ぷかぷか日記

みんなでワークショップ

  • 『注文の多い料理店・ぷかぷか版』が少しずつ形になり始めています。
     第4期第4回目ワークショップ。『注文の多い料理店・ぷかぷか版』が少しずつ形になり始めています。  全体の構成はこんな感じです。  「あの広場のうた」ずいぶんうまくなりました。 www.youtube.com       耳をすませば見えてくる     目をみはれば聞こえてくる  耳をすませば見えてくるものがある。目をみはれば聞こえてくるものがある。深い言葉だなと思います。作詞・作曲の萩京子さんの思考の深さを思いました。        歌が生まれ  人は踊り出し    物語がはじまる  あの広場がここに      昔 広場に一本の柱    ここに立てよう  目には見えない柱を  本番ではデフパペットシアターひとみのエノさんに、この見えない柱を舞台に立ててもらおうと思っています。           写真は昨年の表現の市場ですさまじい集中力を見せるエノさん  ぷかぷかさん「昔ここに一本の柱」  ぷかぷかさん「あの広場のうた」  そして客席から歌を歌いながら舞台に向かって集まってくるような、そんな始まりを考えています。      序文はエノさんの手話  きれいにすきとおった風をたべ、桃いろのうつくしい朝のひかりを飲むことができます。  注文の多い料理店を三つのパートにわけ、グループで形にしました。 www.youtube.com www.youtube.com 大道具が今年は大変です。山のイメージが山ねこのイメージに途中で変わります。高さが7メートルもあるそうです。 その制作に頭を悩ます舞台監督の成沢さん  発表は来年1月21日(日)午後2時から みどりアートパークホールで開かれる「表現の市場」でおこないます。
  • ここに来ると、歌が生まれ、人は踊り出し、物語がはじまる、あの広場がここに
     10月21日(土)、第四期の第三回目のワークショップ。私の熱いリクエストで歌うことになった「あの広場のうた」、みんなすごくのって歌っています。原曲よりもかなりゆっくりで、音も下げ、とても歌いやすくなっています。むつかしい手拍子も、あみちゃんの手にかかると、みんなできるようになりました。シャキシャキした手拍子がみんな気に入っています。 www.youtube.com ♪ いまはいつだろう  いつもの朝   ここはどこだろう   いつも場所    いまはいつだろう  いつもの夜  ここはどこだろう  いつもの場所    でもどこかちがう  ここはどこかに似ている    おとなもこどもも  犬も鳥たちも  虫たちも集まる   あの広場みたい    耳をすませば見えてくる  目をみはれば聞こえてくる  少しずつ 少しずつ    歌が生まれ  人は踊り出し  物語がはじまる  あの広場がここに    昔 広場に一本の柱  ここに立てよう  目には見えない柱を    昔 広場に一本の柱  ここではじまったぷかぷか  いまここで ♪ 安見ちゃんが最後の「ここではじまったオペラを」のところを「ここではじまったぷかぷか」に変えてくれました。私のこの歌に込める思いをくみ取ってくれたのだと思います。  ぷかぷかは単なる福祉事業所の枠を超えて、みんなにとって、とても大切な場所になっています。ここに来ると、歌が生まれ、人は踊り出し、物語がはじまる、あの広場がここにあるのです。  さてその広場で今回もいろんな物語が生まれました。どんな物語が生まれたか、写真を見ながら想像してみて下さい。  『注文の多い料理店』は森にある大きなかしわの木からはじまります。 西洋料理店『山猫軒』にやってきた紳士のひげを作りました。 紙袋を使って動物のお面を作りました。 手につけるお面です。 紳士が西洋料理店『山猫軒』を見つけたシーンをやってみました。セノーさんがなかなかいい雰囲気を出しています。そこに立っているだけで、物語が生まれます。    ひげとお面を作るだけで、これだけの物語が生まれました。これが「ぷかぷか」です。  ここに来ると、歌が生まれ、人は踊り出し、物語がはじまる、あの広場がここにあるのです。
  • 全員のばらばらな祝祭感!
