ぷかぷか日記

私はぷかぷかさんと関わり、とても幸せな気持ちになった

 先日創英大学で今年最後の授業があり、いろいろ体験したことの振り返りを少ししました。また、毎日新聞の上東さんにも来てもらい「命の選別」の問題について少し話をしてもらいました。

 担当した教員のコメントがよかったです。

 「感想を読むと学生にとって障害のある方と関わる機会は、今までほとんどないように感じます。経験は大事とどの学生も言っておりますが、一方で経験によって相模原事件のようなことも起きてることを考えると、経験というより、お互いにとって良い出会いが大切なのかもしれないです。」

 やまゆり園事件について、とてもいい気づきだと思います。結局は障がいのある人たちとどういうおつきあいをするのか、ということにつきると思います。

 「支援」という上から目線の関係の行き着く果てにやまゆり園事件はあったと思います。そういったやまゆり園の支援の質が問われないまま、事件の裁判は終わり、支援の現場での虐待は止みそうにありません。

 神奈川県の検証委員会の検証は続くようですが、現場を検証して、問題を指摘しても、多分虐待はなくなりません。

 問題は、障がいのある人たちとどういうおつきあいをするか、ということであって、検証することで、そこが変わるとは思えないからです。

 今まで障がいのある人たちとおつきあいのなかった学生さん達が少しずつ変わり始めたのは、やはりぷかぷかさん達といいおつきあいをしたからだと思います。

 (すごろくワークショップでぷかぷかさん達といろいろ楽しい話をしました)

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 (ぷかぷかさんと一緒に簡単な演劇ワークショップをしました)

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 学生さん達はぷかぷかさんとこの写真のようなおつきあいをし、先日はそれぞれ2日ずつぷかぷかに来てぷかぷかさんと一緒に働くという体験をしました。こういうおつきあいの質が学生さん達の感想によく表れていると思います。

 中に

「私はぷかぷかさんと関わり、とても幸せな気持ちになった」

という感想がありましたが、もし学生さん達がやまゆり園で実習をやっていたら、こんな感想が出てきただろうかと思うのです。こんな感想が出てくるようなおつきあいがやまゆり園でもあったなら、あの忌まわしい事件は絶対に起きなかっただろうと思うのです。どうしてそういうおつきあいがなかったのか、そここそ問うべきだと思います。

 

 

(学生さん達の感想)

半年ほど前に読んでいた小説の中で「優生保護法」の言葉が出てきて、全く知らない言葉であったので調べていた事が今回の授業で取り上げられておりいろいろと考えさせられました。法律が本当に正しいものか?世間の大きい声や考えだけで物事を考えることなく、自分の中にある思いや意思を大事にして伝えている高崎さんと上東さんの言葉に重みを感じました。

人には長所と短所がありそれは全員一緒のことで、それが健常者と障害者と名前がつけられただけで本人に大きな違いはないと思います。障害者という名前からあまり良いイメージを持てないだけで、実際にその人と関わることで少しでも考え方が変わるのではないかと思いました。

ぷかぷかの方々と実際に関わったり明るい話をたくさん聞く中で、障害について少しだけですが学ぶことができました。だけど社会の仕組みが変わらないとこうした楽しく、幸せに過ごす障害のある方はほんの一部で、残りの大多数はいじめられたり悲しい思いを持っているんじゃないかと思ってしまいます。これから保育園で働く身としてあたり前に障害のある子もいて、一人の友達として子ども同士が関われたり、近くの施設とも連携して大人の障害のある方たちとも、一緒に楽しんで互いに得になる経験がたくさんできる機会をもちたいと思いました。

ぷかぷかで活動した振り返りの中で、自分と他の人の意見が同じようなものがあれば違う意見もあり「なるほどな」と考えさせることもありました。障がいのある方と関わる前までは“どうしたら良いか”や“怖いな”と感じることがありました。私の気持ちでどうしたら良いかわからないという気持ちがあるので、社会との考えは同じようなものになってしまっているのかなと思いました。社会を変えることは難しいけど、まずは自分の経験や体験、学びを大事にしていきたいと思います。

今日の授業で、ぷかぷかでの体験活動で感じたみんなの質問や疑問の回答をきいて、より理解を深めることができました。やまゆり園事件を振り返ってあらためて悲しい事件だと感じました。障害者に偏見をもつ世の中がこの先、なくなっていくために、関わることで良いことがあるし学べることがたくさんあると思います。私たちだけではなく、もっと多くの人が関われる環境づくりが大切だと思いました。

今回、やまゆり園事件の話を聞いてニュースの時はあまり関心が無かったのですが、授業でぷかぷかさんたちと関わることで障害のある人たちのことが身近に感じることができ、やまゆり園の事件を改めて考える機会となりました。私はぷかぷかさんと関わりとても幸せな気持ちになったので、もっと多く人が障害のある人たちと良いかかわりを持ってもらいたいと思いました。

こんなに自由でいいんだ、笑いながら楽しくしてていいんだ

 創英大学の学生さんが、ぷかぷかで2日間体験実習をやって感想を書いてくれました。

 中に

「こんなに自由でいいんだ、笑いながら楽しくしてていいんだ」

という気づきがありました。素晴らしいですね。

 ぷかぷかが一番大事にしているところをちゃんと見ています。自由でいて、笑顔でいて、それでいてちゃんと収益を上げる。働くって、そういうことじゃないかと思います。それがいい一日になり、いい人生になります。

