ぷかぷか日記

Pさんへ

 いつも貴重なご意見ありがとうございます。制度は利用するものであって、利用されるものではない。全くそうですね。ただ支援センターの人たちと「福祉の制度の中で何がどこまでできるか」について話をしていて感じたのは、彼らにとって大事なのはあくまで《作業所》という《場》であって、《パン屋》ではないということです。あたりまえといえばあたりまえなのですが、早い話、カフェベーカリーぷかぷかで売っているパンが売れ残っても、彼らにとってはどうでもいいことで、カフェベーカリーぷかぷかという場が存続すればいいわけです。だから私が売れ残りが多いと赤字になると、その販売についていろいろ悩んだりすると、そんなことよりもメンバーさんのケアの方が大事ではないか、というわけです。パン屋にとっては売れ残りが出るのは大変な問題だと思うのですが、どうもそのあたりで認識のズレがあるのです。


 ぷかぷかは商品としてのパンを作り、ちゃんとした喫茶店をやろうと思っていますので、スタッフを支援センターが想定するよりも3人多く見積もっています。その3人分の人件費をパンの売り上げでまかなうとすると、パンを必死になって作る必要があり、そうなるとメンバーさんのケアはどうなるのかと心配するのです。


 借入金(パン屋はオーブンなどの初期設備にお金がかかるため、ぷかぷかはかなりの借入金の上でスタートします)の返済に関しても、そのためにパン屋の営業に力を入れすぎると、メンバーさんのケアがおろそかになるのではないか、というのです。


 私は作業所によくあるぬるま湯のような雰囲気(それほどがんばって仕事をしなくても《場》が維持できるという気楽さ)ではなく、緊張感ある雰囲気の中でメンバーさんと一緒にパン屋の仕事をきっちりやっていきたいと考えているのですが、どうもそのあたりがうまく伝わらないようです。緊張感があってこそ仕事は人を成長させ、人生を充実させ、人生に自信を持たせるのではないでしょうか。


 ところが、彼らにとってはパン屋は付け足しのようなもので、全力投球で取り組むようなものではないのです。工賃をあげることには賛成だが、あくまでほどほどに、という感じのようです。ですから支援センターのホームページにある「自主製品の販路拡大事業」にも、わざわざ市長の写真と挨拶を載せながらも《本気》が感じられないのです。あれで販路が飛躍的に拡大できるとは到底思えません。


 これに比べると横浜市のコミュニティビジネス支援事業http//www.cbsmiles.jp/
 の方が、はるかに前向きの視点で事業をやっている気がします。ここにはぷかぷかの設立案ができた時に「空き店舗を活用した商店街活性化事業」として相談に行ったのですが、かなり興味を持ってくれて、そのすぐあとにあった第1回のパン教室に様子を見に来てくれました。同じ企画案を見ていながら支援センターとは反応が全く違います。支援センターは毎回案内出してるのに、まだ一度もパン教室にも来ていません。アンテナの感度が違うのではないかと思います。


 コミュニティビジネス支援事業の課長さんが送ってくれた資料の中で見つけたTRY OUR LIFEhttp://trife.cocolog-nifty.com/blog/cat5646054/index.html
に紹介されている製品は本当にビジネスの世界に通用するものだと思います。


 支援センターにはこういう魅力ある商品を作り出す、とか見つけ出す、といったセンスは感じられません。ぷかぷかでやろうとしていることがなかなか伝わらないのはこのあたりのセンスの問題かなとも思います。

 ハンディのある人を10人も集めて始めるのではなく、小さなパン屋でハンディのある人に3,4人来てもらってこじんまりと始めるのもいいかなと思っています。あくまでハンディのある人たちと《一緒に働く》というスタンスです。《支援》ではないのです。そしてできれば自立生活できるだけの給料(最賃)を払ってあげたいと思っています。かなりがんばる必要がありますが、福祉ベンチャーパートナーズのセミナーhttp://www.fvp.co.jp/semeve/20090314/index.phpでビジネスプランを作る中で、これは十分可能な計画であることが見えてきました。プランができ上がり次第お見せしますのでまたご意見聞かせて下さい。


