ぷかぷか日記

美帆ちゃんのこと忘れないよ   事件から10年目に

 昔学生の頃、大学内の教会でやっていた聖書研究会に通っていて、その時に石原吉郎という詩人を紹介され、今もその詩集を大事に持っています。ものすごく分厚い詩集で、その中にある評論の中に

 

 《 ジェノサイドの恐ろしさは、一時に大量の人間が殺戮されることではない、

   その中に、ひとりひとりの死がないということが、私には恐ろしいのだ。 》

 

 相模原障害者殺傷事件が起こったとき、保護者の希望で名前を公表しませんでした。美帆ちゃんのお母さんだけが、それはおかしい、と声を上げ、美帆ちゃんという女性が亡くなったことを私たちは知りました。

 

    

 

 NHKの方が、当時娘さんをなくし、落ち込んでいたお母さんを元気づけようとぷかぷかに連れてきたことがありました。事件の犯人は

「障害者はいない方がいい」

などと主張していましたが、ぷかぷかは

「障がいのある人たちとはいっしょに生きていった方がいい」

と主張しています。そんなぷかぷかにやってきたお母さん、ぷかぷかさん達に囲まれ、少し元気が出てきたようでした。

 

 当時のブログにこんなこと書いていました。

《先日やまゆり園事件の遺族の方(美帆ちゃんのお母さん)がぷかぷかに見えました。私はどういう言葉で話しかければいいのかわからず、「こんにちは」といったきり、後に続く言葉がなかなか出てきません。事件に関するブログを150本以上書きながら、事件で一番辛い思いをした遺族の方にかける言葉が出てこないのです。

 遺族の方を前に本当に困りました。その時周りにいたぷかぷかさんたちが

「あれ、どこから来たの?」「お名前はなんて言うの?」

と、いつもの調子で質問攻め。

「ぷかぷか、頑張ってます」

なんていう人もいました。

 そんなぷかぷかさんらしい対応に、遺族の方はみるみる笑顔になり、いろんなお話を楽しそうにされていました。遺族の方を前に、半ば固まってしまった私は救われた思いでした。

 「ぷかぷかさんのお昼ご飯」で食事された時、その日のメニューは唐揚げだったのですが、亡くなった娘さんの大好物だったそうで、

「娘と一緒に唐揚げを食べている気分でした」

とお話しになっていました。一ヶ月後に誕生日を迎えるという話も聞き、それならぷかぷかで誕生会やりましょう、という話になりました。

 「ぷかぷかさんのお昼ご飯」は誕生日を迎える方のリクエストで誕生日メニューが決まります。ですからその日は唐揚げにすることになりました。お母さんひとりで食事するのは寂しいと思い、亡くなられた娘さんの写真を見ながらぷかぷかさんが等身大の「分身くん」を段ボールで作り、お母さんの隣に並べて食事してもらいました。帰りの会でささやかな誕生会もやりました。小さなステージに娘さんの分身くんに座ってもらい、みんなで「ハッピーバースデー」を歌いました。娘さんの好きだった音楽をガンガンかけ、みんなで思いっきりダンスをしました。誕生日カードもぷかぷかさんが描いてプレゼントしました。お母さん、本当に大喜びでした。

 

 遺族の方はそっとしておいた方がいい、とよく言われます。でもぷかぷかさんたちは違いました。そっとしておくどころか大歓迎し、誕生日会までやってしまったのです。お母さん、たくさんの元気をもらえたようでした。

 

 事件を超えるって、こういうことではないかと思います。事件で一番辛い思いをした遺族の方が元気になる。これはすごく大事なことです。今まで、多分誰もやっていなかったことです。それをぷかぷかさんが、何か特別なことではなく、いつもどおりの感じで、さらっとやってしまったのです。

 ぷかぷかさんといっしょに生きていく中にこそ、事件を超えていく鍵があるような気がしています。

 昨年の上映会に参加した方が、ぷかぷかさんもいっしょにいる上映会の賑やかな雰囲気の中で

「とがった心が丸くなる」

と感想を書いていましたが、一番のキーポイントを言い当ててる気がしました。

 事件を考える集まりで、お互いの考え方のちょっとした違いで、とても険悪な雰囲気になってうんざりしたことがあります。事件を考える集まりなのに、みんなの心はとがったままだったのだと思います。心がとがったままでは、事件を超える社会を作るとかいっても、なんだか寒々しい気がします。

