あ〜っと言う間に12月も数日が過ぎてしまっております。
この調子で日々が過ぎて行くとあっという間にみんなおじいちゃんおばあちゃんになってしまいます。1日1日を大切にのんびりゆっくりと過ごしたいものです。
ではでは11月後半メニューのご紹介をさせていただきます。













あ〜っと言う間に12月も数日が過ぎてしまっております。
この調子で日々が過ぎて行くとあっという間にみんなおじいちゃんおばあちゃんになってしまいます。1日1日を大切にのんびりゆっくりと過ごしたいものです。
ではでは11月後半メニューのご紹介をさせていただきます。













『そよ風のように街に出よう』の終刊についてのNHKの報道について丁寧に書いたサイトがありました。
希望の言葉を綴った雑誌が終刊を迎えた今、その希望は私たち自身が作っていくしかないと思います。
ぷかぷかは障がいのある人たちと一緒に働きながら、たくさんの希望を作り出していきたいと思っています。希望は作ろうとしなければ生まれません。
先日書いた日記にこんなことを書いています。
ぷかぷかのパンフレットの1ページ目にはこんな絵があります。

みんなでパンをかついでいます。この絵はアート部門のスタッフが、いわば「採用試験」の際に描いた絵ですが、私はいっぺんに気に入りました。
ぷかぷかはパン屋から始まりました。現在は様々な事業をおこなっていますが、やはり中心はパンです。パン屋から始まった事業が、ただ単にパンを作って販売することに終わらず、みんなが暮らしやすい豊かな社会を作っていくことに貢献しています。
社会の豊かさを少しずつ生み出していることを日記に書いて発信していますが、ぷかぷかは事業を展開する中で、そういったものをたくさん生み出しています。
みんなでパンをかついで、そういう社会を作っていこうよ、って言っているのです。ただ単にパンが売れればいい、っていうのではなく、ぷかぷかの活動を通して、社会を少しでもよくしていきたいと思っているのです。
石垣りんさんの詩に「空をかついで」というのがあります。私の大好きな詩です。
肩は/首の付け根から/なだらかにのびて。
肩は/地平線のように/つながって。
人はみんなで/空をかついで/きのうからきょうへと。
子どもよ/おまえのその肩に/おとなたちは/きょうからあしたを移しかえる。
この重たさを/この輝きと暗やみを/あまりにちいさいその肩に。
少しずつ/少しずつ。
相模原障害者殺傷事件が起こるような社会は病んでいます。そうではない、いろんな人が、ありのままで暮らせる豊かな社会、未来に希望の持てる社会をみんなで作り、子どもたちに引き継ぎたいと思っています。みんなでパンをかついで、それを実現しようというわけです。
ホームページで、そういった物語が伝えることができれば、と思っています。
『そよ風のように街に出よう』があちこちにばら撒いた希望の種を「ぷかぷか」はしっかり受け止め、少しずつ少しずつ膨らませていきたいと思っています。

