ぷかぷか日記

相模原障害者殺傷事件を超えるために

  • 具体的な事業を提案し、それが相模原障害者殺傷事件を超える社会を作ることにつながる
     日本財団の助成金申請が先ほど終わり、ホッとしたところです。今日の23時59分が申請締め切りでしたが(ネット上で申請します)、少しゆとりを持って申請を終えることができました。  助成金申請書作りは、本当に自分が鍛えられる感じがします。事業の目的、目標、内容を限られた文字数で表現します。それを書いていく中で、自分がやろうとしていることがくっきりと見えてきます。  今回は相模原障害者殺傷事件があり、それを超える社会はどうやったらできるのか、が大きなテーマでした。抽象的な言葉ではなく、具体的な事業の提案です。目指す社会を実現していく事業です。  映画と芝居作り(演劇ワークショップ)を提案しました。  映画については先日日記に書きました。 pukapuka-pan.hatenablog.com    芝居作りについては以下のように書きました。 《目的》 相模原障害者殺傷事件の容疑者は「障害者はいない方がいい」と言い、それを支える社会全体の意思があります。効率一辺倒の社会にあって、生産性の低い障害者は社会の負担になっている、と多くの人が思っています。出生前診断で陽性の出た人の94%の人が中絶を選んでいます。障害者を排除する社会はお互い窮屈になり、貧しくなります。  そういった社会の中で「障害者はいた方がいい」というメッセージを明確に出します。言葉ではなく、そのメッセージを実感できる芝居を作ります。障がいのある人たちがいた方が豊かなものができる、と実感できる芝居です。その実感は、いろんな人がいることで豊かになる社会を作っていく出発点になります。   《目標》 ぷかぷかで働いている障がいのある人たちと、地域の人たちで一緒に演劇ワークショップ(芝居作り)をおこないます。障がいのある人たちと一緒に芝居作りをすると、ふつうの人たちだけでも芝居を作るよりも、ワークショップの場が何倍も楽しくなります。私たちとちがう感じ方、考え方から発せられる言葉、しぐさ、動きが、ワークショップを豊かなものにします。そしてそういったものを全身で感じる中、障がいのある人たちに向かって「あなたにいっしょにいて欲しい」「あなたが必要」とごく自然に思えるようになります。ワークショップで創り上げる芝居には、そういったものがすべて反映されます。  その芝居を舞台にあげます。芝居には「障がいのある人たちとはいっしょに生きていった方がいい」「その方が豊かなものが生み出せる」というメッセージが様々な形でこめられることになります。そのメッセージを舞台を見に来た人たちと共有します。ネット上にもアップしますので、数え切れないくらいたくさんの人たちとメッセージを共有することになります。  「障害者はいた方がいい」とたくさんの人が思えるようになると、社会はみんなが生きやすい豊かな社会へ少しずつ変わっていきます。   《内容》 1)(計画)  2017年8月から2018年1月まで、毎月一回演劇ワークショップをおこなう。発表会前日、当日のリハーサルも入れて計8回。参加者はぷかぷかで働く障がいのある人たちと地域の人たち(大人、子ども)。場所はみどりアートパークリハーサルルーム。1月末の「表現の市場」で創り上げた芝居を発表。みどりアートパークホール。「表現の市場」は障がいのある人たちの表現活動の発表の場。ぷかぷかも含め5団体参加予定。 2)(成果測定)  ワークショップでやったことは参加した人たちの気づきも含め、毎回ぷかぷかホームページ上に発表。みんなで創り上げた芝居を舞台で発表し、たくさんの人たちに見てもらう。ネット上にも発表。たくさんの人たちと成果を共有する。 3)(継続・発展性)  参加者を入れ替え、ワークショップを体験する人を増やしていく。ワークショップのテーマを発展的に変える(一期目は『森は生きている』、二期目は『みんなの《生きる》』、三期目は『セロ弾きのゴーシュ』)。 4)(連携とその効果) みどりアートパークと共催することで、公的施設に障がいのある人がいて当たり前という雰囲気になってきている。