ぷかぷか日記

もしもし、ショウヘーです、きょうはぁ

 ショーへーさんの、 なんともやさしい気持ちになれる絵です。

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 ショーへーさんのやさしい気持ちがとてもよくわかります。みんながこんな気持ちになれれば、世界はもっと平和になるのに、と思います。

 

 演劇ワークショップをやっていて、ぷかぷかさんたちの深いやさしさに気づいたことが何度かあります。

 第一期演劇ワークショップでは『森は生きている』を創りました。その中で森にやってきたわがままな女王たちをどうやってやっつけるかという作戦を練ってもらったことがあります。いくつかアイデアは出てきたのですが、みんなふにゃふにゃというか、女王たちをやっつけるだけのチカラがいくらやっても出てきません。どうしたものかと悩みました。

 終わってからの進行サイドの反省会でピアニストの安見ちゃんが

 「みんな悪意がないんだよね」

とぼそんといい、そうか、これだ!と思いました。

 誰かをやっつける物語は、そのいちばんの元に「悪意」がないと成り立ちません。ぷかぷかさんにはそれがないから、誰かをやっつけるというようなアイデアがなかなか出てこないのではないか、というわけです。

 誰かが大事にしているものを取り上げて意地悪をする物語をやった時も、取り上げたものを簡単に返してしまい、意地悪することで成り立つ物語が全く成立しないこともありました。結局ここも悪意がないので意地悪ができないのだと思いました。

 悪意がない、言い換えればぷかぷかさんの深いやさしさを見た気がしたのでした。

 

 芝居の最後、わがままな女王たちをやさしく懲らしめ、「いっしょに歌おうよ」と呼びかける。わがままな人間たちと、12月(つき)の神様たちが共存していく呼びかけです。

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 第2期演劇ワークショップでは谷川俊太郎の詩『生きる』をたたき台に、『みんなの生きる』という物語を創りました。芝居の中に緊張感を作るために、みんなが生き生きと生きるその一番の幸せをぶち壊す「むっつり大王」をお話の中に持ってきました。不平、不満、イライラ等、マイナス感情の塊を象徴する「むっつり大王」です。芝居がいちばん盛り上がるのは、その「むっつり大王」との闘いです。

 どうやってやっつけるのか。進行サイドでいろいろ考えている時に、「むっつりに感染しない人たちもいるんじゃないか」という意見が出ました。ぷかぷかさんたちのことです。ワークショップの中で「むっつりの感染」というゲームをやった時、瞬く間に「むっつり」が広がっていきました。ところが、ぷかぷかさんのまわりで、どうもその「むっつり」があまり広がっていかないのです。

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 「むっつり」は様々な不平、不満、イライラから生まれます。慎ましく自分の人生を楽しんでいる彼らには、そういう気持ちがほとんどありません。彼らこそ、この「むっつり」に覆われた世界からみんなを救い出すんじゃないか、と思いました。

 「いらいらした気分でどうしようもなくなったときや落ち込んだとき、ぷかぷかに行くとなぜか救われた気分になるんです」とワークショップの中でおっしゃった方がいました。

 これだ!って思いましたね。これが「むっつり大王」を退散させるんだと思いました。

 ショーへーさんはふだん仕事が終わると必ずお母さんに電話し、今日はこんな仕事をしました、と報告します。ワークショップの時はその日歌った歌を電話口で歌います。

 「もしもし、ショウヘーです、きょうはぁ ♪ おひさまーが りんごのー はっぱをとおして ひーかる おひさまーが りんごのー はっぱのかげをつーくるー…… ♪ と歌いました。たのしかったです、おしまい」

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 そばで電話を聞いていて、ほのぼのとあたたかい気持ちになりました。この電話にはショーへーさんのやさしさが詰まっていました。この電話で「むっつり大王」を退散させる筋書きを作りました。

 舞台。世の中の「むっつり」がどんどん増えていってその集合体「むっつり大王」がぐわ〜んと最大限大きくなった時、舞台は暗転。スポットライトの中でショーへーさんがお母さんに電話をかけます。

 

 「むっつりのお面」がどんどん増えて「むっつり大王」に

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 ショーへーさんにスポットライト

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 ショーへーさん始め、何人かのぷかぷかさんがそれぞれの持ち味を生かし、あたたかな小さな物語を披露しました。「むっつり大王」は「な、なにをするんだ、どうしてお前たちそんなに楽しいんだ…」といいながら退散します。

