ぷかぷか日記

甘夏パン!

天草から届いた甘夏を使った甘夏パンができました。フランスパンの生地で作っています。

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 甘夏を作っているのは、もう30年近いおつきあいのある川野美和さん。少し前ですが「あめつうしん」に載っていた「耕す日々」と題した日記にステキな話があったので紹介します。

 

 円(まどか 小2)が夏休みで悲しかったことは子牛が死んだことだよ、という。そうだった。8月20日の夜、私たちがバンビと呼んでいる母牛が予定より二日早く産気づいた(川野さんは牛を育てています)。彼女は今まで二度とも安産だったが、様子がおかしいので見ると、子牛の尻尾が出かかっている。逆子だ。これは大変とすぐTさんを呼ぶ。Tさんは以前にも、逆子を難なく胎内でひっくり返し、無事産ませてくれた受精師、博労、30才。90キロのTさん。大きな手をすぐに胎内に入れて

「う〜ん、これは難しい。破水して水がなくなっとる。ひっくり返らんぞ。もう少しだ、しんぼうしろよ」

とバンビに声をかける間も、水や血が吹き出てくる。バンビもTさんも必死の形相であった。彼の体力と技がなければできないことであった。ようやくのことで引っ張り出す。ぐったりしている。Tさんがすぐに逆さづりにする。息をしているように見える。藁の上に横にして、

「藁で全身をこすれ!」

とTさんが言う。子どもら全員、藁をつかみ、たわしにして頭からお腹、背中、手足、全身をこする。やわらかく、ほかほかと暖かく、つい今まで胎内で動いていた命のぬくもりが切ない。目や口が鼻が足が、今にもピクリと動きそうな気がして、みんな一心にこする。

 しかし、ついに動かなかった。その時母牛についていたTさんが、疲れた声を振り絞って

「もう一頭、はいっとる」

という。えっ、双子。悲しみと光がぶつかり合う。今度は引っ張り出して元気だ。逆子の子は小屋の外に出す。子らはこすり続ける。バンビは元気な子をなめ始めている。Tさんが逆子の舌を引っぱる。だらんと伸びて口の中に返らない。

「だめ、親に見せんようにして。資料袋に入れて」

と、厳しい声のTさん。子どもらはバンビに見えないように背で垣を作る。円もそうっと頭を入れる手伝いをする。

 黒く大きく立派で目にはまだ光が残っているいのちを袋に入れる。やわらかな黒い毛のあたたかさが手のひらに残る。翌日、元(げん)と畑の隅のもちの木の下に穴を掘り埋葬した。

 

 むき出しのいのちが、ここにはあります。子ども達(三人います)は、ものすごくいい経験したなと思います。

 

 川野さんの作った甘夏がたっぷり入った甘夏パンです。ぜひお試し下さい。川野さんの優しい日々が伝わってきます。

『Pukapukaな時間』Vol.3ができました。

『Pukapukaな時間』Vol.3ができました。全体的にアートのセンスが格段にアップしました。アートだけでなく、ぷかぷか全体がいろんな意味でバージョンアップ,進化したのだと思います。

 アートディレクターにアーダコーダいわれながら悪戦苦闘し,仕上げた若い編集者に拍手!です。

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 障がいのある人たちと一緒に生きていく中で生まれたアートです。ぷかぷかさん達と一緒に生きていくことで生まれる豊かな時間をビジュアルに表現したものです。まさに『Pukapukaな時間』。

 一緒に生きていくと何が生まれるのかがよく見えます。こういったものは社会を豊かにします。そのことが見ただけでわかります。

 一緒に生きていった方がいい理由が、ストレートに見えるのです。

 これは「障害者はいない方がいい」の言葉に象徴される「津久井やまゆり園事件」に対するぷかぷかのメッセージでもあります。優生思想云々の抽象的な話ではなく、日々の営みが生み出す手ざわり感のあるあたたかなメッセージです。

  こんな感じです。

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 きゅっと抱きしめたくなります。こんな人たちとは一緒に生きていった方が絶対トク!

