三連休の後ですが、気持ちを切り替え、それぞれの仕事に集中してます。素晴らしいですね。
ラスク隊!



ほうじ茶スノーボール隊!


三連休の後ですが、気持ちを切り替え、それぞれの仕事に集中してます。素晴らしいですね。
ラスク隊!



ほうじ茶スノーボール隊!


NHKのパラリンピック報道で、
「パラリンピックの報道は障害者のイメージを変えますよねぇ」
なんてこと言ってましたが、確かに障害者もこんなすごいことができる(いろんなことができないというマイナスイメージを象徴する《障害者》という言葉を見事にひっくり返しています)という意味では、障害者のイメージは変わると思います。
でも、そういう意味で障害者のイメージが変わっても、障がいのある人たちの社会的生きにくさが変わるか、というと、多分変わりません。ハード面でのバリアフリーは進んでも、ソフト面でのバリアフリーはなかなか進まないからです。
できないことをできるようにがんばってがんばって、すごいことができるようになる人もいれば、できないことを全く気にしないで、がんばらない障がいのある人たちもたくさんいます。むしろこっちの方が多い気がします。
いつも話題にするセノーさんなんかはそのがんばらない人の代表です。
できることを極限まで追求する人たちのパラリンピックがあるなら、できないことをできるようにがんばらない人たちのパラリンピックがあっても面白いんじゃないかと思いました。そこでは、がんばらない人たちが作り出す、今までにない新しい価値で勝負します。新しい価値は、がんばらない人たちに寄り添う人たちが言葉や映像、その他で表現します。
新しい価値を評価することは、そのまま「できないことをできるようにがんばらない人たち」の評価につながります。評価することを超えたところで生きている彼らを評価するなんて、彼らから見れば全く意味のないことです。それでも今の社会にはない新しい価値を見いだすという意味で、そしてそのことで社会をより豊かにする、という意味で、私たちは目をこらして、必死になって評価することはものすごく意味があると思います。
「できないことをできるようにがんばらない人たち」の作り出す今までにない新しい価値で勝負するパラリンピック、考えただけでも楽しいと思います。いや、そういう新しい価値を掘り起こす作業が、今すごく必要なんじゃないかと思います。そういうことこそが相模原障害者殺傷事件を乗り越えるために必要だと思います。
たとえばセノーさんは「ああああ…」と言いながら、郵便局のお姉さんたちの心を耕しました。
これは彼にしかできない《新しい価値》の創造と言っていいと思います。
彼らが生み出しているそんな《新しい価値》をみんなで探そう。そしてその《新しい価値》で勝負するパラリンピックをやろうじゃないか、という提案です。
2016年9月17日、第3期みんなでワークショップの第二回目がありました。今期は『セロ弾きのゴーシュ』がテーマです。どうやって『セロ弾きのゴーシュ』の物語をみんなの中に降ろすかが今回のテーマでした。
『セロ弾きのゴーシュ』は金星音楽団が練習しているとき、いつもゴーシュのセロが遅れ、楽長がだめ出しをするところから物語が始まります。
《 にわかにぱたっと楽長が両手を鳴らしました。みんなぴたりと曲をやめてしんとしました。楽長がどなりました。
「セロがおくれた。トォテテ テテテイ、ここからやり直し。はいっ。」 》
という具合です。そこで、この楽長がだめ出しするところの言葉をみんなで言い合う「だめ出し合戦」をやりました。人間、大きな声を出すと、自然にテンションが上がります。相手に向かって大声を出し、相手はそれに負けずに更に大声を出します。相手がいる、ということはすごく大事です。

手をパン!パン!パン!と三つたたき、この台詞を相手に向かって大声で言います。相手は同じ台詞を更に大きな声で投げ返します。



こうやって体が熱くなったところで、三つのグループに分かれて、練習中にゴーシュがだめ出しをされるシーン、叱られたゴーシュが壁に向かって涙をこぼしながら一人静かに練習をするシーン、夜、川端にあるこわれた水車小屋の家に帰り、椅子に座って練習するシーンを作りました。
オペラシアターこんにゃく座のオペラ『セロ弾きのゴーシュ』で歌われている歌を使ってシーンを作っていきます。

だめ出しの言葉を言ったあと、みんなが歌で支えます。
ゴーシュをのぞく楽団員が退場したあと、ゴーシュは一人残って練習します。

ここはゴーシュ役のサイトウさんが、すばらしい演技を見せてくれました。後ろ姿がすごくよかったですね。みんなが歌で支えます。

《 その晩遅くゴーシュは何か巨きな黒いものをしょってじぶんの家へ帰ってきました。家といってもそれは町はずれの川ばたにあるこわれた水車小屋…
ゴーシュがうちへ入ってあかりをつけるとさっきの黒い包みをあけました。それは何でもない、あの夕方のごつごつしたセロでした。ゴーシュはそれを床の上にそっと置くと、いきなり棚からコップをとってバケツの水をごくごくのみました。
それから頭を一つふって椅子へかけるとまるで虎みたいな勢でひるの譜を弾きはじめました。》
体でゴーシュの家を作ります。そこへゴーシュがセロを担いで帰ってきます。先日日本フィルハーモニーのチェロ奏者江原さんもリュックのようにチェロを背中に担いでやってきました。
セロを床に置き、棚からコップを採ってバケツの水を飲みます。それから頭を一つ振って、椅子にかけるとまるで虎みたいな勢いでセロを弾き始めます。

