ぷかぷか日記

新しい「価値」を一挙公開!

 杉田水脈 自民党・衆院議員の「LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がないのです」(『新潮45』8月号)という発言に対する抗議集会。

 始まってから5分20秒くらいからの映像がすばらしい。

mainichi.jp

 力強いメッセージ。なんかちょっと感動しました。メッセージを発する男性のすぐ後ろにいる女性の泣き笑い顔は、もうそれだけで伝わってくるものがあって、胸が熱くなりました。

 杉田議員の貧しい発想をはるかに超える豊かなものがこの場から生まれているような気がしました。

 杉田議員の発想の貧しさを批判するだけでは、何も生まれません。

 「生産性」で人を価値づける発想を超えるものをみんなで作る。そこにこそ力を注ぐべきだと思います。

 

 ぷかぷかはぷかぷかさん、つまり、障がいのある人たちに支えられているお店です。「生産性」で人を価値づける価値観から見ると、一番下のラインにいる障がいのある人たちにぷかぷかは支えられています。彼らがいなければ、何のおもしろみもないただのパン屋であり、ただのお惣菜屋であり、ただの食堂、ただのアートスタジオです。

 ぷかぷかさん達がいるから、こんなにもおもしろいお店ができ、こんなにもおもしろい物語がたくさん生まれました。このおもしろさのおかげでたくさんのファンができ、ファンは売り上げを作りました。

 「生産性」という価値観から外れる人たちが、売り上げをしっかり生み出しているのです。

 「生産性」ではかるのではない、新しい「価値」がここにはあります。それは売り上げを生むだけでなく、社会の豊かさをも生み出しています。

 

 ぷかぷかが創り出した新しい「価値」を一挙公開するのが8月4日(土)のぷかぷか上映会です。この新しい「価値」は、息苦しい社会を救います。私たちにホッと一息つかせてくれます。ぜひ新しい「価値」に出会いに来て下さい。

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人に気持ちを伝える方法の一つ。それは映像の力。

相模女子大学のマーガレットホールで伊勢監督の作品、

『やさしくなあに  〜奈緒ちゃんと家族の35年〜』の上映を観てきました。

映画の中には笑ったり、働いたり、ピアノを弾いたり、夫婦関係に悩んだりしているお母さん、定年退職をして自分の身の置き場が見つからず、お酒を飲んだり、居眠りしているお父さん、奈緒ちゃんの弟として生まれ、福祉の仕事に付き、人生に悩む記一さん。そのそばにはいつも奈緒ちゃんがいます。そして奈緒ちゃんはいつも笑顔。

家族が混乱の中にいる時も、ピント外れ・・・だけれどその場の空気を変えるには的を射ているかもしれない言葉を発する奈緒ちゃん。きっとこの西村家はなんども奈緒ちゃんの前向きな明るい会話に助けられてきたのだと思う。

もともと、てんかん発作を持っている奈緒ちゃん。映画の中でも撮影中に突然発作で倒れる場面があった。その時私は、今までに見たてんかん発作を起こした人々の姿が一瞬のうちにパーッと頭の中に流れた。その中には12年前に脳腫瘍で亡くなった姉もいる。てんかん発作の中でも多い、全身痙攣発作はそばに居るものに衝撃を与えるほど、辛そうに見える。その度に命の尊さを想う。

なぜ同じ映画をなんども上映するのか。

映画はなんどもなんども繰り返し伝える力を持っている。

繰り返し繰り返し、伝えたい事があるから。

8月4日には長津田アートパークでぷかぷか上映会を開催します。映画では生きることを楽しんでいるぷかぷかさん達が出てきます。今回は上映会だけでなくぷかぷかさん達もきます。トークセッションもあったり、パンや焼き菓子、アートグッズの販売もあります。ぷかぷか体験が一度に出来る感じでしょうか。

