ぷかぷか日記

みんなでワークショップ

  • ほんまにうまくできるんか、とはらはらしながら…
    第五期演劇ワークショップの6回目。 青い目のミツバチたちの踊りを作るためにプロのダンサー伊藤多恵さんに来てもらいました。 www.jafra.or.jp  ほらくま学校の「なんでもいいからいちばんになれ」の目標にみんな振り回されている社会にあって、青い目をしたミツバチたちは全くマイペースで日々を送っています。  赤い手の長い蜘蛛と、銀色のナメクジ、顔を洗ったことのない狸がそろってほらくま学校を卒業し、謝恩会などをやりながらも、腹の中ではお互い  「へん、あいつらに何ができるもんか、これから誰たれがいちばん大きくえらくなるか見てゐろ」 と思っていました。かたくりの花の咲く春です。  《ちゃうどそのときはかたくりの花の咲くころで、たくさんのたくさんの眼の碧あをい蜂はちの仲間が、日光のなかをぶんぶんぶんぶん飛び交ひながら、一つ一つの小さな桃いろの花に挨拶あいさつして蜜みつや香料を貰もらったり、そのお礼に黄金きんいろをした円い花粉をほかの花のところへ運んでやったり、あるいは新らしい木の芽からいらなくなった蝋らふを集めて六角形の巣を築いたりもういそがしくにぎやかな春の入口になってゐました。》  赤い手の長い蜘蛛が、なんとか一番になろうとがんばってがんばって巣をどんどん広げ、えさをとりまくり、ため込みすぎたえさがどろどろに腐って、蜘蛛もいっしょに腐って地面に落ちてしまいます。つめくさの花の咲く夏です。  《ちゃうどそのときはつめくさの花のさくころで、あの眼の碧あをい蜂はちの群は野原ぢゅうをもうあちこちにちらばって一つ一つの小さなぼんぼりのやうな花から火でももらふやうにして蜜みつを集めて居りました。》  銀色のナメクジは、やってきたかたつむりをとトカゲを相撲で投げ飛ばしたり、うまいこといって食べてしまいます。ぐんぐん大きくなって、カエルが来たときも相撲で投げ飛ばすのですが、塩をまかれ、溶けてしまいます。蕎麦の花が咲く秋でした。  《さうさうこのときは丁度秋に蒔まいた蕎麦そばの花がいちめん白く咲き出したときであの眼の碧あをいすがるの群はその四っ角な畑いっぱいうすあかい幹の間をくぐったり花のついたちひさな枝をぶらんこのやうにゆすぶったりしながら今年の終りの蜜みつをせっせと集めて居りました。》  顔を洗ったことのない狸は「山猫大明神様の思し召しじゃ」とか、うまいこといってウサギとオオカミを食べてしまいます。オオカミが持ってきたもみの袋も食べてしまい、そのもみがおなかの中でどんどん育ち、おなかが破裂します。冬の始まりの頃でした。  《このときはもう冬のはじまりであの眼の碧あをい蜂はちの群はもうみんなめいめいの蝋らふでこさへた六角形の巣にはひって次の春の夢を見ながらしづかに睡ねむって居りました。》  この、春、夏、秋、冬の場面のミツバチたちの踊りを考えました。  伊藤さんは季節ごとのちょっとしたエピソードを拾い上げ、一人一人から表現を引き出していきます。  たとえば春の場面で 《日光のなかをぶんぶんぶんぶん飛び交ひながら…》の「ぶんぶん」はどうする? 《一つ一つの小さな桃いろの花に挨拶あいさつして蜜みつや香料を貰もらったり》の「もらったり」波動する?  と、みんなに聞き、アクションで返してもらいます。そのアクションを今度はみんなでやります。そういったことを繰り返しながら、その場面での振り付けをどんどん作っていきます。わずか2時間足らずで春、夏、秋、冬の場面の振り付けを作ってしまいました。  この振り付けにチェロとピアノが入ります。チェロは日本フィルハーモニーの江原さん、ピアノはオペラシアターこんにゃく座の湯田さんです。春、夏、秋、冬を同じ楽譜でイメージを変えて即興で演奏してくれました。 www.youtube.com 花岡さんの感想です。 久々にダンスなるものをやりました。 講師の振り付けをひたすら覚えるダンスしか経験なかったので、   ブンブンはどうする? もらうはどうする? あげるはどうする?   とみんなで考えた振りをつなげてダンスにしてしまう流れがとっても楽しかったです。 面白い振りを考えるのには、結構自信がありましたが、 二見さんの振り付けが、もう天才的に面白く、どう頑張っても、逆立ちしてもマネできないレベルでとっても悔しかったです笑            ●● 金沢から参加した菊池さんは ダンスつくるプロセス。あんなに自由にそれぞれの内から出てくる動きをつなぎ合わせて。 個人から出た動きをみんなの動きに変化させるマジックみたいでした。 ●●  今回初参加のMiyanoさんは ダンス、とにかく楽しかったです。もともとダンスには苦手なのですが、ひたすら楽しくできました。うまくやらなきゃ、とかいいとこ見せなきゃ、という気持ちを持たずにできたからかと思います。それもやはり、ミツバチチームボルトさん、いくちゃん、さらにななちゃんのおかげです。全力で取り組んでいたので、私もただ全力で楽しむことができたんだと思います。朝、ゆみっちさんに会ったとき、ずっとやってたいくらい楽しいよと言われたのですが、本当にそうでした。 他のチームも、1人ひとりの存在がすごい・・。 改めて、表現するってどうゆうことか、考えてしまいました。 あまりに楽しかったので、来週のワークショップも参加できるように調整しております。  ●●  蜘蛛の場面はデフパペットシアターひとみの人たちとの影絵とのコラボになります。 子どもの蜘蛛たち 怪しい山猫大明神のお祓いの練習 ダンスの打ち合わせ ちょっと休憩 音楽ディレクター藤木さんと 金沢から参加した菊池さんの感想です。 ●● 今回で2回目の参加でしたが、 練習回数が残り少ないをわかっていたので、ちょっとした焦りも漂う雰囲気を感じていました。 自分らしさというか、お茶目さなのか。それぞれなぷかぷかさん達をみていて、本番を経験したことのない私は、正直 「このままでいいの?!」 というきもち… それでも、ワークショップが終わる頃には失敗とか成功ではなくて、今、この場に様々な人がいることが、まず素晴らしいことなんだ。 と思いました。 ずっと近くにいて、お昼ゴハンも一緒に食べようと誘ってくれたぷかぷかさんと関わる中で、ぷかぷかさん達だけじゃなく、参加しているみんなや観てくれる人でつくるのが 「表現の市場」なのかもしれない。 “私たちが共に在るという表現” それは、ぷかぷかさん達と一緒じゃないと完成しないよなぁ。 と思います。 …そうだとしても、何十人という多様な人を一緒にステージに立たせようとする高崎さんたちのパワーを感じずにはいられませんでした。  ●●   26日にもう一回ワークショップをやり、27日午前中舞台でリハーサル、午後本番です。ほんまにうまくできるんか、とはらはらしながら先へ進めるこの時期が一番楽しいです。  27日「表現の市場」で発表します。 n                              
  • ぷかぷかさんたちが社会に必要な理由が、また一つ加わった気がします。