緑区役所保健福祉局と連携し、演劇ワークショップで作り出したものを横浜市内の区役所をはじめ、福祉関係者、たくさんの地域の人たちと共有する機会を作り出す。 5)(戦略的な広報)  ぷかぷかのホームページ、Facebookページを中心に、地域の様々なネットワーク、福祉関係、行政関係、障がいのある人たちの親のネットワークなどを使って、情報を流していく。      抽象的な話ではなく、あくまで具体的な事業を提案し、それが相模原障害者殺傷事件を超える社会を作ることにつながる、という思いをこめて書きました。    ちなみに今やっているワークショップの発表会は来年1月29日(日)みどりアートパークホールでおこなわれる「表現の市場」の中でおこないます。先日ぷかぷかマルシェで演奏した江原さんの「レクイエム」の演奏もおこないます。いろんな機会にみんなで相模原障害者殺傷事件を思い出し、あの事件はなんだったのか、あの事件を超える社会はどうやったら作り出せるのかを考えていきたいと思うのです。      
  • 相模原障害者殺傷事件を超える豊かな社会を実現したい
     日本財団の助成金で映画を作ろうと思っています。プロモーションビデオよりももう少しメッセージ性のある映画です。20分くらいの映画で、上映会のあといろいろ議論をしようと思っています。ぷかぷかが地域で創り出してきたもの、障がいのある人たちへの思い,相模原障害者殺傷事件等々、よりよい社会に向けての議論です。そのたたき台になるような映画を作りたいという趣旨で申請書を書きました。  今回私がたたき台を書き、pvプロボノの方にアドバイスをいただきながら、何度も何度も手直しし、ようやく今日、いちばんキモになる部分が完成しました。pvプロボノの方は、昨年プロモーションビデオを作ることがきっかけで、ぷかぷかとかかわるようになり、撮影している間に「ぷかぷかウィルス」に感染したようです。かなり重症で、そのおかげで今回、ぷかぷかの活動に対する熱い思いのこもったアドバイスをいただきました。   日本財団 映画製作のための助成金申請   (1)事業目的   「障害者はいない方がいい」と相模原障害者殺傷事件の容疑者は言いましたが、それを支える社会の雰囲気があります。効率一辺倒の社会にあって、生産性の低い障害者は社会の負担になっている、と多くの人たちが思っています。障害者の存在を否定的に見る社会は、どんどんやせ細っていきます。  いろんな人がいること、それが社会の豊かさです。障がいのある人も一緒に生きていくことで社会は豊かになっていきます。そういう社会をもっともっと広げ、相模原障害者殺傷事件を超える豊かな社会を実現したいと思っています。「障害者はいた方がいい」とみんながやさしく思えるような豊かな社会を福祉事業所を起点に作っていきたいと考えています。   (2)事業目標   「ぷかぷか」は「障がいのある人たちの魅力=チカラで社会を豊かにする」という今までにない新しい発想、カタチでの福祉事業をやり、地域社会を変えてきました。お店(パン屋、カフェ、お惣菜屋)では接客マニュアルを使わず、障がいのある人たちの魅力をそのまま差し出すことで、「ぷかぷかが好き!」とか「ぷかぷかのファンです」というお客さんをたくさん作り出しました。お店で彼らの魅力に出会い、障がいのある人たちや、彼らが作り出すお店の雰囲気が好きになった人たちです。そういった人たちを増やすことで、地域社会を少しずつ豊かにしてきました。  社会から疎外され、社会のお荷物とされてきた障がいのある人たちが、彼ら自身の魅力=チカラで地域社会を豊かにしたことは、社会をよりよい方向へ変えていく上で、大きな希望であり、大きな可能性を秘めていると思います。  この新しい発想、カタチを映像化し、あちこちで上映し、これをたたき台にみんなで議論をしていけば、この希望と可能性が大きく広がっていきます。障がいのある人たちは、何かをやってあげる「支援の対象」から、社会を変える主体になります。社会の彼らを見る目線が変わります。「障がいのある人たちは社会に必要」という風に。社会が,そんな風にして豊かになっていきます。   (3)事業内容  1)計画:11月~2月 企画作業・絵コンテ制作,検討 2月〜3月 ぷかぷかのファンの方たちのインタビュー映像。