 

 こんなメッセージが広がっていけば、体がゆるっとゆるみます。社会は、お互いがもっと生きやすくなります。窮屈なものが取れて,息がしやすくなります。

 

 さぁ、この愛おしいアート達を見ながら、思いっきり深呼吸しましょう。

 

 お求めはアート屋わんど、もしくはこのサイトから

 

shop.pukapuka.or.jp

 

やまゆり園の支援の実態を今あらためて調べることはとても大事なことだと思います。

神奈川県が津久井やまゆり園の支援について情報提供を受け付ける窓口を設置したようです。

www.pref.kanagawa.jp

 

 これ自体はいいことだと思うのですが、こういったことをどうして事件直後にやらなかったのかと思います。

 事件の検証委員会が出した報告書では、防犯上の問題だけが書かれ、やまゆり園における支援の実態には全くふれていません。

 全く調べなかったのか、調べたのだが、横やりが入って削除させられたのか、よくわかりません。いずれにしても支援の現場で起こった事件の報告書としては、不自然極まりないものだったと思います。

 

 津久井やまゆり園は社会福祉法人が運営しています。社会福祉法人はNPO法人よりも社会的な責任がはるかに大きいはずです。ところが法人のホームページは事件について一切語ることなく閉鎖されたままでした。一年後に再開されたホームページに書かれていたのは

 

《 昨年7月26日、津久井やまゆり園で起きました事件から一年になります。今まで多くの皆様にご迷惑やご心配をおかけしてきたところでございます。》

 

 という他人事のような言葉だけでした。

 事件の説明も、元従業員が起こした事件に対する謝罪も一切ありませんでした。

 

 ところが神奈川県は、この無責任極まる法人にその後の運営を任せました。県職員の天下り先として有名な共同会を庇っているのではないかと思いました。

 今回、検証委員会のメンバーが替わったと聞きますので、その部分の問い直しこそ、ぜひやっていただきたいと思います。事件当時の支援の実態、それへの県の管理責任、事件後の検証報告書、事件後も運営を任せた理由等の検証を期待したいと思います。

 

 事件の裁判は現場の実態が明らかにならないまま、被告を死刑にすることで終わってしまいそうです。事件の温床はそのまま残ることになります。そういうことを考えるならば、やまゆり園の支援の実態を今あらためて調べることはとても大事なことだと思います。

 

ぷかぷかおじさん タカサキがゆく

 ぷかぷかしんぶん3月号に「ぷかぷかのおじさん タカサキがゆく」と題して、この  1年間の活動を振り返るページがあります。ちょっとくたびれた感じの似顔絵がいい雰囲気。

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 茅野のイベントは参加された方の感想が素晴らしかったです。

www.pukapuka.or.jp

 

 ぷかぷか上映会も、見に来た方の感想がよかったです。会場の空気感をよく伝えています。そしてこの空気感こそ、やまゆり園事件を超えるために必要だ、と。

www.pukapuka.or.jp

 

『表現の市場』が終わっても、毎日お風呂で「ゆっくりゆきちゃん」を歌っているひよりちゃんの話がすごくいい

www.pukapuka.or.jp

 

 しんぶんには載っていませんでしたが、青葉区役所でのワークショップを使った人権研修会は素晴らしかったと思います。こういう人権研修会、もっともっとやって欲しいですね。お近くの区役所、市役所に働きかけて下さい。

www.pukapuka.or.jp

 

 福岡、岩見沢(北海道)で簡単なワークショップ、上映会、トークセッションをやる予定でしたが、コロナウィルスの騒ぎで延期になりました。八王子の集会も延期が決まりました、と先ほど連絡がありました。ま、いろいろ困難なことはありますが、タカサキは困難なことが大好きなので(冬山は晴れた日よりも猛吹雪になると大コーフンする)、これからも前へ前へ進んでいきます。

 

 ワークショップ、上映会、トークセッションなどの問合せはこちら。

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支援の現場にとって、社会にとってあの事件は何だったのか、この先どうすればいいのかを考えたい

 支援の現場の人間がどうしてあのような悲惨極まる事件を起こしたのか、結局わからないままやまゆり園事件の裁判は終わってしまいそうです。このままでは事件の温床は、何も問われないまま残ることになります。

 せめて我々で支援の現場にとって、社会にとってあの事件は何だったのか、この先どうすればいいのかを考えたいと思うのです。

★コロナウィルスの問題で9月5日(土)に変更されました。

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 この集まりの中心になっている方は昨年10月に県に対してやまゆり園事件のことで質問状を出したとき、

www.pukapuka.or.jp

 