ぷかぷかも記録映画はこれからもなんども上映をします。上映を続けて一人でも多くの人に、一緒に過ごすこと、一緒に生きていくことの大切さを伝えていきます。

人に気持ちを伝える・・・とても難しいことです。

伝えたつもりでも伝わっていなかったり、違う意味で伝わったり。

だけどあなたに伝えたい。

ぷかぷかさんがぞばにいると少し心が暖かくなるって。

なおちゃんが笑うと周りも笑顔になるように。

8月4日、心を暖めに来てください。

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NHKスペシャルで見えてきたこと

 先日放送された相模原障害者殺傷事件をテーマにしたNHKスペシャルで、やまゆり園の現場が重い障がいのある人にどのように対応していたかがよくわかる映像がありました。

 徘徊がひどく、見守りが困難だとして毎日のように「身体拘束」される女性の話がありました。多い日は12時間を超えることもあったそうです。その結果、女性はだんだん意志を示さなくなったといいます。

 私は映像を見るだけで辛くなりましたが、現場のスタッフで、こういうやり方はおかしい、こんなことはやめよう、と思う人はいなかったのでしょうか。

 12時間を超える「身体拘束」は、どう考えても異常事態であり、明らかに人権侵害です。誰が見ても、これは「支援」ではなく、「虐待」です。

 結局のところ、こういうことに心を痛める人がいないような支援の現場だったのではないかと思います。

 事件は犯人の特異性によるものとされていますが、現場のこういう雰囲気こそ、犯人の障がいのある人を見る目を養ったのではないかと思います。

 『そよ風のように町に出よう』終刊号で相模原障害者殺傷事件についての対談がありました。

 

「…ボクも植松くんに精神障害っていうレッテルを貼って解決する問題ではないと思っています。ではどうして彼のような人間が生まれたのか。植松くんは施設に勤めている時は非常に腰が低いというか「これから勉強します」っていう、仕事に対して前向きな、いい青年らしい発言をしているわけですよね(正式採用後、「津久井やまゆり園」家族会の機関誌「希望」に記載された彼の挨拶文)。そういう青年が3年間施設にいて、最後の数ヶ月でああいう精神状況に変貌したと思いますけれども、どうしてこういうふうになっちゃうのかなと、そこをボクは一番考えたいなと思ってます。」

  「前の家族会の会長もいってましたけど(就労支援施設「シャロームの家」主催の集会(2017年2月27日)での尾野剛志さんの講演)、日頃ごろごろ寝転んでテレビばっかり見てたり、そんな職員が目立ってた。そこに突然彼が行ったらびっくりして飛び上がるって…」

 

 そんな話と、NHKスペシャルの映像が重なってしまうのです。 

 去年のちょうど今頃書いたブログ

 

 7月26日のやまゆり園事件追悼集会で出会った家族会の方も、NHKクローズアップ現代で取り上げられた植松被告の手紙にあった「障がい者が不幸の元」という考え方に確信を持ったのはやまゆり園で勤務した3年間だった、と書いていることについて

 「彼は最初はそれなりの思いを持ってやまゆり園にきたのだと思います。でも、現場がひどすぎた。だからそんなふうに思ってしまったんだと思いますよ」

 

 相手を殺すところまで行ってしまったのは、やはり犯人の特異性が大きな部分を占めるのだろうと思います。でも、事件の動機となる障がいのある人を見る目線は、やはり現場の雰囲気で養われたのではないかと思います。やまゆり園で勤務する前は、障がいのある人にほとんど関わってないのですから。

 彼が働いた現場が障がいのある人たちとどのように関わっていたのかの検証はとても大事だと思うのですが、、神奈川県の検証委員会では全くやっていません。どうしてこの一番大事な、核心部分ともいえるところを検証しなかったのか。福祉施設の安全管理体制が問題だった、と書くことで、何かすごく大事な問題をすり替えている気がします。

 たまたまNHKスペシャルで明らかになった「重い障がいを持った人を12時間も身体拘束をする」といった異常な事態が支援の現場でどうして起こったのか、保護者の方が言っていた「現場がひどすぎた」とは具体的にどういう事態だったのか、「障がい者が不幸の元」という考え方に確信を持ったのはやまゆり園で勤務した3年間だった、という犯人の言葉の検証等々、津久井やまゆり園という支援の現場が障がいのある人たちとどのような関わりを持っていたのか、という問題です。

 どうしてそこにこだわるのか。

 今まで何度も書いていますが、犯人が下の写真のような

「いい一日を一緒に創り出すような関係」

を障がいのある人たちと作っていたら、事件は起きなかった、と思うからです。19名の命は奪われることはなかったと思うのです。だとすれば、事件の責任はどこにあるのか、犯人一人の責任にすればすむ話なのかどうか、です。