     第5期5回目の演劇ワークショップがありました。   ほら熊学校の校歌を歌いましたが、 歌いながらあらためて   なんでもいいから いちばんになれ   なんでもいいから いちばんになれ   なんでもいいから いちばんになれ ということばが目指す世界のむなしさを思いました。はじめはこのことばを超えるものをぷかぷかさんと一緒に作りたいと思っていましたが、彼らといっしょにワークショップをやっていると、なんだかムキになって作るほどのものでもないように思えてきました。  一番のきっかけは3回目のワークショップでした。そのときのブログにはこんなふうに書いています。  歌詞に「なんでもいいからいちばんになれ」とあるので、「大金持ちになるには、どうしたらいいか」を提案しました。「大金持ちになる」というのは、すごくわかりやすいと思ったのです。  ところがその目標に興味を持った人はほぼゼロでした。もっとほかのことで一番になりたいというのです。お金こそ一番価値があり、みんな共感してくれると思っていた私の浅はかさに、初っぱなから気がついたというわけです。  生産性はお金をどれだけ生み出すか、で測られます。お金こそ一番の価値であると社会のみんなが思っているからです。でも、ぷかぷかさんはそうじゃありませんでした。世の中、もっと大事なもの、大事にすべきものがあるんじゃないか、って。「大金持ちになる」という提案を、全然興味ないよ、っていわれて、あらためてぷかぷかさん達が提案する「価値」にこそ耳を傾けようと思いました。  南青山で児童相談所の建設に反対する人たちは「土地の価値が下がる」などといってますが、なんだかなぁ、とむなしくなります。なんでもいいからいちばんになれ、と、がんばってきた人たちのことばです。彼らは何を守ろうとしているのでしょう。何を大事にしようとしているのでしょう。  そういう価値観とは全く関係ないところで生きているぷかぷかさんたち。だから彼らの周りには、ホッとするような空気感にあふれているのだと思います。  舞台では目の青いミツバチたちが、「なんでもいいからいちばんになれ」というほら熊学校の方針とは全く関係なく、ぶ〜んと飛び回っています。  この目の青いミツバチこそ、「なんでもいいから いちばんになれ」と追いまくられている社会にあって、マイペースで生きるぷかぷかさんたちではないかと思います。  「こんなに素直に生きてていいんだ、と気づくことができました。」 は、ぷかぷかさんといっしょに演劇ワークショップをやった学生さんの感想です。ほんの1時間程度のワークショップでしたが、学生さんはぷかぷかさんと出会い、自分の人生を振り返る機会になりました。  南青山の人たちも、ぷかぷかさんのような人たちと出会う機会があれば、もう少しちがうことばが出てきたのではないかと思います。  ぷかぷかさんたちが社会に必要な理由が、また一つ加わった気がします。  演劇ワークショップの発表会は来年1月27日(日)午後2時からみどりアートパークホールで開かれる「表現の市場」で行います。  
  • その惨めさをぷかぷかさん達は、彼らのセンスで救った気がした
     第5期演劇ワークショップ第4回目です。  「はやいはえらい 大きいはえらい、なんでもいいからいちばんにな〜れ」という、いわば「生産性の論理」を超えるものをぷかぷかさんたちと一緒に作り出したい、という思いで、今期、いろいろやってきました。でも、どうもうまくいきません。前回は「大金持ちになって一番になるにはどうしたらいいか」と、わかりやすいテーマを投げかけたつもりでしたが、大金持ちになることに興味を持つ人はほぼゼロでした。  発表会まであと3回。そろそろ台本を起こさないと間に合いません。先日開いた進行サイドの打ち合わせでも名案は出ず、やむなく宮澤賢治の原作をそのままぶつけてみることにしました。原作は結構グロテスクな場面があって、みんないやがってしまうのではないか、と心配していました。   ほらクマ学校の入学式の場面で、ウサギとカメのかけっこの話が出てきます。4チームに分かれて、どうしてカメはウサギに勝ったのかというお話を作りました。これが思いのほか楽しいお話がでてきました。  甲羅を脱いで、中身だけ走っていく、というコウキさんの案はすばらしいと思いました。ふだんの遅いカメは、みんなを欺く姿で、中身は実は早かった、というわけです。ウサギもまんまと騙された、と。  カメは泳いでいけばいい、というアズミさんの案は海の近くで干潮時をうまく使って勝つ、という案になりました。  スクーターに乗って勝つ、という案はショーへーさんの案ですが、カメがスクーターに乗る、という突拍子もない案がいいと思いました。  コンビニに寄らせて睡眠薬入りのコーヒーを飲ませる、というなんはきわめて人間くさくておもしろいと思いました。  そういう前置きのようなお話作りがまずあって、午後、原作の台本をやってみました。台本を読むのは,なかなかスムーズに読めず、結構厳しいものがありました。  でも実際に立って発表してみたら、思いのほか楽しい芝居になりました。  なめくじはヘビにかまれたといってやって来たトカゲを,私がなめれば直ります、とかうまいこといってトカゲを溶かして食べてしまいます。でも、次にやってきたカエルに塩をまかれ、溶けてしまいます。  カエルに塩をまかれ、ナメクジは溶けてしまいます。  ところがその溶けかかったナメクジが「助けて」というと、なんとナメクジにとかされたはずのトカゲの一部が駆け寄り、ナメクジを助けようとするのです。   こんなことは台本にはなく、優しいコンノさんが「助けて」の声を聞き、とっさに助け出そうとしたようでした。自滅するナメクジを助け出した、というか、なんと表現すればいいのか、一番になろうとして、結果的に自滅していくものに対して、こういう救いがあってもいいなと思いました。  彼らは「生産性の論理」に対して、アーダコーダの批判はしません。ただ困った人が目の前にいれば、全力で助ける。ただそれだけです。  タヌキは怪しい山猫大明神をまつり立て、「なまねこ、なまねこ、世の中のことはな、みんな山猫さまのおぼしめしのとほりぢゃ。おまへの耳があんまり大きいのでそれをわしに噛かじって直せといふのは何といふありがたいことぢゃ」と、うさぎの耳を食べ、足をかじります。ウサギは「あゝありがたや、山猫やまねこさま。おかげでわたくしは脚がなくなってもう歩かなくてもよくなりました。あゝありがたいなまねこなまねこ。」というのですが、これをななちゃんがやると、なんともおぞましい場面が、カラッと明るい感じで終わりました。  次にやって来たオオカミには「わしはお前のきばをぬくぢゃ。このきばでいかほどものの命をとったか。恐ろしいことぢゃ。な。お前の目をつぶすぢゃ。な。この目で何ほどのものをにらみ殺したか…お前のあたまをかじるぢゃ。むにゃ、むにゃ。なまねこ。お前のあしをたべるぢゃ。なかなかうまい。なまねこ。むにゃ。むにゃ。おまへのせなかを食ふぢゃ。」と恐ろしいセリフが続くのですが、ヨッシーがいうと、なんともおかしい雰囲気になりました。そうやって全部食べられてしまったオオカミがタヌキの腹の中で「こゝはまっくらだ。あゝ、こゝに兎うさぎの骨がある。誰たれが殺したらう。殺したやつはあとで狸に説教されながらかじられるだらうぜ」というのですが、これもツジさんが言うと、悲壮感が全くないものになりました。  これを見ながら昔教員をやっていた頃にやった芝居を思い出しました。沖縄をテーマにした芝居で、沖縄戦を語る場面。「明日の朝、あの村をこの大砲で攻撃する。あの村は全滅だぁ」と兵隊が言います。ところが兵隊をやった生徒の歩き方、いい方が、何度練習しても、なんともおかしくて、笑ってしまいました。台本では重苦しい場面が、生徒に救われたのです。  それと同じことが起こったと思いました。  ほらクマ学校を卒業した三人は、ほらクマ先生の言いつけを守って、それぞれ何が何でも一番になろうとがんばりました。