ぷかぷか日記

マスコミ関係

  • 「いっしょにいるといいよね」と自然に思える関係
     NHKが取材に来ました。相模原障害者殺傷事件の犯人が「障がい者はいない方がいい」といったことに対して、「障がい者はいた方がいい」という映像を作ります、とブログに書いたことがきっかけで何度か取材に来ました。今日はお店の雰囲気を撮りに来ました。 セノーさん、今日はちゃんと仕事をやっていました。 ユースケさんは花の手入れをしているところを撮られていました。記者の笑顔がいいですね。 お客さんにもインタビュー  相模原障害者殺傷事件からそろそろ1年がたちます。事件に対して私たちは何をしてきたのか、障がいのある人たちを排除してしまう社会はどれだけ変わったのか、が問われていると思います。  ぷかぷかは事件前も、事件後も「障がいのある人たちとはいっしょに生きていった方がいいよ」というメッセージを日々発信し続けてきました。Facebookを見るお客さんがずいぶん増えました。お店に来るお客さんも増えました。ここに来ると癒やされる、と言うお客さんもずいぶんいます。カオスのような帰りの会に参加するお客さんもいます。  パン教室に来ていた小さな子どもが小学校に上がり、人に優しい言葉は《ふかふかことば》と習い、家に帰ってお母さんに 「人に優しい言葉は《ぷかぷかことば》っていうんだって」 と報告したそうです。ちょっとまちがえたとはいえ、《人に優しい》と《ぷかぷか》を結びつけたことが、私はすごくうれしかったです。  子ども達がそんなふうにぷかぷかを受け止めてくれていたこと、未来に希望が持てると思いました。 pukapuka-pan.hatenablog.com  事件に対して優生思想云々の話も必要です。でもそれを語ったからって、「そうだそうだ、あれはナンセンスだ、けしからん」といって社会が変わるかといえば、多分変わりません。  そういった大きな話よりもぷかぷかに出入りしていた子どもが《人に優しい言葉》は《ぷかぷかことば》っていってくれた変わり様の方が未来に希望が持てます。子どもがそんなふうに変わっていく環境を作ることが大事だと思います。  地域の方が、わんどの染め物ワークショップに参加して、そのとき染めた布でバンダナやスカートを作ってきました。 「見て見て」 っていう感じできたのがすごくいいと思いました。福祉事業所を応援するとかではなく、ぷかぷかさん達といっしょに染めた布でこんなの作りました!って、来るような関係です。こういうふつうの関係が広がっていくことが社会を変えていくのだと思います。 pukapuka-pan.hatenablog.com  NHKの記者さんは帰りがけ、テラちゃんとリエさんにつかまりました。記者さんの取材ノートに自分の連絡先を書き、暑中見舞い下さいとか、Facebookやってお友達になりましょう、とかいっぱい書き込んでいました。そのやりとりが記者さんの心をなごませたようでした。  相模原障害者殺傷事件を超えるのは、障がいのある人たちと、こういう心がなごむような関係をどれくらい私たちが作り出せるか、ということだと思います。「いっしょにいるといいよね」と自然に思える関係です。こういう関係はぷかぷかに来るとすぐに作れます。  全国の福祉事業所が地域に対してもっとオープンな環境になれば、こんな関係が全国で広がっていきます。そうなると社会はどんどん変わっていくと思います。  緑区役所は人権研修会でぷかぷかさん達の話を聞き、そのあとプロモーションビデオを見て私の話を聞くという企画を立てています。ぷかぷかさん達の話を聞く人権研修会は一昨年の12月にやったのですが、とても好評で、ぜひまた、ということで来年1月にやることになりました。 pukapuka-pan.hatenablog.com  こういう企画をあちこちの区役所や市役所などでやっていただけるとうれしいです。  プロモーションビデオ第2弾(15分) www.youtube.com   NHKの放送は来週26日前後の「おはよう日本」だそうです。ぜひ見てください。
  • 取材に来て、テラちゃんとFacebookのお友達になったようでした。
