ぷかぷか日記

西作のいもの

昔書いたブログですが

障がいのある人たちといっしょに生きていくと、社会が豊かになります。どうしてでしょう。

「酢のもの」と書くところを写真のように書いた人がいました。

 「ん?西作のいもの?」って最初は思いました。でも商品を見て、「あっ、酢のものね」と納得、「あっ、いい!いい!」「すごくいい!」ってつい言っちゃいます。この、ついいっちゃう、という感覚がとても大事。

 こういう字は楽しいし、社会をゆるっとしたものにしてくれます。「まちがってるじゃん」なんて否定してしまうのはもったいないです。正しいことは、時に社会をつまらないものにします。

 なので、ぷかぷかでは「西作のいもの」をそのまま商品といっしょに並べます。「もったいない」という感覚が共有できているのです。

 お客さんもよくわかっていて、「ああ、今日はこれね」って笑いながら買っていきます。ぷかぷかさんの書く字の楽しさを共有できているのです。こういう関係のあるところを「ともに生きる社会」というのだと思います。こういう字を書く人こそ大切な仲間として受け入れる社会こそ、みんなが心地よく生きられる豊かな社会といえます。

 

 やまゆり園事件から10年。いまこそ「西作のいもの」を楽しみたいと思うのです。そういう社会こそが事件を超えます。

障がいのある人達は社会を豊かにしている

 やまゆり園事件の犯人植松は「障害者はいないほうがいい」といいました。でも、実際に障がいのある人達がいなくなったらどうなるのでしょう。障がいのある人達の分だけ、社会の幅が狭くなります。その分なにかと息苦しい社会になります。

 障がいのある人達とあまりおつきあいがない人は、色々面倒な人がいなくなるのはいいんじゃない、という意見に多分なるのではないかと思います。でも、面倒な人とのおつきあいは、どうしたらいいんだろうと日々悩み、それは自分を鍛えます。人間の幅を広げてくれます。自分を豊かにしてくれます。

 障がいのある人達は、ですから、私たちを、社会を豊かにしているのです。だからこそ大事にしたい。

 

 区民祭りではこんな楽しいお店が彼等のおかげでできました。

 私たちだけではこんな楽しいお店はできません。そのことを謙虚に認めるところから、彼等との豊かなおつきあいが始まります。「支援」という上から目線のおつきあいではなく、どこまでもフラットなおつきあい。

 

名刺もこんな楽しいのができます。

こんな楽しい舞台ができます。

いっしょにいると心ぷかぷか

やまゆり園事件の犯人植松は

「障害者はいないほうがいい」

と主張し、

「そうだ」「そうだ」「よく言った」

という共感のメッセージが社会にあふれ、なんとも嫌な思いをしたことを覚えています。

 そんな中で「障がいのある人たちとはいっしょに生きていったほうがいい」というメッセージを込めた映画を事件の翌年作りました。『Secret of Pukapuka』がそれです。

 その予告編

www.youtube.com

 本編は約26分です。

 やまゆり園事件から10年がたった今、「いっしょにいると心ぷかぷか」というメッセージを伝える『Secret of Pukapuka』の上映はとても意味があると思います。

 英文のタイトルの日本語訳は『ぷかぷかのヒミツ』です。

 そのヒミツとは

「障がいのある人たちといっしょにいると心ぷかぷか」

になるよ、というメッセージです。たくさんの人達が障がいのある人達とのおつきあいで「心ぷかぷか」になったとき、社会は事件を超えるのだと思います。

 ぜひあなたの住んでいる街で心ぷかぷかになるような上映会を企画してください。

 

 問い合わせは ぷかぷかの高崎まで    takasaki@pukapuka.or.jp

 

       

日々の暮らしの中で楽しくおつきあい

 やまゆり園事件の犯人植松は

 「障害者はいないほうがいい」

などといいました。彼はやまゆり園という福祉施設で働いていたにもかかわらず、そういった言葉が出てくるのは、そこで働く障がいのある人達と人としてちゃんとおつきあいしてなかったからではないかと思うのです。

