ぷかぷか日記

仕事で毎日が充実すると…

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にほんブログ村 かながわ福祉サービス振興会が福祉サービスの先進事例を募集していたので応募した。

1,はじめに
 「カフェベーカリーぷかぷか」では、お互い「いい一日を過ごそう」ということを目標に仕事をしている。「いい一日を過ごす」とはいうまでもなく、仕事を楽しみ、充実した一日を過ごすということだ。そのことを大事にすると、利用者さんの介護の度合いが格段に減る、という思いもよらない結果を生んだ。福祉事業所における仕事について考えてみたい。
font-family:"MS 明朝";mso-ascii-theme-font:minor-fareast;mso-fareast-theme-font:
minor-fareast;mso-hansi-theme-font:minor-fareast”>,事例の紹介
 Yさんは「ぷかぷか」に来る前、ある作業所で働いていた。働いていたと言っても自分の好きなことをやって一日のんびり過ごすような感じだった。二十歳半ばになってどこか物足りなさを感じたのかどうか、仕事をしっかりする「ぷかぷか」にやってきた。クッキーやラスクを作る仕事をやったのだが、仕事のペースが作業所時代とは全く違い、慣れるまでは本当に大変だったと思う。それでも自分の作ったものが商品として売れ、それが収入となって自分に返ってくる、といったことが見えてくると、仕事がだんだんおもしろくなって、毎日生き生きと働いていた。仕事がおもしろくなると、更に仕事ができるようになり、いつの間にかクッキー、ラスクの生産を任せられるくらい仕事を覚えていた。

 Yさんは「ぷかぷか」に来て初めて「仕事」というものに出会った、といっていいのではないかと思う。それまでいた作業所では、一応「仕事」とは言っても、自分の好きなことを、特に時間に追われることもなくやるだけなので、「ぷかぷか」の「仕事」とは質的に全く違うものだ。その違いが何を生み出すか、2年ほどたってからはっきりする。

 2年ほどたった頃、担当のケースワーカーが介護認定の調査にやってきた。作業所にいた頃は何するにしても介護が必要で(Yさんには発作がある。通勤の時はそのためいつもヘルパーがついている)、ほとんどの項目がスコア表の右の方に○がついていた。それが今回ほとんどの項目が介護の必要のない左端に○がつき、こんなに評価がいいと介護サービスが受けられないとケースワーカーが心配するほどの結果だった。

 Yさんはケースワーカーさんに今の気持ちを聞かれ、「作業所にいるときはいつもうつむいて生きている感じでしたが、今はまっすぐ前を向いて生きています。」と応えていた。
 「まっすぐ前を向いて生きています」なんて、そうそう口にできる言葉ではないが、その言葉がさらっと出てくるくらい、毎日が充実しているのだと思う。

 介護が必要かどうかは、その人の能力によって決まってしまうものではなく、その人自身の生き方によって大きく変わるものであるということをYさんの事例は教えてくれている。人は「まっすぐ前を向いて生き始めるとき」、そう生きようと、体全体が変わってくるのかも知れない。心がはずんでくると、体全体が元気になる。その結果、介護の度合いが減ってきたということだろう。

 「ぷかぷか」では「いい一日を過ごす」ために、利用者さんがおもしろいと思える仕事を提供することを心がけている。その結果、Yさんのような事例を生み出した。
font-family:"MS 明朝";mso-ascii-theme-font:minor-fareast;mso-fareast-theme-font:
minor-fareast;mso-hansi-theme-font:minor-fareast”>,考察
 毎日が充実すると、介護の度合いまで変わってくるという事実はたくさんのことを教えてくれる。介護の度合いが下がったと言うことは、自立の度合いが上がったと言うことで、人生を生きていく上でものすごく大きな意味を持っていると思う。そのことが何か訓練をした結果ではなく、仕事のおもしろさに出会い、そのことで充実した毎日を送ることができた結果であった、というところに「仕事」というものの持つ新しい可能性があるように思う。

 仕事は単にお金を儲けるだけでなく、その人の人生そのものでもある、ということを今回の事例は教えてくれる。福祉事業所がそういったことまで視野に入れ、利用者さんに仕事を提供することができれば、利用者さんの毎日はもっともっと充実するのではないかと思う。

4,おわりに
  「ぷかぷか」は就労支援の事業所だが、就労に向けた訓練としての仕事が、利用者さんの毎日をこれほどまで充実したものにしていたこと。このことは福祉事業所で何
を大事にすべきなのかを具体的な形で教えてくれたと思う。

 Yさんがもし作業所で仕事を続けていれば、Yさんの人生は全く違ったものになっていただろう。福祉事業所で提供する仕事は、利用者さんにとって、それくらい大きな意味を持っている。

