ぷかぷか日記

相模原障害者殺傷事件5年目に思うことー①

 相模原障害者殺傷事件が起きて5年になります。あれだけ衝撃的な事件だったので、社会は本当に変わるのではないかと思っていましたが、5年目の今、結局は何も変わってないな、というのが実感です。そのモヤモヤした気持ちを少しずつ書いていこうと思います。

 

 神奈川県では当事者目線により福祉に切り替えるそうですね。これも事件を受けて出てきたそうです。ようやくここまで来た、と評価する声もたくさんあります。

www.pref.kanagawa.jp

 議事録も載っていましたが、私にとってはなんだかむつかしそうな話で、とても読む気になれません。大事な話だとは思いますが、こういう話をやって社会は変わるのだろうかとも思います。それよりも、目の前の当事者の方とどんなおつきあいをしていくのか、そこから何を生み出していくのか、というところこそ現場の人間としては大事にしたいと思うのです。

 

 昨日たまたまイクミンが素晴らしい絵を描いているのを見つけました。

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「え?これが猫?」

「そうです」

「なんでこれが猫なの?」

「なんでって、これ、猫ですよ」

 右側の猫の写真を見て描いたそうですが、イクミンの頭を通り抜けると、左のようなカラフルな猫に変わるみたいです。

「こんなの猫じゃないじゃん」

というのが、多分一般的です。「指導」とか「支援」はそういう方向性を持っています。以前教員をやっていた私もそうでした。猫はこうやって描くのが正しいなんてことを「指導」していたのです。でも、子どもたちと関わる中で、子どもたちの作り出すものの方がはるかに楽しいことに気がつきました。その気づきは、自分の中にある「正しさ」を問い直すことでもありました。

 

 以前も書いたことですが、養護学校の教員をやっていた頃、こんなことがありました。クラスのみんなで一抱えくらいある大きな犬を紙粘土で作ったときのことです。小学部の6年生です。何日もかかって作り上げ、ようやく完成という頃、けんちゃんにちょっと質問してみました。

「ところでけんちゃん、今、みんなでつくっているこれは、なんだっけ」

「あのね、あのね、あの……あのね…、え〜と、あのね…」

と、一生懸命考えていました。なかなか答えが出てきません。

「うん、さぁよく見て、これはなんだっけ」

と、大きな犬をけんちゃんの前に差し出しました。けんちゃんはそれを見て更に一生懸命考え、

「そうだ、わかった!」

と、もう飛び上がらんばかりの顔つきで、

「おさかな!」

と、思いっきり大きな声で答えたのでした。

 一瞬カクッときましたが、なんともいえないおかしさがワァ〜ンと体中を駆け巡り、思わず

「カンカンカン、あたりぃ! 座布団5枚!」

って、大きな声で叫んだのでした。

 それを聞いて

「やった!」

と言わんばかりのけんちゃんの嬉しそうな顔。こっちまで幸せになってしまうような笑顔。こういう人とはいっしょに生きていった方が絶対トク!、と理屈抜きに思いました。

 もちろんその時、

「けんちゃん。これはおさかなではありません。犬です。いいですか、犬ですよ。よく覚えておいてくださいね。い、ぬ、です。わかりましたか?」

と、正しい答をけんちゃんに教える方法もあったでしょう。むしろこっちの方が一般的であり、正しいと思います。まじめな、指導に熱心な教員なら多分こうしたと思います。

 でも、けんちゃんのあのときの答は、そういう正しい世界を、もう超えてしまっているように思いました。あの時、あの場をガサッとゆすった「おさかな!」という言葉は、正しい答よりもはるかに光っています。

 

 事件の犯人が、障がいのある人たちとこんな出会いをしていれば、あんな惨劇は絶対におきなかったと思います。

 「おさかな!」という言葉に出会った時、なんかもううれしくてうれしくて私はけんちゃんを抱きしめたいくらいでした。養護学校の教員になって1年目。重度障害の子どもたちを相手に毎日のように想定外のことが起こり、私の頭はもうどうしていいかわからず混乱していました。そんな中で「おさかな!」という言葉は目が覚めるほどの輝きを持っていました。

 犯人は毎日障害のある人たちとおつきあいしながら、どうしてそんな出会いをすることができなかったのかと思います。そこを考えることはとても大事なことです。このことについては、また別の機会に書きます。

 

 今日紹介したイクミンの絵は、社会を覆う「正しさ」について、とても大事な問題提起をしていると思います。あのカラフルな猫の絵を見てあなたはどう思いますか?