障がいのある人たちの働くパン屋にこんなに行列ができるのです。ここには希望があります。
YouTubeで「11月3日おはよう日本」を検索したら出てきました。7分半くらいのところにぷかぷかの映像が出てきます。短い時間ですが、ぷかぷかでやっていることと、津久井やまゆり園の事件をつなぎ、とてもよくまとまった映像です。削除される可能性もありますので、早めに見てください。
こちらは以前日記で取り上げた『そよ風のように街に出よう』という雑誌の話です。これはNHK7時のニュースです。0号で取り上げた梅谷さんまで取材し、とてもいい映像にまとめられています。こんな素晴らしい雑誌が廃刊に追い込まれる社会的な状況の中で津久井やまゆり園の事件の事件が起こりました。そのことの意味をしっかり考えたいと思います。そして何よりも今、この社会的状況の中で私たちは何をすべきなのか、ということ。ぷかぷかは「そよ風のように街に出て」たくさんのおつきあいを街の人たちと作ってきました。難しい議論よりも、障がいのある人たちと、楽しいおつきあいを作った方がいいです。何となく嫌だなって思っている人も巻き込んでしまうような、とびきり楽しいおつきあいを、あちこちに作りましょう。
第3期4回目のワークショップの記録映像です。制作は映像作家の吉田拓史さんです。
ワークショップの雰囲気がよく伝わってきます。あと3回でまとめる予定ですが、どんな風になっていくのか。大変ですが、この大変さこそがワークショップの楽しいところです。来年1月29日に発表です。
障がいのある人たちとは一緒に生きていったほうがいい、ワークショプをやっているとしみじみそう思います。そんな想いの伝わる舞台になればいいな、と思っています。
「障害者はいないほうがいい」のではなく、「いたほうがいい」「一緒に生きていったほうがいい」と、いい続けます。
みんなで背景画を描いた時の映像記録です。制作は映像作家の吉田拓史さんです。
金子さんのリードで、みんなどんどん書き進めていきます。表現することの楽しさが溢れていますね。こんな風にはずむことを知った心のこれからがすごく楽しみです。制作することと寝っ転がることとパソコンに見入ることなんかがごっちゃになっていて、いかにもぷかぷからしいと思いました。
この背景画は来年1月29日(日)の午後、みどりアートパークホールの舞台で発表する「セロ弾きのゴーシュ』で使われます。これはまだ右半分なので、後日左半分を書きます。
少し前の記事ですが、素晴らしい記事なので紹介させていただきます。
彼と同じものが自分の中にあることを認める勇気を持つこと、とても大事なことだと思います。そこからもういっぺん世界を見渡していくことですね。
そして大事なことは、そこから先へどうやって進むか、ということです。経験的には自分の中をあまり掘りすぎると、どんどん暗い気持ちになって、先へ進めません。それよりも、見下している相手といい出会いをする、前向きの関係を作る、といったことに向かった方がいいように思います。
ぷかぷかのプロモーションビデオです。
この中に登場するオーヤさんが、初めは上から目線で見ていたけど、彼らとお付き合いしていくうちに、私たちと同じなんだということがだんだん見えてきました、とおっしゃっています。
オーヤさんは子どもと一緒に毎日ぷかぷかにクリームパンを買いに来ていました。そして毎日ぷかぷかさんたちに会っていました。毎日会って、他愛ない話をしただけです。それなのに、こうやって彼らを見る目線が変わってきました。
要するにそういうことです。自分の中にいる「彼と同じもの」と向き合うことは必要です。でも、大事なことは、そこから前に進むことです。オーヤさんはぷかぷかにクリームパンを買いに来て、それがきっかけでぷかぷかとお付き合いが始まり、アートのワークショプに何度か参加し、今は演劇ワークショップに参加しています。来年1月29日(日)ぷかぷかさんたちと一緒に、みどりアートパークのホールの舞台に立ちます。
以前はなんとなく上から目線で見ていたオーヤさんが、ぷかぷかさんたちと一緒に大きなホールの舞台に立つなんて、本当にすごい変わりようだと思います。それをぷかぷかさんたちが導いたのですから、彼らのチカラは侮れません。
そして何よりもオーヤさんの変わりようにこそ、津久井やまゆり園の事件を越える手がかりがあるように思います。
ワークショップで作っている『セロ弾きのゴーシュ』の背景画を描きました。アートディレクター金子さんの発案で、『セロ弾きのゴーシュ』の文章をそのままいろんな人が描きました。いろんな字があって、もうこれ自体でアートになっていました。
こうやって寄ってたかってみんなで描きました。

完成したのがこちら

力強い出だし

「じつはなかまのなかではいちばんへたでした」が、途中で描けなくなって、横に行ってしまうところが楽しいです。

「トランペットはいっしょうけんめいうたっています。バイオリンも二いろ風のようになっています。クラリネットもボーボーとそれにてつだっています。」のところはまるで「オペラシアターこんにゃく座」のオペラが聞こえてきそうな文字です。


