ぷかぷか日記

相模原障害者殺傷事件を超えるために

  • 神奈川県から回答が来ました。
    先日神奈川県に出した質問状について回答がありました。 pukapuka-pan.xsrv.jp ●●●  このたびいただきました、津久井やまゆり園で起きた事件に関するご質問については、以下のとおりお答えします。    1−1、1−2について   事件発生後、県は津久井やまゆり園の設置管理者として、指定管理者である(福)かながわ共同会(以下「共同会」という。)に対して、危機管理の観点から是正すべき業務があ り、誠実に対応すべきとして改善勧告を行い、危機管理対策本部の設置、緊急時の報告連絡体制の再構築などを含んだ改善計画が提出され、県ではその進捗状況について改善を確 認しました。   なお、運営法人による謝罪や、説明責任の有無については、法人として判断すべきものであると考えています。    2−1、2−3、3−3について   共同会の人材育成、人権教育及び現場の支援状況が被疑者に与えた影響については、今後の刑事裁判の行方を注視していきます。    2−2、3−1、3−2について   県は、定例的な情報交換に加え、指定管理施設のモニタリングや実地指導等を通じて、運営状況を把握しています。   なお、個別の事案についてのお答えは差し控えさせていただきます。     県は、共同会が運営する各指定管理施設につきまして、引き続きしっかりと指導していきます。   このような事件が二度と繰り返されないよう、徹底した再発防止に取り組んでまいります。     令和元年10月31日     高崎 明 様     神奈川県福祉子どもみらい局福祉部障害サービス課長  大澤 靖史                           問合せ先                          施設指導グループ 岩下                          電話 045-210-4724(直通) ●●● 「1−1、1−2について  運営法人による謝罪や、説明責任の有無については、法人として判断すべきものであると考えています。」  社会福祉法人の監督責任者としてどう思うのか、の質問だったのですが、これでは謝罪も説明も一切しない法人の判断をそのまま認めることになります。あらためてこの点については質問していきたいと思っています。 「2−1、2−3、3−3について  共同会の人材育成、人権教育及び現場の支援状況が被疑者に与えた影響については、今後の刑事裁判の行方を注視していきます。」  神奈川県の検証が必要ではないか、という質問なのですが、自ら検証しようという気が全くないですね。これもあらためて質問したいと思います。   「2−2、3−1、3−2について   県は、定例的な情報交換に加え、指定管理施設のモニタリングや実地指導等を通じて、運営状況を把握しています。   なお、個別の事案についてのお答えは差し控えさせていただきます。」  どうして個別の事案についての答えは差し控えるのか、あらためて質問します。 この回答を見た友人はこんなことを書いてきました。 《 謝罪や説明責任は、法人判断とのことですが、まず、指定をした県は、謝罪しているのでしょうか? 指定管理制度上、指定管理事業の最終責任は、県にあります   県は、何故危機管理の観点のみ是正の必要があるとしているのか? 指定事業者として平成26年度に共同会を選定していますが、その評価や共同会の事業計画書には、運営や人材育成について書いてありますので、そういった観点を踏まえての回答なのか? 実施指導等を通して、運営状況を確認しているとありますので、当然、運営の観点も含めての判断と考えられます》 このサイトにかながわ共同会の事業計画が載っています。すばらしく立派な事業計画です。どうしてこんな立派な事業計画の中で、あのような事件が起こったのか、この事業計画をもとに指定管理者として選定した神奈川県には検証する責任があります。  次回は少し切り口を変えて質問しようと思っています。  アドバイスなど寄せていただけるとうれしいです。  takasaki@pukapuka.or.jpまでお願いします。
  • 共生社会実現フォーラムについて
     今年の「共生社会実現フォーラム」、神奈川県のホームページにはこんなことが書いてあります。 テーマ:誰もが行動する社会へ コンセプト:カッコいい大人たちが魅せる       カッコいい学生たちが魅せる       誰もが行動する共生社会 プログラム一覧: ●フォーラムプログラム   テーマやコンセプトに則して、共生社会の実現や障がい理解に係るプレゼンテーションやワークショップを行います。 ●学生による活動報告ブース    県内の学生による共生社会の実現に向けた活動を発表します。 ●障がい福祉サービス事業所による物販ブース ●福祉機器等の展示ブース ●パフォーマンス   アーティストによるパフォーマンスや作品の展示を行います。 ●障がい理解に係る表彰式  「心の輪を広げる体験作文」「障がい者週間のポスター」表彰、障がい福祉サービス事業所等への発注に貢献した企業表彰を行います。 ●●●  こんなことやって、「誰もが行動する社会」に本当になるのでしょうか?  この「コンセプト」に書かれた意味は、何なんですかね。意味がわかりません。  これで何か新しいものが生まれるとは思えません。  本気で共生社会を作ろうとしているんだろうかと思いました。  数日前にも書きましたが、納税者として神奈川県に質問を書きます。  (1)今年の共生社会実現フォーラムは共生社会に向けて何を実現しますか?実現するものを具体的に書いてください。 (2)昨年の共生社会実現フォーラムについて   ①費用対効果の観点から、どのように評価しましたか?   ②宣伝費、会場費、人件費など、何にどのくらいお金がかかりましたか?   ③かかった費用に見合うものは実現できましたか?   ④共生社会に向けて具体的に何が実現できましたか?   ⑤社会が少しでも変わるものを創り出しましたか? (3)税金の使い道についての提案です。    横浜市がやっているヨコハマアートサイトではアートを使って社会を豊かにしようとしている団体から毎年、事業企画を募集し、審査の上、助成金を出しています。   共生社会を作っていく上でも、そういうことをやった方が、お金の使い道としては曖昧なものに使うよりは、具体的な事業に使われ、意味のある使い方になると思います。  助成金の申請書の中身はこんな具合です。(事業計画は単年度) 共生社会という観点から、今の社会のどんなところが問題だと思うか。 その問題を解決するために、どのような事業を展開するのか。 その事業は社会にどのような波及効果があるか、どんなことが期待できるか、社会をどのように変えていくのか。 事業を行うための予算はいくらぐらいか。  この申請書を公平性が担保できる第三機関に審査を依頼し、予算によって上位10〜30チームを決めます。(ヨコハマアートサイトは約30チーム)  審査の観点は、  ・申請した事業が共生社会実現に向けて社会を変えるきっかけを作り出すことが   できるか  ・問題意識は明確か  ・事業の実現性、継続性  ・地域社会との連携  ・収支バランス  審査に通った事業計画はネット上にオープンにし、いつでも、誰でも事業の遂行を見学できるようにします。1年間の活動の報告会は誰でも参加できるようにオープンにし、活動成果はネット上でいつでも見られるようにします。  活動の報告は、共生社会を目指して、私たちは何をしたのか、そのことでどんなことが実現できたか、という実践報告であり、本気で共生社会を作りたいと考えているグループにとってはすぐにでも役に立つものになると思います。   私たちの払った税金はこんなふうに共生社会に向けて実際に社会を変えるような事業の企画に使ってほしいと思っています。共生社会実現フォーラムという何を生み出すのかはっきりしないものにお金を使うより、共生社会に向けて確実に何か新しいものを生み出し、社会を本気で変えていくような企画にこそお金を使うべきだと思います。  税金の使い道についての提案、どのように考えますか?
  • とがった心がまるくなる
     現代書館から出ている『福祉労働』という季刊のちょっと堅い雑誌に8月3日の上映会の話が載っていました。現代書館の若い編集者が書いたのですが、上映会でやろうとしたこと、伝えようとしたことを、すごくうまくまとめていると思いました。  「相模原障害者殺傷事件についての集会ーーではあるが、会場のあちこちで笑い声が聞こえ、障がいのある人と子どもが一緒になって走り回っている。そこには、明るさと希望が満ちていた。」と書いてあります。  特にそういったことを計算していたわけではないのですが、ぷかぷかさんといっしょにいると、自然にそういう雰囲気になります。明るさと希望は、彼らが作り出すものです。  相模原障害者殺傷事件以降、社会に必要なのは、この「明るさと希望」だと思います。ぷかぷかさんがいると、ただそれだけでそういったものが生まれるというのは、やはり彼らを軸にした社会を作ってこそ、事件を乗り越えられるのだと思います。  「ぷかぷかさんといることで、周囲の人間の心がまるくなる」 とも書かれていて、すごくいい表現だと思いました。まわりの人に対し、とがった心を持ちがちな現代社会にあって、ぷかぷかさんが社会にいることの大事さをあらためて思いました。上映会の会場全体が、ほっこりあたたかな雰囲気に包まれたのも、ぷかぷかさんのおかげですね。  たまたま今回の『福祉労働』に載っていた相模原障害者殺傷事件をテーマにした『生きるのに理由がいるの?』というドキュメンタリー映画の上映会で、ちょっとした意見の違いで険悪な雰囲気になり、げんなりしたことがありました。お互い、つい心がとがってしまうんですね。本当はそういったものを乗り越えるための上映会なのに、私たち自身が自分の中のとがった心をうまく収められないんですね。「まぁまぁ、そこまでにしましょう」で無理矢理収めてしまいましたが、後味の悪い上映会でした。  それを思うと、8月3日の上映会は話し合いも気持ちよくでき、「明るさと希望」も感じられる本当にいい上映会だったと思います。あらためてぷかぷかさんに感謝!です。
  • それではだめなんだと気がつきました。