 

 演劇ワークショップの中では、何度も彼らのやさしさ、楽しさ、心のあたたかさに救われました。実社会においても、私たちが彼らのそういったものに気づき、それを社会の中で生かせるような仕組みを作れば、今の息詰まるような社会はもう少し呼吸が楽になるような気がするのです。

 あれができないこれができない、だから支援が必要な人たち、と見ている限り、彼らが持っている深いやさしさは見えません。こんなに素晴らしいものを持っているのに、それが見つけられないのは社会的な損失です。

 必要なことは彼らと人としてきちんと向き合うことです。そこで見えてくるものを社会の中で生かすことです。

あなた間違ってるよ

 映画『梅切らぬバカ』にグループホームに反対する人たちが出てくる場面があります。

「どうしてこんな住宅街にグループホームなんか建てたんだよ」「昨日の夜もうるさく眠れなかったよ」「子どもが悪さされるんじゃないかと心配」…

 ひどい言葉が行き交って、見ているだけで気が滅入りました。でも映画はあえてこの問題を深追いしません。多少ともこういった問題に関心のある人にとっては、問題への対応にやや不満を覚えるかも知れません。私もこの問題どうなってしまうんだろうと心配になりました。

 ところが何日か後に、ちゅうさんの隣の家のお父さんが反対している人たちの中心人物に

「あなた間違ってるよ」

とぼそっとひとこと言う場面が差し挟まれています。ここで長々とそのことを話すのではなく、さらっと差し挟まれている、というのがいいなと思いました。こうやって地域社会が少しずつ変わっていくんだよ、という監督の静かなメッセージだと思いました。

 

 お父さんもちゅうさんの家の隣に引っ越してきた頃は、グループホーム反対を叫んでいる人たちと同じような思いでちゅうさんを見ていました。でも、地域で起こったある事件をきっかけに、ちゅうさんと出会うことになります。初めてちゅうさんという人間を知ることになります。ちゅうさんといろいろ話をするわけではないのですが、ちゅうさんのそばにいて、なんとなく心安らぐような気持ちになったのだと思います。

 そしてグループホーム反対を叫ぶ中心人物の言葉を聞き、思わず

「あなた間違ってるよ」

と、ぼそっと言います。ここであーだこーだ論争したりするのではなく、ほんの一言だけぼそっと言う言い方が、いかにも生活に根ざした言葉だなと思いました。

 こういう言葉がじっくりと広がっていくこと、それが地域社会が変わっていくことです。

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 考えてみれば、ぷかぷかを開設した時も、たくさんの苦情が来ました。でも、5年、10年経つうちに、苦情に変わって、たくさんのファンができました。

 ですから地域社会が変わるには、多分時間はかかります。

 でも10年後、たくさんの出会いがあって、

「ここにグループホームができてよかったよ」「ちゅうさんがいてよかったね」

っていう言葉が映画に出てくる人たちからきっと出てくるように思います。

あなたがいて幸せ

 映画『梅切らぬバカ』を見てきました。映画の話は以前から知っていたのですが、たまたま朝日新聞デジタル版に加賀まりこさんの話が載っていました。

digital.asahi.com

 その加賀まりこさんが映画の中心にいるちゅうさんのお母さん役で登場します。

《今回は、ちゅうさんを好きになってほしい、という思いだけで現場にいました。魂を込めて。50歳を迎える自閉症の息子が自分が逝った後もつつがなく暮らせるように、「ちゅうさん元気?」と気にかけてくれる隣近所を作ることだけを願っていました。それしかできないから。そこが伝わってほしい。》

 とあって、これは行かねば、と思い、翌日、さっそく映画見てきました。

 

 障がいのある人が地域で暮らしているとどういうことが起こるのか。すぐ隣の家の人や、グループホームの周辺に住んでいる人たちとの間に生まれる様々な軋轢。それをリアルにわかりやすく見せてくれます。

 社会の悲しい現実。でも、「それはおかしい」と声高に叫ぶのではなく、どこまでも日々の暮らしの中で起こることを通して、地域社会がゆっくり変わっていくことを映画は見せてくれます。

