ぷかぷか日記

しんごっちの物語

どこまでも言葉を紡ぎながら考える。未来はもっと素敵だと。

 ラジオ深夜便のディレクターの方とのやりとりで、今朝、こんなメールが来ました。

 

  ことばで説明しきるのは、難しく、

  また、エネルギーもいることなのですが、

  やはりこれに勝るものはないと思います。

  映像がことばより勝るとよく言われますが、

  むしろここは、

  ことばの持つ可能性の方に賭けたいのです。

 

 ラジオという言葉だけで勝負する世界で生き抜いてきた方の、言葉への思いがあふれています。言葉の持つ可能性に賭ける、という決意。半端じゃないところでラジオの仕事をやっていらっしゃるんだと思いました。

 

 ブログも言葉で勝負する世界です。いつも言葉のチカラを信じ、なんとか思いを伝えようと、もがきながら書いています。

 「ことばで説明しきるのは、難しく、

  また、エネルギーもいることなのですが…」

それでも書きます。

 書きながら気がついたことがあります。言葉は

  「新しいものを創る」

チカラがあるいうことです。

 ぷかぷかの今の姿は、最初からイメージしていたわけではありません。むしろ日々ブログ=ぷかぷか日記を書く中で、今のぷかぷかが少しずつできあがってきたといった方がいいと思います。

 今日やったことはなんだったのか、どういう意味があるのか、この先どうなるのか、どうしたいのか、といったことをブログを書きながら考えてきました。どこまでも言葉を紡ぎながら考えるのです。それは自分を磨き、ぷかぷかを磨く作業だったと思います。

 かなり昔に書いたブログにこんなことを書いています。

 

 ソーシャルデザインの本に「未来はもっと素敵だと思いますか?」あるいは「自分の手で、未来をもっと素敵にできると思いますか?」という問いがありました。その問いにYESと答え、ひたすら突き進んできたのが「ぷかぷか」です。

 

「未来はもっと素敵だと思い」

書いて書いて書きまくってきました。未来はもっと素敵だと思い、自分の手でそうできると思ったから、こんなにも書けたのだと思います。

  「障がいのある人たちとは一緒に生きていった方がいいよ」

という言葉も、彼らと一緒に生きることで、もっと素敵な未来が生まれるという思いがあったのだと思います。

 

 「一緒に生きていくことの意味」

を考えていく中で

「障がいのある人たちと一緒に生きていくと豊かさを生む」

といった言葉も生まれました。ブログを書きながら気がついた言葉です。

 今まで「マイナス」の評価しかなかった障がいのある人たちが実は

 「豊かさを生む」

ということ。そのことに気づいた頃から、それに共感する人が少しずつ増えていき、今のぷかぷかができあがったように思います。

 言葉はそういうチカラを持っているのだと思います。ぷかぷかというステキな場所を生み出すチカラです。

 

 アート屋わんどというぷかぷかさん達のアートを生み出す場所があります。そもそもの始まりは「ぷかぷかさんお昼ごはん」の前あったカフェの壁にぷかぷかさん達の絵を貼り出したことです。これはぷかぷかができた当初からやっていました。「障がいのある人たちとは一緒に生きていった方がいいよ」という言葉は伝わりにくいのですが、絵は一目で、「あ、いいね」という言葉が出てきます。

 カフェに来たお客さんが

「こんな絵を描く人は社会にいた方がいいね」

というふうに思ってくれるといいなと思っていました。ぷかぷかさんの絵を社会に広げていくのは、そういう思いがあったのです。そういうことを度々ブログに書いてきました。

 カフェで開いた「しんごっち展」に向けては、しんごっちの絵に対してこんな思いを書いています。

pukapuka-pan.hatenablog.com

 その絵は未来につながる、とも。

pukapuka-pan.hatenablog.com

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 ぷかぷかさん達の絵を社会に出していきたい。そんな「未来はもっと素敵だと思っていた」のです。そんな思いを書き続けた先に「アート屋わんど」ができ、そこで描かれた絵が、今少しずつ社会に出て行きはじめているのです。

 

 ぷかぷか日記のアクセス数が32万を超えました。ぷかぷかのホームページのアクセス数は33万を超えました。ぷかぷか日記は「はてなブログ」というサイトを使い、ホームページとは別のサイトです。

 言葉の持つチカラがこれだけのアクセスと生み出したのだと思います。

 