「高崎さんの問いは、根源的で、共同会に留まらず、今の入所はもちろんボクたち通所の施設にとっても、答えに窮するものだと思います でも、そこから逃げていては、改善はないので、この問いは重要ですし、これは全ての事業所に向けられたものだと思います」

 という感想が来ました。それに対し、

「神奈川県への質問を、多くの福祉事業所でも、自分の問題として考えてほしいと思っています。どこが重要なのか、どこがすべての事業所に向けられたものなのか、簡単で結構ですので書いてください。そういうものがあれば、より多くの事業所で「問い」を共有できると思います。」

と書き送りました。それに対し

「現在の障害者施設は、基本できない人たちの面倒をみるところだと考えられていると思います 。共に生きる、共に支えあう人たちとは考えられていないのだと思います 。そして、以前高崎さんが書かれていたように、今の障害者施設では、仕事として障害のある人たちと出会っているけれど、人としては出会っていないのではないかと思います。 そして、それはやまゆり園に限らず、障害者施設全般に言えることではないかと思います。 もちろん、仕事として向き合うことが悪いわけではありません 問題はその仕事の中身です。 障害のある人たちをどう認識し、どういう施設やどういう社会を目指すか、その具体化として日々障害のある人たちとどう向き合っていくのかということが重要であり、そういう意味で、高崎さんの問いは、すべての障害者施設にとって、根本的な問いだと思います。」

 というやりとりがあって、じゃあ、こういったことをテーマに集まりをやろうということで今回の企画が決まりました。

 支援の現場にとって、社会にとってあの事件は何だったのかを考えたいと思うのです。ただ考えるだけでなく、具体的に何をすればいいのか、といったところまで話し込めれば、と思っています。

 

★コロナウィルスの関係で、延期になる可能性もありますが、その時はまたお知らせします。

度々フタミさんが「一緒にお昼食べよう」と言ってくれていた

ワークショップに参加した方から、ぷかぷかさんと参加者の関係を語る素晴らしい感想が上がってきました。

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 表現の市場が終わってまだ一ヶ月も経っていないのに、みなさんとあの場にいられた時間がすごく懐かしいです。

 

 演劇ワークショップのお昼時間。

 前から度々フタミさんが「一緒にお昼食べよう」と言ってくれていたのですが、いつもうちはお昼ご飯を用意していないので「マルエツにお昼を買いに行って来るから、先に食べててね〜」と言って買いに行っていました。でもフタミさんは、食べずに私達をマルエツまで走って(!)追っかけてきてくれることもあり、お弁当を持って来ているのにマルエツでの買い物に付き合ってくれ、それから戻って一緒に食べたこともありました。

 

フタミさんも買い物したくなってしまった事もあり、、、ある日からお弁当を作り始めました。

 

そうしたら、当然フタミさんを待たせなくていいし、一緒にゆっくりお昼も食べられるしで、もっと早くお弁当にしてれば良かったと思いました。

 

それからはお互い「お昼一緒に食べよう」と言い合わなくても、お昼の時間になったら一緒にお弁当を食べるのが、ワークショップの日の自然な流れになりました。

 

お弁当を作り始めてからは、フタミさんと一緒に食べる光景や、コンノさんが必ず何かもらいにくる光景(!)を思い浮かべながら、冷凍食品の詰め合わせでしたが、お弁当を作っている時間も楽しい時間となっていました。

 

朝はバタバタで、お弁当を作る時間なんてない!とかたくなだった私の頭を、フタミさんのストレートな気持ちが打ち砕いてくれました。お陰でお昼の時間も思い出深い時間となりました。

 

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本番一週間前の、どんぐりが自分が一番と言い合う場面の事。

あの日の感想の時、隣に座ったショーヘーさんからは「お互いを認め合い、みんな一緒でいいじゃないか」

「みんなそれぞれ良いところがあるのだから、仲良くすれば良いじゃないか。」という思いの言葉が溢れ出て止まりませんでした。

 

親である自分は、つい子供に結果を求めてしまいがち。やるからには頑張りなさい、と。

何か目に見える評価でなく、本人が満足してればいいのか、と反省したり…。

 