 険悪な隣人との関係も、気がつくと一緒に食事をする仲になっていたりします。このあたり、ストーリー展開が実にうまい。自閉症の忠さんとそのお母さんの誠実な生き方が地域社会を少しずつ変えていきます。

 忠さんを抱きしめながら「あなたがいて幸せ」というお母さんの言葉がすごくいい。お母さん役をやった加賀まりこさんの実生活から生まれた、と記事にありました。 

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     障がいのある人といっしょに生きていく上で

 「あなたがいて幸せ」

と思える関係は、まわりの社会をも豊かにします。

 そんなお母さんの思いが、隣の家の子どもに伝わり、事件をきっかけに家族に伝わり、険悪だった関係が、一緒に食事をするまでになります。みんなが幸せになります。

 お父さんの変わりようがすごいですね。お父さんの人生、これからどんな風に変わっていくんだろうと楽しみになります。

 この幸せ感の共有こそが、いっしょに生きる社会を作っていきます。グループホームに反対している人たちが共有するのも時間の問題だと思います。

 ちゅうさんとそのお母さんが日々幸せを感じながら梅の木のある家で暮らし続けること。それがまわりの社会を少しずつ変えていきます。

 

 

 ぷかぷかはタカサキが養護学校の教員をやっている時に、障がいのある子どもたちに惚れ込み、彼らのそばにいるとなんとも心が安らぎ、幸せを感じたことがそもそもの始まり。惚れ込んだ彼らといっしょに生きていきたいと、ぷかぷかを立ち上げました。「彼らとはいっしょに生きていった方がいいよ」「その方がトク!」というメッセージを様々な形でしつこく発信し続けました。

 たくさんの素敵な出会いがあり、彼らのまわりに「あなたがいて幸せ」と思う人がたくさん生まれました。ぷかぷかのまわりの社会がまぁるく、そして柔らかくなった気がしています。

 

happinet-phantom.com

あーだこーだイロイロあって、うるさくて、面倒で、でも愛おしい!

  先日ぷかぷかに来られた方から感想をいただき、その中に素敵な言葉がありました。ぷかぷかは障がいのある人たちを支援するところではなく、いっしょに生きる場です、といつも言っているのですが、それを実にうまく語っていました。

 

「活気があって、生き生きしていて、ごちゃごちゃしていて、・・・大好きです!」

「みんなそれぞれ、あーだこーだイロイロあって、うるさくて、面倒で、でも愛おしい!」

 

 いっしょに生きるってどういうことなのか、いっしょに生きる場ってどういうところなのか、それをとてもうまく表現していると思います。ぷかぷかに来て、わずか1時間ほどでしたが、感じたままを言葉にしたのですね。

 …にしてもうまいなぁ。言葉に豊かさを感じます。

 障がいのある人たちといっしょに「いい一日を作ろう!」って、あーだこーだいいながら、あっちに曲がったり、こっちに曲がったりして作ってきたぷかぷか。こういう場こそ、今、私たちに一番必要じゃないか、って思います。ごちゃごちゃで、イロイロうるさいけど、なんだか楽しくなれて、自由になれて、彼らのこと愛おしく思えるような場。理屈っぽい話抜きに、彼らといっしょに心地よく生きられる場。

 「あーだこーだイロイロあって、うるさくて、面倒で」は「支援」する人たちがいちばん嫌うこと。そういうことを避けるために「支援」する。そのいちばん嫌うことを、ぷかぷかはどちらかといえば楽しんでやってきた。あーだこーだイロイロあるから毎日楽しいし、うるさいことも面倒なことも全部そのまま引き受けて楽しんできた。だからからこそ、こんなにも彼らのこと愛おしく感じられるぷかぷかができ上がった。

 彼らはたまたまこの時代にいっしょに生まれ合わせた仲間。ならばいっしょに楽しく生きていった方がいいじゃん、て思う。

 障がいのある人の数だけ、こんな場があれば、社会はもっと楽しくて、生き生きとしたものになる気がする。

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ケームホイ(養護学校キンコンカン-⑥)

 養護学校の教員をやっていた頃の話をふたつ(『子どもとゆく』164号)

 

 高1のキイ君が作業学習で余った布を使ってうちの娘に小さな袋を作ってくれました。うちへ持って帰って、娘が袋を開けると、かわいい手紙が入っていました。

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 「ケームホイってなに?」と娘(当時5才)。家族みんなでしばし考え込みました。

