ぷかぷか日記

瀬谷区役所

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 「ぷかぷか」は毎日のように外販に出かけていきます。外販は言うまでもなく、パンを売ることですが、毎週木曜日に出かける瀬谷区役所では、単なるパンの売り買いを超えた、予想もしなかったおもしろい広がりがありました。

 お昼休みに販売するのですが、最初は5,000円前後だった売り上げが、3年たった今、40,000円を超えるほどに売り上げが伸びました。売り上げが8倍になったことは、それ自体驚異的なことですが、その中身をしっかり見ていくと、障がいのある人たちとのおつきあいをめぐっての新しい可能性を感じさせるものだったことがわかります。
 
 外販を始めるにあたって瀬谷区役所との最初の打ち合わせでは、ただ単にパンを販売する、ということでした。ところが始めて何ヶ月かたつと、ただ単にパンを売ったり買ったり、の関係にとどまらず、利用者さんと会うのをとても楽しみにするような、そんな関係になってきたのです。

 利用者さんたちのにぎやかな声を聞くと「あ、来た来た!」と、なんだかちょっとわくわくするという人、彼らに会うと元気になるという人、あたたかい気持ちになれるという人、彼らとお話ししているとすごく楽しいという人、そんな人たちが、外販を重ねる中で、少しずつ増えていったのです。

 障がいのある人たちとのこういう関係が、パンの販売を通してごく自然にできたことは、障がいのある人たちのパン販売の意味を大きく広げてくれたように思います。
 ここでの関係は、障がいのある人たちを「支援する」といった、上から目線の関係ではなく、「彼らといっしょに生きていきたいね」「いっしょに生きていった方がいいね」という対等な関係です。障がいのある人たちと、本当にいい出会いをしたんだなと思います。

 区役所の職員の方たちが、今まで障がいのある人たちとどのようなおつきあいをされていたのかわかりませんが、少なくとも外販の現場でのおつきあいはとても新鮮で、こういった関係がどんどん広がっていけば、ひょっとしたら区役所も、障がいのある人たちへの対応においては、少し変わるのではないかと思ったりします。障がいのある人たちへの対応が変わると、お年寄りの方たちを始め、あらゆる人たちへの対応が変わってきます。ベース部分の底上げと言っていいかもしれません。

 こういうことが、たとえば「障がいのある人たちとどう接していけばいいのか」といったことをテーマにした「研修会」ではなく、ただおいしいパンを買いに来ただけで、それを繰り返しているうちに、職員のみなさんが自然にこんな風に思うようになった、というのがおもしろいと思います。おいしいパンを買った、いわば「オマケ」みたいなものだと思います。ただこの「オマケ」は、それの生かしようによっては、「オマケ」が何倍にも価値あるものになる可能性を秘めています。

 売り上げが8倍に伸びたことはぷかぷかにとっては大きなことですが、区役所側にとっても、お金では換算できない大きな収穫が、この外販によって得られたのではないかと思います。それを区役所がどう生かしていくのか、区役所の「センス」と、「やる気」にかかっています。区役所がどんなふうに変わるのか、楽しみにしています。

     

3年たちました

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 霧が丘に「ぷかぷか」のお店が誕生して3年がたちました。
 障がいのある人たちといっしょに生きていきたい、とただそれだけを考えて、商売のことなど全く知らないままのスタートだったので、最初の1年目は本当に大変でした。恐ろしい勢いでお金が出ていき、つぶれなかったのが不思議なくらいです。

 天然酵母、国産小麦にこだわったパンは絶対売れる、と思っていたのですが、予想したほど売れ行きは伸びず、こんなにおいしいパンがどうして売れないのだろうと頭を抱え込む日々が続きました。それでも、牛乳も卵も入れないパンは素朴においしくて、少しずつお客様が増え、ずっと赤字だった収支も、3年目にしてようやく黒字になりました。

 お店が3年続いたことで、すばらしい時間を過ごすことができたと思っています。経営的には苦しいことばかりでしたが、それでもたくさんのお客様と出会ったり、利用者さんたちの成長ぶりに驚いたり、毎日の売り上げに一喜一憂したり、本当に充実した3年だったと思います。この3年はお店を支えて下さったお客様方からの、すばらしい「プレゼント」だったと思っています。ありがとうございました。

 パン屋を始めなければ出会えなかったお客様がたくさんいます。出会ったお客様の数だけ、いろいろなことを教わり、それはそのまま私たちのかけがえのない財産になっています。みなさまと出会えたこと、本当に嬉しく思っています。

 「こんなすてきなパン屋と出会って、本当によかったと思っています」と言ってくださるお客様がたくさんいます。嬉しいですね、こんな言葉を聞くと。おいしいパン、安心して食べられるパン、メルヘンのような店作り、それになんともいえない魅力にあふれた、にぎやかで、いつも一生懸命な利用者さんたち。そういうものと出会えた素直な喜びがお客様の言葉から伝わってきます。

 人と人との「出会い」は、お互いを豊かにします。そんな出会いをこれからもたくさん作っていきたいと思っています。

 お店が始まった頃、お母さんに抱っこされたり、背中に負ぶわれていた赤ちゃんたちが、今はすっかり大きくなって、お店にやってきます。初めて歩いてお店にやってきたときや、たどたどしくおしゃべりし始めたときは、自分の子どものように嬉しく思いました。お店を続けていくって、こういううれしい関係が続いていくことなんだ、って子どもたちから教わりました。出会った子どもたちに感謝!です。

 「ぷかぷか」では障がいのある人たちが当たり前のように働いています。いつもわけのわからないことをしゃべり続けている人がいます。接客がぎこちない方もいます。おしゃべりが上手く出来ない方もいます。でも、みんな元気に、一生懸命働いています。何よりも楽しい、あたたかい雰囲気があります。
 そういったことを子どもたちが小さな頃から見続けていることは、とても意味のあることだと思います。子どもたちが大きくなって、やがて社会を担うようになったとき、「ぷかぷか」で働いている障がいのある人たちのことを、ちょっとだけ思い出してほしいなと思っています。

 子どもたちには何の偏見もありません。私たちよりずっと素直に障がいのある人たちのことを見ています。
 優しい人だなと思うと、素直に抱きついてきます。おもしろいなと思うと、どんどん話しかけてきます。障がいがあると言うだけで引いてしまうのは大人だけです。
 子どもたちは大いなる「希望」です。その希望に、私は自分の夢を託したいと思っています。