その結果はいずれも自滅するという惨めな結果でした。生産性の論理に追われた人間が自分を見失い、自分をだめにしていくのと重なります。その惨めさをぷかぷかさん達は、彼らのセンスで救った気がしたのです。  ミツバチたちはほらクマ先生に「なんでもいいから一番になれ」といわれるのですが、ただぶ〜んと飛び回るばかりで、全く乗ってきません。そして三人が自滅したあとも、自分たちのペースで相変わらずぶ〜んと飛び回っています。 www.youtube.com  自滅した三人を見てほらクマ先生は 「あゝ三人とも賢いいゝこどもらだったのにじつに残念なことをした」 と言いながら大きなあくびをします。  そしてほらクマ学校の校歌をみんなで歌います。 ♪ カメはのろまに 歩いて見せた ウサギだまされ昼寝した   早いはえらい 大きいはえらい 勝てばそれまで だまされたが悪い  なんでもいいから 一番にな〜れ なんでもいいから 一番になれ   なんでもいいから 一番にな〜れ なんでもいいから 一番になれ  最初に歌ったときと、多分聞こえ方が違います。その違いが、この芝居をぷかぷかさん達がやることの意味ではないかと思っています。  来年1月27日(日)の午後にみどりアートパークホールで発表会です。ぜひ来て下さい。  金沢から参加した方の感想   今回のワークショップで感じたことは “誰の存在もないものにしない。されない。” というような感覚です。 そして、どこかに連れて行こうとするのではなく、ある一定の緩やかなフィールドを提示して、その中で “ なるほど。そいうのもありだね ” とか… “ いまのその感じいいね ” とか… 否定、不可、容認されないことがない…というか、 まず、そこにいる誰の存在も否定しない。というような安心感でした。 表出する言動をどうのこうのではなく、「みんなでワークショップ」名前の通りの場だった と思います。  印象に残った場面は二つ。  一つは、「うさぎとかめのお話」をみんなで作るワーク。 どんな方法で、かめがうさぎに勝ったのかを自分たちで考えたグループの発表は、 ・かめがスクーターに乗る ・かめは甲羅を脱いだら、実は速かった ・うさぎに睡眠薬をのませる ・ゴールの手前に波が来て、うさぎが渡れなくなる 自分の中には、いつの間にか、スクーターも睡眠薬も存在しない場面設定が出来上がってい たことに気づかされました。確かに、現代だったらスクーターもあるし、かめは本当は速いんだという可能性があったっていい。 そこに裏付けとか、根拠とか、いつの間にかできてしまっていた先入観とかが存在しない面白さがありました。  もう一つは、「台本をよんで演じる」ワーク。 ナメクジに食べられてしまったはずのトカゲ役のぷかぷかさんが、ナメクジ役のぷかぷかさんがピンチになって 「たすけて~...。」 とアドリブで言うと、 「いいよ~。」 と言って、手を差し伸べた場面。 気持ちがほっこり耕されたようでした。 “生産性のない人が社会に必要な理由” ということで高崎さんが話されていたこと、なぜ自分がダンスを続けているのか。というこ と “心を耕す” やっぱりこれなんだな~。と感じました。 知らず知らずのうちに、固まっていた自分の心も耕してもらえたようです。  
  • 「大金持ちになる」という目標に興味を持った人はほぼゼロでした。
     10月20日(土)第五期演劇ワークショップの3回目のワークショップをやりました。  「あの広場の歌」を歌いました。   ♪ 昔 広場に一本の柱   ここに立てよう  目には見えない柱を   昔 広場に一本の柱   ここではじまったぷかぷか  いまここで  www.youtube.com  みんなが元気に歌っている姿を見ると、 【障がいのある人たちに惚れ込み、彼らと一緒に生きていこうと、8年前、一本の柱を立てた。柱のまわりに、少しずつ少しずつ人が集まり、歌が生まれ、人は踊り出し、物語がはじまった】ことを、あらためて実感するのです。  来年1月27日の発表会の舞台だけでなく、12月8日(土)の神奈川県主催の「共生社会実現フォーラム」の舞台でも歌います。  ほらクマ学校の校歌を歌いました。  歌詞に「なんでもいいからいちばんになれ」とあるので、「大金持ちになるには、どうしたらいいか」を提案しました。「大金持ちになる」というのは、すごくわかりやすいと思ったのです。  ところがその目標に興味を持った人はほぼゼロでした。もっとほかのことで一番になりたいというのです。お金こそ一番価値があり、みんな共感してくれると思っていた私の浅はかさに、初っぱなから気がついたというわけです。  生産性はお金をどれだけ生み出すか、で測られます。お金こそ一番の価値であると社会のみんなが思っているからです。でも、ぷかぷかさんはそうじゃありませんでした。世の中、もっと大事なもの、大事にすべきものがあるんじゃないか、って。「大金持ちになる」という提案を、全然興味ないよ、っていわれて、あらためてぷかぷかさん達が提案する「価値」にこそ耳を傾けようと思いました。  クモは股の間から新しい蜘蛛の巣を生み出してどんどん大きくしていきます。宮澤賢治の原作では、はじめ2銭銅貨くらいの大きさの巣から始まって、だんだん大きくなり、えさがとれすぎて、そのえさが腐敗し、自滅するお話でした。ところがぷかぷかさん達の作った蜘蛛の巣は、どんどんたくさんの人を巻き込んで、お空の雲になった、という、なんだか夢のあるお話でした。  大きいことの価値がどこかですり替わっているのだと思いました。  ナメクジグループは「カタツムリンピック」で一等になること、タヌキは腹の太鼓で一等になることを提案しました。  午後は伊藤多恵さんをお招きして、ダンスのレッスンをやりました。これがすごく面白かった。  伊藤多恵さんはこんな方です。  一般財団法人 地域創造 - 公共ホール現代ダンス活性化事業 登録アーティスト  年明けにベトナムで公演、オペラシアターこんにゃく座の新作の振り付け、とものすごく忙しい方です。  『ほらクマ学校を卒業した三人』には、目の碧い蜂が登場するところがあります。ほらクマ先生のいう、「なんでもいいからいちばんにな〜れ」という価値観とは全く関係ないところで生きている蜂たちです。 その蜂たちのダンスを作りました。  なんとなくからだをほぐす体操をやっているのかと思っていたら、みんなの体が生き生きと動き始め、気がつくと創作ダンスをやっていました。場の作り方、場の動かし方がすばらしいと思いました。 www.youtube.com www.youtube.com www.youtube.com www.youtube.com 伊藤さんの感想 小さい子どもや年季の入った大人や眠そうな人やめちゃくちゃ元気な人や後ろにいる人や前にいる人や色々なメンバーがいるのに全体の空気が柔らかく、過ごしてきた時間が豊かだったんだなあと感じました。  今までにないくらい場がはずんだので、伊藤さんにはもう一回くらい来てもらおうと思っています。  発表まであと4回。どんな風にまとまって行くのか、ハラハラしながらの進行です。 
  • 「手も足もないナメクジが、どうしてすもうをとるんだ。それはおかしい」