     今日紹介した実習生の感想にはなかったのですが、実習の終わり頃、学生さんといろいろお話ししたときに相模原障害者殺傷事件の話をしていました。  授業で聞いたときは、大変な事件だけど、どこか人ごとという感じで聞いていました。でもぷかぷかで実習し、『ぷかぷかな物語』の最後の章を読んでからは、それではだめなんだと気がつきました、とうれしいことを言ってくれました。  人ごとではなく、自分のこととして考えなければいけないんだ、と。その気づきが、ぷかぷかさんとのおつきあいから生まれた、ということがうれしいですね。  テラちゃんをはじめ、実習で出会ったぷかぷかさんたちと自分の、いっしょに生きていった方がいいと思える関係の中で、犯人の言った「障害者はいない方がいい」とか「障害者は不幸しか生まない」と言った言葉がいかに間違ったものであるか、リアルに気がついたのではないかと思います。人ごとのようにすましていい事件ではないことも。  『ぷかぷかな物語』の最後の章はぷかぷかさんとの関係の中で見えてきた事件への思いです。ですからぷかぷかさんたちといい関係を作っていれば、あの章で書いたことはすごくよくわかるはずです。たとえば「面倒のかかる人たちを排除すると社会はすっきりするのかどうか」とストレートな問いを立てます。ぷかぷかさんたちとの関係の中でその問いを考えていくと、事件が問いかけたものがリアルにわかります。  優生思想云々の大きな話ではなく、ぷかぷかさんとのおつきあい、という等身大の目線で相模原障害者殺傷事件のことを自分のこととした考えられたことがすばらしかったと思います。  そういう意味では、今回の実習は想定外の収穫のあった、本当にいい実習だったと思います。
  • 神奈川県に質問状
     津久井やまゆり園の無責任さについて、 神奈川県はどう思うのか、質問状を書きました。県のホームページの「私の提案」から質問を送ります。以下、その内容。  津久井やまゆり園障害者殺傷事件に関する質問です。  津久井やまゆり園は事件後、1年たってからホームページに、事件について以下のように述べています。 《 昨年7月26日、津久井やまゆり園で起きました事件から一年になります。今まで多くの皆様にご迷惑やご心配をおかけしてきたところでございます。》  社会に大変な衝撃を与えたあの事件に対し、わずか2行の人ごとのようなあいさつで済ませていいものでしょうか。  やまゆり園は社会福祉法人が運営しています。なぜこのような事件が起こったのか、ということについてきちんと説明する社会的責任があるはずです。  犯人はやまゆり園で働いていた支援員でした。当然雇用主としての説明責任があります。  支援の現場で、どうしてこのような事件が起こったのか、現場の運営者として説明する責任があります。  そういった説明が一切ありません。 質問です。 ①社会福祉法人の監督者として、このような説明責任を果たさない法人について指導を入れたのでしょうか。指導を入れていたらその結果を教えて下さい。指導を入れていなければ、その理由を説明して下さい。 ②犯人はやまゆり園で働いていた支援員でした。当然雇用主としての説明責任があります。この点について、どのように思いますか? ③事件は支援の現場で起こりました。支援の現場でどうしてこのような事件が起こったのか、現場の運営者として説明する責任があります。この点について、どのように思いますか? ④神奈川県の作成した事件報告書には、津久井やまゆり園はどのような現場であったのか、犯人は障がいのある人たちとどのように関わっていたのか、という報告が一切なされていません。なぜですか? ⑤昨年7月のNHKスペシャルで12時間も拘束された女性の話が出てきました。人権侵害も甚だしいです。そういう現場の調査はしなかったのでしょうか。現場の調査なしで、事件の検証ができたのでしょうか。  ①から⑤まで、項目別にお答え下さい。
  • 世の中捨てたもんじゃない、と思うこともいろいろあって、まだまだ希望が持てる
    昨日書いたぷかぷか日記に、こんな感想が上がってきました。 ●●● 《「名前のない柱」は、津久井やまゆり園が、強いては社会そのものが、重度障害の人たちの人生にどう向き合っているのかを象徴しているように思います。》  本当にそうですね。この社会のあり方そのものがこの事件を引き起こしたんですよね。 それなのに、NHKの調査で「5人に1人がこの事件を覚えていない」との結果。 元々隠されていたのに、事件そのものもなかったことにされています。誰も本気で怒る人がいない。本当にどうしたらいいのだろう、とむなしい思いになります。 ●●●  あれだけの事件があったにもかかわらず、社会はなかなか変わらなくて、がっかりすることの多い日々です。社会は大きく変えようとしたり、優生思想云々、といった大きな問題を解決しようとすると、何から手をつけていいのかわからなくなって、無力感にさいなまれます。   そうではなく、自分にできる小さなことを積み上げていった方が、社会は確実に変わります。社会の変わりようが目に見えます。  ぷかぷかのスタッフは、ぷかぷかさんたちといっしょに毎日「いい一日」を作り続けています。