助成金なしで

  昨日障がい者支援センターに行き、助成金のことで話をしてきました。カフェベーカリーぷかぷかは障がい者自立支援法の中の「地域活動支援センター作業所型」に当てはまるので、障がいのある人が10人いて建物があれば年間1200万円の運営費の助成をするということだったのですが、話を詰めていくと、お金を出す以上、勝手なことをしてもらっては困る、いわゆる作業所としての機能を果たしてもらわないと困る、作業所は障がいのある人の居場所でもあり、仕事ができないひとのプログラムはどうするのか、メンバーさんの生活全般のケアはどうするのか、地域の障がい者のニーズを把握した上での事業なのか、ケースワーカー、養護学校進路担当、就労支援センターとの連携はとっているのか、等々、向こうは言いたい放題で、お金を出す立場というのはやはり「権力者」なんだとつくづく感じました。こんなお金をもらって不自由するより、お金なしで苦労しても自由にやった方がいい、と途中で帰ってきました。


 ただ障がいのある人の立場に立てば、のんびり毎日を過ごす場所と、しっかり仕事をする場所の選択があってもいいのではないかと思いました。現にぬるま湯のような雰囲気の作業所に通いながらも、やっぱり自分を試したい、しっかり仕事をやってみたいという人が、うちのパン教室に来ています。そういう人がどこかで自分を実現したいと思った時、支援センターの作ってきた作業所ではやはり対応できないのではないかと思います。


 企業に就職するのは難しいけれど、それでも自分なりにしっかり仕事をしたい、しっかりお金を稼ぎたい、そのお金で少しでも自立したい、と思っている人たちはたくさんいると思います。働くことはただお金を稼ぐといったことだけではなく、自分を実現することでもあり、人生を活性化させ、充実させます。ぷかぷかはそういうことができる場にしようと思っています。助成金なしの予算書を作ると、数値の上でもかなり厳しいことが見えてきます。でも、そこで勝負していくしかないなと思います。
 いろんな方からのアドバイス、お願いします。
 

福祉起業家

 福祉ベンチャーパートナーズの福祉起業家経営塾は養護学校で働く私にとってはとても新鮮な内容だった。


 福祉起業家とはとにかくやりたいからやるのであって、一つの自己実現であり、それは「福祉」とは全く発想が違う。やってあげるとかお世話するとか、まして指導するといったことではなく、とにかく一緒にやる、一緒に働くということ。そのことが好きで好きでしょうがないこと。ボランティア活動ではなく、経済活動であること。そこで働く障がいのある人たちはもちろん、自分自身も幸せになるということ。どれもこれも納得できることだった。


 「カフェベーカリーぷかぷか」は私自身の漠然とした思いでスタートし、イメージを作ってきたが、福祉起業家とは何か、の話を聞いて、まさに「カフェベーカリーぷかぷか」がやろうとしていることはこれだ!とあらためて気がついた。


 養護学校で知的障がいのある人たちと毎日お付き合いしていて、彼らのことが本当に好きになってしまった。彼らとずぅっと一緒に生きていきたいと思っている。なんとなく一緒、ではなく、しっかりと一緒に生きていきたいと思う。その一つの手段が「カフェベーカリーぷかぷか」だ。経済的に成り立たせるにはかなりの苦労が予想される。でもその苦労も楽しみながらみんなでやっていきたいと思う。福祉の枠に寄りかかることなく、自分たちの力でしっかり立ちたいと思う。

福祉の制度を使って商売

 障がい者支援センターの話によれば「カフェベーカリーぷかぷか」は障害者自立支援法にある「地域活動支援センター作業所型」にあたるそうで、障がいのある人が10人働いていて場所が確保できていれば年間約1200万円くらいの助成金がでるという。

 作業所であってもうちはパン屋としてしっかり仕事をやって、しっかり儲ける予定です、といった話をしていたら、「福祉の制度を使って商売をするということですか?」なんて言われてしまった。


 作業所であっても、みんな暮らしていくためのお金を稼いでいるわけで、これは立派な商売ではないのか。ただ商売の仕方がはっきり言ってあまりうまくないというか、ちゃんとやっていこうという気持ちがあまりないように思う。喫茶店でありながら、駅の待合室のような雑然とした雰囲気であったり、一日のお客さんが数名で満足してたり、その気になればもっともっと売り上げが伸びるのに、その気がないのかどうか、現状はなかなか変わらない。このあたりは「福祉施設の発想」と題したブログに描いているのでぜひ読んで欲しい。