パン販売に行列を作って買う人たちのインタビュー、障がいのある人たちの働く姿、日々の活動、地域の人たちとのおつきあいなどの映像を撮ります。 4月 映像の編集  20分程度の映画に仕上げます。 5月以降、あちこちで「上映会+講演会」をやり、議論の輪を広げます。 2)成果測定: ●編集のほぼ終わった段階で関係者(製作関係者、ぷかぷかスタッフ、地域の人たち,行政、福祉関係者など)の試写会をやって、映画の内容、今後の展開について意見を集めます。集まった意見は製作サイドにフィードバックし、編集、今後の展開に生かします。 ●「上映会+講演会」の議論の記録は映画のサイトにアップし、たくさんの人たちと共有し,意見も求めます。 3)継続・発展性: ●「上映会+講演会」をあちこちでおこない、議論の輪が広がるように,議論のまとめと広げていく宣伝を同時進行でおこないます。 ●今回のこの映画を使い、クラウドファンディグで次回の映画製作費の捻出を考えています。全国から映画制作の寄付をつのることで、映画をとおして新たなネットワークを作ります。これは上映のネットワークになり、議論を広げていくネットワークになります。障がいのある人たちを取り巻く様々な社会的問題を取り上げる映画を更に作り、このネットワークで上映、議論の輪を広げていきます。新しい映画を作り続けることは、議論を継続させ、社会を変えていく力になります。 4)連携とその効果: ●企画制作過程においては、PVプロボノ、サービスグラントといったプロボノ主体のNPOとコラボレーションを考えています。それは今まで障がいのある人と関わりのなかった様々な人たちを巻き込むことになります。彼ら自身の障がいのある人への意識の変容、及び、感じたことの発信をおこなってもらいます。彼らの言葉は障がいのある人の関係者以外の方々へ届きやすい言葉であり、共感の輪を更に広げていけると思います。 ●障がいのある子どもを育てている親たちと連携し、子ども達がありのままの姿で生きられる社会を作っていくための議論を広げていきます。 5)戦略的な広報:ぷかぷかのホームページ、Facebookページを皮切りに、福祉関係、行政、映像クリエイター、障がいのある人たちの親のネットワークなどを使って「上映会+講演会」の情報を広げていきます。 
  • 「レクイエム」聞いてください。
     10月22日(土)のぷかぷか秋のマルシェで、日本フィルハーモニーのチェロ奏者江原さんによる「レクイエム」の演奏がありました。相模原障害者殺傷事件で犠牲になった方たちに捧げる曲として弾いてもらいました。これを聞きながら亡くなった方たちに思いを寄せたいと思うのです。「あなたたちのこと、ずっと忘れないよ」って。 www.youtube.com  ちょっとだけ考えてみてください。なんの罪もない彼らが、どうして殺されなければならなかったのか、どうしてこんな事件が起こってしまったのか、容疑者の特異性だけの問題なのか、それともこんな事件が起こるほどに社会は病んでしまったのか、 だとすれば社会の何が問題なのか、この社会はどこへ向かっているのか、私たちは何をすればいいのか、何ができるのか、等々。  とても重い問題です。でも、殺された彼らのことを思うとき、この重さに向き合っていくことが、この社会を作ってきた私たちの、せめてもの償いであり、責任だろうと思うのです。
  • この時代を救うのも、障がいのある人たち
    ぷかぷか日記の読者の方がマルシェに見えたようで、こんなコメントを寄せてくれました。   土曜日は楽しませて頂きました。私の事情で早く到着いたしまして、ヒカリさん達と沢山おしゃべりが出来ました。お仕事のお邪魔をしてしまったと思います。すみませんでしたm(__)mヒカリさんはFBで存じ上げていたので刺繍のお話をしましたらご自分の作品を見せて下さいました。そして女子ならでは秘密のトークも^^初対面なのにぷかぷかメンバーさん達はすぐに仲良くなれます。もちろん恥ずかしがり屋さんもおられると思いますが^^これが地域を耕してきた人たちなんだな~って再び納得です。セノーさんにもお会いできました。風を感じておられたようです。なのでお声はかけませんでした。りえさんともお会いでき少しだけお話が出来ました。とても良い思い出になりましたありがとうございました。    