 問題は、そう思う人達が社会にはたくさんいるんじゃないか、ということ。

 障がいのある人達とのおつきあいがなければ、「障害者は何を考えているのかよくわからない」「だからちょっと怖い」「そばに寄りたくない」とマイナスの思考が積み重なっていきます。それが社会を作り、

 「障害者はいないほうがいい」

と考える人が出てきてもおかしくありません。植松は正直に自分の気持ちをいったのだと思います。

 でも、いわれた方はたまったもんじゃありません。先日のNHKで放送されたtoi toiに登場した障がいのある人達の多くがそのことを語っていました。

www.web.nhk

 

 障害当事者が事件をどんな風に受け止めたのか、それを想像すること、私たちは今何をすればあのような事件を防げるのかを考え、実践すること。

 ま、あまりむつかしく考えず、日々の暮らしの中で、障がいのある人たちと楽しくおつきあいしていく。そのことにつきると思います。

 

お客さんとこんな感じでおつきあいできる雰囲気がぷかぷかにはあります。

 

いっしょにお芝居を作ります。

 

大学の学生さんといっしょに、こんな楽しい時間を過ごします。

 

区役所でパンの販売 メンバーさんとスタッフがいっしょに販売します。

 

いっしょにパンを作ります。

畑の青年達

でんぱたの青年達、今日も畑でのんびり畑仕事。この雰囲気がいい。

 

 社会全体がこういう雰囲気になれば、も少しお互い生きやすくなる気がします。

やまゆり園事件から10年がたちますが…

やまゆり園事件から10年がたちますが、あの事件を超える物語を私たちはどれだけ作ってきたのかと思います。事件の犯人は「障害者はいないほうがいい」といいました。それを超えるのは、「障がいのある人たちとはいっしょに生きていった方がいい」というだけではなく、いっしょに生きていくことで何が生まれるのか、社会がどうなるのかを語り、作り、それを持続させていくことが必要ではないかと思います。

 

事件を受けて作った映画『Secret of Pukapuka』です。

www.youtube.com

 

 

ぷかぷかのお店です。

 

みんな元気に働いています。

 

刺繍を作る人もいます。

 

こんな絵を描く人もいます。

 

こんな作品を作る人もいます。

 

いっしょに芝居を作るとこんな舞台ができあがります。

 

 こういう活動は社会を豊かにします。障がいのある人たちといっしょに生きていくことで社会が豊かになるのです。だからいっしょに生きていった方がトク!なのです。

やまゆり園事件を超える社会を作っていく最初の一歩

昨日の東京新聞

www.tokyo-np.co.jp

 

 結局のところ彼も福祉施設での「支援」という上から目線でしか障がいのある人達を見てなかったということではないかと思います。フラットな関係、相手と人として出会っていれば、相手を殺すなどといったことはできません。人として出会うことの大切さを改めて思います。

 いっしょに生きていった方がトク!というのは、相手と人として出会うことが前提としてあります。「いい一日だったね」って、お互いニッと笑うような、そんな関係があの忌まわしい事件を超える社会を作っていくのだと思います。事件直後にあちこちで語られたアーダコーダのコムツカシイ話ではなく、「今日楽しかったね」って、笑顔で言えるおつきあいを障がいのある人達と作ること、それが事件を超える社会を作っていく最初の一歩ではないかと思います。

 ぷかぷかさんの中には亡くなった美帆さんの今を想像し、

「いろんなとこに旅をしてね、ぴょんぴょんとんでね」

と語る方もいました、と先日取材に来た方がおっしゃってました。私たちにはない発想を持ったこういう人こそが、これからの新しい社会を作っていくのだと思います。

 彼等は支援される人ではなく、新しい社会を作っていく人達なんだと思います。そんな風に思えるかどうかが、今問われている気がします。

 