     9月22日、第5期2回目の演劇ワークショップがありました。今期は宮澤賢治作『ほらクマ学校を卒業した三人』を取り上げるのですが、中身はわりとエグい話というか残酷な話なので(といっても、これは人間から見た感想であって、生き物にとっては相手を食べてしまうのは当たり前の話)、場合によっては、 「こんなのいや」 という人が出てくるかも知れません。それでも、すごく面白いところもあったり、ほらクマ先生のいう 「なんでもいいから一番になれ」 という教育方針は、今の社会が目指すものと重なるところがあって、そこをぷかぷかさんたちといっしょに 「それはちがう」 ということがうまく表現できないか、という思いがあります。  まずはお話の概要を進行役のはなちゃんに話してもらいました。 赤い手の長いクモと、銀いろのナメクジと、顔を洗ったことのないタヌキが一緒にほらクマ学校に入りました。ほらクマ先生は校歌の中でこんなことを教えました。   ♪ カメはのろまに 歩いて見せた ウサギだまされ昼寝した   早いはえらい 大きいはえらい 勝てばそれまで だまされたが悪い  なんでもいいから 一番にな〜れ なんでもいいから 一番になれ   なんでもいいから 一番にな〜れ なんでもいいから 一番になれ    三年たって三人は仲良くほらクマ学校を卒業しました。三人はうわべは大変仲よさそうにほらクマ先生を呼んで謝恩会をやったり、自分たちのお別れ会をやったりしていましたが、お互いにみな腹の中では 「へん、あいつらに何ができるもんか、これから誰が一番大きくえらくなるか見ていろ」 と、そのことばかり考えていました。  さて会も済んで、三人は銘々うちに帰ってきて、いよいよ習ったことを自分でほんとうにやることになりました。   ちゃうどそのときはかたくりの花の咲くころで、たくさんのたくさんの眼の青い蜂の仲間が、日光のなかをぶんぶんぶんぶん飛び交ひながら、一つ一つの小さな桃いろの花にあいさつして蜜や香料をもらったり、そのお礼に金色をした円い花粉をほかの花のところへ運んでやったり、あるいは新らしい木の芽からいらなくなったロウを集めて六角形の巣を築いたりもういそがしくにぎやかな春の入口になっていました。     クモは大きくなろうと、もう一生懸命であちこちに十も網をかけたり、夜も見張りをしたりしました。ところが困ったことに食物があんまりたまって、腐敗したのです。そして蜘 蛛の夫婦と子供にそれがうつりました。そこで四人は足のさきからだんだん腐れてべとべ とになり、ある日とうとう雨に流されてしまいました。  ナメクジは訪ねてきたカタツムリたちに親切でしたが、相撲をやって投げ飛ばし、気を失ったカタツムリやトカゲたちを食べて、どんどん大きくなりました。カエルも相撲をとって食べるつもりでしたが、塩をまかれ、ナメクジはとけてしまいました。    タヌキは自分のお寺へ帰っていましたが、腹が減って困っていました。訪ねてきたウサギに 「山猫大明神さまのおぼしめしじゃ、なまねこなまねこ」 と妖しいお経を上げながらウサギを食べてしまいます。続いてやってきたオオカミも食べてしまいます。 オオカミが持ってきた籾三升も飲み込んでしまいます。籾がお腹の中でどんどんふくらんで、25日めに狸はからだがゴム風船のようにふくらんでそれか らボローンと鳴って裂けてしまいました。 と、概要を話したあと、クモ、ナメクジ、タヌキのグループに分かれ、簡単なお話を作ってもらいました。グループに渡した台本は原作の一部分です。 クモの台本  「ここはどこでござりまするな。」                     と云いながらめくらのかげろうが杖をついてやって来 た。         「ここは宿屋ですよ。」                          と蜘蛛が云った。 かげろうはやれやれというように、巣へ腰をかけました。蜘蛛は走って出ました。そして                       「さあ、お茶をおあがりなさい。」                     と云いながらいきなりかげろうのおなかに噛みつきまし た。
かげろうはお茶をとろうとして出した手を空にあげて、バタバタもがきながら、        「あわれやむすめ、父親が、旅で果てたと聞いたなら」           と哀れな声で歌い出しました。                      「えい。やかましい。じたばたするな。」                  と蜘蛛が云いました。するとかげろうは手を合 せて            「お慈悲でございます。遺言のあいだ、ほんのしばらくお待ちなされて下されませ。」                                 と ねがいました。
蜘蛛もすこし哀れになって               「よし早くやれ。」                            といってかげろうの足をつかんで待っていました。かげろうはほんとうにあわれな細い声ではじめから歌い直しました。 「あはれやむすめちゝおやが、旅ではてたと聞いたなら、  ちさいあの手に白手甲、いとし巡礼の雨とかぜ。  非道の蜘蛛の網ざしき、さはるまいぞや。よるまいぞ。」  「小しゃくなことを。」                          と蜘蛛はただ一息に、かげろうを食い殺してしまいました。そし てしばらくそらを向いて、腹をこすってからちょっと眼をぱちぱちさせて、又糸をはきま した。 ナメクジの台本  ある日雨蛙がやって参りました。 「なめくじさん。こんにちは。少し水を呑ませませんか。」 と云いました。 なめくじはこの雨蛙もペロリとやりたかったので、思い切っていい声で申しました。 「蛙さん。これはいらっしゃい。水なんかいくらでもあげますよ。ちかごろはひでりです けれどもなあに云わばあなたと私は兄弟。ハッハハ。」 蛙はどくどくどくどく水を呑んでからとぼけたような顔をしてしばらくなめくじを見て から云いました。 「なめくじさん。ひとつすもうをとりましょうか。」 なめくじはうまいと、よろこびました。自分が云おうと思っていたのを蛙の方が云ったのです。こんな弱ったやつならば五へん投げつければ大ていペロリとやれる。 「とりましょう。よっしょ。そら。ハッハハ。」 かえるはひどく投げつけられました。 「もう一ぺんやりましょう。ハッハハ。よっしょ。そら。ハッハハ。」 かえるは又投げつ けられました。するとかえるは大へんあわててふところから塩のふくろを出して云いまし た。 「土俵へ塩をまかなくちゃだめだ。そら。シュウ。」 塩が白くそこらへちらばった。 なめくじが云いました。 「かえるさん。こんどはきっと私なんかまけますね。あなたは強いんだもの。ハッハハ。 よっしょ。そら。ハッハハ。」 蛙はひどく投げつけられました。 そして手足をひろげて青じろい腹を空に向けて死んだようになってしまいました。銀色 のなめくじは、すぐペロリとやろうと、そっちへ進みましたがどうしたのか足がうごきま せん。見るともう足が半分とけています。 「あ、やられた。塩だ。畜生。」 蛙はそれを聞くと、かばんのような大きな口を一ぱいにあけて笑いました。そしてなめくじにおじぎをして云いました。 「いや、さよなら。なめくじさん。とんだことになりましたね。」 なめくじが泣きそうになって、 「蛙さん。さよ......。」 と云ったときもう舌がとけました。雨蛙はひどく笑いながら 「さよならと云いたかったのでしょう。本当にさよならさよなら。わたしもうちへ帰って からたくさん泣いてあげますから。」 と云いながら一目散に帰って行った。 タヌキの台本 狼が籾を三升さげて来て、どうかお説教をねがいますと云いました。 そこで狸は云いました。                         「お前はものの命をとったことは、500や1000ではきくまいな。生きとし生けるものならば なにとて死にたいものがあろう。それをおまえは食ったのじゃ。早くざんげさっしゃれ。 でないとあとでえらい責苦にあうことじゃぞよ。おお恐ろしや。なまねこ。なまねこ。」                      狼はすっかりおびえあがって、たずねました。             
