ぷかぷか日記

第6回ぷかぷかパン教室

 1月11日 第6回ぷかぷかパン教室。本当は25日にやる予定だったが、足の手術が病院の都合で先へ延びたため、急遽この日に変更。そのためかどうか参加者は13名という少人数。でも何となくゆったりした雰囲気でこのぐらいがいいのかなと思った。


 メニューは3月の緑区市民活動支援センター主催の祭りに出す田舎パンとドライカレーの組み合わせ。カレーパン、お焼き風あんパン。カレーパンは昨日櫛澤電気の澤畠さんにお店の件でいろいろ相談に行った時提案されたもので、要は調理室で作ったものを会場に持っていって売るよりも、その場でお客さんの目の前で作って売る方が場の雰囲気が盛り上がり、絶対に売れるという。フライヤーを貸すからカレーパンをやってみたらどうかといわれた。

 ドライカレーも作ることだし、それを生地で包めばすぐできる、とクロワッサンの予定を前夜に変更。ギョウザの具をはさむようにドライカレーを生地で包んだが、あまりきれいにいかず、気が重い。どうなるかと心配しながら油で揚げたのだが、油に入れた途端ブッと膨らんで、とてもきれいな形のカレーパンができた。すごく美味しくて、これは絶対にいけるとみんなで確信した。塩しか入っていない田舎パンも南部小麦のうまさに支えられて大好評。養護学校高等部2年生のマサまでがカレーパンやお焼き風あんパンよりも田舎パンが気に入ったようで、舌が肥えてると、ちょっと見直した。

 クッキーを作る作業所で給料が10万円を超える所があるという記事を読んだ。販路が相当あるのだろうと思った。大きな会社が自社の製品を売り込む時に挨拶かたがたちょっとクッキーをつけるとか、というような形だと、食べるだけのお客さんが買うよりも遥かに多い量がでる。福祉施設には珍しいほどの営業努力だ。クッキーはパンよりも価格が高いので、ヒットすればすごくもうかる。こういうこともそろそろ考えようと思った。

 櫛澤電気の澤畠さんは会って話を聞くだけで元気が出てくるような人だ。どこかのバザーでスタッフ二人、利用者5人くらいで何かを売り、1日で1万円もうかったと喜んでるくらいではだめ。10万くらいは儲ける気でやらないと話にならないといっていたが、売り上げアップのために、お客さんの目の前で作り、場の雰囲気を盛り上げたところで売る、というアイデアは素晴らしいと思った。これは外から物を持ち込むより手間ひまがかかるのだが、あえてそれを背負い込むところに澤畠さんの姿勢が見えた気がして、すぐに気が合ってしまった。3月の祭りの時はカレーパン用のフライヤーと肉まん用の蒸し器を借りることにした。

 

福祉施設の発想

  NPO法人の予算書についていろいろアドバイスをもらうついでにパンの研修をやってきた。 ハード系のおいしいパンを焼いているお店で、いちばん見本にしたいカフェベーカリーなのだが、人通りの少ない場所にあることもあって、お客さんがさっぱりこない。その日は私を含めてたったの二人だという。せっかくのおいしいパンがほとんど売れ残っていた。

 こんなにおいしいパンが売れないなんて、もったいない話だと思ったのだが、思ったのは僕だけで、メンバーさんもスタッフも、お客が来ないことや、パンが売れ残ることに慣れっこになっているのか、さして気にしている風でもない。

 売れ残ったパンは次の日少し割引して売ったり、それでも残った場合はラスクにするそうだが、そんなことよりもお客がたった二人というのはハンディのある人たち10人ほどとスタッフ5人が働くお店にとっては「商売が成り立ってない」ということであって、どうしてそのことに気がつかないのだろうと思う。

 ふだんお店で売れるのはせいぜい6000円くらいらしいが、15人で働いて6000円しか稼げないというのはどう考えてもおかしい。あれだけおいしいパンを作っているのだから、その気になればもっともっと売り上げがあってもおかしくない。でも、そこを何とかしようという意気込みは感じられない。