 

 学生さん達はいずれ社会に出て働きます。おそらくこんなに自由で、楽しく働けるところは、そうそうありません。職場をそんな風に変えるにはどうしたらいいのか、考えて欲しいと思うのです。それは職場という小さな社会を変えていく一歩になります。

 何が問題なのか、どうしたらいいのか、自分は何を大事にしたいのか、そういったことを考えて、考えて、考え抜いて欲しいと思うのです。そういったことが自分を磨きます。自分を成長させます。

 自分の手の届く範囲の小さな社会なら変えられる可能性は十分あります。ぜひトライして下さい。トライしなければ何も始まりません。トライすれば、わくわくするような何かが始まります。

 

①大学の授業でワークショップやお題に合った即興劇など関わっていて楽しいことばかりでした。しかし、いざぷかぷかさんが働いているところに行くと自分たちのやるべきことを楽しそうにこなしている姿を見てとても楽しそうだと思ったと同時に羨ましく感じました。どんな仕事も完璧に、失敗しないようにという考えを変えさせてもらえるような場所でした。こんなに自由でいいんだ、笑いながら楽しくしていいんだと知りました。総菜を買いに来てくれるお客さんは笑顔で来てくださり笑顔で帰って行かれるという、素敵な繋がりの場面にも立ち会う事ができました。二回も貴重な体験をさせて頂けたことに感謝し、これからに繋げる事ができたらいいなと思いました。

②普通の人と同じように喋り、ぷかぷかの人同士で楽しそうにコミュニケーションを取りながら仕事をしており、会社であれば私語をしながら仕事をするのは褒められたことではないが、「楽しく仕事をする」これが本人たちの能力を余すことなく発揮できる場なのであると感じた。

③ぷかぷかさんは本当に記憶力が良くて一回目に行ったときに会ったぷかぷかさんが覚えていてくれて名前を読んで接してくれたのですごく居心地がよかったです。お菓子作りを一緒に行ったのですが各自得意なものを分担しててきぱきとたくさんのお菓子を作っている姿が印象的でした。

④一緒に店頭販売をしたぷかぷかの方と最初どんな話をしたらいいのか、どう接したら正解なのか探り探りになっていました。しかし、話してみるととても気さくで話していることが楽しくていろんな話をすることができました。悩むことなどせずに普通に接すればよいのだともっと早くに気付くべきだったなと思いました。外見からすべて理解した気にならずに、相手と話してみて内面の部分にも触れたうえで少しづつ理解できるようにしたいと思いました。

⑤障害のある方も環境を十全に整えることで、健常者と同様に働くことができ、集中できることや真面目さから一つ一つの仕事の質が非常に高いものであると活動を通して学ぶことができた。

⑥ぷかぷかのMさんは初心者の私にとっても丁寧にスノーボールの作り方や、道具の場所などを教えてくれたり、困っている時は声をかけてくれたり、手を貸してくれて、思いやりや優しい部分が一緒に作業をしている中でたくさん見え、とても楽しく一緒に働くことができました。また、お菓子工房のぷかぷかさんたちは、ひとつ一つのスノーボールをとても丁寧に計量したり、丸めたり、並べて、包装して一から商品を作っていてより素敵な商品だと一緒に働いてみて感じました。

⑦お昼休憩の時に好きなアーティストの話になりました。ぷかぷかさん2人と好きなアーティストが一緒だったので沢山お話が出来ました。そのアーティストが写ってる切り抜きやアルバム、写真集を見せてくれてとても楽しいお昼休憩の時間でした。また、体温を測る時にも自分で測りたい人、測ってもらう人、何度だったかを自分で書きたい人、書いてもらう人と人それぞれに書き方に思い(こだわり?)があることが分かりました。

⑧アートでは、利用者さんそれぞれがやりたいことを仕事として取り組んでいる様子でした。他のぷかぷかさんの誕生日プレゼントを折り紙で制作したり、顔写真を見ながら似顔絵を描いたり、イラストを見て模写したり、好きな画像を検索して、探していたり、とても楽しそうに仕事をしている印象を受けました。食事の際も案内をしてくれたり、わからないことをとても丁寧に教えてくれたので2日間とても楽しかったです。ありがとうございました。

⑨会話の一つ一つがとても楽しそうに話されており、スタッフの方々と協力している姿が見られた。分からないことがあると率先して教えてくれ、和やかな空気であった。ベーグルを作る機会があったが、上手だよと褒めてくれてとにかく笑いが絶えない体験でした。

⑩ペットボトルの蓋をアイロンで平たくしたものに穴を開け毛糸を通す作業を午前中行いました。ペットボトルの蓋を平たくする作業をぷかぷかさんがやって、私が穴を開け毛糸を通す作業をしました。「熱いので気をつけてください」などの声掛けをぷかぷかさんにしていただいた中でぷかぷかさんの優しさをとても感じました。また、「女子力が高い」と言っていただけてとても嬉しかったです。2日間体験してとても良い経験になりました。顔と名前を覚えていただいたり駆け寄ってきてくれたり、優しい言葉をかけていただいたりしてとても嬉しかったです。ありがとうございました。