 人は「うつむいて生きる」より、「まっすぐ前を向いて生きる」方がいいに決まっている。利用者さんもスタッフも「まっすぐ前を向いて生きる」ような仕事をこれからも創り出したいと思う。

四宮さんの新しいコメント

15日に、四谷にあるスリーエースタジオの音楽担当者であるEさんに会って、いろいろと相談してみました。わたしが映画を作る時に、いつもお願いしているスタジオです。
当日(15日)の朝に新しいDVDが速達で届いたので、「勘違い」の映画も見てもらいました。
運動会の映画も、パン屋さんの映画も、勘違いの映画も、おもしろがってくれました。予想どおりです。
感心していました。
固定概念にとらわれた映画屋さんの作品とは全然違うと言っていました。
新鮮だったみたいです。
よい勉強になったとも言っていました。

で、音楽については、わたしもいろいろと考えて言ったのですが、ほとんど同じ意見でした。
技術的に版権の差し障りのない音楽を後から付けることは可能だし、そして、あの映画にふさわしい音楽を付けることも可能なのですが、それでは、ツンさんの映画で無くなってしまうだろうという考えです。
打ち合わせたわけでなく、お互いが意見を交換すると、たまたま、わたしもEさんも同じ意見でした。

 ぼくらにとって、映画の音楽というのは、先ず、映像があって、映像が先行して、そこにふさわしい音楽を付けるという感覚があります。
たいていの映画の音楽はそうやって選曲されたり、作曲されたりしています。
ところが、ツンさんの場合は少し違うようです。

それは、映像の撮られ方の違いとも共通しています。
わたしの場合は、とりあえず目の前で起こっていることをカメラに収めて、全部を撮り終わって編集の段階で、さて、何が撮れているのだろうかとか、そこでと言うか、カメラの前で起きていることを伝えるためにはどんな構成で、そのためにはどんなカットの順序にしたらいいのだろうかと考えますが、ツンさんの場合には少し違っているようです。

それは、あたかも、たとえば、巨匠の成瀬巳喜男監督が撮影の前に精妙なコンテを作って、その通りに撮ると、撮影が終了して編集の時には、カットの頭とお尻を僅か数秒づつ切り落とせばそれで映画が完成するというカット割りにも比例するものです。
しかも、成瀬巳喜男監督の場合は、劇映画であるからこそ、それが可能なのですが、ツンさんの「ぷかぷか」の映画は、次に何が起きるか、次にどう展開するのかがなにも予想できないドキュメンタリーでの撮影ですから。

この前に初めて映画を見せてもらった時にも言ったように、ツンさんの場合は、撮影が開始された時に、或いは、カメラのスイッチが入った時には、どこかで既に映画が出来上がっているように感じます。それも、彼のイメージの中でとか、彼の脳髄の中でとかいうのではなく、それがどこなのかはまったくわかりませんが、どこかで映画が出来上がっているのです。
それは、成瀬監督のように、これを先ず撮って、次にあれを撮ってというカット割りではなく、考えた末のカット割りではなく、あくまでもツンさんのからだの中に備わった感覚的なものです。

それは、喩えが適切でないかもしれませんが、かつて公開されアメリカ映画『レインマン』で、ダスティ・ホフマンが演じる自閉症の青年が、抜群の記憶力を生かしてラスベガスのカードゲームで独り勝ちしてしまう場面があるのですが、それを連想させられます。その青年はパッと一目見ただけで、カードの構成を見破って次にどんなカードが出てくるのかが分かるのです。だからカードゲームに勝利するのです。
特別の才能です。
才能の種類は人によって異なるのですが、ツンさんにもそういった感じの特別な才能があるのだと感じられます。
ツンさんのDVDの映画を見てくれた別の友人は、ツンさんはきちんと見えているのだという感想を語っていました。目の前で起きていることが見えているのだ、という意味です。きっとそうなんでしょう。選択的に、パッと、カットを決めて、なにを、どこから、どんな風に撮ればいいかが見えているから撮れるのだと思います。
(逆にわたしなんかは、見えていないものだから、目の前のことをとりあえず全部撮っておいてから、編集の時になって、さて、何が写っているのだろうと取捨選択しながらつないでいくわけです。)

話がちょっと遠周りになってしまいましたが、ツンさんの場合は、音楽も、映像と同時に生まれてきているように感じられるからです。(前に書いたように普通は、映像が編集されてから音楽が後から付けられます。)
ツンさんの場合は、少なくとも、編集の時には音楽が成立しているように感じられます。編集するときには、既に、そこに、使用する音楽が準備されていないといけないように感じます。

「勘違いの映画」は面白かったです。
 吉田拓朗の音楽は、高崎さんのメールを読んでいたので、なるほどと言う感じで、感心し、共感してしまいましたが、大阪万博の「こんにちは!」の音楽には、衝撃的で、驚かされ、圧倒されてしまいました。
 なんで~? と言う感じです。
 ツンさんは、生まれてもいない、大昔の音楽の。どこに魅かれたのでしょう?