★「ぷかぷか」のホームページは
 http://pukapuka-pan.xsrv.jp/
      

見たことのないくらい目がキラキラ

とても楽しかったです!
 子供達もはりきって、初めてパンを作りました。
 また参加したいと思っています。
 みなさん、手馴れた感じでたくさん教えてくださいました。
 見ていて、ぷかぷかさんで働くことができて、いいなあと思いました。
 ホームページも色々見させてもらいました。
 高崎さんの思い、心に響きました。
 すてきですね、ぷかぷかさん。
 またぜひ、よろしくお願いします。
 ありがとうございました。  (To)
★★★

初めて子供と参加する「ぷかぷかのパン教室」。子供たちにできるのだろうか?という不安と、緊張でドキドキしてました。
ところがパン教室??というぐらい和やかで、にぎやかな雰囲気に私自身が驚きました。
子供たちは粉を触って喜んでいたり、ぷかぷかの皆さんと話したり、見たことのないくらい目がキラキラして参加していました。

娘は人一倍張り切って作り、息子は途中でつまみ食い…。 見つかって泣くというハプニングにも、「どうして泣いてるの?」と心配して声をかけてくれました。
たった一言なのに、すぅっと心に響きました。私自身がぷかぷかの皆さんに、癒されたみたいです。
そんな皆さんと一緒に作るから、パンにも気持ちが伝わり美味しくできたんだなぁと思います。
すごーく美味しかったです。

あっという間に楽しいひと時が終わってしまい、子供たちも「また作りたい」と言い、持ち帰ったパンは独り占め状態。
きっと近いうちに、また参加したい!と思います。

今日は、ありがとうございました。(Ma)

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スタッフの小田さんの提案で「絵本の朗読」をパン教室の合間を縫ってやりました。利用者さんも小さな子どもたちも一生懸命聞き入っていました。「パン教室」と「絵本の朗読」ほとんど結びつく要素がないのですが、それでもやってみたら何の違和感もなく、みんな受け入れてくれましたので、またやりたいと思っています。

画像の説明

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ツンさん、四宮さん、三宅先生、高崎の座談会

                          四宮鉄男(映画監督)

先日、『2013年2月 ツンさんの新しい作品』についての感想を ここに記した。そのツンさんと、3月9日にいろいろと話した。わたしと 高崎さんとツンさんと、それにツンさんの主治医である三宅先生も 加わって。
とても楽しくて、面白かったので、それを報告しようと思う。

最初は、高崎さんの「記録映画ってどう思う?」とか「この前見てもらった 記録映画はどうだった?」なんて語りかけに対して、ちっともツンさんが興味も 示さないし、反応もしないし、いったいどうなることかと感じて いた。でも、三宅先生も加わって、それぞれが勝手なことを言って、 勝手にツンさんの映画の感想を語り合ったり、ツンさんの映画 手法を推察して話したりしているうちに、ツンさん、それを聞いていて、 そうじゃないよ、それはこうだよ、と言いたくなったらしく、 初めはちっとも発言しなかったのに、だんだん発言が増えてきて、 後半は、積極的にかなりまとまった時間で長く話していた。
ツンさんとはまだ数えるほどしか会って話したことがないのだが、それでも、 こんなに話すツンさんは初めて見た。
それだけでも、今回の話し合いは成功だったのかなあ、と思う。

今まで会ったツンさんは、僕らには、ほとんど話しかけてこなかった。 尋ねられたことに、短い言葉で応答するだけだった。今回のように、 自分の考えや気持ちをしっかりと言葉にして、そういう風に話しかけようと 思ったということが、ツンさんにとっても貴重な体験だったのかなあ と想像する。

そんなことは言っても、実は、わたしには、ツンさんが何を語って いるのか、ほとんど聞き取れていなかった。ツンさんが小さな声で、 俯き加減にボソボソと語るし、和室で、ふすま一枚で隔てられている という環境のために、隣の部屋の声がうるさくてうるさくて、それに、 だんだん歳を取ってきて、わたしがずいぶん耳が遠くなってきている ためだった。
それにしても、高崎さんにしても三宅先生にしても、聞き慣れているというのか、 そういう環境での話をよく聞き取って、ああ、そうかとか、うん、そうだね、 と盛んに相槌を打っておられたことに感心した。

うん、それにしても面白かった。
それを書く前に、わたしの感想に対する、ツンさんのお母さんの感想が 届けられたので、それを紹介しよう。

四宮さんの感想、ありがとうございました。 高崎さん、四宮さん、そして それぞれの思いが交錯しているように思えました。私の印象は、陽一は チャレンジャーだなぁと思いましたが…。
陽一は何も話さないとは思いますが、十一月のあの頃は鬱が酷い時期 なのです。一泊の旅行にもよく行けたと感心したくらいです。

陽一の作品はやはり彼の心象風景なのでしょうね? 今回の作品、訪問先の レジャーも施設のメンテナンスが行き届かず荒れた感じで、天気も悪く、 画像の色が汚くて耐えられなかったから色を消したのだそうです。
また、その当時は白黒の黒沢作品や戦前の無声映画をよく研究していた 時期であり、モノクロ映像を基本にすることで、アングルや一枚の映像の レイアウトの洗練に感心が高かったようです。おっしゃる通り、アップル の映像ソフトの編集テンプレートを一つ一つ試していると言っていました。

また、音楽も七人の侍の農民たちのテーマ音楽に古典落語を被せて、 実際の音響は使わなかったと…。動物園はフランス語のセリフが何気なく 入り、尚且文字表示もしています。そのセリフはかなりおちょくっている 内容のようですが、誰もフランス語が理解できないのか、コメントがない と不思議がっていました。最近はアニメ映画をフランス語バージョンで 見たりするのが楽しいですから…。

四宮さんは水族館の魚がさぞや美しいのにとおっしゃっていましたが、 水族館の水槽のライティングが悪くて、映像は耐えられない酷い色だった ともいっておりました。人間の目は騙せても映像は光の具合で不細工に 写ってしまうそうです。プロの撮影でない性ですが…。
運転会は私の一番のお気に入りでした。実はメインの部分を誤って消して しまったそうで、残った映像は最後の掃除のどうでもいいものだったとか。 それをあそこまで遊ぶとは…﨏最後の男の子の顔のアップに青空に沸き 立つ雲のテンプレートを重ねたところは感心しました。

高崎さんがプカプカの記録映画を取りたいとの思いは、残念ながら陽一 には伝わっていないようですが…? 何か高崎さんに言われたのと 聞きましたら、特に何も言われていないと申してました。また、緑の家 診療所の先生にも、治療が第一なので、くれぐれもストレスにならない ようアドバイスを受けております。