⑪初めての場所で何をしたらいいかわからない私に積極的に話しかけてくださりやることを教えてくれて本当にうれしかったです。障害を持っているという気持ちで勝手にできることが少ないと思っていたけれど普通の人と同じくらいてきぱきと働く姿を見てぷかぷかさんに対しての見方が変わりました。

⑫1人の方と一緒に仕事をして、やり方や分からないことをとても丁寧に教えていただいた。「私はこれをやるので、こっちをお願いします」と役割分担をしてくれたり、「これはこうするといいです」とアドバイスをくれたので、分かりやすく一生懸命、仕事をすることができました。コミュニケーションを取りながら一緒に仕事をできたので、とてもいい経験になりました。

⑬仕事がしっかりと出来て、この後何をするかを丁寧に説明してくれて、誰もが責任をもって仕事をしていました。休憩中などは1人でいる人も、何人かでいる人もいました。職員の方とぷかぷかの皆さんはすごくいい関係で、ぷかぷかさんが私に話しかけて下さったりして、とてもいい職場だと思いました。

⑭朝、来た段階から、実習生が来たことを職員に伝えてくれたり、着替える場所を教えてくれたりととても丁寧に対応をしてくれました。仕事も、やることを丁寧に教えてくれたり、一緒に仕事をすることに対して受け入れてくれたので、1日楽しく活動体験をすることができました。名前を呼んでお話をしに来てくれる人もいて、自然と笑顔になることができました。活動が終わったあとにはぷかぷかさんに「また遊びに来てください」言って貰えたので、また機会があればぷかぷかに行きたいと思いました。2日間、活動体験ができて良かったです。

⑮何気ない会話にも積極的に参加していきました。その中でどんなことが得意なのかを聞くと少し恥ずかしいそうになりながらもたくさんのことを話して下さりとても楽しい体験になりました。お客さんを相手にする際も楽しそうな会話がされておりこの日常が人気の秘密なのかと考えました。

⑯休憩の時間の時にぷかぷかの方がバイキンマンの絵本を見せてくれて、絵本に出てくるバイキンマンのメカについて話をしてくれました。説明してくれたことに対して、返事をするとどんどん話をしてくれました。

⑰お弁当にお米を入れゴマを振っている時に、「代わります」と言ったらゴマの入った器を渡してくれました。ぷかぷかさんがお米を入れて、私がゴマを振ってお弁当を完成させました。ぷかぷかさんが自分にゴマの器をくれたのは、手伝ってくれるという気持ちが嬉しかったからなのだと思いました。

 

 学生さん達はこういう現場で体験実習しました。

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『ぷかぷかな物語』が電子本に

 『ぷかぷかな物語』が電子本になりました。アマゾンほか、紀伊国屋や楽天など、主要電子書籍店で購入できます。

  ぷかぷかさん達(「ぷかぷか」で働く障がいのある人たちのこと)といっしょに生きていくことで生まれたわくわくするような物語の本です。

 しっかりした展望があったわけではなく、彼らといっしょに生きていきたい、というただそれだけの思いで突っ走ってきたぷかぷかの物語です。途中でこけなかったのが不思議なくらいですが、その今にもこけそうなぷかぷかを一番支えてくれたのはぷかぷかさん達でした。彼らの魅力のおかげで

「ぷかぷかさんが好き!」

というファンができ、そのファンの人たちがぷかぷかを支えてくれました。

 障がいのある人たちは社会に合わせないとやっていけない、と多くの人が思っている中で、社会に合わせるのではなく、自分らしく振る舞うぷかぷかさんにファンができたことは画期的なことだったと思います。

 障がいのある人たちは、あれができないこれができない、社会の重荷、といった人たちではなく、社会を耕し、豊かにしていく人たちなんだ、という気づきがここで生まれました。

 ぷかぷかさん達がいなければ、どこにでもあるただのパン屋であり、お惣菜屋でした。彼らがいたからこそ、たくさんの気づきがあり、本ができるほどのおもしろい物語が生まれたのです。

 

 アマゾンのカスタマーレビュー

 肩に力の入った毎日を送る人たち、なんだか分からないけど頑張らないといけない!っていつの間に自分を追い込んでいる人たちに是非読んでもらいたい一冊。
「いいんだよ、自分らしく生きていっていいんだよ」って事を教えてくれます。

 

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静かな目

重度障がい者と言われているタカダさんの、この静かな目。

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 一眼レフのファインダーを覗いていて見つけた目。

「あっ、タカダさんて、こんな目をするんだ」

って思いました。こんな目で世界を見てるんだ、って。

 なんかね、タカダさんとあらためて出会ったような気持ちでした。

 会えばいつも笑顔を向けてくれるタカダさんです。でも一人の時はこんな静かな目で世界を見てるんだって思いました。

 何を思っているのだろう。

 こんな目で見つめられたら、いい加減なことできないな。

「歌付き弁当」はこうやって弁当の価格以上の働きをする

おもしろい記事を見つけました。

mainichi.jp

  とても長い記事ですが、後半部分に、障がいのある人たちの働く意味を問い直そうという動きが出てきているという話を見つけました。

 福祉事業所には「目標工賃達成加算」というのがあって、利用者さんに支払う工賃(給料)が地域の最低賃金の三分の一を達成できたかどうかで、福祉サービスの報酬に加算がされます。売り上げを上げ、給料を上げた事業所に、報酬の加算がされる、という仕組みです。