「楽長がどなりました。セロがおくれた」に対する「みんなぴたり曲をやめてしんとしました」の文字が、その時の雰囲気をとてもよく表現しています。


「こまるなあ」の「な」の字が素晴らしい

「ぼくはきみにドレミファをおしえてまでいるひまはないんだがなあ」の「あ」を描くスペースがなくて、上の方に「あ」だけ描いていました。この辺がなんとも律儀で楽しいですね。


「…水をごくごくのみました」 文字は背景画のバックにして、その上に絵を貼り付ける予定でしたが、絵を貼り付けるにはもったいないくらいの文字をみなさん描いてくれたので、絵をどうしようかと考えています。

『あ、ハート♥️』
ゆりりんが小さな声で言いました。
振り向くと照れた笑顔でお箸にハートの形をしたさつま芋をしっかりと持っていました。
切っている時は皆さん集中して作業をしているので気がつかないのですが、食事中に楽しい発見をしてくださると私たちも少しうれしくなります。


「津久井やまゆり園で起きた事件を越えていくために~グループホーム建設反対運動を通して考えること~」の集まりで気になったことがあります。多くの方がこれだけ大きなグループホームの問題を、神奈川新聞を読むまでほとんど知らなかったことです。個人での情報発信がこれだけ盛んな今、誰かが「あの看板はおかしい」と写真付きでは発信していれば、瞬く間にその情報は広がり、多くの人が知らなかった、ということはありえなかったと思います。どうしてそういう発信がなかったのでしょう。たくさんの人があの看板はおかしいと思っていたはずです。
「声の大きい人が反対していたんじゃないですか?」という質問が会場から出ましたが、はっきりした回答はありませんでした。でも、仮にそういう人がいて、地域社会を牛耳っていたとしたらどうでしょう。地域の人が自由に物が言えない状況だったとしたらどうでしょう。
日々、あの看板はおかしい、と思っていても、それを言葉にして発信すると、ものすごいバッシングにあい、下手するとこの地域に住めなくなるような状況だったとしたらどうでしょう。
多分誰も、ものは言えません。何も発信できません。
自立支援協議会が、この問題を取り上げなかったのも、なんか腑に落ちません。障がいのある人たちの自立に寄り添うはずの自立支援協議会が、自分たちの存在理由を放棄するようなことだったと思います。障がいのある人たちの自立に寄り添うよりも、大事にしたことはなんだったのでしょう。
ということを考えていくと「声の大きい人が反対していたんじゃないですか?」という質問は、ひょっとしたら今回の問題の核心をついているんじゃないかという気がしてきました。
もちろんこれは私が勝手に自分の想像を膨らませただけで、なんの根拠もありません。ただ腑に落ちないことをつないでいくと、ひょっとしたらこういうことがあったんじゃないか、というだけのことです。
でも、それが実際にあったのだとしたら、差別の問題以前に、地域社会そのものの問題が浮かび上がってきます。
中学生が作文で
「罪のない人を苦しめる看板があっていいのでしょうか?」
と書いています。大人たちの思惑を遥かに超える、まっすぐな心を感じます。
あの看板を許したのは、大人の責任です。中学生の、このまっすぐな心を前に、私はただただ恥ずかしい思いでいます。
津久井やまゆり園の事件について考える集まりに行ってきました。
主催者二ツ橋大学の杉浦さん報告です。
40人を超える多士済々の方にご参加いただきました。
予定を大幅に超える濃密な時間と成りました。
皆さんの熱い思い、込み上げてくる気持ち、絞り出すような声を聞き、この場を開いて良かったなと思いました。
一緒に考え、耳傾ける場は貴重な時間でした。
報告して下さった佐藤記者、厳しい質問にも真摯に答えて下さり感謝です。
涙ながらに堪えてきた思いを切々と話してくれたお母さん。
逃げる事なく踏み込んだ発言をして下さった方、皆さんの思いを希望に変えた行く一歩にしたいと思います。
津久井やまゆり園の事をお話する時間が少なくなってしまった事、お詫びします。
共に生きていく事の喜びを映像で伝えてくれたぷかぷかの高崎さんにも感謝。
夜、津久井の地域住民の方達の「考える会」の取材をされていた福祉新聞の福田さん、神奈川新聞の草山さんと合流し、お互いに今日の様子を話しました。
まだ、まとまりませんが、次回は津久井の方たちと一緒に場を作れればと思います。
先ずは簡単なご報告まで。