彼らはこうやって新しい未来を作っているのだと思います。

パンの厨房では、メロンパンの皮の生地を作る人、一個ずつの皮の重さを量る人がいます。

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 同じ厨房で働いているユミさんは、以前パン教室で小さな子どもにメロンパンの作り方を教えていました。

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 ユミさんは障がいが重いと言われている人です。そんな人が小さな子どもにメロンパンの作り方を教えていることにびっくりしたことがあります。

 人は仕事をすることで成長していきます。その成長ぶりは、障がいが重いから仕事があまりできない、といった偏見を軽々と超えていきます。彼ら自身のチカラで超えていく。すごいなって思います。

 彼らはこうやって新しい未来を作っているのだと思います。障がいの重い人が、新しい未来、希望を作っている。なんか素敵じゃないですか。

 

「ともに生きる社会」って、彼らに対して、素直にそう思える社会

先日Facebookに載っていた写真。 

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 なんて気持ちよさそうに寝てるんだろう。見ているこちらまで幸せな気持ちになります。

 パン屋に来て、幸せな気持ちになれるって、なんだかトクした気分。こういうお店は、日本広しといえども、そうそうありません。

 ぷかぷかさんがいてこそ、生まれてくる雰囲気です。私たちだけでは、絶対に生まれない雰囲気。そういう意味では、彼らには感謝しかありません。

 「いっしょに生きててよかったなぁ」しみじみそう思います。そして何よりも思うのは「あなたにいて欲しい」ということ。

 「ともに生きる社会」って、彼らに対して、素直にそう思える社会だと思います。そう思える関係が作り出す社会です。

 

 そう思える関係をどうやって作るか。

 ぷかぷかは、彼らに惚れ込み、彼らといっしょに生きていきたいと思って始めたところです。その結果、ぷかぷかは小さいながらも「ともに生きる社会」を生み出しました。なんとも心地のいい社会です。その「心地よさ」をぜひぷかぷかまで味わいに来てみて下さい。

 相模原障害者殺傷事件をどう超えていくのかは、小難しい話をけんけんガクガクやるのではなく、この「心地よさ」を彼らと一緒に作っていくことだと思います。毎日笑い声を響かせながら。

彼らの方がね、なんか、いい人生生きてる気がするのです。

今日のぷかぷかのFacebookに載っていた写真

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 スタッフ「どうしたの?」

 ぷかぷかさん「くつろいでいるのですよ」

 

 なんて自由なんだ、って思いましたね。ほんと、うらやましいくらい。

 なんだかんだとえらそうなこといっても、悲しいかな、私たちはこんな風に自由にはなれません。どうしてなんだろうって思います。

 人間、何が幸せかって、心が自由であることだと思います。

 たとえば昼休み、こんな格好で堂々と寝ることができることです。

 有り余るほどのお金があることよりも、こんな風に堂々と寝ることができることの方が幸せな感じがするのです。

 彼らの方がね、なんか、いい人生生きてる気がするのです。

7月6日(火)午後8時からEテレのハートネットTVでぷかぷかの活動と尾野一矢さんの自立生活を紹介

7月6日(火)午後8時〜8時30分 EテレのハートネットTVでぷかぷかの活動と尾野一矢さんの自立生活が紹介されます。再放送は翌週13日(火)午後1:05~です。

www.nhk.or.jp

 相模原障害者殺傷事件から5年たちましたが、障害のある人たちを取り巻く社会はそれほど変わったとは思えません。

 障害のある人たちのためのグループホームを建てようとすると、多くの場所で建設反対運動が起こります。自分の住んでいるところに「障害者はいない方がいい」と言っているわけで、犯人と同じ発想です。