 でも仕事には直接お金は生まないけれど、大切なものがたくさんあります。

 たとえば何度か書きましたが、セノーさんが郵便局に入金に行き、窓口で「あ〜、あ〜」と毎日繰り返すことで、郵便局で働いている人たちがセノーさんのファンになり、セノーさんが来ることをとても楽しみにするようになりました。

 障がいのある人たちを排除することの多い今の社会にあって(津久井やまゆり園事件はその象徴的なもの)、セノーさんが来ることを楽しみにする人を作り出したことは特筆すべき出来事のように思います。しかもそれをセノーさん自身が作り出したのです。

 そういった地域社会を豊かにするようなことも、障がいのある人たちの仕事として評価していこうという動きがあるというのです。

 

 6年ほど前、歌の好きなミズキさんの実習の反省会があったときのことです。ミズキさんはひと時代前の加山雄三や千昌夫などの古い歌が好きだというので、一人暮らしのお年寄りのところへお弁当を配達して、ついでに古い歌を歌ってあげるような「歌付き弁当」ができたらおもしろいね、みたいな話をしたことがあります。

 懐かしい歌を聴いて、多分お年寄りの方は大喜びです。おいしいお弁当食べて、懐かしい歌が聴けるなんて、すごくお得な弁当です。単調な暮らしにあっては、とても生き生きとした時間になります。またお弁当頼もうかな、という思いは、小さな楽しみを未来に作ることです。

 ミズキさんにまた来て欲しい、という思いは、障がいのある人たちのイメージをひっくり返します。「歌付き弁当」はこうやって弁当の価格以上の働きをするのです。

 

 ミズキさんの優しい接客にふれた人たちがファンになって、時々贈り物が届きます。私たちにはまねできない貴重な働き方です。

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 「おひさまの台所」が開店する前、スチームコンベクションを買うための助成金の申請書に「歌付き弁当」の企画を書いて、それが評価され、なんと100万円の助成金をもらうことができました。今、「おひさまの台所」の厨房で大活躍しているスチームコンべくションは、その100万円で買ったものです。

 

 パン教室、大学での授業、区役所の人権研修会、津久井やまゆり園事件をテーマにした上映会など、ぷかぷかは社会を耕す活動をたくさんしています。いずれもぷかぷかさん達が大活躍しています。そういった活動を、障がいのある人たちの大切な仕事として評価されるようになれば、すごくうれしいです。

 

 福祉の業界が障がいのある人たちの働く意味を見直す動きが出てきたことはすごくいいことです。ここから社会が変わります。

彼らは、いることで社会を豊かにします。

ルポ『命の選別』を読みました。

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 「命の選別」という気の滅入るような内容を扱った本ですが、それでもぐいぐい引きつけるものがあって、一気に読んでしまいました。この本を読んであらためて気づいたことがあります。どんなに困難な状況にあっても、人は生きていきます。人が生きていく時、そこには希望が生まれます。

 医療先端技術の重い問題を扱った章は

「この春、絵瑠ちゃんは小学生になった」

の言葉で終わります。いっしょにお祝いしたいようなあたたかい気持ちになりました。

 丁寧な取材によって生まれた希望を感じさせる本です。希望があれば、気の滅入るような現実であっても、私たちは明日に向かって生きていけます。

 

第1章 妊婦相手「不安ビジネス」ー新型出生前診断拡大の裏側

第2章 障がい者拒み「地価下がる」ー施設反対を叫ぶ地域住民

第3章 見捨てられる命ー社会的入院、治療拒否される子どもたち

第4章 構図重なる先端技術ーゲノム編集の遺伝子改変どこまで

第5章 「命の線引き」基準を決める議論ー受精卵診断の対象拡大

第6章 誰が相模原殺傷事件を生んだのかー人里離れた入所施設

第7章 「優生社会」化の先にー誰もが新たな差別の対象

終章 なぜ「優生社会」化が進むのかー他人事ではない時代に

 

 恐ろしいほどの現実がここにあります。こんなにもひどい社会になっていたのかとあらためて思いました。放ったままにしておくと、もっとひどい社会になります。

 どうしたらいいのか。私たちに何ができるのか。ここがすごく大事です。

 ぷかぷかさん達は選別される側にいます。ですから彼らの働く福祉事業所としては他人事ではないし、放っておけないのです。

 私はどこまでも彼らの側に立とうと思っています。崇高な理念ではありません。ただただ彼らのことが好きなのです。いっしょに生きていく。その方がいい、その方がトク!だと思っています。彼らと出会う場、出会う機会があれば、人は変われます。人が変われば、社会が変わります。そのことにつきると思います。

 

 選別される側がかわいそう、というのではありません。選別される側の人たちは、実は魅力溢れる人たちだからです。彼らは、いることで社会を豊かにします。こんな人たちを選別し、排除することは、すごくもったいないことであり、社会がどんどん貧しくなります。

 彼らといっしょに生きていくことは、社会を救います。

 目次を見て下さい。たとえば第2章にある障がい者グループホームの建設に反対する人たちの問題は、もしそこに障害のある人たちと日々おつきあいしている人がいて「いや、障がいのある人たちも楽しいよ。いっぺん会ってみようよ」って提案し、反対している人達が実際に会うことになれば、反対運動は多分その根拠を失います。反対運動の根拠は、ただ彼らを知らないことから生まれているからです。