 助成金に乗っかっていれば、それほどがんばらなくてもとりあえず場所は維持できる。要はそれで満足するかどうかなのだが、「カフェベーカリーぷかぷか」はなんとなくぬるま湯のような場所にはしたくないなと思う。パンは天然酵母を使った思いっきり美味しいパンを焼きたいし、店頭販売はもちろん、出張販売、注文販売など、営業活動をしっかりやりたい。併設の喫茶店にはできればオーダーメイドの椅子、テーブルを置いて落ち着いた雰囲気を演出したいし、コーヒカップやお皿などはすべて手作りの陶器を使ってあたたかな雰囲気にしたい。美味しいコーヒーと安心して食べられるおいしいランチ、それになんとも楽しいメンバーさんたち。それらをウリにした喫茶店だ。(お店の雰囲気はホームページに書いています)
 銀行でも通用するようなしっかりしたビジネスプランを立て、しっかり稼ぎたいと思う。メンバーさんもスタッフも、がんばればがんばっただけ給料が増えるという、ごくあたりまえのシステムを作りたい。


 福祉の世界は「お金もうけを考えない」といった妙な思い込みがあるようだが、福祉の世界だって生身の人間が生きているわけで、霞を食べてやっていけるわけではない。しっかり稼いで、生活の基盤を整えることはまず第一にやるべきことだと思う。そしてしっかり働くことは障がいのある人たちのとって、なによりも生きる上での自信をつけることにつながっていく。
 カフェベーカリーぷかぷかは福祉の制度を使いながらしっかり商売をやりたいと思う。


ビジネスプラン

 NPO法人申請のための予算案ができてから、どうも話す相手を説得できてないなという気がしていた。計画が話だけで終わる段階はともかく、お金という具体的なものがからんでくる段階になると、情熱や思いだけではなかなか前へ進めないことが、人と話す中でだんだん見えてきた。

 たまたま福祉ベンチャーパートナーズ(http://www.fvp.co.jp)からの「福祉起業家経営塾」の案内メールの中にあった「福祉起業ビジネスプラン作成のポイント」「福祉起業のマーケティング戦略」「誰に」「何を」「どのように」提供するのか、といった言葉に、「ああ、これこれ、こういうことが今必要なんだ」と、なんだか救われたような気持ちになり、すぐに相談の電話をした。4日間のセミナーで、最終的に自分のビジネスプランをしっかり作るという。銀行に融資を依頼する際、このビジネスプランを持っていけば多分大丈夫といえるくらいしっかりしたプランだという。こういうものができれば、どこへ行っても計画をきちんと説明できる。


 いや、なによりも「カフェベーカリーぷかぷか」が街のパン屋としてちゃんとやっていけるかどうかが具体的に見えてくる。障がいのあるメンバーさんには年金とあわせればグループホームで自立生活が送れるだけの給料を払いたいし、スタッフにも生活に困らないだけの給料はきちんと払いたいと思っているのだが、そういったこともはっきり見えてくるだろう。そしてそれを実現させるためには何をどうすればいいのかも具体的に見えてくるだろう。
 セミナーの最終日4月11日にビジネスプランのプレゼンテーションがある。今からわくわく楽しみにしている。

ぷかぷかファンド

NPO法人ぷかぷかの申請書が完成した。
予算書が一番大変だったが、ベースはあったので、数値を入れ直すくらいでなんとか完成。
初期費用の助成金を出してくれるところが日本財団以外になかなか見つからなくてネットで探したり、電話をかけまくったりして、なんとか初期費用2400万円の70%位を助成金でまかなえそうなことが見えてきた。
自己資金が700万円くらい必要なので、これをどうやって集めるかが大きな課題だ。

寄付と借金になると思うが、ただ「寄付」では芸がないので、「ぷかぷかファンド」というのを立ち上げてみようかと思う。
障がいのある人たちが生き生きと働くことのできる場が街の中に実現することへの「投資」。
リターンはお金ではなく、街の中で働く彼らの笑顔であり、彼らと出会うことで街の人たちが得る心のあたたかさのようなものだ。

法人の目的にある【この法人は、障がいのある人たちが地域の中で生き生きと働くお店《カフェベーカリーぷかぷか》を運営する事業を行う。
美味しいパンを作り、売るお店だ。街の中に彼らの働くお店があることで、たくさんの人たちがパンを買いに来て、障がいのある人たちと出会う。
《カフェベーカリーぷかぷか》は美味しいパンを作って売るだけではなく、街の人たちが障がいのある人たちといい出会いをする場でもある。