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★NHKスペシャルを見られた方、ぜひ感想をお寄せ下さい。pukapuka@ked.biglobe.ne.jp

 

★8月4日(土)のぷかぷか上映会にはNHKスペシャルの制作に関わった方が何人か参加します。ここしか聞けない、いろいろおもしろい話が飛び出すかも知れません。これはもう来なきゃソン!ですよ、絶対に。

pukapuka-pan.hatenablog.com

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

心地よいから…

8月4日(土)、みどりアートパークにて「ぷかぷか上映会」が行われます。

こうして何度も何度も繰り返しご案内している訳とは…

ぷかぷかでスタッフとして働いている私が出会った「心地よさ」を皆さんにも感じて欲しいから。

ぷかぷかさんと一日を過ごしていると、ふふふっと笑顔がこぼれます。

出来る事、出来ない事を仕事の基準に考えていた自分が、なんてちっぽけな人間なんだろうと気付きます。

私の「ありがとうございます」の言葉より、ぷかぷかさんの「また来てね~」の一言がお客様を笑顔にします。

常連のお客様が久々に来られた時、「なんだよ~!来ないから心配したじゃないか!」のぷかぷかさんの言葉で「心配してくれて、ありがとう」って涙を浮かべた方がいらっしゃいました。

「ぷかぷかさんと一緒にいい一日を作り上げる」と

「私自身のいい一日が作り上げられている」そんな日々。

ぷかぷかさんたちは、多くの「笑顔」と「心地よさ」を生産してくれています。

物を作り上げる事だけが生産でしょうか?

お金を稼ぎ、税金を納める事だけが生産でしょうか?

 

どうぞ「障がいのある人と一緒に作り上げる一日の心地よさ」をぷかぷか上映会で感じてください!

 

上映会には、ぷかぷかさんのトークセッション、握手会が予定されています。

ぷかぷかさんの声を聴きにおいでください。

温かい柔らかい手を感じてください。

イエ~イなんて、ハイタッチしてみてください。

みなさんの心にもきっと何かが響いてくるはずです。

 

ぷかぷか上映会、来なきゃソン!です。

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福祉を腐らせないために、私たちはどうしたらいいのか。

 「第3回ともに生きる社会を考える神奈川集会2018」に参加した小林律子さんのFacebookにすばらしい報告が載っていました。その中のやまゆり園の入所者の生活についての話

 

シンポジウムの最後の方で、フロアからやまゆり園の元入所者で、地域のGHに移った息子さんをもつお父さんが発言された。
 「やまゆり園の事件でいろいろ報道され、語られ、論じられているけれど、あの事件で殺された人たちがやまゆり園の中でどういう生活をしていたのか、まったく報じられていない」と。

 7/21のNHKスペシャルで、端なくも、やまゆり園の支援の質と移転した先のてらん広場の支援の質の違いがくっきり出ていたけれど、やまゆり園では1日2時間の活動しかなく、土日はなにもない。一日ボーと過ごすだけ。そんな生活を「亡くなった利用者さんたちはみな、園で穏やかに暮らしていた」と法人側はいうけれど、こんな生活を50年も続けていたら、誰だって生きる目的、意欲を失い、自分の意思や願いを表出することを諦めてしまう、と。

 

 利用者さんだけでなく、スタッフもそういう環境の中でものを考えなくなります。

 

 その人たちを「コミュニケーションがとれない」「生きていても仕方がない」人と植松容疑者は線引きして殺したわけだけれど、そこで自分たちの支援のあり方を顧みたり、望んで施設で暮らしているわけではない、家族や社会の都合でそうせざるを得ないというそれぞれの人が背負う背景、事情に一片の理解を寄せることもなく援助の仕事をしていた自分を顧みることはない。それを利用者家族から、あるいは職員間で問われることも、閉ざされた施設の中ではなかったのだろう。

 

 そして津久井やまゆり園を運営する社会福祉法人かながわ共同会のホームページでは事件に関する検証が全くありません。

かながわ共同会

事件から1年目に再開したホームページ

ごあいさつ ~ホームページ再開について~

 