 今のぷかぷかは「ことばの持つ可能性に賭けた」結果なのかも知れません。 

 

 

あなたを産んで育てたことを誇りに、精一杯生きようと思います。

 しんごっちが亡くなって4年。お母さんからのメール。

 

伸吾の4回目の命日を迎えます。

プライベートなことではありますが、弊社「お空のした」に深く関わることでもあるため、日頃お世話になっています皆様に生前息子(伸吾)が描き遺した絵を観ていただきたくて事務所内いっぱいに飾ります。

伸吾との闘病生活がなければ立ち上げることのなかった会社なので、一年に一度この日は伸吾への想いを込めた日にしようと企画しました。

 

 で、今日、その会場へ行ってきました。

 

 伸吾さんの写真の下にはお母さんのメッセージ

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  《 あなたが どうしても生きたかった一日 》

 一日一日をめいっぱい楽しんで生きた伸吾さんの生き方が大好きだったので、《あなたが どうしても生きたかった一日》は、切なくて、とても重い言葉でした。

 

 《 あなたを産んで育てたことを誇りに、精一杯生きようと思います。》

 伸吾さんは今なおお母さんを支えています。

 

 伸吾さんが亡くなったあと、お母さんは小児ホスピス設立の仕事に打ち込んでいました。そのときにできたプロモーションビデオです。

www.youtube.com

これはpvプロボノの内田英恵さんが作りました。内田さんはぷかぷかのプロモーションビデオを世界自閉症フェスティバルの主催者に紹介し、そのことがきっかけでぷかぷかの映画がカナダバンクーバーで上映されました。今日はその内田さんともばったり会いました。こういうつながりがおもしろいですね。

 

 今日の会場には伸吾さんの懐かしい絵がたくさん飾ってありました。いつか機会見つけて、また「しんごっち展」をぷかぷかでやりたいなと思いました一日一日をめいっぱい楽しんで生きた伸吾さん。そんな伸吾さんの人生にふれてみたいと思うのです。

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pukapuka-pan.hatenablog.com

 

しんごっちの人生をとことん楽しむような生き方が好きでした

  4年前、脳腫瘍のため亡くなったしんごっちのお母さんが「お空のした」という新しい介護の事業所を立ち上げました。その社名に込めた思いには、空へ還っていったしんごっちへの思いにあふれています。

https://www.osoranoshita.com/blank-6

 

 しんごっちはこうやって今もお母さんを支えているんだと思いました。

 私はしんごっちの人生をとことん楽しむような生き方が好きでした。多分私の生き方と重なるところがあるのだと思います。

 しんごっちの心ときめくような生き方を日記で紹介しています。ぜひ読んでみてください。こんなふうに密度の濃い人生を生きた青年がいたことを知って欲しいと思います。彼はいわゆる「重度の障害者」でした。でもそんなふうにしか見ないと、しんごっちのすばらしい生き方は見えてきません。「障害者」というレッテルは、相手を見えなくします。それは私たちにとって、そして社会にとって大きな損失です。

pukapuka-pan.hatenablog.com

その人の生きた証は、その人が生きた意味をも語ります。

 昨日、しんごっちのお母さんがぷかぷかに来ました。表現の市場で小児ホスピスの募金箱を置いてもらえないか、という話でした。ほんとうはお母さんが持って来る予定でしたが、知り合いの小学生に脳腫瘍が見つかり、余命何ヶ月かを宣告され、子どもと両親の支援に入るため、表現の市場には来られない、それでもいいか、という話でした。もちろんいいですよ、とお答えしたのですが、余命何ヶ月かを宣告された小学生の話は辛いものがありました。

 ほんの1年ほど前に悪性の脳腫瘍がわかり、それまで全くふつうの生活をしていた子どもが、だんだん調子が悪くなり、次第に歩けなくなり、言葉が出なくなり、食欲もなくなって、今とても厳しい状態のようです。

 まわりの人たちが、自分抜きで自分の病気のことを話し合うのが嫌だと、本人も話し合いに加わることになり、自分の余命を告知されることになったと言います。

 小学生が自分の余命の告知をどんな思いで聞いたんだろうと思うと、胸が痛みました。しんごっちのお母さんは子どものそばに行っても、話しかける言葉が見つからない、とほんとうに苦しそうでした。