     朝日新聞の方が相模原障害者殺傷事件1年の節目で特集を組むので、その取材に来ました。相模原障害者殺傷事件のことだけで取材されるのもなぁ、という思いもあって、まず6月17日(土)のワークショップの記録映画とプロモーションビデオの上映会に来てもらいました。第一期演劇ワークショップと第3期演劇ワークショップの記録映画、それにプロモーションビデオ第1弾、第2弾と1日がかりで見てくれました。  見終わったあと、すごくおもしろかったです、といい顔して話していたので、ぷかぷかの空気感が映像を通して伝わったかなと思いました。  その次は先日のパン教室です。この日はパンの成形もいっしょにやったりして、ぷかぷかの空気感に一日浸った感じでした。  そして今日、給食を一緒に食べるところから始まり、あのだらだらした締まりのない帰りの会までしっかり取材。帰り際にはテラちゃんとFacebookのお友達になったようでした。 画伯に似顔絵も描いてもらいました。  これで名刺を作って、配りまくるそうです。  相模原障害者殺傷事件の特集はあまり関心のない方にこそ読んで欲しいので、そういう人も読んでみたくなるような切り口を考えている、とおっしゃっていました。  事件の原因とか、差別の構造とか、社会状況の分析とか、考えなければならない問題はたくさんあると思います。でも、最終的にはこの社会の中で、障がいのある人たちと一緒にどう生きていくのか、ということだと思います。そこのところをぷかぷかはお店の運営、パン教室、演劇ワークショップ、アートワークショップなど、様々な形で表現してきました。そして毎日「今日はいい一日だったね」ってお互いがいえるような一日を彼らと一緒に作っています。   どんな記事になるのか楽しみです。
  • 雑誌『そよ風のように街に出よう』が残したもの
    『そよ風に街に出よう』という雑誌の編集をやっている小林さんが取材に来ました。週刊号にぷかぷかの話を載せるそうです。 『そよ風のように街に出よう』最新号 『そよ風に街に出よう』は37年前、障がいのある人たちに「そよ風のように街に出よう」と呼びかけて、スタートしました。当時、障がいのある人はほとんど街に出ることなく、家に閉じこもっていました。閉じ込められていた人もたくさんいました。そういった社会的状況に中で「そよ風のように街に出よう」という呼びかけは大きな反響を呼んだようでした。  街に出た障がいのある人たちの話をふつうの人たちに届けたりもしました。障がいのある人たちを取り巻く社会的状況を、そうやって少しずつ変えてきました。  書きようによってはすごく重くなる記事をさらっと軽く書いて、それでいてしっかり中身が伝わってきて、そのセンスがすばらしいと思っていました。それでも時代の波から取り残されるように部数がどんどん減って、ついにこの夏、終刊号を迎えます。  関西テレビが「そよ風」が37年かけてやってきたことを相模原障害者殺傷事件に関連づけて1時間の番組にまとめていましたが、とてもいい番組でした。障がいのある人たちが街に出て、どんな風に世界が広がっていったのかを丁寧に追いかけていました。  梅谷庄司さんは奈良の山奥で暮らしています。その山奥まで小林さんを始め、いろいろな方が庄司さんの生活を支えにやってきます。小林さんは月2回、2時間半もかけて庄司さんのところへ出かけていきます。そんなおつきあいを40年も続けてきたそうです。庄司さんは部屋にあるエアコンとかテレビなどすべてぶっ壊し、自分の着ている服も破り捨ててしまいます。とにかく大変な方です。それでも小林さんは、庄司さんのところへ出かけると、なんかホッとするものがあるといいます。だから40年も続けてこれた、と。  関西テレビは小林さんと一緒に庄司さんを訪ねます。服を破り捨てて裸で座り込んでいる庄司さんは、なんとも言えず人間味があって、会いに行きたいと思うくらいの人でした。小林さんが40年も通い続けてきた理由がわかる気がしました。  番組を見て「どうしてあんなに大変な人を施設に入れないんだ」という人もいたそうです。私はなぜかにんまり笑って「ああ、会いに行きたい」と思いました。この受け止め方の落差は目がくらむほどに大きいですね。  『そよ風のように街に出よう』は、この落差を埋めようと37年もがんばってきたのだと思います。雑誌はこの夏で終わりますが、小林さんはまだまだ庄司さんのところへ通い続けます。  そういう関係を日本のあちこちに作ったこと。それが『そよ風』の功績だろうと思います。関西テレビはそのいくつかを番組で紹介していました。  「かなこさん」という重度の障がいを持った女性を紹介していました。日常のすべてに介護が必要な方で、「チームかなこ」という若い女性チームがそれを担っています。かなこさんと一緒に街に出かけ、喫茶店に入り、わいわい言いながら注文をします。もちろんかなこさんはおしゃべりしないのですが、それでもチームかなこの人たちと何を注文するかでわいわい楽しそうにやっているのです。大学のゼミで、かなこさんと一緒に、かなこさんとのおつきあいの中で見つけたことを学生達の前で発表します。