陽一は映像表現というアートの世界に自己表現の出口を見つけたところ なのです。十年以上の時間に何を思ったかを、漸く表現出来るまで熟成 したのだと…。私はそれだけでも、涙が出るほど嬉しいのです。
川井憲治の深淵な音楽にのせて、バスの車窓から映した京浜工業地帯の 風景を流す。まるで建物がダンサーの様にリズミカルに踊る!バスの揺れ と手振れを逆手にとり、リズムに合わせて自由自在に編集するセンスは、 ビックリしました。東京駅にも使いましたが、私が川井憲治の音楽が 大好きだといったので、また、使ってぐれて最高に興奮したのです。

陽一はアニメの背景やレイアウトをずっと研究しているので、多分その 前面に主役を登場させたら、皆様には分かりやすいのかもしれません。
でも、工場や鉄塔や高速道路は沢山の人が作った作品なんだと! その 作品に対する敬意の姿勢にはいつも感心します。きっと、無機的なものは 決して自然が作ったものでなく、血の通った工事現場で働く一人一人の 血と汗の結晶だと。
そして連続する美しいレイアウトの世界を、今は探求している過程にいる とごを理解いただけた幸いです。

高崎さんの思いも良く分かる。せっかくツンさんがレベルの高い技量を もっているのだから、もっとみんなに共感されるような、平易な作品を 作って欲しいという願いだった。
「表現する」ことは基本だが、「伝える」ことも大事じゃないかという のだ。もっと多くの人にツンさんの作品を見せたいという思いだった。
単に自己表現にとどまっているのでは、自己満足で終わってしまって 勿体ない!  というものだった。
それに対して、ツンさんが、自分の作品は「ぷかぷか」の障碍を持った メンバーの人たちにもちゃんと理解してもらえる筈だと、きっぱりと 語っていたのが面白かった。

それはそうだと思った。現代音楽なんて、わたしにはさっぱり理解できない。 それでも、心に響いてくる時がある。小鳥のさえずりも、意味は分からない、 それでも何かを感じさせられる。ピカソの絵だって、ゴッホの絵だって、 最初は、これはなんだって、人々の評価は受けられなかった。
そんなものだと思う。わたしは、記録映画でもなんもで、絵でも音楽でも そうなのだが、見る人の勝手だと思っている。そこから、どんなメッセージ を受けようが、どんな風に感じようが、それは受け取る方の勝手なのだ。

話の途中で、三宅先生が、高崎さんの思いを、「それは、高崎さんが ゴールを見ているからだ」と指摘されていたのが印象的だった。わたしも、 そう思う。いま、ツンさんは自分を開いて、自分を表現しようとして いるのだから、それからどうなっていくのかは、ツンさん次第なのだ。 表現手法なんて、表現様式なんて、自然に変わっていく人もいれば、ひたすら、 一筋の人もいる。それは、表現者の側の問題なのだ。
それは、絵描きさんを見ているとよく分かる。

たしかに高崎さんが言うように、今回の作品には重いものがあり、 最初の作品のような明るさや、暖かさや親しみを感じられなかったのは 事実だった。そのために、メンバーの共感を得られにくかったのかも しれない。
たしかに今回の作品はツンさんの心象風景だと、三宅先生もおっしゃる。 それだけに、あの時期に、結構、症状が重くて苦しんでいた時期に みんなと一緒に出かけていって、これだけの作品に仕上げていった 力に感心されていた。
ツンさんが、エネルギーの切れている時にも、エネルギーを底上げして いく力があることも指摘されていた。

三宅先生は、ツンさんがご両親や高崎さんや「ぷかぷか」のメンバーに 見守られているのが素晴らしい、と話されていた。先生なんかの立場からは ツンさんは病気かもしれないが、ツンさん自身は病気でも何でもなく、 そのまま、ありのままに、自分を生きて、自分を表現していけばいいのだと。
そうした意味で、ツンさんの今が素晴らしいと。

最初、三宅先生は、今回の作品はシナリオがないから高崎さんが「伝らない」と 感じているのではないか、と話されていた。でも、それは違うと、わたしは 説明した。例えば今回の『動物園』にしても『千葉県への旅』にしても、 しっかりと構成されていて、しっかりとした構造を持っていた。そのことを 「感想」にも書いた。

ただし、ツンさんの天才ぶりを強調するあまり、直観的に、パッパッパッと撮って、 パッパッパッと編集していくと話したら、ツンさんから、そうではないとしっかり と指摘されてしまった。
ワンカット、ワンカットごとに、このカットの次には何がくるべきなのか、しっかりと、 じっくりと、考え詰めたのちにつないでいくのだと語ってくれた。その時の、 「べき」という言葉に感動させられてしまった。そこまで突きつめて考えながら 編集しているのだった。
それが、ツンさんの映画の重量感になっていっているのだろうなあ、と感じた。

結論なんて何もない話し合いだったが、べてる的に「順調! 順調!」って 感じでこの日の話し合いは終了した。
一つの映画を見て、好きって言う人がいても、逆に嫌いっていう人がいてもいい わけだし、映画の表現に良い悪いなんてないし、正しいとか間違っていると いうのがある訳でもないし。
次の、ツンさんの作品が楽しみだ。

3年目でようやく黒字に

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 ぷかぷかの経営を見ていただいている経営アドバイザーから「3年目で、ようやく黒字になりそうです」という連絡が入った。通帳の残高が、ほとんどいつもマイナス表示になっているので、黒字というのが実感としてわからない。実感はなくても、経理の数字上は黒字になるというのだから、まぁ、間違いないだろう。
 
 経営など、全くの素人ではじめたので、今から思えば、つぶれもせず、よく持ったものだ、というのが正直なところ。毎月のように資金投入していたので、最初の1年は本当に苦しかった。先の見えない中で、お金だけがどんどん出ていき、正直怖かった。

 たまたま1年目の秋頃、経営アドバイザーをやっていただいている比企野さんが見学に見え、経営状況をおはなししたところ、大変な状況であることがわかり、以来、さまざまなアドバイスをいただくようになった。

 毎日の「資金繰り表」をきちんとつけることから始まり、パンの売り上げ記録、外販の記録等、きちんとデータを取るようにし、そのデータを元に製造計画を立て、外販先の販売計画を立てる、というパン屋としては当たり前のことをようやくはじめたのだった。

