ぷかぷか日記

2018年5月

  • I AM A MAN(私は人間だ)
     今朝の朝日新聞「1968 抵抗のうねり」は、いろいろ思うことの多い記事でした。 digital.asahi.com  中でもアメリカに関する記事は秀逸でした。    「I AM A MAN(私は人間だ)」  今年4月4日アメリカテネシー州メンフィスで、そう書かれたプラカードを掲げ、大勢の市民が行進したそうです。  1968年、黒人清掃員二人は清掃車に巻き込まれて死にました。待遇改善や安全対策を求めてストライキが発生。  抗議する作業員に白人の市長が 「おい、BOY。何の用だ」 と怒鳴りました。それに対して一人の作業員が返した言葉がプラカードに書かれていた言葉。 「I AM A MAN(私は人間だ)」  なんてすばらしい言葉なんだと思いました。  彼が人間なら、白人の市長は自分が人間であることを忘れているのではないか。そのことを端的に突きつけた言葉だと思います。    白人の市長の、相手をとことん見下す目線は、障がいのある人たちのグループホーム建設に反対する人たちの目線とおんなじだと思いました。  「おまえ達はここに住むな」 などと、どうして平気で言えるのかと思います。相手が障がいのある人であれば、何言ってもいい、という感覚。  相手が黒人なら、なに言ってもいい、何やってもいい、という感覚と同じです。  そういった感覚の人間に、アーダコーダ理屈で反論するのではなく、ひとこと  「 I AM A MAN(私は人間だ)」 と言い返した作業員の言葉。なんて深い言葉なんだろうと思います。    障がいのある人たちを蔑む言葉が蔓延する社会にあって、私たちもまた 「 I AM A MAN(私は人間だ)」 に匹敵する言葉を持たないとだめな気がしました。    障がいのある彼らも、この時代を一緒に生きている人間、ということ。そのことを忘れてはいけないし、そのことを語る言葉をもっともっと持たねば、と思うのです。
  • 人をどうやって育てるか
     ヨコハマアートサイトから演劇ワークショップの申請書について質問が来ました。こういう質問が来るのは、審査員がぷかぷかの申請書を検討している証拠で、いい傾向です。  「人を育てることを今期の大きな目標としたい」とありますが、そのために予定している取組を具体的に教えてください。  という質問です。  現在、演劇ワークショップは全体の企画、進行を助成金の申請も含め、ほとんどタカサキ一人でやっています。タカサキは先日69才になったので、早急に次を担う人を育てないとまずいなと思っています。   人を育てるにはどうしたらいいか。まずは企画の段階から、何人かのスタッフにかかわってもらうことを考えています。スタッフは現場の仕事を抱えているので、日中、企画のために時間を割くのがむつかしく、今まではヒマなタカサキが一人でやっていたのですが、先々を考えるとさすがにこれはまずいと思うようになり、申請書に「人を育てることを今期の大きな目標としたい」なんて書いたのです。  まずは演劇ワークショップで何をするのか、何を目標にするのか、障がいのある人たちの置かれた社会的な状況にこの演劇ワークショップはどのようにコミットするのか、どのような社会的効果が期待できるのか、この事業を継続させる上でどのような問題があるのか、その解決にはどうしたらいいのか、アーティストとの関わりをどのようにするのか、どのように生かすのか、予算はいくらぐらいで、どうやって確保するのか、等々を何人かのスタッフで話し合っていこうと思います。  演劇ワークショップの「物語」をみんなで作っていこうというわけです。そういう経験を積むことが、人を育てることにつながっていくのだろうと思います。とにかく「経験」です。    私自身はどうやってこの演劇ワークショップのコツというか、カンを身につけたか。鮮明に覚えているのはマニラでのワークショップ(1986年夏)です。夜、子ども達のワークショップの発表会を見に行きました。