 以前来たときはメンバーさんそれぞれのペースと大事にしていてとてもいい雰囲気だと思ったのだが、今日はこの緊張感のなさってやっぱりまずいんじゃないかと思った。普通のお店であればこの程度の売り上げではすぐにでもつぶれてしまうだろう。それなのにつぶれもせず、何となく運営できてしまうのは行政から運営費の補助をもらっているからだ。それがないと運営が成り立たないというのはわかるとしても、そこによりかかりすぎると、商売をやっているという「緊張感」がなくなり、せっかくみんなでおいしいパンを作りながら、それを売り切る力もどこかへ行ってしまうようだ。これはやっぱりまずいと思う。「仕事」をやっている意味がどこかへ行ってしまうし、おいしいパンに対しても失礼だと思う。

 お付き合いのある作業所でもせっかくいい場所で喫茶店を開きながらもやっぱり1日のお客さんはひとけた。それを笑って済ませてしまうところにこういう福祉施設の限界というか、大いなる問題があるように思う。「商売として成り立ってない」ということにどうして気がつかないんだろう。

 売り上げだけではない。たまたま知り合いがその喫茶店を訪ねたのだが、どこかの駅の待合室かと思った、と言っていた。ゆっくりお茶を飲む喫茶店としてお店を出しているにも関わらず、駅の待合室と間違えられるようでは話にならない。お客さんに対する姿勢がよく見える。

カフェベーカリーぷかぷかは、助成金をもらいながらの運営になるにしても「商売「をやっているという緊張感は持ち続けたいと思う。予算書ではあえて一日の売り上げを7万円にした。かなりきついと思うのだが、それを目標に頑張りたいと思う。

 

生徒たちの「生きる」を引き出す

 昨年の11月末にやった授業の話。すごくおもしろかったのでここに載せます。養護学校の生徒たちの思いがよく見えます。

 
 1年ほど前、県教委の主催するアーティスト派遣事業に応募した。国数の時間、本を読んだり、詩を読んだりした後、感想を聞いても「面白かった」「楽しかった」というワンパターンの言葉しか出てこなくて、本当はもっといろんな思いが体の中を渦巻いているはずなのだが、その思いをうまく表現できてない気がしていた。アーティストに来ていただいて、そのあたりの問題が解決できないだろうかと申請した。それが審査に通り、コーディネーターの現場視察と聞き取りがあり、その結果、あちこちでワークショップをやっている演出家を派遣していただいた。


 《言葉を豊かにする》ということが、たとえアーティストを呼んだとしても、わずか2,3回の授業で実現できるはずもないのだが、少なくとも手がかりくらいはつかめるのではないかと思った。演出家の柏木さんと打ち合わせをし、その後何回かのメールのやり取りで、昨年何度も朗読した谷川俊太郎の『生きる』を手がかりに、自分たちの『生きる』を引っ張り出す。それぞれの『生きる』をつなげて、みんなの『生きる』が見える集団詩を作る、という案が決まった。基本的には「ドラトラ」(詩劇)と呼ばれるワークショップの方法だ。


 1回目の授業で谷川俊太郎の『生きる』を朗読した。昨年かなり読み込んだこともあって、びっくりするくらい積極的に朗読し、その後、それぞれの『生きる』をA4の紙に書き出した。2回目に短冊状に切った紙にそれぞれの『生きる』をひとことずつ書き、大きな紙の上に貼り出した。いろんな『生きる』をグループ分けし、並べる順番も考えた。グループ分けや順番を何度も入れ替え、みんなで吟味し、集団詩ができ上がった。

 3回目にその集団詩を朗読した。本当は簡単な芝居まで持っていきたかったのだが、途中で生徒同士のトラブルが発生、右往左往してるうちに結局時間がなくなり、朗読だけで終わってしまった。それでもそれぞれの『生きる』がはっきり見え、熱い言葉があふれたように思う。生徒たちを指導するのではなく、生徒たちと本気で格闘した柏木さんの姿勢が爽やかだった。それがこの素晴らしい詩を引き出したのだと思う。


