ぷかぷか日記

彼らのこと「素敵な人たちだなぁ」って思えるような出会いをするだけです。

 2月11日の「ともに生きるってなんだろう」セミナーの事前質問第四弾です。

www.pukapuka.or.jp

 

●タイトルになっている『ともに生きること』が、なかなか難しいのは、何に起因しているのか、お聞きしたい。

 

 いちばんの原因は学校教育の中で、障がいのある子どもたちとそうでない子どもたちがわけられていることだと思います。柔らかい感性を持っている子どもの時に障がいのある子どもたちとおつきあいする機会があれば、「あっ、楽しい!」って、みんな思うし、それがきっかけでおつきあいの幅がどんどん増えていきます。

 大人がお膳立てした「交流」の時間では、「あっ、楽しい!」って思えるような出会いは生まれません。そういった関係の薄さが大人になってもずっと尾を引いていて、「ともに生きる」ことがむつかしくなっているのだと思います。どうつきあっていいのかわからない、ということです。

 「ともに生きる」とか「共生社会」といった言葉がやたら飛び交っていますが、言葉だけで実態がなかなか見えません。実態を作り切れていない、作れない。本気で作ろうとしていないんじゃないか。だから「ともに生きる社会」とか「共生社会」が何を生み出すのか、といった肝心な部分が語れないし、表現もできない。

 そういう言葉を口にする人が、障がいのある人たちと実際に何をやってきたのか、何を作り出してきたのか、が問われているのだと思います。

 

 福祉事業所では障がいのある人たちが働いています。でも、そこにあるのは「ともに生きる」関係ではありません。障がいのある人たちはいろいろできないことが多いので、自分たちがいろいろやってあげないと何もできない、と考えているようです。「支援」という上から目線の関係です。これは「ともに生きる」関係ではありません。

 上から目線の関係からは何も新しいもの、おもしろいものは生まれません。目の前に素敵な人たちがいるのに、もったいない話だと思います。「支援」という上から目線の関係にいると、相手を「素敵は人たち」とは思いません。そう思っていないから、そこからは素敵なものなんか生まれません。もったいないです。

 ぷかぷかはタカサキが養護学校の教員をやっている時、彼らに惚れ込み、彼らといっしょに生きていきたいと思って始めました。なので、彼らのこと、いつも「素敵な人たちだなぁ」と思っています。

  そう思っていると、こんな楽しい絵をササッと描いてくれたり、楽しい、魅力あるお店を作ってくれたりします。

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 素敵な人たちといっしょに芝居を作ると、こんなに素晴らしい舞台ができます。

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 「ともに生きる社会」が何を生み出すのか、写真を見るとよくわかります。いつも言っていることですが、いっしょに生きると、社会が豊かになるのです。だから「いっしょに生きなきゃソン!」と私は思っています。

 

 「ともに生きる社会」は誰かが作ってくれるものではありません。私たちが作るのです。彼らを理解するために小難しい勉強したり、誰かのむつかしい話を聞いたりではなく、「素敵な人たちだなぁ」って思えるような出会いをするだけです。そしてそんな出会いのできる場を街の中に作るのです。

 「ともに生きる社会」だの「共生社会」だのの言葉がまだなかった30年前、こんな楽しい場ができちゃいました。「彼らと一緒にやるとすっごく楽しいよ」っていろんなことやっただけです。そうするとこんなにたくさんの人が集まりました。むつかしいことでも何でもありません。

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 写真は『街角のパフォーマンス』。こういう場がどうやってできたのかを書いています。

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