 「そんならどうしたらいいでしょう。」
                  狸が云いました。                               「わしは山ねこさまのお身代りじゃで、わしの云うとおりさっしゃれ。なまねこ、なまねこ…」
                           「どうしたらようございましょう。」                   「それはな。じっとしていさしゃれ。わしはお前のきばをぬくじゃ。このきばでいかほど ものの命をとったか。恐ろしいことじゃ。お前の目をつぶすじゃ。この目で何ほどのもの をにらみ殺したか、恐ろしいことじゃ。それから。なまねこ、なまねこ、なまねこ。お前 のみみをちょっとかじるじゃ。これは罰じゃ。なまねこ。なまねこ。こらえなされ。お前のあ たまをかじるじゃ。むにゃ、むにゃ。なまねこ。この世の中は堪忍が大事じゃ。なまねこなまねこ。 むにゃむにゃ。お前のあしをたべるじゃ。なかなかうまい。なまねこ。むにゃ。むにゃ。 おまえのせなかを食うじゃ。ここもうまい。むにゃむにゃむにゃ。」         とうとう狼はみんな食われてしまいました。
そして狸のはらの中で云いました。 「ここはまっくらだ。ああ、ここに兎の骨がある。誰が殺したろう。殺したやつはあとで 狸に説教されながらかじられるだろうぜ。」            狸はやかましいやかましい蓋をしてやろう。と云いながら狼の持って来た籾を三升風呂敷のまま呑みました。  ところが狸は次の日からどうもからだの工合がわるくなった。どういうわけか非常に腹 が痛くて、のどのところへちくちく刺さるものがある。 はじめは水を呑んだりしてごまかしていたけれども一日一日それが烈しくなってきてもう居ても立ってもいられなくなった。 とうとう狼をたべてから二十五日めに狸はからだがゴム風船のようにふくらんでそれか らボローンと鳴って裂けてしまった。  この台本をそのままやるのではなく、グループごとに話し合い、この台本から見えてくる情景をまず絵に描いてもらいました。  クモのグループにいたタカハシのおじさんは、台本を読んでも最初どういうお話かよくわからなかったのですが、ヨッシーが目の見えないカゲロウをやるといいだし、それがきっかけで絵が描き上がり、芝居ができました、とおっしゃっていました。  絵の発表 芝居の発表  ナメクジグループでは、ショーへーさんが 「手も足もないナメクジが、どうしてすもうをとるんだ。それはおかしい」 と言い出したのがきっかけで、手も足もあるナメクジを描き始め、そこからイメージが広がっていったそうです。  はじめは芝居をやる気があるのかないのかはっきりしなかったのに、いざ発表になると行司役をやったイクミさんは、練習にもなかったセリフ 「ひが〜し〜、なめくじやま〜、に〜し〜、かえるやま〜 なんていいだし、なんかすごいなぁ、とおっしゃってました。  みんなが絵を描いているそばで、こんな関係ができるところがぷかぷかのワークショップのいいところです。 絵の発表 芝居の発表 ひが〜し〜、なめくじやま〜 はっけよ〜い のこった、のこった… 塩をまかれて、ナメクジは足からとけてしまいました。  タヌキグループはテラちゃんがタヌキの絵を迷いなく一気に描き、それにあわせてハヤチャンがオオカミを描いたところから動きが始まりました。 絵の発表 芝居の発表 食べられるオオカミのパーツ(きば、頭、背中など)に別れて表現したところがすばらしかったと思います。  今回、とりあえず芝居を作っていく手がかりがつかめました。これをどう広げていくかが、そこにぷかぷかのメッセージがどれだけ込められるか。最初にメッセージありき、ではつまらないので、ぷかぷかさんと一緒に作っていく中で、どこまでそういったものを見つけられるか、だと思います。  10月には、クモにカゲロウが食べられるところをデフパペットシアターひとみの人たちに「浄瑠璃」でやってもらう予定です。 「あはれやむすめちゝおやが、旅ではてたと聞いたなら、  ちさいあの手に白手甲、いとし巡礼の雨とかぜ。  非道の蜘蛛の網ざしき、さはるまいぞや。よるまいぞ。」 また、青い目の蜂たちが飛び回るシーンをプロの振り付け師と一緒に作ろうと思っています。  これからどんどん面白くなります。
  • 自分のように悩んでいる子がいたら「大丈夫だよ」と抱きしめてあげたい
     先日ワークショップに参加した高校生のタイガくんは小学生の頃、吃音でいじめられたそうです。中学1年生の時に書いた作文をお母さんが見せてくれました。 ●●●  「そのしゃべり方、いらいらするからやめてくれる?」 小学校3年生の時、突然そういわれて、吃音のある僕は何も言い返すことができなかった……。僕の場合は、最初の語句がつっかえたり、「…っ、…っ」と言葉が出てこなくなったりしてしまう…。どもると、笑われたり、まねをされたり、「どもり星人」とからかわれたりした。そんな時、僕は一緒にふざけて笑っていたけれど、本当は体の中の水分が全部涙になってしまうような気がしていた。自分の伝えたいことがうまく伝えられないもどかしさ…。心の中は劣等感の塊で、僕は何度も自分が嫌いになった。  そんな僕が吃音と少しずつ向き合うことができるようになった。そのひとつはA君の存在だ。5年生になって、僕は特別支援級のA君と仲良くなった。ある時、A君と話をしていると、言葉が詰まって出てこなくなった。出そうとすればするほど、顔はゆがみ、肩に力が入る。その時A君は 「はいー。深呼吸100万回ー。落ち着いて。落ち着いて。」 と、僕の背中をさすってくれた。今まで笑われてばかりいた僕はびっくりした。そして自分のことをわかってもらえたことに、心が喜びでいっぱいになった。そしてA君は、自分は大きな音が苦手であることを話してくれ、「お互い、いろいろあるけれど、がんばろう!」と励ましてくれたのだ。A君の優しくて力強い手のひらのぬくもりが伝わった。  ふたつめは「言友会」のみなさんとの出会いだ。言友会は、吃音の人たちが集まっていろいろな思いを語り合うセルフヘルプグループ…  交流会で一番驚いたのは、吃音で言葉がつまっても、話すことをやめないで、誠実に最後まできちんと話していることだ。決して流ちょうとは言えないが、優しく相手に考えや思いを伝えている。ただ慰め合うだけの会ではなく、自分としっかり向き合って努力しているんだなと感動した。それに比べて、僕はどもりそうになると、話すのを途中でやめてしまうことが多かった…。「どもるのが悪い」と吃音のせいにしてきたが、本当は自分のせいだったのだと気づかされた。  この春、僕は中学生になった…。新しいクラス、新しい友だちに今まで伝えられずにいた自分の素直な気持ちを伝えてみた。 「なぜこんな話し方になるのかよくわからないんだけれど、吃音だから、こんなふうにどもっちゃうんだ。でも、みんなわかって欲しい。笑わないで欲しい。」 と。友だちは「そっか…」といって黙って聞いてくれた。「わかる、わかる、しんどいよね」と共感してくれる友だちもいて、僕は自分の気持ちを伝えてよかったと思った。