ぷかぷか日記

ぷかぷかさんと一緒に立った舞台、やり切った感、ハンパなかった。涙がこぼれ落ちてしまいました。

 栃木から毎回新幹線を使ってワークショップに参加した親子のすばらしい感想です。これほどまでの言葉を引き出すぷかぷかさんの存在の大きさをあらためて思います。

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1・また来ます!

あふれ出る涙がとまりませんでした。本番終わってみんなで輪になったとき、“泣かんよ。笑顔で終わるとよ”って決めていたのに。今日で終わりか、また会いたいな。そう強く思いました。      始発のバスに乗って新幹線へと乗り継ぎ、約3時間の道のり。月一回とはいえ、最後までやりきれるかいな… どうしようかと迷いました。その一方で、やまゆり園事件の被告と底流で繋がっていると言う息子… なら、一度一緒に体感してみればいい。高崎さんの言う「障害のある人と一緒に生きると豊かになる」って何が豊かになるのか、何がトクなのかを。半年間一緒に過ごしたら何か感じることがあるかもしれんよ。親子であーだこーだの意見交換… えーいっ!やらない後悔よりする後悔!そんな思いで息子と参加した演劇ワークショップでした。

 

2・おぉ、楽しい!

やっていくうちに腹の底から楽しくなってくるのです。初めの頃は照れやちょっと取り繕いながら、自分を隠したりカッコつけたりしていたけど、だんだんと弱いところもさらけ出しながら、自分が表現豊かになっていくように感じてくる。回を重ねるたびに新しい発見がありました。

Aと質問したら、Bと返ってくるだろうという今までの人生観では全く歯が立たず、私の予想をはるかに超えてくる。そうくるか、そういうのもありやんね、そりゃそうだ、ごもっとも。みたいな、そんな感動体験が私をいつまでも惹きつけてはなしません。それにみんなすごく素直で思ったことをストレートに表現するから、リアルで人間味があってとても魅力的に思えて、私はぷかぷかさんの大ファンになっていました。私にとってそこは自然と笑顔になれる場所で、優しい空間でした。そんな彼女、彼たちと一緒に立った舞台。やり切った感、ハンパなかった。ぷかぷかさんたち一人ひとりとふれあった思い出が頭の中で駆け巡り、みんなで頑張った喜びと終わってしまった寂しさとが複雑にからみあって、涙がこぼれ落ちてしまいました。本番直前、廊下の片隅でセノーさんと手を繋ぎ練習したときのあのいい表情も脳裏に焼き付いて離れません。

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3・息子がやるべきこと

発表会前日。6回目のワークショップを私は法事で欠席したため、休んだ分大丈夫かなと不安でたまりませんでした。それに輪をかけて不安なことが私にのしかかってきました。今までなんだかんだと言いながらも一緒に参加してきた大我が「ワークショップには行かない。部活に行く」と言い出しました。聞けば、大我の所属している社会福祉部でのボランティア活動とワークショップが重なっていたらしく、はじめの頃は理解してくれていた先輩も、毎回毎回休むので、「学校の部活が優先だろ」と先輩からつっこまれ、副部長だったのを下ろされたと言います。

そんなこととは知らない私は、どうしたものかと気をもみました。でも、板挟みになりながらも、誰にも言わずぷかぷかさんを一番に考えてやってきたのだからやっぱり、最後まで参加してほしいと願いました。大我もいろんな葛藤や思いがあったと思います。でも、舞台に出ると決め、一緒に舞台に立ってくれたことは、嬉しかったことの一つでした。

 

4・人と人をつなぐもの“表現の市場”

ワークショップに参加してこの半年、たくさんのことを感じ、たくさんのことを学ばせていただきました。お芝居を一緒につくり、舞台に立つという同じ目標に向かって協力しながら、終わったときはハイタッチして喜びを共有した。同じ目標に向かって取り組むこと、気持ちを分け合うことができるこのような場が私も日常的になればいいのになと思いました。

このような取り組みはいつしかできてしまった健常者と障がい者のカテゴリーを「人間はどんな境遇にあろうともどんな障害をもっていようとなかろうと人は人」という思いで結びつける。今まで障がいのある方と接するとき支えてあげなきゃと、上から目線でのボランティア活動しかやってこなかった自分を振り返り、見つめ直すいい機会をいただけたと思っています。新幹線は利用しましたが、それ以上にお金では得ることのできないすっばらしい経験をさせてもらいました。親子で最後まで参加できて本当に良かった。

今、思えば大我の宿題がきっかけでぷかぷかパン屋さんの新聞記事を読み、テレビの番組で高崎さんを見て、ブログでワークショップを一緒にやる方募集中と知って、ぷかぷか映画の試写会へとつながったのは偶然ではなく私たち親子にとって必然だったのだと、そう思わずにはいられません。大我は何がトクなのかわからんかったと言うのですが、ワークショップに参加して悩んだり後悔したり考えて自分と向き合ったこと自体が、何も考えずに過ごす人生と比べてもうすでにたくさんトクしてるって大我に伝えました。