     9月17日(日)秋田県の大館で第三回演劇ワークショップ記録映画の上映会をやりました。そのときに来ていた方が、昔友人が「高崎明を呼ぶ会」を作っていた話をしてくれました。以下はそのお話です。 ●●●  大館で10年も続いている「ゼロダテアート展」。商店街で開催され、毎年多くのファンが空き店舗となった、かつて栄えた商店街に集まってくる。今年は会場を郊外の旧工場跡に移し、「ゼロダテ少年芸術学校」として開催された。  チラシに《ドキュメンタリ−映画「ぷかぷか」上映会》を発見し、映画ファンとしてはまず目を引いた。更にそこに発見した「高崎明」の名前。聞いたことのある名前だ。しばし考えて思い出した。  高崎明。ともに絵夢人倶楽部という映画サークルを運営していた親友、故湯沢照昭さんが語り続けて名前だ。「高崎明を呼ぶ会」を立ち上げよう、と。  湯沢さんはドキュメンタリー映画に特に関心があり、三里塚や水俣や山谷についてのドキュメンタリー映画を自主上映していた。その彼がどのような経緯で高崎明さんに強い関心を持ったかは失念したが、とにかく、その彼から刷り込まれた名前が高崎明だ。    9月17日、上映会場に向かった。獅子が森というところにあるその会場は30年前「ハチ公物語」の撮影が行われた場所だ。エキストラで訪れた当時とは景色が全く変わっている。大いなる月日の流れに感無量だった。  会場でゼロダテの松渕さんから高崎明さんを紹介された。そのお顔を拝見し、この方とはどこかでお会いしていると感じた。そう、かつて湯沢さんが自主上映した映画の中でお会いしているのだ、と納得した。  映画「ぷかぷか」が始まった。横浜のパン屋さんに集う人たちが作る芝居のドキュメンタリーだ。パン屋さんで働く障がいのある方とお客さん達が一緒に芝居を作る、そのプロセスが楽しく描かれる。これで本番が迎えられるのだろうかという心配を吹き飛ばすような全員のばらばらな祝祭感!それが僕らを圧倒する映画だ。  この楽しさ、ゆるさ、パラダイス感はなんだ?それをずっと考えながら映画を見終わった。そしてその答えを高崎さんと高島祐太さんのトークを聞いてよくわかった。障がいのある方達の中にある、私たちの忘れてしまった「人間が生来持っている幸福を求める力」とでもいったものが映画の中に満ち溢れるのだと思った。そして、それを私たちに伝えてくれているのが高崎明さんの長年にわたるぶれない生き方であることも…    家へ帰って、湯沢さんと高崎明さんのことを調べてみた。それは1988年の手帳に載っていた。「3月31日、中央公民館、高崎明、みんなでワークショップ」とある。  高崎明さんは30年前、大館を訪れていたのだ。私は高崎さんとすでにお会いしていたのだった。だからあんなにお顔をちゃんと憶えていたのだ。当日は公民館でワークショップを実施しただけなのか、映画「みんなでワークショップ」の上映もしたのか、手帳の記録だけではわからない。でも、高崎さんが30年前、大館に来られたのだけは判明した。  湯沢さんは「高崎明を呼ぶ会」を立ち上げただけではなく、ちゃんとご本人をお呼びしたということがやっとわかった。同じ頃、彼はチェルノブイリ原発事故に始まる反原発運動に精力的に取り組んでいたことも思い出した。彼を通して如何に多くの人と出会い、多くのテーマを学んできたかを、高崎さんに再会して、ゆくりなくも思い返している。 ●●●  湯沢照昭さんのことは、鮮明に覚えています。ふっくらした丸い笑顔が印象的でした。大学の友人が湯沢さんを紹介してくれ、一晩中語り合ったことを覚えています。ちょうど養護学校の生徒達と地域の人たちでワークショップをやり始めた頃で、障がいのある人たちとワークショップをやることの意味などを熱く語ったのだと思います。その2年後に『みんなでワークショップ』と題した記録映画が完成し、湯沢さんは「高崎明を呼ぶ会」を立ち上げ、上映会を企画したのだと思います。   その映画がこれです。 pukapuka-pan.hatenablog.com  湯沢さんは大館で映画の自主上映を通して、人が集まり、みんなが元気になる「広場」を作ろうとしていたのだと思います。だから障がいのある人たちを軸にしたワークショップで「広場」を作ろうとしていた私に激しく共感したのではないかと思います。「高崎明を呼ぶ会」は、その共感の表現ではなかったかと思うのです。   原稿を寄せて下さった越前さんもその「広場」の一員だったのだと思います。30年前の「高崎明を呼ぶ会」をはっきりと憶えているのですから。そしてその「広場」の熾火のようなものが、まだ越前さんの中でかすかに渦巻いていて、今回の演劇ワークショップ記録映画を見たとき、「全員のばらばらな祝祭感!」とか「この楽しさ、ゆるさ、パラダイス感はなんだ?」といったものを感じたのだと思います。映画の感想を書いた人で「祝祭感!」という言葉を使った人は初めてです。  湯沢さんは志半ばで亡くなりました。でも、彼の熱い思いは、今回この記録を書き起こしてくれた越前さんの中でしっかり生き続けているようでした。大館でまたワークショップの記録映画の上映会をやります!って言ってくれました。ひょっとしたらまた「高崎明を呼ぶ会」を立ち上げるのかも知れません。
  • 「広場」がここからはじまりました。