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 こんな人たちと一度でも会ったら、もう反対なんかできません。とがった心がいつの間にか丸くなります。

 

 その章で紹介されている青葉メゾンの話。ここが立つ時も建設反対運動があり、それに対して施設側が機動隊を導入し、泥沼状態でした。私は友人と間に入ってなんとか話し合いで解決しようとしたのですが、反対する側も、施設を建てる側も、リーダーがひどすぎました。こじれた原因はこのリーダーの資質が大きかったと思います。

 あれから20年。今地域の人たちと施設の人たちはとても仲良くやっているそうです。運営する人たちの努力が見えます。それでも、その一番の功労者は施設を利用する障がいのある人たちだったと思います。彼らの日々の姿が地域の人たちの心を少しずつほぐしていったのだと思います。

 彼らは、いることで社会を豊かにします。それは今、ぷかぷかを運営していて、いちばん思うことです。     

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 この本、ぷかぷかに何冊かおいておきます。手に取ってご覧下さい。ああ、これは他人事ではないな、と思ったらぜひ買って下さい。

『街角のパフォーマンス』が電子本に

 30年前に書いた『街角のパフォーマンス』が電子本になります。電子本を作っている「22世紀アート」という会社から声がかかりました。

www.22art.net

  はじめは『ぷかぷかな物語』を国会図書館で見つけ、おもしろいので電子本にしませんか?というお誘いでした。でも、これは出版元の現代書館が電子本にする予定になっていたので(12月18日からアマゾンほか、紀伊国屋や楽天など、主要電子書籍店で購入できます)、『街角のパフォーマンス』を電子本にすることになりました。

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 制作の経費はこちら持ちです。20万円近い見積書が来ました。①本書籍の制作分析 ②テキスト化/PDF化 ③DTP制作など、これが妥当なものなのかどうかよくわからないので、『街角のパフォーマンス』の出版元太郎次郎エディタス社に聞きました。見積もりの内容、金額とも妥当なものだと言われ、あとはその金額が回収できるかどうかです。

 で、22世紀アートに、経費が回収できるかどうかストレートに聞きました。100%保証はできませんが、今までの経験から十分回収できる本だと思います、の回答。その道のプロが本を読んで、そう言うのであれば、とGOをかけることにしました。

 

 どうして30年前に書いた本を今、あらためて電子本の形で出すのかを考えてみたいと思います。

 30年前に書いたとは言え、内容的に古いものではありません。30年前でありながら、そこで作り出したものは、時代のはるか先を行っていたような気がします。

 「共生社会を作ろう」とか「ともに生きる社会を作ろう」といった言葉も、今ほど社会に広がっていない時代でした。障がいのある人たちに惚れ込み、一緒におもしろいことやろう!と、ただそれだけの思いでいろいろやっていたのですが、気がつくと、いっしょに生きる社会が小さいけれど自分のまわりにできていました。

 支援とか指導ではなく、ただ一緒におもしろいことをやる。そんなフラットな関係で障がいのある人たちとつきあってきました。それが一緒に新しいものを創り出す元になったと思います。

 演劇ワークショップも最初は「障がいのある人たちのために」みたいなところがありました。ところが始めてみると、演劇ワークショップの場の面白さを作り出しているのは彼らであり、彼らがいるからみんなが集まって来ることに気づきました。3回目くらいの反省会の時「支えられているのは私たちの方だね」と地域の人たちがいいました。何かやってあげる、という彼らとの関係が逆転したのはこの頃からです。彼らとの新しい関係がこうして始まったのです。

 彼らに対して「あなたが必要」「あなたにいて欲しい」と素直に思えました。「共生社会を作ろう」とか「ともに生きる社会を作ろう」なんて言わなくても、そういった関係が自然にできたのです。それを考えると、『街角のパフォーマンス』で作った関係は、今のこの時代よりも先へ行っていた気がするのです。

 社会の多くの人が、特に福祉施設の人たちが、障がいのある人に対して「あなたが必要」「あなたにいて欲しい」と思っていたら、あちこちで起きている虐待事件も、やまゆり園事件も起きなかったのではないかと思うのです。障害のある人たちに、日々接している福祉施設で、私たちが30年も前に作ったこんな関係が、どうしてできないのかと思います。支援はそういった関係なんか関係ないのでしょうか?社会から排除される彼らだからこそ、そういった関係が必要だと思うのですが…

 

目次見ただけでわくわくするような本です。

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 『街角のパフォーマンス』電子本は4月頃、電子本になります。発売日が決まりましたらお知らせします。

そういった関係は、スキルや専門知識ではなく、人と人のあたたかなおつきあいから生まれます。

 津久井やまゆり園事件について考える集まりに行ってきました。

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 いろいろいいお話が聞けたいい集まりだったと思います。

 講師の佐藤さんは大学の先生らしく、話が論理的で若干堅い感じがしましたが、障がいのある息子さんがいらっしゃるようで、その息子さんの話をする時はとても柔らかい感じになって、佐藤さんの人柄を感じました。息子さんを連れて銭湯に行った時のほかのお客さんの目線の話は、とてもリアルで、今まで息子さんを巡っていろいろ辛いことがあったんだろうなと思いました。

