ぷかぷか日記

相模原障害者殺傷事件を超えるために

  • 「表現の市場」は、津久井やまゆり園事件に対する、私たちの体を張ったメッセージ
    津久井やまゆり園での虐待が、また明らかになりました。 www3.nhk.or.jp  虐待というのは、相手を人として見ていない、ということだと思います。だからこういうひどいことができる。事件はこういう環境の中で起こったのではないか、というのは以前にも指摘したことです。  昨年7月のNHKスペシャルでは13時間も拘束された女性の話が出てきました。 www.pukapuka.or.jp  第三者委員会の調査結果を見て、あらためて津久井やまゆり園の現場のひどさを思いました。障がいのある人たちとどういう関係を築くのかというところでは、ぷかぷかと全く正反対です。  1月26日(日)の「表現の市場」では 「障がいのある人たちとは一緒に生きていった方がいい」 のメッセージが舞台で全開します。彼らといっしょに生きていくと、こんなに素晴らしい舞台ができるのです。社会が豊かになるのです。  「表現の市場」の舞台は「障害者はいない方がいい」と暴力的に排除した事件に対し 「それはちがう」 という私たちの「体を張ったメッセ−ジ」です。ぜひ見に来てください。
  • 障がいのある人とおつきあいがはじまると、地域がかわってくる
     町田でもグループホームの反対運動が起こっているようで、全く気が滅入ります。「土地が汚れる」なんて、ひどい言い方です。  それでも記事の最後に希望の持てるいい話が載っていました。グループホームができて何年かたつとこんなうれしい変化もあるようです。 《 反対運動にかかわっていた住民から「あの頃は、精神障害のことを知らなかった。町内会の掃除にもよく出てきてくれて。ご近所なんだから気兼ねしないで」と声をかけられた。何か特別なことをしたわけではない。でも実際に住み始めて、受け入れてもらえていると感じるという。  近所に住む男性は言う。「あれだけ大騒ぎしたけど、できる前とできた後、何も生活は変わっていないよね」》  こういう話こそ大事だと思います。グループホーム建設反対運動の記事は、いつもうんざりするものばかりです。こういう運動はおかしい、というニュアンスで書いてあるのですが、そういう記事をいくら書いても、反対運動はなくなりません。まっとうな話が通じないところで反対運動は起こっているのですから。  むしろ今回の記事のように、グループホームが建って何年かすると、こんな風に地域が変わってくる、という話は、反対運動をやっている人たちに,うまくすれば前向きの新しい気づきを届けるかも知れません。 digital.asahi.com  要するに障がいのある人たちとおつきあいがなかっただけ。おつきあいがはじまると、地域がかわってくるのです。  そのうち「ここに来てくれてありがとう!」という声もきっと出てきます。ぷかぷかはできて何年目かに,そんな声を聞きました。  緑区でもめたグループホームも、 「毎週土曜日の朝、地域に出て掃除をした方がいいですよ、地域の人たちはみんなそういったことを見ていますから」 というアドバイスを開所前に言っておいたのですが、本当にやっているのかどうか、今度見に行こう。  とにかくコツコツとこういうことをやり続けていれば、地域は変わってきます。彼らはいるだけで地域を耕します。ぷかぷかがそうですから。  障がいのある人たちとのおつきあいの機会を作ること。それがすごく大事だと思います。  希望は自分で紡いでいくのです。  区役所で www.pukapuka.or.jp 小学校で www.pukapuka.or.jp 大学で www.pukapuka.or.jp
  • 甲でも乙でもなく美帆
     今朝の天声人語に美帆ちゃんのことが載っていました。 「甲でも乙でもなく美帆」  きっぱりとした、なんて力強い言葉なんだろうと思いました。  名前は、その人の人生そのものです。「美帆」という名前を聞くことで、私たちは美帆ちゃんの人生を思い浮かべることができます。甲や乙では美帆ちゃんの人生を思い浮かべることはできません。  美帆ちゃんの人生を思い浮かべることなく裁判をすすめることはおかしい、とギリギリのところで出た、必死の異議申し立てだったと思います。それは裁判だけでなく、事件後、犠牲になった人たちを匿名に追い込んだ私たちの社会にも向けられたものだったと思います。  匿名では犠牲になった人たちの人生を思い浮かべられません。