出会いを積み重ねることで、街の中に障がいのある人がいて当たり前、更に進んで、街の中には障がいのある人がいた方がいい、彼らが街にいることで街の人たちが優しい気持ちをもてる、といったところまで行くといいと考える。
相手に対してお互い優しい気持ちを持てるなら、お互いがもっと暮らしやすい街になるだろう。そういう街こそ私たちが求める街であり、《カフェベーカリーぷかぷか》は街の中にお店を構えることで、そんなやさしさにあふれた街を作っていきたいと考える。

お店に来るお客さん、あるいは街の人たちを対象に障がいのある人たちと一緒に楽しめる様々なイベントを企画する。
イベントを通してお互いが出会い、かけがえのない仲間、同じ街に一緒に住んでいる楽しい仲間になることができれば、街は少しずつ変わっていくだろう。
パンを作って売ることに加えて、そういった企画をたくさん打ち出していきたい。】ということへ「投資」をする。
アメリカのウォール街とは全く発想の違う「投資」だ。こういう「投資」こそが、今必要なのではないかと思う。

先々安心の話

 進路懇談会があった。今、高等部2年生は卒業後の進路先をある程度決めて実習先を決める。その話の中で「ここに入れれば、いろいろ面倒を見てくれるから、先々安心」といった言葉が頻繁に出た。仕事をするだけでなく、生活面の面倒も見てくれるという意味だ。


 「カフェベーカリーぷかぷか」は今、パン屋を維持するには、一日にパンがどれくらい売れればいいのか、コーヒーは何杯、ランチは何食売れればいいのか、そのためにはどれくらいがんばって働かねばならないのか、お客さんをどうやって増やせばいいのか、といったことばかり考えていて、ハンディのある人たちの生活面のフォローまではほとんど考えていなかった。食事とトイレが一人でできれば、あとはまぁなんとかなるだろう、というきわめて楽観的な予測しかない。

 もちろんいろいろな問題は出てくるだろう。その時はみんなでどうすればいいか考えるしかない。みんなで考えたり、悩んだりすることで、少しずつ「ぷかぷか」はできていくんだろうと思う。だから「ここに入れれば、先々安心」とはほど遠い。安心どころか、しょっちゅう問題が起こって、その度にみんなで悩んだり、話しあったりで、大変なことばかり。

 でも、大変な分、「ぷかぷか」を自分たちで作っていく、という素晴らしい楽しみがある。新しい「場」を作っていく、わくわくドキドキするような楽しみだ。うまくいくかどうかだってほんとうはわからない。わからないからこそ、トライする価値があるし、おもしろい。そこに賭けてみようという気持ちも出てくる。そのおもしろさがわかる人が今少しずつ集まってきている。そんな仲間が少しずつ増えてくれれば、と思う。

 

第6回ぷかぷかパン教室

 1月11日 第6回ぷかぷかパン教室。本当は25日にやる予定だったが、足の手術が病院の都合で先へ延びたため、急遽この日に変更。そのためかどうか参加者は13名という少人数。でも何となくゆったりした雰囲気でこのぐらいがいいのかなと思った。


 メニューは3月の緑区市民活動支援センター主催の祭りに出す田舎パンとドライカレーの組み合わせ。カレーパン、お焼き風あんパン。カレーパンは昨日櫛澤電気の澤畠さんにお店の件でいろいろ相談に行った時提案されたもので、要は調理室で作ったものを会場に持っていって売るよりも、その場でお客さんの目の前で作って売る方が場の雰囲気が盛り上がり、絶対に売れるという。フライヤーを貸すからカレーパンをやってみたらどうかといわれた。

 ドライカレーも作ることだし、それを生地で包めばすぐできる、とクロワッサンの予定を前夜に変更。ギョウザの具をはさむようにドライカレーを生地で包んだが、あまりきれいにいかず、気が重い。どうなるかと心配しながら油で揚げたのだが、油に入れた途端ブッと膨らんで、とてもきれいな形のカレーパンができた。すごく美味しくて、これは絶対にいけるとみんなで確信した。塩しか入っていない田舎パンも南部小麦のうまさに支えられて大好評。養護学校高等部2年生のマサまでがカレーパンやお焼き風あんパンよりも田舎パンが気に入ったようで、舌が肥えてると、ちょっと見直した。

