ぷかぷか日記

人がそこにいる、ただそれだけでいい。

先日の東京新聞に病院で心電図の異常が伝えられず、難病発覚が遅れ、重度障害の男性が死亡した件で、両親が障害があるから差別されたと病院を訴えた記事がありました。

www.tokyo-np.co.jp

 

 記事の中で「重い障がいで働けなかった穂高さんの場合、損害賠償に算入する逸失利益が現行法上はゼロ円になる」とあって、「え?なに、これ」って思いました。

 以前にも障がいのある人の逸失利益に関する話を書きました。

 

www.pukapuka.or.jp

 

 結局の所、その人がそこにいること、それ自体に価値がある、ということが社会の中で共有されないまま、生産性があるかどうかで人を評価してしまうことが今も続いているということではないかと思います。それが障がいのある人たちが社会から排除されるいちばんの理由であり、私たち自身も私らしく自由に生きるということが、どこか不自由になっています。

 結局は「人間の価値」というものをどう見るのか、という問題です。人間のどこに価値を見いだすのか、いやそもそも、価値を見いだす必要があるのか、と思います。

 人がそこにいる、ただそれだけでいい。それ以上のことはいわなくていい。そうすればお互い生きることがもっと楽になります。楽がいちばん!

 

2026うんぷか

「うんぷか」がありました。ぷかぷかの運動会です。

 

 

消防署の人達の指導で消火器体験

火災の際の煙体験

帰りがけ、雨が降っていて、自転車で行っていた私はずぶ濡れ。ま、でも、こういう厳しいサイクリングも楽しいものです。

ヘルメットの中までびしょ濡れでした。

オロオロしたからこそ、人として出会えた。

3月21日は「世界ダウン症の日」なんだそうで、この日を中心に、全国各地でダウン症への理解を深めるためのイベントや行事が行われるようです。

jdss.or.jp

 

    

 ダウン症の子どもって大好きです。理解するとか、そんなことは必要ありません。ただそばにいるだけで心がほんわかあたたかくなり、大好きになります。

 それを「ダウン症への理解を深めるためのイベント」なんていうから、「なんだかなぁ」という感じになります。人とおつきあいするのに「理解を深める」必要があるのだろうか、と思うのです。ダウン症ってどういう障害なのかよくわからないから、まずは理解を深めてから、ということなのでしょうが、そんなこといっているから彼等とのおつきあいがなかなか進まないというか、よけいに社会から排除している気がします。

 相手の障害のことをよく知らなければ、どうつきあっていいかよくわからなくて、色々ギクシャクすることもあります。でも、ギクシャクすることで、相手のことが少しずつわかってきます。ギクシャクすることはだからとても大事なことなのだと思います。ギクシャクというのは、自分の感覚で相手を知ることです。頭で理解することとは意味合いが違います。

 

 

 私は昔養護学校(特別支援学校)で働いたとき、いわゆる「障害児教育」というものを全く勉強していませんでした。小学校の教員になるつもりだったのでその勉強しかしていませんでした。ところが採用の面接の時、小学校と養護学校とどちらがいいか聞かれ、よくわからないので「ま、どっちでもいいです」と答えたら、すぐに養護学校の校長から電話が入り、そこで働くことになったという実にいい加減な理由で彼等の前に立つことになったのです。

 障害のある子どものこと何も知らずに入ったので、すごく大変な日々がいきなり怒濤のようにやってきました。もう一日中想定外のことばかりやってくれて、「ヒャ〜、どうしよう、どうしよう」とオロオロするばかりでした。おしゃべりできないし、着替えもできない。トイレの後始末もできない子どもたちでした。おまけに外に飛び出すは、大暴れするは、ものを壊すは、うんこは投げるは、で何がどうなってしまったのか、しばらくは思考が追いつきませんでした。

 それでもいっしょに過ごしていると、そうかこういうやつだったんだ、ってだんだん彼等のことがわかってきて、彼等と過ごす毎日が楽しくなりました。楽しいだけでなく、体も心もゆるっとゆるんで、心地よかったのです。「あっ、なんだ、なんだ、これは」って思いましたね。世の中には