 毎日新聞の上東さんは社会の無関心が一番の敵、という指摘をされていましたが、多分上東さんが書かれている「やまゆり園事件は終わったか」のシリーズも、読む人が限られているんだろうなと思いました。そこをどう広げていくかは私たちみんなの問題です。

 先日ぷかぷかの演劇ワークショップの記録映画の上映を手がかりにやまゆり園事件を考える集まりをやったのですが、その時に参加した学生さんがこんな感想を書いてくれました。

「この事件が起きた当時、私は「なんて悲惨な事件なんだろう」とただただ悲しい気持ちになることしかできませんでした。障がいをもつ19人もの命を奪っただけでなく、重傷を負った方がいたり、その家族や大切な人を傷つけたり、凄惨な事件であることの認識はできたものの、その事件を越えるために自分に何ができるのか、考えたことはありませんでした。自分から遠い出来事なのだと考えてしまっていたのです。

 しかし、今日のトークイベントに参加して、全くもってそうではなかったのだと、今までの自分が情けなく感じました。事件は、容疑者だけの問題ではなく、そのような考えを生んでしまった社会全体でとらえていかなくてはならないのだと強く感じました。」

 漠然と事件を考えるのではなく、自分にとって何だったのか、を考えるきっかけになった、という感想、上映会やってよかったと思っています。そういう気づきが生まれるようなことをこれからもやっていきたいと思っています。

 

 虐待についての話で一点だけ気になるところがありました。

 虐待をする現場の人間に強度行動障害の人に対応するスキルがなかった、専門知識がなかった、という話が何度か出ました。確かにその部分はあるにしても、その前に、利用者さんと人として出会ってなかった、ということがあるのではないかと思います。

 利用者さんと人として出会っていれば、虐待なんて起こりようがありません。相手を人として見ることができていれば、虐待なんてできません。それが人としての感覚です。相手と人として出会っていないと、この、人としての感覚を失います。

 施設の大きな問題は、利用者さんと人として出会える環境、人としてつきあう環境がない、ということではないかと思います。スキルとか専門知識の前に、そういった環境を考えることこそ大事な気がします。

 

 スキルや専門知識をバッチリ身につけると、それを通してしか相手を見ることができなくなり、それは人として出会う機会をむしろ阻害します。スキルや専門知識で対応できるのは利用者さんの限られた部分です。利用者さんも人間ですから、よくわからない部分が多いのです。そこは謙虚に向き合っていくしかないのだと思います。

 養護学校の教員をやっている時、シノちゃんという生徒がいました。シノちゃんは強度行動障害の生徒でした。毎日のように殴られ、蹴られしていました。顔面を思いっきり殴られ、鼻血が止まらなくなって病院に担ぎ込まれたこともあります。私には専門のスキルも知識もありませんでした。ただシノちゃんが時折遠くを眺めながらニッと笑うその笑顔がとても素敵でした。殴られたり蹴られたりした痛みがいっぺんに吹き飛んでしまうくらい素敵な笑顔でした。私にできたのは、その笑顔を見ながら、ただそばに行って黙って寄り添うことだけでした。そんな日々を繰り返す中で、シノちゃんはいつしかどこかへ出かける時は私の手を握ってくるようになりました。殴る、蹴るは相変わらずでしたが、それでも素直に手を出してくるのです。たったそれだけのことですが、シノちゃんの気持ちが伝わってきました。定年前の2年間担任しましたが、30年の教員生活で一番印象に残っている生徒です。

 

 もう一つ、スキルや専門知識が必要となると、ふつうの人にとっては、それがないと重度障害の人には付き合えないのか、ということになります。そんなのなくてもふつうに付き合えばいいですよって言えるような関係こそ広げていきたいと思うのです。もちろんいろんなトラブルもあるでしょう。それもお互いを磨くいい機会だと思って前に進んだ方がいいと思います。トラブルは相手と出会ういい機会です。

 

 かつては強度行動障害と言われ、やまゆり園に入っていた尾野一矢さんが、自立生活を始め、最近ぷかぷかに来るようになりました。陶芸をやるようになって、とても穏やかな表情を見せるようになりました。

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 特別なスキルや専門知識がなくても、ふつうにつきあっていれば、こんな表情が出てくるのです。「一矢さんて、優しいおじさんだったんだ」って、私は一矢さんとあらためて出会った気がしました。

 

  一矢さん、ぷかぷかがだんだん楽しくなって、こんなにいい顔をします。

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 利用者さんとは、お互いこんな顔して「いい一日だったね」って言い合えるような関係でありたいと思っています。

 施設に、そういった関係があれば、虐待なんて起こりません。そういった関係は、スキルや専門知識ではなく、人と人のあたたかなおつきあいから生まれます。

障害を持つ人たちがこんなに自由で楽しそうに一つのことみんなで作り上げていることがすごい

 創英大学の学生さん達が、11月14日の上映会の感想を書いてくれました。みなさんの新しい気づきが素晴らしいです。こういった気づきは人生を豊かなものにします。

 創英の学生さんは10月から統合保育の授業の中で、「障がいのある人たちとはいっしょに生きていった方がトク!」をテーマに、「Secret of Pukapuka」とEテレの共生社会を考える教育番組を上映、ぷかぷかさんと一緒ににすごろーくワークショップ、簡単な演劇ワークショップをやり、今回の上映会の参加がありました。このあとそれぞれ2日ずつぷかぷかで体験実習をします。丸一日ぷかぷかさんと一緒に仕事をやります。そういった活動を通してのいろんな新しい気づきが学生さん達の人生を豊かにしていきます。