ショーヘーさんの中では、相手の存在を認める事がまず先にあり、何が出来るか、なんて関係ない。

自分がとらわれている所から、突き抜けて違う次元でショーヘーさんは生きているんだな〜と思いました。

ショーヘーさんの言葉は、薄っぺらいきれいごとではなく、率直に思っている事だから、どんどん言葉になって溢れ出ていたのだろうと思います。

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 参加者の心をこんなにも揺さぶったフタミンもショーヘーさんもすごいなと思います。

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一番のキモは、障がいのある人たちと一緒に生きていく、という関係

 3月12日(木)に北海道の岩見沢で、簡単なワークショップ、上映会、トークセッションを予定していましたが、コロナウィルスの関係で延期になりました。

 半月ほど前、岩見沢にある「こくわの里」という施設から電話があり、『ぷかぷかな物語』読んで、すごくおもしろかったので、ぜひこちらへ来てお話ししてもらえないか、という依頼があり、今回の企画が立ち上がりました。電話してきたのは80才になるという施設長さんでしたが、シャキシャキして、ものすごい実行力、行動力のある人のようでした。

 「こくわの里」は自立支援法成立以前の地域にできた小さな作業所ですが、自立支援法ができてから、それまで思っていたのと違う福祉の方向となり大いに戸惑ったといいます。

 どう違っていたのか聞いてみると、

自立支援法になって一番問題は福祉をサービスにしてしまったこと。利用しているなかまはお客様ではないと思いました。」

 それまでやってきた人と人とのおつきあいが、サービスという関係になってしまい、なかなか自分の思いが実現できなくなったのではないかと思います。そういう中で『ぷかぷかな物語」を読み

ぷかぷかさんの実践読んで自立支援法の下でもこんな実践が可能なんだと嬉しくなりました。」

とメールにありました。

 ぷかぷかを立ち上げたときはすでに自立支援法があり、その制度の中でやってきましたが、特に不自由さを感じることもなく、やりたいことをやってきました。

 一番のキモは、障がいのある人たちと一緒に生きていく、という関係でやってきたことだと思います。サービスを提供するという関係ではなく、どこまでも人としておつきあいし、そこから新しいものを創り出す。あえて創造の「創」の字を使いましたが、障がいのある人たちと一緒に新しい歴史を創り出す、ということです。

 『ぷかぷかな物語』はそういう関係が何を創り出してきたのかがよくわかる本です。

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 以前、福祉の関係者の集まりでお話ししたとき、質疑応答の中で、ふたこと目には「支援」「支援」という言葉が出てきて、この業界の人たちは、支援という言葉、関係から自由になれないんだと思ったことがあります。自立支援法の中の関係から自由になれない、ということ。そこから自由になれないと、こんな物語は生まれません。1+1が、どこまで行っても1のままです。うまくやれば1+1が5くらいの価値を生み出すのにもったいないです。
 そこから自由になるためにはどうしたらいいのか、そんな話を施設長さんとするつもりでしたが、残念ながら延期。

 施設長さんはこんなこともメールに書いていました。

一番心を打たれたことは相模原事件です。職員会議で3回全員で学びました。毎日が歴史を創ります。権利のことでいろいろ書かれたものはありましたが、施設の職員が起こした事件ということがどういう意味を持つのかがぷかぷかな物語でぴったり来ました。」

 施設関係者から、こんな反応があったのは初めてです。施設の職員が起こした事件にもかかわらず、施設からの反応は、事件直後はともかく、最近はさっぱりな感じです。裁判に注目が集まりましたが、施設自体が持つ問題は明らかにされないまま終わってしまいそうです。

 そういった中で、相模原事件に関する章に心を打たれた、という施設長さんとのトークセッションはすごく楽しみにしていたのですが、残念ながら延期。

世情が落ち着いたらいち早く再開しましょう」

とメールにありましたので、再開が決まりましたらまたお知らせします。
 

f:id:pukapuka-pan:20200226003040j:plainwww.kokuwanosato.jp

 

『ぷかぷかな物語』はこちらから

shop.pukapuka.or.jp

 

アマゾンでも手に入ります。Amazonのレビュー

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全国の支援の現場が、発想を変えれば、今までにない新しい価値がたくさん生まれ、社会はもっともっと豊かに。

 先ほどブログを書いたあとでふと思ったのは、そもそも支援の現場で障がいのある人たちと豊かなものを作り出そうという発想があるのかどうか、ということ。

 「支援」は障がいのある人たちに「何かやってあげる」一方的な関係であり、一緒に何か新しいものを作っていく関係ではありません。そこがぷかぷかとの決定的な違いだと思います。