グループホームの問題についての神奈川新聞の記事は素晴らしい内容だっただけに、もっと早い時期に出ていれば、ひょっとしたら結果が変わっていたかもしれないと思いました。
あの記事は本当に嬉しかった、と涙を流しながら発言した障がいのある子どもを抱えたお母さんがいました。そういう思いをずっと抱えてきた人たちはたくさんいたんだろうと思います。グループホーム建設反対の看板を見てつらい思いをしてきた人もたくさんいたと思います。あるいはあの看板はおかしいと思っていた人もたくさんいたと思います。
あの記事がもっと早くに出ていれば、そんな人たちの背中を押したんだろうと思います。そんな人たちの横のつながりができ、それが少しずつ力になり、事態が変わるようなことになっていたかもしれません。
いろいろ配慮しなければならないことがあったとはいえ、取材をして事態を把握していながら情報を流さなかったのは、報道機関としては、やはりまずかったのではないかと思います。
神奈川新聞の素晴らしい記事はこちら
反対運動をする人たちの心を開くのはなんなんだろうと思いました。9月にあった集まりで知人の発言を聞いてこんなことを日記に書いています。
30年ほど前、瀬谷にある生活クラブのお店の駐車所で「あおぞら市」というのがあり、そこに養護学校の生徒たちと地域の人たちで一緒に手打ちうどんのお店を出しました。そのときに手伝いに来ていた人が容疑者の闇の部分が私にもあります、と発言していました。
《 高崎さんに声をかけられて手伝いに行ったものの、障害のある人たちにどう接していいかわからずほんとうに困りました。「ああ、うう」とかしかいえなくて、よだれを垂らしながら歩き回っている人がいて、正直気持ち悪くて、私の方へ来なければいいなと思っていました。ところがお昼になってご飯を食べるとき、たまたまテーブルがその子とお母さんが座っているテーブルしかあいてなくて、ここでやめるのも失礼かと思い、勇気をふるってそこへ座りました。そのとき、そのよだれを垂らしている子どもが私に向かって手を伸ばしてきました。ああ、困った、と思いながらも拒否するわけにもいかず、思い切って、本当に思いきってその子の手を握りました。
すると、その子の手が柔らかくて、あたたかいんですね。もう、びっくりしました。なんだ、私と同じじゃないかと思いました。この発見は私の中にあった大きなものをひっくり返した気がしました。
その子のやわらかくて、あたたかい手にふれるまで、その子をモノとしか見てなかったのです。容疑者とおんなじだと思いました。でもその子の手が、その闇から私を救い出してくれた気がしています。》
いいお話しだと思いました。こうやって人と人が出会い、そこから新しい世界が始まっていくように思いました。
結局のところ、こうやって障がいのある人たちと出会う機会がないことが、相模原障害者殺傷事件を生むような社会を作っているように思います。
グループホームに反対した人たちも、結局のところ障がいのある人たちと出会う機会がなかったのだろうと思います。偶然でもいい、瀬谷区役所に用があってきた時に、たまたまぷかぷかのパンの外販があって、パンを買うついでに二言三言ぷかぷかさんと話をして、なんだかちょっと楽しい気持ちになったり、あたたかい気持ちになるような体験をすれば、頑固に反対していた気持ちが、ちょっと緩むかもしれません。
瀬谷区役所では毎週木曜日パンの販売をしています。どなたか美味しいパン買いに行きませんかって誘ってみてください。

障がいがある人と一緒に暮らす社会について掘り下げて考えるためのトピックス集です。