     ぷかぷかさん達といっしょにやってきたワークショップの場は、人々がみんな元気になり、新しい物語を生んだ「広場」だったのではないかと、オペラシアターこんにゃく座の「あの広場のうた」を聞きながら思いました。   ♪ いまはいつだろう  いつもの朝   ここはどこだろう   いつも場所    いまはいつだろう  いつもの夜  ここはどこだろう  いつもの場所    でもどこかちがう  ここはどこかに似ている    おとなもこどもも  犬も鳥たちも  虫たちも集まる   あの広場みたい    耳をすませば見えてくる  目をみはれば聞こえてくる  少しずつ 少しずつ    歌が生まれ  人は踊り出し  物語がはじまる  あの広場がここに    昔 広場に一本の柱  ここに立てよう  目には見えない柱を    昔 広場に一本の柱  ここではじまったオペラを  いまここで ♪      30年前、ぷかぷかさん達とワークショップやると絶対面白いものが生まれると、演劇集団黒テントの協力で始めたワークショップの記録映画が復活しました。   1986年10月〜1987年3月の6ヶ月の記録です。「広場」がここからはじまりました。あの時、広場に一本の柱を立てたのだと思います。彼らと一緒に生きていこう、という柱。  始めた当初は、やはりぷかぷかさん達を応援しようとか、そんな思いもどこかにあって、地域の人たちも集まってくれたのですが、2回3回と繰り返すうちに、ワークショップの場の中心にいるのはぷかぷかさん達であり、彼らが場を支え、私たちを支えてくれている、ということが見えてきたのです。そして彼らがいるからみんなが自由になれ、元気になれる、ということも見えてきました。何よりも彼らのおかげで、たくさんの楽しい物語が生まれました。  ここに来ると元気になれる「広場」、自分を取り戻すことができる「広場」が、ぷかぷかさん達のおかげでできたのです。その原点ともいえる貴重な映像です。    映像をまとめたのはドキュメンタリー映像作家の四宮鉄男さんです。短いコメントと映像だけで作られています。地域の大人達、子ども達、養護学校の生徒達による演劇ワークショップの記録、とあるだけで「障がいのある人」とか「障害者」という言葉はひとこともありません。そういう人たちとどうこうしようというメッセージもありません。淡々とした記録映画です。  四宮さんは私が養護学校の子ども達を連れて武蔵野の原っぱに通っていた頃から「あそぼう会」(私と地域の人たちで作った障がいのある人たちと一緒にあそぼうよ、という会)の活動に注目していて、いつか映像にしたいと思っていました。    1時間50分もの長い映像です。前半後半に分かれていて、後半の最後に発表会の映像が入っています。ここ3年やっているみどりアートパークホールでの立派な発表会ではなく、生活クラブの配送センター2階の会議室を借りた手作り感満載の、それでいて熱気ムンムンの発表会の映像が入っています。涙を流す人もいました。     ★カビだらけだったビデオを富士フイルムの技術で復活させた映像です。冒頭部分の映像が荒れていますが、あとは多少色が劣化している程度で、十分見られます。 ★ 6ヶ月にわたる記録映画の途中に、ワークショップで作ったお面をかぶって原発反対のデモをやったときの映像が挟まっていました。子ども達も一緒の、極めて平和的なデモなのに、警官がしっかりついていましたね。のどかな時代でした。のどかな時代の中で、それでも原発は危ない、といっていたことが、30年後、本当に大変な事故を起こしました。人間は、この30年、何をやっていたのかと思います。 ★「あの広場のうた」は表現の市場で歌います。   「みんなでワークショップ」第1部 www.youtube.com  「みんなでワークショップ」第2部  
  • ぷかぷかさん達と過ごす空間がとても柔らかくて心地が良かった
       土曜日のワークショップに参加された方の感想です。埼玉県からわざわざ見えた方で、感想がとても新鮮です。いつものように、ふつうにやったワークショップなのですが、こんなふうに受け止めてくれる人がいるって、うれしいですね。ぷかぷかさん達が作り出す空間、場の豊かさを思いました。  「ぷかぷかさん」は「障害者」ではありません。どこまでも「ぷかぷかさん」であり、「いっしょにいると、心ぷかぷか」になる人たちなのです。いっしょにいないともったいない人たちです。  カナダでは第三期演劇ワークショップの記録映画も上映してきます。1時間半も時間を取ってくれているので、思いっきり演劇ワークショップの話をしてこようと思います。カナダの人たちがどんなふうに受け止めてくれるのか、とても楽しみです。  演劇ワークショップに初めて参加させていただいて感じたこと。 まず、ぷかぷかさん達と過ごす空間がとても柔らかくて心地が良かったということ。 すぐに彼らのリズムに溶け込むことができたのはどうしてなんだろう? それはきっと。ぷかぷかさんが裸のままのまっすぐなエネルギーを放っているから。 そして、ひとりのひととしてお互いを大切にし合っている感じが伝わってきました。 ぷかぷかさん達のそばにいると自然と纏ったものを脱がされてしまう感覚があり、 うまく表現できないのですが、頭からの指令を介さずに体が勝手に動いてしまうようでした。 素のままの自然なエネルギーの交流を楽しめる喜びを感じましたし、 さりげなく起こっている共振がとっても心地良かったです。   昨日のワークショップを振り返りながら、そんなことをしみじみと感じています。   跳んだり、歌ったり、くっついたり、離れたり、手を叩いたり、足を鳴らしたり。   格好つけたりしようとしても、どうやったってその時の自分以上のものは表現できない。 というか、その瞬間に自然と生まれる感情や衝動をそのまま切り取る清々しさや楽しさを今回のワークショップで感じさせて頂きました。   丸裸の自分を写真や映像で見るのはちょっと恥ずかしくてかなり面白いです。   これから本番まで続くワークショップを心から楽しみにしています。   みんなのエネルギーを混ぜ合わせて。 何倍にもなったものをステージの向こうに届けられたら嬉しいですね!      