 社会にはいろんな人がいた方が、社会の幅が広がり、豊かになります。社会から障害者を締め出してしまうと、その分、社会の幅が狭まり、私たち自身が息苦しくなります。

 ぷかぷかは

 「障害のある人たちとはいっしょに生きていった方がいいよ」「その方がトク!」

と言い続けています。彼らといっしょに生きていくと毎日が楽しいからです。心がゆるっとします。とがった心が丸くなります。生きることが楽になります。ぷかぷかに来るとそのことを肌で感じることができます。

 今度のハートネットTVでも、そのことが少しでも伝わるといいなと思っています。

 

 Eテレの取材風景です。ノリノリのディレクターの姿がすごくいい!

www.youtube.com

ぷかぷかさんたちの手際の良さにびっくり

福祉事業所では

「障害者が作ったものだから買ってあげる」

といった関係がよくあります。でも、そういう感じで買ってもらうって、なんか嫌だなと思っていました。何よりも、そういった関係ではいいものはできません。そうではなくて

「おいしいから買う」

という関係をこそ作りたいと思いました。

「おいしい」 

というところで勝負するのです。ほかのお店に負けないくらいおいしいものを作る。材料にこだわり、作り方にこだわり、とにかくおいしいものを作ることをぷかぷかは大事にしてきました。

 結果、おいしいから買う、という当たり前のお客さんが増えただけでなく、ぷかぷかさん自身が質の高い仕事、本物の仕事をすることで、びっくりするくらい成長していました。

 そんなことを思うのは、先日久しぶりに厨房を覗かせてもらい、ぷかぷかさんたちの手際の良さにびっくりしたからです。

 

 その日は魚のフライの仕込みをしていました。三人並び、最初の人は魚に粉をつけて次の人に渡し、次の人は溶き卵をつけ、最後の人はパン粉をつけます。

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 右側のナオコさんは魚に小麦粉をつけ、次の人のボウルに入れます。ナオコさんは、どちらかというと障がいの重い方です。でもここでは、三人並んだ仕事のペースメーカーになっていました。スタッフはそばについていません。

 ナオコさんは障がいは重いけれども、与えられた仕事をきちんとこなす方です。福祉事業所によくある単純作業ではなく、おいしいものを作る、という本物の仕事をこなしてきました。それを毎日くりかえす中で、ナオコさんはその場のペースメーカーになるほどに成長したのだと思います。

 

 準備ができたのを見計らって、ナオコさんが小麦をつけた魚を次の人のボウルに入れるところからこの三人組の仕事が始まりました。

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 次々に魚を回していきます。

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      粉をつけます。

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      溶き卵をつけます。

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      パン粉をつけます。

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 流れるような仕事ぶりにびっくりしました。三人の呼吸が合い、仕事がどんどん進みます。いつもこのメンバーでやるわけではなく、誰がやってもこんな風に仕事が流れるそうです。

 彼らをここまで持ってきたスタッフさんの働きがすごいなと思いました。そばで何にもいわなくても、ここまで仕事をやってしまうぷかぷかさんの成長にびっくりしながら、彼らを支えてきたスタッフさんの働きに頭が下がりました。スタッフさんたちに感謝!感謝!です。

 

 障がいの重い方が、仕事の現場でペースメーカーになっているなんて、痛快じゃないですか。素晴らしいのひと言です。

 おいしいもので勝負しよう、という目標が、こんなふうにみんなを成長させ、みんなが生き生きと働く現場を作り出したのだと思います。

 

 何年か前、区役所の販売でほかの福祉事業所の弁当販売と重なったことがありました。私はお互い競争すればもっとおいしい弁当ができるんじゃないかと思ったのですが、相手は「うちは福祉ですから、競争はしません」なんていい、なんか力が抜けました。区役所が調整して、その事業所とは別の日になったのですが、なんだかなぁ、という感じでした。

 「福祉だから競争しない」って、ま、競争しなくても福祉サービスの報酬が入るので事業は回るわけですが、職場の活気は生まれません。おいしい弁当も生まれません。仕事として、なんかつまらない気がします。