 その心をゆるっとしてくれるのがぷかぷかさんです。とがった心を丸くしてくれるのです。11月14日の上映会(第6期演劇ワークショップ『どんぐりと山猫』の記録映画)にはぷかぷかさんもたくさん参加します。彼らのチカラを借りて、事件を超える社会がどうやったらできるのか考えたいと思うのです。 

 

  美帆ちゃん、君のこと忘れないよ。

 

 それは事件を忘れないということ。この社会でどうしてあのような事件が起こったのか。この社会の、何が問題なのか。それを考え続けること。そのことの大事さを美帆ちゃんは教えてくれたように思うのです。

 

 

 お母さんからは美帆ちゃんのお話をいろいろ聞きました。唐揚げが大好きだったそうで、12月5日の誕生日に近い給食のメニューは唐揚げにしました。

 

 

 お母さんも食べに来たことがあって、その時、

「高崎さんは気がつかなかったかもしれないけど、美帆ちゃんもいっしょに食べてたんですよ」

といい、そうか、唐揚げのメニューにするってそういうことなんだ、と思ったりしました。美帆ちゃんを思い出すだけでなく、美帆ちゃんも食べに来るんだ、って。

 

 ぷかぷかさんの中には美帆ちゃんの誕生日にはいつもバースディカードを作ってお母さんに送る人もいます。丁寧に丁寧にカードを描きます。できあがったカードは私の方で美帆ちゃんのお母さんに送るようにしています。

 

www.pukapuka.or.jp

 

www.pukapuka.or.jp

 

www.pukapuka.or.jp

 

www.pukapuka.or.jp

 

串間での上映会、主催者の思い

先日の宮崎県串間での上映会、ワークショップを企画した石山さんの思い。

 

ぷかぷか上映会
ありがとうございました。
たくさんの方に見ていただくことができました。
そしてハートフルセンターの広いホールで
たくさんの車椅子ユーザーが前半分のフリースペースで、後ろ半分のシアター状の座席には歩ける方たちに座っていただき。
こんな景色を見たことがない。と、
前に立って挨拶する時に、感動の塊がぶあっと込み上げてきました。
同じ空間で同じ映画を見ることができる。
あたりまえのようで実は難しい、そんな景色が見られたことが、きっと未来へと繋がっている。そんな確かな想いになりました。
そして衝撃だったワークショップ。
同じ目的を持って同じものを作る。
その説得力が圧巻でした。
知的障がいのある彼らのユニークさ、自由さ魅力が、発言や行動から溢れ出ていて、それを魅入る瞬間がたくさんありました。
それらが渦巻きのように渦巻いてやがてみんなを一つにするエネルギーに変えていきました。
それぞれ違う人たちがつながる瞬間をこの目で見た。その破壊力に、これが同じことをするということを高崎さんが大切にしていた理由なんだと理解しました。
そしてお話会。
寝ずに考えた私の思いを、なかなか上手に言い🤣
高崎さんと藤崎さんが歩んでこられた40年という軌跡。40年も彼らと一緒にいてくれたその秘密を。
心温まるお話をたくさん聞けました。
そしてグループに分かれて、それぞれの秘めた想いを話し合いました。
私のテーブルには高崎さん。
隣のテーブルには藤崎さん
そのまた隣のテーブルには藤崎さんの奥様。
がついてくださりました。
障がい者の親として、時々ものすごく孤独を感じてきたけど、仲間がここにいる。そう感じた時間でした。   
最後に脳性麻痺で体はとても不自由だけど聡明な20代の女性が「今回のぷかぷかに参加できて本当に良かったです。
この企画を開催していただきありがとうございました。」と言っていて、
私はこの言葉を聞くために3ヶ月動いてきたのかもしれない。そう思いました。
 
 
こうちゃんとお母さん(石山さん)

 
石山さんは初めてこんな企画をやりました。Facebookも初めてで、どうやって始めるかをメールで伝えるのが大変でした。それでも150人も人を集め、上映会ができてしまったのは、やはり日々の人付き合いの幅の広さ、濃さだったのではないかと思います。この経験がこれからどんな風に生かされるのか、楽しみです。
 