  • 第4期みんなでワークショップがはじまりました。
     第4期みんなでワークショップがはじまりました。月一回集まって、6ヶ月かけて芝居を作ります。できあがった芝居は来年1月21日(日)にみどりアートパークホールの舞台で発表します。  今期は宮澤賢治『注文の多い料理店』に挑戦します。もちろん原作を忠実に芝居にするのではなく、演劇ワークショップの中で作るので、どこまでも『注文の多い料理店・ぷかぷか版』になります。ぷかぷかさん達がいてこそできる、オリジナルな楽しい芝居ができあがります。  『注文の多い料理店』はセノーさんが養護学校高等部の2年の時に、私が担当で舞台を作りました。作品の登場人物は紳士二人だけ、それにねこの声が入るくらいです。学年に30人くらい生徒がいたので、全員が舞台に立つために、いろいろ工夫をしました。セノーさんはその中で、顔にクリームを塗る場面の紳士の役をやりました。もう10年くらい前のことですが、セノーさんはしっかり覚えていて、今回、『注文の多い料理店』をやることを聞いて、ワークショップにはじめて参加することになりました。さて、どうなりますか…  その初日。ネーム&アクションで自己紹介したあと、モンチさんと渡辺さんによるリズム遊びをやりました。  「パン パン パン パン ぷかぷかパン」 を歯切れのいいリズムで表現します。歯切れはいいのですが、ぴょんぴょん跳び上がりながらやるので、息が切れました。 www.youtube.com  お互いの似顔絵を描きました。紙を見ないで、ひたすら相手の顔を見ながら描きます。紙を見ないので、どういう絵が描けているのか全くわかりません。でも、意外と相手の特徴を捉えた絵が描けるのです。 あみちゃんが描いたコンノさんの似顔絵 タカサキの描いたヒロシさんの似顔絵 似顔絵を描いた相手にいろいろインタビューし、自己紹介ならぬ「他己紹介」をしました。 注文の多い料理店「山猫軒」を経営(?)する山猫を体で表現しました。  体で形を作ることを演劇ワークショップの中では「ギブ・ミー・シェイプ」といいます。一人でやることもあるのですが、こうやってみんなでやることで、表現について学ぶだけでなく、お互いのつながりを作ります。  今回は形を作っただけでしたが、これに動きをつけると、そこから簡単な芝居がはじまります。たとえば、この山猫のそばへ間抜けな人間がやってきました。山猫はどうするでしょう、実際に動きを作って下さい、と問題を出すと、そこから物語が生まれ、芝居がはじまります。  これが演劇ワークショップの面白いところです。これがみんなでお芝居を作る、という意味です。ここにぷかぷかさん達がいると、ふつうの人たちだけの演劇ワークショップよりもはるかにおもしろい芝居ができあがります。  今回も歌をたくさん歌いたいと、オペラシアターこんにゃく座のオペラ『注文の多い料理店』のDVDを見ました。オペラの前のソング集の中に「ボレロ」が入っていて、うまいなぁ、としみじみ思いました。こんにゃく座の歌のチカラみたいなものを感じました。  『注文の多い料理店』10年くらい前の舞台でしたが、原作の言葉をほぼそのまま使っていて、面白い作品でした。   二人のイギリスの兵隊のような格好をした紳士が鉄砲をかついで森の中をウロウロしているとき、ふと後ろを見ると立派な一軒の西洋造りの家がありました。  玄関には                   RESTAURANT                   西洋料理店      WILDCAT HOUSE                     山 猫 軒 という札がでていました。オペラの中ではこんな歌が歌われます。  この歌を歌い、西洋料理店「山猫軒」を体で作ってみました。  注文の多い料理店「山猫軒」で散々な目に遭った紳士は、恐怖のあまり顔が紙くずのようになります。   その顔をやってみました。 そしてオペラの中の歌です。 「東京に帰っても、お湯に入っても、もう元の通りには直りませんでした。」で物語は終わるのですが、こんな歌です。 www.youtube.com 今回の芝居の最後に宮澤賢治作詞作曲の「星めぐりの歌」を歌おうかなと思っています。  今日初めて歌ったのでまだまだという感じですが、それでもみんなすぐに覚えたようでした。 www.youtube.com さて今期はどんな芝居に仕上がるのか、楽しみにしていて下さい。
  • 「生きる」ということを深く感じる時間でした。
     6月17日(土)みどりアートパークで第一期と第三期演劇ワークショップの記録映画と、ぷかぷかのプロモーションビデオを上映します。  第一期みんなでワークショップの記録映画を見た人たちの感想がすごくいいので紹介します。     ・映画はぷかぷかのパンのようにほっこりあたたかくて、胸にしみいるような作品でした。 ・心がほっこりしました。演劇としてとか、メッセージとか関係なく、みんなといるだけで、そのままで、なんだか癒やされる感じがしました。 ・とてもよかったです。出演者全員のファンになりました。まーさんがデフパペットシアターひとみの舞台にチャレンジしたシーンはなぜだか感動して涙が出ました。 ・本当にステキだった!自分がいつも「こうしなくちゃ」「こうあるべき」「こんなふうにできない自分」にしょんぼり、とか感じてたこと、ここのみんなは全く思ってなくて、私もみんなみたいに自由になりたいな〜、って本当にまぶしく感じました。うまれながら自分にぐるぐるからみついていたロープを少しずつほどいていきたい!!と思いました。ぷかぷかいいね!!! ・そのままでいることが豊かな人生の基本ですね。自然体の彼らがとてもよかったです。 ・心が温まり、元気が出ました。 ・なぜ彼らといる時に、ゆるっと心地よいのか、わかった気がします。 ・まーさんの姿に明日からも生きていく力をもらいました。感動しました。どの人にもまーさんのようなオリジナルで個性的なドラマがあるのだろうなと思いました。 ・ちょっとできないことが多かったり、時間がかかったりするだけなのに、生きづらい世の中におかれている。私は心の底から、彼らは社会の子、社会の宝として、社会のど真ん中にいるべきだと思っています。彼らからもらえるものが本当にたくさんあるなとあらためて感じました。彼らが生きやすい世の中になれば、すべての人に幸せな世の中になるのにとつくづく思いました。 ・私事ですが、昨日は自殺した友人のお葬式でした。心の整理がつかないまま、今日、こちらに伺い、「生きる」ということを深く感じる時間でした。みなさんの豊かな表情は、本当に心にしみました。こちらに足を運んで本当によかったです。 ・一緒に生きていくことが自分を豊かにする。ジーンときました。とても素敵な時間でした。 ・言葉にするのがもったいないくらいすばらしかった。涙が出ました。やっぱり心が洗われる!!わくわくする!! ・こんな風に一緒に社会で生きていけると楽しいよなー自然だよなーと改めて感じました。      中に友人が自殺し、心の整理ができないまま映画を見て 《 「生きる」ということを深く感じる時間でした。 》 と書いた方がいました。  そんなことまで考えたワークショップではありませんが、みんなが生き生きと生きる舞台は、生きることの意味がぐらついてしまうほどの経験した人の心にもしっかりと届くメッセージを含んでいたのだと思います。  障がいのある人がどうとかこうとかいった議論をはるかに超えた、人が生きる上でもっと大事なものを作りだしていたのかも知れません。  どうしてそんな舞台ができたのか、映画はしっかりと見せてくれます。  第一期演劇ワークショップの記録映画は朝10時からです。ぜひおいで下さい。    
  • なんかね、夢があっていいじゃないですか。
     ボーイング社が助成金応募団体を募集していたので、エントリーすることにしました。  支援金額がなんと7万ドル〜10万ドルだそうで、ドルで銀行口座に振り込まれるそうです。7万ドルって、いったいいくらなんだと思いながら、でも、なんだかすごい!とわくわくしながら書きました。なんかね、夢があっていいじゃないですか。   プロジェクトの概要 1,目的及びゴール  就労支援施設「ぷかぷか」(パン屋、お惣菜屋、カフェ、アートスタジオ)で働く障がいのある人たちと地域の人たちが一緒に6ヶ月かけて演劇ワークショップ(芝居作り)を行い、できあがった芝居を大きなホールの舞台で発表する。   2,社会のニーズにどのように貢献できるか  2016年7月相模原で重度の障害者19名が殺されるという悲惨な事件が起きた。容疑者は「障害者はいない方がいい」「生きていても意味がない」などと言った。これは容疑者だけの言葉ではなく、社会の多くの人は「障害者はなんとなくいや」「障害者は生産性が低い」「障害者は社会の負担」と考えていて、容疑者と同じようなイメージを障害者に対して持っている。何よりも容疑者はこの社会で生まれ、容疑者の発想はこの社会が育んでいる。だから事件は容疑者の特異性だけの問題ではすまない。社会の何が病んでいるのか、私たちはどうすればいいのか、社会全体で考えていかねばならない問題だと思う。  事件の衝撃が大きすぎて、みんな何をやっていいのかわからないような状態だったと思う。本プロジェクトは、そういった社会のニーズに応えるものとして位置づけられる。    いろんな人がいることが社会の豊かさだとすれば、障害者を排除する社会はその豊かさを失っていく。お互い息苦しい、窮屈な社会になっていくだろう。  そんな中で私たちは「障害者はいた方がいい」「生きている意味がある」と言い続けるだけでなく、みんながそう思えるような事実を作り続けようと思っている。今回の芝居作りもそういった思いの延長線上にある。演劇ワークショップは誰かが台本を書いてそれをみんなでやるような芝居ではない。どこまでも障がいのある人たちと地域の人たちが一緒になって、みんなで創り上げていく芝居。それは障がいのある人が一緒だからこそできる楽しい芝居になる。  一緒に演劇ワークショップをやるとわかるのだが、芝居作りの場において彼らはもう「あれができない、これができない、役に立たない人たち」ではない。彼らがいなければ、芝居作りが成り立たないほどの存在。障がいのある人に向かって「あなたにいて欲しい」「あなたが必要」と素直に思える関係が自然にできる。  障がいのある人たちは「あれができない、これができない」とマイナス評価ばかりが多いのだが、そんな彼らと一緒に新しい芝居を起こすというクリエイティブな関係ができる。しかもそこから生み出されるものは障がいのある人たちを排除しない、社会の幅を広げ、豊かにする「新しい文化」といっていいほどのものだ。  彼らといっしょに創り上げる芝居には、そういった要素がすべて含まれている。芝居を見て一人でも多くの人が「障害者はいた方がいい」「生きている意味がある」というメッセージに共感してくれればと思っている。  本プロジェクトは、相模原障害者殺傷事件を生むような病んだ社会の中で私たちはどうしたらいいのかという重い問いに対するひとつの具体的な回答になると思う。抽象的な、評論家のような無責任な答えではなく、確実に実行できる具体的な回答になる。   3,プロジェクトによる効果及び評価方法  相模原障害者殺傷事件については優生思想云々といった大きな話が語られることが多いが、大事なことは病んだ社会が確実に変わっていくことだと思う。そのためには目の前の一人が変わることをすることが大事。