私が最後に泣き崩れてしまったとき、ボルトくんが背中を支えに来てくれました。彼はずっと大丈夫?と声をかけてくれていました。私が落ち着くのを待って手をはなそうとする時も「もう手をはなしても大丈夫かな?」「放すよ、いいかな?」って言って自分の席にもどられました。今まで生きてきてこんなに優しい言葉をかけてもらったことがあったかいなと、やさしさが心に響いて本当に癒されました。彼のやさしさに心から“ありがとう”と言いたいです。誰かと心で繋がれることって何よりも力になる。私も人の喜びや悲しみにそっと寄り添えることができる人間になりたいと思います。

 暖かくなったら、今度は働くぷかぷかさんの姿を見に行くつもりです。今からワクワク楽しみにしています。

高崎さん、こんな親子を受け入れてくださってありがとうございました。

                              (きょんたん)

                                    

 

 《 なんて生きる価値のある人たちだろうと思った。》(きょんたんの息子)

中学二年生の夏休み。「相模原殺傷事件」が起きた。「障害者は生きる価値がない」と。あまりの衝撃に朝起きて顔も洗わず、テレビのニュースにしがみついていたのをよく覚えている。

僕は被告のような思想は誰の心にもあるのではないかって、それがずっと心の奥で引っかかってきた。例えば街で障害者の方が突然大きな声を出す様子に嫌悪感を抱き、関わりたくないと思ってきた自分。中学生になり、知的障害者施設にボランティアに行こう!と誘われたときに、障害者の方は怖いという勝手な思い込みで、「行きたくない。それだけは勘弁して」と言い張った自分。それは僕も無意識に差別する側に立ち回っていて、被告の発想と心の奥底で繋がっているのではないかと。僕の心は弱くて醜い。“やっぱ俺は、クズだな・・・”と思ってずっと過ごしてきた。

一年後の夏休み、“新聞を読んで感想を書こう”という宿題のため新聞の記事を探していたら、〝障害者と一緒 豊かな生″という見出しに目が留まった。ぷかぷかパン屋さんの記事だった。僕はなぜかその記事を捨てずに取っていた。高校生になったある日、たまたま付けたテレビ番組にぷかぷかさんや高崎さんがでていてあの新聞記事とリンクしたことに少し驚いた。母からワークショップに誘われたときは、どうしようか悩んだが、高崎さんのいう豊かになるってなんだろう、それが知りたくて確かめたいと思った。

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(2017年7月25日朝日新聞)

 

ぷかぷかさんと接してきておもしろかったり、ときにはむっとしてしまったり、いろいろあったけれど、何よりも僕は人前で表現するとかが嫌で嫌で、そこから逃げていた自分だったように思う。リハーサルの日もそう。僕にも役があり、しかもオオカミのかぶりものまであるとわかったとき、やっぱり今日は部活にいっておけばよかったなと後悔した。舞台に立つなんてなれないことに身体はどっと疲れた。しかし、ぷかぷかさんたちはニコニコ元気、とてもいい笑顔だった。疲れた顔をしているのは僕だけで「なんでこの人たち笑っていられるんだろう」と不思議だった。その姿を見ていて、ぷかぷかさんたちはやらされてるとかでなくて、自由にありのままの姿で表現することを楽しんでいる。特に一緒にオオカミ役をやったしょうくん(こうきくん)が♪なんでもいいから一番になーれ♪と歌っている姿がきらきらと輝いてとっても印象的だった。僕にはやらされているという気持ちがずっとどこかにあった。ぷかぷかさんと僕の違いはそういう心の違いだと思った。

本番当日。舞台も終わり、最後に円陣を組んでみんなの意見を聞いていたとき、しょうくんが泣きながら、この演劇に対しての思いを話しているのを聞いて、心にぐっと突き刺さるものがあった。僕の前で悪ふざけしたり、おどけてみせるしょうくんしかみえていなかったので、あんなしっかりした思いで頑張ってきたんだと、それに比べ僕はなんなんだ。本番はでたくないと、なんか駄々をこねている小学生のようだったと恥ずかしくて穴があったらはいりたくなった。そして、元気の出ない僕に「着替えよう」とか「頑張ろう」と声をかけ続けてくれたしょうくんや、相手を思いやり大切にするぷかぷかさんたちの姿をみて、生きる価値がないなんてとんでもないぞ。なんて生きる価値のある人たちだろうと思った。

一緒に参加した母はこの半年、本当に楽しそうだった。最後に母が泣いているのを見たとき、この人はぷかぷかさんたちと心と心で向き合って同じ気持ちを感じてきたんだなと思った。

来年は部活を頑張ろうと思う。でも、いつか大学生とか社会人になって、また改めて参加してみたい。そのときは母に負けないように心の底から楽しみたいと思う。高崎さんのいう何が豊かになるのか今の僕にはまだわからないけれど、恥ずかしくてたまらんかった舞台に、ぷかぷかさんたちと一緒に立ててよかったと今、思っている。ありがとうございました。

 

しょうくんへ

僕なんかと一緒にオオカミ、やりにくかったよね。ごめんなさい。そしてありがとう。

いつかまたしょうくんと一緒に豚でも馬でもなんでも、タッグを組んでやりたいです。                                

                                (タイガ)

                                        

 

 

 

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