 でも、そんなふうに辛い思いをしている子どもにこそ向き合わねばならないと、しんごっちのお母さんは自分を奮い立たせているようでした。そんな思いにまでお母さんを駆り立てているのは、やはり亡くなったしんごっちの存在が大きいと思います。

 しんごっちはたくさんの絵を描いていました。しんごっちの生きた証です。その生きた証があるから、今もしんごっちのことを楽しく思い出せる、だから今向き合っている子どもの生きた証も、何らかの形で残してあげたいとおっしゃっていました。ご両親は今はすごく大変だけれど、将来、きっと子どもの生きた証が両親を支えると思います、と自分の体験を交えながら話していました。

 その人の生きた証は、その人が生きた意味をも語ります。  

pukapuka-pan.hatenablog.com

 

 相模原障害者殺傷事件。犠牲になった方たちの生きた証が全く見えません。今朝の神奈川新聞では施設の閉鎖性についての記事がありました。こんなことが原因で犠牲になった方たちの生きた証が見えないのだとしたら、なんともやりきれません。

www.kanaloco.jp

  あの人はああだったよね、この人はこうだったよね、ってお互いが語り合えれば、それぞれの生きた証が見えてきます。そういったことができない雰囲気が、今、施設はあるのでしょう。なんともやりきれないです。

未来はもっと素敵だと思って作ってきた物語の本

 ぷかぷかの本の原稿、ようやく書き上げ、今出版社に送ったところです。400字詰め原稿用紙約260枚です。この6年間でぷかぷかが作ってきた物語です。

 

 前書きにはこんなことを書きました。

 

 「ぷかぷか」は私が養護学校の教員をやっているときに、障がいのある子ども達に惚れ込んでしまい、「こんなすてきな人たちのそばに一緒にいたい、いっしょに生きていきたい」と思ったことが最初のきっかけです。養護学校を定年退職後、彼らと一緒に働く「ぷかぷか」を立ち上げて6年がたちました。

  お店を運営しながら見えてきたのは、社会に合わせた彼らではなく、彼らのありのままの姿にこそ魅力があり、その魅力は仕事を進めていく上でのチカラになり、社会を変えていくチカラになる、ということです。

 彼らの魅力は人を癒やし、「ぷかぷかが好き!」というファンを生み出しました。ファンが増えれば売り上げが増えます。つまり彼らの魅力は収益を生むチカラがあるのです。ぷかぷかのファンになった人は、ぷかぷかで働く障がいのある人たちに出会った人たちです。ですから、ぷかぷかのファンを増やすことは、街を耕すことになります。彼らの魅力は、社会を変えていく、社会を豊かにするチカラがあるのです。

 そういったことが見えてくると、彼らはもう何かをやってあげるとか、支援するとかの対象ではありません。一緒に働く仲間であり、一緒に街を耕し、お互いが住みやすい社会を作っていく仲間です。

  ぷかぷかは「障がいのある人たちのチカラ(魅力)で収益を上げ、同時に社会的課題(彼らの生きにくさ、社会における疎外)を解決する、社会を豊かにする」という今までにない新しい発想、カタチでのソーシャルビジネス、福祉事業をやっているのです。

  いろんな人がいること、そのことを「いいね」ってみんなで思えること、それが地域の豊かさだと思います。いろんな人が、お互い気持ちよく暮らせる豊かな社会を、障がいのある人たちが作り出しているのです。彼らのために始めた事業が、彼ら自身が主人公になって回り始めているのです。

 そしてこの本は、その記録です。

 

目次はこんな感じです。

第1章 ぷかぷかを立ち上げる

1−1 「養護学校でもいい」から福祉の世界へ

1−2 障がいのある人たちに惚れた

 1−2−1 ゲハハ ガハハ

 1−2−2 カンカンカン あたりぃ!