障がいのある人たちと地域の人たちによる演劇ワークショップは、それに参加した人はもちろん、できあがった芝居を見た人も変わっていく。演劇ワークショップは芝居を作っていく過程をすべてホームページ上にアップしている。それを見る人も加えると、相当な数の人がいろんな新しい発見をしている。   http://pukapuka-pan.xsrv.jp/index.php?みんなでワークショップ    演劇ワークショップに参加した「ぷかぷか」のお客さんが、地域の中で目の前の一人を変えることをしていると神奈川新聞で紹介された。 《…そんな大家さんがこの1,2年で始めたことがある。バスの車内や駅で「ぷかぷか」のメンバーに出会ったときのあいさつだ。 「『セノーさん、こんにちは』とか、『テラちゃん、お疲れ』とか。あいさつで自分とメンバーみんなとの関係性を示すことで、怖い存在じゃなくて、人としてつきあえるんだよ、と周囲にわかってもらえたらな、って」   少しずつ、目の前のその一人から少しずつ…。日々の暮らしの中で大家さん自身が変わり、周囲もまた変えようとしている。》   http://pukapuka-pan.hatenablog.com/entry/2017/04/25/152019    ワークショップ参加者の感想 ●何にハマったかというと、それはやっぱり、ぷかぷかの皆さんの超個性的で魅力あるキャラクターであり、その皆さんとせつさんぱっつんさんあみちゃんさん、デフパペの方々と一緒に演劇を創作する自由な空気の場でした。 ●自分の中に、ぷかぷかの皆さんとの演劇ワークショップで創った自由な空気の場が出来たので、いつも大事に持ち歩こうとおもいます。そうしていつでも、障がいのある人たちとも一緒に生きて行った方が楽しいよ!と発信していこうとおもいました。 ●それまでにも障害のある方のパフォーマンスをテレビで見たことはありました。しかしながら僕はそういった映像を見るときどこか居心地の悪さを感じていました。どういう風に見たらよいか分からずとまどってしまうのです。   しかし今回、生で彼らのパフォーマンスを見たとき全く違う印象を受けました。   「なんてカッコいいんだ!」    素直にそう思ったのです。軽い嫉妬すら感じるほどに。その時、彼らを「障害者」として見ていなかったのです。ただ人間が生きることの「凄み」のようなものを感じていました。    身体を大きく揺らしながら朗々と「愛の讃歌」を歌う辻さん、見事な太鼓を披露してくれたアラジン大ちゃん、自分の壁を自分で壊す姿をありありと見せてくれたはっぱオールスターズ、電動車イスの上で身をよじらせながら魂の叫びのようなシャウトを聞かせてくれたラブエロピース。    その後、ぷかぷかメンバーさん達と舞台に立つ上での大きな励みになりました。そしてこの先、自分自身生きていく上での勇気を貰ったようにも思います。    彼らが自由に伸びやかに生きられる社会は、きっと「健常者」とよばれる人にとっても生きやすい社会だと思います。    ●大声で発声したり歌ったり、夢中になって体を動かし、意見を出し合ったり、一つの事が出来上がっていく凄さだったり、お菓子やお弁当を食べながら皆んなで過ごす休憩時間だったり。本当に充実した時間でした。   何時間も一緒に過ごすと、今まで知らなかったぷかぷかさんを知る事もできました。   子供が大好きなぷかぷかさん。暴走するぷかぷかさんに対して、それを止めようとするぷかぷかさん。娘が泣いていたら(原因は親の私)、「俺じゃないよ」「俺は泣かしてないよ」と心配するぷかぷかさん。「午後も頑張ろう」とそっと私に宣言してくれたぷかぷかさん。静かに出来ない娘に対して注意するぷかぷかさん。   「娘にとっていい体験になれば」と思い参加したのに、私が真剣になり夢中になり、また、知らなかったぷかぷかさんの側面を愛おしく感じたり。    本番の次の日、乗っていたバスの窓から、野菜をせっとと運ぶスタッフとぷかぷかさんを見つけ、「今日もこの街を耕してくれてるんだ」と、この日常の風景にもまた私は自然と笑顔になっていました。》         芝居の発表は「表現の市場」という表現活動を行う障害者グループの発表の舞台の中で行った。その舞台を見た人の感想 ●さて、いよいよ「セロ弾きのゴーシュ」が始まった。すごい人数だったけど、どの人もこの瞬間を楽しみにしていたんだろうなという“気”が伝わる。何人かからは、「成功させたいの!」という想いも伝わる。「表現の市場」なのだから、この“伝わる”ということは重要だと思う。舞台に立っている人だけが楽しくて満足というのでは、ちょっと残念だ。表現するからには、やっぱり何か伝えるんだと思う。   ワークショップの事は私には知る由もないけれど、のびのびと舞台に出ているぷかぷかさんたちから、とても自由さを感じた。ピアノの方がこれまた楽しそうに弾いていて、それに合わせて歌うぷかぷかさんたちから、人生は楽しまなくちゃね!と言われたような気がした。    高崎さんが出てきた場面では、舞台の上のぷかぷかさんからも、客席にいるぷかぷかさんからも、熱いまなざしがあったように思う。みんながみんなといることが大好きで、ここに今日もみんなでいれて嬉しい!と高崎さんにメッセージを送っているようだった。     舞台の最後に高崎さんが真面目に「障がい者と社会」の話をした。その時に、「あ、そうだ、今日はそうゆう舞台を観に来たんだった」と私は思い出した。観ている最中、何か特別な特異なものを観ているような感覚は全然なかった。最初のソワソワした居心地の悪い感じは、もうどこにもなかった。本当に楽しい週末を私は過ごせたし、この舞台を観に来て良かったと思う。なにより、自分自身にまだまだ素直な息子が「あー今日は楽しかった!」と言ってその日は寝た。    