 「これって、ひょっとしたらゲームボーイのことじゃないの」と長男(当時10才)。

 ピンポーンでしたね。キイ君はゲームボーイが大好きでした。それで今度娘にそれを教えてあげるって書いたのだとわかりました。

 にしても、こんなあたたかな手紙を書いてくれるなんて、キイ君最高!って思いましたね。だって、こんな短い手紙で、うちの家族みんなの心をほっこりあたたかくしてくれたのですから。こういう人は社会の宝だと思いましたね。

 

 

 もう一つはやっくんに春が来た話。

 相手は同じクラスのサユリさん。サユリさんは一人だと帰り道がちょっと不安。それでやっくんに途中までいっしょに帰るように頼みました。で、毎日いっしょに帰るうちに春が芽生えたようでした。最近はしっかり手をつないで帰ったりしています。

 今日は帰りがけ、サユリさんが玄関で靴を履き替える時、ひもがほどけてしまいました。結び直そうとするのですが、サユリさんはうまく結べません。私が結んであげようとしゃがみ込んだとたん、近くにいたやっくんがさっとやってきました。

 「ぼくがやってあげるよ」

なんてカッコいいこというんだと感心しましたが、やっくんもうまく結べません。ああでもない、こうでもないと試行錯誤を繰り返します。

 ゆるゆるでしたが、なんとか結べました。また途中でほどけてしまうのではないかと不安になるほどでしたが、サユリさんは大喜び。

 「やったぁ、ばんざ〜い」

そんなサユリさんをうれしそうに見つめるやっくん。

 春はいいですね。いっしょに「ばんざ〜い」っていいたくなりました。

お互いが豊かになる、ということ、それがいっしょに生きていくことの本質

 11月28日にアップされたばかりのアマゾンの『ぷかぷかな物語』販売サイトのカスタマーレビュー、社会の状況をしっかり見据えた今までにない素晴らしいレビューです。

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この本はある障害者就労継続支援事業所B型のお話ですが、同じくB型で働いている私としては全く違った視点で事業展開されていることに大きく関心をもちました。
まず感じたことは障がいをもつ人たちを支援する対象とした見方でなく、「共にはたらく・生きる」同志として地域を巻き込み(耕す)ながら一緒に活動し、そのほうが絶対楽しいということ。そして持続性があること。「多様性を認め合うインクルーシブ社会の実現を」とどこでも耳にしますが、今の社会の在り方は、教育、就労が障がいをもつ人たちとそうでない人たちとを分けた制度の上で成り立っています。
分離が進むほどその社会の規範に縛られて、障がいをもつ人たちがその多様性を認めてもらうどころか社会に合わせるために押し殺さなければならない、ますます支援、配慮の対象にされてしまう。
ぷかぷかさんのように障がいをありのまま楽しむ方法を作り上げれば、そこに生産性も生まれ、制度も使い倒し、地域も社会も豊かにしていくことを実現していけるのだなととても参考になりました。障がいをもった人たちと関わる仕事をされている方、学校教育関係の方にもぜひ読んでいただきたい一冊です。
何より、ぷかぷかさんたちがとても魅力的です。

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《「多様性を認め合うインクルーシブ社会の実現を」とどこでも耳にしますが、今の社会の在り方は、教育、就労が障がいをもつ人たちとそうでない人たちとを分けた制度の上で成り立っています。》

 なかなか鋭い指摘です。多様性を認め合う社会の実現は、障がいのある人とそうでない人をわけている制度そのものに焦点を当て、そこを変えることが同時進行でないと、多様性を認め合う、なんてまやかしに過ぎないのではないかと思います。といって制度を正面から変えるなんて、実に大変なこと。考えるだけで気が遠くなりそうです。

 じゃあどうするのか、ということですが、ぷかぷかはそんなことは一切考えずに、ただ彼らに惚れ込み、彼らとはいっしょに生きていった方がいいよ、その方がトク!と言い続け、様々な実践を積み重ねてきました。でも結果的には、そういった制度を超えるものを作り出せたのではないかと思っています。

 教育、就労の世界で、後に続く人がたくさん出てくれば、制度は形骸化していきます。何よりも、教育、就労の世界が豊かなものになります。この豊かになる、というところが大切です。それこそがいっしょに生きていくことの本質だと思います。