 クッキーを作る作業所で給料が10万円を超える所があるという記事を読んだ。販路が相当あるのだろうと思った。大きな会社が自社の製品を売り込む時に挨拶かたがたちょっとクッキーをつけるとか、というような形だと、食べるだけのお客さんが買うよりも遥かに多い量がでる。福祉施設には珍しいほどの営業努力だ。クッキーはパンよりも価格が高いので、ヒットすればすごくもうかる。こういうこともそろそろ考えようと思った。

 櫛澤電気の澤畠さんは会って話を聞くだけで元気が出てくるような人だ。どこかのバザーでスタッフ二人、利用者5人くらいで何かを売り、1日で1万円もうかったと喜んでるくらいではだめ。10万くらいは儲ける気でやらないと話にならないといっていたが、売り上げアップのために、お客さんの目の前で作り、場の雰囲気を盛り上げたところで売る、というアイデアは素晴らしいと思った。これは外から物を持ち込むより手間ひまがかかるのだが、あえてそれを背負い込むところに澤畠さんの姿勢が見えた気がして、すぐに気が合ってしまった。3月の祭りの時はカレーパン用のフライヤーと肉まん用の蒸し器を借りることにした。

 

福祉施設の発想

  NPO法人の予算書についていろいろアドバイスをもらうついでにパンの研修をやってきた。 ハード系のおいしいパンを焼いているお店で、いちばん見本にしたいカフェベーカリーなのだが、人通りの少ない場所にあることもあって、お客さんがさっぱりこない。その日は私を含めてたったの二人だという。せっかくのおいしいパンがほとんど売れ残っていた。

 こんなにおいしいパンが売れないなんて、もったいない話だと思ったのだが、思ったのは僕だけで、メンバーさんもスタッフも、お客が来ないことや、パンが売れ残ることに慣れっこになっているのか、さして気にしている風でもない。

 売れ残ったパンは次の日少し割引して売ったり、それでも残った場合はラスクにするそうだが、そんなことよりもお客がたった二人というのはハンディのある人たち10人ほどとスタッフ5人が働くお店にとっては「商売が成り立ってない」ということであって、どうしてそのことに気がつかないのだろうと思う。

 ふだんお店で売れるのはせいぜい6000円くらいらしいが、15人で働いて6000円しか稼げないというのはどう考えてもおかしい。あれだけおいしいパンを作っているのだから、その気になればもっともっと売り上げがあってもおかしくない。でも、そこを何とかしようという意気込みは感じられない。

 以前来たときはメンバーさんそれぞれのペースと大事にしていてとてもいい雰囲気だと思ったのだが、今日はこの緊張感のなさってやっぱりまずいんじゃないかと思った。普通のお店であればこの程度の売り上げではすぐにでもつぶれてしまうだろう。それなのにつぶれもせず、何となく運営できてしまうのは行政から運営費の補助をもらっているからだ。それがないと運営が成り立たないというのはわかるとしても、そこによりかかりすぎると、商売をやっているという「緊張感」がなくなり、せっかくみんなでおいしいパンを作りながら、それを売り切る力もどこかへ行ってしまうようだ。これはやっぱりまずいと思う。「仕事」をやっている意味がどこかへ行ってしまうし、おいしいパンに対しても失礼だと思う。

 お付き合いのある作業所でもせっかくいい場所で喫茶店を開きながらもやっぱり1日のお客さんはひとけた。それを笑って済ませてしまうところにこういう福祉施設の限界というか、大いなる問題があるように思う。「商売として成り立ってない」ということにどうして気がつかないんだろう。

 売り上げだけではない。たまたま知り合いがその喫茶店を訪ねたのだが、どこかの駅の待合室かと思った、と言っていた。ゆっくりお茶を飲む喫茶店としてお店を出しているにも関わらず、駅の待合室と間違えられるようでは話にならない。お客さんに対する姿勢がよく見える。

カフェベーカリーぷかぷかは、助成金をもらいながらの運営になるにしても「商売「をやっているという緊張感は持ち続けたいと思う。予算書ではあえて一日の売り上げを7万円にした。かなりきついと思うのだが、それを目標に頑張りたいと思う。

 