 今まで何度も書きましたが、障がいのある人たちの作り出す価値を1、スタッフの作り出す価値を1とすると、支援という関係の中では1+1が作り出すものは、2ではなく1のままです。「何かやってあげる」ことが目的なので、障がいのある人たちが生み出すものを見つけ出し、それを生かそうという発想が生まれません。そこからはスタッフの幅のものしか生まれません。だから1+1はどこまで行っても1のままなのです。

 ぷかぷかでは1+1が5くらいの価値を生むこともあります。なぜならぷかぷかさんが生み出すものをいつもわくわくしながら見ていて、それをなんとか生かそうと思っているからです。そのままにしておくのはもったいないと考えるからです。

 この人の描く字は味があるので、ベンチに描いてもらったり、Tシャツに描いてもらったりしています。

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 そうすると字の価値が何倍にもなります。こうやって新しい価値が生まれます。1+1が5くらいの価値を生み出すのです。

 ベンチはお洒落な美容院へ、Tシャツはお客さんの手元へ行き、わくわくするような日々を作り出します。

 これが障がいのある人たちと一緒に生きることで生まれる新しい価値であり、一緒に生きる意味です。彼らと一緒に生きることで、社会が豊かになるのです。一緒に生きていった方がトク!なのです。

 全国の支援の現場が、こんな風に発想を変えれば、今までにない新しい価値がたくさん生まれ、社会はもっともっと豊かになるような気がするのです。

ハッピーになる関係を日々の暮らしの中で作り続ける

 2月29日(土)福岡・大名クロスガーデンで簡単なワークショップ、『Secret of Pukapuka』の上映会、トークセッションをやる予定でしたが、コロナウィルスが広がっているため延期になりました。ちょっと残念ですが、ま、しょうがないですね。

 津久井やまゆり園事件の裁判もあり、事件に絡めてぷかぷかがやっていることの意味を話そうかなと思っていたのですが、次の機会ですね。

 被告は控訴しないようなので、多分死刑の判決が下り、裁判は終わってしまいます。どうして障害者支援の現場でこんな事件が起こってしまったのかは明らかにならないまま裁判が終わることになります。

 私は事件が起こって以来、悲しくて、悔しくて、事件についてのブログを書いて書いて書きまくりました。100本を超えています。抽象的な事件批判ではなく、どこまでもぷかぷかの現場から見た事件についての思いです。そうやってある日気づいたことは 

「障害者は不幸しか生まない」

という言葉は、被告自身が障がいのある人とそういう関係しか築いてなかったのではないか、ということです。不幸としか思えないような関係です。

 ぷかぷかは障がいのある人たちとは一緒に生きていった方がいいよ、と言い続けています。それは彼らとのおつきあいがとてもハッピーだからです。ハッピーと思えるような関係を作っているからです。

 

 下の写真はぷかぷかさん、地域の人たち、スタッフが一緒になってケヤキの木を相手にワークショップをやったときの写真です。こんな風にみんなが楽しくなるような関係を被告が経験していれば、あんな事件は起こりませんでした。事件の現場がこういう関係を作っていなかったのではないか、ということです。

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 いや、こんな関係は支援ではない、という反論が来るかも知れません。では支援という関係が、どれだけ豊かなものを作り出したのでしょう。たとえばぷかぷかが創り出した『表現の市場』を超えるものを支援の現場は作り出していますか?

 そこを問い直さない限り、事件を生み出した温床は温存されたままで、またどこかで同じような事件が起きます。事件後も虐待が起こっていることは何を物語るのでしょう。

 

 上の写真のような関係を日々の暮らしの中で作り続けること、それがすごく大事な気がします。そういった関係を作るコツが『Secret of Pukapuka』という映画には描かれています。

 興味のある方は連絡下さい、 

www.pukapuka.or.jp

本気で寄り添ってくれる人を見抜いているのだと思います。

 『道草』上映会、無事終わりました。お客さん、ずいぶん入っていました。200人くらいはいたでしょうか。とてもうれしかったです。

 ツジさんが映画の宣伝映像で、映画の何がいいですか?と聞くと、「たぁー!」がいい、と言ってましたが、上映中、映画の中でヒロムさんが「たぁー!」と叫ぶと、ツジさんも合いの手を入れるように「たぁー!」と叫んでいました。こういう反応は私たちにはできませんね。ツジさんのおかげで、上映会のとてもいい雰囲気ができたと思っています。ツジさんに感謝!です。