 なによりも驚かされたことは、ツンさんが、「世界の皆さんへ、コンニチハ!」というメッセージを発していることです。しかも、字幕入りで。
 この間も映像を見せてもらったけれど、三陸の大地震や大津波があったから、世界のみんなに、呼びかけたくなったのでしょうか?
 誰のアイデアなんですか。ツンさんの、オリジナルのアイデアですか。
 鬱で、ひきこもり歴十何年のツンさんが・・・。
 映像という物の効果と言うか、映像を作るということの精神的なパワーと言うか、あらためてそんなものを感じさせられました。
映像の治療効果です。

 そんな意味も、われわれが勝手に音楽を付けちゃったら、それは技術的に可能だし、それなりのものを付けてあげる自信もあるのだけれど、それじゃあいけないのだよなあ、それじゃあツンさんのオリジナリティが壊れてしまうのだよなあ、と考える次第なのです。

 こうやって書いてきて、歌詞のない音楽での編集作業は、ツンさんにとっては苦労だろうなあ、辛いだろうなあ、という気もしています。
 そのうち自分で作詞作曲して、シンガーソングライターとして自分の歌を映画に付けてもいいかもしれません。そんな才能もあるのかもしれないなあ、と思います。
具体的な選曲を見ていると、いや、聞いていると、選曲の才能も只者じゃないですよねえ。

 

丸の内

                             四宮鉄男(映画監督)

じつは、『はたけ』の前に、もう一本のDVD『丸の内』という作品がツンさん自身から送られてきていた。わたし、は同じ時期に送られてきた2本の作品が、初めは、同じ物がそれぞれから届いたのだろうと勘違いしていた。そして、念の為、みたいな感覚で見てみて、びっくり。
『丸の内』は、大傑作だった。
これは、夜の、東京・丸の内界隈を撮った作品だった。夜の光と、ビルと、そこを走る車と、勤め人と、道路工事などで働く人たちと。
まるで、タルコフスキーやソクーロフの作品ようだった。
ツンさんは、無名で、若くて、元ひきこもりの青年だから、その映画を見せられても格別のことはないのかもしれないが、これがもし、タルコフスキーやソクーロフの作品だよ、なんて言われて見せられたのなら、見た人は感動に噎ぶのかもしれない。それ程の作品だとお見受けした。
ズバリ! 現代都市・東京の深部を捉えていた。
面白い、興味深い映像だった。
映像がさまざまに物語ってくる。
以前に、スチール写真で、同じように、丸の内界隈だかどこだか、都市のビル群を撮ったものをスライドショーで見たことがあった。ツンさんにとっては、ずっと追及してきているモチーフのようだった。『丸の内』は無機物大好き人間であるツンさんの、面目躍如たる作品である。
でも、ツンさんは、無機物と心を通わしながら撮っているように感じられた。
そこに、ビルが、道路が、都市が、確かに存在している。
映像としてだけでなく。
現代都市が主人公だった。
一方で、現代を描きながら、過去と未来の時間を往還するような感じがしてきた。そこが、タルコフスキーやソクーロフを思い起こさせる。過去を振り返る視線。未来を見通す目線。でも、必ずしも、明るくも、輝かしくも、美しくもない。
とは言いながら、描かれている世界は現代そのものだった。
勤め人や、道路工事する人たちが描かれるのだが、その人たちは、主人公ではなかった。単に、映画の中の主人公というだけではなく、人間として、その都市を作ってきた人類という種に所属する人たちであるにもかかわらず、その都市の主人公としては描かれていなかった。その都市に従属する人間という生き物に過ぎなかった。
その意味で、痛烈な映画だった。
映画の中で、コンクリートのビル群は美しかった。そのビルたちを彩る光たちも美しかった。しかし、映画の中で、色彩は奪われていた。それは、夜だから、人工の光だから、色彩が奪われているのも必然だった。
その意味で、痛烈な映画だった。
それは、ツンさんの意図を越えて痛烈だった。
ラストカットの、「HONMA GOLF」の小さな看板が、警句的であり、皮肉たっぷりであり、ツンさんのメッセージのようだった。
いや、やっぱり、この『丸の内』の世界は、ツンさんの意図的な世界なのだろうなあ、と思い返した。
単なる、夜の都市のスケッチではなく。

はたけ

                               四宮鉄男(映画監督)