「こんなにステキな人達がいたんだ!」

としみじみ思いました。私にとって、その後の人生を決める大きな大きな出会いでした。

 知識も経験もなく、ただただ彼等の前でオロオロしたからこそ、人して出会えたのだと思います。

大きな話ではなく

昨年11月の神奈川新聞にやまゆり園事件について考える集まりの記事がありました。

 

 《あるべき共生社会について「障害のある人が学校の同じ学級、職場、隣近所にいるのが当たり前になることが大前提。今はそのスタートラインにも立てていない」》

 

 とあって、まぁ、その通りではあるのですが、こういう大きな話ではなく、ごく身近なところ(近所とか、職場とか)にいる障がいのある人たちとどうおつきあいしていくのか、といったことこそ大事じゃないかと思うのです。そこから社会は少しずつ変わって行くのではないでしょうか。

 ぷかぷかさん達はお店でお客さん達と直接ふれあっています。多くの福祉事業所ではお客さんと利用者さんの間にスタッフが入ってトラブルが起きないようにしているようですが、私は彼等の魅力に直接ふれてほしいと思っていたし、何かトラブルがあっても、そこでお互いどうすればいいのかを考えればいいと思っていました。そういうトラブルこそが社会を豊かにすると考えるからです。

 

 最初のトラブルは、始めて間もない頃、軽食のとれるカフェで起こりました(当初は小さなカフェをやっていました)。そこでお客さんに

 「よく食べますねぇ」

といったぷかぷかさんがいて(ま、正直に言っただけなのですが)、それを不愉快に思った女性のお客さんが

「失礼じゃないか」

とクレームをつけたことです。一応丁寧に謝って事なきを得たのですが、ほんとうは

「そうよ、わたしよくたべるんよ」

くらい言ってくれれば、ぷかぷかさんといい関係になれたんじゃないかと思います。そういう返しがないまま、「不愉快に思った」ことで終わってしまったことがとても残念でした。

 

 問題が起こったのはその時だけで、あとはぷかぷかさんと直接おつきあいすることで、なんと

「ぷかぷかさんが好き!」

というファンが現れました。これは全く想定外でした。「障害者はなんとなく嫌」とか「障害者は怖い」と思っている人の多いこの社会にあって、「ぷかぷかさん」つまりは「障がいのある人」が好き!という人が現れたことは、やっぱりすごいことじゃないかと思うのです。これこそが共生社会の一歩じゃないかと。

 そういったことも、私たちがリードしたわけではなく、どこまでもぷかぷかさん達の魅力が引き起こしたことです。彼等は社会を変えるチカラを持っているのではないか。ぷかぷかさん達のチカラが社会を変えている。これって、なんかステキじゃないですか。

 彼等と「支援」という関係で結ばれていれば、こんなチカラは出てきません。彼等を信用し、ま、なんとかなるだろう、といわば「野放し」にしておいたのがよかったのだと思います。そのままの彼等に直に接することができるからです。だからトラブルも含め、いろんなことが起こります。

 「支援」という関係では、そういった問題はほとんど起きません。問題が起きないように「支援」という関係で、いわば彼等のまわりに「バリヤ−」を張っているように思います。だからおもしろいことは何も起こりません。せっかく魅力ある彼らがいるのにもったいないと思います。

 今、ぷかぷかを支えているのは、そのぷかぷかさん達のチカラです。彼等に私たちは支えられているといっていいと思います。支援しているのではなく、支援されているのです。

 

尾張一宮で詩のワークショップやりました。

 尾張一宮で『詩のワークショップ』やってきました。愛知県障害者文化活動支援センターが主催で、参加したのは主に福祉をやっている事業所の人達。

 「私の好きな時間」というテーマで、それぞれが5、6行の詩を書き、グループの中で発表。そのあと、それぞれの詩を一行ずつ切り離し、グループの中でシャッフル。どの言葉が最初に来て、どの言葉が最後に来るか、真ん中あたりはどの言葉か、といったことをグループの中で話し合います。そうやってグループとしての詩にまとめていきます。ここがすごく大変ですが、いちばんおもしろいところ、まとまった詩はどういう情景を表現しているのか、簡単なお芝居で表現します。さてどんな詩と芝居ができあがったのでしょう。

 前回は利用者さんと一緒に芝居作りをやったので、やはり色々気を遣って疲れたのか、次回は利用者さん抜きで、自分たちだけでやりたいという意見が出て、今回の企画を考えました。さて、利用者さん抜きでどれくらい自由になったのでしょうか?