 1−2−3 社長の方が何倍もいい顔

1−3 みんなでパン屋やろうぜ

1−4 夢の始まりーNPO法人の申請書を書く

1−5 とにかくやりたいからやるーそれが福祉起業家

1−6 あこ天然酵母で勝負する

1−7 毎日パンを作ることで社会貢献

1−8 650万円ゲット

1−9 お店を霧ヶ丘に

1−10 2000万円を超える見積書にじわっと冷や汗 

 

第2章 パン屋を始める

2−1 商売のことを何も知らずに始めた「素人パン屋」

2−2 近隣から苦情の電話が入り、半年間は針のむしろ

2−3 この1枚の写真を撮るために4年間がんばってきた

2−4 事業は続けることが大事

2−5 プロから見れば、もう見てられない

2−6 ようやくみんなと山に

 

第3章 彼らがありのままの自分でいられること

3−1 気色悪くて接客マニュアルはやめた

3−2 ひとときの幸せをいただきました

3−3 ウィルスに感染したお客さんの話

3−4 見当違いの努力

3−5 彼らに社会を合わせる

 

第4章 ぷかぷか三軒長屋

4−1 ぷかぷか三軒長屋は街に必要な場所

4−2 カフェベーカリーぷかぷか

4−3 おひさまの台所

4−4 アート屋わんど

 

第5章 福祉事業所でもビジネスでやった方が得!

5−1 知的障がいの人には単純作業が向いている?

5−2 一大決心で飛び込んだぷかぷか

5−3 まっすぐ前を向いて生きています

5−4 人生への配慮が抜け落ちているんじゃないか

5−5 仕事の持つ意味が、ぐ〜んと豊かに

5−6 ビジネスの面白さでルンルン気分

5−7 一石六鳥のソーシャルビジネス

 

第6章 たくさんのつながりを作る

6−1 パン教室

6ー2 ぷかぷかしんぶん

6−3 ありがとうカード

6−4 子ども達にオペラをプレゼント

 

第7章 あたらしい文化を作る

7−1 地域の人たちと一緒に芝居作り

7−2 「悪意」のない人たちが「悪意」のある芝居を作る

      ー第一期みんなでワークショップ「森は生きている」ぷかぷか版 

7−3 心の底から楽しいって思えた舞台 

7−4 げんさん、タケちゃん、じゅんちゃん

7−5 まーさんの物語

7−6 なぜ彼らといる時に、ゆるっと心地よいのか、わかった気がします。

      ー第一期みんなでワークショップの記録映画を見た人たちの感想

7−7 「むっつり大王」は私たちの中に

      ー第二期みんなでワークショップ「みんなの〈生きる〉」

7−8 何かができないことが新しいものを生み出した。

     ー第三期みんなでワークショップ「セロ弾きのゴーシュ」ぷかぷか版

 

第8章 ヨッシーワールド全開「田貫湖電鉄物語」

 

第9章 思いつきのひとことが思ってもみない広がりを生んだ話

9−1 区民まつりでブースのデザイン

9−2 大きな絵地図を作ることに

9−3 大きな絵地図が区役所のロビーに

9−4 区長、副区長が名刺に似顔絵

9−5 人権研修会講師に「ぷかぷかさん」

 

第10章 「ぷかぷか」が創り出した物語

10−1 ほっとけないと思ったのは、人としてそこに立ってしまったから

10−2 赤ちゃんはお母さんを救ったのかも

10−3 ぷかぷかは明日もがんばりません

10−4 みんなでパンをかついで

10−5 迷惑を掛け合いながら人は一緒に生きているのだと思います。

10−6 「障害者はいた方がいい」という映像を作ります。

10−7 希望があるからまた書ける

10−8 その子の手が柔らかくて、あたたかいんですね         

10−9 名前のない死は、悲しいです

10-10 楽しむ時間が倍に

10-12 この寝っぷりがいいよな

10-13 ぷかぷかとおんなじだよ

10-14 街を耕す

10-15 この子が大きくなったとき、こんなふうに笑顔で見つめ合える社会を

    作ってくれるんだろうなと思います。

10-16 どうして彼らといっしょだとこんなに楽しいんだろうね。

10-17 しんごっちのメッセージ

10-18 人は誰でもそのままで生きていていい

10-19 未来は今よりもっと素敵に

 

 第11章 福祉事業所を立ち上げる

11−1 事業計画

11−2 手続き

11−3 自分の生き方が問われる

11-4 根拠なんか別にない。ただ、やれると思う気持ちがあるだけだ。

 

 

だいたいこんな感じです。ぷかぷかは現在進行中なので、まだまだまとめきれない感じですが、とりあえずの中間報告、といった感じです。

あとがきにはこんなことを書きました。

 