 養護学校の教師を定年退職してパン屋さんになった高崎さんから、ツンさんこと、塚谷陽人さんの新しい作品が送られてきた。高崎さんは、知的な障碍があったり、自閉症だったり、そのほか様々なハンディキャップを持った人たちが現実の社会の中で暮らしていける場を作っていきたいと、横浜・中山にある大きな団地の中の商店で「ぷかぷか」というパン屋さんとカフェを営んでいる。ツンさんは、そのメンバーの一人。★★
きっかけがあって、初めてビデオカメラを手にして、「ぷかぷか」の運動会をビデオに撮って、それを手持ちのパソコンの編集ソフトで作品に仕上げて、音楽も着けて。この編集技術が素晴らしくて、また、そこに着けられている音楽が素晴らしいのだが、うん、ピタリと嵌っているのだ。なにしろ、長い長いひきこもりの時間に散々、たくさんの映画を見たりたくさんの音楽を聞いてきたりしたらしい。その蓄積が、ツンさんの作品にはテンコ盛りになっていた。一瞬、一瞬が、生き生きととらえられた、躍動感に溢れたとても楽しい運動会の映画だった。
ツンさん自身も、ビデオによる映画づくりが気に入ったらしい。
その後、パン屋さんのパン作りや、カフェの仕事ぶりや食事会や、それに瀬谷区役所での出張販売の様子など、いくつもの作品が作られて、今年の5月、東京・江戸川での「メイシネマ映画祭」では、『塚谷陽一作品選』として上映してもらい、多くの人に見てもらった。そして、大好評だった。
なにしろ「メイシネマ映画祭」と言えば、錚々たる記録映画監督の作品が、そして、選りすぐりの記録映画が上映されるのだが、堂々それらの映画に負けない印象だった。記録映画を生業にしているわたしの友人は、何かを見せつけてやろうという見え見えの意図が無いのが素晴らしいと絶賛していた。
そして、つい2週間ほど前、高崎さんからツンさんの新作『はたけ』が送られてきた。「はたけ」というのはツンさんの父親がもう40年もやっていらしたブルーベリー農園のことらしい。そこへ、この6月だか7月に、「ぷかぷか」のメンバーたちが草むしりに出掛けて行った時の映像なのだ。
DVDの円盤には『はたけ』という題名が書かれているのに、モニターに映像を映し出すと『草むしり』というタイトルが付けられていたのがおかしかった。いや、この「おかしい」というのは、「へんだ」とか「まちがい」というのではなく、「おもしろい」とか「たのしい」という意味での「おかしい」だった。
きっと、高崎さんなんかは象徴的な意味を込めて、或いは、ある種の思いを込めて『はたけ』とされたのだろうが、ツンさんにとっては飽くまでも即物的に、ズバリ! 「草むしり」だった。そこに冷徹なドキュメンタリストの目を感じた。いや、ここで言う「冷徹」というのは「冷たい」とか「血が通っていない」という意味ではない。そうではなくて、目の前にあるものや現実をきちんと厳正に見詰めるというか、リアリストの視線だった。
わたしにとっては農園での「草むしり」は作業であり、苦行である。でも、画面に映っているメンバーたちは楽しそうだ。表情が生き生きしている。実際、「ぷかぷか」では、ツンさんのお父さんの農園での草むしり作業はレクリエーションとして、或いは、エンターテイメントの行事として企画されたものだった。だから、参加しているみんなは愉しかった。
映画の冒頭が心地良かった。冒頭の選曲が快適だった。木々が流れ、人々が流れ、道がどんどん進んでいく。見ていてわたしは、すぐに映画の世界に引き込まれてしまった。どこにいくの? なんだろう? なにが描かれていくの? という疑問は無用だった。そこでは流れが重要だった、見る人はその流れに身を任せればよかった。
『はたけ』の映像は、メンバーたちが農園に向かうシーンから始まる。ここがすごくすてきだ。柔らかくて温かな雰囲気に包まれた映像が続く。見ていて心地よくなる。草むしりという作業や労働が、本当は人間としての生きるという暮らしの中で、実に愉しい行動なのだということを改めて教えてくれる。なのに、現実は、賃金のために、お金稼ぎのために働くので苦役に変わってしまう。その関係がくっきりと立ち上がってくる。