生徒たちの「生きる」を引き出す

 昨年の11月末にやった授業の話。すごくおもしろかったのでここに載せます。養護学校の生徒たちの思いがよく見えます。

 
 1年ほど前、県教委の主催するアーティスト派遣事業に応募した。国数の時間、本を読んだり、詩を読んだりした後、感想を聞いても「面白かった」「楽しかった」というワンパターンの言葉しか出てこなくて、本当はもっといろんな思いが体の中を渦巻いているはずなのだが、その思いをうまく表現できてない気がしていた。アーティストに来ていただいて、そのあたりの問題が解決できないだろうかと申請した。それが審査に通り、コーディネーターの現場視察と聞き取りがあり、その結果、あちこちでワークショップをやっている演出家を派遣していただいた。


 《言葉を豊かにする》ということが、たとえアーティストを呼んだとしても、わずか2,3回の授業で実現できるはずもないのだが、少なくとも手がかりくらいはつかめるのではないかと思った。演出家の柏木さんと打ち合わせをし、その後何回かのメールのやり取りで、昨年何度も朗読した谷川俊太郎の『生きる』を手がかりに、自分たちの『生きる』を引っ張り出す。それぞれの『生きる』をつなげて、みんなの『生きる』が見える集団詩を作る、という案が決まった。基本的には「ドラトラ」(詩劇)と呼ばれるワークショップの方法だ。


 1回目の授業で谷川俊太郎の『生きる』を朗読した。昨年かなり読み込んだこともあって、びっくりするくらい積極的に朗読し、その後、それぞれの『生きる』をA4の紙に書き出した。2回目に短冊状に切った紙にそれぞれの『生きる』をひとことずつ書き、大きな紙の上に貼り出した。いろんな『生きる』をグループ分けし、並べる順番も考えた。グループ分けや順番を何度も入れ替え、みんなで吟味し、集団詩ができ上がった。

 3回目にその集団詩を朗読した。本当は簡単な芝居まで持っていきたかったのだが、途中で生徒同士のトラブルが発生、右往左往してるうちに結局時間がなくなり、朗読だけで終わってしまった。それでもそれぞれの『生きる』がはっきり見え、熱い言葉があふれたように思う。生徒たちを指導するのではなく、生徒たちと本気で格闘した柏木さんの姿勢が爽やかだった。それがこの素晴らしい詩を引き出したのだと思う。


人生を生きる。
家族がいること
家族を大切にするということ
たてななほがすきということ

彼と一緒にいると幸せということ

好きな人を見ること
友達がいること

今誰かと喧嘩をしたということ

その人との楽しい日々があるということ

それは幸せということ

かみまてさんとあそぶということ

毎日が楽しいこと
好きな映画を見ること

「ハリーポッターの話」

クッキング部でケーキを作ること

歌を歌うこと

カードゲームをすること

昔の新聞を出すこと
ハンバーガーを食べること

ダイエットをすること

世界遺産の写真を集めること

今、私はアルプスに行って富士山を見てすべての美しいものに出会うこと

今、私は命があるから生きている。


 驚いたのは、生徒たちの様子である。生徒たちはずっと素のままだった。普通、外からお客様が来て授業をするとなると、多少は身構えたり、気取ったりするものだと思うが、それがない。ある人は怒り、ある人は沈み、ある人はけんかし、ある人は「おなかがすいたー」と叫び、何人かは大声で笑い、ある人は好きな本やアニメのことを長々書き、ある人は授業から出て行き、途中から出席した人はちょっと的外れなことを言い、ある人は前向きで何でも手をあげ、ある人は真面目に取り組み真面目さゆえに他の人に対して腹を立てていた。

 普通に考えると教員である私はそれを注意しまくるところだが、今回はあえてそれをしなかった。する必要がないと考えたからである。

 この授業の題材は『生きる』。素のままの彼らは確実にその場を『生きていた』。そして最後にできた詩は、誰にもかけないような、おもしろくて、楽しくて、自分勝手で、そしてとてつもなく美しいものになった。この人がこんな美しいことばを持っていたのかと感動させられた。


 この詩をまとめたアーティスト柏木氏は、こんな体験は初めてで、とてもたいへんであったことは間違いない。しかし全身で彼らのことばを受けとめ、悩み、苦しみ、感動しながら授業を作り上げてくださった。彼らが素のままでいられたことは、柏木氏のお人柄によるところが大きい。生徒たちの情操を高め、心を豊かにすることばを探す試みとしては大成功であったと思っている。
                  

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