こんなことはおかしいと声を大にして叫ぶことを私たちはしませんでした。  結局は私たち自身重度障害の人たちとおつきあいの経験がないが故に、彼らの人生を想像できませんでした。だから匿名になっても、そのことがおかしいと感じられなかったのだと思います。  そういう人たちとのふだんのおつきあいがないこと。それがいちばんの問題だと思います。  2月22日(土)の午後、青葉公会堂で「道草」を上映します。地域で自立生活をしている重度障害の人たちの生活が淡々と描かれています。それぞれの人生が、ほんの少しですが見えます。  晩ご飯の時、卵をもう一個入れる入れないでもめたり、散歩中「たぁーって大声出さないでよ。まわりの人がびっくりするから」「うん、わかった、約束する」と言ったすぐ後で,また「たぁーっ」と大声を出す青年と介護者とのやりとり。見ているだけで心があたたかくなります。  やまゆり園で犠牲になった人たちも、きっとこんなふうに道草を食いながら誰かと歩いたあたたかで楽しい人生があったのだろうと思います。それを想像しよう。  「美帆ちゃんのこと、忘れないよ」 これを言い続けたいと思うのです。
  • 「表現の市場」は、津久井やまゆり園事件を超える社会を表現する舞台
     津久井やまゆり園事件の公判がもうすぐ始まります。それをめぐっての集まりが開かれます。ぜひお出かけ下さい。 dpi-japan.org  事件をめぐっての議論は大事です。ただ議論するだけで終わったのでは意味がありません。議論の先に何を作り出すのか、というところこそが大事だと思います。  「社会が問われている」は事件をめぐる議論でいつも言われることです。でもそこから先がなかなか出てきません。問われた私たちは、では、どんな社会を、どう作ろうとしているのか、ということです。  事件を超える社会を私たちはどうやって作り出すのか、障がいのある人たちと一緒に、お互い気持ちよく生きていける社会をどうやって作り出すのか、ということ。  ぷかぷかは事件よりはるか前から、そういった社会を目指して活動してきました。お互いが 「いっしょに生きていくといいよね」 って思える社会です。  10年たって、そんなふうに思える社会がぷかぷかのまわりには少しずつできてきました。 「ぷかぷかさん(ぷかぷかで働く障がいのある人たち)が好き!」 というファンがたくさんできたのです。障がいのある人たちを暴力的に排除した事件とは真逆の世界です。  何か特別なことをやったわけではありません。「障がいのある人たちとは一緒に生きていった方がいいよ」「その方がトク!」と言い続け、そのことを実感できるお店や場(パン教室、演劇ワークショップ、アートのワークショップ、区役所での人権研修会、大学でのワークショップなど)を作ってきただけです。  事件の容疑者は 「障がい者はいない方がいい」「障がい者は不幸しか生まない」 といい、ふだん障がいのある人たちをおつきあいのない人は、なんとなく「そうか」と思ってしまいます。それだけではなく、容疑者の発言を積極的に支える声がたくさんありました。  ぷかぷかがつくってきたファンの人たちはその正反対の思いでいます。障がいのある人たちは、いない方がいいのではなく、「いた方がいい!」「いて欲しい!」とみんな思っています。ぷかぷかは10年かけて、そういう関係をたくさん作ってきたのです。  ぷかぷかさんたちはまわりの人たちをハッピーな気持ちにしています。不幸しか生まない、のではないのです。  ぷかぷかさんたちの作品を見てください。  こうやってぷかぷかさんたちはぷかぷかのまわりの社会を毎日せっせと耕しています。みんなのとがった心をまるくしているのです。  1月26日(日)には「表現の市場」をやります。  障がいのある人たちといっしょに生きていくと何が生まれるのかを表現する市場です。「共に生きる社会」「共生社会」を作ろう、とあちこちで言われるのですが、それが何を作り出すのか、ほとんど見えません。「表現の市場」は、それを目に見える形で具体的に表現します。  「いっしょに生きていった方がいいね」と、一目で思える舞台です。いっしょに生きる社会が見える舞台です。  事件を超える社会を表現する舞台です。ぜひ見に来てください。 ★この「表現の市場」を実現するために、100万円を超える資金が不足しています。ぜひご協力下さい。 www.pukapuka.or.jp
  • 相模原障害者殺傷事件ーいっしょに深い人間関係を築く