そしてそのなんでもない「いい一日」をFacebookで発信し続けています。こんなことがあったよ、あんなことがあったよ、っていうただそれだけの平凡な日々。でもそれは、彼らといっしょに生きたかけがえのない一日なのです。彼らといっしょにつくった輝くような一日なのです。  これならスマホがあれば誰でも簡単にできます。もちろん、これで社会が大きく変わるわけではありません。それでもFacebook見て、ちょっと癒やされたり、実際にぷかぷかに遊びに来たりして、ぷかぷかのファンが少しずつ増えたりしていることは、社会がちょっとだけ変わったといっていいと思います。  障害者はなんとなくいや、近寄りたくない、と思っている人がたくさんいる世の中で、「ぷかぷかさんが好き!」というファンが出てきたことは、画期的な社会の変化だと思います。  「障害者はいない方がいい」というのが相模原障害者殺傷事件を象徴する言葉とすれば、「ぷかぷかさんが好き!」という人たちが増えてきたことは、事件を超える社会が密かにぷかぷかのまわりにできつつある、ということです。  ぷかぷかは「ともに生きる社会をつくろう」なんて歯の浮くような言葉は一度も口にしたことがありません。にもかかわらず「ぷかぷかさんが好き!」といい、「いっしょに生きていった方がトク!」と思う人がどんどん増えているのです。  ここにぷかぷかのヒミツがあります。ヒミツを知りたい人は『Secret of Pukapuka』という映画をぜひ見て下さい。問い合わせはinfo@pukapuka.or.jp 高崎まで  『ぷかぷかな物語』もぜひ読んでみて下さい。「いっしょに生きていった方がトク!」な物語が満載です。 https://shop.pukapuka.or.jp/items/19207891?from=widget  ぷかぷかに遊びに来て、うちの町にもぷかぷかみたいなところがあるといいな、という人は以前から多いのですが、最近は、自分の町にぷかぷかをつくろう、という人が少しずつ現れてきました。北九州市と横浜市の鶴見区の人たちです。  鶴見区ではこんなサイトが立ち上がりました。 https://www.facebook.com/tsurumi.pukapuka/?eid=ARCCkN_XrVSTbcubQAnz1Oggh1-oro-7QNfETySDoXdvb5qlWRmIRRoIy334ErolHX_UDGINsbYFXKFK   「障がいのある人たちとはいっしょに生きていった方がトク!」と思ってはじめたぷかぷかですが、そんなぷかぷかを自分の町にも、というのは、「いっしょに生きていった方がトク!」と思う人が増えてきたということです。ここでも相模原障害者殺傷事件を超える社会ができつつあるのです。   11月4日(月)にその第一回目のイベントがあります。ご都合つく方はぜひ!  「社会に合わせなくても、やっていけるよ」をテーマにセミナーの出前をやる予定で、現在5カ所で準備中です。 www.pukapuka.or.jp  これはぷかぷかが作り出した新しい価値観です。この価値観はみんなして生きることが楽になるような価値観です。障がいのある人たちといっしょに生きていく中で生まれた、社会を救うような新しい価値観です。  「障害者は不幸しか生まない」のではなく、いっしょに生きていくと、生きることが楽になるような、画期的な価値観を生み出すのです。  ぜひあなたの町でも、このセミナーやってみて下さい。「本当にどうしたらいいんだろう」と悩んでいるよりも、とにかく何かやって、少しでも前に進んだ方がいいと思います。何かやれば、いろんな人との新しい出会いがあります。新しい出会いは新しい物語を生み出します。物語は、町を少しずつ変えていきます。  セミナーのお問い合わせはinfo@pukapuka.or.jp 高崎まで   8月3日の上映会の時の感想に 「この町にぷかぷかのパン屋があることが、この町の価値を何倍にも上げています。」 というのがありました。ぷかぷかのある霧ヶ丘の町に住んでいる人が書きました。ぷかぷかの存在は町の価値を何倍にも上げている、というのです。それを地域住民として実感しているところがすごいと思いました。  あれがだめこれがだめ、とマイナス評価の多い障がいのある人たちですが、ぷかぷかにあっては「町の価値を何倍にも上げている」というびっくりするような評価が出てきているのです。  「障害者はいない方がいい」「障害者は不幸しか生まない」と相模原障害者殺傷事件の犯人は言い、それを支える社会があって、がっかりすることが多いのですが、それでもぷかぷかの周りを見ていると、世の中捨てたもんじゃない、と思うこともいろいろあって、まだまだ希望が持てるのです。  自分の周りにいる障がいのある人たちといっしょに楽しい日々を作り出すこと。そのことが社会を少しずついい方向に変えています。ぜひやってみて下さい。きっといいことが見つかりますよ。
  • 映画には、一緒に生きていった方がいい、という力強いメッセージがいっぱい