 あれだけの事件があり、元ここの職員が起こした事件にもかかわらず、この無責任さにはあきれました。

 この法人は神奈川県の職員の天下り先として有名なところだそうです。だから県の検証委員会は施設に不都合なことは書かなかった、いや、「書かせなかった」のかも知れません。そして不都合な部分は法人としても検証しない。

 福祉が、こういうところで腐っていきます。

 

 福祉を腐らせないために、私たちはどうしたらいいのか。

 それは何度も書いているように、

「障がいのある人たちと一緒にいい一日を作り続ける」

こと、その中から、

「障がいのある人たちとは一緒に生きていった方がいい」と思える確かな「文化」を創り出すこと、

そして「それに共感する人を増やすこと」

だと思います。

 障がいのある人たちを排除する「文化」に対して、彼らを排除しない「文化」を彼らと一緒に創り出すのです。その文化は、息苦しい思いをしている私たちをも救います。ぷかぷかに来るとホッとする、というお客さんが多いのは、そのことを語っています。

 

 その「文化」がどういうものか、8月4日(土)みどりアートパークで行われるぷかぷか上映会に来ていただければわかります。

 特に10時から上映される第一期演劇ワークショップの記録映画は、彼らとクリエイティブな関係で創り上げるワークショップの空間がいかに豊かな世界か、ということがストレートに伝わってきます。

 徐々に見えてきたやまゆり園の世界とは正反対の世界です。

 そういったものを私たちがどこまで創り上げることができるか、ということが、今、問われているのだと思います。やまゆり園のあり方を批判するだけでは前に進まないのです。

 

 相模原障害者殺傷事件を超える社会を作る、というのは、やまゆり園の世界とは正反対の世界を私たちが作り出せるかどうか、ということだと思います。アーダコーダの議論も大切ですが、それよりも大切なのは、正反対の世界を実際に作ることだと思います。

 午後に上映する「第四期演劇ワークショップの記録」「プロモーションビデオカナダ版Secret of PukaPuka」「ぷかぷかさんがいる町」はいずれも、その正反対の世界が実際にできている記録映像です。午前の映画とあわせて見ていただけると、ぷかぷかが創り出してきた世界の全貌が見えます。

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 チケットをぷかぷかの「アート屋わんど」に申し込んでいただくとオリジナルクリアーファイルがもらえます。045−923−0282。絶対トク!ですよ。

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お互い「いい一日だったね」って、笑顔で言いあえる関係をあちこちで作る

 昨日の朝日新聞夕刊コラム「素粒子」

 

 みずからに問う。障害者への思いはどう変わったのか。社会を見つめる。障害者は暮らしやすくなったのか。やまゆり園事件から2年目の朝に。

 

 事件は、そういう機会を作ってくれたのかとも思います。それぞれが障がいのある人との関係について「みずからに問う」機会です。

 私自身は事件を「みずからに問う」つもりで、つたないブログを書いて書いて書きまくりました。書いても書いても、怒りや悲しみややりきれなさが収まらなくて、気がついたら85本ものブログを書いていました。

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 犠牲になった人たちは

「何もしていない私たちが、どうして殺されなければならないの?」

と、やりきれない思いで死んでいったのだと思います。それは犯人だけではなく、この社会に生きる私たちみんなに向けられた重い問いだったと思います。

 簡単に答えの出るものではありません。でも、この問いは、この社会において彼らと私たちの関係を端的に表すものとして、私たちに突きつけられた気がしています。

「生産性のないものは、じゃまだよ」

と、多くの人がなんとなく思っているこの社会。生産性がいつも評価の中心にある社会。障がいのある人たちが、生産性がない、と評価の最底辺に位置づけされる社会。そんな社会への重い問いだったと思います。

 

 重い、しんどい問いです。

 でも、理屈っぽい話ではなく。

「何もしていない私たちが、どうして殺されなければならないの?」

そう思う人を二度と出さないためにはどうしたらいいのか、というふうに考えてみれば、

〈 彼らとの楽しくてしょうがないようなステキな関係を作ることこそが大事 〉

であることが見えてきます。

 お互い

「いい一日だったね」

って、笑顔で言いあえる関係。そういう関係をあちこちで作ること、それを広げていくこと、何よりも彼らとのそういう笑顔の一日を毎日毎日積み上げること、それがすごく大事なことであることにあらためて気がつきました。