    相模原障害者殺傷事件について考えるための、とてもいい記事を見つけました。 news.yahoo.co.jp  記事の中《「障害者を支援する仕事を約3年も続けてきた職員がなぜあのような障害者観に行きついてしまったのか」という根本的な問題には、マスコミも含めてこの社会はほとんど迫れていない。》という指摘は全くその通りだと思います。  一番の問題は、やはり津久井やまゆり園自体が、その問いと向き合ってこなかったことだろうと思います。「どうして元職員があのような事件を起こしたのか」という問いと向き合い、そこで考えたことを外に向けて発信していれば、それを手がかりにたくさんの人がこの問題を考えることができたと思います。  事件の現場がどうだったのかは、外の人間にはわかりません。わからなければ、考えようがありません。やまゆり園が現場のことを一切語らなかったことは、事件を考える上で、とても大きな問題だったと思います。  取材を一切拒否し、職員には箝口令が敷かれたと聞きます。事件としっかり向き合う、という姿勢が、はじめからなかったのではないかと思いました。  事件直後からホームページは閉ざされ、法人が何を考えているのか全く見えませんでした。  事件から1年後、ようやくホームページが再開されましたが、そこにあったのは、事件を他人事のように語る言葉だけでした。元職員が起こした事件にもかかわらず、謝罪のメッセージは一切ありませんでした。事件の説明ももちろんありません。  やまゆり園のこういう姿勢こそが、事件の解明を難しくしているのだと思います。  神奈川県の事件検証委員会の報告書にも、防犯上の問題ばかりで、やまゆり園の支援の実態などについては一言も触れていません。本当に検証しなかったのか、検証はしたが、報告書作成の段階で削除させられたのか、全くわかりません。いずれにしてもここできちんと検証報告がなされていれば、事件の解明はもう少し進んでいたと思います。  この点について県に質問状を出しましたが、曖昧な答えしか返ってきませんでした。要するにその部分の解明を県としてはやりたくない、というか、そこを解明すると県の責任が問われかねないのだろうと思いました。  ところが、この12月になって突然、やまゆり園がおこなっていた、利用者さんの拘束を持ち出し、指定管理者の見直しをすると言い出しました。裁判の中で、県の責任が問われるかも知れない、と思ったのかも知れません。  記事にある《元利用者家族が語ったやまゆり園と殺傷事件》の対談はぜひ多くの人に呼んで欲しいです。 headlines.yahoo.co.jp 「うちの子も「みのりホーム」でしたが、毎日風呂にも入れてもらってるはずなのにフケもすごいし、臭いもすごい。」「息子がどういう生活をしているのか気になって、私も記録を読んでみるんですが、読むと胸が苦しくなる。」「うちの子はうんちをした時、自分で拭けないんですが、「出たよ」と必ず言うんですよ。でもやまゆり園にいた時は、パンツにべったりうんちがついている。だから職員の目があまり行き届いていないんだなと思いました。」という母親の言葉からはやまゆり園の支援の実態がよく見えます。  こういうリアルな情報こそ、支援の実態を知る上でとても重要だと思います。やまゆり園としては、あまり表に出したくない情報だと思います。こういう実態があったからこそ、やまゆり園はだんまりを決め込んだのではないか、と思ってしまいます。  裁判でどこまでこういう実態が明らかになるのか。 《相模原事件被害者・尾野一矢さんめぐる大きな取り組み》も前向きのとてもいい話です。 headlines.yahoo.co.jp  たとえばこんな言葉があります。 《施設では、利用者が一定のルールをはみ出さないように、いわば管理的・監視的に見守るわけですが、自立生活での見守りは、本当に一矢さんらしい生活をしていくために、介護者が一緒に時間を過ごしながら考えていくという姿勢です。だから、同じ「見守り」でも180度違うものだと思います。  そこには介護者の個性も反映してくるだろうし、単に介護者が利用者の黒子になるのではなく、一緒に深い人間関係を築く中で意思決定をしていく。》  「いっしょに深い人間関係を築く」こと。そういうことがやまゆり園ではなされていなかったのだと思います。そういう関係が築かれていれば、あのような悲惨極まる事件は起きなかったと思います。 「相模原事件めぐる議論で語られていない施設の現実」と題した座談会はとても興味深いものでした。 