     昨日の夕方、金沢の水野スウさんからメッセンジャーで   高崎さん 来週の紅茶で、「森は生きている」ぶかぶか版の上映会をすることになりました!!6回のワークショップ、本番、そして日常のぷかぷかさん、すばらしい映像の記録。自分も参加してるような臨場感…   というメッセージが届きました。  8月のみどりアートパークの上映会に、スウさんの娘さんが見に来ていて、すばらしい映画でしたという感想をもらい、よかったらぜひ金沢で上映してください、と「森は生きている ぷかぷか版」のDVDを預けました。それをお母さんが見て、上映会やろう、と決めたようです。  「森は生きている ぷかぷか版」は2時間11分の大作です。それをDVDを見ただけで、やろう!と決めた水野スウさんの思いを見たとき、これは行かねば、と思ったのです。すぐに金沢行きのチケットを予約しました。  映画は発表会の舞台の映像から始まり、その舞台に至るまでの6ヶ月にわたるワークショップの活動を記録したものです。ひとつの表現が出てくるまでの長い時間をそのまま記録しています。障がいのある人たちとおつきあいする、というのはこの長い待ち時間を共有することなんだ、ということがよく見えます。そういう作業を繰り返し、最後の発表会の舞台ができあがります。  彼らと一緒に生きること、その結果、何が生まれるのかがよく見える映画です。共生社会を作ろう、とか、共に生きる社会を作ろう、とか聞こえのいい言葉が飛び交っていますが、ぷかぷかはそういう言葉は一言も発することなく、黙々と彼らと一緒に芝居を作り、彼らといっしょに舞台に立ちます。  共生社会を作るためにワークショップをやっているのではありません。どこまでも彼らと一緒にやるワークショップが楽しいからやっているのです。彼らと一緒に生きることが楽しいからやっているのです。  だから最後、すばらしく楽しい舞台ができがあがります。彼らと私たちの関係がとてもよく見えます。一緒にいると楽しい!という関係。  その関係の中で、障がいのある人たちに向かって、 「ここにあなたにいて欲しい」「ここはあなたが必要」 と心から思えるようになります。  相模原障がい者殺傷事件の犯人は 「障がい者はいない方がいい」 といいました。そしてそれに同調してしまう社会があります。それに対して、 「それはちがう」「障がいのある人たちはいた方がいい」「社会に必要」 というメッセージを出し続けなければならないと思っています。  それは「共に生きる社会を作ろう」といった抽象的なメッセージではなく、もっと具体的な形のある、思いのこもったメッセージです。障がいのある人達と全くおつきあいのない人たちが見ても、 「一緒に生きていった方がいいよね」 って共感できるようなメッセージです。ぷかぷかさん達といっしょにやっている演劇ワークショップは、そういう目に見えるメッセージ・舞台を毎年創り続けてきました。  映画には、一緒に生きていった方がいい、一緒に生きていくとこんなにすばらしいものができる、という力強いメッセージがいっぱい込められています。   10月10日、とくべつ紅茶の時間で、ぷかぷかさんの上映会&ぷかぷか理事長・高崎明さんのおはなし会することになりました!題して、「pukapukaな時間」1:00〜5:00(うちわけは、ぷかぷかさんの映画上映+高崎さんのおはなし+参加したみんなとのきもちキャッチボールタイム) 参加費1000円。@紅茶・水野宅 076−288−6092
  • みんなが幸せな気持ちになれるこれは企画です。
     ぷかぷかのアートを印刷業界に紹介したい、と神奈川県印刷工業組合の理事長の江森さん、常務理事・経営革新マーケティング委員長の荒井さんが見えました。 江森さん 荒井さん    神奈川県印刷工業組合のホームページにある平成30年度事業計画案の概要を見てちょっとびっくりしました。印刷業界は、ただ印刷の仕事をするのではなく、すべての人を幸せにする産業なのです、と書いてありました。    ●●●  東日本大震災は、東北地方沿岸に甚大な被害をもたらしましたが、 週が明けるや食料品メーカーや衣料品メーカーからは矢継ぎ早に支援の表明があり、被災者の命をつなぐための多くの物資が届けられました。 私たちもその支援の輪に加わりたいと心から思ったはずですが、私たちの作る印刷物は被災地ではガレキの一部でしかありませんでした。 自分たちの仕事の意義を見失いかけ、私たちはすっかり自信をなくしてしまったのではなかったでしょうか。  しかし、震災から1ヶ月が過ぎる頃から状況が変わり始めました。 被災地から届く支援物資の要請が、生きるために必要な衣食住に関わるものから、子供が勉強するためのノートや鉛筆、避難所でのストレスを癒すための書籍など、「文化」に関するものへとシフトが始まったのです。 私たちの仲間は、待ってましたとばかりに、業界に声をかけ、残紙を使って「おえかきちょう」を作り被災地に贈るプロジェクトを立ち上げたり、それぞれの場所で自分たちができることを見つけて活動を拡げ始め、多くの印刷会社の善意は東北東海岸に届けられました。 そのような活動を通じて、子供たちをはじめとするたくさんの人々の笑顔に出会ったとき、私たちは自分たちの仕事の本当の意義をはっきりと理解する 機会を得たのだと思います。人は衣食住が足りるだけでは生きていけないのです。 