 資金繰り表をつけることで、お金の動きが手に取るようにわかるようになり、月末は何となく資金不足になりそうだとか、今月は何とかいけそうだとか、そういったことが見えるようになった。見えるようになっても、苦しい資金繰り状況からはなかなか抜け出ることはできず、時々は資金投入が必要だった。

 日々のお金の出し入れをしている通帳が赤字ということは、パンとカフェの稼ぎよりも、材料費や光熱費、家賃などで出ていくお金の方が多い、ということで、その赤字分を福祉サービスの収入で何とか埋め合わせをしてきた。それが今年の3月15日、福祉サービスのお金が入る日に、初めて通帳が黒字だった。これは本当に画期的なことだった。パンの売り上げが少しずつ伸びて、ようやく支出を上回ったということだ。

 ぷかぷかは障がいのある人たちの作ったパン、ということで売るのではなく、あくまでパンの味で勝負してきた。障がいのある人たちの作ったパンだから買うのではなく、おいしいパンだから買う、ということを大事にしてきた。だからお店のお客さんのほぼ100%が一般のお客さんだ。そのお客さんの数が少しずつ増え、売り上げが伸びていった。それが3年目でようやく黒字という結果を生み出した。

 債権の返済が始まり、まだまだ油断はできないのだが、それでも気分的にはずいぶんゆとりが出てきた。このゆとりを「ぷかぷか」が更に発展する方向で使いたいと思う。

 
 ★「ぷかぷか」のホームページは
 http://pukapuka-pan.xsrv.jp/

ツンさんのお母さんの感想

四宮先生の感想、ありがとうございました。 高崎さん、四宮先生、そしてそれぞれの思いが交錯しているように思えました。、私の印象は、陽一はチャレンジャーだなぁと思いましたが…。

陽一は何も話さないとは思いますが、十一月のあの頃は鬱が酷い時期なのです。一泊の旅行にもよく行けたと感心したくらいです。

陽一の作品はやはり彼の心象風景なのでしょうね?今回の作品、シーワールドもマザー牧場も施設のメンテナンスが行き届かず荒れた感じで、天気も悪く、画像の色が汚くて耐えられなかったから色を消したのだそうです。

また、その当時は白黒の黒沢作品や戦前の無声映画をよく研究していた時期であり、モノクロ映像を基本にすることで、アングルや一枚の映像のレイアウトの洗練に感心が高かったようです。おっしゃる通り、アップルの映像ソフトの編集テンプレートを一つ一つ試していると言っていました。

また、音楽も七人の侍の農民たちのテーマ音楽に古典落語を被せて、実際の音響は使わなかったと…。動物園はフランス語のセリフが何気なく入り、尚且文字表示もしています。そのセリフはかなりおちょくっている内容のようですが、誰もフランス語が理解できないのか、コメントがないと不思議がっていました。最近はアニメ映画をフランス語バージョンで見たりするのが楽しいですから…

四宮先生は水族館の魚がさぞや美しいのにとおっしゃっていましたが、水族館の水槽のライティングが悪くて、映像は耐えられない酷い色だったともいっておりました。人間の目は騙せても映像は光の具合で不細工に写ってしまうそうです。プロの撮影でない性ですが…

運転会は私の一番のお気に入りでした。実はメインの部分を誤って消してしまったそうで、残った映像は最後の掃除のどうでもいいものだったとか。それをあそこまで遊ぶとは…﨏最後の男の子の顔のアップに青空に沸き立つ雲のテンプレートを重ねたところは感心しました。

高崎さんがプカプカの記録映画を取りたいとの思いは、残念ながら陽一には伝わっていないようですが…?何か高崎さんに言われたのと聞きましたら、特に何も言われていないと申してました。また、緑の家診療所の先生にも、治療が第一なので、くれぐれもストレスにならないようアドバイスを受けております。

陽一は映像表現というアートの世界に自己表現の出口を見つけたところなのです。十年以上の時間に何を思ったかを、漸く表現出来るまで熟成したのだと…﨏私はそれだけでも、涙が出るほど嬉しいのです。

川井憲治の深淵な音楽にのせて、バスの車窓から映した京浜工業地帯の風景を流す。まるで建物がダンサーの様にリズミカルに踊る!バスの揺れと手振れを逆手にとり、リズムに合わせて自由自在に編集するセンスは、ビックリしました。東京駅にも使いましたが、私が川井憲治の音楽が大好きだといったので、また、使ってぐれて最高に興奮したのです。

陽一はアニメの背景やレイアウトをずっと研究しているので、多分その前面に主役を登場させたら、皆様には分かりやすいのかもしれません。

でも、工場や鉄塔や高速道路は沢山の人が作った作品なんだと!その作品に対する敬意の姿勢にはいつも感心します。きっと、無機的なものは決して自然が作ったものでなく、血の通った工事現場で働く一人一人の血と汗の結晶だと。
そして連続する美しいレイアウトの世界を、今は探求している過程にいるとご理解いただけた幸いです。

ご期待に添えない部分はどうかお知り合いにご依頼いただくなど、お好きな方策を遠慮なくお考え頂ければと…﨏

また、四宮先生とお話し出来るチャンスがあればと思います。
よろしくお願いいたします。

 

出会いに感謝 ぷかぷかパン教室

はじめまして。
ぷかぷかスタッフのしーさんです。
初ブログになります。
どうぞよろしくお願いします。

先日16日のぷかぷかパン教室に参加してくださったみなさま、
本当にどうもありがとうございました。(^∇^)

早速、あたたかな感想を寄せてくださり、
嬉しい気持ちで一杯です。

パン教室を通して、ぷかぷかのメンバーさんたちと触れ合い、
パンのように心もおなかも、ふんわりほっこりするようなひと時を
すごせていただけたら、嬉しいです。

それから今回は、初めて、
詩の朗読や絵本の読み聞かせをさせていただきました。
初めての試みで、ドキドキしましたが、
みなさんの笑顔で私自身も気持ちがほぐれ、
拙いながらも、楽しく読ませていただきました。
こらからも、パン教室の合間に、みんなでほっと一息つけるような、
楽しい時間をつくっていけるといいなと思っています。

ぷかぷかパン教室での素敵な出会いに感謝し、
そしてまた新しい出会いにわくわくして・・・(*^.^*)

ぜひ、ぷかぷかパン教室へのご参加をお待ちしています。

ツンさんの新しい作品

                                    四宮鉄男(映画監督)