 自分自身が自由でないと、相手にする利用者さんも自由になれません。結果、「支援」という関係の中で、お互いが自由でないまま、一日を過ごすことになります。なんだかもったいないというか、つまらない気がします。お互いもっともっと自由になって、「いい一日だったね」って言いたいですね。

 

 

詩を書く

 

参加した人達の感想です。

・詩を作り、その演劇をするという初めてのことでしたが、段々と自分が開放されていく感じがしました。初めての人と人の前で発表をやることに初めは緊張しましたが、時間が経つにつれて楽しくなり、自分でもびっくりです。人を意識し、緊張の中でやる意味や、考えずに感じたままやるということが少しわかった気がします。

 

・シンプルで漠然とした先生の進行に戸惑いもありました。どう進めればいいのか難しさがありました。
 そんななかで、グループそれぞれの言葉をビー紙に並べ、見える化し、朗読してみると、ふわっと物語が浮かび上がったような感覚を感じました。
 さらに、みんなでアイデア出し合い、協働して演劇することで一体感を体感できました。
 私自身のこの気持ちの膨らみが、自由に表現すること、自由になることなんだと感じました。

 

出てきた言葉をどんな風に並べるか、あーだこーだ話し合う。

 

・演劇ワークショップは初めてだったので最初は不安と緊張がありましたが、表現する事の大切さを知れたので良かったです。最後は楽しく終われました。

 

・今回二回目の参加でしたが、前回の利用者さんたちと行ったものとは違い、自分が表現者となって参加というものだったので初めはどうなっていくのか不安もありましたが、同じグループの人や他のグループの方をみて感じ自分も表現できたかなと思いました。短い時間だったもののとても有意義な時間でした。

 

・まずは自分が表現することを楽しみながら子どもたちと一緒にやってみたいです!

 

・最初の「一日の好きな時間」というテーマの詩からこんなにもおもしろい劇が生まれると思っていなかったので楽しかった。見ている相手にどのように表現したら情景や込められた思いが伝わるのか勉強になった。

 

でき上がった詩を声を出して読む。誰かに向かって読む。思いを伝える。

www.youtube.com

 

・詩や演劇で表現するおもしろさ、0から物語、ストーリーをみんなで創り上げることを楽しむ、何もないところから楽しみを創る、みんなで共有する、楽しむことを体感しました。   

・第1回目でも感じましたが。演劇や表現することに正解も不正解もなく、障害の有無、年齢、大人と子ども、支援者や利用者、経験や知識などは何一つ関係ないことも演劇のすばらしさだと思います。
・自分のうちに秘めたもの、想い、緊張、様々なものを「詩」や「演劇」を通して「解放する」「自分の殻をやぶる」という皆さんの感想が印象に残りました。
・参加団体さんから、普段の職員のこれまで見たことがないような姿が見れたという感想が非常に印象に残りましたし、自分も参加した職員の見たことがない姿を見れて非常に驚きました。
・自分自身は、どうしても頭で考えるくせがあり「解放する」までには至らなかったかもしれませんが、何もないところから物語や楽しみを創り上げる、みんなで何かを通して楽しんだり、共有、共感するという「詩」や「演劇」の魅力や奥深さは体感できました。まず頭より身体全体を使って、動いてみることがやっぱり何事も大事なんだなあと…。
・頭で考えるのではなく、身体を動かすこと、しかも大きく、大げさに、自分自身が楽しむこと。
・一人でやるのではなく、誰かにむけて、みんなの前で、「伝える」「発表する」ことの大事さ、それをみんなで共有、共感、楽しむ、受け取ることに意味がある。
・表現する方法には、絵をかいたり、物や作品を創ったり、歌をうたったり、コントや漫才だったり、いろんな方法があるとあらためて感じ、表現すること、見たり感じたりする機会は自分自身にとって、利用者にとっても、人生の豊かさには非常に重要な要素だと思いました。各団体さんがこの部分を重視されていたり、いろいろな取り組みをされているので、ぜひいろいろな取り組みを勉強したいです。
・懇親会でも各団体さんや皆さんの想いやパワーに触れて刺激を受けました。
・懇親会での高崎さんの無茶ぶりから…山口さん、トレトレスタッフさんの即興の詩と歌のワークショップも非常に素敵でした。表現者として表現することの醍醐味を感じました。
・講師の高崎さん、企画してくださった山口さん、参加団体の皆様、貴重な学びや体験の機会をいただきありがとうございました。