 ソーシャルデザインの本に「未来はもっと素敵だと思いますか?」あるいは「自分の手で、未来をもっと素敵にできると思いますか?」という問いがありました。その問いにYESと答え、ひたすら突き進んできたのが「ぷかぷか」です。

 障がいのある人たちの人柄に惚れ込み、彼らといっしょに生きていきたいと思い、彼らといっしょに働く場「ぷかぷか」を街の中に作りました。

 街の中に作ることでたくさんの人たちが彼らと素敵な出会いをしました。お互いの心がぽっとあたたかくなるような出会い。こんな出会いを見ていると、「未来はもっと素敵だ」と本当に思えるようになりました。

  そう思える物語をこの6年間でたくさん創ってきました。この本はそのいわば中間報告です。物語はまだまだ続きます。たくさんの人が「未来はもっと素敵だ」と思えるような物語です。

 

 年内に手直しをし、年明けには本ができるのかな、と思っていますが、ま、そううまくはいかないだろうと思っています。また報告します。 

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しんごっちのメッセージ

 原鉄道博物館に行った際、電車が大好きだったしんごっちのことを思い出し、そのことを日記に書いたら、お母さんが読んでくれていて、こんなコメントが寄せられました。

 

「今日行くでしょ?」と40度の腫瘍熱で意識が朦朧とする中、原鉄道博物館へ行く約束を忘れずにいた あの日を思い出しながらブログを読ませていただきました。
余命一週間…奇跡の復活。
寄り添ってくださった皆様の想いが届きました♡
忘れずにいてくださること、とても嬉しいです。

 

 40度も熱があって、意識ももうろうとする中で原鉄道博物館に行ったんですね。あらためてしんごっちの前向きに生きるエネルギーを思いました。

 ぷかぷかでは毎日帰りの会で

「今日は、いい一日でしたか?」

という質問をします。いい一日を過ごすこと、いい一日を創り出すことが、いい人生の出発点だと考えるからです。

  しんごっちはその「いい一日を過ごすこと」と「いい一日を創り出すこと」の名人でした。

 給料が出たら、横浜ー川崎間の一区間だけのグリーン車の切符を買って、8分間の豪華な旅をするなんて、そういうことを思いつくこと自体が、本当にすばらしいと思います。まさに「いい一日を創り出すこと」の名人だったのです。

pukapuka-pan.hatenablog.com

   街の模型を思いをこめて作り、更にそれを思いをこめて写真に撮っていました。しんごっちのわくわくしている様子が手に取るようにわかる写真です。「いい一日、いい瞬間を創り出すこと」の名人だったのです。

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  入院中、自分のベッドで動画も撮っていました。どんなときでも前向きの気持ちで生きたしんごっちの生きる姿勢が鮮明に見える出来事でした。

pukapuka-pan.hatenablog.com 

  しんごっちは、いつも前向きの人生を生きていました。銀河鉄道の絵は遙か遠くを見据えて生きようとする思いがあふれていたように思います。しんごっちの人生の壮大さ、スケールの大きさを思います。

 下から見上げた銀河鉄道の絵を描いた時のしんごっちは、なんかもう私たちの手の届かないところにいたように思います。あの銀河鉄道ははどこへ向かっていたのでしょう。

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  しんごっちは日々楽しいことを見つけていたので、子どもたちにもその楽しさをプレゼントしたかったようです。

pukapuka-pan.hatenablog.com

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  ぷかぷかはしんごっちをしっかり支えていました。

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 しんごっち展をやりました。

pukapuka-pan.hatenablog.com

 

 相模原障害者殺傷事件の容疑者は「障害者は不幸しか生まない」といっていました。かつてのナチスはそのために何万人という障がいのある人たちを殺してしまいました。その優生思想から私たちはまだまだ抜け出せていません。

 今の社会でも「障がいのある人たちは不幸だ」と多くの人たちが思っています。「障がいのある人たちはかわいそうな人たちだ」と。そんな社会の中で、しんごっちはすばらしく豊かな人生を築きあげ、その中を生ききったように思うのです。

 そんな彼の生き様から私たちは何を学ぶのか、ということです。しんごっちが残したものを、今こそ私たちは掘り起こさなければ、また第二、第三の相模原障害者殺傷事件が起こるような気がしてならないのです。

 原鉄道博物館でしんごっちのことをふと思い出させてくれ、それにお母さんがコメントを寄せ、あらためてしんごっちのことをいろいろ思い出したのも、今の時代の中でくれたしんごっちのメッセ−ジなのかも知れないな、と思うのです。