刺激的だった。面白かった。
 養護学校の教師を定年退職してパン屋さんをやっている高崎さんから、ツンさんこと、塚谷陽人さんの新しい作品が送られてきた。高崎さんは、知的な障碍があったり、自閉症だったり、そのほか様々なハンディキャップを持った人たちが街の中で暮らしていける場を作ろうと、横浜・中山で「ぷかぷか」というパン屋さんとカフェを営んでいる。 ツンさんは、そこのメンバーの一人である。

 ツンさんの作品については、既にここで何度か紹介している。藤崎さんにお願いして、「メイシネマ祭」でも上映してもらった。岩波映画の助監督時代からの友人も何人も見に来てくれて、口うるさい連中が面白がってくれた。で、今回の新作だ。
&br;
 送られてきたDVDには高崎さんのメモが入っていた。以下全文。
「ますます進化した感じですが、絵で遊んでいる感じが強く「記録映画」としての要素がなくなっている感じです。」とあった。

 DVDが届いた翌日には、メールも入っていた。次のような内容だった。以下全文。
「映像としては以前よりはるかに進化した感じがするのですが、何を伝えようとしたのか、あたりを考えると、何も伝わってこないというか、映像を断片的にかっこよくつないで、洗練された音楽をかぶせた、という印象です。題材はみんなで社員旅行に行ったときの記録、帰り道、ズーラシアに行ったときの記録ですが、肝心な中身が見えないのです。四宮さんの感想をお聞かせください。」 と。
&br;
で、そういう先入観で見た。あらかじめこんな映画なのかなあ、と想像してから見た。するとまったく期待を裏切られてしまった。全然、イメージしていた映画とは違っていた。

それで、高崎さんには、面白かったよ、後ほど感想を送ります、と伝えた。と言うのも、その時はしたたかに酔っ払ってからツンさんのDVDを見たからだった。もしかしたら、酔っ払っていたから、わたしの感覚がハイになっていて、それで面白かったのかもしれないと思って、今日、見直した。
やっぱり面白かったけれど、酔っ払って見ていて面白いなあと感じたところで、今、見直して、面白いなあと感じと部分はずいぶん違う。当たり前のことだけど、そのことも面白いと感じた。
&br;
 今回の作品は。『運動会3』『動物園』『千葉県』『千葉~横浜 湾岸道路』の4本。それぞれ4分から5分、そして7分半の短い作品だった。以前の作品は結構長くて、インターネットなどにアップするのなら短い方がいいよ、とアドバイスしたことがあったけれど、その影響があるのだろうか。

 短い方がいいよなあ、と思う。自分は長い作品ばかり作っているくせに。
今朝、ある作家さんのインタビューを新聞で読んでいたら、小説は短編に限ると語っていた。今の小説は長すぎると、苦情を語っていた。その人は、短い小説は難しいとも語っていた。ドキュメンタリーも短い方が難しいかもしれないと思ったものだ。

そうは思いながら、ツンさんの今回の作品も、短いから面白かったけれど、長いと持たないかもなあ、とか、長いと退屈するかなあ、とも感じていた。短い作品だから、思いの核みたいなものがすう~っと入ってくる。
&br;
 『運動会3』は毎年恒例の「ぷかぷか」の運動会を撮影した作品だ。『動物園』はやはり「ぷかぷか」で横浜の動物園「ズーラシア」を訪ねた日の記録だ。この日はあいにくの雨だったらしく。傘をさしての動物園見学だった。『千葉県』は千葉県のレジャーランドへの社員旅行の記録だ。画面から想像するに1泊旅行かな。そして『千葉~横浜 湾岸道路』は、その帰り道。きっとバスの窓から撮った映像なのかなあ。

 これまで、ツンさんの作品はいくつも見てきていたが、それらとはがらっと違っていた。いや、これまでのツンさんの作品にチラチラと現われていたものが、一挙に、ドッと吐き出されていた感じだった。その意味では、一層ツンさんらしい。
&br;
 4つの作品とも、カラーで撮られているのだが、モノトーンに仕上げられていた。『千葉県』『千葉~横浜 湾岸道路』は完全にモノクロの世界だった。脱色されていた。最初からモノクロで撮るのとカラーで撮って脱色するのでは、感じなのだがずいぶん違うのではないかなあと推測する。黒が澄んでいないのだ。むしろ濁りさえ感じる。そこに、失われたものを感じる。失われた世界を感じる。

『運動会3』『動物園』はハイキーと言うか、オーバー目の世界である。ホワイトアウトする時の、その一過程の色調なのだ。そして薄く、グリーンだったりブルーだったり、或いはアンバーだったリの色調がベーシックに敷かれている。
&br;
前々からのツンさんらしいと感じるのはデジタル効果のワイプの多様さなのだ。どくに『運動会3』ではデジタル効果のワイプがしつこく提示される。おや、と思うような、場面転換でないところでも使われている。
そして、今回の4作品に共通する一番の特徴は、時間の操作だった。駒伸ばしとか、駒落としが頻繁にされている。実に巧みに。ツンさんは映像の魔術師だよなあと感じる。映像処理の天才ではないかとさえ思わされてくる。いやあ、実に巧みに時間軸を狂わされるのだ。
&br;
そうした手法を多用することで、「ぷかぷか」の何でもない日常を撮って、構成しているのだが、提示されている世界は非日常だった。写されている対象は日常なのに、作品として提示されている世界は非日常だった。

考えてみると、いや、考えるまでもなく、わたしなんて、90分とか120分の長い映画でも、なんの変哲もなく、すべて撮ったままの映像をなんの細工も施すことなく、すべてがカット繋ぎで、映像編集の基本のテクニックであるOLでさえ、普段はまったく使用しない。わたしの作品世界は、およそ日常そのもので、そこから一歩も出ようとしない。

そういう意味で、ツンさんの作品世界は凄いなあと思う。わたしなんかには、到底まねのできない世界である。

そういった意味で、高崎さんは不満を感じられたのかもしれない。
そして、それはそれで、よく理解できる。
「記録映画」の要素がほとんどない、というのも理解できる。
&br;
 いや、そもそも、ツンさんには「記録映画」とか「ドキュメンタリー」なんてものを撮ろうという気がないんだろうと思う。それは高崎さんの方からの一方的な思い込みなのかもしれないと思う。もしも、これが、「ぷかぷか」がツンさんに費用やギャラを出して、「ぷかぷか」の世界を表現する映画を撮ってもらうのだったら、当然のことながら、作り直してもらえばいいのだが、現実はそうでもないみたいだ。