headlines.yahoo.co.jp  《「思想」「哲学」がなくなり、「管理」が強化された》という指摘は、全くその通りだと思います。  信州小諸の「おむすび長屋」をやっていた田中さんは晩年、いっしょに暮らしていた障がいのある人たちとのおつきあいが、「サービス」に変わり、お金が入ってくるようになった代わりに、彼らとのおつきあいの質が変わってきて,なんだか淋しいよ、と嘆いていました。  福祉の制度が整い、「おむすび長屋」の運営も楽にはなったのですが、いっしょに暮らす障がいのある人たちとのおつきあいの質が変わってしまった、と言う田中さんの嘆きは、問題の本質を言い当てています。  「思想」「哲学」の問題もありますが、もう少し泥臭く考えると、現場での人と人とのおつきあいの質だろうと思います。「尾野一矢さんめぐる大きな取り組み」でも語られた「深い人間関係」です。  お互いを信頼する「深い人間関係」がやまゆり園でどうしてできなかったのか、ということが問われると思います。 ぷかぷかでは障がいのある人たちと 「あなたが好き!」「あなたといっしょに生きていきたい」 といった関係を作っています。  ここには、「深い人間関係」を取り戻す手がかりがあると思います。
  • 穏やかさは希望を生む
    毎日新聞「相模原事件を考える」シリーズで最首悟さんの取材記事はとてもいい記事でした。  記事の最後、最首さんのこんな言葉で締めくくられていました。 「もし彼が本気で園の利用者と向き合って関係を作ろうとしていたら、この事件は起きなかったのではないかと思う。穏やかさは希望だと思う。 」  養護学校の教員になって最初に受け持った重度障害の子どもたち。日々いろいろ大変なことがありましたが、それでも彼らのそばにいると妙に心が安らぐ、というか、心が穏やかになりました。それまで電機メーカーで働いていて、常に生産性が求められ、心がかさかさになっていただけに、彼らにもらった思いもよらない心の安らぎは、 「 え〜っ こんな世界があったんだ!」 と、大発見した思いでした。そんな彼らと毎日おつきあいする中で、彼らのそばにずっといたいなって思うようになりました。そんな思いが、30年後、ぷかぷかを生み出したのです。  ぷかぷかに来ると心が安らぐ、というファンがたくさんいます。窮屈で息苦しい社会にあって、ぷかぷかさんたちが作り出すこの穏やかな空気感は、この時代にあって大きな希望だと思います。  容疑者が、重度障害の方との日々のおつきあいの中で、思わず目が合ってニッと笑うとか、何かの機会に一緒に大声で笑うとか、ふっと心が穏やかになるとか、心が安らぐとか、そんなことを経験していれば、事件は起こりませんでした。  相手との関係性が事件を引き起こすきっかけになったのだと思います。  そんなことを思うと、彼らとの関係の穏やかさこそが、この忌まわしい事件の中で、希望を生むのだと思います。  mainichi.jp
  • たいこん
     パン屋で、ぷかぷかの畑班が作った大根を売っていました。  〈だいこん〉かと思ったら〈たいこん〉て書いてありました。  「ああ、これは〈たいこん〉でしたか」と心がゆるっとなりました。  〈たいこん〉という乾いた、甲高い響きがゆるゆると心をほぐしてくれました。  こんな楽しい言葉を書いてくれたぷかぷかさんがいとおしくて、抱きしめたくなりました。  「これ、間違ってるじゃん」というよりも、「ああ、〈たいこん〉ね」といった方が、みんなが笑顔になれます。  たまたまやってきたお客さんが 「このだいこんください」 といったので、 「あ、すみません、これは〈だいこん〉ではなく、〈たいこん〉です。これ見て下さい」 と〈たいこん〉の文字を見せたら 「ああ、そうでしたか、じゃ、この〈たいこん〉ください」 とみんな笑顔になったのでした。  相模原障害者殺傷事件をテーマにした集まりは、いつも堅い雰囲気で、気が滅入ります。ここから何が生まれるのだろうと思います。あの堅い雰囲気からは事件を超える柔らかな、心地よい社会が生まれるのだろうか、と思います。  アーダコーダの議論も大切です。でも、それ以上に大切なことは、事件を超える、障がいのある人もない人もお互いが気持ちよく生きられる社会を作り出すことです。  〈たいこん〉という言葉は、そんな気持ちのいい社会を作る鍵がどこにあるのかを教えてくれる気がするのです。
  • 「意思決定支援はストップせざるを得ない」って、どういうこと?