やまゆり園事件から10年

 やまゆり園事件から10年になります。あれだけ衝撃的な事件があったにもかかわらず、障がいのある人たちを取り巻く状況はそれほど変わったとは思えません。

 神奈川県では「共に生きるかながわ憲章」を定めていますが、当たり前のことが書いてあるだけで(優等生の作文のよう)、これで社会が変わるとはとても思えません。

 https://www.pen-kanagawa.ed.jp/kanazawa-sh/documents/message3.pdf

 

 「障がいのある人とは一緒に生きていった方がトク!」

といった感じの、泥臭いおつきあいこそが、今必要なんじゃないかと思います。いっしょに笑うとか、いっしょに怒るとか、腹を立てるとか、いっしょに寝っ転がるとか、そういったふだんの暮らしの中でのふつうのおつきあいをコツコツ作っていく。

 そのおつきあいをちょっとずつ広げていく。広げていくことで社会は少しずつ変わっていく。

 

 「共に生きる社会を作ろう」といった大きな話ではなく、身近にいる障がいのある人達と小さな物語を日々作っていく。「今日いっしょに笑ったよ」とか、「けんかしちゃった」とか、「一緒にお出かけして楽しかったよ」といった日々の小さな物語こそが大事。

 「支援」という上から目線ではなく、どこまでもフラットな関係で彼等とつきあっていく。それがいっしょに生きるということ、共に生きるということ。

 

 事件があったからって、社会はすぐに変わるわけではありません。何よりも多くの人は、私には関係のないこと、と思っています。それが社会です。そんな社会をどうやって変えていくのか、なんて大それたことは考えず、とにかく彼等と過ごす日々を丁寧に作っていく。そして

「いい一日だったね」

って、お互いが笑顔で話せるような、そんな関係を大事にしたい。

 

串間でぷかぷかの映画の上映会と演劇ワークショップ

 

宮崎県の串間でぷかぷかの映画『Secret of Pukapuka』の上映と1時間ほどの簡単な演劇ワークショップ、それにみんなでわいわい話し合いをやってきました。

 

 

 

 

 

 

 

 演劇ワークショップはほとんどの人が初めてだったので、とても新鮮な感じで受け止めてくれました。こういう非日常的世界での気づきは自分の日々を見直すきっかけになります。人生が弾んでくるかも。 機会があればまたやりましょう。

 「あ、私の所でもやってみたい」と思われた方は高崎までメールください。takasaki@pukapuka.or.jp

宮崎県の串間で『Secret of Pukapuka』の上映、演劇ワークショップ、なのはな村の藤崎さんとの対談、討論会

30日、宮崎県の串間で『Secret of Pukapuka』の上映、1時間ほどの演劇ワークショップ、なのはな村の藤崎さんとの対談、討論会を行います。

 

『Secret of Pukapuka』の予告編

www.youtube.com

 

主催する石山さんは以前こうちゃんといっしょにぷかぷかに見学に来ました。

www.pukapuka.or.jp

 

こうちゃんはこんな絵を描きます。

 演劇ワークショップはわずか1時間ほどなのでたいしたことはできないのですが、それでも今までにない新しい出会い(自分自身との出会いも含めて)があると思います。なのはな村の藤崎さんとは30年ぶりくらいに会うので、いろんなおもしろい話ができるのではないかと楽しみにしています。

 

 時間があれば昔子ども連れでいった鶏小屋と畑を見たいと思っています。

 

そうそう、もうすぐ完成するぷかぷかの映画の予告編の上映もします。

宮崎にお住まいの方、ぜひお越しください。

重度障害者は逸失利益ゼロなのか?

重度障害者は逸失利益ゼロなのか?と問う記事がありました。 

 

www.tokyo-np.co.jp

 

 私が養護学校の教員をやっている頃、別の養護学校でプール指導の際、重度障害の子どもが亡くなるという事故がありました。その時問題になったのが、この重度障害者の逸失利益をどのように算定するかということでした(逸失利益とは事故がなければ得られたはずの将来の利益のこと)。

 社会に出て働けないのだから逸失利益はゼロ、という意見と、働けなくてもまわりの人を様々な形で癒やしているのだからゼロはおかしい、という意見とがぶつかっていました。

 結論がどうなったのかは忘れましたが、私自身は重度障がいの方と様々な形でおつきあいすることで、私自身が人としての幅が広がり、人生が豊かになった感じがありました。教員になる前は普通の会社で働いていましたから、養護学校で障害のある子ども達と初めて出会い、「こんなステキな人達がいたんだ」という気づきは、ほんとうに大きなもので、人生の幅がグンと広がった気がしました。生きることの意味をむつかしい言葉を一切使わずに彼等は教えてくれました。彼等には感謝しかありません。確かに彼等は生産性という観点で見ると、なかなか厳しい面はあります。でもその点だけで評価すると人として大事なものを見落とす気がします。