 こんなステキな笑顔の人達が新しい未来を作っていきます。

あの忌まわしい事件を超える

 やまゆり園事件から10年です。あの悲惨な事件を、なんとか忘れないようにしたいと思うのです。

 やまゆり園事件という抽象的なことではなく、美帆ちゃんをはじめ、19名もの人たちが「障害者はいないほうがいい」などという理不尽極まりない理由によって命を奪われてしまったことです。それを忘れない。

 何よりも彼らがいないという現実にこの10年向き合ってきた遺族の方達がいるということ、そのやりきれない悲しみを想像すること。

 大事なことは、あの事件は私たちにとってなんだったのか、どうしてあんな悲惨な事件がこの社会で起こってしまったのか、私たちに責任はないのか、を問い続けること。

 そうして私たちは今、何をするのか、どうやってあの忌まわしい事件を超える物語を作っていくのか。ここがいちばん大事だと思います。なにもしなければ、あの悲惨極まりない事件を起こした社会は何も変わりません。社会が変わらなければ、また似たような事件が起きます。現にいくつかの福祉事業所で虐待が起こっています。相手を人として見ない、という点で、やまゆり園事件と虐待は地続きなのだと思います。

 

 障がいのある人達と人ととして出会い、人としておつきあいしていく。支援などという上から目線で相手を見ない。どこまでもフラットにつきあう。そうやってはじめて、あの忌まわしい事件を超え、豊かなものを創り出せるのだと思います。

 何よりも

 「いい一日だったね」

って、お互い笑顔で言い合えるような日々を作っていくこと。それが事件を超える物語になります。

 ぷかぷかの日々は、その物語を作り続ける日々といっていいのかも知れません。あのような悲惨極まりない事件を二度と起こさないために。

 

 

いっしょに生きていくことで、こんなステキな舞台が生まれます。

 

これがあの忌まわしい事件を超える、ということです。

美帆ちゃんのこと忘れないよ   事件から10年目に

 昔学生の頃、大学内の教会でやっていた聖書研究会に通っていたことがあって、その時に石原吉郎という詩人を紹介され、今もその詩集を大事に持っています。ものすごく分厚い詩集で、その中にある評論の中に

 

 《 ジェノサイドの恐ろしさは、一時に大量の人間が殺戮されることではない、

   その中に、ひとりひとりの死がないということが、私には恐ろしいのだ。 》

 

 相模原障害者殺傷事件が起こったとき、保護者の希望で名前を公表しませんでした。ですから誰が亡くなったのか、どんな人が亡くなったのか全くわかりませんでした。ひとりひとりの死がなかったのです。

 美帆ちゃんのお母さんだけが、それはおかしい、と声を上げ、美帆ちゃんという女性が亡くなったことを私たちは知りました。そのことによって事件の恐ろしさ、悲惨さをようやく知ることができたのです。

 

    

 

 NHKの方が、当時娘さんをなくし、落ち込んでいたお母さんを元気づけようとぷかぷかに連れてきたことがありました。事件の犯人は

「障害者はいない方がいい」

などと主張していましたが、ぷかぷかは

「障がいのある人たちとはいっしょに生きていった方がいい」

と主張しています。そんなぷかぷかにやってきたお母さん、ぷかぷかさん達に囲まれ、「あれ、どうしたの?」「どこから来たの?」「お名前は?」と質問攻めに戸惑いながらも、ぷかぷかさん達のなんともいえないあたたかさにふれ、少し元気が出てきたようでした。

 

 当時のブログにこんなこと書いていました。

《先日やまゆり園事件の遺族の方(美帆ちゃんのお母さん)がぷかぷかに見えました。私はどういう言葉で話しかければいいのかわからず、「こんにちは」といったきり、後に続く言葉がなかなか出てきません。事件に関するブログを150本以上書きながら、事件で一番辛い思いをした遺族の方にかける言葉が出てこないのです。

 遺族の方を前に本当に困りました。その時周りにいたぷかぷかさんたちが

「あれ、どこから来たの?」「お名前はなんて言うの?」

と、いつもの調子で質問攻め。

「ぷかぷか、頑張ってます」

なんていう人もいました。

 そんなぷかぷかさんらしい対応に、遺族の方はみるみる笑顔になり、いろんなお話を楽しそうにされていました。遺族の方を前に、半ば固まってしまった私は救われた思いでした。