人生を生きる。
家族がいること
家族を大切にするということ
たてななほがすきということ

彼と一緒にいると幸せということ

好きな人を見ること
友達がいること

今誰かと喧嘩をしたということ

その人との楽しい日々があるということ

それは幸せということ

かみまてさんとあそぶということ

毎日が楽しいこと
好きな映画を見ること

「ハリーポッターの話」

クッキング部でケーキを作ること

歌を歌うこと

カードゲームをすること

昔の新聞を出すこと
ハンバーガーを食べること

ダイエットをすること

世界遺産の写真を集めること

今、私はアルプスに行って富士山を見てすべての美しいものに出会うこと

今、私は命があるから生きている。


 驚いたのは、生徒たちの様子である。生徒たちはずっと素のままだった。普通、外からお客様が来て授業をするとなると、多少は身構えたり、気取ったりするものだと思うが、それがない。ある人は怒り、ある人は沈み、ある人はけんかし、ある人は「おなかがすいたー」と叫び、何人かは大声で笑い、ある人は好きな本やアニメのことを長々書き、ある人は授業から出て行き、途中から出席した人はちょっと的外れなことを言い、ある人は前向きで何でも手をあげ、ある人は真面目に取り組み真面目さゆえに他の人に対して腹を立てていた。

 普通に考えると教員である私はそれを注意しまくるところだが、今回はあえてそれをしなかった。する必要がないと考えたからである。

 この授業の題材は『生きる』。素のままの彼らは確実にその場を『生きていた』。そして最後にできた詩は、誰にもかけないような、おもしろくて、楽しくて、自分勝手で、そしてとてつもなく美しいものになった。この人がこんな美しいことばを持っていたのかと感動させられた。


 この詩をまとめたアーティスト柏木氏は、こんな体験は初めてで、とてもたいへんであったことは間違いない。しかし全身で彼らのことばを受けとめ、悩み、苦しみ、感動しながら授業を作り上げてくださった。彼らが素のままでいられたことは、柏木氏のお人柄によるところが大きい。生徒たちの情操を高め、心を豊かにすることばを探す試みとしては大成功であったと思っている。
                  

NPO法人申請書

 12月31日 NPO法人申請書を書き始めた。定款という堅苦しい規約のはじめに法人の目的を書くところがあって、ここが一番のポイントになるので、とにかく思いを込めて書いた。


「この法人は、障害のある人たちが地域の中で生き生きと働くお店《カフェベーカリーぷかぷか》を運営する事業を行う。美味しいパンを作り、売るお店だ。街の中に彼らの働くお店があることで、たくさんの人たちがパンを買いに来て、障害のある人たちと出会う。《カフェベーカリーぷかぷか》は美味しいパンを作って売るだけではなく、街の人たちが障害のある人たちといい出会いをする場でもある。


 出会いを積み重ねることで、街の中に障害のある人がいて当たり前、更に進んで、街の中には障害のある人がいた方がいい、彼らが街にいることで街の人たちが優しい気持ちをもてる、といったところまで行くといいと考える。相手に対してお互い優しい気持ちを持てるなら、お互いがもっと暮らしやすい街になるだろう。そういう街こそ私たちが求める街であり、《カフェベーカリーぷかぷか》は街の中にお店を構えることで、そんなやさしさにあふれた街を作っていきたいと考える。


 お店に来るお客さん、あるいは街の人たちを対象に障害のある人たちと一緒に楽しめる様々なイベントを企画する。イベントを通してお互いが出会い、かけがえのない仲間、同じ街に一緒に住んでいる楽しい仲間になることができれば、街は少しずつ変わっていくだろう。パンを作って売ることに加えて、そういった企画をたくさん打ち出していきたい。」


  事業計画では、特定非営利活動に係る事業以外のほかの事業を書くところで何か楽しいことをやろうと書き始めたらやりたいことが次々に出てきて、お店やりながらこんなにできるんだろうかと心配になった。