スペイン占領時代の古い城砦の跡地で行われていました。舞台に馬が登場します。その馬の蹄の音を見に来たお客さんにやってくれというのです。みんなで足踏みしました。舞台の子ども達の動きに合わせて足踏みします。馬のいななきもします。足踏みしたり、いななきをしているうちに、お客さんであることを忘れ、舞台の子ども達と一緒に芝居を作っていました。マニラの夏の夜は蒸し暑く、汗びっしょりになって芝居を楽しみました。  すっごく楽しくて、よし、これは絶対に学校でやろうと思いましたね。  次の年、文化祭でやる学年の芝居は体育館の舞台ではなく、小さなプレイルームでやることにしました。その方が場が集中してやりやすいと思ったからです。プレイルームがひととき熱い芝居小屋に変身したのです。  たしか『海賊ジェイクがゴンゴン進む』というタイトルの、出たとこ勝負の芝居をやりました。大体こんな感じというあらすじみたいなものは作りましたが、実際どんな舞台になるのかはそのときになってみないとわからないという不安がいっぱいの芝居。まわりのまじめな先生達は、本気で心配してましたね。  部屋の真ん中が舞台です。まわりにはお客さんがびっしり。芝居小屋の四方の壁には、子ども達がフィンガーペインティングで描いた青い海の絵がぐるっと一周しています。見渡す限り海、というわけです。  そんな中で、 「みなさん、ここは海です。波の音が聞こえますね。ザザザザ、ザザァ〜ン、ザザザザ、ザザァ〜ン。さぁ、みんなで波をやりましょう」  と、まわりのお父さん、お母さんを誘います。 「ザザザザ、ザザァ〜ン、ザザザザ、ザザァ〜ン」 といいながら、からだも揺れてきます。部屋一帯が気持ちのいい海になります。 「あ、トビウオだ!そこそこ、そこのお父さん」 と指さし 「お父さん、トビウオです、トビウオはピョ〜ンと飛びます」 と、お父さんをピョ〜ンと飛ばせてしまいます。そういうことがなんとなくできてしまう雰囲気にしておくことがコツです。 「あ、今度はイルカだ!ほらあそこ」 と指さした先のお母さんにイルカになって飛んでもらいます。 会場がだんだん熱くなります。 「あ、向こうから黒い雲が」 といいながら、向こうにいたお父さん、お母さんに、モクモク、と雲をやってもらいます。  「真っ黒な雲がわき起こると、心なしか風が吹いてきました。」  ヒュ〜ン、ヒュ〜ン、ヒュ〜ンとお客さんの口がなります。 「風がだんだん強くなります」  ビュ〜ン、ビュ〜ン、ビュ〜ン 「波が高くなってきました」 ザザザザ、ザザァ〜ン、ザザザザ、ザザァ〜〜ン、ザザザザ、ザザァ〜〜〜ン! 芝居小屋全体が大きな波になってうねります。 「今度は雷!こっちはピカピカッ!」 ピカピカッ!と飛び上がって光ります。 「こっちに雷が落ちます。ドッカ〜ン!」 ドッカ〜ン!と大きな声。 ビュ〜ン、ビュ〜ン、ビュ〜ン ザザザザ、ザザァ〜〜ン、ザザザザ、ザザァ〜〜〜ン ピカピカッ、ドッカ〜ン! ビュ〜ン、ビュ〜ン、ビュ〜ン ザザザザ、ザザァ〜〜ン、ザザザザ、ザザァ〜〜〜ン ピカピカッ、ドッカ〜ン! 風をやる人、波をやる人、雷をやる人、全部やる人、なんだかやたらコーフンして叫んでいる人…芝居小屋は熱気ムンムンの大嵐。  真ん中で子ども達の乗った海賊船は木の葉のように揺れていたのでした。    ドキドキしながら始めた芝居小屋でしたが、みんなで芝居を作っていく、という最初の試みは大成功でした。この時の成功体験がその後の学校での芝居作りを決定づけました。学年の芝居だけでなく全校生を巻き込んだ芝居作りもやりました。全校生を巻き込んだ時は1年かけて少しずつ盛り上がっていく仕掛けにしました。  ともあれ、マニラの古い城砦で経験した、わくわくドキドキの芝居作りを、こんなふうにして学校に持ち込んだのです。  ぷかぷかでもいつか機会を見つけてこんな芝居作りやりたいです。若いスタッフ達にぜひ経験して欲しいです。            
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