 「ぷかぷかさんのお昼ご飯」で食事された時、その日のメニューは唐揚げだったのですが、亡くなった娘さんの大好物だったそうで、

「娘と一緒に唐揚げを食べている気分でした」

とお話しになっていました。一ヶ月後に誕生日を迎えるという話も聞き、それならぷかぷかで誕生会やりましょう、という話になりました。

 「ぷかぷかさんのお昼ご飯」は誕生日を迎える方のリクエストで誕生日メニューが決まります。ですからその日は唐揚げにすることになりました。お母さんひとりで食事するのは寂しいと思い、亡くなられた娘さんの写真を見ながらぷかぷかさんが等身大の「分身くん」を段ボールで作り、お母さんの隣に並べて食事してもらいました。帰りの会でささやかな誕生会もやりました。小さなステージに娘さんの分身くんに座ってもらい、みんなで「ハッピーバースデー」を歌いました。娘さんの好きだった音楽をガンガンかけ、みんなで思いっきりダンスをしました。誕生日カードもぷかぷかさんが描いてプレゼントしました。お母さん、本当に大喜びでした。

 

 遺族の方はそっとしておいた方がいい、とよく言われます。でもぷかぷかさんたちは違いました。そっとしておくどころか大歓迎し、誕生日会までやってしまったのです。お母さん、たくさんの元気をもらえたようでした。

 

 事件を超えるって、こういうことではないかと思います。事件で一番辛い思いをした遺族の方が元気になる。これはすごく大事なことです。今まで、多分誰もやっていなかったことです。それをぷかぷかさんが、何か特別なことではなく、いつもどおりの感じで、さらっとやってしまったのです。

 ぷかぷかさんといっしょに生きていく中にこそ、事件を超えていく鍵があるような気がしています。

 昨年の上映会に参加した方が、ぷかぷかさんもいっしょにいる上映会の賑やかな雰囲気の中で

「とがった心が丸くなる」

と感想を書いていましたが、一番のキーポイントを言い当ててる気がしました。

 事件を考える集まりで、お互いの考え方のちょっとした違いで、とても険悪な雰囲気になってうんざりしたことがあります。事件を考える集まりなのに、みんなの心はとがったままだったのだと思います。心がとがったままでは、事件を超える社会を作るとかいっても、なんだか寒々しい気がします。

 その心をゆるっとしてくれるのがぷかぷかさんです。とがった心を丸くしてくれるのです。11月14日の上映会(第6期演劇ワークショップ『どんぐりと山猫』の記録映画)にはぷかぷかさんもたくさん参加します。彼らのチカラを借りて、事件を超える社会がどうやったらできるのか考えたいと思うのです。 

 

  美帆ちゃん、君のこと忘れないよ。

 

 それは事件を忘れないということ。この社会でどうしてあのような事件が起こったのか。この社会の、何が問題なのか。それを考え続けること。そのことの大事さを美帆ちゃんは教えてくれたように思うのです。

 

 

 お母さんからは美帆ちゃんのお話をいろいろ聞きました。唐揚げが大好きだったそうで、12月5日の誕生日に近い給食のメニューは唐揚げにしました。

 

 

 お母さんも食べに来たことがあって、その時、

「高崎さんは気がつかなかったかもしれないけど、美帆ちゃんもいっしょに食べてたんですよ」

といい、そうか、唐揚げのメニューにするってそういうことなんだ、と思ったりしました。美帆ちゃんを思い出すだけでなく、美帆ちゃんも食べに来るんだ、って。

 

 ぷかぷかさんの中には美帆ちゃんの誕生日にはいつもバースディカードを作ってお母さんに送る人もいます。丁寧に丁寧にカードを描きます。できあがったカードは私の方で美帆ちゃんのお母さんに送るようにしています。

 

www.pukapuka.or.jp

 

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