    12月6日、津久井やまゆり園の指定管理者再公募に関する朝日新聞の記事の最後に  「まるでちゃぶ台返しだ。事件後、入所者も家族も我々も県に振り回されている。こうした状況ならば、意思決定支援はストップせざるを得ない」 とかながわ共同会の職員の言葉が載っていました。  「意思決定支援」という言葉を見て、最初、何のことかと思いました。ぷかぷかではこんな言葉は使ったことがありません。  前後の文脈から、障がいのある人の意思をくみ取ることなんだ、ということがなんとなく分かってきたのですが、こういう堅い言葉で表現するような関係だったのだと思います。  「こうした状況ならば、意思決定支援はストップせざるを得ない」って、相手をしている重度障害の方はどうなっちゃうのでしょう。もうほったらかしにする、ということなのでしょうか?  「ストップせざるを得ない」→「ほったらかしにせざるを得ない」→「自分の責任ではなく、県の責任」ということがいいたいのだろうと思いますが、それにしてもこの無責任ないい方には、毎日相手をしている重度障害の人たちに対する姿勢がよく見えます。  目の前の重度障害の人たちをほったらかしにしても、何も感じないの?と私なんかは思ってしまいます。目の前にそういう人がいて困っていれば、やっぱりほったらかしにはできません。それが人間としての普通の感覚だろうと思います。その人間としての感覚を、ひょっとしたらやまゆり園の職員は忘れているのではないかと思いました。忘れてしまうような職場の雰囲気。  重度障害の相手を人として見ていないんじゃないか。人として彼らとおつきあいしていないから何も感じないし、ほったらかしにできるんじゃないか。人間としての感覚を忘れる、というのはそういうことです。  相手を人として見ない。こういう関係性こそが事件を引き起こしたのではないかと思います。そしてここにこそ、事件の温床があるような気がするのです。  だからこそ、現場でどういう支援が行われていたのかの検証が、絶対に必要だと思うのです。  神奈川県が作った事件の検証報告書では、現場の検証が一切なされていません。すごく不自然です。本当に検証しなかったのか、検証したが県によって削除させられたのか。  長時間にわたる利用者さんの拘束も、利用者さんの日中活動がほとんどなかったことも、日々の日報にきちんと目を通していれば、管理者の県は分かっていたはずです。でも、何もしなかった。結果、現場がどんどん荒廃していった。その荒廃した現場の実態が検証報告書に上がっていれば、県としては公表したくなかったと思います。だから削除させたのかもしれない、というのは私の勝手な憶測です。単なる憶測で終わればいいのですが…
  • お互い人としてつきあう、という、あたり前の関係がなかったのではないか
     先日津久井やまゆり園の事件で命を奪われた方のアルバムを見る機会がありました。どのページにもその方の楽しかった日々があふれていて、涙があふれそうになりました。  別にその方とおつきあいがあったわけではありませんが、幸せだった日々は写真を見ればすぐにわかります。その日々を 「障害者は不幸しか生まない」 等と勝手に決めつけ、この世から抹殺してしまったこと。そのことがどうしようもなく悲しかったのです。  19名もの利用者さんが殺されたわけですから、その時の悲しみは、もう表現できないくらいだったと思います。  ところが事件からちょうど1年目に津久井やまゆり園のホームページが再開され、事件に関するメッセージが載っていました。 《 昨年7月26日、津久井やまゆり園で起きました事件から一年になります。今まで多くの皆様にご迷惑やご心配をおかけしてきたところでございます。》  たったこれだけです。  19名もの利用者さんが殺されながら、たったこれだけです。まるで他人事です。  利用者さんへの思いなどといったものはどこにも感じられません。  