 ただ残念なのは、後に続く人が、この業界でなかなか出てこないことです。ぷかぷかに見学に来て「素晴らしい」という人は多いのですが、自分の事業所での新しい動きは出てきません。カスタマーレビューを書いた方も、「とても参考になりました」というところでとまっている感じで、なんとも残念です。

 大事なことは、新しい動きを作り出すことであり、社会を変えることです。お互いが生きやすい社会に。

いつも健常者が上に立って、指導したりサポートしているという言い方が違うなと思っていました。

『ぷかぷかな物語』の素敵な感想が届きました。

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様々、障害者雇用や福祉に関する本を読みましたが、
1番共感した本でした。
 
私は障害者雇用に携わりたく、ある会社に入社いたしましたが、
色々考えているうちに、障害者雇用、障がい者支援、どれも何だかしっくりこなくて、結局いつも健常者が上に立って、指導したりサポートしているという言い方が違うなと思っていました。
 
自分はどのようにして障がいを持つ方たちと携わりたいのか、何をしたいのか、言語化するのが難しいなと思っていましたが、本ではなるほど!そういうことか!と納得する表現がたくさんあり、本当に共感しました。
 
ぷかぷかさんとは、一緒に生きていく方が豊かで、街を耕してくれる存在。
素敵すぎます。
私もぷかぷかさんのようにどんな人の魅力も引き出せるようなことができたらなあ、そして、知ろうとしてくれる人が増えたらなあ、そう思っています。
 
まだまだ自分の中での周りに対する偏見や、知らないことが多く、未熟だなあと感じる事ばかりですが、ぷかぷかさんに伺うことで一歩前に踏み出せたら良いなと思っています。
 
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 「いつも健常者が上に立って、指導したりサポートしているという言い方が違うなと思っていました。」という感覚が素晴らしいですね。こういう人こそが、障がいのある人たちと一緒に新しい未来を作っていくのだと思います。理屈ではなく、感覚的に「それはおかしい」と思うことが大切です。その感覚は障がいのある人たちとのフラットなおつきあいから生まれます。
 いろいろできないことがあっても、おつきあいしていると、なんかすごく楽しかったり、ほっこりあたたかい気持ちになったりしたのだと思います。だから「いつも彼らの上に立って指導したりサポートしたり」といったことに疑問を感じたのだと思います。すごく大事な気づきですね。
 
 昔養護学校の教員をやっていた頃、「指導」という言葉がどうもしっくりきませんでした。子どもたちは、いろんなことができなくても、そういったことを突き抜けてしまうような魅力を持っていました。そんな人たちにえらそうに「指導」するなんてことは恥ずかしくてできない気がしていました。彼らからは人間が生きる上で大切なことをたくさん教わりました。彼らと出会うことで、私は人生が変わったと思っています。人生がとても豊かになったと思っています。ですから、彼らより自分がえらいとはどうしても思えなかったのです。
 
 彼らのおかげで『街角のパフォーマンス』という本まで書くことができました。

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 彼らと出会い、こんな素敵な人たちを養護学校に閉じ込めておくのはもったいないと、学校の外に連れ出しました。たくさんの人に出会い、たくさんの素敵な物語が生まれました。社会を、お互いがもっと生きやすくなるように変えていくような物語です。それをまとめたのがこの本です。
 「ともに生きる」だの「共生社会」だのの言葉もまだなかった時代です。それでも養護学校の子どもたち、生徒たち、それに地域の人たちで小さな共生社会を実現させていたのです。
 
 たとえばこの写真。養護学校の生徒たちと地域の子ども、大人たちが一緒になって即興で人形劇を作った時のものです。

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 こんなことを街角でやっていたのです。小さな共生社会がここにはありました。

 今、この社会の中で、こんな場面がいったいどれくらいあるでしょうか。社会はどれくらい進化したのでしょうか?「ふれあいフェスティバル」だなんて、ちゃんと関係ができないことのごまかしだと思います。ふれあってるような関係からは、豊かなものは何も生まれません。上の、いっしょに人形劇を作っている写真、ふれあってるとはいいません。ふれあったくらいで、いっしょに人形劇なんか作れないのです。