 

原鉄道博物館に行きました。

 ぷかぷかの余暇支援で「原鉄道博物館」に行きました。といってもすんなり行けたわけではなく、セノーさんが駅のトイレにこもってしまい、やっと出てきたかと思ったら

「カバンがない〜!」

と大騒ぎ。トイレになかったので電車に忘れたんじゃないかと駅員に聞き、折り返して戻ってきた電車の中を駅員とセノーさんと私で探しましたが見つかりません。またしても

「かばんがない〜!」

と大騒ぎ。駅員はあちこち連絡取って探してくれましたが、なかなか見つかりません。

今度は

「あ、き、は、ば、ら!」

とか言い出したので、あわててお母さんに電話。「あ、き、は、ば、ら!」といいだしたときは調子が悪くなった証拠なのです。お母さんと直接話をして、セノーさんをなだめてもらいました。少し落ち着いたので、とりあえずカバンの捜索は駅の人に任せて出発。その間、ざっと30分。みんな(23人)辛抱強く待っててくれましたね。

www.hara-mrm.com

 鉄道ファンにはたまらないところです。なんといっても街の模型のなかを走り回る電車は見ているだけでわくわくします。 

 照明がゆっくり変わり、ちょうど夜。

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今回の企画は鉄道マニアのコンノさんのしつこいリクエストで決まりました。コンノさんはしゃがみ込んで動きません。

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www.youtube.com

 

 動く電車を水平の角度から見るのが好きです。水平に見ると、こんなに迫力。もううっとりしてしまって、なかなか動けません。本物の電車よりも、もっと胸がときめく気がします。なんなんでしょうね、これは。

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 一昨年亡くなったしんごっちは大の鉄道ファンで、給料をもらうと横浜ー川崎間の一駅だけのグリーン車の切符を買い、8分間の豪華な旅をしていました。その旅をするために一ヶ月働いていました。

 亡くなる一週間ほど前、付き添いの人といっしょにこの鉄道博物館に来ました。どんな思いで見てたのかなぁ、と、今日電車見ながら思いました。いつもひたすら楽しいことを追いかけていたしんごっちなので、もうこれが最後の見納め、なんて感じではなく、ただただ、

「わ〜、かっこいい!」

「すごいよ、これ」

って、わくわくしていたんじゃないかと思います。

www.youtube.com

 

精密な模型がずらり。

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蒸気機関車もすごい迫力。

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夜の街並みがきれい

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www.youtube.com

 

電車の運転席のシュミレーション。モニター画面を見ながら運転します。

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 今回は鉄道マニアしか来ないのではないかと思っていたのですが、メンバーさんの半分来たので、ちょっとホッとしました。みんな動き回る電車に目が釘付けでしたね。

 本当にすばらしい模型博物館でした。またみんなの世界が少し広がった気がします。

 

 帰りがけ、駅に寄ったらカバンが見つかり、お母さんに取りに行ってもらいました。

 みんなはみなとみらい駅そばのフードコートで食事。

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いい一日でしたね。お疲れ様でした。

まだまだできることがあります。

昨日テレビでもこの集会を伝えていましたが、「まずは私たちの声を聞いて欲しい」という発言が心に残りました。「うわべの優しさ」が事件を引き起こした、という指摘もありました。

www.kanaloco.jp

 

上から目線のつきあいに、こういう批判も出ています。

http://mainichi.jp/articles/20160915/ddm/041/040/142000c

 

2年前、脳腫瘍で亡くなったしんごっちのことをぷかぷか日記に何度か書いたことがあります。その記事を読んだ地域の方が、「何かをやってあげる」という関係から変わっていったことを書いていました。

pukapuka-pan.hatenablog.com

 

 顔が思い浮かぶような関係を作ろう、というすばらしい提案もあります。

http://mainichi.jp/articles/20160905/ddm/041/040/083000c

 

 相模原障害者殺傷事件を超えるために私たちはまだまだできることがあります。そのことをもっともっと考えていきたいと思うのです。

 10月22日(土)ぷかぷか秋のマルシェではみんなで作ったこんな素敵なわけありモデルさんと一緒に地域の人たちが参加する楽しい仮装パレードを計画しています。みんなでこんな楽しいことをたくさんすることが、「何かをやってあげる」上から目線の関係を超えることであり、相模原障害者殺傷事件を超えることだと思います。

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本は、物語たちの中間報告

 先週ぷかぷかの本の企画をネット上にアップしたところ、三社が手を上げてくれましたので、今週編集者と打ち合わせをして、どこの出版社から出すか決める予定です。原稿がまだ全部できあがっていないので、本ができあがるのは早くて年末ぐらいかなと思っています。

 目次はだいたいこんな感じです。

 

第1章 ぷかぷかを立ち上げるまで 

・障がいのある人たちに惚れ込んだ 

・一緒に生きていった方が得!