ただし、これが、農園のPR映画だったり、或いは、農園での作業の意義を訴えるようなドキュメンタリーだったりしたら、きっと農園での草むしり作業が克明に、或いは、延々と描写されてくるのだろう。すると、草むしりの作業はちっとも愉しくなくなってしまう。すると、労働の本質・イクオール・生きる楽しみという等式は成り立たなくなってくる。ツンさんのカメラは、いつものように、作業する人たちの外側から、作業する人たちをそっと眺め続けていく。その距離感がいい。当然、草むしり作業のアップショットなんてのは存在しない。手元のアップも、顔のアップもない。でも、作業している人たちはとても楽しそうなのだ。その気持ちが伝わってくる。
以前に聞いた話だと、ツンさんは無機的なものを撮るのが好きで、人を撮るのは苦手だったらしい。でも、この『はたけ』では、登場している人たち表情が瑞々しい。きっと、被写体となっている登場人物たち自身が素晴らしいのだろうが、それをきちんと映像として定着させているツンさんの腕前はたいしたものだ。
いや、実際、画面では、登場人物たちの表情はちらりちらりと断片的にしか見ることが出来ない。でも、そんな瞬間的な映像の背後の、その登場人物の日常の暮らしの様子を伺えるような気がするのだ。それは見ているわたしの錯覚に過ぎないのだが、少なくとも、その人たちの生きている暮らしの息吹が感じられてくるのだった。それが、生きる、或いは、生きているということだと感じさせられてくる。
それでも、無機物大好きなツンさんの面目躍如のシーンもいくつもある。例えば、農園の中に放置されているいくつかのアルミチェア。なにか、人との関わりを求めている椅子たちのよう
に見えてくる。でも、勿論、その椅子たちに座っている人の映像はない。ポツンと農園の中に放置されている椅子たちなのだ。何かを求めているものと空隙とが際立ってくる。それは、「ぷかぷか」で暮らしているメンバーたちの生きている現実そのものかもしれない。
例えば、草むしりの作業している人たちから長いゆっくりとしたパンをして、カメラは長い石垣たちに辿り着く。その石垣にどんな意味があるのか? と問われてもわたしには答えられない。でも、妙にわたしの胸を打つショットだった。ツンらしいカットだなあと感じた。その石垣がなんという言葉を発しているのか、わたしにはその言葉は聞き取れない。でも、何かの言葉を発しているようにわたしは感じる。
ツンさんの映画としては珍しく、「草を取ったら、こうしてここに置くんだよ。先に下に生えている草を取っておかなくちゃいけないんだよ」なんて、指導してくれる人の声がオンで聞こえてきたりする。ツンさんの表現の世界もどんどん進化し広がっていっているんだなあ、と強く感じさせられる場面だった。
農園の中の、主人公でも何でもない虫たちにも、視線が向けられていた。今回は、なかなかうまくは写ってはいなかったのだが、そういう方面にもツンさんの意識が向いてきているのだなあ、と感じられて楽しくなってきた。
ただ一つだけ。常識的な観点からの感想を述べるなら、後半部の、二度目の、もう一度の人々の歩きのシーン要らなかったかもしれない。時間の経過とか空間の展開とか、そういうシーンを入れたいなあと思うツンさんの気持ちも分かるような気がする。
でも、映画を見る人の立場からいくと、映画の場合は、一つの時間の流れの中で強制的に映像が提供されて見せられていく。観客は、必然、一つの時間の流れの中に縛られている。だから、映画の中の映像の構成は、一つの流れの中で出来るだけシンプルがいいと思うのだ。今の流れだと、また元に戻ってしまう気がして、見ていて少し混乱させられてくるのだった。ノーナレーションの映画だけに、余計にそんな気がしてくる。(もちろん、観客の中にある時間感覚を意図的に混乱させる表現手法も重要なのだけれど。)
以前に、映像は興味深いし面白いし、でも、格別に映像に関心を持ってはいない一般の人に見てもらうのには、やっぱり少し長すぎるのかなあ、なんて感想を送っていたら、今回は8分くらいに構成されていた。うん、これはこれで、やっぱりこのくらいの時間の方が、一般の人には抵抗感なく映画の世界に浸れて、ゆったりと見られていいのかなあ、なんて感じた。
日常の断片を切りとってきた、ノーナレーションの映画だけにそう思った。