自分の思いを受け止めてくれる友だちがいる。まるでA君が隣にいて、背中をさすってくれるように僕の体温があたたかくなった…   人は人によって傷つけられてしまうけれど、一方で、人によって救われることもある。「大丈夫だよ」「そのままでいいんだよ」とたった一言、いってもらうだけで気持ちが楽になり、明日もがんばろうと勇気が湧いてくる。  僕は、これから少しずつ大人になっていくけれど、吃音への理解がもっと深まり、吃音のある人が吃音のままでも大丈夫な社会になったらいいと思う。将来僕は小学校の先生になって、自分のように悩んでいる子がいたら「大丈夫だよ」と抱きしめてあげたい。相手の心の痛みがわかる人になりたい。僕がA君にしてもらったように。 ●●●  人は傷つき、悩むことで、こんなにも成長するんだとあらためて思いました。中1とは思えないくらい深い言葉があちこちにあります。  最初にタイガ君を救ったのが支援級の子どもだった、というところも意味深いものがあります。普通級の子どもがタイガ君を傷つけ、支援級の子どもがそれを救った、というのは何を物語っているのでしょう。  こんなすばらしい作文を書いたタイガ君も今、高校1年生。今回のワークショップにはなんと栃木県からお母さんと一緒にやってきました。朝5時に起き、なんと新幹線で来たそうです。タイガ君はとてもおとなしい方で、ワークショップ楽しんでるかなってちょっと心配するほどでした。  一方地元から参加したツカサ君もすごくおとなしくて、大丈夫かなと思っていました。 pukapuka-pan.hatenablog.com  ところがこの二人がワークショップの中で出会い、今度タイガ君がツカサ君の家に泊まりがけで遊びに来るそうです。お互い傷ついた者同士で、通じ合うものがあったのだと思います。これからがすごく楽しみです。
  • タヌキの得意技はスカートめくり
      第五期の演劇ワークショップが始まりました。新しいひともたくさん加わり、にぎやかなワークショップになりました。  自分の名前をいいながらパフォーマンスをするのも、全員がやるとけっこうな時間がかかりました。  人間じゃんけんはグループに分かれ、体全部でじゃんけんをします。今回は単純に「グー、チョキ、パー」でやりましたが、次回は「サムソンとデライラ」という怪しげなじゃんけんをやります。  久しぶりにタカサキによるギブ・ミー・シェイプをやりました。場を熱くすること、お互いの関係を作ること、その場でお話を作って演じること、などを大事に、気合いを入れてやりました。  4グループに分かれ、体を使って舟を作ります。その舟を動かします。はじめは凪ぎ。風が吹いてきて、だんだん強くなり、嵐になり、木の葉のようにもみくちゃにされた舟はついに沈みます。それを体を使って表現します。  次はライオンを表現します。昼寝をしているライオンの前をナメクジがやってきます。ものすごく臭いおならをするナメクジとか、ちょっと色っぽい這い方をするナメクジとか、ナメクジの特徴を考えながら作ります。  ナメクジの特徴がはっきりしませんでしたが、みんなすごく楽しそうにやっていました。こういう盛り上がりがいいですね。こういうことを繰り返して、お話作りに慣れてもらえたら、と思っています。  30年ほど前、ワークショップの仲間で、街頭で台所のスポンジを使った人形で芝居を作ったことがあります。地域の子ども達と養護学校の生徒達でやったのですが、みんなワークショップで芝居作りに慣れていたせいか、あっという間に作ってしまいました。 今のワークショップ集団が、これくらい力をつけてくれるといいなと思っています。  『ほらクマ学校を卒業した三人』のイメージをますむらひろしさんのマンガで伝えました。「赤い手長のクモ」「銀色のナメクジ」「顔を洗ったことのないタヌキ」がどういうものなのかだけを伝え、そこを手がかりに三人のイメージを作っていこう、というわけです。  この絵の三人に 「なんでもいいから 一番にな〜れ」 と教えたほらクマ学校の教育理念そのものがおかしいのですが、そのおかしさをどう表現するか、というところが今回の勝負所です。  安見ちゃんのピアノで歌を歌いました。谷川俊太郎の詩『うんこ』にこんにゃく座の萩京子さんが曲をつけたものと、ほらクマ学校の校歌です。 はじめて歌ったので、まだまだという感じですが… www.youtube.com お昼を食べたあと、午後にやったデフパペットシアターひとみの善岡さんは「ほらクマ学校を卒業した三人」の特徴をみんなで考えるワークショップをやりました。 こんな特徴が出てきました。   得意技にスカートめくりが出てきたり、ナメクジはビールが好きなんじゃないか、といった意見が出たり、弱点は女の子、が出てきたり、楽しい特徴がたくさん出てきました。  これを元に、なんでもいいから一番になるために何をやったらいいか、をテーマに簡単なお芝居を作りました。  あるグループは、便秘を治す薬を売る、という提案をしました。1セット1万もする高価な薬でしたが、これでぼろもうけして一番になったとしても、あんまり豊かな気持ちにはなれないなぁ、という気がしました。  一番になって、なおかつ豊かな気持ちになれるものってなんなんだろう。  生産性の高さで競うのではなく、もっとちがう価値で競う。  ぷかぷかさんの一人がエアロビで一番を目指します、といってましたが、これは生産性とはちがう価値です。あるいは参加者の一人が、今まで一番になろう、なんて思ったことがなかったけれど、今度は一番になれるものを探したい、と発言された方がいました。今までそういった競争から外れてきた人もいたんですね。  「なんでもいいから 一番になーれ」 は、ちょっと角度を変えて考えてみると奥が深い言葉のように感じました。  今後の展開が楽しみです。  芝居の発表会は来年1月27日(日)です。
  • 「生産性」とはちがう評価軸を持った文化を創り出す
     8月18日(土)から第五期演劇ワークショップが始まります。  演劇ワークショップは障がいのある人たちと地域の人たちが一緒になって芝居を作る活動です。何かをやってあげる、という上から目線ではなく、どこまでも彼らとフラットな関係で、一緒に芝居を作ります。彼らと一緒に新しいものを創り出すのです。 「彼らがいないとできないもの」 「彼らがいてこそできるもの」 が見えてきます。これはそのまま彼ら、つまりは 「障がいのある人たちと一緒に生きる理由」 になります。  それはまた、新しい文化を生み出します。障がいのある人たちを排除する文化(たとえば「生産性」こそ一番、とするような文化)に対して、彼らを排除しない文化、彼らと一緒に生きていった方がいい、という文化を生み出します。「生産性」とはちがう評価軸を持った文化、といってもいいと思います。それは、障がいのある人たちはもちろん、みんなにとっても居心地のいい文化です。  「生産性」とはちがう評価軸を持った文化は、社会を豊かにします。何かと息苦しい社会にあって、それはとても大事な文化になります。  息苦しさを覚えながらも、じゃあそこをどうすればいいのかがなかなか見えない中で、彼らはそこを抜け出すヒントをくれるように思います。第五期の演劇ワークショップは、まさにそこをさぐります。 pukapuka-pan.hatenablog.com  演劇ワークショップをやるにはお金がかかります。進行役、ピアニストなどの講師料、会場費などで200万円を超えるお金がかかります。