「ぷかぷかさん」たちとの、こういう出会いがすごくうれしいです。メッセージを発信し続けることの大切さを、あらためて思いました。メッセージを受け止めるだけでなく、ぷかぷかまで足を運んでくれたことが、ほんとうにうれしいです。メッセージはこうやって人を動かし、社会を少しずつ変えていくのだと思います。これがメッセージの持つチカラだと思います。  相模原障害者殺傷事件の容疑者が、このコメントを寄せてくれた方のように、彼らとちゃんと出会っていれば、事件は起きなかったと思います。今の、この時代、彼らと出会うことは、それくらい大事なことなんだと思います。  「今の、この時代」とあえて書かねばならないほど、「今の、この時代は」病んでいるのではないかと思います。だからあんな事件が起きてしまったのだと思います。  そして、あんな事件が起きてしまったこの時代を救うのも、障がいのある人たちであることが、救いのような気がするのです。そしてそこにこそ希望があるような…
  • 希望があるからまた書ける
     土曜日、マルシェの合間を縫ってNHKのインタビューがありました。  「相模原障害者殺傷事件について、どうしてこんなにもたくさんメッセージを出すのですか」と何度も聞かれました。事件直後、たくさんの団体が様々なメッセージを出しましたが、ほとんどは一回きりです。ぷかぷかはなんと17本もブログをアップしています。  pukapuka-pan.xsrv.jp     これはどうしてなのか、と。  なんかね、あれだけの大事件が起きて、一回だけ何か書いて済むとは思えないのです。書いても書いても、まだ足りない、という感じで書き続けてきました。  ぷかぷか日記を書いたぐらいで、世の中は変わりません。でも書かないともっと変わりません。書けば、何人かの人が読んでくれます。ひょっとしたら、障がいのある人たちとのおつきあいについて、彼らが社会にいることの意味について、彼らと一緒に生きていくことについて、新しい気づきがあるかも知れません。その気づきは、ひょっとしたら新しい動き、行動,生き方、障がいのある人たちとのつきあいを生み出すかも知れません。  そういったことで社会は少しずつ少しずつ変わっていくのだと思います。社会全体を見渡すと、ほんとうに気の遠くなるような作業です。時に無力感に襲われるときもあります。  それでも、先日のマルシェにはいつも以上にたくさんの人が来てくれ、「レクイエム」の演奏に涙した人もいました。  ね、だから希望はあるのです。希望があるからまた書けるのです。  23日に放送されたNHKアーカイブス「この子らを世の光に~ともに生きる社会をめざして~」がネット上で話題になっています。私も昔本を読んで、本当にそうだと思いました。  ただ、今ぷかぷかで「この子らを世の光に」なんて言ったら、なんか違和感というか、気恥ずかしさが先に立ちます。やっぱり糸賀一雄さんの言葉を受け継ぐ新しい言葉、今の時代にあって、新しい歴史を切り開くような新しい、力のある言葉を私たちが創り出せなかったのだろうと思います。そこに相模原障害者殺傷事件が起こった気がします。すきがあったのだと思います。  「この子らを世の光に」ではなく、ぷかぷかはもっと泥臭い言葉で勝負します。「秋コレ・ぷかぷかファッションショー&ハロウィン仮装パレード」見ましたか?あのちゃんちゃらおかしいパレードこそがぷかぷかのやり方です。ああやって障がいのある人たちも含めてみんなで楽しむこと、その事実を積み重ねること、そうやってぷかぷかのまわりの社会が少しずつ変わりつつあります。  なんて書きつつ、実は、あのちゃんちゃらおかしいパレードやりながら、お金もしっかり稼いだんですよ。今までのマルシェでいちばん稼ぎました。お金稼ぎながら、社会的課題もしっかり解決するソーシャルビジネスをぷかぷかはやっているのです。先日取材に来たNHKのラジオ深夜便のディレクターの方はソーシャルビジネスをやっていく上での苦労を聞いていましたが、ちゃんちゃらおかしいパレードやりながら、しっかりお金稼いだ話をすればよかったと今思いました。  こうやってたくさんお客さんを呼び込んで、パンは早い時間に完売しました。  
  • 何もしていない私たちが、どうして殺されなければならないの?