私たちの仕事はただちに生命に関わるようなものではありませんが、人が生きて行くうえで欠かせない「心の栄養」を人々に与え、すべての人を幸せにする産業なのです。  古くは百万塔陀羅尼経の時代から、近代にあってはグーテンベルグの時代から、私たち印刷産業は人々の文化的な活動や、ショッピングやグルメなどの消費行動による生活の質の向上を通じて、世界中の人たちの「幸せな人生」に貢献してきました。 そして同時に印刷産業で働く人たちにも、労働を通してたくさんの幸せを提供してきたのです。現代においてもその使命はまったく変わってはいません。  時代とともに科学技術は発達し、人々の生活様式はどんどん変化します。しかしどんなに時代が進もうとも、人間が人間である限り、私たちは「幸せ」になるために生き続けます。 そんなひとり一人の「幸せ」を紡ぐ産業として、印刷産業はその関わる人すべてが幸せになる産業を目指すべきなのではないでしょうか。   ●●●    私たちの仕事はただちに生命に関わるようなものではありませんが、人が生きて行くうえで欠かせない「心の栄養」を人々に与え、すべての人を幸せにする産業なのです。    どんなに時代が進もうとも、人間が人間である限り、私たちは「幸せ」になるために生き続けます。 そんなひとり一人の「幸せ」を紡ぐ産業として、印刷産業はその関わる人すべてが幸せになる産業を目指すべきなのではないでしょうか。     なんかすごい業界だなと思いました。会社というのは、ただもうけを追うのではなく、本来こういう、人を幸せにする、という大きな目的があったのだと思います。そういうことを思い出させてくれました。  そういったことの上で、ぷかぷかのアートを印刷業界で使いたい、といってきたのです。    ぷかぷかさんのアートは人の心をほっこりあたたかいもので満たしてくれます。ちょっと幸せな気持ちになります。  人を幸せにする、というところで、印刷業界が目指すものとぴったり合うのです。  ぷかぷかさんのアートを見る人も、それを提供した印刷屋さんも、そしてぷかぷかさん達も、みんなが幸せな気持ちになれるこれは企画です。    一つ一つ見ていくと、思わず心がキュンとなります。疲れた心を癒やしてくれます。ぷかぷかさんのアートが、印刷業界を通して社会に広がって行くと、社会はちょっとゆるやかに、豊かになる気がします。  障がいのある人たちとは一緒に生きていった方がいいよ、という言葉のメッセージは、障がいのある人たちとおつきあいのない人にはなかなか伝わりにくい感じがします。でも、アート作品は、ちょっと見ただけで心がキュン!となって、受け入れてくれます。障がいのある人のことを全く知らなくても、「いいね」と受け入れてくれます。  障がいのある人たちとの、これはひとつの出会いだろうと思います。前向きの、とてもいい出会いです。自分の心を癒やしてくれた絵を描いた人はどんな人だろう、こんな絵を描く人は社会にいた方がいいね、というふうになっていくといいなと思います。  中には絵の作家さんに会いに来る人もいるかも知れません。ぷかぷかにやって来れば、絵を描くだけではなく、いろんな仕事をしているぷかぷかさん達に出会います。訪ねてきた人に中にある障害者のイメージが、ひょっとしたらひっくり返るかも知れません。  相模原障害者殺傷事件の犯人は「障害者はいない方がいい」と言いましたが、ぷかぷかさんのアートに出会った人は「こういう絵を描く人は社会にいた方がいいよね」ってきっと思います。犯人の言った「障害者は不幸しか生まない」という言葉も、ぷかぷかさんの絵に出会って、ほっこりあたたかな気持ちになった人は、あの言葉はおかしいよね、って思います。ぷかぷかさんのアートは事件の犯人の発したメッセージが間違っていることを言葉を使わずに教えてくれます。     今後は業界の人たちにぷかぷかさんの絵を紹介するシステムを具体的に作っていくそうです。絵がどんな風に広がっていくのか、すごく楽しみです。    思えば8年前、カフェを構えたときから壁にぷかぷかさん達の絵を飾り、いつかこの絵たちが社会に広がってくれたらいいな、と思っていました。そうやってぷかぷかのメッセージを広げたかったのです。こんな絵を描く人たちとは一緒に生きていった方がいいよ、って。  ただその頃は、その絵をどうやって社会に広げていったらいいのか、なかなか手がかりがつかめませんでした。藤が丘駅前のマザーズという大きな自然食品のお店の壁に飾る案が浮上したこともあります。実際に下見をし、絵を掛けてみたり、お店の人とも打ち合わせをやりました。でも結局いろんなことがあって実現できませんでした。  2年前、プロボノ活動をやっているサービスグラントに依頼することを思いつき、ぷかぷかさんのアートを企業の売り込む営業資料を1年かけて作ってもらいました。その資料のプレゼンの中で、太陽住建の人たちと知り合い、その太陽住建の方が、今回見えた協進印刷の社長江森さんを紹介してくれました。その後江森さんは神奈川県印刷工業組合の理事長になり、今回の企画が実現することになりました。  人のつながりのありがたさをしみじみ感じました。それとぷかぷかさんの絵を社会に広げたいとしつこく思い続けたことが大きかったと思います。  障がいのある人たちのアート展が、最近あちこちで開かれています。たくさんの人が障がいのある人たちのアートを知る機会を作る、という意味ではいい試みだとは思います。でも、そのことで社会が変わるわけではありません。障がいのある人の社会的生きにくさは、相変わらず変わらないのです。  やっぱり私たちから社会に直接出て行かないと社会は変わりません。企業にアートを売り込む営業資料は、その手がかりをつかむものでした。今回その営業資料がきっかけで、神奈川県印刷工業組合という大きな力ある団体が反応してくれました。150社くらい加盟しているそうです。  私たちが社会に直接出て行くこと、そのことによって、社会はいい方向に少しずつ変わっていくのだと思います。  