 

 8月4日(土)のぷかぷか上映会では、相模原障害者殺傷事件をテーマにしながら、ぷかぷかさんとの握手会をやります。

pukapuka-pan.hatenablog.com

 

 「やわらかい手だね」「あたたかい手だね」

そこから始まる障がいのある人たちとのおつきあいを大事にしたいからです。

 人は、やわらかい手の人、あたたかい手の人を殺したりなんかしません。そういうことを感じないところで事件は起きたのだと思います。犯人は、重い障がいのある人たちも、私たちと同じように、やわらかい手をしていること、あたたかな手をしていることを知らなかったのではないかと思いました。

 

 彼らと人としておつきあいすること。たったそれだけのことを私たちはやりきれてなかったのではないか。そんなことを思う事件2年目でした。

 

  

 

生産性のない人が社会に必要な理由

 花岡さんが「生産性のない障がい者は消えて欲しいと思っている人へ」と題したブログを書いていましたので、負けずに私も書きます。

 

 社会は男ばっかりでは気色悪いし、女ばっかりでも同じです。年寄りばかりでは元気が出ないし、若者ばかりでは経験の蓄積がありません。生産性のある人ばかりだったり、何事もスピーディにこなす人ばっかりだと、これもなんかすごく疲れる感じがします。

 やっぱり社会には男がいて女がいて、年寄りも若者もいて、生産性のある人もいて、ない人もいて、スピーディに物事をこなす人もいれば、なかなかこなせない人もいる、つまり、いろんな人がいた方がいい。このいろんな人がいること、それが社会の豊かさではないかと思います。

 自分とちがう人たちと、どうやったらお互い気持ちよく暮らせるのか、そのことを考えることが人を豊かにします。

 ぷかぷかのある町にはインド人がたくさん住んでいます。彼らはゴミを出すマナーがなっていないとか、集会室を使うマナーがひどいとか、いろいろ文句を言う人がいます。でも、そもそも生活習慣が違う上に、言葉がわからなければ、トラブルが起こるのは当然です。ゴミ出しのルールを英語で書き、きちんと説明する、集会室を使うルールも英語で書き、きちんと説明する、といったことを実際にやる中で、ずいぶんトラブルは減りました。

 地域に外国の人がいる、ということは、それだけで地域が豊かになります。ぷかぷかではインドの方をお呼びして料理教室をやろうと思っています。本物のインドカレーを作り、おいしいナンを焼いて食べます。

 みんながそんなふうに、自分たちとちがう人がいることを楽しめれば、お互い気持ちよく暮らせるだけでなく、社会そのものが豊かになります。

 

 ぷかぷかに来るとホッとする、という人が多いのは、社会に欠けてるものがぷかぷかにはあるからだと思います。あれができない、これができない、ああいう問題がある、こういう問題がある、と社会から排除されている障がいのある人たちが、ぷかぷかでは元気に、笑顔で働いています。そこに来てホッとする、というのは、排除してしまったものが、実は社会には本当は欠かせないものだった、ということではないかと思います。

 ぷかぷかにあるホッとするような空気感は、社会が排除した人たちが作り出したものです。社会が排除したものに、社会が癒やされる、というこの大いなる皮肉。

 

 今まで何度も話題にしているセノーさんの話を例に、この問題を考えてみます。

 セノーさんは、働かない、を理由に作業所で居場所を失い、ぷかぷかに来ました。働かない、つまり生産性がないことを理由に、そこから排除されたのです。障がいのある人が働く作業所でありながら、生産性を第一とする社会の論理がそのまままかり通っていたようです。ですからセノーさんは、社会から排除された、といってもいいでしょう。

 その社会から排除された人が今どうしているか。

 セノーさんは毎日郵便局に前日の売り上げの入金に行きます。セノーさんは入金伝票にぷかぷかのはんこを押し、金額を書き込む仕事をします。はんこを押すために窓口のお姉さんにスタンプ台を借ります。セノーさんはふだんから言葉がなかなか出てこない人です。「あ〜〜〜」というばかりで、なかなか言いたい言葉が出てきません。郵便局でも「スタンプ台かして下さい」という言葉がなかなか出てこなくて、でも、窓口のお姉さん達は、言葉が出てくるのを毎日待っていてくれました。毎日待っているうちに、その待つ時間がとても楽しくなって、セノーさんが来るのを楽しみにするようになりました。「今日もおもしろかったね」「今日はこんなこと言ったよ」「今日はまだ来ないね、どうしたのかしら」と、郵便局のお姉さん達の話題になっていると局長さんが話してくれました。