     すでに何度もお知らせしていますが、今日のぷかぷかマルシェで日本フィルハーモニーのチェロ奏者江原さんに「レクイエム」を演奏してもらいます。 www.youtube.com   「レクイエム」をみんなで聞きながら、静かに、相模原障害者殺傷事件の犠牲になった人たちのことを思いたいのです。   死の間際、「何もしていない私たちが、どうして殺されなければならないの?」と思ったと思います。そう思うと、なんともやりきれない思いがするのです。犠牲になった方が、死の間際に発した、その重い問いに、私たちは答える義務があると思っています。  私たちの社会はどうして「障害者」というだけで殺すところまで行ってしまったのでしょう。容疑者の特異性に原因を求めるだけで、問題が解決するのでしょうか?  横浜市瀬谷区で、住民の反対運動で「障害者」のグループホームの計画がつぶされました。「障害者」には来て欲しくない、と地域社会から締め出されたのです。  「障害者はいない方がいい」という容疑者と同じ発想です。容疑者とは、一線を越えるかどうかの差であって、社会全体が病んでいる気がします。  この病んでいる社会とどう向き合っていけばいいのか。何が問題で、どうすれば解決するのか。それをみんなで必死になって考えることが、私たちに課せられた義務だろうと思います。   相模原障害者殺傷事件で犠牲になった人たちのことを思うことは、やりきれなさの中で、考えて、考えて、考え抜く作業を続けることです。「何もしていない私たちが、どうして殺されなければならないの?」の問いを,自分にむけられた問いとして、考え続けることです。それは、この病んだ社会の中で私たち自身が人間を取り戻す作業でもあると思っています。              
  • 「レクイエム」を届けて欲しい
     朝日新聞の記者が取材に来ました。前田さんという方で、以前、(記者有論)というコラム欄に相模原障害者殺傷事件のことを書いた方です。 《掲載の翌日、葬儀に参列した。棺の中でほほえむ小さな顔を見て思った。「この人だけにしかない人生がある。それが理不尽に奪われていいはずがない」》 というところが印象に残って、感想を書き送ったことでつながりができました。今日は22日のぷかぷか秋のマルシェの「レクイエム」の演奏のことを紹介したいので、と取材に見えました。 digital.asahi.com  事件当日、朝4時半に電話で起こされ、現場に急行し,何日かほとんど寝ないで取材し続けたそうです。上のコラムはそのまとめのような記事です。  棺の中で小さくほほえむ顔や、生前のたくさんの写真を見て、この人にもすばらしい人生があったんだって、そのときあらためて思いました、とおっしゃってました。  障がいのある人たちのおかれているいびつな社会的状況が一挙に吹き出した事件でした。取材した前田さんにとっては、障がいのある人たちとの、ほんとうに強烈な出会いだったのだろうと思います。でも、この強烈な出会いを何度も何度も反芻し、今は時々うめいたりするようなこともあるかも知れませんが、若い前田さんにとってはこの先、今回の出会いは人生の大切な財産になるような気がしています。    似顔絵の名刺を作ることになり、画伯に絵を描いてもらいました。  似顔絵の名刺ができたら、取材先でぜひ使って欲しいと思っています。事件の遺族の方も、こんな名刺受け取ったら、ほんのちょっと、心がなごむかも知れません。  と、書きながらふと思うことがあって今、前田さんに電話しました。22日にもし取材に来れたら、「レクイエム」の演奏を録音して、遺族の方に届けて欲しい、という依頼です。事件から三ヶ月たって、ほとんど話題に上らなくなっているのですが、こうして「レクイエム」をみんなで聞いて、犠牲になった方のこと思っています、というメッセージを届けて欲しいと思ったのです。  
  • 感受性は大事なのですが…