  • その人がそこにいる、ただそれだけでいい
     先日上映会とトークセッションをやった筑豊「虫の家」発行の「虫の家だより」にとてもいい話が載っていたので紹介します。「虫の家」の代表高石さんの息子さんひろ君はダウン症です。その姪にあたる方の作文です。             私のおじさん                                  高石萠々  私にはダウン症のおじがいます。みなさんは「ダウン症候群」を知っていますか?この病気は生まれつきの染色体異常による疾患で、現時点で治療法は存在しません。この病気の症状は、身体的発達の遅延、特徴的な顔つき、軽度(人によっては重い方もいます)の知的障がいなどがあげられています。でも本当に大切なのは、そんな机上の知識よりも、ありのままのおじに会うことだと私は思っています。  私は、幼い頃からおじが常に近くにいるので、おじのことを「ひろ兄ちゃん」と名前で呼んでいます。おじは私にとっては兄のような存在です。おじは私に 「ももちゃん、おばさん!」 と、よく言います。今は慣れているので、笑うことができますが、小学生の頃は戸惑いがありました。  私が小学生の頃、友だちが家にあそびに来たときに友だちの妹が、私のおじを見て 「あの人、なんか顔が変」 と、いったことがあります。それを聞いたとき、とても悲しくなり、同時にいらだちもありました。おじはいつも、優しくほほえんでいるけど、どのくらい傷つき、辛い思いをしてきたのだろうか。きっと数え切れないほどだと思います。  おじは小学生の頃、給食の時間に、みんなの嫌いな食べ物の残りを引き出しに入れられたり、すれ違ったときに頭をたたかれたり、たくさんのイジメにあっていたと聞きました。これが今の障がいのある人たちに対する多くの私たちの態度です。おじは、意志をうまく伝えることができないので、いやなことをいわれたり、たたかれたりしても、相手に「やめてくれ」とうまく伝えられません。この苦しみに30年近くも耐えてきているのです。  2年前、相模原障害者施設殺傷事件が起こりました。この事件は私にとっては忘れることのできない恐ろしい事件になりました。容疑者である植松聖は 「役に立たない障害者なんて、いなくなればいい。いなくなった方が、家族は楽になる。」 そう答えました。また事件を起こす前に「世界が平和になりますように」とツイッターに投稿していたそうです。  この世の中は、役に立つ人間しかいることができないのですか。障がいのある人がいなくなると、家族は楽になるのですか。障がいのある人がいなくなると、世界は平和になるのですか。  少なくとも私たち家族は、おじがいなくなると想像するだけでも、辛くて悲しい思いでいっぱいになります。  誰にでも、得意なこと、苦手なことがあります。ただ障がいのある人は苦手なことが少し多いだけで、私たちにない素敵なところもたくさんあります。  いのちは、役に立つ、立たないに関係なく、尊いのです。  私のおじも施設でそれなりの仕事をしています。私は容疑者のように考える人がいる限りは、世界は平和にならないと思います。  もし、容疑者が叔父の通う施設の職員だったら、おじは殺されていたかも知れません。また、近くに容疑者のような考えを持っている人がいるならば、今、おじがねらわれているかも知れません。そう思うと恐ろしくてなりません。  私は、障がいのある人について、子ども達だけでなく、大人達にも知ってもらうことが大切だと思います。誰でも、はじめは戸惑うことがあるかも知れません。そこから、誰もみんな違う、違うから一人ひとりが大切で、平等なんだ。差別は絶対にしてはいけないんだ、ということを理解することができるようになると思います。そのためには学ばなければなりません……                             小竹中学校3年生      すばらしい作文だと思います。  相模原障害者殺傷事件の犯人の「障害者はいなくなればいい」に対して、こんなふうに書いています。 【 少なくとも私たち家族は、おじがいなくなると想像するだけでも、辛くて悲しい思いでいっぱいになります。】  これほど明確なメッセージはないと思います。ダウン症の「ひろ兄ちゃん」とどんなおつきあいをしていたのかがよくわかります。「ひろ兄ちゃん」は萠々ちゃんにとって優しくて楽しいおじさんだったんだろうなぁ、って思います。