チームかなこの一人が結婚したときは、かなこさんもきれいにお化粧してもらい、ステキなドレスを着せてもらって結婚式に出席します。結婚式のあと、新郎新婦、チームかなこの人たちに囲まれて楽しそうに話をしているシーンは、ちょっと涙が出ましたね。  「そよ風のように街に出よう」って言う呼びかけは、あちこちでこういうおつきあいを生んだのだろうと思います。雑誌は終わっても、あちこちの関係はこれからも続きます。その関係が社会を少しずつ、お互いが生きやすい社会に変えていきます。  ★関西テレビの番組、録画したDVDがあります。見たい方はぷかぷかまで連絡下さい。pukapuka@ked.biglobe.ne.jp 高崎
  • 一緒に演じる豊かさ
     今朝の神奈川新聞に演劇ワークショップの話が載っていました。 より鮮明な画像はこちら http://pukapuka-pan.xsrv.jp/index.php?神奈川新聞2017年1月25日 神奈川新聞のネット版には動画も載っています。 www.kanaloco.jp  「一緒に演じる豊かさ」というタイトルがいいですね。「一緒に演じる」ことは「一緒に生きる」こと。彼らと一緒に生きる社会の豊かさをぷかぷかは具体的に目に見える形で表現しようと思っています。  障害者を差別するのはだめ、といくら言っても、差別はなくなりません。社会には障がいのある人たちがいた方がいい、その方が社会が豊かになる、とみんなが共感できる事実を作っていくことが大事だと思っています。演劇ワークショップは、そのためのひとつの小さな試みです。  ぷかぷかは街の中に彼らの働くお店を作り、街の中には彼らがいた方がいいね、とごく自然に思える雰囲気を作ってきました。上から目線で彼らに何かをやってあげるとか支援するとかではなく、どこまでも「一緒に生きていく」というスタンスで彼らとおつきあいしています。ぷかぷかが発信するメッセージは、そういうおつきあいの中から生まれたものです。だから楽しいし、ホッとしたり、ちょっと癒やされたりします。ぷかぷかが障がいのある人たちだけでなく、地域に人たちにとっても大事な場所になっている理由がそこにあります。  演劇ワークショップはお店とはちがう形で、彼らとは一緒に生きていった方がいいよ、というメッセージを作っています。どんなメッセージが舞台に上がるか、楽しみにしていて下さい。   演劇ワークショップの発表会は「表現の市場」の中で行います。表現の市場のチラシはこちら。 http://pukapuka-pan.xsrv.jp/index.php?第3回表現の市場チラシ
  • 今朝、テレビの画面の中で彼らは堂々と歩いていました。
    NHKおはよう日本で「ぷかぷか」が紹介されました。笑顔で登場する「ぷかぷかさん」たち、あらためて街の「宝」だと思いました。  この人たち、街の「宝」として、本当に大事にしたいと思うのです。  昔、私がまだ学生の頃、胎児性水俣病の子どもを抱きながら、『この子は宝子ばい』と言っていたお母さんがいました(下の写真)。でも、その『宝子』の意味がどうしてもわかりませんでした。重い障がいをもった子が、どうして『宝子』なのか、よくわからなかったのです。 (慈しむように子どもを見つめるお母さんの顔が素敵です)  でも、障がいのある人たちと付き合ってきた今、『宝子』という言葉に込めたお母さんの思いが痛いほどわかります。ぎすぎすした息苦しい今の世の中にあって、ただそこにいるだけで心安らぐような雰囲気を作ってくれる彼らの存在は、やはり『宝』といっていい存在だと思うのです。彼らがそばにいるおかげで、私たちは人としてそこに立つことができるのだと思います。  かつてあったおおらかさがなくなり、どんどん息苦しくなっていく今の社会には、そういう『宝』こそが必要なんじゃないか、私はそんな風に思います。   街の人たちに、そんな『宝』のような存在に出会ってほしい。そう思って「ぷかぷか」を立ち上げました。  そして今日、テレビの画面の中で彼らは堂々と歩いていました。本当に堂々と。なんかね、ちょっとうるっとしました。  相模原障害者殺傷事件で犠牲になった人たちが私に朝日新聞の投書を書かせました。それを読んだNHKの方が連絡を取ってきました。そんなつながりが今日の映像になりました。そしてたくさんの人たちが街の「宝」に気がついたことと思います。無念の思いで死んでいった人たちの思いが今日のテレビの画面にはあったと思います。それをしっかりと受け止めたいと思うのです。
  • 毎日新聞「余録」