 セノーさんは「あ〜〜〜」といいながら、郵便局を耕していたのです。郵便局のお姉さん達の心を癒やしていたのです。

 郵便局のお姉さん達と障がいのある人との素敵な出会いをセノーさんは作ってくれたのです。セノーさんと出会うことで、郵便局のお姉さん達の、人としての幅がグ〜ンと広がった気がしています。

 仕事をバリバリやる人、言い換えれば、生産性の高い人が郵便局に行っても、こんなすてきな出会いは作れません。ただ入金の仕事をそつなくこなしてくるだけです。

 セノーさんは入金の仕事をそつなくこなすことはできませんでした。でもそれ故に、人を豊かにする素敵な出会いを作りました。

 これが、「セノーさんという仕事」です。社会から排除された生産性のない人が社会に必要な理由です。

 

 下の写真、セノーさんは「あ〜〜〜」といいながら、なかなか言葉が出てきません。学生さんたちは何を言い出すのだろうとずっと待っています。この待っている時間がお互いの関係を作る豊かな時間になります。郵便局のお姉さんたちとの素敵な関係はこうやって生まれました。

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「なんでもいいから 一番にな〜れ」を超える社会をぷかぷかさんと一緒に見つける

 8月18日(土)から第五期の演劇ワークショップが始まります。今期は宮澤賢治の『ほらクマ学校を卒業した三人』に取り組む予定です。ほらクマ学校を卒業した「赤い手の長い蜘蛛」と「銀色のナメクジ」それに「顔を洗ったことのないタヌキ」の三人が卒業後、どのような人生(?)を送ったのか、というお話です。

 冒頭のほらクマ学校の校歌は(オペラシアターこんにゃく座による挿入歌ですが)この物語のテーマといっていいくらいです。

 

♪ カメはのろまに 歩いて見せた ウサギだまされ昼寝した 

 早いはえらい 大きいはえらい 勝てばそれまで だまされたが悪い

 なんでもいいから 一番にな〜れ なんでもいいから 一番になれ 

 なんでもいいから 一番にな〜れ なんでもいいから 一番になれ

 

  今の競争社会を象徴しているような歌で、この競争故に、みんなどこかで追い詰められ、自分をすり減らし、息苦しい思いをしたりしています。(今朝の朝日新聞には自殺急増」に関する大きな記事が載っていました)

 そもそもこれに乗っかれない人たちもいます。自分のペースで自分の人生を生きている人たちです。

 でも社会は「生産できない人」として排除してしまいます。競争からこぼれてしまった人たちを蔑む視線は、広く社会を覆い、社会全体を息苦しいものにしています。

 相模原障害者殺傷事件は、その排除がもっとも悲惨な形で起こったものだと思います。

 

  ほらクマ学校の校歌をぷかぷかさん達が歌うと、どんな感じになるのだろうと思います。ぷかぷかさん達とは正反対の世界なので、多分違和感というか、「なんか変」という感じがあると思います。

 その違和感、「なんか変」はどこから来るのか、といったところから芝居ができないかと思っています。ぷかぷかさん達と一緒に作れば、この歌を超える世界が見えてくるのではないかと思います。

 

 第二期演劇ワークショップで『みんなの〈生きる〉』という芝居を作りました。谷川俊太郎の詩『生きる』を元に『みんなの〈生きる〉』という詩を書き、『みんなの〈生きる〉』世界を壊してしまう『むっつり大王』を考えました。社会の不満がどんどん高まってコントロール不能に陥った社会を象徴する存在です。

 その『むっつり大王』をどうやってやっつけるか、が芝居の大きなテーマでした。『むっつり大王』は、実は私たちの中にある、ということがワークショップをやっていく中で見えてきました。その『むっつり大王』は「もっと働け」なんて叫んだりしていました。ほらクマ学校の校歌と同じ発想です。