 ツンさんは、およそそんな気はないみたいだ。
 これは、ツンさんの世界の自己表現の世界なのだと思う。
 例えば、自分ではどうにもならなかった時間の世界を取り戻すために、映画の中で、時間軸をずらして、自分なりの時間の世界を再構築していったのだろうなあと思う。なによりも、ツンさんは、以前に体験していた、閉じ込められてきた時間の世界から解放されなければならなかったから、かなあと思う。

 「記録映画」や「ドキュメンタリー」のように、伝えるとか、メッセージするとかいうよりも、自分の中にある世界を外に表出することに興味があるのだと思う。だから、日常にカメラを向けても、表出されてくる世界は非日常なのだと思う。
&br;
一方で、ツンさんにとっては、今までやってきた映像表現では物足りなくなったのだと思う。それに、その上に、現段階のデジタルの世界では、いろいろなことが簡単にできる。それをいろいろと試したかったのだと思う。

わたしの場合は、それに興味が無くて、カット繋ぎしかしないという結果なのだ。あれこれデジタル処理するのが面倒で、難しくて、お手上げなのだ。若者と年寄りと、世代間の差なのだろうと思う。

ツンさんの表現形式の、或いは、表現手法の変化とか、進化の結果なのだと思う。言ってみれば、ピカソがあれこれ表現手法を摸索していって、立体派の表現に行き着いたようなものかもしれない。

そう、これは、ツンさんの表現なのだ。

つまり、それは表現の様式の問題で、それはその時々の、その人の立ち位置の問題なのだ。例えば、わたしの好きな熊谷守一さんなんて、歳を取ってからの絵なんて、どれも、とてもシンプルなのだ。シンプルでいて、豊かなのだ。若い時から画風がどんどん変わっていく絵描きさんは多い。逆に、ずっと一貫していてほとんど変わらない人もいる。そう、その人がその時々に取る表現様式はきっとそれぞれなのだと思う。表現手法とか表現様式なんて、そんなものだと思う。それぞれなのだから。
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それでも、例えば『運動会3』の場合、正直、『運動会2』を見た時には、『運動会1』を見た時ほどの感動は無かった。『運動会2』は『運動会1』をなぞったような印象を受けたからだ。それが、今回、『運動会3』を見た時は、驚きがあり、新鮮さがあり、刺激があった。

うん、やっぱり、表現というものはそういうものだろうと思う。

わたし自身の中でおかしかったのは、当然、当たり前のことなのだが、酔っ払って見た時の印象と、今日、こうして、素面で見直した時の印象とはずいぶん違う。

酔っ払って見た時は、ぶあ~っと、全体の雰囲気とか印象にからだが包まれていった。それで、今書いたように、そして最初に見た作品だった『運動会3』がとても新鮮だった。とても印象的だった。その映像の印象がどこまでも引きずられていって、『千葉県』『千葉~横浜 湾岸道路』では、漠とした印象は残っていたもののひとつひとつの映像の印象は消えてしまっていた。

ところが、素面で、高崎さんへ感想を送る為に見直した時には、細部にばかり目が向いてしまっていた。細部に目が行くとそれはそれで、とてもおもしろかった。なるほどよくできた映画だなあと感じるところがずいぶんあった。
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一番違った印象を持ったのは、『千葉~横浜 湾岸道路』だった。酔っ払って見た時は。4本目だからということもあったかもしれないが、ただ千葉からの帰り道の映画だなあという印象だった。だが、見直してみるとこれはツンさんの世界だなあと感じた。以前に見た、『大手町』とか、そういうものに通じる世界だった。最初に、パン屋さんの映画を撮った時にも、ずいぶん無機的なものが写り込んできていたが、それに通じる世界だった。きっと帰りのバスの窓から撮った映像なのだが、それだけで一つの世界が構築されているのが凄いなあと感じた。そして、スローの駒伸ばしの映像は、手ぶれなどをカバーし、そして、その手ぶれなどを逆に活用しているようでさえあった。
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バスの窓から見える風景は、火力発電所や貨物船が繋留された岸壁とか、コンテナヤードとか工場なのだが、そういう物しか出てこないというのが凄いのだが、それらが初めはおとなしく、そして、それらが手ぶれを利用してだんだん激しい存在となり、そして最後は荒々しく、ラストはまるでブラインドの逆から強い照明を当てたようなフラッシュの連続で終わった。そこには、なにか現代社会や現代文明へのメッセージがあるように感じられた。ツンさんって、単に無機的な映像が好きなんではなくて、人間の存在と文明や科学技術の関わり合いなんかに興味があるんじゃないかと思った。

『千葉~横浜 湾岸道路』は、ああ、ツンさんの世界なんだなあと共感した。
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 『動物園』も面白かった。印象はジャングルだった。ジャングルに、人間がいて、人間は見物の人たちだ。もちろん、動物園がジャングルではないのだが、ジャングルを感じさせられる。都会のジャングルを含めて。「ぷかぷか」のメンバーで、雨の日で、傘をさしていて、全体は白っぽいハイキーな世界なのに、このメンバーたちの服装と差している傘だけに薄く色彩が残っているのが印象的だった。ジャングルの中には動物たちがいて、彼らは当然檻の中に居るのだが、ところが動物たちの檻はあまり檻は意識されずに、逆に、見物の訪問者たちの方が檻の中に居るような印象さえ感じる。
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 なにしろ雨の中の動物園訪問というのが実に印象的に構成されているのに感心した。雨だから残念だね、詰まらないね、とうのがなかった。いや、皆が格別にはしゃいでいるのではないのだが。なんだか、ここでも現実の社会とか、現実の文明社会を感じさせられた。『動物園』では執拗に、執拗に、送電線が登場する。今は止まっているが、ついこの前までは、あそこを福島からの電気も流れていたんだよなあと強く思わされた。

送電線が見ているわたしに沁みてくる。

『動物園』でもうひとつ印象的なのは、白っぽい画面に、頻繁に、細い黒い縦の線が出てくることだった。16ミリフィルムの映写機のイメージなのかなあと思わせられた。16ミリフィルムを映写機に掛けて上映すると、フィルムに傷がついて、あんな風な線がスクリーンに映し出されるのだ。動物園を訪ねることで、懐かしい時代に思いを馳せるのだろうかと首を捻った。だって、ツンさんの時代では、もう16ミリの映写機は姿を消してしまったのではないかなあと思うからだ。そんなフィルムの映画を見ていたのだろうか? 真相は、真意は分からない。わたしの勝手な想像だ。