ヨコハマアートサイトから100万円の助成金をもらうことが決定していますが、残り100万を超える費用は助成金をもらうめどが立たず、今のところ自費で行う予定です。貧乏なぷかぷかにとって100万円は大変な額です。  表現の市場の舞台は入場料の取れるレベルだと思いますが、障がいのある人たちと全くおつきあいのない人たちにこそ見て欲しいので、入場料は無料にしています。  たとえ収益がなくても、この演劇ワークショップは続けなければならない事業だと思っています。演劇ワークショップが生み出す文化   「障がいのある人たちを排除しない文化」   「障がいのある人たちとは一緒に生きていった方がいい、という文化」   「〈生産性〉とはちがう評価軸を持った文化」 は、今社会にとってとても大事だと思うからです。  そういう思いを寄付の形で、ぜひ支えて下さい。  寄付は、お互いが気持ちよく暮らせる社会への〈投資〉です。自分が目指す社会を実現するために汗を流す一つの方法です。  ぷかぷかは横浜夢ファンドの登録団体になっています。夢ファンドに寄付をしていただくとぷかぷかにお金が入ります(寄付の申込書の希望する団体の欄に「NPO法人ぷかぷか」とお書きください)。税制上の優遇措置があります。詳しくは下記サイトをご覧下さい。 横浜夢ファンド 横浜市 市民活動推進基金とは   横浜市 寄附をお考えの方に ★寄付の申込書の希望する団体の欄に「NPO法人ぷかぷか」とお書きください。 横浜市 基金の活用 横浜市 税制上の優遇措置  集まった寄付の額を元に助成金の申請書を書きます。助成金申請書の締め切りは8月末ですので、寄付をお考えの方は、8月25日くらいまでにお願いします。  障がいのある人もない人もお互いが気持ちよく暮らせる社会を、一緒に作っていきましょう。
  • 〈なんでもいいから一番にな〜れ〉をさぐる
     8月18日(土)から第五期演劇ワークショップが始まります。今期は宮澤賢治作『ほらクマ学校を卒業した三人』(ぷかぷか版)を作ります。  原作は結構残酷というか、えぐい感じがするので、もう少し違う感じで、賢治が問いかけた問題をぷかぷからしく表現したいと思っています。  賢治は何を問いかけたか。それはほらクマ学校の校歌にあります。 ♪ カメはのろまに 歩いて見せた ウサギだまされ昼寝した   早いはえらい 大きいはえらい 勝てばそれまで だまされたが悪い  なんでもいいから 一番にな〜れ なんでもいいから 一番になれ   なんでもいいから 一番にな〜れ なんでもいいから 一番になれ  〈 早いはえらい 大きいはえらい 勝てばそれまで だまされたが悪い    なんでもいいから 一番にな〜れ なんでもいいから 一番になれ 〉 と、物語に出てくる〈赤い手長のクモ〉と〈銀色のナメクジ〉、それに〈顔を洗ったことのないタヌキ〉に競わせます。  クモとナメクジとタヌキの絵を描くとこうなります。この三人が、 〈 なんでもいいから一番にな〜れ 〉 と、ほらクマ学校で教え込まれ、卒業後、お互い相手を馬鹿にしながら競い合います。で、最後は三人とも惨めな死に方をします。ほらクマ先生は、三人とも賢い、いい子供らだったのに、実に残念だった、といいながら、大きなあくびをします。  みんなが一生懸命になってやってきたことが、大きなあくびをする程度のことに過ぎなかった、というわけです。  ワークショップではぷかぷかさん達と一緒にこの校歌を歌い、  〈 なんでもいいから一番にな〜れ 〉 の意味を探ります。  ぷかぷかさん達は、理屈っぽい話は苦手ですから、〈赤い手長のクモ〉と〈銀色のナメクジ〉〈顔を洗ったことないタヌキ〉は一番になるために何をやったのかをまず考えます。  簡単な物語を考え、芝居で発表します。それをお互い見せ合い、 〈 なんでもいいから一番にな〜れ 〉 の意味を探っていこうというわけです。 〈 なんでもいいから一番にな〜れ 〉  は、私たちが子どもの頃から何の疑いもなくやってきた考えのように思います。  〈一番になることがいい〉〈成績がいいことがとにかくいいことだ〉はからだに染みついていて、そういう視点で人を分けていきます。知らず知らずのうちに〈生産性〉があるかないかで人を評価してしまっています。  そういう視点は人を追い込み、息苦しい社会を作っていきます。  〈生産性〉の期待できない障がいのある人たちは社会から排除されていきます。  昔、養護学校の教員になって最初に受け持った子ども達はみんな重度の障がいを持った子ども達で、おしゃべりすることも、文字を書くことも、一人で着替えしたりトイレに行ったりすることもできない子ども達でした。 〈 なんでもいいから一番にな〜れ 〉 からもっとも外れる子ども達でした。じゃあ、その子達は全くだめな子ども達だったかというと、そうではなくて、今まで知らなかったなんともいえない人の魅力を持っていて、毎日おつきあいしているうちに、私は彼らに惚れ込んでしまったのです。  そばにいるだけで、心がほっこりあたたかくなる人なんて、それまで私のまわりにいた 〈 なんでもいいから一番にな〜れ 〉 とがんばっている人たちの中にはいませんでした。  〈 なんでもいいから一番にな〜れ 〉 で一生懸命やってきたのは、なんだったんだと思いました。おしゃべりすることも、文字を書くことも、一人で着替えしたりトイレに行ったりすることもできない子ども達が、 〈 それはちがう 〉 といっていたのだと思います。  ぷかぷかさんと一緒にワークショップをやることで、そういうことが見つかればいいな、と思っています。
  • 時間を共有することで、ワークショップという場にぷかぷかさんがいることの豊かさが、リアルにわかる
     8月4日(土)ぷかぷか上映会で、午前中に上映する第一期演劇ワークショップの記録映画を作った宮沢あけみさんからメッセージが届きました。  演劇ワークショップは月一回ぷかぷかさんと地域の人たちが集まって、6ヶ月かけて芝居を作ります。最後にできあがった芝居を舞台で発表するのですが、その全部をカメラを片手に記録。膨大な時間の記録を2時間11分にまとめてくれました。みんなで見るにはちょっと長いので、少し短くしてくれるようにお願いし、宮沢さんと二人で削れるところはないか、映像を全部チェックしました。  結果的に削れるところはなかったのですが、全部見終わって思ったのは、宮沢さんの映画は、何をやったかを解説するものではなく、その時間をリアルに一緒に生きる映像なんだということです。だから削ってしまったのでは、その時間の共有というものができなくなってしまうのです。  時間を共有することで、ワークショップという場にぷかぷかさんがいることの豊かさが、リアルにわかるのです。そういうことの大切さを宮沢さんの映像から教えてもらいました。         あ! トモ子ちゃんだ! 宮沢あけみ    映画『ぷかぷか~第1期みんなでワークショップ』を作ってから、もう3年がたつ。  2015年5月、みどりアートパークで最初の上映会をした後、横浜市内や出身の信州キャラバン(長野・松本・佐久)を経て、今回が10回目の上映会。記念すべき上映会に所用で参加できず、すみません!    「映画監督になる!」と上京したのは20年以上前。現場に入ってカチンコを叩き、シナリオコンクールでは最終に残るも一等はとれず、撮ったドキュメンタリーは放送に至らず、出版してもイマイチ売れず……。  そんな中、高崎さんと出会った。「何をやっている人?」と聞かれ、「映像」と答えると、ワークショップやるけれど、撮らない?と誘われた。