     毎日新聞1面の「余録」に「ぷかぷか」の話が載りました。 mainichi.jp  限られた文字数で「ぷかぷか」を語るのは至難の業ですが、コンパクトによくまとまっていると思います。こうやって少しでも相模原障害者殺傷事件のことと、「ぷかぷか」でやっていることが話題になれば、と思います。  相模原障害者殺傷事件の容疑者は「障害者は生きていても意味がない」などといい、ここまではっきりでなくても、出生前診断で染色体異常が確定した妊婦のうち94%が人工妊娠中絶を選択した、という現状を考えると、社会全体が障がいのある人たちのことをまだまだ受け入れていないように思います。  そんな中にあって、「ぷかぷか」は日々、こんなことやりました、あんなことがありました、と障がいのある人たちの日々をホームページ、Facebookページで発信しています。障がいのある人たちがどんな人たちで、どんな毎日を送っているのかを発信しているのです。  それはこの人たちと一緒に生きていくと私たち自身が、私たちの街が豊かになるよ、というメッセージでもあるのです。実際、ぷかぷかに来て、彼らと出会い、「ぷかぷかが好き!」「ぷかぷかのファン」になったお客さんがずいぶん増えました。こんなふうにして街が少しずつ豊かになっているのです。  彼らのことを知ること、それがとても大事だと相模原障害者殺傷事件を見てあらためて思うのです。
  • 毎日新聞の方が取材に
      朝日新聞に載った高崎の投書(8月3日)をみて、毎日新聞の論説委員の方がぷかぷかに取材に来られました。投書にはぷかぷかの名前は載っていなかったのですが、高崎明で検索したら「ぷかぷか」がヒット、ホームページがすごく面白くて、ブログには相模原障害者殺傷事件のこともしっかり書いてあったので取材に来たという話でした。朝日新聞ではなく、毎日新聞の方が取材に来た、というところが面白いですね。相模原障害者殺傷事件についていろいろ思うところがあって来られたようでした。  ぷかぷかのことはひととおりお話ししたのですが、いちばん反応があったのは、メンバーさんと直接お話ししたときでした。たまたまカフェにいたテラちゃんとほんの少しお話ししたのですが、取材に来た方の表情がぐんぐん柔らかくなりました。  「ぷかぷかのウィルスに感染するって話、よくわかりましたよ」 と、その柔らかくなった表情でおっしゃって、ちょっとウィルスがうつったかなと思いました。   セノーさんが郵便局に入金に行くときの話をぷかぷか日記に書いていたのですが、それが面白かったから、と郵便局のお姉さんのところへも取材に行きました。お姉さんたちからは、セノーさんが来るのを楽しみにしていること、セノーさんが来るとすごく楽しいことなどを聞き出していました。  セノーさんにも直接取材していました。セノーさんは気のない返事で、適当に答えていましたが、そのあとごろんと横になり、  「ああ、こんなふうに私も寝たい。こうやって寝っ転がっても誰も文句を言わないところがいいですね」  と、ぷかぷかのいい加減な雰囲気が気に入ったようでした。  帰りの会にも参加し、すっかり溶け込んだようでした。  帰りがけ、ヨッシーに似顔絵を描いてもらい、名刺を作ることになりました。  ヨッシーは鼻をほじりながら似顔絵を描いていました。 この似顔絵と、ぷかぷかのメンバーさんの文字で名刺を作ることになりました。いただいた毎日新聞の名刺よりもぐっと楽しい名刺ができそうです。できあがりましたらまた紹介します。  下のような楽しい名刺ができあがります。こんな楽しい名刺を持って取材に行ったら、相手の気持ちもほぐれ、いいお話が聞けて、いい記事が書けるのではないかと思いました。硬い名刺では、やはり硬い話しか出てきてきません。
  • 読売福祉文化賞を受賞しました。
     9月に読売福祉文化賞に演劇ワークショップのことを書いて応募したところ、先ほど若い女性から「読売光と愛の事業団ですけど…」と電話があり、「こういう電話があるってことは…」と、ちょっとどきどきしたのですが、読売福祉文化賞受賞のお知らせでした。  なんと100万円ゲット!です。今年もワークショップの助成金を6カ所も申請し、2カ所80万円弱しかもらえず、発表会の舞台製作費も入れると150万円くらいかかるので,どうやってお金を工面しようか頭を抱えていました。ですから、今回の受賞は飛び上がりたいくらいうれしいです。 1 公益性ある創造的な事業で、ハンディを持つ方や地域の人々に元気を与え、ネットワークを広げている 2 個人または団体が生き生きとした活動の場を持てる支援や企画を実践している 3 福祉の現場において、多様な文化の向上に尽くしている 4 明確なテーマを持って、目覚しい実績をあげ、将来も継続、発展が期待できる  というものが対象になっていたので、これはもうワークショップにぴったりだと思い、応募したのでした。 