大切な時間

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にほんブログ村  ぷかぷかでは一日の終わり「帰りの会」で「いい一日でしたか?」を聞くことにしている。いい一日、いい時間を過ごしましたか?ということを大事にしたいからだ。何となく一日が終わるのではなく、いい一日だったね、ってお互いが言い合える、あるいは自分の中で納得できるような一日、いい時間を過ごしてほしいと思っている。

 9月9日の朝日新聞声の欄に「原発事故は大切な時間を盗む」と題した投書があった。「…この原発事故は多くの人々の大切な時間を盗んだことを忘れないでください。何かを創造できたかも知れない、何かを習得できたかも知れない、幸せな思い出を作れたかも知れない時間です。」

 避難を強いられるということはこういうことなんだと、あらためて気がついた。あとでお金をもらって取り返せるものでは決してない。そういったことの責任を東電、政府はどこまで考えているのだろう。

 ぷかぷかは一日の大切さを共有する中で、被災地の人たちの痛みを共有したいと思う。

 

しのちゃん

 あるケースワーカーと話をしているとき、昔担任していたしのちゃんの話がでた。いちばん苦労しただけにいちばん懐かしい生徒だ。

 しのちゃんは障害の程度でいえばいちばん重度で、いろいろ手のかかる生徒だった。中でもいきなりぶん殴ってくる暴力には本当に泣かされた。何の前触れもなく、いきなり「わーっ」と叫びながらぶん殴ってくる。ほとんど警戒していないので、げんこつがもろに顔に当たる。鼻の骨にひびが入ったり、胸に頭突きを食らって肋骨にひびが入ったり、鼻血を出しながら格闘したり、本当に大変だった。養護学校の教員は「なぐられてなんぼ」の商売、という人もいたが、しみじみ「ほんとにそうだ」と殴られながら思ったものだ。


 ふつうならこういう人には1メートル以上は近づかないとか、いつも警戒態勢を取るとかするのだが、ぼくはそういうことは全くしなかった。1メートル以上近づかないどころか、いつもべったりそばにくっついていたし、警戒は全くしなかった。だからしょっちゅう殴られたりけられたりしていた。別に意識してそうしていたわけではなく、しのちゃんが好きだったのだ。殴られても、けられてもしのちゃんがなぜか好きだった。

 しのちゃんは全く言葉をしゃべらなかった。その分、というか、笑顔が素敵だった。しのちゃんが笑うと、それだけでぼくは幸せな気持ちだった。殴られた痛みや怒りをいっぺんに帳消しにしてしまうくらいの魅力がしのちゃんの笑顔にはあった。この笑顔があったから、ぼくは殴られてもけられても、しのちゃんのそばにいつもいた。

  養護学校だからこういう対応ができたが、社会に出ると、そうもいかない。卒業するときも、週一回くらい通える場所は何とか見つかったが、それ以外は施設で暮らすしかなかった。今どうしているのだろう、となんだか無性に会いたくなった。今度施設に電話してみよう。

何か嬉しい関係

  夏休みにぷかぷかで研修した方が、保育園の仲間に「ぷかぷかパンの会」を提案してくれた。会費1,500円を払うと、半年間ぷかぷかのパンは1割引で買える、というもの。その呼びかけの文の中に「買い支えるというかたちでぷかぷかを応援すると同時に、私たちにとっても何か嬉しい関係が作れないかなと思っています」とあって、これはすばらしい提案だと思った。

 「ぷかぷかパンの会」に入会すると、パンが1割引で買えるだけでなく、ぷかぷかの利用者さんの描いた素敵な絵の入ったネームカードもしくは絵はがきが特典としてもらえるのだが、「何かうれしい関係ができること」それがいちばんの特典ではないかと思う。

 「何か嬉しい関係」というのは、よくある「障がいのある人たちを理解する」といったこととは全く違うように思う。「理解する」ことは大事なことだが、どこか相手を距離を置いて見ている。人と人とのあたたかな関係が、そこには感じられない。

 「何か嬉しい関係」は、彼らを理解しよう、というのではなく、彼らといい関係を作りたい、ということが最初にある。「理解」ではなく、「おつきあいしたい」という思い。これは研修した本人がぷかぷかで障がいのある人たちといい出会いをしたことが大きい。彼らと出会って本当によかった、という気持ちが、素直に出てると思う。

 ぷかぷかのお店は「彼らとはいっしょに生きていった方がいいよ」っていう思いで、たくさんの人たちと出会えるように街の中に作った。研修した人も、何度かお店にパンを買いに来たり、パン教室に来たりしているうちに、研修場所として「ぷかぷか」を選び、彼らと思いもよらない素敵な出会いをした。(詳しくは前のブログを見てほしい) そうしてもっとたくさんの人たちにこんな出会いをしてほしいと「ぷかぷかパンの会」の提案をしてくれた。ほんとうに嬉しい限りだ。

 パンを買う、というたったそれだけのことが、「何かうれしい関係」になり、自分の中がちょっとだけ豊かな気持ちになれるなら、これほどすばらしいことはないように思う。

あたらしい映像作家の登場

                                                                                     しのみや てつお 

昨日は、人の作った映像作品を見て、わくわくしてしまった。 そのうちちゃんと
紹介しようと思うのだが、ちゃんと書くと長くなるので、今日は、ポイントだけ。
知り合いに、養護学校の教師を定年退職してパン屋さんになった人がいる。 Tさんだ。 知的な障碍や、さまざまなハンディキャップを持つ人が社会の中で暮らしていけるような環境を作ろうと、パン屋さんを開いたのだ。 自ら修業に行って、本格的なパン作りだ。