 やっぱり職場には活気があって、商品が売れた時はみんなで大喜びしたり、売れない時はがっかりしたり、それが仕事の面白さです。ぷかぷかに笑顔が多いのは、そういった面白さが職場にあるからだと思います。そういった中でみんな人として成長していきます。

 そういった可能性を「うちは福祉ですから、競争はしません」と最初から閉じてしまうのは、利用者さんに悪いじゃん、なんて思ってしまうのです。

こんなお弁当が届けられると、なんだかそれだけで幸せな気持ち

みっちゃんが色塗りしているのは配食サービスのメニューの絵

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 週一回一人暮らしのお年寄りにお弁当を届けているグループがあって、お年寄りの方たちにはこのメニューに描かれたぷかぷかさんの絵をとても楽しみにしているそうです。

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今までこんな絵がありました。

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 お弁当にはぷかぷかさんの描いた楽しい絵が帯として巻き付けられています。

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お弁当に巻き付けるとこんな感じになります。

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週一回、こんなお弁当が届けられると、なんだかそれだけで幸せな気持ちになります。

ぷかぷかさんたちは、こんな風にして幸せを届け、地域社会を耕しています。このお弁当は、私たちは生きる上で何が大切なのかを教えてくれます。

彼らとはやっぱりいっしょに生きていった方がいい、しみじみそう思います。

遅ればせながら「引っ越しのご挨拶」をご近所に

 友達大作戦の打ち合わせがありました。

 介護をやっている方から素晴らしい提案がありました。遅ればせながら「引っ越しのご挨拶」をご近所にやりましょう、という提案です。

 かずやさんの家には毎日介護の方が日替わりで入っています。

 「日替わりで得体の知れない介護者たちが出入りしている様子を不安に感じているかも知れません」

 とあって、なるほどなと思いました。大声とそういった様子が重なると、近所の方の目にはどんな風に写るんだろうと思いました。

 なので、遅ればせながらですが、かずやしんぶん、かずやクッキーなどを持って、ご近所にあいさつに行きましょう、というのは、今この時期に必要なとても大事な提案だと思いました。

 かずやさんもいっしょに行くことになるので、かずやさんに「いっしょに行きますか?」と聞きました。

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 かずやさんの返事は

「やめとく〜」

でした。

 「じゃあ、和尚さんだけで行ってもいい?」(丸刈りの人は、かずやさんにとってはみんな和尚さんだそうです)と聞くと、それはいい、という返事でした。

 とはいえ、介護に入っている方はなかなかゆとりがないと思いますので、ここは応援団の方で時間のゆとりがある方がいれば、ぜひお手伝いに入って欲しいですね。

 

 お米はスーパーで買うのではなく、お向かいの米屋で買うようにしましょう、という提案もありました。これは生活の中で関係を広げていく素晴らしい提案だと思いました。                                 

 お米は定期的に買います。定期的に顔を合わせる関係が自然にできます。量は少なくても、とにかく定期的に買いに行けば、お店の人は顔を覚えてくれます。そのうち、かずやさんを笑顔で迎えてくれます。お米買いながらいろんな話をしましょう。しっかり自己紹介もしましょう。顔と名前を覚えてくれます。「かずやしんぶん」も渡しましょう。「かずやしんぶん」を読んでくれれば、話の話題がグンと広がります。こんな風に買い物を通しておつきあいが自然に広がっていきます。

 

 近所のお店で「かずやしんぶん」を置いてくれるところを探す、という提案もありましたので、まずは米屋さんから始めましょう。やっぱりはじめてのお店で「かずやしんぶん」の話をするよりも、何度か買い物に行って、顔見知りになった段階で「かずやしんぶん」の話を持ち出す方が受け入れてもらえる確率が上がります。お店に「かずやしんぶん」を置いてもらえれば、ポスティングとは違う広がり方をします。何よりもお店に「かずやしんぶん」を置いてくれるというのは、多少ともこちらがやっていることに共感したからだと思います。お店の方のその思いを大事にしたいですね。地域はこういったところから少しずつ変わっていくのだと思います。