サイトウさんのこの熱演ぶり。♪譜をめくりながら 弾いては考え、考えては弾き…

ほかの二グル−プとも、こんなふうにして最初のシーンを作りました。デフパペットシアターひとみの役者エノモトさんが作った水車がすばらしかったですね。エノモトさんは聴覚障害者。言葉を使わずに体だけで様々なものを表現する活動をやっています。一声かけただけで、すばらしい水車を作ってくれました。
歌の力は大きかったですね。こんにゃく座のオペラの歌は原作の言葉をそのまま使っています。ですからオペラの歌を歌うと自然にそこのシーンが頭に浮かびます。『セロ弾きのゴーシュ』をみんなの中に降ろすのにとてもいい方法だと思いました。
終わってからの反省会、しょうへいさんはずっと黙ったままなので、今日は何も言わないのかと思っていたら
「実は小さな子どもが僕を好いてくれました。それがとてもよかったです」
と、ぼそっと言い、みんな笑ってしまいました。コミュニケーションゲームの中で、ピアノの役をやり、その中で子ども達がしょうへいさんのこと、とても気に入ったようでした。しょうへいさんは積極的に子ども達に関わるタイプではないのですが、内心すごくうれしかったんですね。

とりあえず最初のシーンができました。このあと動物たちが登場するシーンを作っていきます。どんなお芝居になるか、楽しみにしていてください。
できあがった芝居の発表は来年1月19日(日)の午後、みどりアートパークホールで予定している《表現の市場》でおこないます。
昼食メニュー紹介です♩♪♫♬
15日木曜日
ジャガイモとベーコンのオーブン焼き
厚揚げとこんにゃくのきんぴら風
キャベツとワカメのマヨ和え

メニューの最後に良く付いているナニナニ風、この風〔ふう〕を自宅でも家族に今日のメニューは?と、聞かれるたびにボルシチ風…などと便利に使っていたのですが、あまりに酷使していた為かある日、「その風〔ふう〕っていうのを付ければ何でもOKだと思っているでしょう」と言われてしまいました。
ですが、ほぼ毎日調理をする者にとって確実にコレはナニナニです!と言い切れない日も有るのです。でも、それでもココロを込めて作っている事に変わりはありません。
お召し上がりになる皆様、ナニナニ風も立派なお料理なのです!
ともかく今回はこんにゃくと厚揚げのきんぴら風、作りました♪
帰りがけ、セノーさんは行きつけのゲオのお姉さんに電話していました。
顔を見ながらの話ならともかく、電話でセノーさんの話に対応するのは大変です。この電話、10分くらい続いたのですが、ゲオのお姉さんはよく頑張ったと思います。普通なら電話を切ってしまうところですが、根気よく対応してくれました。お詫びと感謝の電話を入れようかとも思いましたが、セノーさんの電話をお詫びしたり感謝するのも何か変だと思い、やめました(お父さんは時々お詫びと感謝の電話を入れているようです)。
セノーさんがゲオに電話し、ゲオのお姉さんがそれに対応するのはごく当たり前のことだと思ったからです。私がそれをお詫びしたり、感謝したりすると、そのやりとりがなにか特別なものになってしまいます。セノーさんは当たり前のようにゲオに電話しています。私たちもそれを当たり前のこととして受け止めていかないと社会は変わっていかないなと思いました。
セノーさんはこうやって電話で街を耕しているんだと、あらためて思いました。
日本フィルハーモニーのチェロ奏者江原さんのミニ演奏会がありました。
演奏会の前に名刺に使う似顔絵とチェロの絵をヨッシー画伯に描いてもらいました。日本フィルハーモニーの名刺はどこかなくしてしまったので、今度はぷかぷかの似顔絵名刺を作るのだそうです。この辺の感覚がいいですね。日本フィルの権威(?)ある名刺よりぷかぷかの似顔絵名刺がいい、というわけです。