 ぷかぷかさん達とのおつきあい、障がいのある人たちとの出会いが若い学生さん達の人生を豊かにするのです。ここからお互い生きることがもっと楽に、もっと楽しくなる新しい社会が始まります。

 

◆印象に残ったシーン(映画)
・劇のシーンでの元々は違う設定だったけれども1人の方が「みんな1番で良いと思う」という発想から争い合うのではなく、みんな1番、みんなで優しい心を持とうといい争うということが無くなり優しさが溢れているシーンが印象に残りました。
・主役の方が途中から練習に参加をしないでいた所。めんどくさいからなどではなく、もっと作品を良くしたい、大きな声で伝えたいなどの思いがあって悩んでいた所を見て、本当に何事にも全力なのだと思った。
ぷかぷかさんの一人がセリフを変えて言うことで台本とは違う展開が生まれオリジナルの劇が出来上がるところが印象に残りました。普通だったら台本道理に進めていくところを発想力が豊かなぷかぷかさんだからこそ変えて素敵な劇にできるのだと感じました。
・ぷかぷかさんが劇をしているシーンです。みんながとても楽しそうに劇を行っていて、年齢関係なく幅広い世代の人が一つのことを一緒にやっている姿が印象的でした。最初は戸惑ってしまっても、何日かするとすぐに覚えてしまっていたので集中力がとてもあるなと思いました。劇では一人ひとりの個性が出ていて、それが他の人の笑顔に繋がっていて微笑ましかったです。見ているこっちまで笑顔になれました。最後には全員で踊りながら終わっていて本当に楽しそうだなと感じました。

◆印象に残ったシーン(トークセッション)
・「障害者で良かったと思う」という言葉が1番印象に残りました。障害のある人は何か不便なことだったり、生きづらいと感じることが多いのかと前は思っていたけど、自分の好きなことをたくさんやって、自分の生き甲斐を見つけて生きているんだと感じました。普通に生きてたらできないことをできる楽しみさが、障害者で良かった思うことなのではないかと思いました。
・大学の講義の時に見た映画でもあった、「ぷかぷかの人と関わることは得だ」という言葉が印象に残った。一人ひとりぷかぷかさんには個性を持った人たちがいて、一緒にいることで様々な新しいことが体験出来る。
一人ひとりに得意不得意があり一人ひとりにあった方法を使うことで社会の一員になることが大事 と感じました。

この上映会でぷかぷかの方々が伝えたかったことはどんなことだと考えますか?
・楽しく自由に生きることを伝えたかったことだと思いました。ぷかぷかの方々は上映会で流れてた映像も見て思いましたが、実際にお会いして話をしたりしている中でも楽しそうにニコニコな笑顔が沢山溢れていました。自分自身が自由に生き、そして楽しく笑顔沢山で生きることで周りの人も明るくなるという事に気づきました。
・障がい者を障がい者として見るのではなく一人ひとりの人、個人として見ることが認め合える社会を作ることができる。障害を持っていたとしても、生活を普通の人と何ら変わりなく楽しく送る事ができ、自分を偽らない事が自分の能力を遺憾なく発揮する事が出来る。障害のある人はたくさんの力を持っていて、その力は人を笑顔にできるし人との距離を縮めることができる。だから、障害のある人はこの世の中に必要な存在であることだと考えました
・障害がある人にとっての1番は何か、平等とはなにかではないかと考える。演劇の内容としてどのどんぐりが1番かを争うというものであったが、ぷかぷかさんバージョンでは彼らなりの1番そして平等のあり方を表現するものとなっていた。そこで、それをどう表現するのか試行錯誤されていた。
ぷかぷかさんたちがこんなに発想力が豊かで自由で一緒にいると自然と笑えたり心が軽くなるような気持ちにさせてくれるということを普段関わる機会のない人たちに伝えたり、この上映会を通して少しでもぷかぷかさんの活動や障害を持った人たちがこんなに楽しく活動しているということを知ってもらえればということを伝えたかったのかなと思います。
・障害を持っているからといって偏見を持つのではなく、一緒に関わっていったほうが得であるということだと思います。障害を持っている方でも毎日楽しく生活しているということを知り一緒にいることで普段とは違う発見があったりすると思ったからです。実際にぷかぷかさんと一緒に授業を受けたりしてみて、自然と笑顔になれたし、一人ひとりが個性を隠さずさらけ出していて、すごい自由に生きているなと思いました。
・人と違うことは悪いことではなく、個性でありその個性を活かすということが自由に生きることへ繋がっているのを伝えなかったのかなと考えた。
・障害の有無にこだわらずにふれあって、生きていくことの方が楽しい。人にはそれぞれの役割があり、その人にはそのひとにしかできないことがあったり、みな自由な表現をする権利があり、そういう場所が世の中にもっと沢山できればいい。