 陶芸教室パン教室、演劇ワークショップ、音楽会、映画会、夏祭り、クリスマス会、もちつき、合同ハイキング、小旅行などだ。

 陶芸教室パン教室は現在月一回ずつのペースでやっているのだが、お店が始まってからはさすがにきついと思い、隔月にした。

 演劇ワークショップは月一回のペースで半年くらいかけて簡単な芝居まで持っていけるとおもしろいのだが、とりあえずは遠慮して年1,2回とした。
 
音楽会はオペラシアターこんにゃく座のオペラ『ロはロボットのロ』をぜひやりたいと思っている。「テトのパン屋」から始まる感動的なオペラをぜひやりたいと思っている。稼いだお金でこんなオペラが街の中でできたら最高だと思う。

 映画会は障害のある人たちをテーマにした映画を年1,2回はやりたいと思う。映画のテーマと《カフェベーカリーぷかぷか》が街の中にあることの意味を重ね合わせながらお客さんたちと討論会ができたらいいなと思う。

 夏祭り、クリスマス会、もちつき、合同ハイキング、小旅行は季節の行事で街の人たちと一緒に大いに楽しみたいと思う。
 お店の運営以上になんだか楽しいことになりそうだ。

 定款、事業計画のファイル、ごらんになりたい方はメール下さい


第4回ぷかぷかパン教室

11月23日、第4回ぷかぷかパン教室

養護学校の生徒、保護者、お友達、応援する人など総勢25名の参加で50坪くらいある調理室は超満員。その中でフランスパン、クロワッサン、お焼き風あんパン、肉まん、カボチャのポタージュを作った。メニューのうち、肉まん、カボチャのポタージュ、あんパンのあんこは保護者の方に担当してもらい、すべて任せた。少しずつ任せていければいいなと思う。任せられた方も、ただ参加するより楽しかったんじゃないかな。


 フランスパン、クロワッサン、お焼き風あんパンは家でこねていった。フランスパン、クロワッサンは前日の夜、「レディ・シェフ」でこねる。1キロずつこねたので手でこねていたら大変。

 お焼き風あんパンは自家製酵母を使ったので朝こねたのだが、種を作った時の水分量が多かったのか、こねあがりがべちゃべちゃで粉を何度か追加し、ようやく生地らしくなる。時間かけた分、生地の状態はとても良かった。


 フランスパンを100gずつ分けてもらい、丸めてベンチタイム。みんな一生懸命丸めていた。こういうみんながかかわれる作業をどんどん入れていかないと場が持たない。クロワッサンは4分割して冷蔵庫へ。バターを65gずつ分けてもらい、ラップにくるんで麺棒でたたいて平らに延ばし、冷蔵庫へ。これも楽しんでたたいていた。お焼き風あんパンの生地を50gずつ分けてもらい、みんなで丸めて少しベンチタイム。


 同時進行で肉まんの生地を白神こだま酵母を使ってこねる。発酵箱へ。

 フランスパンを成形。これもみんなでよってたかってやった。小さなバケットがたくさんできた。発酵箱へ。
 あんこができ上がり、生地の中に丸め込む。発酵箱へ。

 クロワッサンの生地を冷蔵庫から出し、バターをはさんで折り込み。再び冷蔵庫へ。これを3回繰り返す。

 肉まんのあんを作り、1次発酵の終わった生地に丸め込む。すぐに蒸し器へ。

 フランスパンをオーブンに入れる。

 肉まんが蒸しあがる。

 フランスパンが焼き上がる。

 お焼き風あんパンをオーブンへ入れ、天板を生地の上にのせて焼く。
 お焼き風あんパンが焼き上がって、クロワッサンをオーブンへ。


 みんなで試食しながら感想を聞いたら、肉まんと並んでクロワッサンがおいしいという人が多かった。バターを25%しか入れてないのでさっぱりしておいしいという意見が多い。機械で作った薄い皮のクロワッサンより、分厚いごつごつした感じの皮がおいしかったという意見が光っていた。みんなの手で作るおいしさだ。これこそ大事にしたいと思う。


 