・一緒に何をする?何から始めればいい?

・申請書類に泣いた。法務局では言われていることの意味がさっぱりわからず。

・横浜市空き店舗活性化事業にエントリー。プレゼンテーションに遅刻するも、なんと650万円ゲット

・設備費700万円、工事費1,200万円、の見積書にじわっと冷や汗。

・それでも前へ

 

第2章 パン屋を始める     

・商売のことを何も知らずに始めたパン屋

・国産小麦、天然酵母のパンは絶対売れると思ったのに、さっぱり。

・お金が回らなくなり、ほんまどないしょ

・経営アドバイザーとの出会い。志はすばらしいが、経営は零点。

・声がうるさいの、目障りだの、いろいろ苦情の電話が入り、半年くらいは針のむしろ

 

第3章 障がいのある人たちが、ありのままの自分でいられる場所

1.カフェの接客の話

・接客マニュアルは気持ち悪くて、接客講習会は一日で中止。

・惚れ込んだ彼らの魅力で勝負

・なんと「ぷかぷかが好き!」というお客さんがあらわれた。

・ぷかぷかウィルスに感染したお客さんもあらわれた。

 

2.見当違いの努力の話

・社会に合わせることを求められ、そういう努力をしてきたが…

・彼らのそのままがお客さんを集める。

・彼らを社会に合わせるのではなく、彼らに社会を合わせた方がお互い得

 

第4章 福祉事業所でも本物の仕事

1.仕事は利用者さんの人生を支える

・本物の仕事は利用者さんの「いい一日」を作る。いい一日の積み重ねが、

 いい人生を作る。

・ぷかぷかに来てから、「まっすぐ前を向いて生きています」

・単純作業は障害のある人に向いているってほんと?

 

2.ビジネスで仕事

・「障がいのある人の作ったものだから買ってあげる」という関係に寄りか
からない。「おいしいから買う」という当たり前の関係を作る。

・売り上げが伸びれば利用者さんのモチベーションが上がる。笑顔が増える。お客さんが癒やされる。

・ビジネスは福祉事業所を変える。地域も変える。

 

第5章 ぷかぷかは地域の人にとっても大切な場所

・「ぷかぷかが好き!」という人がどんどん増えた。

・利用者さんだけでなく、地域の人にとっても大切な場所に

・地域社会を豊かに

 

第6章 たくさんのつながりを作る

・パン教室

・運動会

・絵のワークショップ

・ぷかぷかマルシェ

・オペラ開催

・ぷかぷかしんぶん

 

第7章 新しい文化を創る

・地域の人たちと一緒に芝居を作り、一緒に大きなホールの舞台に立つ

・障がいのある人たちに「あなたが必要」「あなたにいて欲しい」といえる

 関係。

・障がいのある人たちと一緒に作る芝居は新しい文化

・読売福祉文化賞受賞

 

第8章 区役所と前向きの新しい関係

・区民まつり。ひょんなことからブースをデザイン

・そのブースのデザインが大好評

・ブースに飾った利用者さんの描いた大きな絵地図が区役所のロビーに

・区役所の人権研修会の講師に利用者さん

・区長、副区長の名刺の裏に利用者さんが描いた似顔絵

・行列ができる区役所でのパン販売 

 

第9章 たくさんのぷかぷか物語

・まーさんの物語

・しんごっちの物語

・涙が出るくらい辛い仕事

・男気全快

・麺棒が如意棒に

・笠地蔵が自分の家に来ると思い大晦日の夜に玄関にお米やミソを並べたお
兄さんの話

・マックを食べ過ぎると女の子になるかも知れない話

・May I Help You?

