました。

 先日「プチひまわりの会」というダウン症の子どもの親の会の集まりで、映画の上映とお話をさせていただきました。それがきっかけでぷかぷかに来た方のメールです。

 

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7月に初めてぷかぷかを訪れてからその後も何度かパンやお惣菜を買ったり、お昼ごはんを食べにと利用させてもらっています。初日に伺ったときに注文したオリジナルのTシャツも完成し、親子でわくわく楽しんで着させてもらっています。豊かな気持ちになれる絵柄に純粋に感動です!
 
話は変わりますが、8月16日の朝日新聞「声」の投書欄に、ダウン症の息子について書いた私の投書を載せていただきました(写真を添付)。イチ母親の立場で書いた拙い文章なのですが、高崎さんのお話を聞いたりぷかぷかさんの姿を見たりしたことがこの投書の内容のベースになりました。
 
障害のある人と一緒に生きた方がトク。
今日一日が良い日だったかどうか。
 
高崎さんがおっしゃる(またはブログに書いてある)このようなワードが私の中ではとくに心に残って、ダウン症のある息子や上のきょうだいの子育ての指標にしようと思いました。
 
そんな心境が新聞の片隅に通じることができ嬉しかったので、勝手ながらご報告がてらお礼をお伝えしたいと思いメールさせて頂きました。高崎さんの活動やぷかぷかさんの存在は、いわゆる障害児をもつ親にとっても希望的な存在、目指したい社会だなと感じています。

 

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 私の話を聞いて、一歩前に出た人がいるというのはとてもうれしいです。「あすへの一歩」ですね。

「一緒に生きていった方がトク!」という言葉もちゃんと届いていたんですね。以前「トク!」という言葉に抵抗を感じる、といった福祉関係の方がいましたが、素直に受け止めていただいてすごくうれしいです。「共生社会を目指そう」よりも「一緒に生きていった方がトク!」っていう方が、なんか泥臭くて、こっちの方が絶対に人が集まる気がします。人が集まる、というのは、そのことで社会がいい方向へ変わっていく、ということです。

 ぷかぷかがやってきたことが、「障害児をもつ親にとっても希望的な存在」「目指したい社会」と書かれ、親御さん達にはそんなふうに見えているんだと、うれしくなりました。投書された佐々木さん、ありがとうございました。

 

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