 たとえ重い障がいがあったとしても、その人とおつきあいがあれば、逸失利益はゼロという風には普通考えません。それが人と人とのおつきあいというものが生み出す素晴らしさだと思います。

 

 ぷかぷかにいつも買い物に来てくれるお客さん達にこの「重度障害者の逸失利益はゼロだと思いますか?」と聞いてみるといいと思います。おそらく多くのお客さんは

 「それはおかしい」

というと思います。ぷかぷかに買い物にくることで、ぷかぷかさん達と出会い、

「ぷかぷかさんが好き!」

とファンになった方がたくさんいます。そんな人達にとって

「重度障害者の逸失利益はゼロだと思いますか?」

の問いは、悪い冗談のように聞こえるのではないでしょうか。これが人と人とのおつきあいが生み出すものです。

 

「重度障害者の逸失利益はゼロ」という発想は、社会を貧しくします。

 

いっしょにいると心ぷかぷか

 ぷかぷかの映像『Secret of Pukapuka』はやまゆり園事件の犯人が「障害者はいない方がいい」などと言っているのを聞いて、「それはちがう」という思いを込めて作った映画です。

 

www.youtube.com

 

その映画の最後に出てくるのが

 

「いっしょにいると心ぷかぷか」

 

という言葉です。障がいのある人たちといっしょに過ごしていると、心ぷかぷかになるよ、だからいっしょに生きていこうよ、というメッセージです。

 心ぷかぷか、というのは、たとえばこんな絵を見た時の私たちの心です。

 

         

              

 

 こんな絵は私たちには描けません。彼等にしか描けないのです。だからいっしょに生きていった方がいい、そうすることで社会が豊かになる、映画にはそんな思いを込めています。

 

 やまゆり園事件からそろそろ10年がたちます。社会は変わったのでしょうか? 障がいのある人たちの生きやすい社会になったのでしょうか?学校では相変わらず障がいのある子どもとそうでない子どもは分けられていて、お互い知り合う機会もないまま大人になります。

 そんな大人達の集まる大学で、ぷかぷかさん達といろんな形でおつきあいする授業を何回かやりました。その時の学生さん達の感想を少し紹介します。

 

・正直、障害者という人達に、悪い印象しか持っておらず、怖いな、不安だなと思っていました。でも関わってみると、当たり前ですが相手は人間で真っ直ぐ言葉を投げれば受け取ってくれる。人と違うから障害ではなく、人と違うのも個性なんだな、と実感できました。

・最初は障がいのある方は苦手だったから関わらないようにしていたけど、関わり方がわかれば怖くもないし、襲いかかってくることもないから、差別とかしないで、平等に関わっていくことが大事だなと思った。

 

 

・最初は障害者はなにもできない人間で、何に対しても援助が必要で全て私たちがしてあげるという立場だという偏見を持っていた。しかし、ぷかぷかさんとの交流をしていく中で一人一人の個性が見えてきて、なにを得意にしているのか、なにを苦手にしているのかが理解出来るようになった

・この交流を通して障害の方だからこうしてあげよう、特別扱いしようという〇〇してあげる考え方を見直すことができた。

・最初はやっぱり、何か違う人という認識でどう接したら良いか分からなかったけど、普通に会話をし、笑いあってすごく楽しかった思い出ばかりだった。

・障害を持ってる人は怖いという印象しかなかったけど、関わりを通して「怖くないんだ」「優しいんだ」などのプラスの印象になりました。

 

 障がいのある人達とおつきあいした感想をとても正直に書いています。子どもの時からおつきあいしていれば、もっと早くからこういったことに気づき、違う人生を歩んだかもしれないと思いました。

 障がいのある人達との出会いは人生の幅を広げてくれます。人生が豊かになります。だからいっしょに生きていった方がトクだと思うのです。

 

 5月30日(土)、宮崎県の串間で『Secret of Pukapuka』の上映会をやります。簡単な演劇ワークショップと、なのはな村の藤崎さんとの対談もあります。お近くの方はどうぞ。