・歯を磨きながらアルゴリズム体操

・勘違いで撮った映画

・あ、ごめん、勝ってしまったわ

・ぷかぷかは障害者差別と闘いません

・「支援する」だなんて気恥ずかしくて

 ………

 

 

 この本全体がぷかぷか物語です。いずれにしても、こうやって書き出してみると、6年間、ほんとうにたくさんの物語を作ってきました。ぷかぷかをやってきてよかったなとしみじみ思います。ぷかぷかをやってなかったら、これらの物語(社会の財産といっていいほどの物語)はゼロですから、あらためてぷかぷかがあることの意味の重さを思います。

 

 物語はまだまだ続きます。というか、ぷかぷかが続く限り、新しい物語が次々に生まれてきます。8月からは新しいワークショップが始まります。10月の区民まつりではすでにブースのデザインを依頼されています。どんな物語が始まるのかすごく楽しみにしています。いや、日々の営みの中でも「今日はどんな物語に出会うかな」ってわくわくしながら毎日カメラを持って歩き回っています。

 というわけで、この本は、その物語たちのとりあえずの中間報告といった方がいいかも知れません。

  楽しみにしていて下さい。

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ずっとずっと眞由美さんのこと忘れないよ

 眞由美さん、今、どのあたりを旅してますか?

 眞由美さんの突然の旅立ちに、みんなびっくりしました。でも、こういった悲しいことが突然やってくることも、人生。そんなことを一番年上の眞由美さんは、若いメンバーさんたちに教えてくれたのかな、とも思って自分を納得させています。

 すばらしい刺繍をたくさん残してくれましたね。ぷかぷかの大事な大事な財産です。眞由美さんがこうやって自分の人生を生きたこと、それが刺繍の形でしっかり残っています。

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 わんどが開店した2月から始めて、わずか5ヶ月でこんなにうまくなったの?と、7月のマルシェにやってきたマザーズの社長は絶賛してましたね。内輪のスタッフではなく、社会の中で厳しい商売をしている会社の社長の評価ですから、眞由美さんの腕は本物だと思います。

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 毎日のように眞由美さんの刺繍をやっている姿を写真に撮りましたが、刺繍に集中するまゆみさんの横顔は、近寄りがたいような気迫がありました。

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  きびしい仕事人の顔ですね。こんな顔してやった仕事だからこそ、マザーズの社長が絶賛するほどの刺繍ができたのだと思います。

 ほんとうに毎日が「いい一日」でしたね。そんなふうに輝く日々があったこと、それをぷかぷかの中で作り出したこと、それがなによりもすばらしかったと思います。

 

 眞由美さんは子どもが好きでしたね。その思いがいっぱい詰まった「アンパンマン」、カフェで子どもたちに大人気でした。子どもたちは眞由美さんの思いを素直に受け止めたんだと思います。子どもたちを動かすほどの、まゆみさんの「思い」を思いました。

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  カフェのコースターの刺繍もやってくれましたね。毎日お客さんの心を癒やしていますよ。

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 頭を坊主にしたときはびっくりしました。しかも数日後には金髪に染めてきたので、よほどの決意があったのではないかと思いました。自分があんなふうに坊主になれるだろうかと考えたとき、ようやくまゆみさんの、新しい自分に生まれ変わろうとする決意の深さが見えた気がしました。機会見つけてそのあたりの話をしようと思っていたのですが、それができないまま眞由美さんは旅立ってしまいました。あのときの決意はなんだったのかなぁって、時々考えます。

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 眞由美さんが旅立ってしまったことはとても悲しいことですが、眞由美さんが残してくれたたくさんの刺繍、日々の思いでを手がかりに、私たちは前を向いて生きていきます。まゆみさんのことを思い出しながら…。8月末にあるぷかぷか旅行にも、眞由美さんの作った刺繍持って行こうと思っています。

 そうそう、旅の途中で「銀河鉄道」の停車場があったら、ぜひ立ち寄って下さい。去年旅立った「しんごっち」に会えるかも知れませんよ。「しんごっち展」大盛況だったよって伝えて下さい。

 

 いつまでも、ずっとずっと眞由美さんのこと忘れないよ。

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★8月16日夜、入院中だった新井眞由美さんは急性心不全で亡くなりました。享年41歳でした。オーダーメイドのTシャツの刺繍を毎日やっていました。彼女の仕事は若いメンバーさんが引き継ぎます。 

 

 

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