ぷかぷか日記

彼らといっしょに生きることが生み出す「希望」

2月11日(金)に「ともに生きる」ってなんだろう、というテーマでセミナーをするのですが、参加予定の方から事前に質問がいくつか上がってきました。

 

その中の一つにこんな質問がありました。
《相模原事件後、障がいのある方、職員や関わる方々、社会はどのような変化がありましたか?これからどのような希望をお持ちですか。》
 
 事件後、私自身は何かにつけ事件のことを話題にしますが、社会全体を見渡せば、事件直後はともかく、5年たった今、それほど変化があったとは思えません。結局はどんなに大事件であっても、やっぱりみんな忘れてしまうのだと思います。それが日々を生きる、ということだと思います。ですから社会に変化がないことを色々言っても、そこからは何も生まれない気がします。
 事件の犠牲者は全員名前が伏せられていました。このことが余計に事件を忘れさせる原因でもあったように思います。でも、事件の裁判が始まり、犠牲になった美帆ちゃんの名前が明らかになりました。美帆ちゃんという名前の一人の女性の人生がそこにはあったということです。そのかけがえのない人生がそこで断たれたということです。そのことを忘れないようにしたいと思うのです。
 名前は、その人の人生を語るいちばんの手がかりです。名前があることで、私たちは「ああ、あの人ね」と思い出すことができます。その名前がわからなければ、その人の人生を思い浮かべることはできません。その人の人生がなかったと同じになります。重い障がいのある人たちが、そのように扱われたこと、そのことを忘れないようにしたいと思うのです。
 殺された19人にはそれぞれの名前から思い起こす人生があったはずです。そのことを美帆ちゃんの名前の公表は教えてくれました。
「美帆ちゃんのこと、忘れないよ」それは、事件を抽象的に語るのではなく、美帆ちゃんという一人の大切な命が奪われた事件として記憶し、語っていくということです。そこから何をすればいいのかを考えていく、ということです。www.nhk.or.jp

 質問に「これからどのような希望をお持ちですか」という言葉があります。事件の犯人は「障害者はいない方がいい」といい、「よくやった」などと共感する人がたくさんいました。ぷかぷかは「それはまちがっている」と言葉で批判するするだけでなく、障がいのある人たちと「いい一日だったね」ってお互い言える日々を黙々と作り続けてきました。ぷかぷかの日々の活動そのものです。日々の活動そのものが事件への批判であり、異議申し立てでした。たくさんの人が共感してくれました。そのことが大きな希望だと思っています。

 彼らといっしょに生きる日々は、ほんとうに楽しいです。楽しさは未来への希望を生み出します。

 どんなに悲惨な事件であっても、彼らといっしょなら、それを乗り越えていけます。それが彼らといっしょに生きることが生み出す「希望」です。

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