ダウン症という障がいを持ったおじさんではなく、どこまでも「優しくて、楽しいおじさん」。  そういう関係は、「障がいがある」ということを簡単に超えてしまうのだろうと思います。「ひろ兄ちゃん」と萠々ちゃんの間には、「障がい」はありません。    「虫の家だより」の同じ号に私の「生産性のない人が社会に必要な理由」というブログの文章が載っているのですが、「そんなふうにアーダコーダ言わなくても、その人がそこにいる、ただそれだけでいい」と高石萠々さんは書いているのです。「いのちは、役に立つ、立たないに関係なく、尊いのです。」と。  本当にそう思います。その人がそこにいる、ただそれだけでいい。  障がいのある人について、みんながそんなふうに感じ取れるようになるにはどうしたらいいんだろうと思います。やっぱり彼らとフラットにおつきあいする機会をあちこちで作ることだろうと思います。何かやってあげるのではなく、一緒に一日を楽しむような関係、「優しくて、楽しいおじさん」と思える関係を作ることだろうと思います。  ぷかぷかでは「障がいのある人たちとは一緒に生きていった方がいい」と思える関係を作ってきました。彼らと一緒にいること、ただそれだけを楽しむお客さんがどんどん増えています。こういう関係こそ、もっともっと広げていきたいと思います。      相模原障害者殺傷事件については、優生思想云々の大きな話ではなく、「おじがいなくなると想像するだけでも、辛くて悲しい思いでいっぱいになります」という家族の思いをきちんと受け止める、それが相模原障害者殺傷事件はなんだったのかを考える出発点だろうと思います。  事件直後、あちこちで聞かれた「決して忘れない」という言葉はどこへ行ってしまったんだろう、と思うくらい事件がどんどん忘れられていく中で、中学校3年生の子どもがこんなに思いのこもった作文を書いてくれたことは大きな希望だと思います。  「決して忘れない」を口にした覚えのあるおじさん、おばさん、今一度あの時の怒り、悲しみを思い出して、萠々ちゃんの作文に負けないくらいのことをやりましょう!
  • ぷかぷかに来る前は「自分の意見をブログに書いて世の中に発信するのは怖い」と思っていた。
      NHKスペシャルのディレクターが取材でカツタさんに会ったとき 「高崎さんのように、自分の意見をブログに書いて世の中に発信するのは怖い」 といっていたそうです。ですからNHKスペシャルの取材でぷかぷかに来てからのち、ブログを書き始めたことを知ってうれしくなったと連絡がありました。  ぷかぷかさんと出会い、一緒に演劇ワークショップをやって、カツタさん自身がすごく自由になったと思います。その自由さがあったから、放課後デイサービスの子ども達ともフラットな関係でいい出会いができたのだと思います。ブログを書く素地がこの時できた気がします。  7月15日にNHKの取材のためにぷかぷかに来て、私と話をしました。  そのときカツタさんは 〈重い障がいのある子ども達との日々が楽しくてしょうがない。お子さんのことでいろいろ苦労されている親御さんのことを思うと、こんなに楽しんでていいんだろうかと思います。〉 といったことをおっしゃっていました。 「そんなこと気にしなくていいと思いますよ。カツタさんが子ども達と楽しい日々を過ごしているのであれば、それは子ども達にとっても楽しい日々。楽しい日々を過ごす子ども達のことを知れば、親御さんはみんな喜びますよ。ですから、子ども達との日々、誰に気を使うことなく、大いに楽しめばいいと思いますよ」 といった話をしました。 「楽しい日々をブログに書き残しておくと、カツタさん自身のすばらしい財産になりますよ。書くことで自分がやっていることの意味も深まっていくし、障がいのある子ども達との日々が楽しいっていう発信は、今すごく大事だと思いますよ。ぜひトライしてみて下さい」 といった話も。  多分そのときの話が、カツタさんの背中を押したのだと思います。  ブログはぷかぷかに来た5日後の7月20日から始まっています。うんこの始末の話から始まるのですが、そんな話を書きながらも楽しくてしょうがないって感じがよく伝わってきます。  いずれにしても、ぷかぷかに来ることで、障がいのある子どもたちと一緒に生き始めたこともすごい変わりようですが、その楽しさをブログに書き、社会に発信しはじめたことは、もっとすごいことだと思います。社会に向けて発信するのは、それなりにエネルギーがいります。でもそれを超える楽しさが子ども達との日々にはあるのだろうと思います。  障がいのある人たちとの日々が楽しい!っていう発信は、相模原障害者殺傷事件以降、とても大事になっていると思います。カツタさんのブログを読んで、一人でも多くの人が 「障がいのある人たちとのおつきあいって楽しいんだ」 って気づき、自分の近くにいる障がいのある人とおつきあいをはじめてくれたら、なんかね、社会がどんどん変わっていく気がするのです。  カツタさんはFacebookをやっています。ぜひ友だち申請して、カツタさんのメッセージを広げて下さい。 www.facebook.com
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