第3回ぷかぷかパン教室

10月26日、第3回ぷかぷかパン教室。
近隣のみどり養護学校、麻生養護学校からの参加もあり、総勢20名のにぎやかなパン教室。食パン、あんパン、プチパン、肉まんの4種類を作った。
食パン、あんパンは前日に生地をこね、12時間ぐらい発酵させた。プチパン、肉まんは生地をこねるところから始めたが、みんな楽しそうにこねていた。
ハンディのある人たちも親御さんが心配する以上に参加できたと思う。

参加者の一人からこんなメールも来た。

見通しが立たないとなかなか動かないタイプなのですが、昨日は比較的すぐ場に慣れ所々意欲的に作業していたのでとても嬉しかったです。私自身充実した時間を過ごす事が出来ましたし、何より出来立てパンの美味しさに感激してしまいました。

お母さん自身が充実した時間を過ごしたというところがいいなと思う。

ガジュマルの木とキジムナーができるまで

 学習発表会の舞台が終わりほっととしたところ。「ガジュマルの木とキジムナー」の芝居つくりはほんまに面白かった。二つの詩をまず作り、そこから芝居を起こしていった。

   わしは ガジュマルの木 おじいさんの おじいさんの

   そのまたおじいさんが まだわかかったころから

   わしは ずっと ここに こうやって
  
   えだをひろげてたっている
    
   あめのひも かぜのひも もちろんはれのひも 
   
   ここにこうやって たっている そして
 
   えだのかげには きじむなー

 このガジュマルの木のイメージは、来年修学旅行で行く読谷村にある大きなガジュマルの木からヒントを得た。ガジュマルの木だけではお話が広がっていかない気がしたので、枝の陰にキジムナーを登場させた。そのキジムナーの詩
 
  
   おれは きじむなー 
     
   ふるい おおきな がじゅまるのきが おれの すみか

   あかるいうちは いちにちじゅう ひるね

   よるになると ひゅわ~んと どこかへ とんでゆく

   ひゅわ~ん ひゅわ~ん かぜにのって とんでゆく

   さあ こんやは どこへいこうか なぁ ひゅわ~~ん

 この二つの詩に曲をつけてもらった。ガジュマルの木は荘厳なイメージ、キジムナーは沖縄の音階を入れたはずむようなイメージ、という注文をだした。一ヵ月くらいして注文通りの曲が出来上がった。さっそくみんなで歌い、「キジムナーは、こんや、どこへ飛んで行くんだろう」という問題を各クラスで考えてもらった。7月にその発表会をやり、面白いものがあれば芝居に取り込むつもりでいたが、舞台に上げるにはちょっとという出来。

 ここからが勝負だった。キジムナーがどこかへ飛んで行き、そこでの出来事と、沖縄の歴史がどこかで重なるようなお話…。沖縄の歴史で一番大事なのはもちろん戦争。それとガジュマルの木とキジムナーをどう結び付けるか。なかなか難しい問題だが、ここでいろいろ悩むのが芝居つくりの楽しいところ。たまたま以前舞台に上げた『トントンミーとキジムナー』というお話に出てくるキジムナーのやさしい心は戦争を解決する大事な部分。やさしい心は花を咲かせる。ガジュマルの木の精はずっと昔から歴史を見続けてきた存在。恐ろしい兵隊、楽しそうに暮らす親子、そういったプロットがいくつか並ぶと台本は一気に書きあがった。

 大事なポイントに新しい歌を2曲入れた。大事なところはセリフよりも歌のほうがよく伝わる。何度も歌うことで、生徒たちにもその大事なところが入っていく。そして何よりも場が盛り上がる。

今回は歌に本当に助けられた。ガジュマルの木の歌もキジムナーの歌も、詩を作った時はなんということのない詩だったのだが、それが歌になり、何度も歌っているうちに言葉が詩を作った時のイメージをはるかに超えてむくむくと立ち上がり、生き始める気がした。歌の力をまざまざと感じた。すばらしい歌を作ってくれた西川先生に感謝!
 ★台本読んでみたい方はメールください。     