 

 街を歩けば「かずやさん元気?」って声をかけてくれる人が少しずつ増えてきます。「しんぶん、読みましたよ」って声をかけてくれる人も出てきます。

 

 地域で生活する、というのは、こうやって生活を通して関係が広がっていくこと。その関係の広がりこそが重度障害者の自立生活の一番大事なところだと思います。この関係の広がりが、かずやさんを、そして地域の人たちを豊かにしていきます。

 

堅くドアを閉じてしまった人の心を想像する

 先日、介護者の方が大声のことで苦情を言ってきている二階の部屋へあいつに行きました。かずやさんは行きたがらないので部屋で待機。ドアをノックしても、全く反応がなかったそうです。「下の部屋の尾野です」と言っても、ドアは閉まったまま。何度かトライしたものの、反応がないので、手紙、かずやしんぶん、かずやさんの作ったコーヒーカップ、かずやクッキー、植木鉢をドアの前に置いてきたそうです。

 ある程度は予想されたこととは言え、実際に閉じたドアを見てしまうと(固く閉じたドアは、そこにいる人の心そのもの)、やっぱり心が萎えてしまいます。閉じてしまった心を開いてもらうにはどうしたらいいんだろう。

 でも、ここからが本当の勝負だと思います。本気で閉じたドアと向きあう。どうしたら心を開いてもらえるのか、考えて考えて考え抜く。堅くドアを閉じてしまった人の心を想像するのです。そこからしか解決の道は見つかりません。

 

 ズームのオンラインで参加した学生さんが「共感マップ」というツールを提案してくれました。ユニバーサルデザインを勉強している方ですが、相手を理解するうえでとてもいいツールだと思いました。

 お二階さんがどんな思いでいるかを俯瞰できるようにマップ化することで解決の糸口が見つかるかも知れません。共感マップの要素は次の6つです。

 

1,お二階さんが見ているもの→

  →かずやさんの家の看板、ドアに貼りだしたかずやさんの絵

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2,お二階さんが聞いていること→

  →かずやさんの大声

 

3,お二階さんが考えていること、感じていること→

  →うるさいな、と思っている。フラストレーションがたまっている。

 

4,お二階さんが言っていること→

  →多分「かずやさんの大声がうるさい」

 

5,お二階さんの痛みやストレス→

  →夜、休みたい時間に大声が聞こえると、それは辛いこと。ストレスがたまる。

  現時点では大声を出す人がどんな人かわからないので、やっぱり怖い。 

 

6,お二階さんが得られるもの、欲しいもの→

  →大声の聞こえない静かな夜

 

 かずやさんの家の看板、ドアに貼りだしたかずやさんの絵を、お二階さんが見たらかずやさんに対し、どういうイメージを持つんだろうと想像してみましょう。大声に対してうるさいなぁ、と思っている印象はどう変わるでしょう。そこを想像してみる。こういった想像こそが問題解決に向けての具体的な手がかりを見つける気がするのです。何もないままどうしたらいいのかを漠然と考えるより、はるかに問題の解決方法が見えてきます。

 6の「大声の聞こえない静かな夜」を目標にするのは、かずやさんの大声が止められない以上、無理な目標です。でも、大声が聞こえた時、

「ったくうるせーなー」

と思いながらも、

「ま、しょうがねーか」

というあたりに落ち着くのは、多分可能です。こうなれば、大声を出すかずやさんとも、同じアパートでなんとか暮らすことができます。

 その着地点を目指すためにはこれからどうしたらいいのか、ということです。実際に動くのは現場の人たちですが、私たちも色々アイデアを提供したいと思うのです。

 

 

 この問題をテーマに大学での授業、もしくは自主セミナーが開けるといいなと思っています。

 大声に対して苦情が出た問題をどうやったら解決できるのか、それを考える授業、セミナーです。重度障害者の自立生活が生み出す地域社会との摩擦の解決方法を考えることは、重度障害者とどんな風にすればお互い気持ちよくいっしょに地域で暮らしていけるかを考えることです。これは社会全体の問題であり、社会を構成する自分自身の生き方にもふれてくる問題です。誰にとっても生きやすい社会を実現するための最初の一歩です。