 

できあがった詩の情景を芝居で表現する。

 

・とにかく楽しく、皆さんから気持ちよい刺激を受けました。
あらかじめ山口光さんに内容をきいていたので心の準備はしていたのに、頭がコチコチでなかなか自由な発想や行動力にうつせない自分に気づきました。
〈自分の好きな時間〉を、いろいろイメージして言語化したのですが、特別なことをしていなくても好きだなと感じる瞬間は生活の中に無数にあります。それを拾いあげて、見事に劇にまで昇華させていたグループがあり、言葉に反応するパワーがちがうなと感心してしまいました。
言葉や出来事で、さっと浮かんだ気持ちや情景を表現し伝える力をつけることは、利用者さんとともにお仕事したり、休憩時間をすごしたりする中でもふっとほしくなるものです。

 

・今回初めて参加させていただき、詩を作って自分で演技することも初めての経験でした。最初は緊張や恥ずかしさもありましたが、チームでアイデアをだしあって演技するうち一体感が生まれ、恥ずかしさはどこかへいって思いっきり演技することができました。また、思いっきり演技することで感情が伝わりやすく、観ていて面白いんだなということが分かりました。全体を通して非常に面白く、いい経験ができたと思います。ありがとうございました。

 

詩の情景を体で表現

 

・Develops Teamwork(「チームワークを育む」「チームワークを向上させる」「連携を強化する」)

 

・知っている方や初めましての方と班を作り顔を合わせてコミュニケーション取りながら、個性がバラバラで面白かったり表現や発想が見えたりする中、一つの物を一緒に組み立てていくという事、演劇の時のそれぞれの言葉の持つイメージを表現。自分の想像を超えた動きとか、「AI」なんかじゃ到底たどり着けない、、、人知を超えるのは結局人間の想像力。
人が集まることによって生み出される物。
日本語とは(他の国の言語は知らないが、、、)こんなにも遊べる言葉なんだなと再認識できたいい機会でした。ありがとうございました。

 

・ウゴクカラダ(ポパイのダンス)では、ファシリテーターが好きなタイトルをご利用者に決めてもらいタイトルの中にあるものをご利用者が考え表現したものをまとめお芝居をするというメニューを行っており、ご利用者も職員も、毎回積極的に楽しんで取り組んでいます。今回のワークショップは詩ということで、人前で読む・声を出すことが苦手だなと思っていましたが、高崎さんの淡々と進める誘導で恥ずかしさを忘れ、自然に楽しく出来ていました。一人一人が好きな時間を書き出す、書き出したものを一つにまとめる、お芝居作りをする、発表。皆で協力し合いながら作り上げられた作品は達成感と感動でいっぱいでした。チームワークの大切さを改めて自覚し、日々の支援活動に自信を持って活用していきたいとおもいました。

 

詩を体で表現。何を思い浮かべてるのだろう。

 

・事前にどんなことをやるかを、知らせない状態で始まりました。チームで詩を読んで動くことは、みんなの意見を聞きながら、足踏みをしました。いきなりなので緊張しました。好きな時間を紙に書くことは、素直にできました。チームで詩を作ったり、芝居を作ることは本当に難しく、汗をかく作業でした。「とにかく、動いてやってみること」と高崎さんに言われてやってみます。1人が軸なってその周りをチームのみんなが埋めていく構成になりました。軸となる役をしました。周りで動いていた皆様が、自分の考えに無い動きをしていて、ストーリーに厚みが出たと思います。考えるのはそこそこに、好きなことを思いながら、体を動かすことは楽しい体験でした。