 ただ、リアルな映画ではなくて、こういう非日常の映画は、(前にも書いたように日常の世界を撮っていても仕上げられた映画の世界は日常ではないのだから)見る側の勝手な思いで見られるのも、面白いよなあと思う。メリットだよなあと思う。
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 『運動会3』は、家族や大人や子供たちへの目線が印象的だった。もしかしたら、運動会の種目そのものよりも、そうした場というか、人とのつながり方の方にツンさんの興味があったのかもしれない。でも、これはわたしの勝手な想像である。だといいよなあという希望的な観測だ。

 『運動会3』の映画の始まりと終わりに、母親に手を引かれた同じ少年が登場するのが妙に印象的だった。何か意味があるのだろうか。というのも、わたしは今、友人の記録映画監督のインタビューだけの『友よ! 大重潤一郎 魂の旅』という映画を編集していて、長い2時間近くの映画の冒頭とラストを同じシチュエーションの映像でパッケージしてしまったからだ。ツンさんにも同様の意図があったのかなあ、と想像したのだ。
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 『運動会3』で特徴的なのは、前にも触れたが、デジタル効果のワイプの多用である。場面転換でないところまで上から、やや暴力的に被せられていたのが少し意外だった。どういう意図だったのか、わたしには計り知れなかった。

 まあ、好みの問題だが、わたしはあまり好きではなかった。動物園の檻の世界ではないのだが、運動会の世界が向こう側に遠くなっているような気がする。意図的なのかもしれない。以前の『運動会』映画や『ぷかぷか』の映画でも、対象との距離感がツンさんの映画では独特だった。敢えて距離感を取ろうとしているのかもしれない。それは感じられる。それが映画を自立させている場合もある。敢えて向こう側の世界を撮ろうとする意図かもしれない。向こう側の世界とは、それはもしかしたら、ツンさんとリアルな日常の世界との距離感の反映なのかもしれない。ツンさんにとっては、映画による表現は現実世界とのかかわりを得るための手掛かりなのかもしれない。
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でも、今回の『運動会3』では、距離感があり過ぎるようにも感じた。

 この距離感と、ハイキーな白っぽい画面の効果から、暖かさや楽しさや親しみやすさが消えている。いや、むしろ、冷たさや寒ささえ感じる。「ぷかぷか」の現実を支え、「ぷかぷか」の現実を愛し、「ぷかぷか」の現実を大切してきている高崎さんにとっては、それが、物足りなかったり、不満だったりするのかもしれない。そのことは容易に理解できる。そうだろうなあ、と思う。
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 でも、ツンさんにとっては精一杯なのかもしれない、とも思う。『千葉県』で一番印象的なのは、「歓迎! ぷかぷかご一行様」の標識がライティングされた形でさりげなく挿入されていたからだ。『千葉県』では、映画の大きな枠組みの中で、かなり接近した感じで「ぷかぷか」のメンバーたちが登場してくる。

 でも、訪ねた水族館では美しい色彩の熱帯魚が泳いでいる。目を奪うような美しさだろうと想像できる。でも、モノクロにして、その美しい色彩を消し去ろうとしたツンさんの心境はなになのだろうかと思う。リアルな世界に対する拒否感情か。わたしには想像がつかない。きっと理由があるのだろうと思う。でも、それはツンさんの世界の問題だ。
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 その一方で、『千葉県』は枠組みのしっかりした映画になっている。その意味では分かりやすい。ただし、分かりやすいというのは、プラスの面とマイナスの面がある。分かりやすいというのは、込められたものが滲みやすく感じられる。マイナスは見ていて、イメージが飛躍しないことだ。映画を見ていて、イメージが飛翔しないなんて、哀しい。

 『千葉県』は、表現手法がずいぶん前衛的であっても、内実はずいぶん古臭いなあという感じがした。表現の展開が古臭いのだ。常套なのだ。当事者がそこに居ないのだ。映画が、デジタル技術に負けているのかもしれない。
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 反面、素面になって『千葉県』を見直して、驚いたというか、感心したことは、実に丁寧に構成されているということだった。ショーに登場するイルカだかシャチと、それを見る人たちと、ショーを演出する施設や環境と、海と、四つの要素が実に巧みに構成されている。後半も同様で、広い野外の山々の風景と、そこで遊ぶ人と、迎える施設と、そしてそれを演出する人たちが、これまた前半に対応するように四つの要素が実に巧みに構成されている。

素面で見直して改めて認識した。「ぷかぷか」のメンバーたちの姿もしっかりと写し込まれている。けっして、ツンさんが、なおざりに、或いはいい加減に撮った映画ではないんだということが分かってくる。かなりの近くの距離感からの撮影だった。前にも同じ表現をしたが、それは、ツンさんにとっては精一杯だったのかもしれない。
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もう一つ、ワンカットワンカットが実に的確に撮られているのにも感心した。ツンさんの撮影行為は、感覚的にパッパッと撮っていっているよう感じる、それでいて、実に的確なカメラアングルとかフレームなのだ。感心する。『動物園』でも俯瞰のショットとか、よくも上手に計算して撮ったものだと思わせられた。それでいて、実際には、考えることなく感覚的にパッパッと撮っていっているのだと思う。それが凄い。

『千葉県』では、ワンカットワンカットの構図が実に的確なのだ。絵が出来上がっている。出来上がり過ぎだと感じるものさえある。広い山の風景とその前を過ぎる人。広い空の雲の風景と地上で戯れるアヒルたち。その対比が見事だ。

そして,いちばん感心したのは、『千葉県』のラストに登場する観覧車のシーンだ。もうそれは確実に映画の世界だった。そして、ラストカットの観光施設の小屋や、その傍の大きな樹木と、そこに集う人たちと、そしてゆったりと回る観覧車のロングショットか見事だった。ああ、映画だなあ! と感じた。感嘆した。
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 さて、これから、ツンさんの映画がどのように変貌していくのかが楽しみだ。
 ただ、音楽が、今のようなら、著作権のことで永遠に一般公開は出来ない。
どうクリアするのか。

もしかしてというか、多分、ツンさんにとっては一般公開する必要はないのだろうと思う。今の段階では。きっと、自分の世界が表現できればそれで満足なのだろうと思う。

そこが、高崎さんとツンさんの乖離なのだろうと推測する。
それが、なにを伝えようとしているのか、なにも伝わってこない、という高崎さんの感想になってくるのだろうと思う