 ここに集まっている人たちは演劇ワークショップを3年ほど一緒にやっていた仲間です。月一回集まり、みんなで芝居作りをやっていました。そういうクリエイティブな関係があって、街角の人形劇作りが成立しています。彼らといっしょに生きるということと、ふれあう、というのは全く違うのです。そういう関係をどこまで丁寧に作ってきたか、ということです。『街角のパフォーマンス』は、そんな関係をどんな風にして作ってきたかの記録です。

 

『ぷかぷかな物語』はぷかぷかサイトで販売中。著者サイン入りです。

shop.pukapuka.or.jp

 本を読んで、ああおもしろかったって思われた方は、ぜひアマゾンの販売サイトでカスタマーレビューを書いてください。よろしくお願いします。

 

『街角のパフォーマンス』はオンデマンド版をぷかぷかのサイトで販売中。オンデマンド版なので少し高いですが、読む価値はあると思います。著者サイン入りです。
 
 
『街角のパフォーマンス』はタイトルを『とがった心が丸くなる』に変えて電子本がアマゾンで販売中。アマゾンのKindle会員であれば、なんと無料で読めます。ふつうに買っても900円で安いです。

www.amazon.co.jp

 本を読まれて、ああおもしろかったって思われた方はぜひ『とがった心が丸くなる』のカスタマーレビューを書いてください。

社会にあわせたあなたではなく、そのままのあなたがいちばん魅力的、と私たちが思えるかどうか

『ぷかぷかな物語』は読まれましたでしょうか?アマゾンの販売サイトのカスタマーレビューにはこんなことが書かれています。

          

《 横浜市緑区霧ヶ丘にあるしょう害のある人たちが働いている「ぷかぷか」という面白いお店の誕生からの様々なドラマがとても読みやすく書かれているノンフィクション。よくある「福祉事業所」とは程遠い世界の成り立ちや世界観に引き込まれてしまいます。「しょう害があっても、社会に合わせるのではなくありのままの自分で働く」「しょう害の無い人も、しょう害のある人と一緒に生きていったほうが幸せ」それを伝えたい筆者でありぷかぷかの理事長の高崎さんの厚く深い人間愛に感動します。
この本に出逢い、いてもたっても居られなくなり、実際に「ぷかぷかさんのお店」にも行ってきました。本の通りの明るく楽しく元気なエリアで、とても幸せな時間を過ごせました。まるで天国のような所でした。》

 

 本を読んでいても立ってもいられなくなり、ぷかぷかのお店にやってきたという方。「とても幸せな時間を過ごせました」といいます。

 障がいのある人たちの働く場で、どうしてそんな気持ちになるのだろうと思います。障害者はなんとなくいや、怖い、近寄りたくない、と思う方がまだまだ多い社会にあって、「とても幸せな時間を過ごせました」という言葉が出てくるのはどうしてでしょうか。

 

 別の方はこんなことを書いています。

《 私も障害のある子どもを育てていますが、家族になってよかった。家族があたたかくなりました。ぷかぷかさんは社会をあたたかくします。耕します。そのことがこの本を読んでしっかりわかりました。》

 

 ぷかぷかさんたちは社会をあたたかくする存在なんだろうと思います。ぷかぷかのほっこりあたたかな雰囲気、ホッと一息つけるような雰囲気は、ぷかぷかさんたちが作り出したものです。私たちがああしなさい、こうしなさい、といってできたものではありません。彼らがありのままの彼らでいた時、自然にこんな雰囲気ができました。それが彼らのチカラなんだと思います。

 そのチカラがこんな素敵なぷかぷかを作り上げたのです。

 

 こんな場所をあちこちにつくるコツ、それは障がいのある人たちに向かって、社会にあわせたあなたではなく、そのままのあなたがいちばん魅力的、と私たちが思えるかどうかです。そんな風に素直に思えるようになった時、あちこちに素敵なぷかぷかが出現します。ぜひやってみて下さい。

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 『ぷかぷかな物語』には、そのコツが満載。まだお読みでない方はぜひ。

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 すでに読まれた方はアマゾンの販売サイトでぜひカスタマーレビューを書き込んで下さい。

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いや〜別によく働くなくてもいいよ

 この季節、長野のリンゴ農家佐藤さんからたくさんのおいしいリンゴが届きます。その佐藤さんには昔、養護学校の生徒を2週間ほど預かってもらったことがあります。佐藤さんちに泊まり込みでリンゴ農家の仕事を体験させてもらったのです。