で、話変わって、縁があって、そのパン屋さんにウツの青年がメンバーとして参加して、このウツの青年が、初めてビデオカメラを持って運動会や、食事会や、パンの出張販売や、お店の様子や、パン作りの様子を撮影したのだそうだ。 それが、20分くらいに編集されたものを見せてもらった。

安い、小さな、ハンディなカメラで撮影されたもので、パソコンに付属している簡単な編集ソフトで編集されたものだ。
これが、めちゃくちゃおもしろかった。 見ていて、わくわくさせられた。

今の若い人たちは、生まれたときからテレビや漫画やアニメやゲームで映像に接しているので、映像の感覚が研ぎ澄まされているのだ。
パソコンの編集技術が駆使されていた。
それが、とても上手に。

わたしなんか1時間も、2時間もの長い映画を編集しても、ぜんぶカットつなぎで、
デジタルな映像効果なんて使ったことがないので、かなわないな、わたしにはこんな映画はつくれないなあ、とお手上げ状態だった。

編集は、1日でやったとか、2~3日でやったというものばかりで、これもびっくり仰天してしまった。
彼の映画を見ながら、これはもしかしたら、彼の場合は、映画を撮り始める時にはすでにイメージの中のどこかで、すでに映画が出来ているのではないかなあ、と感じた。

終わってから、編集する前の映像も見せてもらった。
思ったとおりだった。
そして、あらためてびっくりした。
映画に使われているカットは、撮影されたカットの1コマ目から使われていたのだ。
 つまり、撮影が始まる時に、もう1コマ目から完成した映像なのだった。
そして同時に、ひとつのシーンでは、、おおよそ撮られたカットの順につながっていた。 そして、撮られたカットのほとんどすべてがつながれていた。
ものすごいことだった。 ものすごい集中力で撮影されているのだ。
きっと、撮影している本人は、そんなことは意識していなくて、感じたままに、思ったままに撮影しているのだろうと思う。 でも、その時点で、映画が出来上がっているのだ。
ある意味、天才だと思った。
新しい映像作家の登場だ。 そういう場面に立ち会えて、わくわくした。

もうひとつ面白かったのは、彼は無機的なものを撮るのが好きで、人を撮るのは苦手だなあ、と感じていたらしい。
それが、パン屋さんで、たくさんの知的な障碍を持つ人や、スタッフや、お客さんとカメラを通して接していくうちに、人を写した映像がどんどん変わっていっていたことが。
最後の方に撮られた映像なんて、いとおしくて、いとおしくて、やさしく掌で撫で上げていくような、体温を感じられるような、暖かくて、みずみずしい映像だった。

すてきな映像を見せてもらえて、たのしい一日だった。
さて、今日から、わたしの方は、地獄の編集作業が始まるぞ。

友達になりませんか?

   夏休み、高校の先生が研修に来た。その感想。

  私はパンが大好きな、「ぷかぷか」の(売上にはそんなに貢献できていない)客の一人で、ぷかぷかの工事をしている時から、「どんなお店ができるのかな」とワクワクしながら待っていました。この夏、「異業種他社のお仕事を経験してきなさい」という職場の命令で、2日間、ぷかぷか工房で研修をさせていただきました。

  ドキドキしながら初めて工房に参りますと、「おはようございます!」と、利用者さんが元気に挨拶してくださって、自分が受け入れられている、今日ここに、私の居場所があるんだという実感がわきました。いつもどたばたと家事をこなして、青息吐息で職場に着く私は、同僚や生徒さんを、こういう気持ちにしてあげられているだろうかと反省させられました。

  研修では、私も大好きなキャラメルナッツクッキーを、利用者のKさんと二人で作りました。いつもクッキーのチーフ的なお仕事をされているYさんがお休みで、Kさんも私もドキドキです。レシピを見ながら一所懸命作ったのですが、なんだか「いつもとは違う」出来栄えに…。

  Kさんは、「いつもはこんなふうじゃない」という不安と、「初めて一人で作ったんだから…」という気持ちで揺れ動いています(所詮、研修生の私は数には数えられていません…笑)。Kさんは、「ついて行って、一緒に謝りましょうか?」という私の声を振り切って、一人でパン屋さんへ、焼くばっかりになった鉄板を運んでいきました。

  待つこと1時間…、店長の高崎さんが「Kさん、クッキー焼けたよ!ちゃんと焼けてるよ!」と、持って来てくれました。その時のKさんの顔。「みんなの反応が気になるじゃん」と、みなさんに一枚ずつ配っています。初めての仕事ができて、人から認められるというのは、こんなに嬉しいことだったんだよなぁ~と、目頭が熱くなりました。