それでも、その日の夜に思ったことは、どんな人のことも特別扱いしない社会にどうしてならないんだろうか、ということ。今日の会場は温かい空気があって、和やかで、笑顔がたくさんあって幸せに満ちていた。だけど、社会はどうだろう?ひとたび電車に乗れば、ちょっと障がいの子がいると、ジロリと怪訝に見る大人がいる。障がい児を引き連れているお母さんが暗い顔でその子の後ろに立っている。その現実と「表現の市場」の幸福感の距離がまだまだかなりあることに、悲しくなる。でも、それは社会にいる大人たちの想像力の乏しさが原因かもしれない。現に私だって、今回気づいたことや、知ったことが沢山あった。またこの「表現の市場」が開催されて、私みたいな人が、一人でも二人でも増えることを望みます。私にもまだまだ知らない彼らの魅力がたくさんあるんだと思う。相手を知りたいと思う本能に、障がいもフツーの人も関係ないんじゃないかと思う。   ●『表現の市場』の企画者である高崎明さんがよく口にする「障がいのある人達とは一緒に生きていった方がいい」というフレーズが浮かんできて、身体に浸みてくる。   そう、「浸みてくる」・・・このゆっくり温まるぬくもり感が実にいいのだ。   高崎さんの言葉は、昨年の津久井やまゆり園殺傷事件の容疑者の「障害者はいないほうがいい」に対応した彼独特の言い回しなのだが、それを言葉だけではなく、こんな風に実際に実感できる場を創りだしているところが彼の凄いところ。    ボクなんかは「優生思想はけしからん!」「自分の中の差別・加害者性に気づくべきだ!」とすぐにとんがった言葉を口にして、空回りばかりしてる。情けない限りなのだ。    そんな反省も込めて、ぷかぷか村の仲間たちの劇を見ていると、劇場全体が心地よい熱気に包まれているのに気づく。   ●『なんて自由なんだろう』『なんだなんだ、この衝撃的なものは…』  これは率直な感想です。    『障害のある人たちと一緒に過ごしていったほうがいい』高崎さんの言葉。      私も幼少期から障害のある子と共に育ってきたこともあり、心ではわかっていたはずだったけれど、改めて高崎さんから言葉で聞いたとき、目が覚めた感覚でした。      心から楽しんでるぷかぷかさんたちのありのままの姿、輝いてい る目、自然と支え合う心、とにかくそこにいる仲間が力を合わせるときに発揮する強さに感動‼    あらじんの太鼓演奏の力強さにいきなり引き込まれ、葉っぱオールスターズのラップに涙し、デフ・パペットシアター・ひとみの人形劇に感動し、レクイエムを聴きながら、忘れてはいけない相模原事件、これから先同じような事件が繰り返し起こらないようにと心から願い、そして犠牲者の方への思いを改めて胸に。    ぷかぷかさんたち主演のセロ弾きのゴーシュには、笑いもあり、感動もあり、私たち健常者では出せない何とも言えない間や表現。ここまで味が出せるのは彼等しかいない。私も娘もその魅力にすっかり引き込まれていました。      終演した時の娘の言葉『障害のある人が本当に演奏をしたり、演劇をしていたの?誰がどんな障害を持っているかもわからなかったよ。本当に楽しかった、凄かった、カッコよかった!!』娘たちもぷかぷかさん達の魅力に自然と気付かされていました。    障害のある人は何もできないという勝手な人間社会の思い込み、そういう大人が増えれば当然、子どもたちは、当たり前にそう思い込んでしまう。    『自分らしく生きていこう』と言ってもらえてる気がして、帰り道、心が軽くなる感じでした。     表現の市場の映像   http://pukapuka-pan.hatenablog.com/entry/2017/02/03/162939   4,他の組織ではなく当団体がプロジェクトを行う意義及びその貢献について  「ぷかぷか」は代表の高崎が養護学校の教員時代に障がいのある子ども達に惚れ込み、退職後もずっと一緒に生きていきたいと始めたもの。だから、日々「障がいのある人たちとは一緒に生きていった方がいいよ」というメッセージを様々な方法で発信している。一緒に生きていった方が私たちの社会が豊かになるからだ。  今回のプロジェクトは、そのメッセージが芝居という目に見える形で表現される。障がいのある人たちがいると社会が豊かになるということが実感できるような芝居を舞台にあげ、たくさんの人たちと共有できる。「ぷかぷか」が日々発信しているメッセージが、形を変えてより広く広がっていくことに今回のプロジェクトを行う意義がある。  これは先に述べた相模原事件への「ぷかぷか」のメッセージでもあり、病んだ社会を回復する試みでもある。そういう意味で大きな社会貢献といっていい。    街の中に作った「ぷかぷか」のお店は、街の人たちと障がいのある人たちとのたくさんの出会いを作ってきた。素敵な出会いのおかげで、たくさんの「ぷかぷかのファン」を作り、地域社会を豊かにしてきた。  今回のプロジェクトは、単なるお店のお客さんという関係にとどまらず、もっと踏み込んで一緒に新しいものを創り出すクリエイティブな関係を障がいのある人たちと切り結ぶもの。「あれができない、これができない」とマイナス評価ばかりの障がいのある人たちとクリエイティブな関係を作ること自体画期的なことだ。  福祉事業所がこういった形で障がいのある人たちと新しいものを創り出そうという試みは、福祉の新しい分野、歴史を切り開くものとして、とても意義あるものだと思う。今回のプロジェクトはそれを実行するものだ。  福祉の新しい歴史を切り開くという意味で、今回のプロジェクトは大きな社会貢献をしている。   5.プロジェクトの発展性(方向性及び規模の拡大、助成期間終了後も継続可能なものか)  演劇ワークショップの参加者は毎回かなり入れ替わる。