 養護学校の生徒とのおつきあいの経験はありません。でも、私の学校での楽しそうな話を聞き(その頃毎年のように夏、北海道の子連れ旅の帰り、小樽から新潟までフェリーに乗り、その足で長野の佐藤さんちに一家で泊めてもらっていました)、じゃあ一度生徒を預かってみるか、ということになりました。

 障がいのある生徒と一緒に仕事をするとか、生活するとかの経験がなかったので、いろいろ大変なこともあったと思います。それでも2週間のおつきあいの中で、自分の人生が変わるような気づきがたくさんあって、すっかり惚れ込んでしまったといいます。実習が終わって帰り際、佐藤さんは涙がとまらなかったといいます。

 そんなことがあって3年後、佐藤さんはなんと近くの養護学校でコンサートの企画をします。京都からじぶんの好きな歌手を呼んで養護学校の生徒たちに聞かせるんだといいます。

「マサル(佐藤さんちに泊まり込んで実習した生徒)のおかげで自分の人生が変わった気がするから、そのお礼よ」

と事もなげに佐藤さんは言います。歌手へのギャラとか交通費を考えるとそれなりのお金がかかったのではないかと思うのですが、もうびっくりしました。

 

 後日、よく働く生徒が見つかったから、来年の夏、またお願いします、って電話したら、

「いや〜別によく働くなくてもいいよ、俺は養護学校の生徒といっしょにいるだけで楽しいんだよ」

 「ともに生きる社会」だの「共生社会」だのの言葉がまだなかった頃の話です。人と人との出会いこそ、新しい時代を切り開くのだと思います。

 

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ぷかぷかのパン屋があることが街の価値を上げている

 2年前のぷかぷか上映会の感想に「ぷかぷかのパン屋があることが街の価値を上げている」というのがありました。

 

《 4年前に霧ヶ丘に引っ越してきました。毎朝、ぷかぷかのパンを食べています。娘は保育園でもぷかぷかのパンを食べています。この街にぷかぷかのパン屋があることが、この街の価値を何倍にも上げています。映画を見て、それをますます感じました。霧ヶ丘の街が、ぷかぷかが、ますます好きになりました。》

 

 ぷかぷかの評価はいろいろありますが、

 「街の価値を上げている」

というのは初めてです。

 感想を書かれた方は4年前に引っ越してきた方のようですが、この街に来てぷかぷかさんたちのとほっこりあたたかな出会いを経験し、この街に来てほんとうによかったと感じたのではないかと思います。多分それまでは障がいのある人たちとこんな楽しいおつきあいはなかったのではないかと思います。だから余計にぷかぷかさんたちとの出会いが新鮮で、うれしかったのだと思います。この街に来て、障がいのある人たちと思いもよらない楽しい出会いがあったこと、この街に来なければ、こんな風に彼らと出会うこともなかったし、こういうことってこの街の価値をあげてるんじゃないか、というわけです。

 

 ぷかぷかは街の人たちの障がいのある人たちと出会って欲しいと思い、街の中にお店を作りました。障がいのある人たちの魅力を知って欲しいと思ったからです。彼らの魅力を知る人が増えることは、街を豊かにすると考えていました。

 今回は街の人、つまりは彼らと出会う側からの、今までにない新しい視点を教わった気がしました。あれができないこれができない、効率が落ちる、役に立たない等々、マイナスの評価の多い彼らですが、出会ってみたら素敵な人たちじゃないか、こんな素敵な人たちと出会える場があるってことは、素晴らしいことだよ、街の価値を上げているよ、と街の人がいっているのです。

 「街の価値」という言葉が新鮮でした。ぷかぷかさんたちの存在が、街の価値を引き上げている。素敵な言葉だと思いました。

 

 家で飼っている猫の絵をぷかぷかさんに描いてもらい、それをTシャツに転写して、子どもに着せている方が昨日の「でんぱた 米まつり」に来ていました。

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(お母さんのFacebookに載っている写真)

人、子供、立っている、レンガ壁の画像のようです 

 

アート屋わんどで頼んだうちの猫のチーちゃんのTシャツ。
好きです!素敵すぎます!
 
とお母さんのFacebookにありました。ぷかぷかさんは街の人たちがこんな素敵な物語を作り出すお手伝いをしているのです。こんな風にして街の価値を上げているのだと思います。
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