 「共生社会を作ろう」とか「ともに生きる社会を作ろう」という抽象的な話ではなく、かずやさんというおじさんとどうやったらお互い気持ちよくやっていけるのかを考えます。そのため、授業、セミナーにはかずやさんもいっしょに行き、かずやさんのことをまず知ってもらいます。かずやさんはお話ができないので、介護の方からいろいろ聞くことになりますが、それでも実際にかずやさんに会うことはすごく意味のあることだと思います。かずやさんはこんな人です。

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 可能なら大声も出してもらいましょう。その大声を聞いて、もし自分が二階に住んでいて、ときどき下の部屋から大声が聞こえたらどんな気持ちになるだろう、と想像します。あるいは介護者としてかずやさんのそばにいる時、大声を出し始めたらどんな気持ちになるか想像してみます。若い介護者の一人は、また二階に響いているのではないかとハラハラしながらもかずやさんの大声はなかなか止まらなくて、もう泣きたいくらいの気持ちだったと話してました。

 で、その大声に対し、二階の方から苦情が来ました。どうしたらこの問題が解決できるか、が授業、セミナーのテーマです。実際に大声を聞くことで、問題の深刻さをリアルに考えることができます。目の前のかずやさんを見ながら考えましょう。

 いいアイデアが出てくれば、実際にやってみます。もしそのことで少しでもいい方向に動いていけば、

「あっ、社会って、こうやって自分で変えていけるんだ」

っていう成功体験になります。若い人たちが社会に希望を持つことができます。

 

 

 

6月22日(火)、友達大作戦の打ち合わせをします。固く閉じてしまったドアを開けてもらうにはどうしたらいいかを考えます。大学の授業、セミナーの企画の話もします。

 zoomのオンライン参加もOKです。ぜひいろんなご意見お願いします。

2021年 6月 22日 (火) 午前10:30~ 午後12:00 

参加希望者はぷかぷか問い合わせ窓口から申し込んで下さい。URLとミィーティングID、パスコードをお送りします。

www.pukapuka.or.jp

 

想定外のことが起こり…

 6月8日(火)友達大作戦の打ち合わせがありました。

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 参加者は、かずやさんほか7名、マスコミの取材3名でした。

 内容はホームページのコンテンツなどの確認、早稲田大学での授業ができなくなった件など。

 

かずやさんちの看板ができました、という報告。絵はヨッシーです。

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早速かずやさんちのドアのそばに置きました。

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  このドアにかずやさんの似顔絵をパネルにして貼り付けます。どんな人がここに住んでいるのか、少しイメージできると思います。

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 この前を二階の人は毎日通ります。ほんの少し、気持ちが柔らかくなるかな、と期待しています。

 そうして今度の日曜日6月13日(日)に、いよいよあいさつ、謝罪にかずやさんと介護者が行きます。かずやさんがどんな人で、なぜここにいるかを簡単に説明します。「かずやしんぶん」もこの時渡します。 

 二階の方がかずやさんの顔を知り、どんな人かを知ること。それができれば、今回は最初の一歩達成!だと考えています。お互い顔を知れば、近所で会った時、あいさつができます…

 

 と、甘いストーリーを考えていたのですが、木曜日、想定外のことが起こり、先が見通せない状態になりました。

  発端は私の提案

高崎:「かずやしんぶん」を事前に二階の家のポストに入れておいたらどうでしょうか。読むかどうかわかりませんが、ひょっとして読んでくれれば、ラッキー!という感じです。住所を手書きで部屋番号まで入れておけば、下の部屋の人のことなんだということがすぐにわかります。

 10日木曜日、大坪さんはかずやさんと二人で行こうとしたようです。

大坪:一応今日、ポスティングを一矢さんと一緒にと試みましたが、本人やはり嫌だったらしく、大声を出されまくって挫折しました。日曜日本当に一緒に行けるのかなぁ…ちょっと気掛かりです。