 

・「詩を作る」というと、とてもハードルが高く感じましたが、「好きな時間」を書き出すという切り口で始まったので、とても入りやすかったです。また、箇条書きの言葉を繋げるだけで情景が浮かぶ文章になり、そこに動きを付けると短い芝居になるという、初めての経験をしました。とても感動して、家に帰ってもワクワクしていました。

 

体を動かすと、それだけで楽しい。それが表現

 

・以前参加させていただいた時はご利用者も参加されていたのでご利用者が表現をどんどん提案してくれて私たち職員はサポート程度でしたが今回は職員同士ということで課題もあえて知らされず始まりは不安がありました。
実際に4チームに分かれて1つずつ課題をクリアしていく度に表現力も上がりそれぞれが積極的に意見を言える環境になってきました。
私のチームはそれぞれが書いた詞がファンキーな内容が多く繋げていくことが難しかったですが最後の発表ではいい芝居が出来あがり達成感が味わえました。
また、それぞれの発表を見ているとポパイ職員は離れをしているのか肝が据わっているのかチームを引っ張っていっている印象を受けました。

ワークショップではないですが、施設見学をさせていただきスイッチを押さないと気が済まないご利用者様に対しスイッチにカバーをし見えないようにしたことでトラブルがなくなった体験談等を聞くことができました。我慢をさせるのではなく心理的に楽になる支援法を常に意識されていて素敵だと思いました。

 

・詩」には「正解」が無い(自分の想い)
その「詩」から生まれた「演劇」にも「正解」は無い。
実際は「演劇」が始まると何とかまとまる。
「正解」は無いので各人の感じ方で良いのだと思う。
「正解」が無い事に向かうため「協力」「許容」「否定しない」が鍵か。

 

どんな世界を思い浮かべてるのだろう。

 

今後の展望

・利用者さんたちとこのワークショップでやったことをやってみたい。

 

・現代、情報があふれ、答えがすぐ見つかりそこで満足してしまっている。
言葉と向き合い、言葉が伝えたい意味、醸し出すイメージを、考えて考えて、想像して、アイデア出して、表現する。
 言語、非言語ともに、コミュニケーションは想像力や表現力がかかせないものと思います。
 職場で人と関わるうえで大切にしていきたいと思いました。

 

・まずは自分が表現できるようにしたいです。

 

・今回のワークショップで学んだことを生かし、今後は、即興表現やロールプレイを日常活動に取り入れ、子どもの感情表現や社会性の育成を支援していきたい。

 

非日常の世界。人は自由。

 

・今後の展望については具体的なものはありませんが想いとして。自分自身や利用者の皆さんの人生や暮らしが豊かになるような経験、体験、取り組みとして芸術や表現活動はとても大事だと思うのでなんらかそうした体験や触れる機会を大事にしていきたい。GHの一人ひとりの利用者さんの余暇の取り組みを大事にしていきたいと思っています。またそうした活動を通して地域や周りの人と関わりやつながりが深まっていくとさらに素晴らしいと思います。

 

・テーマを変えたりして、詩のワークショップ、遊びながらやってみたいと思います!

 

・演劇に興味あり、また機会があればやってみたいと思いました。

 

新しい気づきがここにはある

 

・In the future, I hope to continue growing, learning new skills, and becoming a better version of myself. I want to take opportunities that will help me improve both personally and professionally.(今後も成長を続け、新しいスキルを学び、より良い自分へと成長していきたいと思っています。個人的にも仕事でも、成長につながる機会を積極的に活用していきたいと思っています。)

 

・新しい表現を見出し仕事に活かせたらなと思います。
 利用者さんから聞く言葉から取れる意味を想像しあれやこれや膨らます。例えば一言「トイレ」と言われた時に、トイレに行きたいのか?トイレが汚いのか?トイレが怖いのか?など滑舌が悪い利用者さんからは少しの言葉で、手話とは違うが動きやパントマイムで言葉を表現しなるべく円滑にコミュニケーションが取れたらなと思いました。

 

なんだか体が勝手に動いて

 