◆感想など自由に記載してください
・1人ひとり個性が溢れ、笑顔が溢れているぷかぷかさんを見て私ももっと笑顔で自由に生きよう!と思えるようになりました。また、体験活動に向けてぷかぷかさんの方々と沢山お話が出来たら良いなと感じました。少し緊張していますが、明るく楽しい2日間になると良いなと思います。
・一人ひとりを見ることができるように意識し、今後の実習に繋げる。型にはまらない彼らだからこそ生み出せるものがあり、障害を持っているから辛い苦しいのではなく、障害を持っていても楽しい事は沢山あり、何気ない1日1日を色鮮やかな日に変えていける力を持っているのだと感じた。
・映像だけでなく、実際に見にきていた障害のある人の話を聞くことで、より障害への理解が深まりました。自分の好きなことを見つけて、それを楽しんで生きているのは羨ましいことだと思いました。もっと色々な人と関わってみたいと思ったので、ぷかぷかの体験学習では積極的に関わっていきたいと思いました。
・実際にお会いして楽しい雰囲気を感じていたが、映像を見てもそれが伝わってくるぷかぷかさんのエネルギーには驚きを隠せませんでした。そして、障害がある人とそうでない人とのやり取りについてややまゆり園事件についての考え(障害のある人の意見)などが聞けてとても貴重な体験でした。
劇が出来上がるまでの映像やそのあとの講演会を聞いてぷかぷかさんを含め障害を持つ人たちがこんなに自由で楽しそうに一つのことみんなで作り上げていることがすごいと感じました。私は勝手に障害者の人たちはできないことが多いのではないかと考えていましたが私たちより発想力が豊かで型にはめられない素敵な表現ができていました。障害者の人たちと関わる機会はあまりないですが私が感じたようにもっといろんな人に障害者の人たちの魅力が伝わればいいなと思いました。
今回の上映会を見て障碍者の方と関わることは得なことだと思いました。ただ、一人ひとり違うのでそれぞれに合った対応の仕方をしていくことが大切だと思いました。実際に実習に行ったら、分からないことだらけだと思いますが、頑張ろうと思います。
・とても自由な行動や生活を一部でもみることができ、こんなに自由に生きて良いんだなと思った。もう少し肩の力を抜いてぷかぷかの方たちのように一日一日を大切に過ごせるような生き方をしたいと思った。
授業内での活動でも自分の予想をはるかに越える想像力の豊かさや表現力に驚いた。障害があるからなにもできない訳ではなく、障害があるからこその一人ひとりの世界観が、私たちにとっては衝撃的なことであるだけなんだと思った。
・こういう上映会に参加してみないと分からないことが沢山あり、普通に暮らしているだけでは気がつかないことがあるのだと気づきました。

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お互いハッピーな気持ちで一緒に生きていきたいと思う。

 障がいのある人への虐待について考える集まりが二つも続けてあります。それだけ虐待が多いのだろうと思います。なんとも気の滅入る話ですが、二つとも行く予定でいます。虐待をなくすための何か手がかりがつかめるかと思って。

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  「支援」をする現場で、どうしてこんなにも虐待が多いのだろうと思う。「支援」て、いろいろできないことの多い相手を手助けすることじゃなかったのか。それがどうして虐待になってしまうのか。

 虐待は、相手を人として見ていない。相手をとことん見下している。だから何やっても許されると思っている。そういった関係を「支援」というものが作り出したのなら、それはどうしてなんだろう。「支援」という関係性について、その関係性が生み出すものについて、きちんと検証する必要があるのではないか。そういったことを福祉の現場がいったいどれだけやってきたのだろう。

 

 ぷかぷかには虐待などといったものはあり得ない。いっしょに生きていこう、という関係だから。同じように障がいのある人たちを相手にしていながら、どうしてこうもちがう反応が出てくるのだろう、とあらためて思う。

 ぷかぷかは今まで何度も書いたように、障がいのある人たちとはいっしょに生きていった方がいいと思い、お互いがハッピーに思えるものをたくさん創り出してきた。ぷかぷかの外の人たちも彼らととてもいいおつきあいをしている。

 つい先日も近くの大学にぷかぷかさん達と行って、すごろくワークショップと簡単な演劇ワークショップをやってきた。その時の学生さん達の感想を見ると、短い時間ながらも、あたたかな、とてもいいおつきあいをしたことがよくわかる。

・いっぱいいっぱい笑えたよ。

・じぶんの好きなこと、好きなものを笑顔いっぱいで話してくれて、キラキラしていて素敵。

・たくさんの笑顔を見ることができて、とても心があたたかくなった。

・いっしょにいるだけで心がぽかぽか

    一緒に「ムンクの叫び」をやってみた。

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  瀬谷区役所の人権研修会でぷかぷかの映画を見たあとの気づきにはこんな言葉があった。

 ・私の心もほっこり

 ・みんなが素直になれる。

 ・みんなで笑えるって素敵

 ・心が洗われる笑顔

 

 障がいのある人を前に、こういう言葉が自然に出てくる関係と、虐待が出てくる関係。あまりの落差にめまいがしそうだが、この差はいったいどこから出てくるのだろう。

 学生さんたちも区役所の人たちも障がいのある人たちと接するのは初めてという人が多かった。にもかかわらず、こんなにあたたかな言葉が出てきた。一方で福祉事業所で介護のプロ達が虐待をやっている。いったいどういうことなのかと思う。

 

 障がいのある彼らとは、今、この時代にたまたま行き合った仲だ。お互いハッピーな気持ちで一緒に生きていきたいと思う。虐待は、誰もハッピーにならない。なのに、どうして虐待がなくならないのか。

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