 「むっつり」がどうやって広がっていくかのゲームをしたとき、「むっつり」に感染しない人たちがいることがわかりました。ぷかぷかさん達のことです。

 ぷかぷかさん達こそ、この「むっつり大王」を超えるものを持っていることが見えてきたのです。

 芝居の中では、社会全体が「むっつり」の仮面に覆われる中で、ツジさんが一人おしゃべりをしたり、ショーへーさんが〈おひさまキラキラ〉を歌ったり、コンノさんが地域のおじさんとへんてこ会話をやったりして、なんだか楽しい雰囲気を作ります。

 その楽しさの中で、「むっつり大王」は退散していく、という芝居でした。「むっつり」が支配する息苦しい社会をぷかぷかさん達が救うというお話でした。障がいのある子どものお母さんで、この芝居を見て泣いてしまったという人がいました。

 ぷかぷかさん達といっしょにやったワークショップだからこそ見つけることのできた解決方法だったと思います。

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 さて今回の『ほらクマ学校を卒業した三人・ぷかぷか版』でも、ぷかぷかさんと一緒にワークショップをやることで、校歌に象徴される社会を超えるものを見つけられるような気がしています。 

 いっしょにそれを見つけたい人募集します。芝居の経験は全く不要です。必要なのはぷかぷかさん達と一緒に、この息苦しい競争社会を超えるものを見つけたい、という思いだけです。彼らと一緒にワークショップをやると、もういろんな発見があって、あなたの人生の幅がグ〜ンと広がります。絶対にトク!です。

 お子さん連れOKです。募集は10名くらい。10名になり次第締め切ります。なので、なるべく早く連絡下さい。やってみようかな、どうしようかな、と迷っている方、お問い合わせ下さい。

 

 オペラシアターこんにゃく座の『ほらクマ学校を卒業した三人』で歌われている楽しい歌を何曲か歌います。

 目くらのかげろうが蜘蛛の糸に引っかかり、食い殺されそうになったとき

 「あはれやむすめちゝおやが、旅ではてたと聞いたなら、ちさいあの手に白手甲、いとし巡礼じゅんれの雨とかぜ…」

と言うセリフが出てくるのですが、これをこんにゃく座の作曲家林光さんは浄瑠璃で歌わせます。ここがすごくおもしろいので、ぜひみんなで歌いたいと思っています。

 

 今期のワークショップは8月18日(土)、9月22日(土)、10月20日(土)、11月17日(土)、12月15日(土)、2019年1月19日(土)、1月26日(土)、発表会は1月27日(日)の表現の市場です。

 時間は毎回9時15分から夕方4時まで。発表会前日と、当日は少し遅くなります。

 参加費1000円とお弁当、飲み物持って来て下さい。

 参加申込、問合せはpukapuka@ked.biglobe.ne.jp 

              045−453−8511 (ぷかぷか事務所 高崎) 

 

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子どもと一緒にどんな人生を作っていこうか、って考える方が…

 先日、ダウン症の子どもの親の会の集まりで、映画の上映とお話をしてきました。そのときの私の話を聞いて、今日ぷかぷかに見学に来た方がいました。

 

 お店を巡る中、霧が丘商店街の遊歩道をぷかぷかさん達が気ままに歩いて各お店を行き来したり、お昼休憩で私たちお客さんといっしょにランチをとっていたりする姿がありました。皆、すごく自然体だし、街に馴染んでいるし、その風景が正直よい意味で驚きでした。ダウン症のある子を産んでまだ2ヶ月ちょっとの私は自分の中にいわゆる障害をもつ人への勝手なイメージ(偏見)がありました。障害者が働く場所や生きる世界は自分のそれとは違っていて、できることも限られていて、しかも閉鎖的で・・・。本当に勝手なイメージでした。よい意味で福祉という感覚はなくて、一つの世界観に包まれたぷかぷかワールド、とても心地よい空間でまた行きたくなりました。こちらからしゃべりかけなくても、しゃべりかけてくれるぷかぷかさんに人見知りの私も気持ちが和みました。

 