あらためて思ったのは、こういう感覚で利用者さんとおつきあいしていたのではないか、ということです。  お互い人としてつきあう、という、あたり前の関係がなかったのではないか。そのことに命を奪われた方のアルバム見ながら、あらためて気がつきました。  もちろん、スタッフの中には悲しみに暮れた方もいたと思います。でも、法人として書いた文章からは、そういった利用者さんに対するあたたかな気持ちが全く感じられません。  昨年7月のNHKスペシャルで13時間も拘束された女性の話が紹介されました。そういったことが行われても、何も感じない現場だったのではないか、そんなひどいことが平気でできるのは、目の前の相手を人として見ていなかったからではないか、そんなことを思います。  それが事件の1年後に再開されたホームページのあいさつにはっきり出ています。ここにこそ事件の温床があるように思います。  昨日「津久井やまゆり園の事件を考え続ける会」の集まりがありました。「マスコミは事件の何を報道してきたのか」というのがテーマでした。三人の記者が話したのですが、容疑者と接見した印象、つまり容疑者の特異性の話ばかりでした。最後に質問の時間があったので、現場の問題に関する報道がほとんどないのだが、どうしてなのか聞きました。  答えた記者の一人が、  「津久井やまゆり園だけが、それほどひどい施設だとは思いません」 等と発言し、びっくりしました。新聞記者なのでやまゆり園のホームページもNHKスペシャルも見ていると思います。それでもこういうことを言うのかと頭がくらくらしました。  来年1月8日から裁判が始まります。多分容疑者の特異性に注目が集まると思います。そこに注目が集まれば集まるほど、やまゆり園自体の問題はかすんでしまいます。しかも  「津久井やまゆり園だけが、それほどひどい施設だと思いません」 等と思う記者が取材し、記事を書くのであれば、かすむどころか全くふれないのではないかと心配しています。  怖いのは、利用者さんを13時間も拘束しても、なんとも思わないような事件の温床がそのままになる、ということです。そのことに記者たちはどこまで気がついているのでしょう。
  • 「不寛容な時代」を「寛容な時代」に変える手がかりがここに
    雨宮香処凛さん 、弱者をたたく不寛容な時代を語ります。 www.huffingtonpost.jp  「不寛容な時代」になったことはよくわかります。ここで「ふ〜ん、そうか、なるほど」で終わっては、「不寛容な時代」は何も変わりませんどんどん息苦しくなるばかりです。  大事なことは、この「不寛容な時代」をどうやったら「寛容な時代」に変えられるのだろう、というところだと思います。希望を持たせてくれるのはぷかぷかさんたちの存在です。  朝日新聞「声」の欄に載っていた投書です。  この人は多分ぷかぷかさんですね。  「知らない人同士が顔を見合わせ、クスクス笑ってしまった」  この人は電車に乗るたびにこうやって街を耕しているのだろうと思います。  以前私の乗り降りする駅のホームで、やっぱりこんなふうにアナウンスしている人がいました。  こういうアナウンスを聞くと、心があたたかくなります。  みんなの心があたたかくなれば、社会は少しずつ変わります。  こういうアナウンスをいう人は、社会にいた方がいいですね。いや、いてほしいです。彼らがいることで、社会がゆっくり変わっていきます。知らない人同士が顔を見合わせ、クスクス笑ってしまうような、そんなおおらかでやさしい社会に。  これはぷかぷかさんが書いた字です。  もう見ただけで、心がキュンとあたたかくなります。優しい気持ちになれます。  こんな字を書く人は社会にいた方がいいです。いてほしいです。みんなの心がまるくなります。社会が変わります。  「不寛容な時代」を「寛容な時代」に変える手がかりがここにあります。
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