 

いっしょに道草

以前「道草」という映画を見て、色々思うことがあってブログ書きました。

www.pukapuka.or.jp

 

 ブログの最後にこんなことを書いています。

 

「重い障がいのある人たちとどんな風につきあっていくのか。そのつきあい方ひとつで、こんなにも豊かな時間がうまれたり、あのおぞましい相模原障害者殺傷事件が起きたりします。この落差はなんなのでしょう。」

 

 重い障がいのある人達と道草を食い、その時間をいっしょに楽しめるかどうかだと思います。相模原殺傷事件の植松は、そういう時間をいっしょに楽しめなかったのではないか。支援という関係は、結局のところ、相手といっしょに過ごす時間を楽しむ、なんてことは全く考えていないのだろうと思います。考えてみれば、淋しい関係ですね。よ〜くおつきあいすればステキなものいっぱい持ってる人達なのに、もったいない話です。

 昔養護学校の教員をやっている頃、相手をする子どもたちは「指導」する対象でした。できないことをできるようにする、みたいな関係です。一応「指導計画」なんて立てたりするのですが、書きながら、こんなの空想だよなってずっと思っていました。実際の子どもたちは、そんな指導計画で語られる空疎な言葉を遙かに超えて日々自分の人生を生き生きと生きていました。

 そんな彼らに私は惚れ込んでしまいました。こんな人達とずっといっしょに生きていきたい、って。その結果が定年退職後に作った「ぷかぷか」です

 彼等とおつきあいすることで、人生が本当に楽しくなった気がします。生きる楽しさって、こういうことなんだって、彼等に教わった気がします。彼等はそうやって自分のまわりの社会を耕し豊かにしているのだと思います。

 

 

なんと77歳!

タカサキは77歳になりました。すっかりおじいさんです。それでも仕事先の「でんぱた」(ぷかぷかの運営する生活介護事業所)まで天気のいい日はアップダウンの多い道をサイクリング車で走っています。10キロ弱を30分くらいで走ります。

 毎朝10階建てのマンションの階段180段をタイム計りながら走って登ります。昔は1分20秒台でしたが、最近は1分50秒台。やはり体力が落ちてきた感じではあるのですが、ま、しょうがないですね。

 

 特に病気もなく、おいしいものを食べ、元気に暮らしています。毎日冷蔵庫にあるものからメニューを考え、晩ご飯を作っています。先日は白菜を見つけたので、自家製のホワイトソースを作り、シチューにしました。なかなかにうまかったです。以前は毎晩写真を撮って「タカサキのテキトー晩ご飯」と題してアップしていましたが、最近は面倒くさくてやっていません。こういうのがおっくうになるといけませんね。余計に年とる感じがします。

 

 ブログを2000本以上書いているので、これを本としてまとめたいなと思っています。タイトルは「とがった心がまるくなる」です。障がいのある人達は私たちのとがった心をまるくしてくれます。トランプとかプーチンとか、ネタニヤフとか、世界を戦争に巻き込んでいるそういう人達が障がいのある人達とおつきあいすれば、世の中もう少し平和になるような気がします。

 

 

 第9期の演劇ワークショップの記録映画を今製作中です。5月30日に宮崎県の串間で『Secret of Pukapuka』の上映会には、その予告編が上映できそうです。楽しみにしていてください。完成したら、またあちこちで上映したいと思っています。

 

 先日第8期演劇ワークショップの記録映画『そういうわけで』の上映会をやった「ムニノマ」ではこんな感想が出てきました。

 

「上映会も即興演劇ワークショップも                           

 どれも これもが楽しくて

 胸に響いて泣けるほど                    

 いい時間だった。」   

              

「胸に響いて泣けるほどいい時間だった」 上映会の後のワークショップなので、 たいしたことはやっていないのですが、それでもこんな感想が出てくるなんて、本当にうれしいです。やっぱり演劇ワークショップって、人を自由にするチカラ、新しい気づき、新しい出会いがあるのだとあらためて思いました。

特に障がいのある人たちといっしょにやると、とにかくめちゃめちゃに楽しい場になり、「あなたにいてほしい」「あなたが必要」

と素直に思えます。ここで生まれる彼等との関係こそ、社会に広げていきたいと思っています。

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