    爆笑問題の太田が相模原障害者殺傷事件の容疑者の言う「意思疎通できぬ人刺した」に反論しています。 numbers2007.blog123.fc2.com   容疑者が津久井やまゆり園で働いているときに障がいのある人たちといい出会いをしていれば、今回の事件はなかったと思います。そしてそれが彼自身の感受性の問題だけだったのかどうか。    私に障がいのある人たちの魅力を最初に教えてくれたのは、言葉をしゃべらず、いつもゲハハ、ガハハと豪快に笑う子どもでした。そんな子ども達を街に連れ出したとき、街の子ども達がとてもいいおつきあいをしてくれました。子ども達はみんな感受性が優れていたのでしょうか? pukapuka-pan.hatenablog.com  やっぱりね、感受性と合わせて、子ども達みんなの雰囲気だった気がします。子ども達みんなでけんちゃんにかかわろうとしたこと、そのことがとても大事だった気がします。それがこんなにすばらしい出会いを生み出したのだと思います。  容疑者がこんな出会いをしていたら、と思います。         
  • 語るに値する一日を創り出す
     『相模原障害者殺傷事件を超えるために』というタイトルの日記 pukapuka-pan.hatenablog.com   に、ある報道関係者から  《 「問い直すのをやめたとき、黙ってしまったとき、社会は後戻りし、またあの忌まわしい事件が起こるような気がする」という言葉に心から共感します。私たちも、記事の大小に関わらず伝え続けなければと思います。 》 というメールが来ました。そうやって受け止めてくれる人がいたことを、とてもうれしく思いました。  相模原障害者殺傷事件はとても重い事件で、そのことについて何か語ることは、ものすごく勇気のいることであり、とても気の重いことです。  でも、犠牲になった方の苦しみを思うと、私たちが感じる「気が重い」とか「勇気がいる」なんてことは、語るも恥ずかしいくらいです。ですから、どんなに気が重くとも、どんなに勇気がいることであっても、この事件について語り続けようと思うのです。  事件直後、様々な団体が声明を出しました。でも、大概は一回きりです。一回きりの声明では事件を生み出した社会は変わりません。「あなたたちを守ります」といった声明がありましたが、社会というものを相手にしたとき、そんな言葉では守り切れません。  ではどうすればいいのか。日々《それはちがう》《障害者は生きている意味がある》ということを言い続けていく、事実を作り続けていくことだと思います。自分のまわりの地域社会を、ほんの少しでいい、変えていくことだと思います。   むつかしい話ではなく、《今日、カナちゃんとこんな楽しいことやったよ》とか《けんちゃんとこんな一日を過ごしてとてもよかったよ》といった障がいのある人たちと過ごすかけがえのない日々の出来事を語っていくことです。   《障がいのある人たちと過ごすかけがえのない日々の出来事》を語ることは、そのまま《障がいのある人たちは生きている意味がある》ことを語ることになります。  彼らと一緒に過ごすいい一日、語るに値する一日を創り出すこと。それが今私たちに求められているように思います。    ぷかぷかでは帰りの会でみなさんに「いい一日でしたか?」という質問をします。いい一日を創ることが、いい人生をおくる出発点だと考えるからです。私も「彼らといい一日を過ごしましたか?」と毎日自分に問うていきたいと思っています。彼らと一緒にいい人生をおくる出発点になるからです。《障がいのある人たちは生きている意味がある》のは、まさにこの、彼らと一緒におくる人生があるからです。
  • その子の手が柔らかくて、あたたかいんですね。