高崎:そうでしたか。かずやさん、どうして嫌だったんでしょう。

大坪:やはり今日の一矢さんの反応を見て、もう少し慎重にやらないとマズいかなと思いました。 大きな声について介護者が二階に響くのではないかとハラハラしていて、本人も声を出さないように努力をしていると思いますが、それがなかなかできない。 その辺の葛藤、ストレスもかなりギリギリの所に今いると感じます。  そうした中で「謝罪」に行くというのは、本人にとって、かなりツライ経験である事は間違いないと思います。  先日の会議のように皆さんが一矢さんに好意的な場面であれば、様子を見て「一本橋」も出て来るけど、本人に部が悪い場面である事は肌身で感じ取っているのだと思います。  そこで本人が、納得して二階に行くという手続きを取るのはかなり難しい…本人にそれをどう伝えるか。 「障害」を、自己責任論で本人が克服しなければならない問題とするのではなく、環境や関係を変えて行く事で解決して行こうというのが、「社会モデル」の考え方だと思いますが、やはり今、そのギリギリの所が問われているのだと思います。  なので、とりあえず日曜日は、慎重に様子を見ながら二階に行くかどうかを判断したいと思います。

 

 二階にあいさつに行く時、かずやさんは大坪さんに素直についていくものとばかり思っていました。かずやさんの気持ちを丁寧に想像してなかった、ということです。

 《そうした中で「謝罪」に行くというのは、本人にとって、かなりツライ経験である事は間違いないと思います。 》

 という大坪さんの言葉で、かずやさんの気持ちに初めて気がつきました。情けない限りです。

 「大声に対する苦情」という問題を、《環境や関係を変えて行く事で解決して行こう》としたのですが、肝心なかずやさんの気持ちを取りこぼしていたのです。

 本人が納得して二階に行くという手続きを取るにはどうしたらいいのか、またまた難題を抱えることになりました。

 

 6月15日(火)の友達大作戦はその「どうしたらいいのか」を考える集まりになります。大学での自主セミナーの企画も。

 zoomのオンライン参加もOKです。ぜひいろんなご意見お願いします。

2021年 6月 15日 (火) 午前10:30~ 午後12:00 

参加希望者はぷかぷか問い合わせ窓口から申し込んで下さい。URLとミィーティングID、パスコードをお送りします。

www.pukapuka.or.jp

 

 

 早稲田大学でやる予定だった「友達大作戦」に関する授業は、外部講師の依頼は半期に一度だけ、という規則に引っかかって(担当教員がすでに一人申請していたので)不許可になりました。映画「道草」の続編の撮影も予定していたのですが、それも不許可。

 ちょっとがっかりしましたが、授業でなければいい、ということなので、自主的なセミナーみたいな形でやろうかなと考えています。会場は早稲田大学です。大学の枠も超えてたくさんの人に呼びかけ、友達大作戦を展開していこうと考えています。

 どういう言葉で呼びかければ学生さんたちが集まってくるのか思案中です。小難しい話ではなく、

「あっ、これ、なんだかおもしろそう」

って軽い気持ちで乗ってきてくれるような言葉を探しています。

 友達大作戦に、軽いノリで

「こうやったらおもしろいんじゃない」

という提案をしてもらい、その提案で

「あ、おもしろい、おもしろい」

と、人が動き始めるかも知れません。その動きの中で、かずやさんと様々な形で出会う人も増えます。

「かずやさんのような大声出すような人もいていいか」

っていう人が地域に増えれば、地域社会は受け入れる人の幅が増えることになります。

かずやさんの周りの小さな社会が、ほんの少し居心地がよくなります。みんなにとって居心地のいい社会が、こうやって実現するのです。

 「自分の手で社会が変えられる!」

若い人たちがこんな風に思える体験をすれば、社会に希望が持てるようになります。

 大学で若い学生さんたちを相手に「友達大作戦」の授業をやるのは、そんな思いがあるからです。今までにない新しい提案が出てくるかも知れないし、学生さんたちも変わります。

 重度障害者の自立生活は、社会を豊かに変えていくのだと思います。

 

 

 「友達大作戦」はこちら

www.pukapuka.or.jp

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