・自然に自分らしい喜怒哀楽が盛り込まれた表現力を身に付け表現活動を中心に仕事で活用したいです。

 

・上手く作業をしようとするあまり、考えることに時間を使ってしまいます。結果、行動に移せないことが多いです。たくさんのことに制限があるご利用者に、演劇というアプローチで少しでも楽しんでもらえるのではないかと思えました。好きなものを聞きながらコミュニケーションを取って、好きなものを工作したり、芝居にして動いてみます。

 

・言葉を使った遊びができたらなと思っています。具体的になれば事業所で試して、形になればポパリンピックの種目に提案できたらと考えています。

 

こうやって人は自由になる

 

・普段なかなか製造室に入れていないご利用者がお菓子作りをし「楽しかった」「難しいと思ってたけど自分もできた!」という達成感を味わえる感覚は演劇WSで味わったものと近いのかもしれないとハッと思いました。私にできることで事業所、ご利用者にフィードバックしていこうと思います。

 

・利用者さんの行動(ある種表現)をマネてみる。
非日常の演出。
利用者さんの好きな物を体で表現してみる。

 

この場がこの自由を生み出す

 

できあがった詩

まさか自分が演劇をすると思わず、思いがけない経験でした

 東横線大倉山にある小さな喫茶「ありおり」で第8期演劇ワークショップの記録映画『そういうわけで』を上映し、簡単な演劇ワークショップをやりました。短い時間でしたが、みなさん、とても楽しかったようです。そのあと、映画監督の内田さんと高崎でいろんな質問を受けながら対談をやりました。(参加者を入れ替えて2回やりました)

 

「演劇をただ観劇することとは違う深さを感じました。」という感想がありましたが、そこがぷかぷかさん達と一緒にやる演劇ワークショップの生み出すもののおもしろさであり、豊かさです。それ故に、新しい気づきとお互いの新しい出会いがたくさん生まれたように思います。

 

 

「そういうわけで」上映会&ワークショップ アンケート(1回目)

 

ドキュメンタリー「そういうわけで」をご覧になっての感想をお願いします。

 

  • 決められたセリフを覚えさせるのではなく皆さんから出てきた言葉を拾っていきながら作っていくところが素敵でした。(60代女性)
  • 何人か知り合いの人もいて楽しかったです。(70代女性)
  • 自由に楽しい雰囲気が素敵でした。その中でも小さなひらめき(きらめき)をこぼさずにディスカッションを重ねる進行役の方も大事な存在だと感じました。(60代女性)
  • 個性的な皆さんで一つの劇を作るということ発想の豊かさが楽しかったです。(50代女性)
  • 五年前。かれんで非常勤で働いていた時を思い出し穏やかな時間が懐かしくなりました。(40代女性)
  • ここにあるこの人たちでできることをやればいいんですという言葉が印象に残りました。ごちゃまぜ感、何をやっても言ってもジャッジがない、この感じが最高でした。(50代女性)
  • みんなが自由にとらわれずに同じ演劇を良くしたいという志を持って表現していることがとても素敵だと思いました。(10代女性)
  • 解説は最小限に、考えさせる、感じさせる作品になっていたのが印象的でした。(50代女性)
  • 参加した人たちの達成感は素晴らしいんだろうなと思いました。(60代女性)
  • ねずみの耳を作っている方が、表面には可愛い柄を描き、裏面には髑髏を描いて、ニコニコしながら周囲に見せている場面が印象に残っています。演じているときはもちろん、準備をする段階や他者と対話するときにも、各人の思いがあふれている様子が伝わってきました。(50代女性)

 

高崎さん、内田さんとの対話会に参加されての感想をお願いします。

 