 表現者としては、次のステップとして、自ら表現したものを、自ら表現した世界を、別の人に、見てくれる人に、関心を持ってくれる人の許に届けることが大切になってくる。
 ツンさんが、そうしたステップに踏み込んでいくのかどうか。
 そこが問題だ。
そうした時に初めて、記録するとか、表現するとか、伝えるとか、メッセージするということが湧き立ってくるのだろうと思う。
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新聞を読んでいると、自己表現について三つのタイプがあると書かれていた。自分のことだけを考える「攻撃型」と、他人を優先して自分を後回しにする「非主張型」と、そして三つ目のタイプとして、自分のことを考えるが他人も配慮するというのがあるのだそうだ。

ツンさんの場合も、もっともっと他人のことがツンさんの世界に入り込んでくると、作り上げられる作品世界も大きく変わってくるのだろうなあと想像する。そうした時に初めて、「記録映画」とか[ドキュメンタリー]ということが意識されてくるのだろうなあ、と思う。

          2013年2月17日  しのみや てつお

なんともいえないあたたかい雰囲気のパン教室

ぷかぷかパン教室に、はじめて子どもたちと一緒に参加しました。

私が以前通っていたパン教室は、材料の分量もほぼ事前に測ってあり、
生徒の私は先生の指示通りに、一つ一つの工程を進めていき、
ちょっとでも間違っていないかドキドキしながら、出来上がりの写真そっくりのパン作ることを目標に、ただただ黙々とパンを作っていました。

でも、ぷかぷかのパン教室は違います。
参加者全員で、協力して責任もって作り上げるのです!
もちろん、店長の高崎さんやスタッフのみなさんがポイントを教えてくれるので、心配はないのですが、とにかくみんなで、力を合わせて、工夫しながら作ることが、本当に楽しいのです。
ちょっとくらい間違ったって、大丈夫!はじめの緊張なんかどこかへ吹っ飛び、一緒に作り上げていく醍醐味をたくさん味わいました。

わが子たちは、ぷかぷかのみなさんともすぐに仲良くなり、いつもは私にばっちり監視(笑)されている中でしか使った事のない包丁を、持っている集中力をフル回転させながら、たくましく扱い、目を輝かせてパンの生地をこね、皆さんと一緒に張り切って作っていました。

わが子たちのいきいきした姿を見て、ぷかぷかのみなさんがふんわりとわが子たちを受け入れてくださる何とも言えないあたたかい雰囲気と魅力をとても嬉しく感じました。

そして、自分たちで作ったパンは本当においしくて、お腹いっぱい!
パン作りをただ体験するだけではない、楽しくて、豊かな気持ちになる空間がぷかぷかパン教室にはありました。     (s.o)


★★★


調理室に入ると、他の参加者は常連の様子。
一方、私は初めての参加で道具の場所も、使い勝手も分からず少し緊張していました。
また、普段と違う「よそもの」が入ってきたことにより、調和を崩したりしてしまうのではと少し心配したりもしていました。

最初は周りを見ながらなんとかついて行こうとしていると、ぷかぷかの皆さんはやさしく声をかけてくれてすぐに緊張が解けました。カフェでのお仕事のお話をしてくれたり、玉ねぎの皮を簡単にむく方法を教えてくれたりと、本当に楽しいひと時を過ごせました。

後から考えると、最初の緊張は無意識の中でこちらが身構えていたのかもしれません。ぷかぷかの皆さんが私達を受け入れてくれる心の余裕・広さを強く感じた一日となりました。

さて、5歳になったばかりの息子は最初は意欲的にこねたりしていましたが、ちょっと長丁場で途中でエネルギーが切れてしまったようで心配しましたが楽しかったようです。みんなと一緒に美味しいパンをたくさん食べた後に「またパン作りたい?」と尋ねてみると、頷いていました。

パン教室に参加して一番印象に残っていることは、とにかく皆さんが明るく生き生きしていることです。とても気持ちのよい雰囲気の中、みんなで協力してパン作りができました。ありがとうございました。 (g.t)


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一個のパンを買うことから始まる素敵な物語

 「ぷかぷか」のホームページのトップにこんなことを書いています。

「カフェベーカリーぷかぷか」では、障がいのある方達が働いています。
彼らと一緒に生きていきたいと思い、お店を立ち上げました。
一緒に働いていると、心がなごみます。
楽しいです。
元気になります。
お店をやり始めてから、彼らとはやっぱり一緒に生きていった方がいいな
って素直に思えるようになりました。
そういった思いを地域の人たちとも共有できたら、と思っています。
そうして、たくさんの人たちが
「彼らとはいっしょに生きていった方がいいね」
って、素直に思えるようになったら、
お互いが、もっと生きやすい地域社会が実現するように思うのです。

 パン屋に入ると、コンノさんは、いきなり厨房から出てきて「お名前は?」「兄弟いますか?」「お兄さんですか?お姉さんですか?」「お父さんはネクタイしていますか?」と矢継ぎ早に聞いて来ます。初めての方はどぎまぎしてしまうのですが、コンノさんの言葉は不思議とそのどぎまぎした心をほぐし、心をあたたかいもので満たしてくれます。機関銃のように次から次に飛び出す質問に答えているうちに、コンノさんとのやりとりがだんだん楽しくなってきて、パンを買いに来たことも忘れるほどです。
 
 パンを買いに来たついでに、ぷかぷかで働く障がいのある人たちと、こんな素敵な出会いをしてほしいと思っています。心がぽっとあたたかくなるような出会いを重ねる中で、彼らとは一緒に生きていった方がいいね、って思ってくれる人が少しずつ増えてくれれば、と思っています。

 そうしてたくさんの人たちがそんなふうに思ってくれるようになったら、障がいのある人たちだけでなく、お互いがもっと生きやすい方向へ、地域社会が少しずつ変わりはじめるのではないかと思うのです。

 障がいのある人たちの社会的生きにくさは、彼ら自身の問題と言うより、私たちの彼らを見る「まなざし」の問題だろうと思います。こんな人たちはいやだな、とか、うるさいとか、どこかほかのところへ行ってほしい、と思う私たちの「まなざし」は、そのまま彼らの生きにくさにつながります。

 その「まなざし」に「一緒に生きていこうよ」という思いが宿るなら、彼らの生きにくさは大幅に改善されます。社会的弱者である彼らが生きやすくなる社会は、誰にとっても生きやすい社会だろうと思います。

 そういったことが一個のパンを買うことで始まるとすれば、なんだか素敵な物語だなと思うのです。

 パンを買いに来たつもりが、ふと気がつくと、帰りに心がちょっとだけあたたかくなっているような、そんなパン屋を目指しています。おいしいパンといっしょに、何か心あたたまるものをお持ち帰りください。そして一個のパンから始まる物語の続きをぜひ作ってみて下さい。

         
 

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