参加者が変われば、ワークショップの場の雰囲気も毎回変わってくる。毎期ちがうテーマの芝居をやるので、進行役も鍛えられ、最終的にできあがる芝居もレベルがアップしていく。  マスコミもかなり注目してくれるようになり、第三期目の発表会は読売新聞、神奈川新聞が大きく報道してくれた。NHKも相模原障害者殺傷事件の取り組みで紹介してくれた。  6月には慶應義塾大学日吉キャンパスで行われる日本演劇学会全国大会で「障害者との演劇活動は何を目指すのか」というタイトルで発表を行う。  第一期と第三期の演劇ワークショップについては記録映画もでき、プロモーションビデオとあわせてあちこちで自主上映を展開していく予定。  助成金に頼らず、みんなでワークショップの試みを支える仕組みを構築する予定。よこはま夢ファンド(市民活動推進基金)と連携し、寄附金控除など税の優遇措置が受けられる仕組みの中で幅広く寄付を集める。また神奈川県独自の認定NPOの申請も行い、寄付を集めやすい環境を整える。  サービスグラントのプロボノ支援の審査が通り、企業との連携を目指す支援を受けることになった。これがうまくいけば企業からの支援が受けられる。     ★ツジさんの妹とさんが早稲田大学の大学院で演劇を研究しているそうで、お母さんから今度演劇学会で「ぷかぷか」が紹介されるそうですが、ご存じですか?という問合せがありました。ワークショップ進行役の花崎さんが「障害者との演劇活動は何を目指すのか」というタイトルで研究発表するみたいです。    
  • 第3期演劇ワークショップの記録映画
     第3期演劇ワークショップの記録映画がまとまりました。 「障がいのある人たちとはいっしょに生きていった方がいい」という理由が、この映像を見るとよくわかります。相模原障害者殺傷事件の容疑者は「障害者はいない方がいい」などと言いましたが、私たちは「障がいのある人たちはいた方がいい」「社会には彼らが必要」「彼らとはいっしょに生きていった方がいい」と言い続けます。そうすることで、相模原障害者殺傷事件を超える豊かな社会を少しずつ作っていきたいと考えています。  記録映画のプロモーションビデオです。 www.youtube.com  映画は今後有料で自主上映していきますので、非公開にしています。自主上映を予定されている方はぷかぷかまでメール下さい。pukapuka@ked.biglobe.ne.jp 担当:高崎
  • 映画の中の彼らは、もう、「あれができない、これができない、役に立たない人たち」ではありません。
     映画『ぷかぷか』を上映します。第一期と第三期みんなでワークショップの記録映画です。日時は6月17日(土) 10時は第一期みんなでワークショップの記録映画、13時半は第三期の記録映画と、新しいプロモーションビデオ。場所はみどりアートパークホールです。  どうしてこの映画を今上映するのかというと、相模原障害者殺傷事件を超える社会をどうやって作っていくかの手がかりをつかみたいからです。事件の容疑者は「障害者はいない方がいい」とか「生きている意味がない」などと言いました。「それはちがう」「間違ってる」と言葉で反論するだけでは、容疑者のような人間を生み出した社会は変わりません。社会を変えないと、また同じような事件が起きます。横浜市瀬谷区で障がいのある人たちのグループホームの建設計画が住民の反対でつぶされた事件がありましたが、「障害者はここに来るな」「ここに住むな」という主張は容疑者の言っていることと本質的には変わりません。障害者はなんとなくいや、理解力が低い、生産性が低い、社会の負担、と考える人は多いと思います。  そんな中で、社会をいい方向へ変えるにはどうしたらいいのか、ということです。  それはやはり「障がいのある人たちはこの社会にいた方がいい」「障がいのある人たちは生きてて意味がある」という言葉に共感する人を増やすことだろうと思います。そのためには「この社会にいた方がいい」「生きてて意味がある」と誰もが思えるような事実を作り出すことだと思います。  ぷかぷかは街の中に障がいのある人たちの働くお店を作り、「ぷかぷかが好き!」「ぷかぷかのファンです」という人たちをたくさん作り出してきました。それはお店で彼らと出会い「彼らはこの社会にいた方がいい」「彼らは生きてて意味がある」と思った人たちです。そういう人たちを増やすことで、ぷかぷかのまわりの地域社会を少しずつ変えてきました。  映画『ぷかぷか』は障がいのある人たちと地域の人たちがいっしょに芝居作り=演劇ワークショップをやった記録です。あれができない、これができないといわれている人たちと、いっしょに新しい芝居を作ったのです。彼らを「支援」するとか、「やってあげる」関係ではなく、どこまでもフェアに向き合い、いっしょに作りました。  彼らといっしょにやる芝居作りはほんとうに楽しいです。楽しいだけでなく、作り出す芝居の幅が彼らがいることでグ〜ンと広がり、彼らは本当になくてはならない存在です。  「障がいのある人たちは社会にいた方がいい」そのことがよく見える映画です。新しいものを創り出す活動の中で「障がいのある人たちがいた方がいい」と思えることは、障がいのある人たちとの関係に新しい希望、新しい可能性をもたらしたと思います。彼らといっしょにやった演劇ワークショップは、そういった新しい希望と可能性を生み出したと言っていいと思います。  映画の中の彼らは、もう、「あれができない、これができない、役に立たない人たち」ではありません。彼らがいなければ、芝居作りが成り立たないほどの存在なのです。              
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