  • お2人の思いに共感するところが多々ありました。また自分も頑張ろうと思いました。
  • いろいろなお話が聞けて楽しかった。ありがとうございました。
  • こうでなければ・・・と枠に当てはめようとしなくていいんだなと思いました。定年後、好きなことをされている姿、また、好きなものを撮る姿がいいなと思いました。
  • お2人の力が抜けた感じのお話が良かったです。
  • 自然体な関わりが素敵だと思いました。
  • 質問で進んでいくのが良かったです。お2人が大切にしてきたことが伝わってきました。
  • 自分を自由に豊かに表現できるような人は、すごく人を安心させることができるんだと驚きました。
  • 彼らに惚れ込んでしまった。彼らと共に生きて行きたいという言葉にハッとしました。
  • 初めて伺うことが多かったのですが、熱意ある方たちですね。
  • 高崎さんがつくられる世界観や、用意される機会によって、演じることは自由になることなのだと感じました。また内田さんが編集された映像は、多くの時間の中の一瞬を切り取ったものだと思います。その一瞬一瞬をつなぎ、インタビューを通して言葉を紡いでくださったことで、「ありのまま」と「変化」の両方が伝わってきたように思いました。

 

 

高崎さんによるミニワークショップに参加されての感想をお願いします。

 

  • 初めての経験でしたがとてもアドリブを楽しめました。
  • 以前似たようなワークショップに参加したことがあり、久しぶりに思い出しました。
  • すごく楽しかったです。知らない方とでも何かを演じるって面白いですね。
  • 演劇の自由さまでは体験できなかったです・・・
  • 皆さんのエネルギーアイディアに脱帽でした。
  • 何をするのか全然予想外でしたが、短時間で劇が作れたことが予想以上に楽しかったです。皆さんの終わったあとの晴れやかな笑顔が始まる前と別人で同級生のような気がしました。
  • くだらないようなことだけれど、肩の荷が軽くなるような不思議な体験でした。心から楽しめる貴重な時間になりました。
  • いかに「かくかくしかじか」な、世界で生きているかを感じさせられ、思考の枠を外す大切さを感じました。
  • 思いもよらないことでした。「おー!」という感じです。
  • 特に意見を出すこともなく、物事が決まっていきました。柔軟性がないと言いますか、安定志向と言いますか……。「私らしさ」が無意識に出たと内省しています。

 

 

 

「そういうわけで」上映会&ワークショップ アンケート(2回目)

 

■ドキュメンタリー「そういうわけで」をご覧になっての感想をお願いします

 

  • 場を共有する、同じ目標に向かう、対話する(身体全体で)、ということを通して一つのチームになる。ハプニングも含めて、表現になり各参加者の価値になるように感じました。(50代男性)
  • 人には役割があると認識でき、とても幸せな気持ちになりなりました。(60代男性)
  • 演劇をしたいと思う障がい者の方がいて、それを形にする周りの方たちの接し方や意識の持ち方などに触れることができてよかったです。(50代女性)
  • 質問をさせてもらいましたが、このような演劇ワークショップを始めるようになったきっかけと、活動をサポートする進行係や楽器演奏者がどのような方か知りたいと思いました。(60代男性)
  • プカプカさんのワークショップは、参加する方は楽しいですが、「鑑賞するもの」としてどうやって成立するのかと自分ではイメージが持てませんでしたが、今日映画を観て「すばらしい」というまさにその感じを受けました。(50代女性)
  • 記録を取らないと出来事はなかったと同じだということからこのドキュメンタリーを撮影したと聞き、この映画を見ている瞬間は出演者さんと同じ時間軸を過ごしているという感覚が生まれました。(30代女性)
  • 演劇をただ観劇することとは違う深さを感じました。(60代女性)
  • ひとりひとりの話を聞くこと、そして自由に自分の思いを出していく素晴らしさを私たちは見ることができました。根気強く接する方たちに感動しました。(80代女性)

 

 

 

高崎さん、内田さんとの対話会に参加されての感想をお願いします。

 

  • 楽しい時間でした。高崎さん内田さんの「何かを信頼している」(ひとりひとりの価値を信じている)感が伝わってきたように感じました。
  • ざっくばらんにお話できる環境で、ゴールを決めずに自由に進めていくことの大切さを学びました。
  • 障害者の人たちと生きることが楽しく、いとおしいと語った高崎さんと、楽しい現場だったと語る内田さんのお話が印象的でした。
  • 演劇ワークショップの立ち上げで、黒テントに相談に行き、巻き込んでしまう高崎さんのバイタリティに感銘を受けました。活動をうまく映像化された内田さんの手腕にも感心しました。
  • プカプカさんのドキュメンタリーに興味を持ってくださる人がたくさんいらしたことに感激しました。
  • ただ映画を見てるだけだと「ふーん」で終わってしまったと思いましたが、作り手や生の声を聞けて理解が深まりました。
  • プロの人を入れているということが重要なのだと思いました。
  • 畑を耕すように、自分の中の想いを外に出して、新しい発見をすることは楽しい。