 お母さんはこんな書き込みをしていました。

《 カツヒロは本当にこの上映会を楽しみにしていました。ターッ‼️と合いの手を入れたのは彼の心に響くものがあったからなんでしょうね。作り物っぽかったり、偽善が透けて見えていたら、あんな反応はなかったと思います。いい1日でした。》

 彼の心に響くものがあった、というのがいいですね。映画の素晴らしい評価です。

 

 久しぶりの『道草』、4回目でしたが、あらためて新鮮な気持ちで見ました。こういう人たちが街の中で暮らしているということが、何を差し置いてもいいですね。「共に生きる社会を作ろう」だの「共生社会を作ろう」だの、キャッチコピーのような言葉を言うだけでは社会は何も変わりません。『道草』に見える、こういう風景こそ具体的に作り出すべきだと思います。

 自立生活センターグッドライフの人たちが、重度障害の人たちの自立生活を支えているのですが、支え方がすごくいいですね。

 映画に登場するリョースケさんのお父さん岡部耕典さんは、介護者は当事者が選んでいるんですよ、とおっしゃっていました。介護者と相性が合う、あわないは、当事者の側が決めているそうです。リョウースケさんの介護者はリョースケさんが決めているのです。

 ここでの介護は、人と人とのおつきあいなんだと、岡部さんの言葉を聞きながら思いました。相性が合う、あわないを大事にする、というのは、そこに人と人とのおつきあいがあるからです。だから映画があたたかいのだと思います。

 

 映画に登場するユウイチローさんは行動障害があって、ものを投げたり、壊したりでなかなか大変な人。津久井やまゆり園なら多分拘束されています。2年前の7月の放送されたNHKスペシャルでは徘徊するという理由で1日13時間もバンドで拘束された女性が紹介されていましたが、多分ああいう感じになると思います。

 ところが「自立生活センターグッドライフ」の人たちは、対応のすさまじく困難なユウイチロウさんに果敢に素手で向かっていきます。どこまでも相手に寄り添う、向き合っていくのです。

 一緒に電車に乗って出かけます。

《 何かあったらどうするんだっていった時には、責任は裕一朗くんにもあるし私たちにもある。私たちは出来るだけそうしないように、悪い言い方で言えば監視役でもあり、ガードマンなのかもしれない。けどそれはあくまでも、彼の自由を担保するために居るっていうことなんですね 》

 「彼の自由を担保するために居る」とか言っても、ユウイチローさんのような人だと、本気で相手に寄り添うには、それなりの度胸がないとなかなか難しいと思いました。

 

 そのユウイチローさん、外出の途中で調子が悪くなり、コンビニのガラスを割ってしまいます。コンビニのガラスは相当分厚いです。それを割るくらいなので、ものすごいエネルギーです。パトカーが出動したそうですから、多分大騒ぎになったのでしょう。

 やってきた警官が心配して

「パトカーで送っていきましょうか?」

と聞くのですが、ユウイチローさん、

「いや、大丈夫です」

と、断ってしまいます。こういうところ、ユウイチローさんは覚めていますね。わかっていながら、ついやってしまうところにユウイチローさんの悩み、苦しみがあります。

 そばにいた監督は、心配で、パトカー乗ればいいのに、と思ったそうですが、ユウイチローさんと介護者は何事もなかったかのように歩いて帰ったといいます。ふつうなら、もう怖くて、今日の外出はここで終わり!と多分なります。

 うちへついてから介護の人がこういったそうです。

「今日は外へ行けてよかったね。」

 監督は、パトカーに乗ればいいのに、と思った自分と比べ、なんて肝が据わった人なんだ、と感心したそうです。

 肝が据わる、というのは、仕事ではなく、その人の生き方です。映画見ながら、介護に入っている人たちの「生き方」をすごく感じました。

 そういうものがあるから、ユウイチローさんのこの笑顔が生まれるのだと思います。本気で寄り添ってくれる人を見抜いているのだと思います。

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 やまゆり園は本気で寄り添っていたのか、と思います。
 

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