ぷかぷか日記

30年前に書いたものですが…

 先日の映画『ぷかぷか』の上映会で、昔書いた『街角のパフォーマンス』を販売したのですが、少し売れ残りましたので、パン屋、カフェで販売しています。

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 30年ほど前に書いた本ですが、全然古くないどころか、時代を先取りしていた感じすらする本です。

 本は障がいのある人たちといっしょにワークショップをやったところから書き始めています。ワークショップで見つけたことを新鮮な目で書いています。ワークショップの場では障がいのある人たちに向かって「あなたにいて欲しい」「あなたが必要!」と言える関係が自然にできる、と書いているのですが、当時、そのことに注目する人はほとんどいませんでした。ワークショップは9年続けましたが、誰にも注目されないまま、寂しく幕を閉じました。

 最近になってこのワークショップが注目されはじめたのは、あの頃提案したことに時代がようやく追いついた、ということでしょうか。

 

 学校で「芝居小屋」をやったことも、今の学校の雰囲気からすれば、よくやった、という感じです。「自由」という意味では、学校は時代に逆行している気がします。学校は、でも、その気になればまだまだいくらでもいろんなことができます。私は定年退職するまで、自由きわまりない芝居作りをやっていました。「芝居小屋」はですから、その気になれば学校でこんなこともできる、という元気な見本です。昔、こんなことができた、ではなく、今だからこそ、これをやって欲しいと思います。自由な空間を学校の中に創り出して欲しいと思うのです。子どもたちのためはもちろん、大人たちのためにも。

 

 惚れた子どもたちを連れて街に飛び出していった話がありますが、何もない原っぱで、お互い素手でつきあった気がしています。見て見て、この子たちステキだよ、って、つきあった方が絶対いいよ、っていいまくっていた感じです。

 最近様々なイベントで障がいのある人たちとふれあう機会を作っていますが、何か演出されたふれあい、という感じで、違和感を覚えます。主催者が彼らのことをどう思っているのか見えない、というか、下手すると、イベントが終わればもう知らんぷり、みたいな、そんな感じすらします。

 ふだんの日々の中で、普通のおつきあいをどうやって広げていくのか、そのことこそ大事なんじゃないか、ということを、新聞の投書事件を受けて30年前に書いています。

 

   「障がいのある子どもを一人で電車に乗せないで」という新聞投書に対し、当事者でもある養護学校は全く動きませんでした。私は学校の中で孤立無援でした。そんな中で地域の仲間、お母さんたちと話し合い、それをまとめた意見表明は、今、私たちが共有していい内容だと思います。言い換えれば、30年前の意見表明が、そのまま通用するというのは、時代はほとんど前へ進んでいない、ということです。寂しい話です。

 

 「あおぞら市」で養護学校の生徒・子どもたちといっしょにうどん屋を出した時の話は、彼らがいることで「あおぞら市」は、みんながホッとできる場になっている、ということを書いています。今の「ぷかぷか三軒長屋」の持つ雰囲気を、30年前に書いているというわけです。

 

 どれもこれも30年前、たった一人で起こした小さな試みでした。その一つ一つが全く色あせてないくらい、時代は遅々として進んでいないんだなぁ、とあらためて思いました。

 

 

 

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