コーヒーカップ

「カフェベーカリーぷかぷか」で使うコーヒーカップの試作をしている。

なるべくメンバーさんが作ったコーヒーカップを使いたいと思っているが、お客さんの好みもあるので、普通のコーヒーカップも用意したいと思い、いろいろ試作をしている。
今まで文字を筆で書いて入れていたが、いまいちぱっとしないので、成形後、粘土がかなり堅くなったところで文字を彫り、そこに白い粘土を埋めつけた。
これで文字がかなりくっきり浮かび上がると思うのだが、今日は木の板に彫刻刀で文字を彫り、それを成形直後のやわらかい粘土に押し当て、文字を転写する方法をやってみようと思っている。
版画の味のある文字がコーヒーカップにそのまま転写できるので、おもしろい雰囲気のカップができ上がるのではないかと思っている。

いまのところ電動ロクロで作っているが、手回しロクロも味があるので、そっちも作ってみたいと思っている。そのうち写真のせますので、欲しい方は連絡ください。

不動産屋に行った

ぷかぷかパン教室で焼き立てパンを試食した市会議員が、パンをえらく気に入ってくれて、空き店舗を探すための不動産屋を紹介してくれた。
中山に古くからある不動産屋で、社長は83歳。
近くの入所更生施設の理事をやっていたこともあって、ハンディのある人たちにはとても理解があるようだった。

「おじさん、て同じように呼ばれても、ハンディのある人たちに呼ばれると、なんだか心があったかくなるんだよな」といった言葉がごく自然に出てきて、お店の趣旨もよく伝わったようだった。
カフェベーカリーぷかぷかはおいしいパンやコーヒーを売るだけではなく、来た人の心があったかくなるような、そんなお店にしたいと思っている。

2年後くらいに中山駅南口は再開発される予定なので、新しい建物に入ったほうが厨房設備やお店は作りやすいのではないかという話になった。
申し込みはいつ、どのような形でやるのか聞いたところ、それはうちでやるからいいよ、ともう俺に任せとけ、という雰囲気。
一坪1万円くらいで、お店、厨房合わせて家賃は月40万~50万円。障害者支援センターからの助成金(1200万円くらいで、二人分の人件費と家賃)が入れば、まあ何とかなる。

20坪くらいのお店のイメージ作りのために絵をデザイナーに描いてもらおうと思う。

詩を読んだ

 生徒たちと詩を読んだ。


 平和教育というほどではないが、学習発表会で舞台に上げる芝居の中に、沖縄戦のさなか、大砲が村を向き、夜が明けたら弾が発射されるという場面がある。弾が発射されたらどうなるか、と聞くと、たいていの生徒は村人たちが死んでしまう、という。それは全く正しいのだが、この「死んでしまう」という情景を、どれくらい私たちは想像しているだろうか、というところがずっと気になっていた。


 たとえば台本の中で、夜が明けたら弾が村に向かって飛んで行く事を知ったガジュマルの木の精たちが「まずいぞ」とか「ああ、困った」というのだが、生徒たちの口にする言葉はただ台本を追いかけてるだけで、思いが全く伝わってこない。村人たちが死ぬ事はわかっていても、そのことを具体的にイメージできないのだから、そこをいくら思いを込めて、とかいっても無理なのだ。


 そこで詩を読むことにした。内容的にはとても辛い詩だ。目をそむけたくなるような詩だ。それでもきっちりとこの詩を読んで欲しいと思った。読むことで人が死ぬってどういうことなのか、具体的にイメージして欲しかった。