     昨夜は瀬谷区の二ツ橋大学であった相模原障害者殺傷事件の犠牲者の追悼集会に行ってきました。 津久井やまゆり園で犠牲になられた方々への追悼の集い    いろんな方が発言され、とてもいい勉強になりました。    事件の容疑者は精神障害の人かと思っていましたが、福祉新聞の記者福田さんは、「措置入院までに精神科にかかったことがなかった」「措置入院の終わったあとの外来診察では主治医は「躁鬱病は考えにくい」と診断」「生活保護の申請の際、面接したケースワーカーさんも精神を病んでいるとは思わなかった」といったあたりを考えると、精神を病んだ人が犯した犯罪とみるのはおかしいのではないか、と報告され、目から鱗が落ちる思いでした。  措置入院のことがやたら話題になっていますが、容疑者が精神を病んでいたわけではない、となると話が全くちがってきます。論点がずれ、大事な問題が見えなくなっていくような気がしました。    30年ほど前、瀬谷にある生活クラブのお店の駐車所で「あおぞら市」というのがあり、そこに養護学校の生徒たちと地域の人たちで一緒に手打ちうどんのお店を出しました。そのときに手伝いに来ていた人が容疑者の闇の部分が私にもあります、と発言していました。 《 高崎さんに声をかけられて手伝いに行ったものの、障害のある人たちにどう接していいかわからずほんとうに困りました。「ああ、うう」とかしかいえなくて、よだれを垂らしながら歩き回っている人がいて、正直気持ち悪くて、私の方へ来なければいいなと思っていました。ところがお昼になってご飯を食べるとき、たまたまテーブルがその子とお母さんが座っているテーブルしかあいてなくて、ここでやめるのも失礼かと思い、勇気をふるってそこへ座りました。そのとき、そのよだれを垂らしている子どもが私に向かって手を伸ばしてきました。ああ、困った、と思いながらも拒否するわけにもいかず、思い切って、本当に思いきってその子の手を握りました。  すると、その子の手が柔らかくて、あたたかいんですね。もう、びっくりしました。なんだ、私と同じじゃないかと思いました。この発見は私の中にあった大きなものをひっくり返した気がしました。  その子のやわらかくて、あたたかい手にふれるまで、その子をモノとしか見てなかったのです。容疑者とおんなじだと思いました。でもその子の手が、その闇から私を救い出してくれた気がしています。》  いいお話しだと思いました。こうやって人と人が出会い、そこから新しい世界が始まっていくように思いました。  結局のところ、こうやって障害のある人たちと出会う機会がないことが、相模原障害者殺傷事件を生むような社会を作っているように思います。  会場になった「せやまる」のすぐそばにある三ツ境養護学校に子どもの頃よく遊びに行った人がいて、その方の話によれば、昔は塀もなく、自由に学校に入り込んで一緒に遊んでいたそうです。それがいつの間にか高い塀がたち、全く中には入れなくなったといいます。こうやって彼らと社会を分ける方向に世の中は進んできたのだと思います。  あおぞら市での手打ちうどん屋の試みは、そんな社会にあって、地域の人たちと障害のある人たちの出会いのきっかけを作ろうとしたのでした。お手伝いに来た人はほんとうにいい体験をしたと思います。  お手伝いに来た人の話を聞きながら、「あ、ケンタローだ」とすぐに思い出しました。「ああ、うう」とかしかいわず、よだれを垂らしながら歩いていました。気に入った人がいると手を伸ばしてきます。養護学校の教員になって2年目に担任した生徒で、彼と過ごした楽しい日々はその後の私の生き方を決めた気がしています。  ケンタローは犬が好きでした。私も好きなので、ある日散歩の途中で犬を見つけ、二人で駆け寄りました。私は普通になでなでしたのですが、ケンタローはがばっと抱きしめ、びっくりした犬の顔をぺろぺろなめはじめたのです。私はなんだか感動してしまいました。「犬が好き」というのはこういうことなんだと、ぺろぺろ犬の顔をなめているケンタローから教わった気がしています。  そのケンタローのかわいい手が、うどん屋のお手伝いに来た人を救ったのだと思うと、ケンタローもえらいな、と思いました。          
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