即答でOKした。なぜなら…その直前、ある障がいのある子の通うフリースクールに2年ボランティアで足を運び、ドキュメンタリーを撮らせてもらうことを、学校側に承諾してもらい、カメラテストも行なった。けれども、保護者の猛反対であえなくボツになったばかりだった。  その前にも、原作の主人公を障がいのある男の子に書き換えたシナリオは、出版社の意向でボツになった。  障がいがある人が映像に出てくれる、ということは、それだけで貴重なのだと身に染みていた。高崎さんは、ワークショップメンバーの募集に、「映像を撮ります」とあらかじめ書いてくれて、これで、直前になってボツという心配もなくなった。  撮影は、私ひとり。カメラに高性能のマイクをつけて撮る。普通なら、撮影、ディレクター、音声…何人かがゾロリといるところを、なるべくフレームものぞかず、相手にカメラを意識させないようにして撮る。だからこそ撮れるものがある、と信じていた。けれども、突発的な彼らの行動に、カメラ一台ではついていけず、ずっとしゃべり続けるお馴染みのメンバーもいるし、聞き取れないほど小さな声のメンバーもいて、音声はほとんど録れていないのではないかと思った。  編集もパソコンでひとりでこなした。膨大な素材を見ているうちに、彼らの突発的な行動の中に、思わぬものが入っていることに気づいた。最初は全く気づかなかったのだが、舞台に堂々と台本を持ってきていたり…なんと言っているのかわからない独り言を何度も聞いているうちに「ここはチーム」をいうことばを発見したり…でも音声ははっきりとは録れていないので、格調高いドキュメンタリーでは絶対にしない吹き出しを入れてみたり…  上映会の企画、チラシ作成、当日の作戦…上映中にパソコンの電源が落ちてしまったトラブルなど…思い返せば、よくやったよなぁ…と自分でも思う。    なぜ、こんなにもできたのか? 改めて考えてみる…私は、なぜ、こんなにも障がいのある人が気になるのか?どうして、これほどまでに、撮りたい、書きたいと思うのか… 娘が620gで生まれ、療育センターに通っていた時間があったから、とそれまでは思っていたが、もっと前から、ずっと興味があった。いや、そんな言い方ではない。魅力にとりつかれていた、という方が正しい。  私が書くシナリオには、多くの障がいのある子、グレーゾーンの子が何人も登場していた。どうしても書きたいと思っていた。  そして、気づいた。「あ、トモ子ちゃんだ!」  私が幼稚園から小学1年のとき、一緒に通園通学をしたトモ子ちゃんを、あるとき、突然思い出した。小学校1年で私が引っ越してしまい、今は音信不通なので、すっかり忘れてしまっていたが…トモ子ちゃんは、片目が白かった。走るのも遅かったと思う。けれども、私にとっては、一緒に通う友達で、「障がい児」では決してなかった。彼女が障がい児だと気づいたのは、彼女のことを40年ぶりに思い出した時だけだ。  彼女が私と一緒にフツーに過ごしてくれたことで、多分、私は、「障がい者は垣根の向こうにいる」という感覚を持たずにいられて、そういう感覚がたまらなくイヤで、彼らの魅力をできるだけそばで見守りたい、伝えたい、という気持ちが湧いているのだと思う。 トモ子ちゃんに、心から感謝!    そして、私は、『ぷかぷか』で映画監督になったあと、音楽療法士になった。ぷかぷかでも音楽療法実習をさせてもらい、彼らと過ごす時間は、温かくて、楽しみだった。楽器の即興演奏で、フツーなら、誰かの真似をして音を出すのだが、彼らは、堂々と自分の音を最初から出した。人まねなど、誰もしようとしなかった。そして、音を出すまでに時間がかかる人がいると、じっと待ってあげることもできた。互いに認め合っている関係があるからこそできることだ。集団としての力がどれほどあるのか、手に取るようにわかった。彼らこそ、自由だった。  ぷかぷか以外での実習先では、自分では手足しか動かせない女の子…太鼓を渡すと力が入ってしまってうまく打てない子が、ある日、偶然、肱が当たって音が出た。もしやと思って、肱の下に太鼓を置いて、そっと私が歌を歌うと、ちゃんと歌に合わせて太鼓を正確に打ったのだ。その時、初めてわかった。彼女は、それまで表現できないだけで、音楽をちゃんとわかっていたのだ。こちらの工夫次第で、彼女はしっかり音楽をできるのだと。  障がいのある人は、「できない」と誰が決めつけるのだろう…そうではなく、彼らを見るこちらの目が試されているのだ。 私は、力をつけたいと思った。彼らの内的な力を十分に感じようとすれば、たくさんのことを教えてくれて、彼らと「音楽の場」が自然とできていった。 私にとっては、音楽も映像も同じことで、彼らと一緒に過ごす時間が豊かなものになるのなら、どんな方法でもこれからも厭わずやっていこうと思っている。     高崎さん、私を映画監督にさせてくれて、ありがとうございます。 映画『ぷかぷか』が、大ヒットして、「障がい」ということばに取って代わるような世の中になればいい…。 そう思って、タイトルを高崎さんと考えあぐねて、結局、『ぷかぷか』にしたのでした。 ★ダイジェスト版(21分)    https://www.youtube.com/watch?v=xYB810A84eQ    聴覚障害者用テロップ入り    https://www.youtube.com/watch?v=Cd_bbs8OaX0   高崎さんに何度も、「上映には長い!」と言われましたが、全く短くするつもりもありませんでした。だって!それが、彼らの時間なのです。ただ早い、効率、そういうことだけを追いかけている日常からそっと途中下車して、少しだけゆったりとした時間の流れの中に身をおいてもらえなければ、彼らのほんとうの姿は見えてこない…。上映のために短くして、彼らがじっと考え込んでしまう姿をカットしたら、全く面白くなくなってしまう…と、私は譲ろうとしませんでした。 もしかすると、そのために、大ヒットからはほど遠かったのかもしれません。いつも強情ですみませんでした。   最初の頃、上映会に手話をつけようと試みました。手話通訳から、「ぷかぷか」の手話はどうやって?という質問が出て、初めて、手話にもいろいろなやり方があることを知りました。デフパペにお願いして、手話で「ぷかぷか」を作ってもらいました。YouTubeも作って、たくさんの方に手話でぷかぷか、をやってもらいましたが、これも大ヒットには至りませんでした。けれども、今は亡きマッキーの映像を残せたことは、私にとってはとても意味の大きなことでした。   ★手話でぷかぷか(11分)    https://www.youtube.com/watch?v=OL-_tMcdZxY    聴覚障害者用テロップ入り    https://www.youtube.com/watch?v=hCy9d8r_iDA&feature=youtu.be     それでも、私は、ぷかぷかがもっと大きく広がって、街になったらいい…と心底、本気で思っています。 学校や幼稚園、病院、美容室、食べ物や、さまざまなお店…そこに、フツーにぷかぷかさんがいる。 それだけで、私は、安心です。 私にとっての「トモ子ちゃん」が、今の私の根っこを作ってくれたように、彼らが、みんなを幸せにしてくれると、確信しているからです。   上映会…これからも続きますように。 彼らの魅力が、どこまでも伝わっていきますように。  
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