  1日の仕事が終わったら、「帰りの会」でお当番さんが「良い一日でしたか?」と聞きます。良い一日だった人は手を挙げて、どう良かったのかを発表します。別の利用者のAさんは、「外販で知り合いの先生に会って、『頑張ってるね』って褒められました。私はお勧めのパンを紹介して、お釣りを渡しました。初めて金庫の係りをしました」と発表。Aさんは外販から帰ってきた時も、「今日ね、金庫の係りしたの」と報告して下さったのです。本当に、嬉しかったんですね!

 うっとりしたようなAさんのお顔を見ながら、研修では迷惑をかけっぱなしだったけど、何かの形でこの人たちを、応援したいなーと、強く思いました。

  ラスクにシュガーバターを塗ることを、根気強く教えているスタッフの方に、「厳しいね、怒ってるの?」と無邪気に返す利用者さんの、コントのような掛け合い。利用者さんとスタッフ、30人分の昼食を、ひたすら丁寧に作り続ける人たち(この日は、山形の出汁が美味しかった~。細かく切った野菜が最高!)。生きていて、きっとつらいことは私たちと同じようにあるはずなのに、ハート全開で他の人を受け入れて、働くことを楽しんでいる人たちの存在が、本当にまぶしかったのです。

  いい出会いがあったんだなと思う。その結果、この先生は子どもを預けている保育園の仲間に「ぷかぷか」で働く人たちと友達になりませんか?本当に素敵な人たちですよ。こんな人たちとは友達になった方が絶対に「得!」ですよ、って呼びかけたいといっている。

 こういう関係が地域の中で広がっていくと、社会はもっともっと優しい顔を持つのかなと思う。

利用者さんのひとことが頑固な心を…

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にほんブログ村    養護学校時代の元同僚の旦那さんがパキスタン人で、ぷかぷかで働かせてもらえないかという依頼がありました。言葉ができないので、奥さんといっしょにボランティアという形でこの夏実習してもらいました。

 イスラム教徒は豚肉が食べられないので、給食は自分で持ってきてもらいました。少しでもいい出会いのきっかけになれば、と少し多めに作ってもらい、みんなでパキスタン料理を味見しました。中身はチキンであったり、マトンであったり豆であったりしましたが、毎日カレーでした。それに細長いパキスタンのお米。評価はまちまちでしたが、日本のカレーとは辛さの質の違うカレーも、ぱさぱさのご飯も、利用者さんたちにはいい体験だったように思います。

 言葉も通じないながらも、それなりにコミュニケーションを取っていました。とにかく外国人はほとんどの方は初めてでしたので、言葉の通じない人とどのように気持ちを伝え合うか、みんな苦労していましたが、これもいい体験になったようでした。

 パキスタンでの本職は映像の編集をしていたそうで、時々プロが使う大きなビデオカメラを持ち込み、撮影したりしていました。「ぷかぷか」のプロモーションビデオができればいいなと思っていました。

 

 ぷかぷかで仕事がしたいということでしたが、日本語がまだまだうまく話せません。ちょっとした会話はともかく、仕事をしていくにはかなり厳しいレベルでした。それを正直に伝え、職員として採用はできない旨伝えました。

 プライドの高い方で、その不採用の通知に怒ってしまい、もう「ぷかぷか」には来ない、ぷかぷかのビデオも作らない、と子どもじみたことをいいだし、間に立った奥さんは困り果てていました。

 たまたま夏休みの余暇支援で水族館にいっしょに行ったとき、利用者さんと写真を取り合い、あとで交換する約束をしていました。その利用者さんが写真を持ってきて、毎日のように「シーさん、来ないのかなぁ。写真を渡すって約束したんだけどなぁ」といっていました。シーさんは不採用に腹を立ててもう「ぷかぷか」には来ない、とも言えず、困ってしまってシーさんの奥さんに写真の交換のことを伝えました。

 シーさんは水族館で利用者さんと写真を撮り、それを交換する約束をしたこともちゃんと覚えていたそうで、それがきっかけでかたくなになっていた心がほどけたのか、31日の午後に写真と、編集した「ぷかぷか」のビデオを持って挨拶に来ると連絡が入りました。

 頑固でプライドが高く、日本では仕事もできないので、もうパキスタンに帰ると言い張り、周りの人たちは困り果てていたようですが、利用者さんの「シーさん、来ないのかなぁ。写真を渡すって約束したんだけどなぁ」というひとことが、その頑固な心をもやさしく溶かしてしまったようです。

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