『仮繃帯所にて』

あなたたち

泣いても涙のでどころのない

わめいても言葉になる唇のない

もがこうにもつかむ手指の皮膚のない

あなたたち

血とあぶら汗と淋巴液
とにまみれた四股

をばたつかせ

糸のように塞いだ眼をしろく光らせ

あおぶくれた腹にわずかに下着のゴム紐
だけをとどめ

恥しいところさえはじることをできなく
させられたあなたたちが

ああみんなさきほどまでは愛らしい
女学生だったことを

たれがほんとうと思えよう

焼け爛れたヒロシマの

うす暗くゆらめく焔のなかから

あなたでなくなったあなたたちが

つぎつぎととび出し
這い出し

この草地にたどりついて

ちりちりのラカン頭を
苦悶の埃に埋める

何故こんな目に遭わねばならぬのか

なぜこんなめにあわねばならぬのか

何の為に

なんのために

そして
あなたたちは

すでに自分がどんなすがたで

にんげんから遠いものにされはてて
しまっているかを知らない

ただ思っている

あなたたちはおもっている

今朝がたまでの父を母を弟を妹を

(いま逢ったってたれがあなたとしりえよう)

そして眠り起きごはんをたべた家のことを

(一瞬に垣根の花はちぎれいまは灰の跡さえわからない)
おもっている
おもっている

つぎつぎと動かなくなる同類のあいだに
はさまって
おもっている

かって娘だった
にんげんのむすめだった日を

                         (峠三吉

 教員がまず朗読した。みんなびっくりするくらい集中して聞いていた。授業中に彼らがこんなに集中したのはおそらく初めてだったといっていいくらい深い集中だった。そのあまりに深い集中にちょっと圧倒されて、次の言葉がなかなか出てこなかった。こっちも必死になって、次はみんなに朗読してもらうことを伝えた。


 言葉にていねいにふれて欲しかった。そのためには人の読むのを聞くだけではだめだと思う。自分で詩を声に出して読む、人前に立って読む、そうやってようやく言葉に少しふれることができるように思う。黙って目で追いかけるよりはるかに言葉にふれるということを実感できる。


 まず半分の生徒が前に出て、一人1行ずつ読んだ。模造紙に書かれた詩に目を向けながらも、気持ちは朗読を聞いてる人に向けるように言った。その人に向けて言葉を読む、言葉に含まれた気持ちを伝える。


 1回目はかなりぎくしゃくした読みだったが、2回目は言葉が書かれた情景が彼らの中に少しずつだがイメージできた読みだった。聞いてる生徒も2回目の方が断然よかったといっていた。読む方もイメージできた分、読みやすかったといっていた。


 グループを交代して、やはり2回繰り返して読んだ。次に二人で今度は長いセンテンスで読んだ。たまたまだが女性二人で読んだこともあって、詩の中の
 
   ああみんなさきほどまでは愛らしい

   女学生だったことを

   たれがほんとうと思えよう

   ……

   あなたでなくなったあなたたちが

   つぎつぎととび出し這い出し

   ……

   そしてあなたたちは

   すでに自分がどんなすがたで

   にんげんから遠いものにされはてて

   しまっているかを知らない

   ……

「あなた」という言葉がしみて、聞きながら涙が出そうになった。死んでいったのは多分同じ年ごろの女学生だった。そのこともあって彼らが読む時の「あなた」という言葉には力があった。自分と重なりあう「あなた」への思い。

 読み終わったあと、「毎日ごはんが食べられて自分は幸せだと思います」と言っていたのが印象的だった。(ふだんはちょっと頼りない人だが、こんな言葉がぽろっと出てくるなんてすごいじゃないか、と見直してしまった。)


 最後に一人で全部読んだ生徒がいた。この詩を人の前で全部読むのは相当なエネルギーがいる。それを手を上げ、自分で読みます、といったから本当に偉いと思う。この詩を読む辛さを全部一人で引き受けたのだ。しかも人前に立ち、声を出しながら…。僕なら途中で詰まってしまって、先へ進めなかったかもしれない。
言葉にならない感動があった。

 この生徒はガジュマルの木の精の役で一番最初に「まずいぞ」というセリフをいう。そのひとことを、どんなふうに言ってくれるか楽しみだ。
 
(この生徒は1学期、谷川俊太郎の「生きているということ」を読んだあと、宿泊で山に登った時、稜線の林の中を歩きながら、「あ、“木漏れ日がまぶしい”(詩の中の言葉)って、こういうことか」って言ったことがある。今度はどんなことを言ってくれるのかなぁ、と楽しみにしている。)
                           

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