 「できることも限られていて、しかも閉鎖的で・・・」とありますが、私自身、教員をやっていた頃、見学に行った福祉施設の多くがそんな雰囲気でした。担任をしていた頃は、すごく明るい楽しい生徒だった人が、卒業して何年かたった作業所では暗い顔をして作業をしていて、ちょっとびっくりしました。作業所の暗い雰囲気が、その元生徒を飲み込んでいるようでした。その気になれば、楽しい雰囲気はいくらでもできるのに、とても残念に思います。

 多分そこを運営している人の働くことのイメージがそういう雰囲気なのだと思います。働く、というのは人生の多くの部分を占めます。働くことがつまらなければ、人生もつまらなくなります。

 ぷかぷかでは毎日帰りの会で

「いい一日でしたか?」

という質問をします。いい一日積み重ねが、いい人生を作っていくと考えるからです。

 「できることも限られていて、しかも閉鎖的で・・・」

といった雰囲気の仕事では、いい人生は作れません。

  ま、しかし、そんなところへの不満をいくら言っても、多分何も変わらないので、自分たちで彼らと生きる楽しい場を作った方がいいですね。

 

 子どもをどこかの福祉事業所に預ける、というのは、子どもの人生をそこに任してしまうことです。昔私が担任していた生徒は、福祉事業所で働き始めてから、そこでの顔を見る限り、人生が暗くなったようでした。あんなにひょうきんで明るかった生徒がどうして?って、いたたまれない気持ちでした。

 それよりも、子どもと一緒にどんな人生を作っていこうか、って考える方がいい人生が生まれる気がします。何よりも、子どもの人生だけでなく、親の人生が楽しくなります。子どもと一緒に、新しい物語を作るのです。わくわくしながら…

 

自分の日々の中で小さなできることを実行する

 7月21日(土) 筑豊にある「虫の家」でぷかぷかの映画の上映会とトークセッションを行います。

 いい映画だったね、いいお話だったね、で終わるのではなく、参加した人みんなが小さな新しい一歩を踏み出せるような、そんな集まりにできれば、と思っています。

  上映会のあと、最近作った「相模原障害者殺傷事件を超える社会を作るための道筋のようなもの」の話をする予定です。ムズカシイ、大きな話ではありません。ぷかぷかで日々やっていることが、相模原障害者殺傷事件を超える社会に、どのようにつながっていくのか、その道筋のようなものを描いたものの話です。

 ぷかぷかは特別なことをやっているわけではありません。ぷかぷかさん達とフラットな関係で、楽しい日々を作りだしているだけです。その気になれば誰にでもできることです。

 優生思想云々の大きな話を持ち出されると、もう何やっていいのかわからなくなりますが、ぷかぷかが日々やっている小さなことは、誰にでもできることです。

 その気になれば誰にでもできることを、あちこちでたくさん積み上げていけば、事件を超える社会を作っていくことは、夢物語ではなく、実現可能なものになります。

 

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下記サイトのダウンロードボタンを押すと、道筋がもっと大きく見えやすくなります。

pukapuka-pan.xsrv.jp

 

 この道筋の話を元にトークセッションをやります。どんな話になるか楽しみにしていて下さい。たくさんの「気づき」があるような、ぷかぷかオリジナルな話をします。映画のタイトルは『Secret of PukaPuka』なので、ぷかぷかのヒミツに迫るお話をします。ぷかぷかにはたくさんのファンがいます。障害のある人たちのファンを作るコツなど、ぷかぷかのヒミツに迫る話をします。これは、もう、絶対に聞かなきゃソン!な話です。

 集まりの最後に、10人ずつぐらいにグループに分かれていただいて、グループごとに「気づきの共有」をやってもらおうと思います。映画とトークセッションを通して気づいたことをみんなで共有します。グループごとに共有したことを発表してもらいます。

 あとはその共有したことを、参加した人それぞれが、自分の日々の中で実行するだけです。自分でできる小さなことの実行です。

 気づきの共有の中に、「障害のある人たちのファンを作るコツ」が入っていて、それをあちこちで実行する人が現れたら、あちこちに障害にある人たちのファンがたくさんできます。これって、なんかすごいことだと思いませんか?

 社会はね、こんなふうにして楽しいことをやりながら変えていけるのです。相模原障害者殺傷事件というとんでもなく重い事件を超える社会を作るためには、あの重さをひっくり返すだけの楽しさこそが必要だと思っています。そんな楽しい集まりにできれば、と思っています。

 

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