活動をはじめたきっかけと詳しい内容   障がいのある人たちは「なんとなくいやだ」「怖い」「何をするかわからない」といった形で、社会から締め出されていることが多い。彼らを社会から締め出していく時、社会は受け入れられる人間の幅を狭め、お互いが息苦しい社会になっていく。いろんな人がいる、という多様性こそが社会の豊かさなのだが、彼らを締め出すことはその豊かさを失うことでもある。これは社会の大きな損失であり、課題であると考える。  彼らを締め出すのは、彼らに問題があるのではなく、彼らのことを知らない、ということが大きな原因になっている。この課題を解決するためにNPO法人ぷかぷかは街の中に障がいのある人たちの働くお店(パン屋、カフェ、お惣菜屋、アートショップ)を作り、街の人たちが彼らを知る機会を毎日の生活の中で作ってきた。  演劇ワークショップは街の人たちと障がいのある人たちの関係を更に深め、いっしょに新しい芝居を作っていこうというもの。新しい関係を作るだけでなく、そこから今までにない新しい文化といっていいほどのものを創り出す。  昨年6月からぷかぷかの利用者さんと地域の人たちが月一回集まって演劇ワークショップをおこない、11月にみどりアートパークのホールの舞台でみんなで作った芝居を発表した。それは、障がいのある人たちといっしょだからこそできた芝居であって、「ぷかぷか」が日々ホームページやFacebookページで発信している「障がいのある人たちとはいっしょに生きていった方がいいよ」というメッセージを具体的に目に見える形で表現したといってもいい。  できあがった芝居は彼らが一緒にいた方がいい理由を端的に物語る。芝居はだから、彼らに対する社会のさげすんだ目線をひっくり返すほどの内容を持つことになる。 ホームページに詳しい記録が載っている。 「ぷかぷかパン」検索→「ぷかぷかホームページ」→左側メニュー欄「みんなでワークショップ」→「みんなでワークショップ第1期2014年6月〜11月」 ワークショップの詳しい記録。 「みんなでワークショップ」→「映画ぷかぷか物語」 ワークショップの記録映画から見えてきた物語 これまでに得られた成果  障がいのある人たちといっしょに演劇ワークショップをやると、彼らに対して「あなたがいないと困る」といえる関係が自然にできる。社会の中で邪魔者扱いされている彼らとそんな関係を切り結ぶことがで来た意味は大きい。 また障がいのある人たちといっしょだからこそ作ることのできた芝居は、今までにない新しい《文化》と呼んでいいほどのものだった。 今後の活動予定と抱負 2015年9月より「第二期みんなでワークショップ」を開始。今年は「みんなの生きる」をテーマに芝居を作っていく。月一回集まってワークショップをやり、平成28年2月14日(日)にみどりアートパークホールの舞台で芝居を発表する。 推薦者 近くのNPO法人レクタスの理事長塚原さんに推薦理由を書いてもらいました。  障がい者が地域でパンを作り、売っているだけでは、地域の方との交流は限定的なものとなる。「ぷかぷか」は、パン販売を地域を越え、隣接の市や区に交流を広げるだけでなく、芝居作りを通して地域の人たちと障がい者との交流を深めていくという素晴らしい企画を実践化した。パンを作っている利用者さんが芝居に参加することで、一人一人の生き方を広げ、可能性を広げるだけでなく、できあがった芝居自体が障がいのある人たちといっしょに地域社会に生きる理由をわかりやすく、地域住民の目に見える形で訴えることができていた。昨年の舞台発表でも多くの人たちの共感を呼んだ。ぷかぷかのこれまでにない企画、そこで創り出したものは、単なる福祉活動ではなく、地域社会を巻き込み豊かなものにし、それを地域文化にまで発展させようとする壮大な夢につながっている。  読売新聞もこういうことに100万円もぽんと出すなんて、なかなかやるなぁ、と思いました。ワークショップで創り出すものに100万円の価値をつけた,ということです。大事に使いたいと思います。   第二期みんなでワークショップは今苦戦していますが、発表会は2月14日(日)みどりアートパークホールです。詳しい時間などはまた後日発表します。100万円の舞台、ぜひ見に来て下さい。  昨年の記録映画は1月7日(木)にみどりアートパークホールでアンコール上映会をやります。
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