重度障害者は逸失利益ゼロなのか?と問う記事がありました。
私が養護学校の教員をやっている頃、別の養護学校でプール指導の際、重度障害の子どもが亡くなるという事故がありました。その時問題になったのが、この重度障害者の逸失利益をどのように算定するかということでした(逸失利益とは事故がなければ得られたはずの将来の利益のこと)。
社会に出て働けないのだから逸失利益はゼロ、という意見と、働けなくてもまわりの人を様々な形で癒やしているのだからゼロはおかしい、という意見とがぶつかっていました。
結論がどうなったのかは忘れましたが、私自身は重度障がいの方と様々な形でおつきあいすることで、私自身が人としての幅が広がり、人生が豊かになった感じがありました。教員になる前は普通の会社で働いていましたから、養護学校で障害のある子ども達と初めて出会い、「こんなステキな人達がいたんだ」という気づきは、ほんとうに大きなもので、人生の幅がグンと広がった気がしました。生きることの意味をむつかしい言葉を一切使わずに彼等は教えてくれました。彼等には感謝しかありません。確かに彼等は生産性という観点で見ると、なかなか厳しい面はあります。でもその点だけで評価すると人として大事なものを見落とす気がします。
たとえ重い障がいがあったとしても、その人とおつきあいがあれば、逸失利益はゼロという風には普通考えません。それが人と人とのおつきあいというものが生み出す素晴らしさだと思います。
ぷかぷかにいつも買い物に来てくれるお客さん達にこの「重度障害者の逸失利益はゼロだと思いますか?」と聞いてみるといいと思います。おそらく多くのお客さんは
「それはおかしい」
というと思います。ぷかぷかに買い物にくることで、ぷかぷかさん達と出会い、
「ぷかぷかさんが好き!」
とファンになった方がたくさんいます。そんな人達にとって
「重度障害者の逸失利益はゼロだと思いますか?」
の問いは、悪い冗談のように聞こえるのではないでしょうか。これが人と人とのおつきあいが生み出すものです。
「重度障害者の逸失利益はゼロ」という発想は、社会を貧しくします。