 

■高崎さんによるミニワークショップに参加されての感想をお願いします。

 

  • 体、声を使うワークショップは、50年ぶりだと思います。ワークショップの可能性を感じました。
  • 人は、届けることでエネルギーが増すことを体験できました。感謝です。
  • まさか自分が演劇をすると思わず、思いがけない経験でしたが、新鮮でした。
  • 二つのグループで、全然違う処理の仕方で面白かったです。具体的には、セリフをそのままにするか、変えるか、全員一緒なのか、役割を分担するかなど。
  • 久しぶりで本当に楽しかったです。自由にしてくれますね。「ありをり」の空間がとても広々と感じました。
  • 体を使って表現するという経験が学生時代以来なので懐かしい気持ちになりました。社会人になってからは意味を探すのと自分の役割を見極めて行動していたので、表現でコミュニケーションを探すのが面白かったです。
  • 自分の感じていることとは違うところに、意味が出てくることも感じました。
  • 身体が熱くなるほど動いたのは最近なかったことで、とにかく楽しかった。

彼等の生きている世界を楽しむ

ろう者の人達は「音の概念を持たない」といいます。音が全くない世界を生きています。私たちから見ると、なんとも不自由な世界に感じたりしますが、でも、ずっとその世界に生きてきているので、聞こえないのは当たり前で、不自由でも何でもありません。

 音の概念を持たない人達の舞台。音のない世界からこんなにダイナミックなステージが生まれます。ただただ驚いてしまいます。こういう世界の人達とはおつきあいした方がいい。お互い世界が豊かになります。

 私たちは何かができることはいいことで、できないことはだめ、みたいなイメージがあります。でも、ろう者の人達にとっては、聞こえないことは当たり前なので、だめではありません。それを考えると、おしゃべりができないとか、字が書けないとか、いろんな人がいますが、別にできないことがだめではなく、おしゃべりをしない世界、字を書かない世界をその人達は生きているのではないかと思ったりするのです。

 そんな風に考えると、何かができるように支援する、などというのは、かえってその人の生きている世界を邪魔してる気がするのです。私たちの側の思い上がりとも言えます。もう少し謙虚に彼等の生きている世界とおつきあいした方が、得るものがたくさんあるような気がします。

 

  これ、すごく楽しい絵です。でも、文字を追いかけると、何が書いてるのかよくわかりません。文字を追いかけることが野暮なんだと思います。そのまま、この世界を楽しむ。そうやって彼等の生きている世界を楽しむ。それがいっしょに生きているということだと思います。

音のない世界

この話はおもしろかったです。

www.tokyo-np.co.jp

 音の概念を持たない「霧のまち」の住人たちのパフォーマンスが美しい。体から湧き出る音楽のようなものがやっぱりあるのではないかと思ってしまう。

 

 ろう者と聴者は生きている世界が違う、ということを聴者である私たちはあまり自覚がありません。耳でいろいろ聞きながら世界を見ている私たちと、全く聞こえない世界を生きている人たちでは、世界の感じ方、世界の描き方がやっぱり違うのではないかと思うのです。だからいっしょに生きていると、お互い世界の幅が広がっておもしろい。豊かになるって、そういうことではないかと思うのです。

 

 大好きな劇団の一つに「デフパペットシアターひとみ」という劇団があります。ろう者と聴者がいっしょになって人形劇を作っています。そのホームページを見るとこんなことが書いてあります。

www.deaf.puppet.or.jp

 こんな「デフパペットシアターひとみ」といっしょに作った舞台。舞台で見せる彼等の表現がすばらしいです。

www.pukapuka.or.jp

こういう舞台こそが社会を豊かにしていくのだと思います。

 

 ね、だからいっしょに生きていった方がトク!

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