今日は帰りの会をチャッチャッと済ませ、さっそくミニ演奏会。生のチェロ演奏を聴くなんて、ほとんどの人ははじめてだったので、みんなすごい集中して聞いていました。
チェロって、しみじみいい音ですね。ほんとうにすばらしい時間を過ごすことができました。こういう時間こそ大事にしたいと思いました。
ダイちゃんの太鼓演奏の話をしたら、機会があれば太鼓とチェロのコラボをやってみたいとおっしゃっていました。ダイちゃんと相談し、ぜひそういう機会を作りたいと思います。即興の演奏会なので、どんな展開になるのか、全くわかりません。多分ダイちゃんの元気な太鼓演奏に、チェロが即興で突っ込んでいくような演奏になると思いますが、みんなわくわくどきどきしながら聞くような演奏会になると思います。日時が決まりましたらお知らせします。
親子で聞くチェロのソロ演奏もやりたいということでした。お父さんが牧師さんなので、教会でよく演奏するそうです。日時が決まりましたら、お知らせします。
来年1月29日(日)みどりアートパークのホールで「第三回 表現の市場」が開かれます。ぷかぷかのワークショップの発表会もそこでおこなわれるのですが、今年は「セロ弾きのゴーシュ」をやります。江原さんが芝居の中でチェロを弾きます。楽しみにしていてください。
久しぶりになってしまいましたが、あらじんゴミ拾い隊長の号令によりゴミ拾いに行くことにしました。隊長自ら、
「これからゴミ拾いに行くぞ!オー!」
と気合を入れ出発しました。
駐車場内ではゴミを見つけ、
「あった!」とまるで宝物?を見つけ出すようなゲーム感覚のように楽しみながら励みます。
普通は気乗りのしない仕事ですが、彼らと一緒に作業すると、あら不思議、楽しさに変わってしまうのです
。
給食スタッフの私、いつもお昼を頂くのは1時頃です。ちょうど給食メンバーさん達がお昼休みを終えて仕事に入る時間。
いつもは座卓の席で頂くのですが、今日は訳あってテーブル席で大急ぎでお昼を食べでいました。もともと食べるのがすごく遅い私なのですが、今日は急ぐため必死で下を向いて食べでいました。そしてふと顔をあげると給食メンバーさんが私を取り囲むようにずらっと並びテキパキと食器洗いや拭きをしているではありませんか。
他の方が見れば何気ないことなのかもしれません。ですが、私は何かとても大切な一場面を見た様ですごく嬉しくなって『うわ〜、素敵!』と、声をあげてしまいました。
こんなところを見ることが出来てスタッフ冥利に尽きる!と思う私なのでした。
チーやんは21歳、笑顔かすごく素敵な方です。
そんなチーやんは沢山の事に興味があってイロイロな事に前向きです。
今日は本当は畑仕事の日でしたがお天気が悪く室内作業。
畑はすごく行きたかったみたいですが、行かなくても出来る仕事はてんこ盛りです。
瞬く間に沢山のありがとうカードを描き、午後には大詰めになった刺し子の作業。
そんな作業経過を時々見せに来てくださいます。そしてその時も素敵な笑顔。
笑顔は相手の顔をチョット上向きにさせてくれる力があるように感じた今日でした。


ホームページの左側メニュー欄「メンバーさん」のページに、先週金曜日から「王子様のいいこと日記」が登場しています。
その日記に今日、こんな言葉がありました。
「今日はみんな、自分の事を必要だと思いました。」
すごい発見をしたんだと思いました。
今朝はかなり遅れてきて、みんな心配していました。遅れてきた王子様を見るなり、
「王子様がなかなか顔を見せないので、みんな心配してたんだよ」
「王子様がいないと、仕事がうまく進まなくて、ほんとうに困ってしまうんだよ」
「王子様がいないと、みんな、ほんとうにさびしいんだよ」
「王子様は厨房の大事な戦力だから、その王子様がいないと、予定していた仕事がみんな狂ってしまって大変なんだよ。」
「王子様の笑顔がみられないと、厨房の明かりが消えたようだよ」
………
と、みんなに代わる代わる言われ、王子様は自分がみんなから必要とされていることをはじめて知って、すごくうれしかったようです。
そのことを帰りの会で、
「いい一日でしたか?」
と聞かれたとき、その時のうれしかった気持ちを素直に言い
「それが今日いい一日でした」
と報告していました。そのあと日記に
「今日はみんな、自分の事を必要だと思いました。」
と書いたのです。
社会から必要とされること、あなたが必要と言われること、それは誰にとってもうれしいことです。どちらかといえば社会から疎外されている障がいのある人たちにとっては、飛び上がりたいくらいうれしいことです。
「自分の事が必要な存在だと思いませんでした。」
は、なんて悲しい認識なんだろうと思います。そんな認識のところへ
「みんな、自分の事を必要だと思いました。」
とわかったときの喜びは、一体どれほどのものだったかと思います。
「早く切って仕事したいです。」
王子様の気持ちがあふれているようで、ジ〜ンと来ました。
この喜びが、彼の人生をもっともっとはずんだものにしてくれるといいなと思いました。
障がいがある人と一緒に暮らす社会について掘り下げて考えるためのトピックス集です。